📖 『書物の喜劇』(ラート=ヴェーグ・イシュトヴァーン)
本が読者の前にお目見えするにあたっては、上流階級のご婦人方が舞踏会に出かけるときのようにお化粧というものが必要である。身繕いは前書きに始まるが、これは、執筆の動機を読者に知らしめんとする著者の洗顔に他ならない。装丁は衣装(……) そして挿絵はアクセサリーである。とうてい手の届かぬ一流品から安っぽい紛い物まで、玉と石とが混淆している。
前書きから始まる身繕いが「洗顔」とは……ちょっとピンと来ないが、前書きにはお出掛け時の化粧や衣装や気取りを感じることがある。本文がとっつきやすい文章なのに、前書きだけが肩肘張っている本もある。出版のことをよく知るようになって、本一冊を演出することの手間暇を痛感する。執筆し発行する人たちは大真面目なのだが、作るプロセスで数々の喜劇を演じざるをえないシーンが浮かぶ。
📖 『書物の敵』(ウイリアム・ブレイズ)
働き者の虫がいて、
極上の本も駄目にする。
隅から隅まで穴だらけ。
どんなページも喰いすすみ、
本の価値などお構いなし。(J・ドラストンからの一節)
働き者の虫とは「紙魚」のこと。本の中や近くではなく、枕元で2度、トイレで1度目撃したことがある。銀色で動きは素早い。ティッシュを覆いかぶせて摑もうとしてもスルリと逃げる。この本では書物の敵として他に火、水、ガス・熱気、埃、無知……が挙がっている。水に濡らしてしまったことはあるが、これまでのところ本が紙魚にやられた経験はない。
📖 『読書の首都パリ』(宮下志朗)
パリのセーヌ右岸には、今でもかなりアーケード商店街が残っている。フランス語ではパサージュと呼ばれる(……) 全盛期のパサージュには、どこでも必ずといっていいほど「読書クラブ」が店を構えていた(……) 読書クラブ(キャビネ・ド・レクチュール)などと気取っているが、要するに体のいい貸本屋(ルウール・ド・リーヴル)のことだ。
貸本屋どころか、ちょっとした図書館のような、数万冊の蔵書を誇る読書クラブもあったようだ。贅を尽くしたサロンや講堂も備えていたクラブなどは社交場だったに違いない。この規模には到底及ばないが、わが読書室“Spin_off”にも数千冊の蔵書があるが、残念ながら、来年4月末に閉じることになった。蔵書と読書の場を維持する苦労を痛感する。
