抜き書き録〈テーマ:都市〉

題名に「都市」を含む本を本棚から取り出して拾い読みしている。拾い読みするにしても、何か取っ掛かりがないとキリがないので、知っている都市の話を拾ってみた。目を通したのはとりあえず4冊。


📖 『裏側からみた都市 生活史的に』(川添 登)

中世都市の裏側は、ルネサンスが象徴する人間復興や技術革新や生産増大の恩恵を受けていたのか……。普通に考えればそうだが、庶民の暮らしは置き去りになることが多い。

「シエナ市の条例によると、台所のくずを投げ出したり、窓から容器の中身、つまり汚水を捨てたりすることを、夕暮れから夜明けまでの間は禁止していた。ということは、昼間なら自由にできたということである。」

トスカーナ州の世界遺産の都市、シエナには二度佇んだ。州都のフィレンツェ繋がりで観光客も多い。ひどかった中世の街は今、窓枠やカーテンを取り換えるにも市の認可が必要だ。徹底した規制のお陰で、今のシエナでは、表も裏もなく、観光都市の条件である景観と清潔が保たれている。

📖 『都市の使い方』(粉川哲夫)

都市のいろんな使い方があるが、大阪の下町育ちのぼくには喫茶店とアーケードのある商店街が印象的な記憶だ。ぼくの記憶とぴったりと重なるような一節が書かれている。

「大阪の梅田の街をうろついているうちに、コーヒーがのみたくなって曽根崎のある喫茶店に入った。二階の窓側の席に腰を下ろすと、アーケードに通じる街路が見おろせる。」

378年前の午前11時頃の光景らしいが、買物をする女性が意外に多いと著者は感じたと言う。平日の午前11頃に曽根崎界隈を歩けるのは限られた人たちだ。大都会になった今の梅田には、時間が止まったまま昭和の余韻に浸らせるエリアがまだ残っている。

📖 『都市計画の世界史』(日端康雄)

「フィレンツェ、ヴェネツィア、ローマ、ロンバルディアの上流階級の一族たちは、彼らの都市を飾りたて、メディチ家、ボルジヤ家およびスフォルツァ家は、古典的モティーフで飾りたてた新宮殿を自ら建設した。教会もこうした動きに一枚加わった。」

引用された都市にはルネサンスゆかりの建造物が現存している。くまなく見て回ると、156世紀の中世ルネサンス都市の繁栄には名門家系の経済力が不可欠だったことがわかる。都市計画にはお金がかかったのである。
同じ頃、わが国でも都市化が進んでいた。欧州が宗教色の強い都市だったのに対し、わが国では戦国武将の手になる、防衛力重視の城下町が発展した。まずまずの規模の現代の都市はみな、かつて複合的な機能を持つ城下町だったのである。

📖 『都市のエッセンス』(望月輝彦)

パリにも何度か行っているが、世紀末を嗅ぎ分けるだけの街歩きの経験はない。世紀末と言えばデカダンスだが、もちろんそれだけではない。

「一八八九年のパリ万国博覧会にエッフェル塔が誕生した。作者のエッフェルの造形意識の不在にもかかわらず、エッフェル塔は来たるべき二〇世紀の“技術美”を暗示するメルクマールとなった。」

19世紀末の都市では20世紀が「良き時代」になるだろうと予感させた。たしかに世紀末の爛熟らんじゅく頽廃たいはいは新世紀でも残り続けた。人々は豊かさと享楽に酔ったが、予期せぬ二度の世界大戦で都市は疲弊した。再生された現代の大都市に、行き先が定まらず物憂げにさまよっている幻影が見えることがある。

拾い読みと抜き書き〈2024年1月〉

わざわざ抜き書きするのだから賛意を表しているのだろうと、他人は思うらしい。そうとはかぎらない。賛意の場合もあるが、同意でもなく意を唱えるでもなく、よくわからないが、気になるので傍線を引くこともある。意見保留または感想放棄のままの抜き書きというところだ。今月はそんな3冊の本(3人の著者の本はそれぞれ10数冊、いや、それ以上本棚に並んでいる)。


📖 松岡正剛『切ない言葉』(「遊学の話」より)

