クリニックの内科医は診た

夕方からよく鼻をかんでいた。喉の奥のほうが痒い。何とか眠れたが、朝になると鼻がグズグズ、痰がよく詰まるようになった。熱は36.6℃、身体はだるくなく関節痛もない。自分では使ったことはないが、こういう症状を誰かが「鼻風邪*」と言った。

*鼻風邪は急性鼻炎の別名。ウイルスや細菌、埃や粉塵、化学物質などが鼻の粘膜に感染し、急性の炎症を起こしている状態。原因の約9割がウイルスである。

これは耳鼻咽喉科の案件だと思ったが、ひとまず懇意にしているかかりつけの内科の医師に診てもらうことにした。耳鼻咽喉科の診察券が見当たらなかったのも内科を選んだ理由の一つだ。

「今日はどうされましたか?」
「何だか鼻風邪のようなんです」
「自分で勝手に鼻風邪などと決めつけたらいけないですよ」
医師、カルテを見る。
「これまで鼻炎の所見をしたことはないですな。鼻風邪だったらウイルスが原因ですがね……。後で測りますが、熱は?」
「平熱です」
「咳は?」
「ほとんどないです」
「喉の痛みは?」
「痛みはないです。痒みはあります」
「鼻水や鼻詰まりは?」
「鼻はグズグズしていて、喉に痰がたまります」
「鼻風邪とか鼻炎だとか言って来られる患者さんが増えていますが、コロナも流行していますよ。検査しましょうか?」
PCR検査ですか?」
「いや、抗原検査なら結果がすぐにわかります」

そう言って、医師は鼻腔に細い綿棒を入れた。ウェっと軽くえずきそうになった。数分後。

「コロナじゃないですね。喉を見せてください」
「アアア~」
「ほんの少し腫れています。アレルギー症状を抑える鼻炎の薬、痰を出す薬、そして念のために鎮痛解熱の薬を処方しましょう。とりあえず4日分。毎日朝昼夕の食後に各1錠飲んでください」


翌週。
「よくなりましたか?」
「鼻水と痰がよく出ました。服用3日後からよくなったような気がしますが、今週中に完治したいので、もう少し飲んでみます」
「では、同じ薬を4日分出します」

喉の痒みが取れた。鼻炎はよくなったような気がするが、相変わらず鼻をよくかみ、痰をよく出している。鼻と喉が連携プレーをして鼻水と痰を出しているのがよくわかる。

鼻と喉から異物を追い出すように促すのがもらった薬の作用なら、先週違和感を覚えた時点で鼻水が出て痰が出たのは自己免疫が働いたからだろう。あのままでもよくなったかもしれないし、やっぱり薬が効いてくれたのかもしれない。ともあれ、今回はクリニックの内科医が症状を診て薬を処方した。耳鼻咽喉科の医師なら症状をどう診て何を処方しただろうか。処方の違いに興味津々だ。早くよく似た症状に罹りたいという衝動に駆られている。

㊟本作は一部事実に基づくフィクションです。

古代ローマ人の話を聞く

――あなたがいつの時代の政治家にも求めたい改革とは何でしょうか?

第一に情報公開だろう。政治や行政に携わる者は、己たちが交わす議論、おこなうスピーチなどを民衆に公開するべきだ。発言者は言論の責任を負う。責任とは何事も包み隠さないことなのだ。
第二は政治と金の問題。とりわけ政治家と官僚につきものの賄賂に見て見ぬ振りをしてはいけない。いつの時代も金が不正に動く時、汚職まみれの政治家が出てくる。
第三には失業対策と雇用促進だな。たとえば遊閑地があれば、放置していないで農民に再分配する。いとも簡単に食糧と仕事を確保できて、一石二鳥だ。

――文明国家の多様性についてはどのようにお考えでしたか?

文明主義に悲観的な向きもあるが、文明を健全に機能させる方法はある。すなわち、文明の上位に気高い精神性を置くことだ。
文明とは国家を超大にするシステムではない。それは、異民族が固有の文化を維持しながら共存し続ける「ルール」にほかならない。繁栄した国はいずれも異民族を取り込み、技能や適性に応じて活躍の場を与えたのである。
多民族、多文化、多芸術などの多様性を誇り、常に異種なる価値に開かれた社会こそが健全で、変化の活力となる。権力者が長期的な覇権に安住するような風土は不幸だ。

――指導者としての自身が生涯貫いた精神は何だったのでしょうか?

