根源的なヒューマンスキルとは?

気に入っている笑話がある。Cレベルの差別用語が含まれており、「十分に注意」して使う必要があるものの、出版されている本からそのまま引用するので寛容のほどお願いしたい。題して「シェアNo.1を目指して」というジョークだ。

ある乞食の前に神が降り立ち、一つだけ願いを叶えてやろうと言った。乞食は懇願した。「お願いです。最近物乞いの競争が激しくなっています。どうか私をこの町でたった一人の乞食にしてください。」

抱腹絶倒の笑いではないが、人間臭い可笑おかしみが漂う。気がつけば、謙虚さとプロフェッショナル意識に感心してしまっている。生涯たった一度の願い事を叶えるチャンスなのに、「私を億万長者にしてください」と嘆願せずに、「オンリーワンにしてくれ」と頼む。当該市場でのオンリーワンはそのまま占有率ナンバーワンになる(但し、ナンバーワンはオンリーワンとはかぎらない)。競合相手がいなくなって市場独占が実現する。しかし、競合相手の取り分が自分に回ってくる保証はない。もしかすると、それぞれにお得意さんがいたかもしれないからだ。「あいつには恵んだけれど、お前にはやらん」というケースもありうる。したがって、市場でのオンリーワンが確定してもなお、彼はこれからも営業努力を続けることになるだろう。

もちろん大統領やマンションオーナーや宝くじ一等当選を願ってもよかった。しかし、彼は「業界トップ」になることを望んだ。名実ともに現業を究めたいという彼の思いを尊いものと感じるのは異様なのだろうか。どこか彼に共感するのはぼくだけなのか。自分は億万長者などになりたいのではなく、またそうなるために現在の職業を選んだのではない。一番になれるか固有の存在になれるかどうかはわからないが、プロフェッショナルを究めたい――そう考えている職業人は少なくないはずだ。


最高善を幸福としたアリストテレスにしたがえば、「私を幸せな人間にしてください」とお願いすればすべてが叶う(厚かましく「世界一幸せな」などと言うことなかれ)。アリストテレスによると、財産であろうが友人であろうが愛であろうが、何を求めようとも、究極は「幸福のため」なのだそうだ。幸福に対して、「何のための幸福?」とは問えない。いくら幸福以上の価値を探しても、「幸福は幸福のため」という無限連鎖が続くのだ。人は幸福になるために仕事に従事し生活を営んでいる。アマノジャクなぼくは大っぴらに幸福を掲げるのを好まないので、愉快や上機嫌に言い換えている。

ある日、幸運なあなたの前に神が降り立つとしよう。そして「何でも叶えてやる」ではなく、「一つだけお前が望むヒューマンスキルを授けてやろう」と告げるとしよう。あなたはどんなヒューマンスキルを乞うだろうか(物乞いではなく「技乞い」や「能乞い」や「力乞い」)。これまで挑戦し学び続けてきたが、未だ道遠しにあるスキルをお願いする? それとも、ありとあらゆる能力を発揮できる手綱のようなスキルを望むのか? あるいは、もっとも得意とするスキルにさらに磨きをかけるべく、敢えて自信のあるスキルを授けてもらうのか?

もう一度確認しておこう。神が降り立って絶対に叶えてくれるスキルなのである。後にも先にも一度きりの願掛けのチャンスなのである。ぼく自身の願掛けは今日のところは伏せておくが、お節介を承知の上で、ぼくよりも一回り以上若い人々には助言しておきたい。「想像力」または「言語力」のいずれかを乞うのがいい。想像力は経験と合体して他のスキルを起動させる核となり、言語力は他者や世界との関係を深め知を広げてくれるエンジンになる。いずれも人間資質の根源であり、幸福が最高善であるのと同様に、「なぜ想像力と言語力なのか」とは問いようのない、人間固有の最高次なヒューマンスキルだとぼくは考えている。

知ろうとする努力の行く末

あることについてあまりよく知らない。あまりよく知らないが、興味をもったので本を読むなり調べるなり誰かに聞くなりしてみる。この場合、知ろうとする努力によって想定する行き先は、言うまでもなく「少しでもよく知る」であるはずだ。そうでなければ、誰も延々と知る努力を重ねようとはしないだろう。ところが、意に反するかのように、知ろうとする努力が知ることを暗黙的に約束してくれるとは限らない。

