どっちが正しいのか?

ランチタイムに来客があるのでご馳走するとしよう。オフィスから歩いて数分圏内にしたい。初めての人にお薦めの店が二軒あり、一つは中華、もう一つがフレンチだとしよう。どっちが正解か……。こんなことを真剣に考える人が現実にいて驚いてしまう。しかも、なかなか結論が出ずに心底悩むらしいのである。ランチ接待というテーマに「正しい・間違い」などあるはずもない。結果は「気に召したか召さなかったか」のどちらかで、正しかったか間違いだったかではない。

最初から来客自身に聞けばいいではないかという意見もある。「この辺りにはまずまずの中華料理店とビストロがあるのですが、どちらがいいですか?」と聞く。なるほど、手っ取り早い方法だ。しかし、ぼく自身のもてなす側の経験上、相手はほとんどの場合「お任せします」と言う。また、もてなされる側としての経験に照らし合わせても、「お任せします」と言うほかない。相手に気もお金も遣わせてはいけないと思うからである。したがって、相手の好みを尋ねるのも芸がなく意味もない。

考えて悩んで答えが出るものと、そうでないものがある。そして、大半の考えごとは正否の次元で片付かない。ランチメニューを前にして少考することはある。時に決めあぐねることもあるが、それは悩みなどではなく楽しみの一つだ。書店で本を選ぶ時も同じ。ポケットマネーの範囲内だから、二冊の取捨に迷ったら両方買えばいい。しかし、それでは面白味がない。何も考えずに両方買うのではなく、二者択一という条件を自分に課すのは一種のゲームとして実に楽しいのである。これとは違って、来客をどんなランチでもてなすかはほとんど直感であってよい。来客の嗜好を知らないのならなおさらで、極端な話、自分の食べたいほうを持ちかければよろしい。繰り返すが、そこに正しい判断などないのである。


ラッセルとホワイトヘッドは共著『プリンキピア・マテマティカ』で「1+1=2」を証明するのに700ページを費やした。これだけ念には念を入れたのだから、どうやら「1+1=2は正しい」と言えそうである。しかし、これを正しさの基準にすれば、世の中は正しくないものの集合でできているようにも見えてくる。「我思う、ゆえに我在り」のようなスーパー名言でさえ、1+1=2の正しさの足元にも及ばない。「我語る、ゆえに我在り」というぼくの創作もデカルトの名言も、怪しさにおいてはいい勝負ではないか。

ここで一つ問いかけてみたい。ABのいずれが正しいのだろうか。

A 他人のことはよくわかるのに、自分のことはわからない。
B 自分のことさえわからないのに、他人のことがわかるはずもない。

哲学命題としてはおもしろいが、現実問題としては深く考えるまでもない。ABのどちらが正しいかなど永久にわからないのである。それどころか、正しい・間違いという尺度を持ち込めるのかどうかも疑わしい。ぼくはAを実感することもあれば、誰かに相談されるときに強くBを主張したくなることもある。実感したからと言って、正しいと確信することなどできそうもない。確かなことは、ABも経験したことがあるという点だけである。

先の土曜日に、審査員を対象としたディベートの勉強会を実施した。12月中旬に大学生によるディベート大会が開催されるが、その論題《大学は主として実社会適応力を習得する場である》の解釈と分析、簡単な立論による練習ディベートをおこなった。ここでも、油断するとつい事の正否を問うてしまうのである。このテーマは定義命題であり、大学というものの役割論・ポジションを争点とする。ゆえに、肯定側に立てば「大学を実社会適応力習得の場」と解釈し、否定側に回れば「そうではない」と反論するロールプレイを演じるのである。「どっちが大学の正しい姿?」などと真理のありかを問うても答は出てこない。

「どちらが正しいのだろうか?」という問いは、ぼくたちが想定するほど有効ではなさそうだ。そう尋ねてまじめに答を編み出そうと四苦八苦しても、あまり思考力が高まることもなく、また意思決定や問題解決がうまくいきそうもない。むしろ、どうあるべきかと考えて自分なりに意見を導き、その論拠を組み立てて他者に説明するほうがトレーニングになりそうである。

