四月一日。わたしは陽気に誘われて散歩に出掛けた。足の向くまま歩いているうちに公園に来た。初めての公園だ。ベンチに腰掛けて子どもたちの遊ぶ様子を眺める。少し離れた所に一人でいる小さな男の子を見つけた。そわそわしていて、一見困っているようだった。ゆっくりと男の子の方へ向かった。
「どうかしたのかい? おじさんに言ってごらん」
男の子は半泣きになっていた。
「おうちのカギをなくしちゃった。ポケットに入ってたカギ」
「それは大変だ。おじさんが一緒に探してあげよう」
その瞬間だった。背後に大勢の人の気配を感じて振り向いた。大人たち、若者たち、子どもたち十数人が立っている。少し異様な雰囲気だった。わたしは慌てることなく言った。
「いったい何だね、あなたたち?」
リーダー格の大人の一人がわたしとカギをなくした男の子の間に割って入った。
「さっき『おじさん』と二度おっしゃいましたね?」
「おじさんと二度? どういうことかな?」
「『おじさんに言ってごらん』と言い、続けて『おじさんが一緒に探してあげよう』と告げられた」
カギをなくした小さな男の子は、いつの間にか大勢側に立っていた。何かが変だとわたしは気づいた。
「おじさんと二度言ったことがどうかしましたか?」と訊ねた。
「誰が見てもあなたはおじいさんですよね。おじいさんなのに自分のことを『おじさん』と呼ぶのは詐称じゃないでしょうか?」
「詐称とはちょっとひどいな。学歴や名前じゃあるまいし」とわたしは首を傾げた。
「いえ、それが問題なのですよ。ぼくたちは子どもたちに嘘をついてはいけないとしつけていますから」
「嘘? それもひどいな」
「何か正当な理由がおありなら、聞かせていただきます」とリーダー格が言うので、わたしは思うところを語り始めた。
あなたたちからすれば、たしかにわたしは老人に見えるかもしれないし、もしそうならば「おじいさん」なのでしょう。けれどもね、わたしはそこにいる小さな男の子とは初対面ですよ。初対面なのに「おじいさん」と言うと、男の子の祖父みたいな関係になりはしませんか? だから、あの声掛けの場面では、身内じゃない他人、特に小さなお子さんには「おじさん」のほうがいいのじゃないでしょうか?
「あの場面で、そんなことまで考えて、おじいさんではなく、おじさんと言ったというわけですか?」 リーダー格は軽くため息をついた。
「そこまで考えたのかと言われれば、うーむ、考えていなかったかもしれない。しかし、『どうかしたのかい? おじいさんに言ってごらん』とはわたしには言えない。理由はわからないけれど、わたしにはしっくりこないのですよ」
「ところで、大変失礼ですが、お名前とお歳を聞かせてもらっていいですか?」とリーダー格が言った。
「特に名前はないのです。一応『カミ』と呼ばれています。年齢は……ちょっと数えられないです」
「カミ? 神様のカミ、ですか?」
「ええ」
「で、年齢もお分かりにならない?」
「長く生きてますから」
「ご冗談を」とリーダー格が言って右腕を挙げて指を鳴らした。取り巻きの全員が笑顔になりクスクスと声を漏らした。
みんなが一斉に叫んだ、「エイプリルフール!」
わたしは呆気にとられた。わたしのその表情を見てリーダー格が笑みを浮かべて、「神様、ごめんなさい」と頭を下げた。そして、「ところで、あなたもエイプリルフールごっこですか?」と訊ねた。
「さっきも言いましたが、わたしは神です。年齢は不詳です」とわたしは言った。そして、「実は、さっき『おじさん』と言ったのは、『神に言ってごらん』と言っても信じてもらえないからです」と、別に言わなくてもいいことまで静かに伝えた。
みんながまたクスクスと笑い、リーダー格が「はいはい、わかりましたよ。神様」と言って深々と一礼した。
集団がほどけて、一人減り二人減りして、やがて誰もいなくなり、静寂の公園でわたしは一人取り残された。
そうか、今日は四月馬鹿だったのか……長く人間界にいるが、見知らぬ人たちにかつがれて小馬鹿にされたのは初めてだ。それにしても、手が込んでいたなあ。わたしが住んでいた神の世界には四月馬鹿という風習がないから、これは希少な体験かもしれない。
その日の夜、久しぶりに神の世界に帰省した。かなり世代交代していて、見知らぬ若い神々もいた。ありがたいことに小さな宴で温かく迎えてくれた。「人間界でちょっと愉快な体験をしたんだよ」と言って、わたしは話し始めた。熱心に耳を傾けてくれた。話が終わると、みんながにやりと笑った。神の一人が言った、「おじいさん、それ、エイプリルフールでしょ?」
〈完〉