わが時代のわが母語に“CLEMENTIA”ということばがあった。「寛容」を意味する。強引かもしれないが、私は「自らの考えに忠実に生きること」を何よりも大切にしていた。自分は裏切られたが、それは自らの考えに忠実に生きた証だと考えて寛容を貫いた。
寛容の精神と決断は不可分の関係にある。裏切られて暗殺される5年前、覚悟の決断をした。ローマ帝国の同じ支配地でありながら、市民権は川の北側の人々には与えられていなかった。私はローマに再帰するべく、ルビコン川を渡った。あの時の大きな賭けは今もなお「さい・・は投げられた」と伝えられているようだ。

――後付けになりますが、自己紹介をお願いします。

ユリウス・カエサルが刻まれたデナリウス銀貨

私はガイウス・ユリウス・カエサル。紀元前100年生まれだから、キリストよりも1世紀も前の人間だ。暗殺により56歳没。共和制ローマ末期の政務官だった。
古典ラテン語ではCaesarと綴り、カエサルと発音した。フランス語ではセザール、現代イタリア語ではチェーザレと、それぞれ呼ばれる。英語圏はどう言うわけか、私をシーザーと読んでいる。イタリアにない例のシーザーサラダはメキシコ発祥で、アメリカや日本でよく食べられているが、私はあのサラダとは何の関係もない。

 

創作小劇場『中華料理、一喜一憂』

〈プロローグ:私と中華料理〉

私は幼少の頃から中華そばや餃子になじみ、酢豚の定食を好んで食べた。学生時代には、ライスと相性のよい濃い味のレバニラ炒めや肉団子をよく注文した。私の食生活は中華料理とともにあった。私は中国人ではない。だが、中華料理に目がなく、一日三食すべてが中華でも大歓迎する口なのである。

〈Ⅰ 私流の格付け〉

私が今住む街は中華街ではない。だが、中華料理店が競い合う激戦区だ。正確に数えたことはないが、歩いて五分圏内に十店は下らないはず。圏外にも出てあちこちの店を食べ歩きし、料理別に味比べをしてきた。炒飯はA飯店がおいしく、五目そばはB園が抜きんでており……麻婆豆腐はC家自慢の売りで、D閣はどれも普通だが回鍋肉だけはとてもよい……値段高めだが八宝菜ならE軒で決まり青椒肉絲チンジャオロースはF門の味付けが一番……という具合に格付けができている。

〈Ⅱ 一喜一憂〉

そもそも嗜好というものは、気に入れば入るほど高じてくるもの。逆に、好みの料理が期待外れだったりすると後々まで口惜しさが尾を引く。料理そのものだけでなく、料理を提供する店員や店の雰囲気や皿一枚や箸一膳にも良し悪しがつきまとう。「一喜一憂」は中華料理店の専売ではないが、中華料理店でよく経験するのである。

〈Ⅲ 具材の多少〉

店ごとの料理の格付けがかなりできてきたので、がっかりする味に出合うことはめったにない。しかし、味付けに不満はなくても、具材の多少とバランスに一喜一憂することがある。ある日のとある店で指名した私の昼ご飯は「豚肉ときくらげの卵炒め」であった。

以前、別の店で注文した天津麺の、麺とスープをすべて覆い尽くして器から溢れんばかりの卵にも驚いたが、この卵炒めはそれといい勝負ができるほど圧倒的な量の卵を使っていた。卵の下には甘みのある脂身の豚肉が埋もれていた。町中華、侮れない。

これだけですでに十分な「一喜」なのだろうが、食すのは他でもないこの私だ。遺憾ながら、四字熟語の残り二文字を受け持つ「一憂」について触れなければならない。復習しておこう。私が注文した料理は「豚肉ときくらげ・・・・の卵炒め」である。漢字で「木耳」と書かれていたら読めない、あの黒いキノコ。それが他の具と比べるとかなり控えめなのだ。きくらげ愛食家としてはっきり言っておくが、豚肉と卵は半分の量にしてもらってもよかったのである。きくらげを重ね積みして料理が黒く見えるほど溢れさせる心遣いがほしかった。

