ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会内の修道院食堂に描かれた壁画。それがレオナルド・ダ・ヴィンチ作『最後の晩餐』である。大がかりな修復が完了したのが1999年。その7年後の2006年秋、「パリ→ミラノ→ヴェネツィア」の旅程を組んで出掛けた。飛行機の旅券とホテルの予約以外は行き当たりばったりの合計12泊の旅。
パリでは競馬の最高峰とされる凱旋門賞を観戦した。目的ではなかったが日本馬ディープインパクトが出走するので「これも何かの縁」とばかりにロンシャン競馬場に出掛けた。パリ滞在中は知人と会ったり美術館に行ったりとすぐに予定は詰まった。
他方、ミラノでの行動は、西北西へ列車で45分ほどのベルガモの訪問以外は計画無し。朝起きて街中を散歩したり地下鉄や路面電車で移動したり、行き当たりばったり。ミラノの3日目、もしかして要予約の『最後の晩餐』の鑑賞にキャンセルが出ているかもしれないと厚かましくも教会を目指した。もちろん予約無しで入館できるはずがなかった。来たついでなので、近くの「レオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館」へ行く。人が少ない。絵画の展示はないが、それ以外のダ・ヴィンチのマルチタレントぶりの展示を堪能した。
『最後の晩餐』にはキリストと弟子である十二使徒との共食シーンが描かれている。イタリア語では“L’Ultima Cena”(ルルティマ・チェーナ)という。日本語の晩餐にはフォーマルな響きがあるが、イタリア語のcenaは普段の夕食にも使うので重厚さや高尚感はない。
ずいぶん前になるが、「私の最後の晩餐」というようなテレビの企画番組が何度か放送された。よく食べてきた好物を最後の晩餐に選ぶ人と、食べたくても高級だったり手に入りにくかったりして逃してきた料理を選ぶ人がいる。人生で一番おいしいと思ったものを最後の食事に指名するとはかぎらず、おにぎりやお茶漬けだったりするかもしれない。
壁画の写真を見ても最後の晩餐の料理がよくわからない。修復後に専門家が鑑定したところ、食卓には魚料理、オレンジ(またはレモン)、赤ワイン、パンが確認された。魚は鰻のグリルという説もある。ちなみにキリスト教の「過越祭」の定番メニュー、仔羊のローストは描かれていない。
鑑賞機会を失ったから愚痴を言うのではないが、最後の晩餐にはどうもなじめない。最後にも晩餐にも引っ掛かる。と言うわけで、次のようなことをつぶやいている。
「本当に最後になるかどうかもわからないのに、最後と言うのはおかしいではないか。社交界や高級ホテルのフルコースとは縁遠く、夕飯を晩餐と呼ぶのに抵抗がある。晩餐を晩ご飯に言い換えるべきだ。みんな、晩餐と言うのは今夜でやめよう。そう、これが『最後の晩餐』。明日からは自宅のご飯もあの名画も『晩ご飯』と呼ぼう」