一所から他所へ赴くのが「遊」の本義ならば、
一所にいて他所を徘徊するのもまた「遊び」である。

一所から他所へなら、たとえば「旅」がそうであり「引越し」や「転職」もそうだ。経験的にはたしかに「遊」だった。では、一所にいて他所を徘徊のほうはどうか。たとえば、今ここにいて他所を想像すれば遊び心が搔き立てられる。本業があって、それをベースにして、別の仕事をしてみるのも楽しい。

こんなふうにそのまま読めばいいのか、それとももう少し深読みするべきなのだろうか。この著者が書くのだから何か新しい「遊」なのだろうと期待するが、案外当たり前のことが書かれているのかもしれない。だからと言って、がっかりしているわけではないが……。

📖 中村雄二郎『人類知抄  百家言』(「ニーチェ」の項より)

毎日少なくとも一回、何か小さなことを断念しなければ、毎日は下手に使われ、翌日も駄目になるおそれがある。

ニーチェのこのことばは難解である。「神は死んだ」よりも難解だ。著者の説明を元に、抜き書きの前段と後段を加えて再掲してみると次のようになる。

小さな自制心が欠如すると、大きな自制心もついえてしまう。毎日少なくとも一回、何か小さなことを断念しなければ、毎日は下手に使われ、翌日も駄目になるおそれがある。自分自身の支配者となるよろこびを保持したければ、この体操は欠かせない。

体操とは「毎日一回、小さなことを断念すること」であり、自分自身の支配者とは「自分をコントロールすること」だろう。小さな欲望を捨てられないと、人生の大事な場面で自制心がかなくなる……だから、毎日小さな欲望を捨てて、日々を上手に生きよう……そうすれば、自分を統御でき幸せになれる……と読み替えたがはたしてそれでいいのか。とは言え、毎日少なくとも一回、何か小さなことを断念できるほど、いろんな欲望を持ち合わせているわけではない。断念したくても断念するネタが先に尽きる。

📖 池田晶子『あたりまえなことばかり』

老いるほどに人生は面白くなるという言い方は、確かに可能である。
肉体は衰える、知力も衰える、しかし、ひょっとしたら、魂が最も活発に活動するのはこの時期であるのかもしれない。
その歳まで、いったい何をしてきたのかといぶかりたくなるような老人は多い。おそらく、何もしてこなかった。摂食、生殖、快楽の追求以外は何もしてこなかった。刺激に反応し、反応したら忘れるといった動物的生存の日々、そのような人々は、したがって老いることを拒む。

社会から老い始めたと見られる自分や同輩に照らし合わせると、おおむねその通りだと言える。ただ、魂の定義次第だが、肉体と知力が衰えたら魂も不活発になりそうな気がする。もし魂を精神と言い換えるなら、精神は知力に支えられるのではないか。

老いることを拒んで強引な策を凝らすのが加齢と闘う「アンチエイジング」、老いるペースに応じて生きる工夫をするのが加齢と融和する「スローエイジング」。意地や見栄を張る前者よりも、老いを素直に認めてしまう後者のほうがうんと楽である。

抜き書き録〈2023年12月〉

今月の抜き書き録のテーマは「消える」。馴染んだものが消えそうになるのは耐え忍び難い。時代に合わなくなって使われずに消えるもの、もったいないとまでは言えないが消えると寂しく思うものなど、いろいろある。ものだけでなく、ことばが消えてなくなってもいくばくかの寂寞感を覚える。

📖 『わたしの「もったいない語」辞典』(中央公論新社編)

「もったいない」とは、本来あるべき姿がなくなってしまうことを惜しみ、嘆く気持ちを表した言葉。「今はあまり使われなくなって”もったいない”と思う言葉=もったいない語」(……)

本書の冒頭で上記のように書名の意味を告げ、次いで150人の著名人が一人一つの言葉を惜しんだり偲んだりして一文をしたためている。その中から川本皓嗣こうじ東京大学名誉教授の『黄昏――楽しみたい魅惑の時』を抜き書きする。

ヨーロッパにあって日本にないものの一つに、黄昏たそがれがある。ただし、夕方うす暗くなって、「かれ」(あれは何だろう)といぶかるような時間帯がないわけではない。日本にないのは黄昏を愛し、存分に楽しむという文化であり、これはまことに勿体もったいない。

