エレベーターの話、二題

もう10年近く前の話である。「エレベーターには不思議な法則があるんですよ。ビル内の二基のエレベーターは、たいてい仲良く並んで上下します。若干の差があるにしても、一基が5階、もう一基が6階というふうに動くのです」と知人がつぶやいた。「そんなバカな!」とぼく。「いつもとは言いませんが、だいたいそうなんです。それに……」と言って、もう一つの法則を示した。「1階から乗ろうとしたら、二基のエレベーターがいずれも地下へ向かっているか、7、8階あたりで並んでいます。」

エレベーターに意思があるはずもない。左側と右側の二基が結託しているとも思えない、また、いつ何人の客がどの階でボタンを押して乗ってくるのかをエレベーターが予知する必要などない……と適当に聞き流しておいた。しかし、その直後からエレベーターを利用するたびに知人の法則をつい思い出すようになった。そして、驚いたことに、ほとんどの場合、彼の法則が当てはまっていたのである。

しかし、意識してから数日も経たないうちに法則は心理的なものであることがわかった。少し待って乗る時や1階にちょうどエレベーターが止まっている時、ぼくたちは苛立たないし、二基のエレベーターの現在位置に注意を向けない。但し、1階から乗る時にエレベーターがちょうど1階に止まっている確率は低い。ゆえに待つ。待っているあいだに目線が二基のエレベーターの位置ランプに向く。たまに二基が並んでいたりすると、「一方が上層階、他方が下層階になるようにすればいいのに……」と少し苛立つ。以上が事の次第である。すぐに乗れない時の心理を法則化しているにすぎない。


よく利用していたJR駅にエレベーターがあった。地上階と改札口を単純に行き来するだけのエレベーターである。途中階はない。きわめてのろまな動きをするので、おそらく階段を利用するほうが早い。

ご丁寧にもこのエレベーターは音声アナウンスする。地上階で乗り「閉ボタン」を押すと、「ドアが閉まります」と女の声で告げてドアが閉まる。のろまなこいつはなかなか動かないが、利用者はエレベーターが自動的に改札口に向かうはずなので、しばし待つ。すると、再び女の声でこいつが言う、「行き先ボタンを押してください」。

「おい、他に行くあてでもあるのか? 行き先は決まってるだろ!」と条件反射してしまう。ボタンを押した瞬間、ドアを閉めてさっさと2階の改札口へ向けて出発すればいいではないか。恥ずかしながら、もしかして改札口以外に行き先のオプションがあるのだろうかと、ぼくはエレベーター内のありとあらゆる表示をチェックしたことがある。今はこの駅を利用していないが、「このマニュアル女!」と擬人化して苛立っている利用者がいるに違いない。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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