どこまで知ろうとするかによって、知に至る満足度や達成感は変わるものである。知りたいことをエンドレスに深く広く追いかければ追いかけるほど、求める知はどんどん逃げていく。いくら知ろうとしても満たされず、目指した極点には行き着きそうもない。逆に、知りたいことを少なめに見積もっておけば、努力はそこそこ程度の知識にはつながってくれる。おそらく「身の程をわきまえ知に貪欲になりすぎるな」という類の教訓はここから生まれてくるのだろう。

しかし、ほんとうにそれでいいのだろうか。それが何事かを知ろうとする基本姿勢であってもいいのだろうか。こんなふうに真摯な問いを投げ掛けながらも、ぼくはさほど悩んではいない。際限なく知ろうとする努力を怠れば、身につけた小手先の知識すら有用にはなりえないだろう。知への努力は「飽くなきもの」でなければならないと自覚している。「何? それでは永久に満足感も達成感も得られないではないか」と考えるのは、努力が足りないからにほかならない。知ろうとする努力に際限はないが、知ることを許された時間は有限である。時間が知の領域を決めてくれるのだ。それゆえに、時間に限りがあることを十分に了解して知ろうとすれば、努力は報われるようになっている。


ここからは、「人間には知ろうと努力する遺伝子が備わっている」という前提で話を進める。第一に、すでによく知っていることを人は知ろうとはしない。せいぜい再認で終わる。第二に、ある程度知っていることなら、足りない分を知ろうとするだろう。なぜなら、「知への努力」という前提に立っているので、ある程度知っていても「もっと知りたい」へと向かうはずだから。第三に(そしてこれが重要なのだが)、知らないことに対する人の振る舞い。微妙だが、「ほとんど知らない」と「まったく知らない」で大きな差が出てくる。

「ほとんど知らない」とは、「わずかでも知っていること」を意味する。同時に、「自分があまりよく知らないこと」をわきまえている状態でもある。たとえば、「彼のこと、知っている?」と聞かれて「ほとんど知らない」と応答できるのは、彼の職業については知っているが、「出身地、趣味、家族構成」などについて知らないということである。つまり、彼について不足している情報があることを認識できている。ところが、「まったく知らない」は箸にも棒にもかからない状態だ。いや、箸も棒すらもない。知らないことすらも知らないし、絶対に知りえない。完全無知。これに対しては、知る努力をするDNAが備わっていてもどうにもならない。

完全無知から脱皮する手立てを自力で創成することはできない。「彼のこと、知っている?」と尋ねてくれる他者の、外部からの刺激がきっかけになって初めて、知ろうとする努力への第一歩を踏み出せるのだ。言い換えれば、ぼくたちは「少し知っている状態」を出発点にしてのみ知ろうとする努力ができるのである。しかし、ここにも遺伝子が機能できない盲点がある。青い空に流れる白い雲を見慣れたぼくたちは、青い空と白い雲についていったい何を知っているのだろうか。見えているからといって知っていることにはならない。仮に知っていると思っていても、何かを省略し別の何かを抽出した結果の知ではないか。つまり、「知っているつもり」の可能性が大きい。

楽観的に見れば、知ろうとする努力には「少し知り、ある程度知り、やがてよく知る」というプロセスと行く末があるのだろう。しかしながら、知ろうとする努力の行く末が往々にして「知っているつもり」であることも忘れてはならない。そして、「知っている」と「知っているつもり」の違いを認識させてくれるのも、ほかならぬ他者の存在である。人は一人では何事も知ることはできない、他者と交わってのみ知が可能になる。

「The+普通名詞」の威風堂々

昨夜ブログを書き終えてから、テーマに関連した記憶があれこれと甦ってきた。考えたり書いたりしている真っ最中よりも、一応のピリオドを打って一息つくや否や、欲しかったアイデアや忘れてしまっていた知識がふつふつと湧いてきたりする。エンジンのかかりが遅いのか、それとも集中のご褒美なのか……。おそらく後者なのだろうと楽観的に受け取っている。

