よい問いがよい答えを導く

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『反対尋問』(ウェルマン著)という名著がある。原書は1903年の発行。わが国で翻訳された初版は1979年に出ている。一度ディベートから遠ざかっていた頃に偶然手にした。1990年代に入ってディベート指導の依頼が一気に増え、何度か読み返した。ぼくが主宰するディベート交流協会のメンバーがこの本に興味を持ったが、すでに絶版になっていたらしい。貴重な一冊だったわけで、ひっきりなしに貸してほしいということになった。そのせいでかなり表紙は傷んでいる。

法廷で実際におこなわれた反対尋問例と弁護士である著者のノウハウが紹介されている。スリルとサスペンスのほどはどんな推理小説もかなわない。文庫本ながら600ページを超える大書だが、一度読み始めるとなかなか本を閉じることはできない。問うことと答えることの意味と機能についてこの本から大いに学んだのである。言うまでもなく、生活や仕事の場面で反対尋問そのものの出番はめったにない。それでも、ぼくなりにヒントを得た。それは自問自答に通じるということだ。「よき問いはよき答えを導く」、つまり、上手に問うことが上手に考えることにつながることを知った。

さて、久々にお粗末なものを見せてもらった。先週の東京都議会定例会の本会議での代表質問の場面がそれだ。この種の質問は事前通告が慣例とされる。代表質問する都議はあらかじめ都知事に「こんなことを聞きますよ」と伝え、都知事は担当部門に回答文を用意させるのである。裁判の反対尋問の一発勝負・即興性からすれば、ある種の出来レースではある。それはともかく、自民党の都議は慣例を破って非通告の質問をおこなった。小池知事はしどろもどろになった。予期せぬ質問にもスマートに答えて欲しいところだが、大いに同情の余地はある。なにしろ、質問が28という驚きの数だったのだ。


ディベートになじんできたぼくなどは、質疑応答や反対尋問は、ある程度の準備をするにしても、いったん始まれば即興のやりとりになることを心得ている。だから、慣習を破った今回の非通知質問それ自体に異議はない。質問数28の非常識には呆れるが、問題の本質はそこにもない。知事は9問しか答えられなかったらしいが、これも大したことではない。もし全問に答えたとしても残る問題がある。世の中に十把一からげのような28の質問を記憶できる者がいるのか。どこの誰が、それぞれの質問に対する28の応答を正確に照合できるというのか。質問してそのつど答えるという一問一答をしなかった点こそが問題であり、大罪なのである。

当事者間だけの質疑応答ならまだしも、場所は議会である。どの質問とどの応答が対応しているのかを的確に都民に伝えるのも説明責任の一つになる。お名前は? 住所は? 職業は? というやさしい3問なら答えと照合できる。しかし、取り上げる話はもっとゆゆしく複雑なのだ。複数の問いをまとめて投げ掛けるとはどういうことか。もし問いの順番に意味があるのなら、誰も一括質問などしない。一問ずつするはずである。もし順番に意味はなく、単に複数質問しただけなら、答える側は律儀に順番通り対応することもない。答えやすい質問から答え始めれば済む。

一問一答で質疑をおこなえば、前の問い・前の問いへの答えが次の問い・答えとつながる。臨機応変の流れになる。仮に準備をしていたとしても、想定通りにはいかない。やりとりは即興のライブの様相を呈する。矛盾も露呈されるだろうし、隠れていた事実が見えてくるだろう。それでも、形式的な質疑応答などよりは傍聴者にもわかりやすく、何よりも緊張感が高まるのである。一問一答だからこそ当面のやりとりに集中できる。複数質問の後に複数の回答などというのはぬるま湯だ。おまけに事前通知であれば、真剣勝負になるはずがない。

前掲書にリンカーン大統領が弁護士時代におこなった反対尋問が紹介されている。証言者の偽証を暴く場面である。この本に先立って、ぼくは別の本でそのくだりを原文で読んでいた。『問いの技術』と題されたセミナー用に、付帯状況を簡略化した上で脚色して訳した文章が残っている。実際とはかなりかけ離れているが、一問一答の凄みと効果がわかるはずである。

Q あなたは被告人がドアから飛び出して逃げていくのを見たのですね?
A はい。たしかに見ました。
Q あなたは被告人とは親しく、彼の顔はもちろん、背格好も立ち居振る舞いもわかっておられる。そうですね?
A そうです。
Q あなたは庭の木陰からその場面を見たとおっしゃった。間違いないですね?
A その通りです。
Q 部屋の明かりはついていましたか?
A いいえ、消えていました。
Q そうでしょう。ふつう犯罪者は事に及ぶときは明かりを消しますからね。では街灯は? 点いていましたか?
A 街灯はあの家にはありませんよ。
Q ほう、よくご存じで。ところで、一番近い木陰でもドア付近まで二十メートルの距離はありますよ。
A 測ったことがないので、私にはわかりません。でも、私は数十メートル先にいる牛の違いだってわかるほど視力には自信があります。
Q なるほど。しかし、それは昼の話ですな。夜だと話は別でしょう。部屋の明かりも街灯もなかったわけですから。
A 月明かりですよ。月の明かりがしっかり被告人の顔を映し出していました。
Q 二十メートルの距離で月明かりですか。たしかにあなたのような視力のいい人なら見えるかもしれませんな。
A ええ、見えますとも。
Q もう一度確認しますが、あなたが目撃したのは昨年×月×日の午後九時。たしかそう証言されましたね?
A 間違いありません。
Q (一冊の本を取り上げ、証人に見せながら) これは何だかご存じですか?
A 年鑑のようですが……。
Q おっしゃる通り。この昨年の年鑑の×月×日のところに天気の情報が記載されているのです。「×月×日午後九時、月は欠けており、闇夜だった」とね。
A ……
Q 以上で、反対尋問を終わります。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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