ユニークさの源泉

タイトルを『ユニークさの源泉』と書いてから、はっと気がついた。『日本人――ユニークさの源泉』という書名を思い出したのである(著者グレゴリー・クラーク)。1970年代、比較文化に興味があったのでその種の本をよく読んでいた。他に『人は城、人は石垣――日本人資質の再評価』(フランク・ギブニー著)なども読んだ。当時、アメリカ人による日本文化論がよく書かれ日本でよく読まれた。昨今も日本人論ブームらしいが、いつの時代も日本人は日本や日本人についてどう見られているかに異様な関心を抱いているような気がする。

『日本人――ユニークさの源泉』という書名も著者名も思い出したが、あいにくどんな内容だったかまったく記憶にない。今からユニークさについて書こうと思うのだが、タイトルが必ずしもユニークでないのは愉快でない。かと言って、『ユニークさの理由』や『ユニークさの背景』に変えても、どこかにこれらのフレーズを含んだ書名があるに違いない。ならば、タイトルはこのままにしておこう。但し、これから書くユニークさの源泉は日本人論とは無関係である。

「差別化か、さもなくば死か」(ジャック・トラウト)はのっぴきならない決意表明である。マーケティング戦略史に残るこの一言は極端に過ぎるかもしれない。だが、自他に差がなく、ひいては自分が他者から識別されないのはやっぱりつまらない。ぼくは教育と実際のサービスの両面で企画を実践してきたが、ありきたりであることや二番煎じであることがブーイングの対象になるのを承知している。いや、批判されることなどどうでもいい。それよりも、自分が他者とは異なる固有の存在でなければおもしろくないではないか。ユニークさは生きがいの大きな要因だと思う。


普通でないことや常識的でないことをユニークさと呼んでいるのではない。ユニークさとは他と何らかの差異があることだ。ちなみに、ぼくたちは「とてもユニーク」などと言って平気だが、英語表現に“very unique”はなく、また比較級も最上級にも変化しない。「A君はB君よりもユニーク」などと言わないし、「この商品は当該ジャンルでもっともユニーク」とも言わないのである。このことは、単に「ユニーク」という一語だけで、形容する対象が固有であることを示している。

たとえちっぽけでも固有になりうる。「鶏口となるも牛後となるなかれ」という有名な諺がある。大きな組織のその他大勢の一人になるくらいなら、小さな組織のリーダーのほうがいいという意味だが、ユニークさと重ね合わせてみると何となく似ている。ユニークさはゴールの大小、組織の大小、テーマの大小とは無関係に発揮できる。そのためには、誰もができそうなことや自分でなくてもいいことに長時間手を染めないことである。

なぜ人はつまらない平凡な存在になったり陳腐な発想をしたりするようになるのか。一言で言えば、現環境における安住である。そして、その裏返しとしての、新環境への適応拒絶。もう少し平易に言えば、流れに掉差す無難主義あるいは等閑なおざりな正解探しの姿勢がユニークさを阻んでいる。ユニークさの源泉とは、この世に生を受けておいて固有でない生き方をしてたまるかという「向こう意気」だろう。そして、時にそのエネルギーは、アマノジャク、アンチテーゼ、エスプリなどに変形する。

内容と表現の馴れ合い

ずいぶん長い間、情報ということばを使ってきたものだ。まるで呼吸をするように使ってきたから、立ち止まって一考する機会もあまりなかった。実に様々な文脈で登場してきた情報。ぼく自身も知識という用語から峻別することもなく、情報、情報、情報と語ったり書いたりしてきた。但し、数ヵ月前に本ブログの『学び上手と伝え上手』で書いたように、見聞きする範囲では情報という語の使用頻度は減っている気がする。

それでもなお、この語がなかったら相当困るに違いない。見たままなら「情けを報じる」である。「情け」というニュアンスをこの語に込めたのはなかなかの発案だった。一説に森鴎外がドイツ語を訳した和製漢語と言われているが、確かなことはわからない。確実なのは、広辞苑がここ何版にもわたって「ある事柄についての知らせ」という字義を載せていることだ。「知らせ」であるから、知識でも事件でも予定でもいいし、情けであってもまずいわけではない。

情報ということばは多義語というよりも、多岐にわたる小さい下位の要素を包み込んだ概念である。固有の対象を指し示すこともあるが、ほとんどの場合、具体性を避けるかのように情報ということばを使ってしまう。「情報を集めよう」とか「情報化社会において」とか「情報発信の必要性」などのように。つまり、内容を明確にしたくないとき、情報の抽象性はとても役に立ってくれるのである。