〈Ⅳ テーブル〉

新型コロナ以降、中華料理店では一人客なのに四人席テーブルに案内されることがあった。こんな空間的贅沢にすっかり慣れた三年間。ところが、今年の連休明け頃から知らぬ客との相席を強いられるようになった。テーブルのこちら側に私一人、斜め向かいに一人の客ならまだいい。先日は私一人に対して三人組が配席された。憂いを通り越して拷問状態になった。テーブルは三人組の会話に支配され、注文した油淋鶏ユーリンチーの味をほとんど覚えていない。

テーブルの上に透明のマットが敷かれている店がある。そこに自前の各種リーフレットを挟んである。「食べ放題3,980円の夜の宴会メニュー」、季節限定の「柚子焼酎」、昼席では注文できない「前菜三種盛り」、イチオシなのか自信作なのか、唐突に「麻婆茄子」。カラフルなリーフレットが何枚も敷き詰められたテーブル。そこに注文した八宝菜の一皿が置かれて、料理はまったくえなかったのである。

〈エピローグ:デザート〉

中華定食4種と週替わりサービス2種を用意している店。すべての食事に杏仁豆腐が付いてくる。杏仁豆腐と言うよりも、缶詰から取り出した寒天のような代物である。半数以上の客が手を付けない。ある日、どうしたことか、見た目本物の杏仁豆腐に替わっていた。うまい! 一流ホテル級の味に私は満悦至極だった。その半月後にも入店した。どうしたことか、杏仁豆腐は元の寒天のような代物に戻っていた。別に驚きも落胆もしなかった。中華料理店にはよくあることだし、何よりもデザートはサービスのつもりなので、私流の格付け対象にしないことにしている。

「あるある」と「ないない」

自分にとっての「ありそうでない・・」ことを、他人が「いやいや、なさそうだがある・・よ」と否定する。その逆もある。人それぞれの経験が反映される。

「ありそうでない・・か、なさそうである・・か」をチェックし、次に「ない・・ある・・か」の推論を経て、最後に「あるある」という全肯定または「ないない」という全否定に到る。

