都市との出合い

〈都市〉は多義語である。国によって多様な形成の背景がある。地方や山村の対義語だが、地方や山村に比べて人が多いからという理由だけで、都市と言えるわけではない。増田四郎によれば、「人数だけでは都市が成立している決定的な条件にはならない」(『都市』)。同著には「自分らでつくり上げた自治体」「市民、つまり都市の原理が国家の原理」などのキーセンテンスが出てくる。

「自分はこの国の国民だ」などと普段は思わない。国は見えない。見えない国でたみの一人であると感じることは稀だ。国民は抽象的な上位概念。ぼくたちは国民である前に、市民として日々暮らし働いている。都市では市民感覚が根を張っている。

10年前までよくヨーロッパへ旅していた。ぼくの旅は今住む都市から別の都市への移動だった。フランスに来た、イタリアに来た、スペインに来たなどという感覚ではなく、パリにいる、フィレンツェにいる、バルセロナにいるという感覚だった。旅とは国との出合いではなく、都市との――ひいてはその都市の人々や歴史との――出合いにほかならない。

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ホテルやアパートに泊まる。窓の外に目をやる。街歩きの前に、窓外の光景へのまなざしは欠かせない。都市に投宿すれば、美しい自然が窓外に広がることはない。承知の上だからそれを残念がることもない。広場の様子をじっと眺める。広場が見えなければ裏通りに視線を落とす。都市では建物が主役の趣がありそうだが、行き交う人々と歴史という遠景こそが絵図のテーマになる。

新しい都市と出合うたびに、自分のまちが対比される。見知らぬ都市の人々や歴史に触れるたびに、自分とまちの過去の残像が見えることがある。

「新しい都市まちに着くたびに、旅人はすでにあったことさえ忘れていた自分の過去をまた一つ再発見する。もはや自分ではなくなっている、あるいはもう自分の所有ではなくなっているものの違和感が、所有されざる異郷の土地の入口で旅人を待ち受けている。」(イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』)

旅で一番よく気づかされるもの、それは忘れてしまった自分とまちの過去である。このことは、自分のまちで旅人を受け入れる時にも当てはまる。ぼくのまちでは、大勢の外国人旅行者の〈不在〉によって、つい最近までの賑わいが遠い過去のように思い出され、架空の人の群れが想像の中で浮かび上がる。入口で旅人を待ち受けようとも、しばらくは待ちぼうけが続きそうな気配がある。

〈読み〉について

「読む」という、何の変哲もない、何度も使ってきた用語の意味をはたして読めて・・・いるだろうか。〈読み〉とは何と関わろうとする行為なのか? わかったようでよくわからない。一度たりともじっくり考えたことはない。

推測したことが的中することを「読みが当たる」と言い、的中しないと「読みが外れる」と言う。読みは「当たったり外れたりする」。

ある局面で見通しが楽観的に過ぎる時を「読みが甘い」と言い、見通しがよくて変化を感知できれば「読みが深い」と言う。読みは「甘くなったり深くなったりする」。

一直線で探ろうとすると「読みを誤り」かねない。だから、いろんな岐路でいろんな方向から「読みを重ねる」。読みは「誤る、誤らないためには重ねる」。

人は読みを当て、読みを外す。甘い読みに後悔し、深い読みに満足する。読みを慎重に重ねる一方で、単純に読みを誤ってしまう。本、空気、風、他人、場、状況、将来、心、思惑、作戦、手の内、時流、展開、関係、行間、意図、雲行き……すべてにおいて読みの精度を高めようとし、その難しさに苦渋しては読めない自分を嘆く。

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「いったい何を読もうとしているのか?」

ひとまず当面の対象を読もうとする。しかし、その先まで読んでいるのか。仮に読んでいるとしても、読んでどこに到ろうとしているのか。たとえば、程度はさておき、本は読める。しかし、本を読む行き先はどこなのか。あるいは、手の内を読んでどうしようというのか。その手の内は相手の手の内であって、自分の手の内ではない。相手の手の内への読みがなければ、自分の手の内の読みようがない。

