招かれざる通信

もう二年も前から付き合っている。付き合いたくて付き合っているのではなく、馬鹿げた対応をさせられている。人間ではない、「間違いファックス」である。ファックスの差出人も、送り状に書かれている宛先も名の知れた企業だ。しかし、縁も接点もまったくない。控え目に間違いファックスと言ったが、ぼくにとっては招いた覚えのない「スパムファックス」に等しい。

さっき帰宅したら、着信していた。しばらくごぶさただったが、宛先は同じ、差出人も「前科一犯」であった。宛先はいつも同じだが、差出人は数ヵ所ある。

内容は注文表だ。差出人が宛先のメーカーに注文しているのである。と書いているうちに、腹が立ってきたので、菓子メーカーというところまで暴露しておこう。たいてい「至急」というところにチェックが入っている。ごていねいにも差出人に電話をした。「宛先間違いです。ずっと迷惑しています。何度も電話したりファックスを送ったりして促しています。まったく改善されません。迅速に対応してください」。そっちも至急だろうが、こっちも気分的には至急だ。

こんな電話をして、自分らしくないと嘆いている。ぼくを知っている人は、「そんなもの、放っておけばいいのに」と諭すかもしれない。しかし、キャンペーンシーズンか何か知らないが、年に数回は何枚も、それこそ週に2回も3回もやってくるのである。放っておいて、「注文したのに届かないだろ、ハハハ」と高笑いするほどもはや余裕はない。我慢には限界というものがある。

最初の頃はファックスで注意を促していた。効果がないので、担当者に直接電話をして「間違いファックス」であることを告げた。電話では見えないが、平身低頭で謝罪したので、もう大丈夫だろうと思った。それでもやってくる。たちが悪い。差出人が複数なので、これでは間に合わないと考え、宛先にメールを送った。広報か苦情係みたいなところにである。一年半くらい前のことだが、いまだに返信はない。

まあ、有名企業の対応なんてこんなものなのかもしれない。紳士的クレームに対しては機敏な対応を取らないのである。少し脅し気味に怒気を込め、文字にできないような侮蔑語や罵倒語をふんだんに連発しないかぎり、効き目はないのだろう。「お客さまサービス」や「パブリックリレーションズ」などお題目にすぎない。

ここまでずっと親切に紳士的対応をしてきた者として、企業名公表というような幼稚なリベンジはしない。こんなことで、自分の品格を落とすわけにはいかない。迷惑ファックスにからむ全企業の商品を買わず、サービスも利用しない――こんな地味なレジスタンスはどうか。実は、この地味な作戦が積もり重なっていくのが企業にとっては一番の恐怖なのだ。 

コマーシャルを楽しみ、学び、遊ぶ

「長持ちするやつか、遠くまで飛ぶやつか、今夜はどっちのキンチョールがええんや?」
「ヤラシイわ?」
「ヤラシイやろ」

「ヤラシイわ?」「ヤラシイやろ」が、ぼくの周囲の会話の中でポンポン飛び出す。簡単なやりとりなのだが、こんな絶妙な居直りの逃げ道があったのかと、つい感心してしまう。「すごいね?」に対して「すごいやろ」と自画自賛するほうが「ヤラシイ」。「ヤラシイやろ」と自嘲気味に居直るほうが、実は「ヤラシクない」ところがおもしろい。

ただ、コマーシャルほど好き嫌いの激しいものはなくて、ぼくがおもしろいと思うほどおもしろいと思っていない人も多々いる。そもそもインパクトの強いコマーシャルであるためには、賛否両論という要素が不可欠である。


印象に残っている7、8年前のコマーシャルがある。「カラシレンコン、イガラシレイコ」に覚えがあるだろうか? 「和イスキー 膳」をたしなむ真田広之が、あてのカラシレンコンから、語感の類似している昔の彼女「イガラシレイコ」を思い出す。赤いドレスに身を包んだ、プライドの強い高慢ちきなイガラシレイコ。「どう似合う?」と腰に手をあてがい、気取るイガラシ。そのポーズを見て、真田は、間髪を入れず無表情に言う。「全然(=膳膳)」。

その瞬間、つかえていたものがスゥーと下りていく快感。フラれた男性諸君の「ざまあみろ!」という声がテレビの中から響いてくるようだった。

何十か何百かに一つの確率かもしれないが、秀逸なコマーシャルは仕事に役立つし、コミュニケーションの凝縮性に学ぶことも多い。なにしろ1秒当りもっとも高価な無料の教材なのだから、あまりケチをつけるべきではない。来週もまた、誰かが喉の奥から「ヤラシイやろ」と絞り出して笑わせてくれるだろう。誰かの一人がぼくである可能性も否定できない。