✅ 文具店で付箋紙を買い忘れないようにメモしようとしたが、付箋紙の箋が思い出せず、「ふせん」と書いたことがある。

✅ 書類に氏名を漢字で書く。次いでカタカナを振る。漢字の自分とカタカナの自分を別人だと感じたことがある。

✅ フェースブックの投稿欄に出てくる、「○○○○さん、その気持ち、シェアしよう」という誘いに、余計なお節介だと思ったことがある。

✅ 券売機の扱いがややこしいので、敬遠している店がある。

✅ 旅先でタクシーの運転手に尋ねたおススメの店は十中八九おいしくない。


✅ 中華料理と言えば、「酢豚」か「八宝菜」の二択だった頃がある。

✅ 酢豚のタレを、スープに付いているレンゲスプーンですくってライスにかけて食べたことがある。

✅ 「〽 今日の贅沢 酢豚のランチ ライスおかわり 安上がり」という都々逸の歌詞の思いはわかる。

✅ 都々逸のあの「〽」という記号の名称を調べたことがある。


✅ この時期の大型連休をゴールデンウィークと書く時、「イ」か「ィ」のどちらにするか迷ったことがある。

✅ 「凹凸」の書き順を覚えたことがあるが、しばらくして忘れていた。

✅ 手紙の「○○の候」という時節の挨拶は、誰もが調べている。

麺に関するコンセプト雑談会

「迷たら麺、迷わんでも麺。ノーメン、ノーライフや!」

個性と言うかコンセプトと言うか、麺にもいろいろある。そんな話をしよう」

「麺の個性? うまいの一言で十分やろ」

「それは粗っぽい。饂飩うどんはうまい、蕎麦そばはうまいだけでは特徴が言えていない」

「全種類の麺で特徴探しは無理。うどんとそばとパスタでどうや?」

「似て非なるライバル関係のうどんとそばは比較しやすいが、種類の多いパスタは絞らないとダメだろう」

「パスタ代表としてマカロニを指名!」

「いいねぇ。饂飩と蕎麦も相手に不足はないはず」

「饂飩と蕎麦とマカロニ。三つ並べたら、饂飩が普通と違うか」

「勝ち負けじゃないから、ノーマルでいい。現実的で常識的で親近感があるのが饂飩の良さ」

「マカロニはお調子もんやな。笑わせる。対して蕎麦はクソ真面目」

「言い換えると、マカロニはドラマチックで、蕎麦はドキュメンタリー」

「蕎麦は知的やなあ。どこまでも理性的。データもエビデンスも持っとるような感じ」

「マカロニは正反対。感情的で印象を重視している」

「マカロニはちょっとセクシーや。さすがラテンの血を引いとる。蕎麦はプラトニックに命を賭けとる。人として見たら面白味に欠ける」

「なんだかマカロニと蕎麦の対抗戦みたいになってきた。饂飩の話が出てこない」

「それが饂飩のええとこや。夢ばっかり見てるマカロニは幼いと饂飩は思とるはず」

「饂飩の良さは中庸にあり、か。愉快と真面目の間、理性と感性の間、硬派と軟派の間……という具合」

「硬派と軟派の比較なら、蕎麦が硬派でマカロニが軟派で決まりや」

「饂飩と蕎麦の類似性って、ブレない型があることだな。マカロニは型破りだから」

「いやいや、型を破って何百年も経ったんやから、型破りがマカロニの型なんや」

「なるほど。マカロニは熱い生き方をしてきたわけだ。それなら蕎麦はクールに生きてきた。で、饂飩はどっちにも偏らず中道を歩んできた」

「蕎麦打ちの性格が蕎麦を作ってきたのとは違う。蕎麦の個性が蕎麦打ちを育ててきたんや」

「饂飩の打ち手は饂飩の影響を受け、マカロニ職人はマカロニから学んだ……こういうことかな?」

「知り合いにマカロニみたいなやつがおるわ」

「コンセプト雑談、そろそろこのあたりでまとめとするか。一覧表作って、蕎麦でも食いに行こう」

「そやな。軽く一杯となると、饂飩もマカロニも蕎麦には勝てん」

 

ブレンドの功罪

大麦、ハトムギ、玄米、ハブ茶、緑茶、ウーロン茶、杜仲茶、グァバ葉、バナバ葉、霊芝、朝鮮人参、ドクダミ、シイタケ、柿の葉、ミカンの皮、クコの葉、よもぎ、熊笹、アマチャヅル、大豆、昆布(ボトルの表記のまま)

ある飲料メーカーから上記のような成分を含む二十一茶が出ている。十六茶を超える二十一茶である。ほんとうに21もあるのか、つい確認してみたくなる。実際に数えてみた。たしかに、21種類あった。


別の飲料メーカーからも二十一茶が出ている。しかし、共通するのは13種類で残りの8種は異なっている。こちらの21種類は次の通り(パッケージの表記のまま)。

大麦、玄米、ハト麦、緑茶、黒大豆、陳皮、ヨモギ、ドクダミ、椎茸、クマ笹、小豆、ビワの葉、桑の葉、柿の葉、スギナ、ヤーコンの葉、目薬の木、半発酵茶、昆布、蓮の葉、キクイモの葉

先の二十一茶のミカンの皮が陳皮と書かれ、ウーロン茶が半発酵茶になっている。いずれも同じものだと思われる。こちらの二十一茶を飲んでみた。21種類の素材がそれぞれの持ち味を平和的に消し合い、実に飲みやすく、ほとんど特徴のない飲み物に仕上がっている。

一つひとつを抽出して飲んでみると特徴的であり、一部はそれだけでは飲めそうもない。しかし、ブレンドすれば癖が消されるので飲みやすくなる。ブレンドとは個々の素材の没個性にほかならない。お節介とは承知の上で、成分欄にキャッチコピーを入れてはどうかと思い、下記のように創作してみた。

歴史が証明する人類の恩人、大麦
白米より身体に良さそうな玄米
化粧水からも声が掛かるハトムギ
お~いお茶? ならば、は~い緑茶
黒豆は略称、正しくは黒大豆くろだいず
みかんの皮よりきっと効く陳皮ちんぴ
もう昔みたいにタダじゃないヨモギ
悪臭に似合わぬ可愛い薬草ドクダミ
生でよし干してよしの二刀流、椎茸
ある種のサプライズ成分、クマザサ
大豆はダイズなのに、小豆はなぜアズキ
別名「無憂扇むゆうせん」と呼ばれたビワの葉
「わたしもお茶だと知ってた?」by 桑の葉
寿司を包むだけじゃない、柿の葉
ツクシた後も頑張るスギナ
割と出番があるらしいヤーコンの葉
目に差すより飲んでこそのメグスリの木
ウーロン茶が少し気取って半発酵茶
真・利尻・羅臼・日高で名を馳せる昆布
睡蓮と一線画してやってます、ハスの葉
二十一茶目に滑り込んだキクイモの葉