「なぜ読もうとしているのか?」

対象を乗り越えるためではないか。乗り越え、克服し、対象が帰属している環境に適応しようとして読むのではないか。読むという、一見受動的な行為は、他の生物と同じように、人間にとっても環境適応のための積極的な生き様なのに違いない。

イタリア現代陶芸の巨匠、ニーノ・カルーソの造形展を鑑賞した。一切の予備知識を持たず、作品の解説もろくに読まずに作品だけを眺めた。途中から、これは「神話世界の再生ではないか」と感じ、そこに読みを入れてみたら、展覧会のテーマ〈記憶と空間の造形〉とつながった。しかし、まったく釈然としない。まだまだ環境適応を意識した読みになっていないのである。

独学を見直す

名称や形態は変遷したが、30代後半から本業以外に私塾を主宰してきた。地元大阪の縁がある、緒方洪庵が創始した適塾てきじゅくの〈輪講りんこう〉という会読と討論の方法にはとりわけ触発された。ちなみに、輪講は段階別の8クラスに分かれていて、各クラスで3か月連続首席を取らないと上のクラスに上がれない仕組みになっていた。福沢諭吉は首席を取り続け、最短の2年で最上級まで駆け上がった。さすがと言うしかない。

『福翁自伝』をはじめ『適塾の研究』(百瀬明治著)や『日本の私塾』(奈良本辰也著)などを読み、かつての私塾の姿を垣間見るに及んで、現代人は学ぶということについて幕末や明治期に比べてかなり甘いと感じるようになった。わかっていることを確認したり、わかることだけを都合よく学ぶだけの人たちがどれだけ多いことか。翻って、適塾の勉強量は圧倒的だった。それでいて、難しいことをおもしろいとする塾風のお蔭で「苦の中にこそ楽あり」という精神が漲っていた。

適塾は蘭学塾だったから、学びの狙いははっきりしていた。しかし、蘭学を蘭学で終わらせず、世事一般に生かす知力も同時に備えることができた。本物の競争をおこなうという環境の中で、総合力が身についた。

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本を読んだり人の話を聴いたりするだけの学びでは閾値を超えることはできない。何を読むか何を学ぶかよりも、何を考えるかが初めになければ話にならないのである。結局、知識は思考域に落とし込んでおかないと自分のものにならないし、行動にもつながらない。

そもそも学ぶことは難しいものだ。独学ならなおさらだ。だから、「難しい」などと嘆いてはいけない。「難しい」は禁句である。容易にわかるのは、すでにある程度わかっているからだ。Xを学んでわかるのは、そのXについての知識を持ち合わせており、新しい学びと既知を照合できるからだ。

その〈照らし合わせ〉ができない時に、わからない、難しいと感じる。そこでストップすると進化はない。昔の人が、意味もわからずに漢詩を素読したり丸暗記したりしたように、わからなくても齧っておけば、かけらの一つでも取り込める。それが次なる未知と出合う時に、照合可能なヒントになってくれる。

人の〈知圏〉というのはこんなふうに広がっていく。語彙ゼロで生まれた赤ん坊が知らぬことばを徐々に習得するのと同じ構造である。誰もが通過してきた経路なのに、大人になると能率的ではないことに苛立つ。

本物の勉強は――赤ん坊がそうであったように――「無私的」なのだと思う。自ら学び考えることをろくにせずに、勉強の彼方に立身や利益を求めるかぎり、学びは安易なハウツーに偏重するばかり。決して人間性や社会性を帯びることはない。独学を習慣化し切磋琢磨して競い合うような厳しさが決定的に不足している時代を嘆く。

〈まなざし〉へのまなざし

「見たけれど、さほど気に留めなかった」。よくあることだ。つまり、まなざしを注がなかったということ。この〈まなざし〉、ごくふつうに使われることばだが、哲学の思考用語になると、意味が一変する。

