月: 2014年2月
ロジックの出番はどこにあるか
オフィス近くの寺院の今月の標語は「楽を求めて苦しむ」。こういうことばに反応して「じゃあ、苦を求めたら楽になるんだなあ」と推し量るのは単純な早とちりというものだ。《命題の逆・裏・対偶》。聞いたことがある、ちょっとかじったことがあるという程度の人が大勢いるはず。覚えたつもりが、しばらく経つとすっかり忘れてしまう論理ツール。論理的思考は研修テーマの一つなのでぼくには染みついているが、いざこれを説明して理解してもらうとなると話は簡単ではない。
饒舌と寡黙
「口は禍の門」、「もの言えば唇寒し秋の風」、「沈黙は金、雄弁は銀」、「巧言令色鮮なし仁」……。
思い出のスローフード
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その時、たしかに時間はゆったりと流れていた。食事に満足したのは言うまでもなかったが、時間そのものが至福の味わいであった。
時は2006年、味覚の初秋に約2週間かけてフランス、イタリア、スイスに旅した。パリとミラノとヴェネツィアにそれぞれ4泊という旅程だった。ミラノに滞在した折り、かねてから訪ねてみようと思っていたベルガモに出掛けた。列車で北東へ約1時間の街である。ここは二つのエリアに分かれている。駅周辺に広がる新市街地のバッサ(Bassa=低い)と、中世の面影を残すアルタ(Alta=高い)だ。日帰りなのでバッサは見送り、アルタを目指してケーブルカー駅へと急いだ。ここから標高336メートルの小高い丘の瀟洒な街が目的地である。地産地消の名物スローフードをランチタイムに堪能しようという魂胆。
ランチタイムの時間を稼ぐために足早に街を散策してみた。スローフードのための足早散策とは変な話である。ともあれ、オペラ作曲家ガエターノ・ドニゼッティゆかりの資料館や塔や要塞跡などを見学した後、ベルガモ料理を看板に掲げるトラットリアに入った。ハウスワインの赤を頼み、数ある料理から10分以上時間をかけて三品を選ぶ。どれも一品千円弱と驚くほどリーズナブルだ。
一品目はここベルガモでしか食べられないチーズの盛り合わせ。あちこちでチーズの盛り合わせを食べてきたが、これだけの種類を一皿に盛ってくれる店はまずない。二品目もご当地名物の生ハムとサラミの盛り合わせ。馬のコーネのような脂身のハムが珍しい。濃い赤身の薄切りは猪だ。三品目は、ひき肉やチーズなどを詰めたラヴィオリの一種で、アニョロッティという。
これら三品のスローフードにたっぷり2時間はかけた。日本のランチタイムとしては考えられない間延びした時間。ちなみに“slow food”はイタリアで造語された英語。イタリア語では“cibo buono, pullito, e giusto”というコンセプトが込められ、「うまくて、安全で、加減のよい食べ物」というニュアンスである。
ぼくたちがイタリア料理の常識だと信じ切っている「大飯」ではない。前菜、大量のパスタ、ボリュームたっぷりのメイン料理にデザートというコースなら時間がかかるのもわかる。しかし、これもすでに過去の話となった。最近では一品か二品だけを注文してじっくりと2時間以上かけて食べるのが多数派になりつつある。現在イタリアでもっとも大食しているのは日本人とドイツ人ツアー客ではないか。残念ながら、ドカ食いとスローフードは相容れない。大量ゆえに時間がかかってしまうのと、意識的に時間をかけるのとは根本が違うのだ。
スローフードは“slow hours”(のろまな時間)であり、ひいてはその一日を“slow day”(ゆっくり曜日)に、さらにはその週を“slow week”(ゆったり一週間)に、やがては生き方そのものを“slow life”にしてくれる。ベルガモの体験以来、ぼくの食習慣はどう変わったか。正直なところ、まだまだスローフードへの道は険しい。けれども、少しずつではあるが、毎回の食事に「時間」という名の、極上の一品をゆっくり賞味するよう心掛けるようになった。
《本記事は2008年6月7日に更新したブログを加筆修正したもの》
買いかぶられるホウレンソウ
『常識のウソ277』(ヴァルター・クレーマー/ゲッツ・トレンクラー共著)に、「ホウレンソウは特に鉄分豊富な食品?」という一文が載っている。そこには100グラム当たりの食品の鉄分含有量がミリグラムで示されていて、ゆでたホウレンソウは2.2(タマゴやパンとほぼ同じ)、生のホウレンソウが2.6(ソラマメや大豆とほぼ同じ)とある。アーモンド、レバーペースト、チョコレート、ピスタチオなどはホウレンソウの2倍~3.5倍の鉄分を含んでいる。