『秋フルーツをつまみにハイボール』

今回は『秋フルーツをつまみにハイボール』という書名の本を書評する。言うまでもなく、秋フルーツをつまみにハイボールを呑んだことについて書かれた本である。最近、極端に盛ったエピソードやフェークまがいの話の本が目立つなか、本書はマジメであり、まっとうなことしか書かれていない。

編著は「日果研」。日本果物研究会を略したような名称になっているが、あとがきには「著者は私一人」と記されている(「私」が誰だかは明記されていない。姓が「にっか」、名が「けん」かもしれない)。

ある日、著者は昼遅くに焼肉の食べ放題を貪ったという。いくばくかの罪の意識を覚えて食べ終わったのが午後2時半だった。その日は午後8時を過ぎても腹が空かなかったそうである。しかし、何も口に入れないで寝床に就くと、真夜中に目を覚まして夜食することになりかねない。以下、次の文章が続く。

前日の青空市場での買物を思い出し、フルーツなら少しはいけそうだと考え、一口サイズにカットした。林檎、柿、無花果、真桑瓜の4種をつまみにして、白ワインにするかウイスキーにするか迷い、口の中での味のマリアージュを想像した結果、ウイスキーに軍配を上げた。ロックでもなく、ストレートでもなく、水割りでもなく、直感でハイボールを選んだ。

フルーツという総称をカタカナにしながら、個々の果物を漢字表記しているから妙味のある雰囲気が出ている。マクワウリを漢字で見るのは初めてかもしれない。

書評する者は本だけ読めばいい。書かれていることを実行する義務はない。たとえば世界遺産巡りのエッセイ本の著者のマネなどしたくてもできないのだ。しかし、ウイスキーのハイボールなら作れる。リンゴとカキとイチジクとマクワウリをすべて揃えるのは少々面倒だが、スーパーと果物店を何軒か回れば何とかなるだろう。首尾よく手に入れればカットして小皿に盛るのに苦労はない。

そして、実際に試してみたのである。著者はフルーツにウイスキーのロックもストレートも水割りも合わせていないようだが、すべて試してみた。著者のハイボールという直感は見事だった。フルーツにはこれしかないと思わざるをえないほど、運命的な相性の良さを認めざるをえなかった。

まっとうなことしか書かれていないし感動的な話も少ないが、読むうちに行動を促され、行動ゆえに書評が出来上がった。言うまでもなく、読後はほろ酔い気分になっていた。

㊟ 通常は、まず本があって、それを読む人がいて、その人が書評をしたためる。しかし、書評と同時に空想の書物が成り立つこともあるのではないか。そんな好奇心から試みたのが本編である。一読をおすすめしたいし手元にあればお貸ししたいが、『秋フルーツをつまみにハイボール』という書名の本は実在しない。仮にすでに書かれていたとしたら単なる偶然にすぎないが、一読価値がありそうだ。

創作小劇場『おおブレネリ』

 親愛なるペーター
 長文のメールになりそうな気がするけど、読み流すのは暇な時でいいから。
 最近、耳にしたコマーシャルソングがある。『おおブレネリ』のメロディを使った替え歌なんだ。これがきっかけで、♪おおブレネリ……と久しぶりに歌ってみた。一応歌えた。

おおブレネリ、あなたのおうちはどこ
わたしのおうちはスイッツァランドよ
きれいな湖水のほとりなのよ
ヤッホ ホトゥラララ(……)
ヤッホ ホトゥラララ ヤッホホ

 正確には「ヤッホ ホトゥラララ」は5回繰り返される。ぼくとしては、「きれいな湖水のほとりなのよ」の次につなぎの一行が欲しいところなのに、いきなり5回も「ヤッホ ホトゥラララ」と繰り返したのはなぜだろう
 ペーター、きみがひいきにしているアンガールズの「はい、ジャンガジャンガジャンガジャンガ……」に似ていないかい? オチがなくて気まずい空気が流れるようなあの感じ。

