ヒューマンスキル再考

2020年の年賀状を転載します。


二〇〇八年六月から綴ってきた当社のブログ《オカノノート》は、まもなく一、五〇〇回。歳月を経て風化した駄文も少なくない一方で、「名言インスピレーション」と題したカテゴリーに、いつの時代も心に留めておきたい引用文を再発見できました。
テクニックとしては役立ちそうもないですが、ヒューマンスキル再考の一助になればと考え、ここに再掲することにしました。


「ぼくはずっと思っているんだ。きのうになればよくなるだろうって」
よく言ってくれた、チャーリー・ブラウン。その通り!
何の根拠もないのに、明日が今日よりもよくなると信じている人がいる。「今日はダメだった、でも明日があるさ」とつぶやいてリセットした気になれるとは、ノーテンキにも程がある。
チャーリーは覚めた目で昨日、今日、明日を見ている。今日の次にもう一度昨日が来たら、少しはましにやり直せるはず。但し、後悔と反省を織り込んだ上手な学びができればの話。


問題がうまく解決できない。問題がそもそも何であるのかを簡潔に言い表せないのが原因の一つである。課題と言い換えてもいいが、課題の表現が拙いと解決すべきことが明快にあぶり出されない。発明家としてよく知られたチャールズ・ケタリングのことばに耳を傾けたい。
「問題をそつなく表現できれば、問題は半ば解決されたも同然」


専門スキルやノウハウは生活習慣と無関係ではない。仕事と生活はほぼ写像関係にあって、この二つは決して切り離せない。それゆえ、プロフェッショナルとしての能力は、生活スタイル、癖、繰り返しによって培養される。
「習慣は第二の天性なり」(ギリシアのことば)
「成果をあげることは一つの習慣である。習慣的な能力の集積である。習慣的な能力は修得に努めることが必要である」 (ピーター・ドラッカー)
いずれも「習い性と成る」ことを教えている。身についた習慣は無意識のうちに身体に浸み込む。まるで生まれつきの性質のような暗黙知の才能になる。


「人間のあらゆる過ちは、すべて焦りから来ている。周到さを早々に放棄し、もっともらしい事柄をもっともらしく仕立ててみせる性急な焦り」
フランツ・カフカのこの指摘は、様々な場面に当てはまる。焦りから結論を急いで判断すると早とちりする。早とちりは先入観として刷り込まれる。いったん刷り込まれてしまうと判断を見直すチャンスを失うのである。


近世イタリアの哲学者ジャンバッティスタ・ヴィーコは言う。
才能インゲニウムは言語によって形成されるのであって、言語が才能によって形成されるわけではない」
言語が才能に先立つと考えるのが自然である。何がしかの思考と人それぞれの才能、その他ありとあらゆる資質は言語を源泉とする。才能がなくても何とかなる場面はあるだろうが、言語を放棄しては人間関係も生きることも立ち行かなくなる。


あの柿の木が庵らしくする実のたわわ   (壱)
この柿の木が庵らしくするあるじとして  (弐)
最初壱の句が作られ、その後に弐の句に書き換えられた。この変化に心境の一端が読み取れそうな気がする。壱の句では種田山頭火はまだあるじだったのだろう。しかし、脇役のはずの柿の木が弐の句では主役になる。あるじの座は柿の木に取って代わられた。「あの柿の木」が「この柿の木」に変わっているのも見逃せない。主客は転倒する、望むと望まざるとにかかわらず、やがて変わる。


「始めなんてものはない。到着した所からやりたまえ。最初君の心を惹いた所に立ち止まりたまえ。そして勉強したまえ! 少しずつ統一がとれて来るであろう。方法は興味の増すにつれて生まれて来るであろう。最初見た時は、諸君の眼は諸々の要素を解剖しようとして分離させてしまうが、それらの要素はやがて統合し、全体を構成するであろう」(ロダン)
経験の程度に応じて、分析から統合、部分要素から全体へとシフトするのは、ほぼすべての学習において真である。企画という仕事は一言で表現しようと試みてもしっくりこない。あれこれ考えた挙句、〈ことばとアイデアで画を企む過程〉に落ち着く。成否には言及しない定義だが、これで仕事の過程は実感できる。