いや、そんなことはないと異議を唱える向きもあるかもしれないが、ぼくは著者に同意する。フィレンツェやパリで黄昏時にそぞろ歩きして、同じ印象を受けた。

日本には黄昏ということばはある。しかし、人と黄昏の間には距離がありそうだ。「黄昏」という文字と「たそがれ」という発音から詩情を感じているだけで、自らが黄昏に溶け込んで楽しんでいるとは思えない。わが国の黄昏はロマンチストたちの概念の中にとどまっているのではないか。黄昏と言うだけで、黄昏に身を任せないのは「もったいない」。

📖 『イラストで見る昭和の消えた仕事図鑑』(澤宮優=著/平野恵理子=イラスト)

「消えた」であって、「消えそう」とか「消えつつある」ではない。したがって、本書に収録された仕事のうち、質屋、紙漉き職人、畳屋、駄菓子屋、チンドン屋、靴磨きは今も時々見かけるので消えていない。子どもの頃によく見かけたが、今は絶対に見かけないものの筆頭に「ロバのパン」を指名した。

ロバに荷車を引かせてパンを売る方法は、昭和六年に札幌で(……)石上寿夫が(……)営業したのが始まりだった。たまたま中国から贈られてきたロバをもらった石上は、愛くるしいロバにパンを運ばせると人気が出るのではないかと考え、移動販売を行った。

昭和30年の半ばまでロパのパン屋が大阪の下町の町内にやって来ていた。あの生き物がロパだと見極めたわけではないが、ロバと名乗っているのだからそう思った。しかし、次のくだりを読んであれがはたしてロバだったのか、怪しくなった。

昭和二十八年夏には(……)浜松市、京都市で馬(木曽馬)に荷車を引かせてパンを売るようになった。実際は馬に引かせているが、「ロバのパン」としてイメージされ人気を呼んだ。昭和三十年には『パン売りのロバさん』(後のロバパンの歌)というテーマソングが流れるようになる。

昭和28年や30年ですでにロバではなかったようだ。ぼくが町内に流れてくる歌を耳にして家を飛び出し、物珍しがったのはその数年後であるから、あの生き物はすでにウマだったのである。パンは生き残ったが、ロバは早々に消えた。そして、ロバからバトンを渡されたウマもとうの昔に消えているのである。

抜き書き録〈2023年11月〉

語感を磨き語彙を増やすという、骨のあるテーマで話をすることになった。音読に適した文章は前々からいろいろと収集している。他に何かないかと本棚をずっと眺めていたら、何度か読んだ一冊に目が止まる。これがいいと即決。『教科書でおぼえた名文』(文春ネスコ編)がそれ。その一冊から抜き書きしてみた。


📖 「よい文章とは」(金田一京助『心の小径』より)

(……)どうしたら、よくわかる文章が書かれるであろうか。
よくわかる文章を書くには、文章だからといって、特別に角ばらず、「話すように」書くことである。

国語の専門家にこう助言されては真向から反論しづらい。しかし、そもそも誰もがきちんと話すことに苦心している。特別に意識せずに毎日話しているが、適当に話しているようなことを書いてわかりやすい文章になっても自慢できるとは思わない。話すように書くのは、書くように話すよりも難しい。

📖 「文章とは何か」(谷崎潤一郎『文章読本』より)

人間が心に思うことを他人に伝え、知らしめるのには、いろいろな方法があります。(……)泣くとか、うなるとか、叫ぶとか、にらむとか、嘆息たんそくするとか、なぐるとか言う手段もありまして、急な、激しい感情をと息に伝えるのには、そう言う原始的な方法の方が適する場合もありますが、しかしやや細かい思想を明瞭めいりょうに伝えようとすれば、言語にる外はありません。

この文章を読んで「ことばじゃない、心なんだ!」と力説した講演者を思い出す。あれから30年かそこら経ったが、未熟なせいか心で伝えるすべを今も知らない。言語によって今もなお下手な鉄砲を打っている、谷崎先生の後押しを味方につけて。

📖 「美を求める心」(小林秀雄『美を求めて』より)

近頃の絵や音楽は難しくてよく判らぬ、ああいうものが解るようになるには、どういう勉強をしたらいいか、どういう本を読んだらいいか、という質問が、大変多いのです。(……)
極端に言えば、絵や音楽を、解るとか解らないとかいうのが、もう間違っているのです。絵は、眼で見て楽しむものだ。音楽は、耳で聴いて感動するものだ。頭で解るとか解らないとか言うべき筋のものではありますまい。ず、何をいても、見ることです。聞くことです。