閑話休題。普通名詞が固有名詞化する話の続きである。英語の“president”を辞書で引けば、「社長、会長」が最初に出てきそうなものだが、手元の小学館英和中辞典では、「《しばしばthe P-》(米国など共和国の)大統領」が筆頭である。ちなみに“the Chief Executive”も大統領のことだ。定冠詞“the”に続く普通名詞の頭文字を大文字にすれば、固有の人やモノを示すようになる。

“The New York Times“The Financial Timesは新聞名である。ところが、「ニューヨーク」や「フィナンシャル」などのことばを一切用いない有名な新聞がある。ご存知、ロンドンの“The Timesがそれ。その名もずばり「ザ・新聞」なのだ。まるで「オレこそが新聞だ!」と主張しているようである。「唯一無二」の雰囲気を湛えるが、早い者勝ちの既得権なのだろうか。そう言えば、リッツカールトン大阪のメインバーも“The Bar”である。昨日の「喫茶店」同様、屋号自体が「バー」なのだ。


定冠詞はついていなかったと思うが、“King of Kings”という題名の映画があった。「王の中の王」であり、ほとんど“The King”という意味になるだろう。実はキリストを意味し、“God(神)のことでもある。王という地位についた権力者なら誰もが自分を「唯一無二の絶対的な存在としてのキング」を強く自覚したと思われる。アレキサンダーもヘンリー8世もナポレオンも「ザ・大王」のつもりだったのだろう。

日本語・日本史に視線を向ければ、“The”などという、使い勝手がよくて一番乗りできる定冠詞は見当たらない。定冠詞はないが「冠位」や「称号」で表わしたのだろうか。わが歴史で普通名詞が特定個人を指すようになった例を頭の中でまさぐってみた。すると、見つかった。二日前にぶらぶらした四天王寺。四天王寺と言えば、「お大師さん」である。

そう、お大師さんとは弘法大師のことなのだ。大師の号を授けられた錚々たる高僧の中でも、「ザ・大師」は弘法大師その人を表わす(調べてみたら、時の天皇から大師を賜った高僧は27人とのことである)。「エガワる」のような屈辱もあるが、固有名詞が普通名詞になるのはたいてい名誉だ。しかし、普通名詞が固有化するのにはそれをも凌ぐ威風堂々の趣がある。ぼくの主宰する私塾が「塾」と呼ばれることはありそうもないが、すべての努力や精神の向かうところは、唯一無二の固有化なのに違いない。

普通が固有に化ける

もともと固有名詞だったのが普通名詞になった例にサンドイッチがある。周知の通り、英国のサンドウイッチ(Sandwich)伯爵お気に入りの手軽な食事が人口に膾炙かいしゃした。ゼロックスなどもこの類で、「コピーして」の代わりに「ゼロックスして」などという言い方をよく耳にしたものである。ダルマも達磨大師にちなんだ玩具だし、弁慶の泣き所は「向こうずね」を意味する。内弁慶というのもある。空白の一日事件をきっかけに流行した「エガワる」はゴリ押しする意味で、江川選手という固有名詞をもじった例であった。

これとは逆に、誰もが使ってきたはずのことばが、ある日突然固有名詞になるケースがある。商標登録されようものなら、下手に使えなくなってしまう。たとえば、「金のつぶ」。これなど日本語ネイティブみんなが共有していたことばなのに、いつの間にかRにマル(Ⓡ)がくっついて占有語になっている。喋る分にはいいだろうが、何でもかんでも登録認可が下りてしまうと、やがてちょっとした文書など書けなくなるか、書けるにしても「~は××の登録商標です」という脚注だらけの文章になってしまいそうだ。ことば狩りの一変型と言えば大袈裟か。

名の知れたところでは、「株式会社人事部」に「株式会社総務部」だ。株式会社も普通名詞なら人事部も総務部も普通名詞。普通と普通を複合すれば固有になるとはこれいかに……。この手が通用するなら「株式会社株式会社」も可能なのだろうか。いや、これは冗談のつもりなのだが、もしかしてすでに実在しているかもしれない。「銀のようで実は金のつぶのような納豆」というネーミングに、ミツカンからはクレームがつくのだろうか。


