イタリア紀行47 「雨のヴァチカン市国」

ローマⅤ

ローマで大雨に打たれたことはまったくなかった。大雨どころか、小雨が降った記憶さえなかった。ところが、今回は一週間のうち3日間が「雨のち雨」という天候。しかも、時折り歩けないほどの土砂降りに出くわす始末。もちろん、散歩や観光には晴れた日がいいに決まっている。けれども、古代や中世の建築物は、濡れると「遠過去の色」を見せてくれる。しっかりと陽光を吸収する光景とは違い、雨の日は情緒纏綿てんめんの風景に変化する。

雨の降りしきるヴァチカンはふだんより粛然とした趣を見せた。色とりどりに開く傘の花も邪魔にはならない。ところで、表記はヴァチカン、バチカン、それともヴァティカン? ぼくのイタリア紀行ではヴァチカンと表記している。もっとも“Vatican”に忠実な発音は「ヴァティカン」だろう。観光ガイドの類いはこのように表記している。ほぼこのまま発音すれば通じるので、ガイドブックとしては正しい選択だ。しかし、「バチカン」も見慣れた表記だから悪くない。発音は滅茶苦茶になるが、見た目はわかりやすい。

何でもかんでも広辞苑で調べるというのも芸がないのを承知の上で引いてみた。「バチカン」の項には「⇒ヴァチカン」と書いてある。ぼくの表記と一致した。それで、「ヴァチカン」の項へ移動すると、三つの定義を挙げている。①ローマ市西端ヴァチカノ丘にある教皇宮殿。②ローマ教皇庁の別称。③ローマ教皇の統治するローマ市内にある小独立国。一九二九年成立。ヴァチカン宮殿・サン・ピエトロ大聖堂を含む。面積〇・四四平方キロメートル。人口八二二(二〇〇六)。ヴァチカン市国。

今日のこの紀行文では、この③の意味でヴァチカンを書いている。さらに詳しく言うと、一般的なテーマパークよりも少し大きめのこの市国の「領土」には、宮殿・大聖堂以外に博物館、システィーナ礼拝堂、広場、法王の謁見ホールなどがある。独自の切手を発行しており、その切手を絵はがきに貼ってここで投函すれば、ヴァチカン市国の消印が押される。広場の左右に土産物店のような郵便局があり、敷地内には印刷所もある。

ヴァチカンもサンピエトロ大聖堂もぼくの中では同義語だ。「ヴァチカン市国」と呼んではじめて、大聖堂を含む大きな概念になる。この国の小ささを語っても、決して小馬鹿にしているのではない。なにしろこのヴァチカン内にある博物館には大小合わせて10以上の美術館や博物館や回廊やがある。八年前、ぼくはこの博物館を見学中 、楽しみにしていたラファエロの間を目前にして忽然と自分自身の居場所を見失った。見学者でごった返す博物館の中の図書館やギャラリーをくぐり抜けてシスティーナ礼拝堂に戻ったものの、結局ラファエロの間を再度目指すも叶わず、疲れ果ててサンピエトロ広場に出てきた。

そのサンピエトロ広場と大聖堂は次回紹介する。しかし、いったいこの紀行文と次回の紀行文の間にどんな違いを描き出すことができるのか自信がない。大聖堂と広場や周辺をカメラで収めたらヴァチカン市国になり、カトリックの総本山だけに向けてシャッターを切れば、それがサンピエトロ大聖堂になる。写真を選んでいたら、何だか写真の見せ方だけの違いのように思えてきた。

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ヴァチカン近くのテヴェレ川。
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右端にサン・ピエトロ大聖堂を望むヴァチカン一帯。
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サン・ピエトロ広場から大聖堂へのアプローチ。ローマ全体がそうだが、晴れでも雨でも観光客の賑わいに差はない。団体ツアーはつねに「雨天決行」だ。
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雨の中、大聖堂に入るのに30分は並んだだろうか。博物館なら時間待ちは当たり前のようである。広場に面した回廊にはドーリア式の円柱が284本建っている。
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サンタンジェロ城の前からコンチリアツィオーネ通りを西へ行くとサン・ピエトロ広場。コンチリアツィオーネは調停や和解という意味。
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雨上がりの広場。噴水は二つあり、対に配置されている。
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ヴァチカン市国正面。
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大聖堂の裏通りから。