コンサートでは聴衆の中から評論する声を聞いたことはないが、美術館では二人連れや三人組が絵の構図や描かれた時代背景などを小声で語り、すでに本で仕入れた知識に基づいてああだこうだと言っているのを耳にする。絵は好きかそうでないか、快いかそうでないかが基本。この絵は難しいなどと評するのは、鑑賞者が小難しく考えるからだ。

📖 「春はあけぼの」(清少納言『枕草子』より)

春はあけぼの。やうやうしろくなりゆく山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。

万葉集や古今集も「五感」に響く表現の宝庫だが、和歌は意味を汲むのに苦労する。その点、少々語彙が不足していても、古典随筆はある程度意味がわかり、声に出して読むと「語感」の良さが伝わってくる。

📖 「安寿と厨子王」(森鴎外『山椒大夫』より)

水がぬるみ、草がもえるころになった。あすからは外の仕事が始まるという日に、二郎が屋敷を見回るついでに、三の木戸の小屋に来た。

だらだらと書くのを戒め、切れ味よく直截的に表現しようとするなら、森鴎外を手本にするのがいい。無駄な婉曲をせず、動詞がテンポがよく文章をつむぐ。なお、語彙は文章の中で語感の響きをともなって増えていく。単語だけを増やそうとしても意味がないし、だいいち増えない。

抜き書き録〈2023年10月〉

読書の秋だが、仕事の秋でもあるので、悠長に本を読む時間があまりない。だいぶ以前に読んでノートに抜き書きしていた箇所を、原典に還って再読した。楽だと思ったが、初めて読むのと違いはない。と言うわけで、取り上げるのはわずかに2冊だけ。


📖 『論語』

子貢問曰、「有一言而可以終身行之者乎」。
子曰、「其恕乎。己所不欲、勿施於人」。

子貢しこう問ひて曰く、一言いちげんにして以て終身これおこなき者有りや。のたまはく、じょか。己の欲せざる所、人に施すことなかれ。)

孔子の弟子の子貢が「生涯おこない続けるに値する一言のことばがあるでしょうか?」と尋ねた。世にある万言の中からたった一つというのはちょっと無理がありそうだが、孔子は「それは恕だろうな」と即答した。そして、「自分がされたら嫌だと思うことは、他人にしてはいけないのだよ」と言った。

「恕」という漢字を知ったのはこの時が初めて。恕は見るからに「いか(り)」や「うら(み)」に似ているから、よからぬ意味だろうと直感した。実は、「他人の心情に対する思いやり」の意だった。直感はまったくハズレていた。

「あなたがパワハラされるのが嫌なら他人にパワハラをするな」と教えるのは、「己の欲せざるところを他人に施すなかれ」に即している。対照的なのは『新約聖書』の「己の欲するところを他人に施せ」だ。「パンを分け与えて欲しいなら他人にもパンを分け与えよう」が一例。この例なら思いやりがあるから恕の精神と同である。しかし、自虐的な人の場合だと「あなたがイジメられたいのなら他人もイジメてあげよう」になってしまう。マゾヒストのあなたがサディストに変身しなければならなくなる。

📖 『知的複眼思考法』(苅谷剛彦著)

書名からハウツー本と勘違いされそうだが、いろいろと考えさせられる、中身の濃いテーマを扱っている。

• ほかの人の意見に対し、「そんなものかなあ」と思って、自分で十分に納得しているわけではないけれど、「まあいいか」とやり過ごしてしまった。
• 本当は、ちょっと引っかかるところもあるのだけれど、「そういわれれば、そうかなあ」と、人の意見を消極的に受け入れた。
• 「あなたの意見はどうですか」と聞かれた時、少しはいいたいことがあるのに、はっきりと自分の考えがまとめられずに、結局は「とくにありません」と答えてしまった。

著者は、上記の反応をする人たちを発想に乏しい人の典型と見なす。この種の人たちがこのような振る舞いを延々と続けることは想像に難くない。「自分で十分に納得しているわけではない」「ちょっと引っかかるところもある」「少しはいいたいことがある」というホンネは心にずっと居座り続けるが、斟酌してもらえることはない。