「株式会社うえがおもしろい」と友人と冗談を言っていたことがある。とにかく領収書をもらうときにとても便利なのだ。「領収書の宛名はどうしますか?」に対して、「あっ、上でお願いします」と言えば済む。何しろ社名が「上様」なのである。聞き返されることもないし、どこかの会社で余りそうな「上と書かれた領収書」を集めることもできる。現在の社名が株式会社上田や株式会社上島なら、次回の社名変更時には、「田」や「島」を外す手もありそうだ。

「そば処そばどころ」というネーミングはどこかにあるのだろうか。いまぼくはありえないと思って書いたのだが、油断はできない。何があっても不思議でないのがネーミングの世界だ。もしかすると「そば処うどん亭」や「イタリアレストラン仏蘭西屋ふらんすや」があったり……。会社の話に戻れば、わざわざ調べてはいないが、おそらく「株式会社カンパニー」は大いにありうる。だが、「株式会社会社」はさぞかし勇気がいるだろう。「もしもし、こちら株式会社会社の岡野と申しますが……」が一度で通じるとは思えない。

一昨日、四天王寺方面をぶらぶら散策していたら、それまで一度も歩いたことのない東門前に出た。ふと見れば「喫茶店」があった。大きく「喫茶店」と看板が出ているのである。しかし、どこを探しても店名が見当たらない。「喫茶モーツァルト」とか「喫茶マグカップ」とかのカタカナ部分がどこにもないのである。もうお分かりだろう、店名が「喫茶店」なのである。交番で道を尋ねるとしよう。お巡りさんはこう言う、「次の角の喫茶店を左へ曲がってください。」「あのう、喫茶店の名前は何ですか?」「喫茶店です。」「名前を聞いているんですが……」「うん、だから喫茶店!」 漫才のようなこんな会話が成立してしまいそうだ。

何かにつけて「ことば」に還る

私塾の最終講。まだだいぶ先だが、構想からすでに構成に差し掛かっている。「市場」というテーマを演劇的手法で展開してみようと一度は忘我の境に入りかけたが、しばらくして断念。今のぼくには荷が重すぎる。さらによく熟成させて次の機会に挑むことにした。ちなみに「市場」イコール「マーケティング論」ではない。現代人にとって、市場は「社会」の別名になりつつある。社会の大部分は生活や仕事のための売買活動を動因とし、貨幣と商品・サービスの頻繁な交換を目立った特徴としている。

市場をさらによく見つめるために、いくつかのキーワードを思いつくまま並べてみた。欲望、過剰、場、価値、貨幣、共生、大衆、交換、視線、構造、消費、生産、所有、責任、テクノロジー、情報……。市場に関わりそうな人間考察のための術語群。他方、マーケティング分野に切り込めば、さらに現場、製品、サービス、記号、広告、調査、対話、競争、コンセプト、文化、相対主義、エコロジーなどが浮かび上がってくる。個々には見慣れた用語である。但し、見慣れたことばをありきたりに解釈していては新鮮味のある視点は見つからない。

「千葉県警は容疑者を死体遺棄の疑いで詳しく厳しく追及していく方針です」と現場からのレポート。「詳しく厳しく」と強調すればするほど、「適当に甘く」が反転作用として浮上してくる滑稽さ。取り調べは原則的に詳しくて、かつ厳しいはずである。つまり、追及には精細と厳格(または厳密)が折り込み済みなのだ。追及に余計な修飾はいらない。このように使い古されたことばとその文脈構築には注意が必要。市場について語るときはこれと逆の用法に目を向ける。すなわち、「言わずもがな」で済まさない工夫がいる。


小林秀雄は「言葉に惑わされるという私達の性向は、殆ど信じられないほど深いものである。私達は皆、物と物の名とを混同しながら育って来たのだ」と書いている(『考えるヒント2』)。また、別の箇所では「言葉の生命は人が言葉を使っているのか、言葉が人を使っているのか定かではないままに転じて行く」とも言っている。大量にメッセージを発する機会の多いぼくなどは、とりわけ話しことばをつい希薄に使ってしまっているかもしれない。差異への神経も鈍感になりがちだろう。油断をしていると馴染んだことばほど既成概念を押し付けてくる。そうなると、もはやことばの使い手などではなく、ことばを主と仰ぐ奴隷に堕している。