先に書いたように、情報は「事柄」と「知らせ」の一体である。内容と表現と言い換えてもいい。ぼくたちが欲しいのは情報の内容であることは間違いない。ところが、情報はオーバーフローするようになった。そして、ここまでメディアが多様に細分化してしまった現在、内容よりも「知らせ方」の意味が強いと言わざるをえない。知らせ方とは受信側からすれば「知り方」である。その知り方を左右するのは、情報を表現するラベルや見出しだ。

こうなると、内容あっての表現という図式が怪しくなってしまう。内容がなくても、表現を作ってしまえば内容らしきものが勝手に生まれてくるからである。情報価値などさほどないがラベルだけ一人前にしておく、あるいは、広告でよく見られるように、同じ商品だが表現だけをパラフレーズしておく。実際、近年出版される本の情報内容は、タイトルという表現によってほとんど支配されているかのようである。さらにそのタイトルが帯の文句に助けてもらっている。

眼が充血したので眼科に行けば、その向かいに耳鼻科の受付。『春子は、春子なのに、春が苦手だった』というポスターが貼ってあった。かつて見出しは『花粉症の季節』のようなものだったに違いない。そして、それは花粉症対策の必要性という情報と乖離することのない見出しだったはずである。ここに至って、本来の医療メッセージが、花粉症に苦しむ女性、春子さんに下駄を預けている恰好だ。これなら『夏子は、夏子なのに、夏が苦手だった』も『冬雄は、冬雄なのに、夏が好きだった』も可能で、これらの表現に見合った情報内容を後から探してもいいわけである。

情報内部で内容と表現が馴れ合っている。そして、ぼくたちはろくでもないことを、目を引くだけの表現で知らされていくのである。ことば遊びは好きだが、情報を伝えるときに表現を弄びすぎるのはいただけない。

ディベートセンスのない困った人たち

「どっちもどっちだ」という言い回しをあまり好まないが、こう表現するしかないという結論に達した。嘆かわしい失言とそれに対する季節外れのような攻撃、どっちもどっちである。

柳田稔は「法相は二つのフレーズさえ覚えておけばいい」と支持者を前にして言い放った。二つのフレーズで国会での答弁を切り抜けることができると種明かしをしたものだ。その二つのフレーズは、政策論争の場には似つかわしくなく稚拙であった。おそらく学生たちが練習する教育ディベートの議論としても成り立たないレベルである。答えが分からくても切り抜けられると彼が言ったフレーズは次の二つである。

 個別の事案については答えを差し控える。
2   法と証拠に基づいて適切にやっている。

この話を聞いて、ぼくは冗談だろうと思ったが、実際に過去のビデオを見たら、更迭された元法相はこれらのフレーズを答弁で用いて切り抜けていた。この二つが答弁必勝法だとは呆れるばかり。と同時に、この逃げ口上を追い詰めることもできない尋問者も情けないかぎりである。失言・無責任・国会冒涜を非難する前に、尋問の甘さを悔い自戒すべきである。

ディベートの反対尋問にも、相手の質問を切り抜けるいくつかのテクニックがある。たとえば初心者向けの一例として、イエスかノーかの返答に困ったら、ひとまずノーと答えよというのがある。これに対して初心者の相手が「なぜノーか」と尋ねてきたら、「ノーに論拠などない」と答えておく。さらに相手が「それはおかしい」と反発してきたら、「何がおかしいのか教えてほしい」と攻守逆転させる。うまくいくかどうかは別として、初心者どうしならたいていペースを握れる。


上記のテクニックはれっきとした詭弁術である。こんなテクニックをぼくは決して本気で教えているのではなく、半分ギャグのつもり。けれども、意表を衝かれた質問に対して苦しまぎれの振る舞いを見せるわけにはいかない。プロフェッショナルと言えども、どんな質問にでも臨機応変に即答できるわけではないのである。ゆえに、答弁者にとって何らかの遁辞とんじは不可避である。その遁辞を尋問者は即時にその場で捉えて弁明させねばならない。後日になってから後援会での暴露に怒り心頭に発しているのはタイミング外れと言わざるをえない。