「言いたいことが言えない」という日々を送っているうちに、人前では話さないぞ、なぜなら話したってわかりっこないからだと自己説得してダンマリを決め込んでしまう。やがて言えない能力は言わない能力のことであって、言える能力よりもすぐれていると考え始める。こうして問題はすり替えられて、言える人はただの口達者な技術屋にされてしまうのだ。

抜き書き録〈2023年9月〉

まだまだ残暑が厳しい。夏場の読書は苦行である。部屋を涼しくしても、この時期はすでに6月頃からの高温多湿の積算に心身が嫌気をさしている。仕事は他人様との約束なので何とかこなせるが、読書は自分ごとなので、夏場は読書量がかなり減る。中座したり未読したりしている本を本棚から引っ張り出しはするが、今月もあまり読んでいない。

📖 『人生の実りの言葉』(中野孝次)

題名よりも先に「美しい〈老い〉を生きるための珠玉の名句・名文40選」という帯文に釣られて、古本屋で手にした一冊。

閑吟集かんぎんしゅう』の「しゃっとした・・・・・・こそ人はよけけれ」という歌謡が新鮮に響く。関西でよく使われる、スマートさを意味する「しゅっとした」とは異なる。

この句は女の目から見て好ましい男の姿を言ったもので、いかにも頼もしげできりりとした態度ふるまいの中に、ねちっこくないさっぱりした愛情表現をする人のことを言ったもの。(……)中世の女の美意識を単純な言葉でみごとに表現してみせた。

どうやら能力があっても、さわやかさや粋に欠けていては日本男子の理想像にはなれないらしい。とは言え、男の理想像になろうとして生きるつもりがないのなら、好ましいと思われなくても別に困ることはない。

📖 『はずれ者が進化をつくる 生き物をめぐる個性の秘密(稲垣栄洋)

個性、ふつう、区別、多様性、らしさ、勝つ、強さ、大切なもの、生きる……などの生物界のキーワードを見直して新しく意味づけしているのが興味深い。「境界を引いて区別する」の項から引用。

皆さんはクジラを知っていますか?
イルカは知っていますか?
クジラとイルカは同じ海にすむ哺乳類の仲間です。
それでは、クジラとイルカはどこが違うのでしょうか。

「クジラは大きくて、イルカは小さい」
そんな単純なものではありません……と言いたいところですが、じつはそれが正解です。

専門的な分類学によると、3メートルより小さいのをイルカ、それよりも大きなのをクジラと呼んでいるらしい。とても単純なので驚く。この伝で言うと、3メートル1センチがクジラで、2メートル99センチがイルカということになる。その差はわずか2センチ。人間は「区別したいという、ただその理由で分類している」ようなのだ。

📖 『辞書から消えたことわざ』(時田昌瑞)

辞書からまだ消えていないことわざなら結構いろいろと知っているが、すでに消えて久しいものをよく知っているはずがない。本書で知っているのはわずか3つだけだった。消えたことわざの中にあって、記憶にかろうじて残り、ぎりぎり生き長らえている希少種である。

「松のことは松に習え、竹のことは竹に習え」

わからないことはその道のプロに聞いて教わるのがいいという意味。このことわざを知ったのは先輩が口癖だったからだ。何十回も聞いた。あの人、お前より頭のいいオレに聞け、オレに学べと言っていたような気がする。

「三つ叱って五つ褒め七つ教えて子は育つ」

文字通りのわかりやすいことわざだが、こういう道徳観のことわざは消える運命にある。これも文字で見たのではなく、耳から何度か入ってきたと思う。七五調なので覚えやすい。日本のことわざは抽象的な語句を避けて比喩や具体的な表現を使うので数詞の出番が多いと、著者は言う。

「雨の降る日は天気が悪い」

辞書からは消えたかもしれないが、おなじみのフレーズなので稀に今も使う人がいる。

「晴れの日は天気がいい」と言ったらどうなるだろう。たぶん、当たり前なことを言うな、とでも言われるのがせいぜいだろう。(……)類語は特に多くないが、比較的よく知られるのが「犬が西向きゃ尾は東」。その他、「鶏は裸足はだし」「北に近けりゃ南に遠い」「親父は俺より年が上」(……)

