公開される偏差値

情報公開の時代である。ぼくが関わる領域では、行政職員の研修講師として市民に公開されることがある。簡単なプロフィールと研修タイムテーブル、研修のねらいなどがPDFになっている。やがてこのような公開情報が加速すると、ランキングや通信簿が掲載されても不思議ではない。そんなに下手くそではないと自負しているので怯えはないが、時給報酬が丸裸にされてはたまらない。

二年前にロサンゼルス近郊のコストコに行き、レジで勘定を済ませた。目の前の壁に大きな貼り紙がしてある。「会員サービス優秀従業員一覧」がそれだ。レジで処理する個数、スピード、ミスの少なさなどに基づいてランキングを毎日更新して発表しているのである。

Costco.jpgランキング上位ならいいが、実名で下位に名を連ねるとさぞかしつらいだろう。レジで名札を見れば、その社員がどんな成績か一目瞭然である。アメとムチという表現があるが、上位者にとってもこの成績発表はアメとは思えない。明日はわが身、誰にとってもムチなのではないか。

日本で大手のウェアハウスやメガマーケットに出掛けることはないので、類例があるのかどうか知らない。仮にあるとしても全名簿の全成績はちょっと考えにくい。あったとしても、おそらく上位数名の表彰にかぎられるのではないか。

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そんなふうに思っていたが、3月上旬にデジタルカメラの新機種を求めて家電量販店に行ったところ、貼り出されている通信簿を見つけたのである。携帯電話会社の一角、「お客様サービス満足度ランキング」と題して1位から17位までの全員が発表されている。お目当てはデジカメだったが、この機会を逃してはならぬとばかりに、スマートフォンに興味を示す振りをして近づいた。説明を担当してくれた三十代半ばの男性はスマートに説明してくれた。少しマイペースに過ぎる話しぶりだったが、まずまずの満足度。後でランクを見たら4位だった。

こうなると最下位チェックをしてみたくなる。名前はSだ。ちょうどいいタイミングでスマートフォンにちなむイベントが始まった。三十人近い客が説明役のコンパニオンを囲む。客の群れの周辺には数名のスタッフがスタンバイしている。コンパニオンの説明をそっちのけで、少しずつ場所を移動して最下位のSを探しあてた。「ちょっといいですか」と声を掛け、「別会社の携帯を法人契約しているのだけれど、たとえばナンバーポータビリティで法人契約のままスマートフォンに切り替えられますか?」と尋ねた。でっち上げの質問ではなく、現実に関心のあった質問である。

とても人あたりのいい表情のSは「ちょっとお待ちください」と言って走り出し、先輩風のスタッフと一言二言交わしてから戻ってきた。4位に比べればたどたどしい話しぶりだが、悪くはない。次いで別の質問をしたら、明快ではないものの答えが戻ってきた。「なるほどね」と言ってぼくが黙っていると、Sも笑みを浮かべて黙っている。次なる質問を待っているのである。その後もぼくがリードする形でやりとりをした。この彼が最下位とは、さぞかし他のスタッフの水準は高いのだろうと推測した。もしかすると、これはSという標準クラスをわざと最下位に置いた戦略ではないのかと思ったりした。

帰路、冷静に振り返ってみた。はたしてSは合格か不合格か? 二者択一ならやっぱり不合格なのである。最下位になるかどうかは客全体の総評で決まるだろうが、ぼくの評定は失格だった。自ら問いかけのできない顧客に対してSはおそらく非力に違いない。顔の表情や話の上手下手などどうでもいい。接客担当者は何よりもまず、自らコミュニケーションをリードしなければならない。問いのないところに分け入るタイミングと話題づくりにおいてSは何もしなかった。あれから3ヵ月が過ぎた。さて、順位が下がりようのないSのランキングはどうなっただろうか。もしかすると、名前が消えているかもしれない。

一年前の今頃

かつて、温故知新の「ふるき昔」が一年前などということはなかっただろう。昔と言えば、「むかしむかし、あるところに……」という物語の出だしが思い浮かぶが、この昔は「ずっと昔」のことであった。どのくらい昔であるか。時代を特定するのは野暮だが、理屈抜きで何百年も前のことを語っているはずである。登場する人物は、昭和や大正や明治のおじいさんやおばあさんでないことは間違いない。

かつての昔は間延びしていた。時間はゆっくりと過ぎた。何世代にもわたって人々はまったく同じ家で育ち、同じ慣習のもとで暮らし、同じ風景を見て育った。なにしろ新聞も電話もインターネットもなかった時代だから、大半の情報はうわさ話だったろうし、仮にニュース性の高い異変が生じたとしても、知らなければ知らないで済んだのである。ところが、現代においてぼくたちが言う「昔」はそんな時間的な遠過去を意味しない。なにしろ一年前がすでにだいぶ前の過去になっている。もしかすると現代の半年や一年は中世の頃の百年に匹敵しているのかもしれないのである。

