「受けた恩は石に刻め」とは、他人が自分に施してくれた親切や恩義のことは決して忘れることなく深く心に刻みなさいという教え。これには「かけた情けは水に流せ」という対句がある。自分が人に施した善意や親切にはいつまでも執着せず、きれいさっぱりと忘れなさいという意味。
一人の人間が恩を受ける側にも情けをかける側にも立つのが常。困っている時に仕事先を紹介してもらったことが何度かあるし、困っている人に仕事先を紹介したこともある。受けた恩はよく覚えている。かけた情けはどうか? 気分は水に流しているが、覚えているし思い出しもする。
公私ともに頻繁に恩を受け情けをかけた時期があった。高級な食事処での奢り奢られが連日続いたこともある。頻度が高いと奢られの値打ちも低くなり、それと比例するように奢る値打ちも低くなった。奢り奢られの食事は焼肉が多かった。店と料理の微かに残る記憶がないわけではないが、接待した側が相手だったか自分だったかも定かではない。

それでも稀に見るゴージャスな焼肉のご馳走シーンと奢ってくれた人を、2、3事例だがよく覚えている。「焼肉、ご馳走さま」と石には刻んでいないが、時々思い出して懐かしむ。他方、焼肉を奢ったのも数知れないが、おおむね「かけた情けは水に流す」が当てはまる。もっとも今も利用する店があり、そこに行けば焼肉を幸せそうに頬張った面子の顔も浮かぶ。
受けた恩はともかく、かけた情けのほうは記憶力の良し悪しが関係するので、水に流しているつもりでもしつこく覚えていることがある。思い出した時には、「奢ってあげた」ではなく「ご馳走させたいただいた」と謙虚に思うことにしている。そう言えば、しばらく焼肉を食べに行っていない。