おおブレネリ、あなたの仕事はなに
わたしの仕事は羊飼いよ
オオカミ出るのでこわいのよ
ヤッホ ホトゥラララ(……)
ヤッホ ホトゥラララ ヤッホホ

 2番がこんな歌詞だったとは……記憶とはいい加減なものだね。

 ブレネリはてっきり少女だと思っていたけど、仕事が羊飼いならオトナの可能性もある。いや、スイスあたりじゃ、その昔、子どもの時から仕事していたよね。そう言えば、イソップ物語のウソつき少年も羊飼いだった。と言うわけで、ブレネリの年齢は特定できず。

 ペーター、きみはスイッツァランド出身のスイス人で、今は東京にいる。もしきみが母国にいて誰かに「家はどこ?」と聞かれたら、「スイッツァランドだよ」と答えるかい? きっとノーだと思う。もっと具体的に町や村の名前を言うものだろう。
 でも、東京で同じことを聞かれたら、母国のことだと思って「スイッツァランド」と言うはず。ブレネリも同じ。きっと彼女はどこかの外国にいる。

 母国でない某国で住所と仕事を聞かれた。しかも、ブレネリは住所を聞かれたのに国籍を答えた。のっぴきならない入国手続き時の尋問光景か、某国に住んでいるブレネリが不審に思われて職務質問を受けている様子ではないか。
 歌詞にするとやわらかい調子になったが、ほんとうは次のような緊張感のある場面だったのかもしれない。

「住所は?」「スイッツァランドです」「スイッツァランドのどこだ?」「湖水地方です」「仕事は?」「羊飼いです」「家業の手伝いか?」「ええ。狼が出るので怖かったです」「そんなことは聞いておらん」

 もしこんなやりとりだったら、重苦しく気まずい空気になったはず。「ヤッホ ホトゥラララ」でとぼけるのもやむをえないな。

 なんでこんなことをきみに書いているのかと言うと、スイス民謡として親しまれているこの歌の背景に何か裏があると睨んだのさ。で、きみの意見を聞きたくなったというわけ。


 数日後、ペーターから返信があった。

 ぼくはね、日本に来る前はこの民謡のことは知らなかった。ブレネリにも違和感があった。だって、ブレネリというのはたぶん英語で、スイスではフレネリと発音するんだ。日本に来てからこの歌を知り、何度か歌ったことがあるし、ドイツ語の原作詞も調べたことがあるよ。
 きみのメールの解釈は、たぶん考え過ぎだな。異国で新しく友達になった誰かが素朴に質問しただけだと思うよ。


 そりゃそうだ。ペーターの言う通りかもしれない。長ったらしい駄文を読ませてしまった。翌日、お詫びのメールをすることにした。
 メールを打ち始めたちょうどその時、ペーターからのメールが受信ボックスに入った。

昨日メールを送った後に、きみの解釈が考え過ぎだと書いたのはどうかと思い、念のためにいろいろと調べてみたよ。驚いたね。あの歌詞には続きがあったんだ。

おおブレネリ、わたしの腕をごらん
明るいスイスを作るため
オオカミ必ず追い払う(……)
おおブレネリ、ごらんよスイッツァランドを
自由を求めて立ち上がる(……)

 「きれいな湖水のほとりで暮らし、小高い丘で羊飼いをしていたわたしたちに、ある日突然オオカミが襲ってきた。追い払え、負けてなるものか、自由と幸福と平和を守るのだ……」という時代背景から生まれた歌だとペーターは続けた。
 そして、「これはヨーロッパの穀倉地帯で今起こっていることの予言かもしれないな」とメールを結んでいる。

 ペーターにショートメールを送った。「ヤッホ ホトゥラララ」
 すぐにペーターから返信があった。「ヤッホホ」

創作小劇場『四月馬鹿』

 四月一日。わたしは陽気に誘われて散歩に出掛けた。足の向くまま歩いているうちに公園に来た。初めての公園だ。ベンチに腰掛けて子どもたちの遊ぶ様子を眺める。少し離れた所に一人でいる小さな男の子を見つけた。そわそわしていて、一見困っているようだった。ゆっくりと男の子の方へ向かった。