ジュエリー工房のベテラン彫金師が言った。
「こんなものが欲しいのだけれど、作ってもらえますか? こう言われる時が一番幸せな時だ。自分にしかできない仕事を頼まれているのだからね」
固有名詞で指名される職人にはめったにお目にかかれないし、「あなたでなければいけない」と言われる存在に誰もがなれるわけではない。しかし、かけがえのない存在を目指すのはすべての仕事人にとって最大のテーマである。もちろん、そうだとしても、不特定多数に指名されようと欲を出しては幸せが逃げていく。


できるとかできないとかの結果にこだわることをやめた瞬間、「やれば」が意味を持ち始める。
「星に手を差し伸べても、一つだって首尾よく手に入れることなどできそうもない。だが、一握りの泥にまみれることもないだろう」
レオ・バーネットのこの至言を励みとしたい。


2020年 年賀状

翻訳文化考

自由、恋愛、哲学、情報、概念などの二字熟語は、明治維新後に英独語から翻訳された和製漢語と言われている。つまり、江戸時代まではこうした術語は日本語にはなかったのである。

おそらく複数の候補から原語の意味やニュアンスにふさわしいことばを苦心して編み出したに違いない。しかし、いわゆるやまと言葉に置き換えるという選択をせずに、漢語で造語したのはなぜだったのか? たとえば、“concept”は概念ではなく、「おもひ」でもよかったはずである。

その昔、枡に米や小豆などを入れ、枡から盛り上がった部分を棒でならして平らにして量っていた。あの棒は「斗掻とかき」と呼ばれていた。その斗掻きが中国語の「概」。概は「おおむね」とも読む。斗掻きで均して量っても粒の数が正確であるはずがない。その概を使って概念を造語した。「おおよその想い」という見立てであったが、概念という翻訳語は原語のconceptよりも硬くて難しく響く。

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加藤周一は『日本文学史序説 』で次のように語っている。

日本人が日本の歴史や社会を考えるのに、参照の集団として西洋社会を用いる習慣を生んだ。(……)西洋文化に対する強い好奇心と共におこったのは、従来の日本における西洋理解の浅さに対する反省である。反省の内容は、翻訳された概念と原語の概念とのくい違い、輸入された思想的体系と人間とのつながりの弱さ、思想を生みだした西洋社会そのものについての経験の貧しさなどを含んでいた。

おびただしい西洋語が、西洋を手本とした明治時代以降の改革手段として編み出された。翻訳はその必然の手始めの方法であった。西洋語の概念がイコールの存在として和製漢語に置き換えられた。そして、フィロソフィーと哲学が、インダストリーと産業が同じであると信じ切ったのである。

わが国は今も翻訳大国である。しかも、個々に対応する彼我の単語がまったく同じであると錯覚して今日に到っているきらいがある。この単語ベースでの照合を基本としてきたことと外国語習得の苦手意識は決して無関係ではないと思われる。

ソシュール学者の丸山圭三郎の著書にわかりやすい話が載っていた。フランス語の“arbre”(アーブ)は日本語の「木」よりも意味が限定的で、「生えている樹木」のこと。しかし、“bois”(ブ)になると、日本語の「森」以上に意味が広く、林や木材や薪をも包括する。単語が状況や文脈によって意味を変えるのである。

このことから、まずモノが絶対的に存在した後にことばが目録のように一対一で当てはめられたのではないことがわかる。むしろ、ことばが意味を持ったがゆえに、モノがその意味を帯びて変化したと考えるべきだろう。言語間で示されるモノや概念には必ずこのような誤差が生じている。翻訳語の解釈や理解で心に留めておくべき点である。