言語のダイナミックな変容に大らかであってもいいが、あまり物分かりがよすぎて易々と免疫ができてしまうのも考えものだ。辞書の教えるところと自分自身の感知態勢は違っていてもいい。たとえば、非生命の複数表現としての「ものたち」という言い方にぼくはさっぱり親しめない。「帰国子女」もだめである。海外で生まれて中学になって初めて来日しても「帰国」? 子女にも違和感がある。誕生日は「誕生記念日」がいい。誕生は一度きりのものだから。可視化の意味で使う「見える化」も苦手。周囲はもちろん世間でも広く使われているので耳にするのはやむをえないし、慣れもした。だが、ぼくが使うことはないだろう。

頑なに言語論を展開しているつもりはない。ぼくは言語変化の現象にはリベラルなのである。新語も歓迎の口だし、自分でも新しい表現に手を染める造語派である。にもかかわらず、いや、だからこそ、手垢がついて一義のみを重く背負っていることばの扱いには慎重にならねばならないと思う。とりわけ経済やマーケティングにからむ用語には不発弾が潜んでいる。信管に触れることなく、うまく新しい意味を付加できるかどうか……これが当面のぼくの課題である。

いったい何人の自分がいるのか?

「分類」についていろんな本を読んだし、企画における情報分類や編集の話もよくする。分かるために「分ける」のだけれど、分けても分けても分からないことは分からない。なんだか禅問答のようだが、理解しがたいことを何とかして分かりたいという願いが分類へと人を動かしているようだ。分かりたいのは、おそらく安心したいためかもしれない。全人類を血液型によって4パターンに分けるなど無謀で大胆なのだが、帰属の安心や他人の尻尾をとりあえず押さえておきたい心理がそこにあるのだろう。

誕生月や星座による分類は血液型よりも多くて12である。百人がいれば、平均して1パターンにつき89人の仲間が出揃う。この場合、老若男女や貧富や頭の良し悪しは問わない。指標は誕生月と星座のみである。そんな分かりきったグルーピングをしてもしかたがないような気がするが、ぼく自身もいろんなことを分類しているのに気づく。なぜぼくたちは、多数のいろいろなサンプルをサンプル数をよりもうんと少ないカテゴリに分けたがるのだろうか。ちなみに百のサンプルを百のカテゴリに分けるのは分けないことに等しい。

分類するよりも、一つの事柄に複数の特性を見つけるほうが創造的な気がする。一人の人間に潜んでいる相反する特徴や多重性の人格や様々な表情のペルソナ。そう言えば、小学校の低学年の頃に流行った七色仮面を思い出す。雑誌を読みテレビにも夢中になった。今でも主題曲をちゃんと覚えている。「♪ とけないなぞをさらりとといて このよにあだなすものたちを デンデントロリコやっつけろ デンデントロリコやっつけろ 七つのかおのおじさんの ほんとのかおはどれでしょう」。「七つの顔を持つおじさん」なのである。これはすごい。「本当の顔はどれでしょうか?」と、クイズになってしまうくらいのすごさなのだ。


「ピンチヒッターはなぜチャンスヒッターと言わないんだろう?」と、開口一番、全員に問いかけるA。「そう言えば、そうだねぇ~」と乗ってくれるB。黙って知らん顔しているC。「そんなこと、どうでもいいじゃないか!」と吐き捨てるD。「ちょっと待って」と言って、すぐにネットで調べようとするE。そのEを見て、「調べないで、想像してみようぜ」と持ちかけるF。「オレ、知ってるよ。誰かが怪我すると『危急の代役』が必要になるからさ。ゲームの場面のチャンスとは関係ないんだ」と薀蓄するG