もう一度二つのフレーズを見てみよう。「個別の事案」について語らなくていったい何を語ると言うのだ。個別の代わりに、一般的で複合的な事案なら答えを出すのか。一般的で複合的とは普遍的ということか、それとも抽象的ということか。たとえば国防の場合、「尖閣」そのものは語らないが、「領土問題」については答えてもいいということか。こんなふうに詰めていけば、いくらでも尻尾をつかめたが、尋問者はまんまと逃がしてしまったようだ。二つ目の「法と証拠に基づいて適切にやっている」については、「適切に」を争点にして掘り下げる。法と証拠を追いかけるといくらでもはぐらかしが効きそうである。

個人的には国民がなめられたとぼくは思わない。なめられたのは野党の論争能力と反対尋問技術である。ゆえに野党は激怒するのだが、ならばあの程度の答弁なら百発百中で崩してもらわねば困る。ところで、元法相は政界引退後しばらくして自伝の中で告白しておけば笑い話で済んだだろう。現役中にギャグっぽく言ってのけては引責辞任も免れない。ぼくなら問責されないが、大臣には立場というものがある。お偉い方々は「人間は地位が高くなるほど、足元が滑りやすくなる」というタキトゥスのことばを噛みしめておくべきだろう。ついでに「口が滑ると足元が滑る」も覚えておくのがいい。

家を持つこと、住まうこと

90年代だったか、「橋をデザインするな、川の渡り方をデザインせよ」という仕事訓があった。一言一句正確な表現かどうか自信はないが、フィリップス社のデザイン理念の一つと聞いた。橋をデザインしようとすると既成概念に囚われるが、「川を渡る」という原初的機能に着眼すれば、大胆で目新しいアイデアに辿り着ける可能性がある。この表現を「家をデザインするな、住まい方をデザインせよ」と住居に応用したことがある。住まい方とは「生き方」でもある。


60代半ばと思われるホームレスの夫婦。彼らは小さなリヤカーを引き、中型の黒い犬を飼っていた(いや、連れていたと言うべきか)。犬を見かけなくなったのが2年程前。それから半年経った頃、今度は夫がいなくなった。以来、老女は高速道路の下に常宿の場を確保して、一人たくましく生きている。縄張り争いが起こりそうな所ではない。だから、彼女の場所は青いテントやダンボールの目印もなく、「家財道具」が表札代わりに置かれているだけである。

彼女の居場所や活動範囲はぼくの自宅からオフィスへの途上にある。空き缶を集めている姿をよく見掛けた。ところが、ここしばらく姿を見ていない。半月程になるかもしれない。先週のある朝、家財道具のそばにビニールで梱包した布団が置かれていた。貼り紙があり、「寒いので、使ってください」云々と書かれていた。「寒」と「使」の漢字の上にはそれぞれ「さむ」と「つか」とルビが振ってあった。彼女はルビのあるメッセージを読んで布団を使っているだろうか、それとも……。

英語に“hobo”ということばがある。「ホウボウ」と発音する。親日家のアメリカ人が「これは日本語の『方々ほうぼう』から来たんだ」と言うからしばらく信じていたけれど、その後起源不明ということを知った。辞書には「浮浪の民」のように記されていることが多いが、どうやら「渡り労働者」を意味するようである。働かない時期もあるが、原則として仕事を求めて旅をする人たちだ。仕事をしない放浪者をtrampトランプ、仕事もせず放浪もしない無宿の人をbumバムと呼ぶ。あの老女はバムということになるのだろうか。バムにとって、布団は家そのもの? それとも一つの住まい方? はたしてどちらなのか。


知らず、生まれ死ぬる人何方いずかたより来たりて何方へか去る。また知らず、仮の宿りが為にか心を悩まし何によりてか目を喜ばしむる。その主とすみかと無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。或ひは露落ちて花残れり。残るといへども朝日の枯れぬ。或ひは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つ事なし。

『方丈記』の住まいに関する記述である。「人の生は短く、その短い一生を過ごす住居に一喜一憂しても始まらない。人と家の関係は、露と朝顔の花の関係と同じで、いずれも常はなく、はかない」と超訳して読める。家をデザインして建てても、そのが住まい方、ひいては生き方を保証してくれるわけではない。家あってもホームレスな生き方があり、家なくしてもアトホームな生き方があるだろう。橋と川の渡り方を家と住まい方になぞらえたように、さらに別の対象と機能に置き換えてみれば、少しは幸福の本質について想像力が働くかもしれない。