言うまでもなく、まなざしは見ることから始まる。しかし、肉眼で何かを見てぼんやりと視線を泳がせることではない。見ることを超越して、向けられた方向にある対象を認識したり理解したりしてこそのまなざしなのである。

まなざしを向けた対象を認識する。そして理解する。認識して理解した内容を(必要に応じて)言語に置き換える。置き換えは自分のものの見方に則って自分の〈参照の枠組み〉の中でおこなわれる。あくまでも主観的なのだが、見る以上に踏み込んで対象を把握しようとしているから、何となく見るのとは違う。

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視覚から始まったまなざしが視覚以外の感覚へと広がり、やがて身体的な意味を持ち始める。全身がまなざしに参加する。まなざしは自分からの対象への五感的かつ身体的関与である。そのように関与しているのは自分だけではない。他者もそうしている。つまり、自分のまなざしもまた、他者のまなざしのもとに捉えられている。

中村雄二郎は『知の旅への誘い』の「方向――意味を生むもの」の中で次のように書いている。

〈方向〉が〈意味〉をあらわしていること、しかもその両者を〈感覚〉や〈知覚〉が結びつけている(……)。

まなざしを向ける方向に意味がある。意味を汲むのは感覚と知覚であり、さらには身体的な運動ゆえである。ある集団があって、仮に沈黙の集団だとしよう。ことばが交わされない状況であっても――いや、沈黙だからこそ――まなざしが「ものを言う」。無数のまなざしが集団内で放射し合っている。まなざしがまなざしを向けられる――これが、社会の構造的特徴なのである。

よく考えよと言うけれど……

良い出来だと評価するには少し足りない。そこで「もうちょっと考えよう」とか「よく考えよう」などと励ます。そう言いながら、その「考える」ということへの思慮はかなり曖昧で、考えるとは一体どういうことなのかという点についてはまったく踏み込めていない。励まされた相手も条件反射的に「はい」とは応えるが、考えることの行き詰まりを打開できるとはかぎらない。

『考えるヒント2』に「考えるという事」という一文があり、その中で小林秀雄は次のように書いている。

「考えるとは、物に対する単に知的な働きではなく、物と親身に交わる事だ。物を外から知るのではなく、物を身に感じて生きる、そういう経験をいう。」

深いことばなのだが、実務や研修で企画に取り組んでいる若者に、この一節をそのまま伝えても目からウロコのヒントになるとは思えない。

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「何を考えるか」の「何」を対象と呼ぶなら、対象は第一に「モノ」である。企画の対象としてはイベントであったり商品であったりする。ここでは何がしかの経験がベースになる。人生や世界などの形而上学的な対象になると、経験のみならず、経験を超越して考えなければならない。見えるモノと見えにくいモノがある。前者では現実を見、後者ではイメージを浮かべる。

モノを対象としていると、必然ことばも対象になる。経験を生かしながらモノと親身に交わっているうちに、ことばとも交わり、ことばを肉化して意味を探り自分の分身としてことばを駆使する。やがて、モノと自分、ことばと自分の距離がなくなっていく。これが考えるということなのだが、本人はそのことに気づかない。

考える対象はモノとことばである。しかも、距離を埋めて親身に付き合わねばならない。モノとことばの意味、関係、つながりなどを、知識として認識するのではなく、経験的行為として巡らせる。そうしているうちに対象と自分が一体になり、新しい意味、新しい関係、新しいつながりにハッと気づく。これがよく考えるということなのだが、場数を踏む以外の即効的方法が他にあるのだろうか。

無力を受け入れる時

慢性の腰痛にもめげず、年齢相応以上に重い荷物を持ち運びできる。フィットネス用のスーパーハードの筋トレゴムを何十回も強く左右に引っ張ることができる。まだまだ力がある、もっと力をつけることができると実感している。

なのに、ポテトチップスの袋の裏側の綴じ目を両手の親指と人差し指でつまんで引っ張ってもなかなか袋が開いてくれないのはなぜ? 腕力には自信があって少々の無理もきくのに、手先の非力を痛感する場面によく遭遇する。瓶の金属の蓋をしっかり締めることができたのに、なぜ開ける段になるとスムーズに事を運べないのか?