当たり前のこと言って、小馬鹿にされる時と、おもしろおかしく感心してもらえる時がある。ウケるためには、当たり前の中に新しい発見の仕掛けがいるのだろう。

抜き書き録〈2023年8月〉

この半月で古本を十数冊買った。まだほとんど目を通していない。それどころか、ここ数年で買い求めた本の半数すら読み通していない。将来読む気のある未読本はオフィスでも自宅でも机に向かう背中側の棚に無分類のまま積んである。仕事の手が止まったので、何冊か引っ張り出してことば遊びのページを拾い読みしてみた。

📖  『誹風柳多留』は「はいふうやなぎだる」と読む。江戸時代中期から幕末までほぼ毎年刊行されていた川柳の句集。全部で167編が刊行されたという。川柳なので季語はないが、この時期にありそうなユーモラスなものを二句。

本降りになって出ていく雨宿り

今だ! と踏ん切りをつけて雨中に飛び込めば、さっきまでの雨のほうがずっとましだったということがある。夕立やゲリラ豪雨時の雨宿り。小降りになるタイミングを見極めるのは容易ではない。

かみなりをまねて腹がけやっとさせ

腹掛けは昔の職人の仕事着の一つだが、自宅で子どもにさせる腹掛けは夏場の寝冷えを防ぐ肌着だった。暑いから子どもは嫌がる。「腹掛けしないと雷様にへそを取られるぞ」と親父は脅したのである。冬よりも夏によく腹巻をさせられた覚えがある。

📖 『街頭の断想』というエッセイ集に河合隼雄の「ふたつよいことさてないものよ」と題した一文がある。

ふたつよいことは、さて、ないものです。ひとつよいことがあると、ひとつわるいことがある。どんなによいことでも、その裏には、あんがい、わるいことが含まれています。
そのかわりに、ふたつわるいことも、あまりないものです。どんなにわるいことでも、よくよく見ると、それは何かよいことをあわせてもっていることが、わかってきます。

この話のもとは次の七七七五調の都々逸である。

〽 二つ良いこと さて無いものよ 月が漏るなら 雨も漏る

月が漏るとは、夜に月の光が板葺き屋根の隙間から射してくること。貧乏長屋のイメージだが、光が入ってくるならその隙間から雨も漏るだろう。月の光は良いこと、雨漏りは良くないこと。良いことはめったに二つない。河合は悪いことも二つないと言うが、悪いことは平気で二つ三つと重なるものである。

📖 『不思議な日本語 段駄羅』(木村功)。段駄羅は俳句や川柳と同じ五七五。上の五音をA、中の七音をB、下の五音をCとすれば、Bの七音は同じだが二つの異なる意味になって、「A-B1」と「B2-C」とつながるように駄洒落の掛詞を遊ぶ。一句引用する。

古都の旅(A)   

大和路やまとじ線か(B1)
山と自然が(B2)

そこかしこ(C) 

奈良への旅人が「JR大和路線」を利用し、窓外に「山と自然」をそこかしこに眺める様子である。ABCの記号を抜いてもう一作。

寝苦しい  

不快な蚊なり

深い仲なり

花と蝶

抜き書き録〈2023年7月〉

コロナ前に途中まで読んで最後のページまで到らなかった本からの抜き書き。本は無作為に読んでいるが、引用箇所はたまたま言語が共通テーマになった。


📗 『エッフェル塔のかけら――建築家の旅』(岡部憲明)

夕日を背にしたエッフェル塔は光の中に溶解し、風とたわむれ、空の織物となる。エッフェル塔は限りなく透明な構築物だ。なめらかにのびる四本の足から加速度的に空の一点へと収斂していく。透明な軽さは重力を感じさせない。

靴がかなりくたびれるほどパリを歩いた日がある。石畳が多いから靴底のクッションは重要だ。歩くリズムの中に街を感知しながら、予定以上に歩いてしまう。一休みはカフェで、フランスのエスプレッソ「エクスプレッソ・・・・・・・」を注文し、舗道と通行人をぼんやり眺めて午後のひとときを過ごす。パリ市内ではどこにいてもエッフェル塔が見える。パリに三度訪れ、合わせて20日以上滞在したが、エッフェル塔は見飽きない。エッフェル塔は空間的存在のみならず、変幻自在な言語的存在でもある。表現が尽きない。

📗 『言葉とは何か』(丸山圭三郎)