よく考えよと言うけれど……

良い出来だと評価するには少し足りない。そこで「もうちょっと考えよう」とか「よく考えよう」などと励ます。そう言いながら、その「考える」ということへの思慮はかなり曖昧で、考えるとは一体どういうことなのかという点についてはまったく踏み込めていない。励まされた相手も条件反射的に「はい」とは応えるが、考えることの行き詰まりを打開できるとはかぎらない。

『考えるヒント2』に「考えるという事」という一文があり、その中で小林秀雄は次のように書いている。

「考えるとは、物に対する単に知的な働きではなく、物と親身に交わる事だ。物を外から知るのではなく、物を身に感じて生きる、そういう経験をいう。」

深いことばなのだが、実務や研修で企画に取り組んでいる若者に、この一節をそのまま伝えても目からウロコのヒントになるとは思えない。

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「何を考えるか」の「何」を対象と呼ぶなら、対象は第一に「モノ」である。企画の対象としてはイベントであったり商品であったりする。ここでは何がしかの経験がベースになる。人生や世界などの形而上学的な対象になると、経験のみならず、経験を超越して考えなければならない。見えるモノと見えにくいモノがある。前者では現実を見、後者ではイメージを浮かべる。

モノを対象としていると、必然ことばも対象になる。経験を生かしながらモノと親身に交わっているうちに、ことばとも交わり、ことばを肉化して意味を探り自分の分身としてことばを駆使する。やがて、モノと自分、ことばと自分の距離がなくなっていく。これが考えるということなのだが、本人はそのことに気づかない。

考える対象はモノとことばである。しかも、距離を埋めて親身に付き合わねばならない。モノとことばの意味、関係、つながりなどを、知識として認識するのではなく、経験的行為として巡らせる。そうしているうちに対象と自分が一体になり、新しい意味、新しい関係、新しいつながりにハッと気づく。これがよく考えるということなのだが、場数を踏む以外の即効的方法が他にあるのだろうか。

書体が秘めるもの

起業してから幾多の困難を克服して成功を収め、創業者が財産を遺した。二代目は首尾よく承継して守成をやり遂げた。創業にも守成にもそれぞれ別の苦労があるが、一般的に「創業は易く守成はかたし」と言われる。これが正しいなら、生業を軌道に乗せた二代目の手腕を褒めるべきである。

しかし、守成の難しさは富家ふかの三代目が証明することになる。世間によくあるのは三代目による家業の没落というシナリオだ。家を売りに出さねばもはや立ち行かない。貼り出された売り家の札を見れば唐様からようのしゃれた字で達筆。さすが祖父と父の財産で遊芸に耽っただけのことはある。こうしてあの川柳が有名になった。

売り家と唐様で書く三代目

三代目の書を褒めたわけではない。商いの道よりも遊芸にうつつを抜かして身上しんしょうを潰し、残したのはわずかに手習いの腕と教養だけという皮肉である。

唐様は和風の草書や行書とは違った楷書系の書体である。この川柳の頃はおそらく江戸時代で、当時は楷書に明朝の書体を取り入れたものらしかった。明治時代には公式の書体として唐様が定められた。将棋の駒の書体として人気のある菱湖りょうこがそれである。

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どうせ家を売りに出さねばならないのなら、唐様で粋に書くほうが少しは高く売れるかもしれない。少なくとも何も書かないで空き家のまま放置するよりも、また札書きが下手くそであるよりもうんとましである。

書体はその名の通り「文字の体つき」を表現している。身体同様に、書の体つきも個性の一つであるから、イメージやニュアンスまでも伝える。同じ「売り家」と書くにしても、草書や行書、明朝やゴシックのどれを選ぶかによって、文字通りのメッセージとは別の隠れ潜んだ意味があぶり出されるだろう。