こんな思いはいつもよぎるが、ドタバタ政治劇を見ていて愛想が尽き果てたので、久しぶりに一年前のノートを繰ってみたのである。昨年64日、「異質性と多様性」と題して次のように書いた。

米国の二大政党は多民族・多文化国家の中で維持されてきた。異質性・多様性ゆえに、二項のみに集約されている。ところが、同質性の高いわが国では多様性が謳歌される。これまで評論家や政治家自身がさんざん〈自民党 vs 民主党〉の二大政党時代を予見し待望してきたが、いっこうにそんな気配はない。現代日本人は発想も思想も似たり寄ったりなのである。つまり、大同だからこそ小異を求めたがるのであり、気がつけば小党がさらに乱立する状況になっている。同一組織内にあっても派閥やグループをつくりたがる。ほんの微かな〈温度差〉だけを求めて群れをつくる。虚心坦懐とは無縁の、小心者ばかりなのである。


ついでに20105月現在のエビデンスを書き写してある。衆参合わせて、民主党423名、自由民主党188名、公明党42名、日本共産党16名、社会民主党12名、国民新党9名、みんなの党6名、新党改革6名、たちあがれ日本5名、新党日本1名、沖縄社会大衆党1名、新党大地1名、幸福実現党1名。以上。笑ってしまった。民主党が解体していれば、もっと増えることになったかもしれない。いや、一寸先は闇だ。何が起こっても不思議ではない。もしかすると、大連立の一党独裁だってありえる。そうなると、同質的で均一的な、日本人にぴったりの政党が出来上がる。名づけて「金太郎飴政党」。

昨年65日のノートにはこうある。

ぼくは変革については前向きであり好意的である。知人の誰かに変化を認めたら、「変わったね」と言ってあげるが、これは褒め言葉である。決して「変わり果てたね」を意味しない。しかし、政治家に期待するのは、〈変える〉という他動詞的行為ではなく、まずは〈変わる〉という自動詞的行為である。自分以外の対象を変えようと力まずに、軽やかに自分が変わってみるべきではないか。組織の再編の前に、己の再編をやってみるべきなのだ。

おまけ。67日のノート。

新任首相は、政治家を志すためにとにかく名簿を作らねばならなかったようで、方々を歩き回りコツコツと活動を積み重ねたという。ファーストレディ伸子夫人はこう言う。
「菅には看板も地盤もなかった。私は自分が売らねばならない〈商品〉のことをよく知らねばならなかった。他の人よりもどこが”まし”か――そのことを伝えることができなければならない」
 

嗚呼、菅直人と伸子夫人に幸あれ!

政治家は「他人よりまし」を競っているのか。これなら楽な世界だと思う。ビジネスの世界は「まし」程度なら消えてしまうのだから。ぼくだって看板が欲しい。地盤も欲しい。しかし、偽ってはいけない。売り物がナンバーワンである必要はない。しかし、「まし」で済ませてはいけない。胸を張れるレベルまで高めた売り物と巡り合って幸福になってくれる人々が必ずいる――これこそが信念である。信念とは、揺蕩たゆたえども貫くべきものである。

語句の断章(8) 剽窃

学生時代、アルファベット順に英単語を覚えようと何度か試みた。今にして思えばバカらしい方法ではあるが、大まじめに取り組んだ。ところが何度も頓挫するから、気持ちを入れ替えて再び最初の“a”から始める。その結果、“abandon”という動詞だけをみんなよく覚えたはずである。この動詞、ぼくはこれまで英語の原書や雑誌で二、三度しか出くわしていない。あまり頻出しない単語なのである。

剽窃ひょうせつ」も頻出語ではない。しかし、どういうわけか覚えている。剽とは「かすめ取ること」、窃とは「盗むこと」。ゆえに、剽窃とは盗みのダブルなので強い意味になる。「へぇ~、こんなことばがあるんだ」と驚いたのは三十代半ばだったろうか。よく類義語辞典を引いていた頃だ。ほとんど盗作と同じ意味なのに、なぜわざわざ剽窃という表現を使う必要があるのかと疑問を抱いたのを覚えている。

死語にならずに生き残っている類義語には、それぞれの存在理由がある。盗作でなく剽窃でなければならない理由もある。うまく説明はできないが、単純なコピー&ペーストが盗作で、他人の作品の一説や学説そのものをいかにも自分のオリジナルであるかのように発表するのが剽窃のようである。共通概念は「パクリ」である。

情報は極限まで自由貿易され無償公開されるようになった。もはや何でもありの様相を呈している。したがって、原典の流用であるか変形であるか、インターネットからの引用であるか、はたまた「他に類を見ないオリジナル」なのか、剽窃などではなく偶然の一致であるのか……などを判じることができなくなっている。