多様性と多様化

新しい概念であり造語である〈生物多様性(biodiversity)〉を通じて、ごくふつうに使ってきた多様性という表現が別の文脈において変容してきた。生物多様性に思いを馳せておきながら人間多様性をイメージしなければ鈍感に過ぎる。人間多様性とは人類の相貌の多面性のことではない。見た目以上に人間はそれぞれに異質なのである。それゆえ、人間をわずか数種類のパターンに分類できそうもないと思い知る時、そこに個々の考えや欲求や価値観が十人十色であること、すなわち、人間の多様性を実感する。人はみな違う。

他方、人はみな同じだという見方も可能だ。一見多様な見方や思いがあろうとも、共通点を列挙すれば、人は所詮人であることも否めない。これは、個体識別がむずかしそうな蟻を例にあげて「蟻は所詮蟻だ」と言うのとはわけが違う。ぼくたちは、ある種の蟻をすべて個性的であると断定するほど十分に識別などできない。ところが、人間に関しては、肉体的にも精神的にも多様であると認識する一方で、それでもなおかつ人はみな同じであると論じることもできるのだ。裏返せば、「人は似たり寄ったりである」と結論づけるにしても、前提のどこかに人間の多様性をちらりと垣間見ているのである。

生物多様性が論じられるようになったはるか以前、たとえばぼくが学生時代であった1970年前後に人々は今ほど多様ではなかったのか。いや、そんなことはない。あらわに顕在化こそしなかったが、当時の人たちもそれぞれに固有の考えや欲求や価値観を把持していた。ただ、社会に多様性を受容するだけの環境が整っていなかった。仕事もライフスタイルも生き様もいくつかのパターンに嵌め込まれており、いずれのパターンにも色分けされない者はアウトローの烙印を押されてもしかたなかったのである。


いつの時代も人間は多様性の存在であると思う。その多様性の面倒を見切れずに、制限を加えざるをえないのは社会のパラダイムのほうである。今からわずか一世代遡るだけで、「男というものは……」「女というものは……」「仕事というものは……」などに見られる、数少ない型が社会に用意されていた。極端な例が職業で、江戸時代までは大きな概念上の職業には士農工商という四種類しかなく、よほどのことがないかぎり、人間の多様性は無視されて出自という運命的な帰属から逃れることはできなかったのである。

マーケティングの分野では、消費者ニーズの「多様性」とも「多様化」とも言う。ニーズはもともと多様性に満ちているのか、それともますます多様化しているのか……いったいどちらが正しいのだろう。これまでの自論からすれば、ニーズはいつの時代も人の数だけ多様なのである。その多様性の、たとえば60年代・70年代の社会や企業は、十分な受け皿になれなかったのである。コンピュータやテレビや電話へのニーズが実際に多様かつファンタスティックであったことは、子どもたちが描いた絵やサイエンスフィクションが証明している。多様性はあったが、多様化が実現しなかったというのが正しい。

ぼくが若かった時代のアウトローやドロップアウトも、今の時代の多様化システムの中になら収まる程度だったのかもしれない。辛辣な言い方をすれば、昔なら村八分扱いになりそうな異型の個性が今の時代には容認されているのである。とは言え、人間多様性を生かしてくれるこのような社会構造の多様化を原則として歓迎する。但し、ニートにクレーマー、仕事のできない社員に無責任なリーダーたちが無条件に救われていていいはずがない。居場所と棲息方法の多様化は、十人十色の人間多様性を担保しないのである。

大局観と細部観察

残念ながら、すぐれた企画力とは何かを今もなお一言で語ることができずにいる。企画力が特別な訓練によって磨かれる特殊な能力なら、一言で表現することもできるだろう。あるいは、天賦の才であるならば、遠回りせずにそう呼んでおけばいい。だが、企画力に特別な要素など何もないのだ。企画力の成分は、日常茶飯事の良識にかぎりなく近いヒューマンスキルで構成されている。このために、あれもこれもと欲張った定義になってしまうのである。

一般的な企画研修の冒頭、1. 小さなことの繰り返しと積み重ね、2. 時代への目配り、3. コミュニケーション力、4. 迅速な意思決定、5. 新しさへの挑戦という、企画の心得を紹介する。そして、直後に「企画書よりも企画、企画よりも発想。そして、発想に先立つものが、日々の観察と着眼」ということを強調する。ゆえに、研修テキストの第1章を素直に「観察力と着眼力」から始める。その章で「大局観と細部観察」という小見出しをつけて、次の文章をテキストで綴っている。