言葉は、それが話されている社会にのみ共通な、経験の固有の概念化・構造化であって、外国語を学ぶということは、すでに知っている事物や概念の新しい名前を知ることではなく、今までとは全く異なった分析やカテゴリー化の新しい視点を獲得すること(……)

国際広報の仕事をしていた20代、30代の頃、日英の翻訳も業務の一つだった。「これ訳しておいてもらえる?」と気軽に依頼されたが、気楽にできるものではなかった。翻訳とは二言語間の単なる文字面もじづらの置き換えではない。ものの見方、感情や生活様式、慣習、風俗など、何から何までそっくり照らし合わせなければならないのだ。AIがどこまで概念化・構造化としての言語を分析できるようになるのか、興味津々である。

📗 『言語の科学――ことば・心・人間本性』(チョムスキー)

言語は6万年前、突然変異で人間の脳が再配線され、それを契機に生まれた能力である。言語が人間を人間にしたのだ。

人間を人間たらしめているのが言語なら、言語のどの要素が最も決定的なのか。言語は人間どうしの意味の共有を可能にした。今ここにないモノをその名によって伝え、見えない時間や感情を記号化して分かり合えるようになった。この6万年間、ホモサピエンスの他にこの能力を獲得した動物はいない。しかし人間は、言語と引き換えにそれまで駆使していたはずの固有の能力のほとんどを失ったはずである。

抜き書き録〈2023年5月〉

「風景」という響きと文字が気に入っている。風景の類語はいろいろあり、意味もニュアンスも微妙に違い、使い分けが難しい。

「情景」と「景観」は人の思いや感情とつながっていて、対象を「すぐれている」とか「きれい」というふうに眺める。自然の眺めは一般的に「景色」という。風景は景色よりも上位の概念で、自然の他に街や人の活動も含めた眺めを含む。「光景」は風景や景色に比べてやや無機的で、目の当たりにしている状況、場面、様子は何でも光景になる。

古来、風景は考察の対象になってきたが、もちろん人が自然を意識してからずっと後に創られた概念である。風景をテーマにした本を3冊、読み比べてみた。

📖 『風景との対話』 東山魁夷(著)(「日月四季」の章より)

太陽や月、雲や山が幾度となく浮動して位置を変えた。それは、金色の幻想となって、夜昼となく私の頭の中にあらわれた。春の山、太陽、夏の虹、秋の山、冬の山、月、それらを連ねる雄大な雲の流れ――  

東山画伯は実際に風景を見たのではない。ある主題に対して風景が浮かんだのだ。浮かんだ風景は自分にしか見えないから、便宜上ことばでスケッチ・・・・する。宮内庁が、1960年代に新築中だった東宮御所の壁画制作を画伯に依頼したエピソードである。

「風景画的な主題」という題材だけが唯一の条件で、あとはお任せだった。画伯は実際の壁を見に行く。その時、「日月じつげつ四季図」の構想がひらめいた。壁の大きさは横22.5メートル、高さ2メートル。一目では目配りできないその長大なスペースに、動く風景があぶり出されるように見えたに違いない。

📖 『風景画論』 ケネス・クラーク /  佐々木英也(訳)(「象徴としての風景」の章より)

われわれの周りには、われわれが造ったものではなく、しかもわれわれと異なった生命や構造をもったもの、木々や花や草、川や丘や雲がとりかこんでいる。幾世紀にもわたって、それらはわれわれに好奇心や畏怖心を吹きこんできた。歓びの対象ともなってきた。われわれはそれらを、自分たちの気分を反映させるよう、想像力の中で再創造してきた。  

地球規模の自然ではなく身近な自然の場合、ぼくたちは雲や樹々、起伏のある山なみ、浜辺などを想起する。人々はこの自然を畏れ多くも自分なりに解釈し、想像上の自然を作り上げたり再構築したりしてきた。それが風景画を生みだしたというのである。「風景画は、人間が辿ったさまざまな自然観の段階をしるす指標である」と著者は言う。

自然の中に風景を見出したのは西洋ルネサンスの頃だという説がある。その話を――まったく偶然だが――次の一冊がリレーしてくれる。

📖 『風景の誕生――イタリアの美しき里』 ピエーロ・カンポレージ/ 中山悦子(訳)  (「土地の姿から風景へ」の章より)