みんな性格の違う、AからGまでの7人。実は、この7人全員がぼくの中にもあなたの中にも棲みついているのである。ぼくたちは人間力学によってテーマによって状況によって、やむなくか都合よくか、意識的か無意識的かわからないが、7人を使い分ける。野球のことならBEGになり、話がファッションになるとCDになり、エコロジーになればAFになるのである。血液型や星座の窮屈さに比べれば、ずいぶんダイナミックな変幻自在ではないか。そう、すべての人は七変化しちへんげする七色仮面。

自分が「何型」ということにいつまでも喜んでいるようでは、幼児的退行と言わざるをえない。そんな一つのパターンに閉じ込められることを素直に受け入れるべきではないだろう。人間が一つの性格・一つの特徴しか持たないならば、それはほとんど下等動物以下ということになる。そんなバカな! 状況に合わせて関係を変化するから環境適応できているのである。一つの型を貫くことを普遍とは言わない。それは偏屈であり、変化に開かれず閉ざすことを意味する。

自分は線、他者は点

年に千人近くの人たちと「初対面」する。「一対多」で出会ってそのままおしまいというケースがほとんどだが、一対一の接し方をする人たちも二、三百の数にのぼる。ぼくをよく知る人たちは誰も信じてくれないが、根が人見知りするほうであり、かつてはそれが苦だったのであまり人付き合いを好まなかった。職業柄それではいけないと一念発起し、人見知りしないように意識変革して現在に至ったというわけである。

初対面の人と話をするとき、その人にまつわるいろんな想像が浮かぶ。だが、その人が発する情報やその人から受け取る記号がどんなにおびただしくても、所詮その人はぼくにとって〈点存在〉でしかない。その人の今という点しか扱いきれない。居合わせる知り合いがその人の点を膨らませてくれることもあるが、それでもなお、点はあくまでも点であり、彗星の尾のようにその人の過去の線がただちに見えてくるわけではない。

その人が知人になる。やがて親しくなる。するとどうだろう、点存在だったその人が、知り合った時点にまで遡れる〈線存在〉になってくる。場合によると、その人の未来へ延びる線までが浮かんできたりもする。言うまでもなく、線存在への接し方は点存在に比べて密度が高い。接線は接点よりも接する部分が大きいのは言うまでもない。


しかし、点存在が例外なく線存在になると思いなすのは楽観的だ。ぼくの線存在としての意識に比べれば、どんなに親しくなった知人も点存在の域を出ていないと言うべきだろう。ぼく自身は過去を背負った線存在、他者は現時点においてのみ対峙する点存在――こんな関係図が見えてくる。ただ、この関係図は相手にも当てはまる。つまり、相手も自分を線存在ととらえ、ぼくを点存在のように扱っているのである。

人は自分を過去から現在に至る動的文脈の中に置く。そのくせ、他人のことになると前後関係のない点、つまり静止存在としてしか見ない。第三者の目には、どちらも点存在として居合わせているかのように映っているだろう。つまり、「線存在としての意識」だけをお互いに持ちながら、そこで繰り広げられているのは「点存在としての関係」に止まっているのである。出会った縁を忘れ、昨日までの経緯をお互いにおもんぱかることもない希薄な関係。記憶や思い出しとは無縁な、デジタルで一過性の関係。それは一期一会とは似て非なるもの。

自分だけを線存在として意識するエゴイズムすら消え去ろうとしている。「他者は点、自分も点」への関係変化を強く実感してしまう今日この頃だ。全過去を背負った人間として線存在を実践する、相手との関係の記憶をしっかりと思い起こす――こうしてはじめて関係は深まる。束の間の点としておざなりに他者に向き合う習慣と決別するには、尋常でない努力が必要なのだろう。

語順に関する大胆な仮想

仮説ではなく、「仮想」というところがミソ。間違って仮説とも言おうものなら理論的説明を求められるが、仮想としておけば「想い」だから、「そりゃないよ!」とケチはつかないはず(と都合よく逃げ道を用意している)。それはともかく、本題に入る。

ご存知の通り、欧米語と日本語にはいろんな違いがあるが、何と言っても大きな差異は語順である。語順の中でも決定的なのが動詞の位置。倒置法を使わなければ、日本語の動詞は通常文章の一番最後に置かれる。「ぼくは昨日Aランチを食べた」という例文では「食べた」という動詞が最後。主語と動詞が「昨日」と「Aランチ」という二語をまたいでいる。英語なら“I”の直後に“ate”なり“had”なりが来る。主語と動詞はくっついている。