小部分の集合は必ずしも大部分にならない。森を見る努力が、やがて枝葉・幹を見るクローズアップ能力を育む。但し、道端の石ころの文様に見入るようなものの観察方法も忘れてはいけない。

要するに、全体と部分のいずれにも目配りすることを説いている。ところで、「木を見て森を見ず」はよく知られた慣用句で、細かなことばかりに気を奪われていると全体を見渡せなくなるという教訓を導く。しかし、実際問題として、ぼくたちに森を見る機会などない。ヘリコプターに乗って鳥の目を持たないかぎり無理な話である。森との間に距離を置いても、地上から森を眺めることなどできない。地平線上でぼくたちが見るのは、数本の木が重なり合った、森の断片にほかならない。


上記の引用で「森を見る努力」と書いているのは、森を現実的に俯瞰することではない。森をイメージするということ、つまり、大まかな構想というほどの意味である。木をいくら集めても、ぼくたちに森は見えない。むしろ、森をイメージするからこそ個々の木々や幹や枝葉が見えてくるのである。他方、「森を見て木を見ず」も起こりうる。したがって、構想とは別に、石の文様をじっくり眺めるような視点も軽視してはいけないという但し書きが必要になる。

企画のステージは「拡散的な構想」と「立案内容の収束」に分けられる。おおむね「あれもこれも(AND)」から「あれかこれか(OR)」に向かうが、ORからANDへと一時的に可逆させねばならない場合もある。そう、あるテーマの企画のみならず思考一般に関して、大局か細部か、マクロかミクロか、ロングショットかクローズアップかの岐路でつねに迷う。だが、いずれかが他方の優位に立つのではない。柔軟に双方を行き来できる人もいれば、いずれもできない人もいる。いずれもできないからと言って、何も見えていないわけではない。森を意識した瞬間木が見えず、木に目を凝らした瞬間森から目線が逸れてしまうのだ。要するに、拡散と収束を二者択一的に作業化することが問題なのである。

間違いなく言えることは、精細に枝葉を論理的に分析することから始めてはいけないということだ。枝葉を知り、幹や根を知り、一本の木を知り尽くしてもなお森を見晴らしよく眺望することはできないし、細部観察を条件とした構想などそもそもありえないだろう。部分的にどんなにラフなスケッチであってもよい、大局観に立脚してはじめて企画も思考も起動するのである。大局観と細部観察に優劣はない、しかし、初動は大局観でなければならない。

日本人の国際感覚

「日本人の国際感覚」などの素朴なテーマほど厄介なものである。昨日や今日になってこのテーマに触発されたわけではない。それどころか、ずいぶん長く付き合ってきた。英語や比較文化に関心を寄せた頃からなので、かれこれ40年にはなる。さらりと日本人の国際感覚と言ってのけるほど、対象とする日本人が単一でも同質的でもないのはわかっている。しかし、さほど神経質になって多種多様に類型化することもないと最近思うようになった。

国内に引きこもろうが世界を舞台に活躍しようが、環境や状況とは無関係な日本人的国際感覚がありそうだ。国際感覚のしっかりしたコスモポリタンだと思っていたら、国際感覚とは名ばかりのローカルジャパニーズであったりする。頻繁に海外に出掛けたり長く海外に駐在したりしていたにもかかわらず、変わらぬ日本人的脆弱さを引きずっている人たち。ぼくには「国際度偏差値」の高い友人や知人が大勢いるが、彼らが外国人とほんとうに丁々発止のコミュニケーションをしてきたのだろうかと、大いに疑問を抱くことが少なくない。

曖昧でしっくりこない表現だが、敢えて「平均的日本人」ということばを使うなら、自他ともに認める国際派日本人でも、平均的日本人の国際感覚しか持ち合わせていなかったりする。世界で活躍するお偉方たちのほとんどが日本的感覚に縛られた「現象的国際人」にすぎないのである。日本的な国際人はいくらでもいるのだが、国際的な日本人にはめったにお目にかかれない。したたかな国際感覚を磨いておかなければ、真に強い国際適応力ないしは国際競合力を備えることはできないだろう。