書における力とは、(……)毛筆に加えられる力ではない。毛筆が沈む深さでも、毛筆が疾走する速度でもない。政治や社会、人間関係の重力に抗して歩む、志とその陰にひそむさまざまな人間的なひだを含み込んだ「間接話法」的な力の姿である。
(石川九楊著『書とはどういう芸術か』)

唐様の「売り家」という文字に、三代目の心のありようとファミリーヒストリーが滲んで見える。

情報という問題

哲学者の言をどんな文脈で捉えて解釈するか……実に悩ましい。

「およそ語りうることについては明晰に語りうる。そして、論じえぬものについては沈黙しなければならない」
ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(1889-1951

何かを語りうるとは、その何かそのものについて、また、その何かに関わり派生することについて「ことばにできること」を意味する。明晰というハードルは高いかもしれないが、語りうるのであるから、認識できているかぎり語りうるのは間違いない。建築について、ワインについて、植木について語りうるなら、たしかに語ることができる。そして、論じえないものは語れない、ゆえに黙るしかない。いや、語らないのがマナーか。

言い表わせるというのは大したことなのである。言い表わせないもどかしさを体験すればするほど、言い表わせることが奇跡のように思えてくる。

「問題をそつなく表現できれば、問題は半ば解決されたも同然」
チャールズ・ケタリング(1876-1958

ケタリングは多彩な職業をこなしていたが、発明家としてよく知られている。ところで、問題が解決しづらい原因の一つに、いったい問題が何であるのかを簡潔に言い表わせないことがある。課題と言い換えてもいいが、課題の表現が拙いと解決すべきことが明快にならないからだ。


ケタリングで記憶に強く残っているのが、次のことばである。

「創造は思考と素材の融合である。よく考えれば素材は少なくて済む」

素材とは情報のことである。一般的に情報は少ないよりも多いほうがいいと思われている。多いほうがいいという前提ゆえに、ひとまず情報を集める。知っていることもあるだろうが、敢えて調査によって知らない情報を得ようとする。創造、すなわち新しいアイデアにとって情報は欠かせないが、情報が多すぎると自力で考えようとしなくなると、ケタリングは言っているのだ。

考えないから情報が必要になる。情報を集めると、情報の分類や組み合わせによって、何事かが創造されたような気になる。しかし、思考の出番がなければ、情報が語っただけにすぎない。それでは創造の粋に達していない。情報というものは思考を軸に選び編集するものである。「情報威張ると思考がへっこむ」のである。

「情報が増えれば増えるほど、知力そのものは減ってくる」
『ドイツ人の知の掟 トクする雑学』)

考えないで手に入れた情報は語りうるものなのだろうか。語ることのできない情報をいくら集めてもバカになるだけかもしれない。それが証拠に、情報を並べ立てる者は、決まってその後に沈黙することになる。

男の作法「知性」

池波正太郎『男の作法』の書評、最後は知性と生き方のことをアラカルト風に。

本とメモ  企画術や仕事術の話をした後に、受講生から読書の方法についてよく聞かれる。義務教育で教えられていないから、いい歳になって他人に聞く。「好きなものを好きなだけ読んで自分流の読書をすればいい」と伝える。そっけない返事だが、それ以上でもそれ以下でもない。読むべき本を推薦するなどもってのほかである。

「本を読むのは千差万別ですよ。あらゆるものを読んでますよ。(……)本をたくさん読んでいくうちにね、おのずから読みかたというものが会得できるんですよ。」

この通りであり、これしかない。ぼくの経験から言うと、十代・二十代のある時期に二、三年間手当り次第に数百冊を読めばだいたいわかってくる。やがて趣味や仕事が明確に絞られるようになると、何をどう読むべきかがおのずから見えてくる。読書の質を云々する前に、かなりの冊数を読破せねばならない。中年には手遅れで申し訳ない処方箋だが……。