 「どうかしたのかい? おじさんに言ってごらん」
 男の子は半泣きになっていた。
 「おうちのカギをなくしちゃった。ポケットに入ってたカギ」
 「それは大変だ。おじさんが一緒に探してあげよう」

 その瞬間だった。背後に大勢の人の気配を感じて振り向いた。大人たち、若者たち、子どもたち十数人が立っている。少し異様な雰囲気だった。わたしは慌てることなく言った。
 「いったい何だね、あなたたち?」
 リーダー格の大人の一人がわたしとカギをなくした男の子の間に割って入った。
 「さっき『おじさん』と二度おっしゃいましたね?」
 「おじさんと二度? どういうことかな?」
 「『おじさんに言ってごらん』と言い、続けて『おじさんが一緒に探してあげよう』と告げられた」
 カギをなくした小さな男の子は、いつの間にか大勢側に立っていた。何かが変だとわたしは気づいた。
 
 「おじさんと二度言ったことがどうかしましたか?」と訊ねた。
 「誰が見てもあなたはおじいさん・・・・・ですよね。おじいさんなのに自分のことを『おじさん』と呼ぶのは詐称じゃないでしょうか?」
 「詐称とはちょっとひどいな。学歴や名前じゃあるまいし」とわたしは首を傾げた。
 「いえ、それが問題なのですよ。ぼくたちは子どもたちに嘘をついてはいけないとしつけていますから」
 「嘘? それもひどいな」
 「何か正当な理由がおありなら、聞かせていただきます」とリーダー格が言うので、わたしは思うところを語り始めた。

あなたたちからすれば、たしかにわたしは老人に見えるかもしれないし、もしそうならば「おじいさん」なのでしょう。けれどもね、わたしはそこにいる小さな男の子とは初対面ですよ。初対面なのに「おじいさん」と言うと、男の子の祖父みたいな関係になりはしませんか? だから、あの声掛けの場面では、身内じゃない他人、特に小さなお子さんには「おじさん」のほうがいいのじゃないでしょうか?

 「あの場面で、そんなことまで考えて、おじいさんではなく、おじさんと言ったというわけですか?」 リーダー格は軽くため息をついた。
 「そこまで考えたのかと言われれば、うーむ、考えていなかったかもしれない。しかし、『どうかしたのかい? おじいさん・・・・・に言ってごらん』とはわたしには言えない。理由はわからないけれど、わたしにはしっくりこないのですよ」
 「ところで、大変失礼ですが、お名前とお歳を聞かせてもらっていいですか?」とリーダー格が言った。
 「特に名前はないのです。一応『カミ』と呼ばれています。年齢は……ちょっと数えられないです」
 「カミ? 神様のカミ、ですか?」
 「ええ」
 「で、年齢もお分かりにならない?」
 「長く生きてますから」
 「ご冗談を」とリーダー格が言って右腕を挙げて指を鳴らした。取り巻きの全員が笑顔になりクスクスと声を漏らした。
 みんなが一斉に叫んだ、「エイプリルフール!」

 わたしは呆気にとられた。わたしのその表情を見てリーダー格が笑みを浮かべて、「神様、ごめんなさい」と頭を下げた。そして、「ところで、あなたもエイプリルフールごっこですか?」と訊ねた。
 「さっきも言いましたが、わたしは神です。年齢は不詳です」とわたしは言った。そして、「実は、さっき『おじさん』と言ったのは、『神に言ってごらん』と言っても信じてもらえないからです」と、別に言わなくてもいいことまで静かに伝えた。
 みんながまたクスクスと笑い、リーダー格が「はいはい、わかりましたよ。神様」と言って深々と一礼した。

 集団がほどけて、一人減り二人減りして、やがて誰もいなくなり、静寂の公園でわたしは一人取り残された。
 そうか、今日は四月馬鹿だったのか……長く人間界にいるが、見知らぬ人たちにかつがれて小馬鹿にされたのは初めてだ。それにしても、手が込んでいたなあ。わたしが住んでいた神の世界には四月馬鹿という風習がないから、これは希少な体験かもしれない。