では、国際感覚とは何だろうか。世界の人々と仲良くビジネスをして交流していれば身につくものなのか。答えは明白にノーである。誰も他人ともめたくないだろう。他人が日本人であれ外国人であれ、できることならいがみ合わず、衝突が起こりそうならば未然に防ぐべく寛容であろうと努め、必要ならば妥協もする。しかし、このような融通無碍の振る舞いは、やがて無難へと傾き、仲良し友達であろうとするあまり差し障りのない方途を選ぶ結果となる。このような感覚は、実は国際感覚の小さな一部にすぎないのである。

ぼくたちの国際感覚に徹底的に抜け落ちている資質、それは有事における交渉を通じてのソリューションだ。この能力を仲むつまじい国際交流で養うことはできない。もちろん、ここで言うソリューションは、何でもかんでも「ノーと言える日本人」になることではない。勇気をもってノーと言えても、問題や交渉事が解決する保障などない。問題解決こそがゴールであって、ノーかイエスかばかりにこだわっていても功を奏さないのである。

管直人が「会談」と称する首脳どうしのトークを胡錦濤が「会話」と片付ける。わが国首相は手にペーパーを携えて一言一句神妙に発言し、中国の主席はいかにも軽妙に談話する。完全にいなされているように見えたのはぼく一人か。関係好転に向けての努力だけで事が片付かないのが国際舞台の常識である。たとえ雲間に光が射し込む気配を感じても、折り畳み傘の一つくらい用意しておかねばならない。雨はいつ降ってもおかしくない。雨で済めばいいが、嵐が吹き荒れ雷も落ちてくる。のっぴきならぬ事態に直面して逃げ腰になっているようでは真の国際感覚とは言えまい。問題は発生するものであり、いったん発生したら何が何でも解決へと矛先を向けなければならない。問題を水に流し、棚に上げ、なかったことにするような仲良し国際感覚の日本人ばかりでは、早晩舞台の袖から落っこちてしまうだろう。

届かなくても背伸び

以前『背伸びと踏み台』というタイトルでブログを書いた。背伸びを自力、踏み台を他力としてとらえた話である。よく「お前は背伸びしすぎだ。分をわきまえろ」などとお説教している人がいるが、少し酷ではないか。分をわきまえているからこそ背伸びをしているのである。自分は力不足だ。期待されている「そこ」に手が届かない。だからこそ、不安定になりながらも、爪先を立てて精一杯手を伸ばす。いったいこの努力のどこに問題があるだろうか。何もない。たしかに彼は無理している。だが、たとえ爪先と言えども、自分の足が地に着いているのである。

ぼくは背伸びする人たちをずっと評価し、背伸びのお手伝いができないかと考えてきた。今も変わらない。背伸びは自助努力である。自力を用いようと踏ん張っている様子である。そう、上げ底と取り違えてはいけないのだ。上げ底は見せかけである。そこに実体などない。正味60点の力量に架空の20点をどこかから持ってきてトータル80点の振りをしているにすぎない。背伸びして80点というのは、正味の力量である。たとえ20点分に無理があろうとも20点分が束の間の足し算であろうとも、彼の潜在能力が発揮された結果にほかならない。


マルボロの広告で有名な広告界の巨匠レオ・バーネット(1891~1971)は味わい深い名言をいくつか残している。「商品には固有のドラマがある」ということばから、どんなありふれた商品にも誕生したかぎり隠されたドラマがあり、それを掘り起こし使いこなすのがコンセプト開発者の仕事であることを学んだ。「テーマに没頭し、考え抜き、そして自分の予感を愛し、尊び、それに従うこと」という企画者の姿勢にも大いに共感したものだ。

今もなお、ぼくには「できること」と「できないこと」を分別する合理的精神の趣が強い。「一見できそうもないこと」は場合によっては「一見できそうなこと」でもあるから何とかしようと試みるが、努力が徒労に終わりそうな、「明らかにできないこと」はパスするのである。しかし、二十数年前にレオ・バーネットの一文を知るにおよんで、「できないこと」に向かって背伸びして得られる副次的なメリットにも開眼した。

“When you reach for the stars, you may not quite get one, but you won’t come up with a handful of mud either.”

