スリという稼業

かつて植木等が「 サラリーマンは気楽な稼業ときたもんだ」(ドント節)と歌った。ありきたりなことを書けば、気楽なサラリーマンもいれば、過労死に追い込まれるサラリーマンもいる。稼業が気楽かどうかは本人が決めるものだ。ぼくはと言えば、楽に収入を得た仕事がなかったわけではないが、「気楽な仕事」に巡り合わせたことは一度もない。

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スリは漢字で「掏摸」と書く。まず書けそうもないが、ふつう読める人もあまりいないだろう。「掏」とは他人が身に付けている金品を気づかれないように取ることであり、「摸」は手探りすることだ。現実的には、時間をかけて手探りしていては気づかれてしまうから、軽快かつ敏捷でなければスリという稼業は務まらない。

全国ニュースにはなっていないと思うが、紹介する一件はスリ稼業の「 わかっちゃいるけど、やめられない」(スーダラ節)を象徴している。新聞記事によれば、住所不定・職業不詳の姉80歳と妹72歳がペアで現金をかすめ取ろうとしたところを現行犯で逮捕された。二人合わせて152歳。ぼくが記者でもこれを見出しにする。もう50年以上の「キャリア」があるから、捜査員とも顔なじみ。苗字の一字から「駒姉妹」と呼ばれていたという。明らかに「こまどり姉妹」をもじっている。

姉は「デパートの店内を見ていただけ」と容疑を否認し、妹は姉をかばって「一人でやった」と容疑を認めた。年齢的にはテクニックのピークも過ぎ、発覚の確率も高まっていたはず。それでもなお、この稼業で食うしかない。スリ側に共感するはずもないが、悲哀が浮き彫りになる話ではある。

かつては商売人が多かった大阪にスリが多く、技術も際立っていたという。上着に入れていた鎖のついた金時計の蓋を外し、中の金製文字盤だけを抜き、蓋を閉めてポケットに戻したという、スゴ技のエピソードもある。警察に届けを出した被害者に、「この仕事をしたスリの腕は見事だが、これだけの手探りをされても気づかなかったあんたもすごい」と刑事が言ったらしい。この話、確か桂米朝の落語のまくらで聞いた記憶がある。

スリは人口過密都市でなければ成り立たない犯罪だ。満員電車、混雑するデパートが標的になる。ヨーロッパでも地下鉄やバスにスリが出没するが、だいたいは集団犯罪である。ふつうに注意していればそれとわかる。自慢してもしかたがないが、器用さにおいてわが国のスリはパリやローマの同業者の比ではない。ただ、二人合わせて152歳などではなく、あちらのスリは合わせても40歳代にしかならないあどけない女子三人組が多い。しかも例外なく可愛い。テクニック不足をそのあたりでカバーしているのである。旅行する人、油断禁物。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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