 その日の夜、久しぶりに神の世界に帰省した。かなり世代交代していて、見知らぬ若い神々もいた。ありがたいことに小さな宴で温かく迎えてくれた。「人間界でちょっと愉快な体験をしたんだよ」と言って、わたしは話し始めた。熱心に耳を傾けてくれた。話が終わると、みんながにやりと笑った。神の一人が言った、「おじいさん、それ、エイプリルフールでしょ?」

〈完〉

創作小劇場『セミコロンとコロン』

某大学のある学生がエイゴの授業中、担当の助教にセミコロンとコロンの違いを尋ねたところ、その助教が「ほぼ同じだよ」と答えた。これが問題視され波紋が広がった。セミコロンとコロンをテーマにしたセミナーが企画された。

セミコロンとコロンが「ほぼ同じ」という発言が問題であるのなら、何が違っているのかを説明する必要がある。説明を申し出る関係者が現れず、また適任者も見つからなかった。残された切り札は一つ、〈文法書世界〉の権威であるセミコロン博士とコロン教授へのお願いだ。ノーを覚悟の上、辛抱強い交渉が続けられた。最終的にはノーがイエスに変わった。そして、セミナーが実現した。公開の場でお二人の肉声が流れたのは初めてのことである。セミナー冒頭の約10分をここに掲載する。


セミコロン(;)博士  セミコロンと申します。小生はカンマ(,)とピリオド(.)の役割を担う者です。しかしながら、カンマよりはやや強く、ピリオドよりはやや弱い立場だと自覚しています。敢えて言えば、機能はピリオドに近いかもしれません。

コロン(:)教授  ピリオドを二つ持つのでよくピリオドと間違われます。しかし、ピリオドの代わりに私を起用する場合は二つの文章が強く関連していることが条件になります。ピリオドのようでピリオドでないのが私の特徴。あ、申し遅れました、私の名はコロンです。

セミコロン(;)博士  小生も二つの文章をつなぎます。文章や比較的長めの句を、接続詞を使わずにつなぐことが多いです。たとえば、「今日はランチに出掛ける予定だ何を食べるかはっきり決まっているわけではないが」という具合です。

コロン(:)教授  二文に絡む点では私も同じですが、概要を伝える前文を受け、その概要の要素を紹介する文章にリレーします。たとえば、「あのホテルのレストランは3種類のランチを提供している和食と中華と洋食である」というのが一例です。

セミコロン(;)博士  今コロン教授が話した3つの単語が句になる場合があります。そして、それらの句の中ですでにカンマが使われていたら、句と句を区切る箇所にカンマを入れてしまうと紛らわしくなりますね。その時こそが小生の出番です。また、コロン教授の協力を得ることもあります。一例を示しましょう。「ランチの注文内容は次の通り営業部、中華弁当5個研究所、洋食弁当7個役員、特製松花堂弁当4個」。

コロン(:)教授  セミコロン博士が示された例とやや似た機能が私にもあります。大きな概念を伝えたのちに、具体的な代表例を示すというパターンです。「残業のある日は少なからぬ社員が夜食の手配を希望する昨夜は8人から申請があった」。

セミコロン(;)博士  文末が括弧で終わる文章が稀にあります。その時に小生がちょっと仕事します。こんな具合です。「彼女はプレゼント用にチョコレートを買った(高額のベルギー製商品)翌日、無事に彼に手渡すことができて幸せだった」。

コロン(:)教授  会話形式で話者のあとに台詞を続ける場合はたいてい私がいます。文献や証言を引用する時にも引用文の前に入ります。

T部長近くにオープンしたピザ屋のランチがおいしいらしいね。
Y主任一昨日行きましたよ。リーズナブルですしね。
T部長一昨日の今日で悪いけど、付き合ってくれよ。おごるから。
Y主任よろこんで。ピザは大好物ですからね。


【追記】 収録された元の音声はエイゴである。音声から書きおこした文章をニホンゴに訳出した。加えて、お二人の了解を得て、例文の一部をニホンゴ読者が理解しやすいように書き直している。なお、セミナーはこのあと約1時間続いた。「質問には答えない」というのが出席の条件だったので、セミナー終了直後に「ごきげんよう」と言うなり、セミコロン博士とコロン教授は謝礼も受け取らずに会場を後にした。おそらく〈文法書世界〉へ戻られたと思われる。