動詞が最後に置かれる語順の文型を「文末決定型」と呼ぶ。英語なら「私は賛成する、あなたのおっしゃったことに」と文頭で賛否がわかるが、日本語では「私はあなたのおっしゃったことに……」までは賛否がわからない。極端なことを言えば、意見を少しでも先送りすることができる。気兼ねの文化という言い方もできるが、潔さ欠如の表われとも言える。どんどん読点をはさんで長い文章にすればするほど、結局何が言いたいのかは文末の動詞を見定めるまではわからない。


たとえば「私は毎日ブログを書く」という文章。この文章のキーワードは何か? と聞かれれば、ぼくのような行為関心派にとっては「書く」なのだが、目的関心派にとっては「ブログ」になる。頻度の「毎日」をかなめに見定める人もいるかもしれない。ぼくにとっては、毎日もブログも「書く」ほど存在感があるとは思えない。「書くか読むか」の差異のほうが、「毎日か週に一回か」の差異や「ブログか日記か」の差異よりも強い意味を包み含む。もう一歩踏み込めば、ぼくにとってはこの文型は「私は書く」が主題文なのだ。

もう一度例文をよく見てみよう。「私は毎日ブログを書く」。私と書くが離れている。「私は毎日ブログを」までを聞いても見ても、行為がどうなるかは未決定である。まさに「行為の先送り」ではないか。これを「言語表現的グズ」と名づける。奥ゆかしさなどではなく、行為決定のペンディングそのものである。毎日にこだわる。ブログにこだわる。しかし、毎日どうする、ブログをどうするについての明示を一秒でも二秒でも先送りする構文、それは日本語特有ではないか(世界にはこの種の言語もあるので敢えて固有とは言わないが)。

要するに「書く」という行為への注力よりも、毎日とブログが一瞬でも早くクローズアップされる言い回し。ブログでもノートでも日記でも手紙でもいい、毎日毎日いったい「どうしているのか」がすぐに判明しないのだ。動詞という行為表現の先送りと実際行動の先送りが、もしも連動しているのなら……これはなかなか大胆な仮説、いや、仮想ではないか。「私は書く」という構文にぼくは意思表明の覚悟と実際行動へと自らを煽り立てる強さを感じる。かと言って、「私は終わる、今日のブログの記事を」という文章をれっきとした日本語構文にしようと主張しているわけではない。

再々、ノートのことについて

土曜日。朝から一路高松へ。大阪での私塾の翌日に当地でも私塾開催というスケジュールが9月から続いている。大阪と高松の講座はまったく別内容で、前者が全6講、後者が全5講。「すべて違う内容で丸一日というのは大変ですね」と同情してくれる人もちらほらいるが、同じ話を二日連続せねばならない苦痛に比べれば大したことはない。いや、それどころか知的好奇心を煽りながら新しいテーマを語れるのは幸せというものだ。今年は京都でも新作講座を6講終えているので、かなりの数のテーマを「語り下ろした」ことになる。

ノートがはかどらない、と言うよりも、何をどう書けばいいかわからないと、ややおとなしい塾生のMさんが尋ねてきた。「何でもいいんです。とにかく気づいたこと、見たこと、学んだことを一行でもいいから書く。気分がよければそのまま二行目を書けばいいし、そこでぷつんと切れたらそれはそれでよし。たとえば……」と、ぼくが新大阪から高松までの2時間弱の間に書いた数ページのノートを見せながら少々助言した。

帰路は大阪まで高速バスにした。所要3時間。いろいろ考えたり本を読んだり。しかし、最後部のせいかどうか、少し風邪気味・腰痛気味のせいか、頭痛がしてくる。眠るのもままならない。ぼうっと窓外を見ていると、Mさんの「書けない悩み」のことを思い出す。「いや、ぼくだって書けないよなあ。こんな調子のときは絶対無理。いろいろと刺激もあり、こうして考えたりもしているのだけれども、そうは簡単にメモは取れないものだろうな」と初心者心理に感情移入していた。