ほどなく袋は開き、蓋も取り外せる。しかし、ほんの数秒か十数秒の間、尋常でないほどイライラしている。取り掛かっていることが些事であればあるほど苛立ちはつのるが、自分の無力を認めようとしない。情けないのだが、何とかしようとする。対象が些事だから、諦めるわけにはいかないのである。

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諦めていれば苛立つこともない。医師に身を任せ、指示されるままに胃カメラを呑み、空気といっしょに逆流してくる胃液や唾液をだらだら垂らしながら、屈辱的に耐える。脱力しようとして力が入る。闘うことなく、十数分をやり過ごす。根性や気力ではどうにもならない。無力感すらなく耐えようとする。苛立ちもないのは、すでになるようにしかならないと諦めているからである。

胃カメラよりもさらに大事だいじになると、すでに己の無力を受け入れている。諦観という、あの心持ちだ。当事者でない自分が社会の不条理や自然の非情な猛威を傍観する時、もはや苛立ってはいない。仮に当事者でもなく傍観者でなくても、自分は大事の中に投げ出され、同時代の人間としてそこにいる無力な存在であることを自覚する。決して闘わないし、闘えないのである。

オリジナルと修復


「お客さん、この年代物の斧を買ってくださいよ」

「なんだい、それは?」
「これは、かのジョージ・ワシントンが桜の木を切った斧です」
「ほう、よくも今まで残っていたもんだな。ほんとうに正真正銘なのかい?」
「そりゃ、もちろん! ただ、270年も経ってますんで、斧を2回、3回ばかり交換したそうです。だから、丈夫なことは請け合いますよ」

哲学の本質論に通じるエピソードである。アンティーク価値云々はさておき、この斧はワシントンの斧なのか、それとも別の斧なのか? もはやオリジナルの部材は残っていない。だから、ワシントンの斧と呼ぶには躊躇するむきもあるだろうが、もし話が真実なら、偽物やコピーとは一線を画しているし、ワシントンの斧というブランドが差異化されている。ブッシュやトランプの斧ではないのだ。

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伊勢神宮では遷宮せんぐうがおこなわれる。正殿や社殿が20年毎に造り替えられる。1300年にわたって数十回やり替えて今に到っている。見た目の原形は同じだが、当初の建築資材は微塵も残っていない。あれは伊勢神宮なのか? 物的にはそうではない。しかし、偽物ではない。鎮座するのは伊勢神宮というブランドではないか。

継ぎ足して使っている鰻のたれやおでんの出汁。何十年か知らないが、創業時のたれの一匙も出汁の一滴も残っていない。にもかかわらず、「代々継ぎ足して、創業時と変わらぬ味を守っています。店主敬白」。

フィレンツェのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の壁画と言えば、あの有名な『最後の晩餐』。レオナルド・ダ・ヴィンチが描いて1498年に完成した。ところが、壁画の定番技法であるフレスコではなく、テンペラ画だったため、想定外の劣化が進んでしまった。完成後わずか十数年でひどい状態になったという。何度も小さな修復を重ねてきたが、いかんともしがたく、ついに20年以上の歳月をかけて大修復をおこなう。現在の最後の晩餐は20世紀の終わりに仕上がった。

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生まれた時のオリジナルな細胞は人体のどこにも残っていない。しかし、人はずっと昨日の自分と今日の自分は同じだと信じて生きている。では、自分を自分たらしめている不変の本質とは何かと問うてみよう。その瞬間戸惑い、自分の考えている本質がいかに漠然としたものかを思い知る。本質とは、体ではなく、名であるという主張もあながち誤りではない。