メモについてはさほど熱心ではなく怠け者だと池波は言うが、やったほうがいいと勧める。メモやノートの類いは単なる備忘録ではなく、文字を連ねることによる知の劣化防止だ。覚えようとしなくても、自ら書いた文章を読み返せば記憶が再生される。最近ぼくは覚えることよりも、覚えたことを思い出すことに意義を見出すようになった。「愛読書は?」と聞かれたら、躊躇せずに「ぼくの書いたノートやブログ」と答える。

小道具  若い頃から万年筆に憧れていた。大した稼ぎもないのに、なけなしの金をはたいて買っていた。一本あれば十分なのに、店頭で見るたびに垂涎すいぜんの思いに駆られたものだ。それほど万年筆には愛着があるので常時使うようにしている。だから、次の考えに異論はない。

「万年筆だけは、いくら高級なものを持っていてもいい。(……)そりゃあ万年筆というのは、(……)男の武器だからねえ。(……)高い時計をしてるより、高い万年筆を持っているほうが、そりゃキリッとしますよ。」

時計と万年筆なら万年筆に決まっている。池波の言う「高級」は五万や十万やそれ以上の値段のことだから、誰にでも当てはまるものではない。数千円から十万円超の万年筆を各種持っているが、高級であることと書き味、握り具合、見た目は比例しない。インクや紙や、もっと言えば、字の巧拙も関係する。使わずに見せびらかすだけの高級な万年筆が武器になるはずもない。長年使い込み、しかもよく手入れをしている万年筆が値打ちを漂わせるのである。革の手帳にも同じことが言えると思う。

生き様  

「他人の休日に働き、他人が働いているときに休む……というのが、ぼくの流儀なんだ。」

ぼくがサラリーマンを辞めた理由の一つがこれだった。仕事の中に、ほんの少しでもいいからマイペースと自分流が欲しかった。生き様というのは個人が決めるもの。混雑や群れを避けて一人のプライムタイムを持つのは固有の生き様にとって必然である。

「他人に時間の上において迷惑をかけることは非常に恥ずべきことなんだ。(……)自分は何をやったっていい。だけど他人との接触においては一人の社会人としてふるまわなければならないわけだ。」

その通りである。約束は守るべし。半時間待たされるということは半時間失うことに等しい。不可抗力で約束を破らざるをえなくなったり遅刻したりしても言い訳をせず、詫びて謝るのが作法である。

「現代の若い人たちを見ていて感じることは、(……)プロセスによって自分を鍛えていこうとか、プロセスによって自分がいろんなもんを得ようということがない。」

またまた同意する。結果主義の時代、人はつまらなくなってしまった。プロセスが鍛錬の場でありゴールそのものであるケースは稀ではない。旅などはまさしくそれだろう。旅先よりも旅路そのものに意義がある。

「どんな仕事だって(……)努力だけじゃ駄目なんだ(……)一種のスポーツのように楽しむ。」

一所懸命は愉快だからできるわけであって、愉快のない仕事は長続きしない。仕事にコミットすること自体が楽しくなくてはいけない。ぼくの仕事はワークシェアとあまり縁がなく、たいていのことは自分に始まり自分で完結する。孤独であり厳しいが、自助自力でする仕事の楽しみは格別である。

さて、池波作法のあるものはアンチテーゼ、別のものはアマノジャクのように響くかもしれない。この本が書かれてから四十年以上経った今、無粋にして男気のない男どもがいっそう増えたからにほかならない。

男の作法―「身だしなみ」

池波正太郎『男の作法』。以前書いた書評から、前回の食に続いて、今日は身だしなみ。

「身だしなみとか、おしゃれというのは、男の場合、(……)自分のためにやるんだね。根本的には、自分の気分を引き締めるためですよ。(……)自分自身のために服装をととのえるということが大きな眼目なんだな。」

若い頃に教えられたのはズボンの折り目。学生時代からアイロンがけは自分でしていた。母親に頼んだことは一度もない。実際、ズボンのしわは今も気になる。最近のスーツのズボンはパーマネント加工されていてしわがつきにくく、あまり熱心に手入れしなくなった。

