イタリア紀行10 「広場空間を遊ぶ」

フィレンツェⅣ

帰国してから膨大な写真データの整理に追われる。よくもこれだけカメラに収めたものだと呆れもする。しかし、いつもいつもカメラを携えて歩いているわけではない。たとえば、食料の買い出し、近くのバール、食事に出掛けるときなどは持たないことのほうが多い。雨の日や夕方以降の散歩にはカメラはふさわしくない。それに、撮影に気を取られていると、臨場感のある現場体験や印象の刷り込みは浅く薄くなってしまうものだ。ちょっと出掛けるときは手ぶらというのがぼくの流儀だ。

その代わり、「カメラをホテルに置いてくるんじゃなかった」と後悔することもしばしば。撮り損ねた名場面や逸品は数知れず。滞在日数が長くなると、慌てなくてもいつでも撮れるという慢心から、お気に入りの名所ほど抜け落ちたりする。今回ざっと写真を見ていて、歴史地区の光景が偏っているのに気づいた。これまでも何度か紹介したドゥオーモとジョットの鐘楼はいろんなアングルで撮り収めているのに、サンタ・クローチェ地区やメディチ家ゆかりのサン・ロレンツォ地区の写真はきわめて少ない。サンタ・マリア・ノヴェッラ地区などは、前回滞在時にさんざんシャッターを押したので、今回はほとんど被写体になっていない。

さて、アパートでの3泊を終えて、対岸にある街の中心へ「お引越し」。荷物を引っ張ってぶらぶら歩いて15分のところにホテルがある。そこは、観光客が必ず立ち寄るシニョリーア広場に面した一等地だ。この広場は、かつて自治都市だったフィレンツェの政治の象徴空間であり、1314世紀の面影をほぼそのまま残している。ネプチューンの噴水、ミケランジェロ作ダヴィデ像のレプリカ(本物はアカデミア美術館に所蔵)、そして今もなお市庁舎として使われているヴェッキオ宮。隣接してウッフィツィ美術館。ちなみに“uffizi”はオフィスという意味。当時は行政の合同庁舎だった。

広場を囲むルネサンス時代の建物にはホテル、銀行、事務所が入っている。一階部分にはバールやリストランテ。フィレンツェの広場はここだけではない。サン・ジョヴァンニ広場、レプブリカ広場、サンタ・クローチェ広場、サンタ・マリア・ノヴェッラ広場など、名立たる教会の前方や近くには大小様々な特徴ある空間がある。

荷物を持ってシニョリーア広場に着き、カフェで一休みしてホテルの住所を確認。ホテルはそのカフェの近くに違いないのだが、見つけるのは容易ではない。ホテルの入口が広場側にあるとはかぎらないし、広場から細い通路に入るとさらに狭い道に小分かれしていく。実際、このホテルの入口を見つけるには住所表示を確かめながらも数分かかった。

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シニョリーア広場に面するカフェ。イタリアではバールで立ち飲みすればエスプレッソ一杯が120円。店内のテーブル席や外のテラス席で飲むと倍額になる。
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隠れ家的ホテルの3階ラウンジから眺める広場の一角。右の建物がヴェッキオ宮。
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ズームインすれば窓枠が額縁と化して絶妙の構図になる。
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シニョリーア広場に浮かび上がるヴェッキオ宮。
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ジョットの鐘楼とドゥオーモ。
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鐘楼の先端近くから見下ろすドゥオーモ広場。
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フィレンツェ市街地を一望。煉瓦色一色の街並みには歴史という名の秩序がある。イタリアの都市は例外なく、景観を曇らせる一点の邪魔物をも許容しない。
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ドゥオーモ側からもこちらのジョットの鐘楼を眺めている。金網と手すりだけで、人がこぼれ落ちそう。鐘楼もドゥオーモも数百段の階段だ。上りの辛さに、遠足で来ているイタリア人小学生には泣き出す子もいる。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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