今朝も体調がすぐれているわけではないが、一晩明けたら気分だけは引きずらないようにしている。そして、昨日のことを思い出したりしていた。振り返ってみたら、一日のうちにはいろんなことが起こったりさまざまなシーンを感知していることがわかる。岡山で800円の弁当を買ってマリンライナー車中で食べようとしたら、中身がついさっき購入時に見たサンプルと違っている。少し豪華なのである。表示を見れば1000円。レシートを確かめたら800円。店のおばさん、どうやら取り間違えたらしい。

文化人類学の山口昌男の『学問の春』を車中で少し読み始めたら、テーマがホイジンガの『ホモ・ルーデンス』。日本語で「遊ぶ人」。この本はカイヨワの『遊びと人間』よりうんと難解で、二十代初めに読んだのだがあまり覚えていない。山口昌男が興味をそそるように取り上げているので、再読候補にしようと本棚を見るも、ない。誰もいない日曜日の今日の昼下がり、オフィスに行ってみたら見つかった。持って帰る。以上、たわいもないことだが、こんなふうにノートに書けばいいのである。日記のようになることもあるだろうが、ノートにはそんな制約はない。基本的には周辺観察と発想。

考えること、問い答えること

大阪での私塾第5講で「構想」をじっくり6時間。うち半時間弱の演習を4題。企画や構想についてのここ数年間の考えのうち、ぼくがある程度確信を抱きつつある内容を「一番搾り」感覚で語った。構想する主体としての覚醒体験がうまくできただろうか。

メディアが進化し多様化した。ここ30年の加速ぶりには驚愕する。情報インフラも激変した。ぼくたちのITがらみの情報リテラシーも大いにスキルアップした。たしかに原稿のマス目を埋めるよりも、今こうしてキーボードを叩いて文章を作成するほうがうんと楽な気はする。だが、そのことを認めたうえで、楽だとか効率がいいなどとは別次元のところにある「手の抜けない能力」はどうなのか。「生身の人間」としてのリテラシー能力のことなのだが、むしろ著しくひ弱になったのではないか。

何が便利に簡単になろうと、考えること、ことばを使うこと、他者と関わることをITで代用はできない。とりわけ「考えること」の手抜きはありえないし、あってはならない。最近こんな危機感がつのってきている。生き急ぐという表現にならえば、「考え急ぎ」している。答を出すこと見つけることに手間暇をかけず、慌てているように見えてしかたがない。


自分で考えた結果、辿り着いたアイデアや結論がすでに誰かが導き出している可能性はきわめて大きい。ぼくたち個人の人生に比べれば歴史はうんと長いのだから、誰ともかぶらないオリジナリティを容易に生み出せるはずもない。いや、それで何がまずいのか。自分は人マネをせずに自分で考えたという自負を持てばいいのではないか。調べたり誰かに教わったりする前に考える――これを〈構想主体〉とぼくは呼ぶ。

今日の講座では、話を複雑にしないために構想だけに絞り、「問うこと」までは欲張らなかった。実は、あるテーマを構想するとき、ぼくたちは経験や知識と脳内対話をするのだが、その対話には「問い」が含まれるのである。問いが「答え」を導く。答えと言っても、正解や不正解で評価されるものではない。志向する方向のような意味合いである。禅に「答えと問いは一体である。答えは問うところにある」という示唆がある。問わなければ何も見えてこない、とぼくは解釈している。

そう言えば、ヴィトゲンシュタインにも禅語録の一節のようなことばがあった。

言い表わすことのできない答えには問いを言い表わすこともできない。謎は存在しない。およそ問いが立てられるのであれば、この問いには答えることができる。

「答えることができる」ということを正答であると短絡的に考えてはいけない。妥当とか有効だとか、その答えが何かを解決できることでもない。「問いが見つかれば答えられる」ということだ。当たり前のようにさらりと言ってのけているが、すごい着眼だ。

考えること、そして問い、その問いに答えること。誰でもできそうだけれど、自分にしかできないこと。自分の経験と知識の中から見つけ出そうと努めること。これは尊いことだし、何よりも愉快だし幸福感に浸れる時間なのである。