難癖をつける世界

難癖の類語にいちゃもん、クレーム、揚げ足取りなどがある。私生活でも仕事でも頻繁に降りかかる。隣近所、集まり、会社、売場など、場も問わない。世界を股にかけるのも特徴だ。古今東西、数えきれない難癖がつけられてきた。ちょっとした口喧嘩が殴り合いに転じるように、いくつもの難癖がいくさにエスカレートしたのは歴史が証言する通りである。

捕鯨問題に見るように、難癖をつけられると対応に追われてしまう。遅疑逡巡していると後手を踏む。ディベートや論争でもそうだが、たいていの場合、異議申し立てする側が議論のペースを握る。もちろん先手だからと言って必勝の保証はない。それでもなお、領域や論点において用意周到に議論をリードすることができる。早い話が、問う側が答える側よりも勇ましく見えるのである。


三角形×2

三十年前、某大手家電メーカーの国際情報誌の編集に携わっていた時に、ある記事に対して難癖がつけられた。その企業は6大事業を掲げていた。ほとんどの海外代理店は特定事業分野の商品しか扱わない。そこで、知られざる他の事業内容も認識してもらおうと特集を企画したのである。英文をぼくが書き、デザイナーと打ち合わせをして6大事業を表わす図案を考えてもらった。

デザイナーは三角形を二つ組み合わせて6つの頂点を作り、その頂点に事業分野を英文で入れた。見覚えのある図案であるが、無償で配布する企業の情報誌であり、編集に携わった者全員と企業の担当者も「政治色」を感知せずに発行し全世界の拠点に配送した。

しばらくして、とあるイスラム圏の代理店からクレームが持ち上がった。これはイスラエルの国旗ではないか、と。「イスラエルに代理店はない。もとよりイスラエルでその企業の商品は流通していない。われわれアラブ諸国の代理店経由の顧客こそが大きな市場ではないか。なぜわれわれを挑発する無神経な図案にしたのか……」という趣旨。

イスラム対ユダヤの構図がこんなところで露呈してしまったのである。クレームのファックスを見て、リスクマネジメントが甘かったと反省した。だが、三角形は誰のものでもない。三角形と逆三角形を重ねるくらい誰でも発案できるだろう。反日国家の情報誌に図案化した太陽があしらわれても不思議ではない。

子細は省略するが刷り直しもなく、事は収まった。世界には宗教と政治を万物の尺度とする価値観が存在する。異文化間の尺度が相容れないならば、穏便に話し合うことはほとんど不可能である。こうして難癖はつけられる。そして、己に理がありと判断するならば、苦しまぎれの反応的反論ではなく、難癖に対して主体的な論拠を編み出さねばならない。是非はともかく、これが世界標準という現実なのである。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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