揺るぎないブランド

久しぶりにイタリアのことから話を始めることにする。これまでイタリアには5度旅している。ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ローマ、ボローニャでは同じ宿に3連泊から7連泊した。滞在中、ミラノからベルガモへ、フィレンツェからルッカ、ピサ、シエナ、サンジミニャーノ、アレッツォへ、ローマからオルヴィエートへ、ボローニャからフェッラーラへ、それぞれ日帰り旅行した。訪れた街は25を数える。

ほぼすべての街が古代から中世イタリアの面影を色濃く残している。もちろん街は現代の機能を併せ持ちながら個性的な佇まいを見せる。そこには日常の暮らしと生業なりわいがあり、同時に遺産の数々が観光客を魅了してやまない。日常の生活とハレの観光が釣り合う背景には、歴史的都市を保持する行政の、市民の、並々ならぬ尽力が窺える。

昨今よく話題になるブランディングとは違う。ブランディングにはブランド認知に弱いものを促成する意味合いが強いが、イタリアの都市ブランドは長い歴史の中で培われてきた。戦略が意図されたわけではない。市民の暮らしにとって、旅人にとって、街がつねにア・プリオリな存在であり、あたかも本能的な営みによってブランドが形成されてきたと言わざるをえない。

PISAみやげ

コロッセオに代表される古代を脳裏に甦らせるローマ……ルネサンスの栄華が随所で輝くフィレンツェ……いずれも揺るぎない複合的・多面的な価値によってブランドを誇示している。他方、単一的な価値でブランドを築いた都市がある。その最たる例がピサだろう。なにしろ、傾いた塔一基だけで有名になってしまったのだから。バス通りからピサの斜塔を眺めた。いや、自然に目に入ってきた。ふつうに考えれば大聖堂あっての塔のはずである。しかし、斜に構えた塔がドゥオーモ広場の主役として君臨する。それどころか、ピサは「斜塔の街」というブランドで他都市との差異を明確にしてきた。


モノだけがブランドというわけでもない。名称やシンボルやデザインの表現も、他との差異によってブランド価値を得る。違いを認知できる第一の条件は「即時的なわかりやすさ」にほかならない。何が違うのだろうかと考えた挙句気づくようなものはブランドたりえない。先に書いたように、おざなりに取って付けたようなブランディング戦略では功を奏さないのである。年月をかけて醸成させてこそのブランドなのだから。ブランドとは信用であり、歴史――ひいては、その継続――であり、愛着であり、起源や由来であり、印や記号である。最後の印や記号は、英語の“brand”の原義である「焼き印」が牛の個体識別や所有者認証に用いられたように、消せないし焼き直せないし、おいそれと変えてはいけないのである。

新しさを求めたり流行に目がくらんだりして変化を常態化するようなブランディングなどありえない。ブランドの資格の絶対条件は保守性であり、大きく変わらないことを前提とする。ビジネスの市場適応に関しては必ずしも当てはまらないが、都市ブランドにおいては時代に流されない、愚直なまでの不変が不可欠だ。中世の頃に描かれたフィレンツェのシニョリーア広場の絵葉書を見て、ぼくが撮影した8年前の写真とほとんど同じであることに気づく。馬車と歩く人々の衣装以外は何も変わらない。泊まったホテルもダ・ヴィンチやマキャベリが生きた頃の建物だった。過去と現代を両立させるエネルギーと辛抱強さには舌を巻く。

最先端の機能だけを備えた都市にいつまでも見惚れることはない。都市の景観、生活の魅力は絵の構図に似ている。何百年の歴史が色塗られた後景が主役であり、そこに現代という脇役の前景が重なるのがいい。この構図だからこそ時間と空間の関係が理に適う。そのような街で差異を、落ち着きを、居心地のよさを実感する。現代も未来も可変しやすい。しかし、可変要素によって基盤が揺らいではならない。都市のキャンバスをそっくり変えてはいけないし、変えてしまって可変光景ばかりになってしまっては、訪れるに値しなくなる。そんな街はどこにでもあるのだから。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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