クールビズが定着して以来、男どもは5月から10月頃までネクタイをしなくなった。男ができるおしゃれは一番目につくネクタイくらいなのに、夏場のおしゃれ機会が失われた。それどころか、年中ノーネクタイで通す業界人やサラリーマンも少なくない。それが個人や企業の主義なら徹底すればいいのに、冠婚葬祭になるとネクタイを着用する。中途半端な主義だ。冠婚葬祭の作法とコードが気になるなら、得意先の作法とコードにも従うべきだが、仕事になると自分のコードで押し通す。世の中にはノーネクタイをだらしないと考える硬派な経営者もいるのだから、気遣う必要がある。

「自分の締めるネクタイを他人まかせにしてるような男じゃだめですよ。」

ぼくは古くなったネクタイを頃合いを見て処分するが、スーツの色に合いそうなものは解体してポケットチーフにしている。それでも常時数十本吊るしてある。ほぼすべて自分で選び買ったものだ。一本3,000~5,000円がほとんど。それ以上払っても質はさほど変わらないことを経験的に学んだ。高級ネクタイの値段の70パーセントはブランド代なのだから。

一本2、3万もするようなネクタイを飲み屋でもらったことはあるが、一度も着用したことがない。誰かにあげた。ネクタイはスーツに合わせて買うもので、ネクタイ単体だけで色がいい、柄がいいなどと言えるものではない。第一、好みというものは他人にはなかなかわからない。

「色の感覚というのを磨いていかなければならない。絵心とまでいかないまでもね。(……)自分に合う基調の色というのを一つ決めなきゃいけない。」

付け加えると、二色でカラーコーディネートしていれば、センスはさておき、一応落ち着いて見える。池波は「ネクタイ、ベルト、靴」の色系統を合わせろとうるさい。この縦三点の色の系統が合ってさえいれば、スーツは薄いベージュや紺やチャコールグレーでもいいと言う。もっとも男の靴とベルトは茶か黒と相場が決まっているから、神経質になるとネクタイも茶か黒になってしまう。正しく言えば、茶系統とその他(紺系統やグレー系統)という感覚である。

「スーツでもっともむずかしいのはストライプなんだ。」

恰幅のよくない日本人にストライプのスーツは向かない、どうしても着たいなら、縞のシャツに縞のネクタイだけは避けろと言う。ストライプのスーツならシャツは無地。ネクタイも無地がよく、せいぜい曲線の地味な柄になる。ストライプもそうだが、チェック柄もこなしにくい。シャツは白で決まりだが、合わせるネクタイが悩ましい。

普段着は難しい。普段着のTPOが多様だからだ。いつ頃からか、洋服に迷ったらスーツを着ることにした。普段着よりもスーツのほうがわかりやすい。スーツがまずまず着こなせればシニアの身だしなみとしては一応合格ではないか。

男の作法―「食」

時代劇を好まないので小説は読んだことがない。作家としてではなく、玄人はだしの画人のほうに関心があった。だから、自筆の挿絵入りエッセイはだいたい読んでいる。先日のこと。雑談の中で作法の話が出た。流れで男の作法にも展開した。「いい本がある」と勧めた直後にふと思い出した。「そうそう、以前まとめた書評があるので、まずそれを読んでみたら」とプリントした。自分でももう一度読み返してみた。

池波正太郎の『男の作法』がそれ。インタビューに応じた語り下ろしで、十年前まで愛読書の一冊だった。何しろ池波正太郎(1923~1990)である。彼の生きた時代の男の作法である。「男というものが、どのように生きて行くかという問題は、結局、その人が生きている時代そのものと切っても切れないかかわりを持っています」と池波は語る。それでもなお、心しておいていい作法がないわけではない。歳相応の「いき」のヒントが見つかるかもしれない。