風景を描いた絵画の黄金時代はおそらく、まだ風景というものが自立した形としてもジャンルとしても存在しなかった時代ではなかったか(……)
風景はまだ背景に追いやられる「習作」の段階にあって、観察と解釈の対象に過ぎなかった。(……)
十五世紀また十六世紀初期の美術や論考において、風景はまだ十分な自立に達しておらず、絵画としての美的規律ももたされていない。 

「まだ十分な自立に達しておらず」というのだから、概念としての風景は中世ヨーロッパでは未熟だったのである。当時の人々はあるがままの自然を拒否していた。他方、自分たちの生活に役立つ自然には大いに関心を示した。すなわち、金や銀などの鉱物と農産物を産出し、牧畜を可能にしてくれる利用価値の高い「土地」こそが自然だったのである。

ルネサンス以降、野性の自然(土地)から風景を導き出すのに時間がかかった。今、自然と風景の関係はどうなっているのだろうか? 功利優先の土地や戦場で風景画が描かれるとは思えない。

本の帯文をじっくり読む

稀に帯文が本を買うきっかけになるが、所詮「PRのうたい文句」だと内心思っている。本体の書物以上に真剣に読むことはない。図書館では本の函を捨て表紙カバーも取っ払う。帯文を付けたまま本が棚に並べられることはない。

本を買って帯文を付けたまま読むこともあるし、読む前に外すこともある。先日、十数冊溜まった読書に関する本に目を通した折りに、数冊に帯文が付いたままだった。「そうだ、帯文をじっくり読んでみよう」とふと思った。

📘 『本の世界をめぐる冒険』(ナカムラクニオ)

なぜ、本は生き残り続けたか
日本一、詳しい著者が「つながり」でひも解く教養としての本の世界史
2時間で読める! シリーズ累計16万部

本の生き残りを問うのは「本が読まれなくなった危惧」ゆえだろう。本を救済し絶滅させないために世界史や世界観が必要になった。読書論だけでは本を語ることにならない。本は紙であり印刷であり書店であり教養であり世界なのである。なお、2時間で読めるとかシリーズ累計16万部といううたい文句には惹かれない。

📘 『読書からはじまる』(長田弘)

自分のために。次世代のために。
「本を読む」意味をいま、考える。

読書から「何が」はじまるのだろうか? 意味深であり、それゆえに読書の意味を考えるというわけか。アマノジャクなので、ぼくは「本を読まない」意味も考えたことがある。本は読む対象だけではなく、買って棚に入れて読まない存在にもなりうる。読む本にも読まない本にも意味があると思うのだ。

📘 『読書とは何か 知を捉える15の技術』(三中信宏)

本を読む、それは「狩り」だ――

読書は狩猟に似ていると思ったことがある。情報や知識は獲物で、読書をする時に人は狩人になるというわけ。狩猟民族としての読書人は、獲物をさばいて知欲を満たす。読書を狩りとするなら、獲り損ないも少なくない。したがって、上手に読むためのワザは、たぶんあるほうがいい。

📘 『私の本棚』(新潮社編)

私の本棚は、私より私らしい。
23人の愛書家が熱く綴る名エッセイ!

誰が言ったか忘れたが、「きみの読んでいる本を言いたまえ。きみの性格を言い当てよう」というような文言があった。背表紙が見えると、自分の本性が見透かされるような気がするので、外から見えない本箱に格納していた読書家の知人がいた。最近読んだ10冊の書名を聞けば、興味の傾向が見え、ある程度性格がわかるかもしれない。しかし、本棚が自分よりも自分らしいのなら、類推は外れることになる。ぼくの本棚はあまりぼくに似ていないと思うが、似ていると言う人もいる。

📘 『読書会という幸福』(向井和美)

わたしがこれまで人を殺さずにいられたのは、本があったから、そして読書会があったからだと言ってもよいかもしれない。

本を所蔵し読書をしていた殺人者はいくらでもいるはずだから、一般論ではない。本があるがゆえに賢くなった人もいれば、バカになった人もいる。本には功罪があるのだ。ぼくが主宰していた読書会は、メンバーが最近読んだ本の書評をおこない、出席者から質問を受ける。みんなが別々の本を読んでくる。他方、よくある読書会では、みんなが同じ一冊の本を読んできて感想を言い合う。感想が食い違ってケンカにならないかと心配する。大人は読書感想ではなく、本の批評をするべきだというのがぼくの自論である。