食べること

仕事を大いに楽しめる時がある一方で、捗らない、やり直しが多い、締切に追われるなど、仕事で消耗することもある。逃げ出したい気分になることも少なくない。しかし、長い目で見れば、仕事の特徴はほどよい喜怒哀楽であることがわかる。つらいことがあって楽しいこともあるのが仕事なのだ。もう何十年も山あり谷ありを経験して今に到っているから、よく承知しているつもり。

つらい仕事から逃避して仕事以外の慰みで相殺しようとしても、結局仕事のつらさは緩和しない……仕事のストレスは仕事の中で解消すべきなのだ……という硬派な意見がある。一理以上の理があると肯定するが、凡人が仕事のつらさを仕事の楽しさによって克服するのは容易ではない。仕事の外にくつろぐ場面や楽しみの拠り所を求めるのもやむをえない。

食事の場面がまさしくそれで、食べることが楽しみの拠り所になるのである。食べることは、仕事を内蔵した生きることと不可分の行為なのだ。しかも、わずかな例外を除いて、一日に三度、決まったようにその機会がやってくる。食事は仕事の前、途中、後にやってきて、その時間割は仕事を包み込んでいる。

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池波正太郎の『男のリズム』に「食べる」という小文があり、天婦羅や鮨の食べ方について独特の薀蓄が書かれているが、その冒頭は次のように神妙な切り口で始まる。

人間は、生まれると同時に、確実に〔死〕へ向って歩みはじめる(……)その〔死〕への道程をつつがなく歩みきるために、動物は食べねばならぬ。これほどの矛盾があるだろうか。

いずれ死ぬことはわかっている。死を前提として生きており、生きるために他の命を積極的にあやめて食べている。生きるために食べていると同時に、死を前提として食べているのである。

いかにも、食べることは生死に密に関わっている。そして、死生観について語ろうとすれば、形而上学的な屁理屈だけではなく、必然的に日に三度の現実的な食べることによって大部分かたどられるはずである。食べることに恵まれ積極的に楽しめるのは、限られた生の、刻一刻の至福にほかならない。

あれこれが嫌いなどというのは、食べることの――ひいては生きることの――冒瀆であり傲慢な態度である。食べることは人生と同じ重さであり、食べることには精神の横溢がある。仕事観も人生観もポジティブにならざるをえない。「生きるために食べるのか、食べるために生きるのか」という古典的な問いがあるが、答は明白、その両方だ。言うまでもなく、仕事は生きることに含まれているから、「人は食べるために仕事をし、仕事をするために食べる」も真である。

本と読書の雑感

本と読書はイコールではない。読書は本のしもべ的行為にすぎない。読書は文字を相手にするが、本は文字だけを扱っているのではなく、読む対象として存在しているだけではない。見て選び、装幀やデザインを楽しみ、紙の手触りを感じ、かつ所蔵して背表紙を眺める多様な対象なのである。
本という存在は読書行為以上のものなのだ。したがって、買いっ放しの積んどく状態や書棚に並べっ放し状態を恥じるには及ばない。

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書くには表現語彙が、読むには認識語彙が必要。表現語彙が乏しくても、認識語彙はその数倍あるから本が読めるのである。
どんなビールの味かと聞かれて「うまい」としか言えない者でも、辛口、キレ味、サラミソーセージに合う、のどに沁みるという表現を認識することができる。書けないが読めばわかる能力が読書を可能にしている。

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読書の季節と言えば、秋ということになっている。いつの頃からか、1027日から119日の2週間が読書週間とされるようになった。ちゃんと文化の日が挟まれている。本など読む気がまったく起こらなかった夏場が過ぎてほぼ一ヵ月、脳もようやくクールダウンしてリフレッシュする季節だ。
しかし、読書週間・・に触発されても読書習慣・・は易々と身に付かない。暇人か書評家を除いて、普段読書に勤しまない者は2週間で23冊読めれば御の字だろう。読書週間だからと張り切るよりも、全天候型で少しずつ読むのがいい。

