ネタはランチタイムから

その昔、朝日新聞の天声人語で「困ったときは動物園ネタ」というのが紹介されていた。上野動物園に電話をかけるなり出掛けて行くなりして話を聞くのだそうだ。なるほど、動物ネタは好感材料である。ブログもそうだが、毎日何かについて書くというのは大変だ。ぼくなど毎日登板しないから、さほどでもない。また、書くのが億劫ではないので、ネタさえあれば短時間で綴ってしまう。

「ブログのネタに困ったらランチに行け」というのが今日の話のネタではない。ブログがそこまで負担ならさっさとやめてしまえばいい。ここで言うネタとは、仕事のネタ、特にぼくの場合は企画のネタや講演のネタや談笑のネタのことである。いや、ネタそのものでなくとも、ネタの触媒であってもいい。ほぼ毎日一回体験するランチタイムを、ただ腹一杯にするだけの時間にしてはもったいない。箸を動かしながらも店舗観察、人間観察、慣習観察をするのは楽しい。ランチタイムはネタの宝庫なのである。

鰻をネタに何度かブログを書いた知人がいる。この人、これからも書きそうな気がする。彼には大いに共感する。どういうわけか、鰻屋では初めての体験や傑作な光景に出くわす確率が高い。今から14年前のノートにも鰻屋の話を書いているので紹介しよう。


昼食に鰻を食べた。昼はなるべく野菜を多めに取るようにしているが、いきおい中華丼(中華飯)や五目焼きそばということになってしまう。それでは飽きる。たまには鰻丼も悪くない。と言うわけで、ピークを過ぎた時間帯に一人で鰻丼を食べに行った。食べ始めてしばらくすると、年恰好70歳くらいの男性がお勘定に立った。お勘定を終えて、調理場のほうに向かって店の大将に話しかける。

「○○に勤めていた何々です。大将、覚えておられますか? この界隈に30年ぶりに来ました。懐かしいですわ」

しばし会話が続く。最初一瞬首をかしげた大将、話をしているうちに思い出した様子である。それだけ久しぶりとなると、最後にそのお客さんが来たのは推定40歳頃になる。よくぞ大将が思い出したと感心するが、顔を思い出したのではなくて「〇〇」という社名から記憶がよみがえったのかもしれない。

老人が店を後にして、残った客はぼく一人。しばらくして店員の二人の姐さんの会話が始まる。姐さんたちも還暦前後である。

姐さんA 「三十年前なあ。十年一昔言うから、”三昔”やね」
姐さんB 「ほんまほんま。そんな昔、まだ生まれてへんわ」
姐さんA 「そらそうやわ。わたしがちょうど生まれたかどうかいうくらいやもん」

ここでご両人、自分らの会話に大爆笑。大阪では、吉本新喜劇にわざわざ行かずに、鰻屋でミニ漫才が楽しめる。


さっき中華のランチから帰ってきた。スタッフと二人で食事をした。仕事の話に夢中で、周囲の”ネタ”探しはできなかった。ネタを見つけたいなら、ランチは一人で行くにかぎる。ランチタイムは「探知タイム」である。