「(つかもうと)星に手を差し伸べても、一つだって首尾よく手に入れることなどできそうもない。だが、(そうしているかぎり)一握りの泥にまみれることもないだろう」という意味である。ぼくはここに背伸びの効用を見て取る。背伸びは必ずしも目的への到達だけを目指すのではなく、落ちぶれないための、あるいは能力を減じないための歯止めでもあるのだ。背伸びをしなければ現状維持さえおぼつかない。肉体のみならず知力のアンチエイジングのために自らの心身によって背伸びする。上げ底ではエイジング対策にならないのである。

アイディエーティングという位置どり

最近、企業コンセプトや広告コンセプトの〈アイディエーティング〉の機会がとみに増えてきた。ぼくが発案したこのアイディエーティングとは、企画のためのアイデアを提供するコンサルティングの一種である。依頼主の企業規模も業種も問わない。念入りな調査もおこなわない。依頼されてから一週間か半月以内に顔合わせをし、事前に提示された課題について半日をかけて集中的議論と二次記憶の棚卸しをおこない、その場でアイデアとアイデアを触発させる。深慮遠謀せず、少々軽薄気味であっても量を求めることを主眼とする。意思決定を急ぎ、いちはやく全体構想を俯瞰する。このプロセスでは日常生活感覚、雑学、賢慮、良識、想像力、それにほどほどの企画ノウハウが求められる。

時間をかけて調査をおこない論理的に精度を高めたつもりが、肝心のアイデアが出なければ話にならない。また、アイデアというものは必ずしもそのようなプロセスを経て醸成されるものでもない。むしろ、集中と脱線、統合と分解、論理とアバウト、ことばとイメージ、ねらいとハプニングなど、相反する作業や精神作用によってアイデアはおびただしく頻繁に生まれる。ある程度の知識と経験にたくましい想像力を融合させれば、〈偶察力セレンディピティ〉のご褒美にあずかることができるのだ。

依頼者の業界についてどれほど詳しいかはあまり重要ではない。常識的に少々知っておかねば箸にも棒にもかからないが、敢えてにわか知識を仕入れるには及ばない。こんなことをあけっぴろげに言うと、「餅は餅屋じゃないか。素人に餅はわからないだろう」と反発を食らう。これに対して「紺屋こうやの白袴」とか「医者の不養生」などと切り返す? いや、それには及ばない。実際のところ、業界を知るために当該業界の専門家である必然性などないのだ。マックス・ウェーバーが言うように、「シーザーを理解するのにシーザーである必要はない」のである(『経験の差は優位性とはかぎらない』参照)。


専門家が専門分野を因数分解するときの危うさを嫌というほど見てきた。餅は餅屋と過信しているかぎり、理解幻想の枠から抜け出すことができないのである。専門家が経験によって理解することと門外漢が想像によって認知することは本質的に異なっている。両者を優劣で計るのは適切ではないが、敢えて想像側から優位性を一点取り上げるなら、対象を対象のエリアだけで捉える経験に対して、対象をより広範な文脈で捉える可能性が大きいという点である。この一点において、いや、まさにこの一点においてのみ、業界の専門家はぼくのアイディエーティングに期待を寄せてくれる。

英国の宰相チャーチルは玄人はだしの絵筆の使い手であった。絵の達人チャーチルならわかってくれるだろうと、ある人物がこう切り出した。「一度も絵を描いたこともないくせに、ただ有名人というだけで美術展の審査員におさまっている連中がいます。これはおかしいですよね」。てっきり「もちろん」という返事をもらえると思っていたが、チャーチルは次のように言ってのけた。

「いや、別にかまわんじゃないか。私はまだタマゴを生んだことはないが、タマゴが腐っているかどうかくらいはちゃんとわかるからね」

ぼくの仕事はまさにこれなのである。依頼主とぼくが共同して考え抜いても、何が最善かはわからない。有力なアイデアや方向性を絞るところまでは到達できるが、その先は決断あるのみだ。しかし、依頼主が従来から独自で実施してきた企画案が功を奏していないこと、少なくともその案よりもすぐれたアイデアがありそうなことは即座にわかるのである。「あなたの業界に一歩も足を踏み入れたことはないし、商品を売ったこともないけれども、ぼくは現状よりも有効なアイデアを捻り出す自信があります。但し、それがベストであると自惚れているわけではありません」――これがアイディエーティングの根底にある姿勢である。対象と距離を置き、依頼主と消費者の中間に立つコンサルティングと言ってもよい。