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どんな本も多かれ少なかれ偽書である。『偽書百選』は、かつて存在しなかった本をでっち上げ、一冊一冊の偽書に丁寧な書評を創作した作品。読んでいるうちに、偽書であるか「真書」であるかは本質ではなくなってくる。フィクションという作品もまさにそういう類。
『ジョークに笑えない戸惑い』という本を実在の著者が実名で書いたとする。それを「テレ・カクシー著、井伊嘉元訳」という偽名で発表したとしても、何が大きな違いなのかはよくわからない。

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読まねばならないという強迫観念から脱した時にはじめて読書の意味がわかってくる。三島由紀夫の『仮面の告白』、太宰治の『人間失格』、夏目漱石の『こころ』、コナン・ドイルの『シャーロック・ホームズの冒険』を読むべし、読み返すべしと誰かに言われても、言われるがままに読めるわけがない。
気まぐれに本を手に取り、時にはゆっくり、時には飛ばしながら読む。著者が一気に書き上げていない本を一気に読まなければならない理由などない。

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誰かに薦められるまま本を素直に読んでいては、読書の妙味を失うことになる。何を読むかと迷いながら自ら選ぶ時に幸せになり、決断して買う時にさらに幸せになり、本に囲まれて背表紙を見てもっと幸せになる。やがて、幸せが極まって読み始める。ところが、読み終わったら幸福感が消えることがある。バカになっていたりすることもある。読む前の本は裏切らないが、読書は裏切ることがあるので要注意だ。

危うい一般化

笑みを湛えて、おやつとおにぎりをもぐもぐ食べる。そして、かつてソフトボールにも併行して打ち込んでいた女子ゴルファーなら全英女子オープンで優勝できる……。早速自分の娘にもそうさせようという親が出てくる。きわめて滑稽な一般法則の一丁上がり。

英語で“hasty generalization”と言う。こなれた日本語になりにくく、〈早まった一般化〉と訳されるが、論理用語としてぎこちない。思慮不足の一般化、軽はずみな一般化、慌て者の一般化、性急な一般化と訳しても間違いではない。

小さな個別事例をほんの少し――極端な場合はわずか一つ――だけ挙げて、そこから大きな結論を導く誤謬のこと。導かれた結論が妥当なことも稀にあるが、ほとんどまぐれ当たり。「雲が出てきた。雨が降るだろう」という類推が仮に当たりだとしても、調子に乗ってはいけない。一例を以て一般化するのは危うい。

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「みたらし団子が売られている」というたった一例から「和菓子店である」と導くのも慌てすぎ。今ではコンビニや百円ショップでもみたらし団子が売られている。では、みたらし団子、最中、羊羹、饅頭、大福餅と列挙したら和菓子店と言い得るか。そうかもしれないが、デパートの和菓子コーナーの可能性も否定できない。ならばとばかりに、桜餅、三色団子を加え、ついでに老舗の暖簾、店頭での今川焼の実演まで列挙してみる。何が何でも和菓子店にしてしまいたいのか。

しかし、こんなふうにデータをとことん積み重ねたら、事実に語らせることと同じ。早まって虚偽の結論を導いてはいけないが、ここまで慎重に構えて事例を増やして結論したら、現場調査みたいなもので、机上での推論の技がまったく活用されないことになる。情報不足にも問題はあるが、かと言って、情報過剰でものを考えるのはつまらない。

全英女子オープン優勝の条件の選び方にそもそも問題がある。プレイ中のもぐもぐよりも練習の度合や技術のほうが重要だ。商品ばかり並べたてるのではなく、和菓子屋の最たる特徴を他に探すべきである。かつて松下幸之助の成功要件として「貧乏な家に生まれ、病弱で、学歴がなかった」を挙げた人がいた。才覚や人付き合いを差し置いたのは、逆境から這い上がる人生の劇画的美化を求めたからだろう。成功美談は早まった一般化の産物と相場が決まっている。