いずれにしても、ぼくたちの誰もが「その知識はオリジナル?」と聞かれたら返答に困ってしまう。素性を明らかにできるほど知識が確かではないから、情報源を遡ることははなはだ困難だ。ぼくたちの知のトレーサビリティは、信頼できる無農薬野菜ほど高くはないのである。学んだ引用先も示さず無断で薀蓄を傾けている知識の大部分は、「剽窃だろ?」と迫られれば、素直なぼくなどは「は、はい」と言ってしまいそうだ。

剽窃と疑われたくなければ、固有経験的なオリジナリティを用いなければならない。あるいは、少なくとも誰からどのように知りえたのかの経緯または出典を示すべきだろう。わざわざ知識の起源まで調べることはないし、そんなことをしてもキリがない。ただ、できるかぎり自分がその知識といつどのように出合ったのかという記憶をまさぐってみせるのが良識というものだ。

最後にずばり書いておく。ぼくの知識の大半は剽窃でありパクリである。人の話、書物、マスコミなどからやってきたものである。但し、ぼくの意見と論拠は大部分ぼくに由来するものだと自負している。そして、意見と論拠は他者によって「知識」と呼ばれて誰かに剽窃され、稀に微かに役立ってもらえるのだと思う。人類の知の歴史は剽窃の伝承によって成り立ってきたのである。

棘のあるコミュニケーション

「批判される」の能動形は? ふつうは「批判する」。当たり前だ。否定形は「批判されない」。では、「批判は受けるもの」の反対や逆は? 「批判は受けないもの」? いや、おもしろくない。もう少しひねってみよう。一方的に批判を受けるのではなく、言い返したり反論したり。批判からたいかわす方法もありうる。しかし、とりあえず、「批判は受けるものである。決して受け流してはいけない」と言っておこう。

体を躱したついでに、批判や反論の矢から逃れることはできる。知らん顔したり黙殺したりすればいい。しかし、逃げれば孤立する。さわやかな議論であれ真剣勝負の論争であれ、当事者である間は他者や命題と関わっている。逃げてしまえば、関係は切れる。ひとりぽっちになってしまう。本来コミュニケーションにはとげと毒が内蔵されている。にもかかわらず……というのが今日の話である。


「みんな」とは言わないが、大勢の人たちが錯覚している。親子のコミュニケーションや職場のコミュニケーションについて語る時、そこに和気藹々とした潤滑油のような関係を想定している。辛味よりは甘味成分が圧倒的に多い。フレンドリーで相互理解があって明るい環境。コミュニケーションがまるで3時のおやつのスイーツのような扱われ方なのである。コミュニケーションに「共有化」という原義があることを承知しているが、正しく言うと「意味の共有化」である。このためには、必ずしも批判を抜きにした親密性だけを前提にするわけにはいかない。差し障りのない無難な方法で「意味」を扱うことなどできないのだ。

家庭や行政にあっては、たとえば子育て。職場にあっては、たとえば顧客満足。いずれも人それぞれの意味がある。子育ての意味は当の夫婦と行政の間でイコールではない。顧客満足の意味は社員ごとに微妙にズレているだろうし、売り手と買い手の意味が大いに違っていることは想像に難くない。意味の相違とは意見や価値観の相違にほかならない。互いの対立点や争点を理解することは意味の共有化に向けて欠かせないプロセスであり、単純な賛成・合意の他に批判・反論も経なければならないのである。棘も毒も、嫌味のある表現も、挑発的な態度もコミュニケーションの一部である。これらを骨抜きにしたままで信頼できる人間関係は築けるはずもないだろう。


Aは賛否両論も踏まえたコミュニケーションをごく当たり前だと考え、強弁で毒舌も吐けば大いに共感もする。誰かに批判され反論されても、どの点でそうされているのかをよく傾聴し、必要があれば意見を再構築して再反論も辞さない。要するに、Aは酸いも甘いもあるのがコミュニケーションだと熟知しているのである。

ところが、Bはお友達関係的であることがコミュニケーションの本質だと考えている。意見の相違があっても軽く流して、極力相手に同調しようと努める。こんな等閑なおざりな習慣を繰り返しているうちに、安全地帯のコミュニケーションで満足する。ちょっとでも棘のあることばに過剰反応するようになり、次第に先のAのようなタイプを遠ざけるようになる。このBのようなタイプにAはふつうに接する。むしろ距離を縮めて議論を迫る。しかし、BにとってAはやりにくい存在だ。

Aを敬遠するBは議論の輪に入れず孤立するだろうか。いや、この国の大きな組織では孤立してしまうのは、むしろAのほうだ。残念ながら、コミュニケーションを正常に機能させようとする側がいつも貧乏くじを引く。それでも、言うべきことは言わねばならない。相手に感謝されるか嫌がられるかを天秤にかけるあまり、言うべきことを犠牲にしてはいけないのである。