そば、てんぷら、鮨など食の薀蓄が切れ味よく披露される。

 「そばは二口、三口かんでからのどに入れるのが一番うまい。唐辛子はそばそのものの上に振っておく。」

日本全国にそば処がある。山形の箱そばを食べる際には、ワサビをそばに塗りつけて、つゆにつけずに二、三口食べるのがいいと言われた。そもそもうまいそばはアルデンテだ。そして、噛み過ぎてはまずくなる。中部・関東以北のつゆは濃いからつけ過ぎない、関西では淡泊だからたっぷりつけてもいい。

「てんぷら屋に行くときは腹をすかして行って、親の敵にでも会ったように揚げるそばからかぶりつくようにして食べなきゃ。」

強く同意する。てんぷら屋に数人で行って打ち合わせするなどはもってのほかだ。会合には向かない。彼女と二人で行っても話などせず、黙々と揚げたてを食べるべし。

酒やビールを飲みながらてんぷらをつまむのもよくない。お通しを前菜にして酒かビールを先に済ませる。その後はてんぷらに集中するのがいい。食べたらさっと店を後にする。最近はデザートを出す店がちらほらあるが、そんなものはいらない。

鮨屋の作法は何歳になっても難しい。行きつけの店ならいいが、一見だと店の仕切り方と値段が気になる。テーブル席のある店はさほど値が張らない。常連はカウンターに座るから、そういう店ではテーブル席について、 「おつまみ少しとビール。その後に一人前お願いします」と注文すればいいと池波は言う。銀座あたりだと、それでも1万円超になるかもしれないが、それが気に入らないなら銀座に行かなければいいだけの話。

なお、格のある寿司屋は「通ぶる客」を喜ばない。醤油のことをムラサキ、お茶のことをアガリなどと、鮨屋仲間の隠語を客が使うことに異議ありと池波は言う。客が「お茶ください」と言い、店主が「はい、アガリ一丁」が自然である。本来店側のことばである「おあいそ」をぼくは言わない。「お勘定してください」である。

自然にとっての人間

「人間にとっての自然とは何か」を考えることはあっても、「自然にとっての人間とは何か」に思いが及ぶことはめったにない。人間は自然に身を置きながらも、自然側から発想するのは苦手なのだ。

人は自然を利用する。然を無理にける。「だから自分という」と友人の禅僧が言っていた。自然の一部を分けてもらってようやく自分が成り立つというわけだ。しかし、自然は人間のために存在などしていない。

「自然に優しいデザインなどという言葉も(……)虚しい。自然は強靭で、風は人間のために吹いているのではない」(原研哉『デザインのめざめ』)

風だけではない。水は人のために蓄えられず、人のために流れているのではない。樹木は人のために生えているのではない。月も太陽も人のことなどこれっぽっちも考えていない。自然は人間のことなどまったく眼中にない。だから、人間は自然に片想いしている存在であることを片時も忘れてはいけないのである。

昨日、今日、明日

『昨日、今日、明日』と言えば、イタリア映画。原題“Ieri, Oggi, Domani”の直訳が、そのまま邦題になっている。三つの物語から成るオムニバス構成。観たのがもう何十年も前なので、内容はほとんど覚えていない。ソフィア・ローレンの妖艶な肢体だけが印象に残っている。

経験していない明日を思い出すことはできない。明日は想像の対象外の時間である。では、今日はどうか。リアルタイムであり、刻々と過ぎてゆく時間軸を辿れば、朝の出来事や体験を夕方に思い起こすことはできる。


記憶があやふやなずいぶん昔のことは無理だけれど、昨日という過去なら思い出しやすい。昨日のことはまだ冷めやらぬ余韻が記憶の中に残っている。よかったことにはほくそ笑み、芳しくなかったことは今日も引きずっている。進行形の今日や未来形の明日に比べれば、昨日は確かなのである。

「ぼくはずっと思っているんだ。きのう・・・になればよくなるだろうって」(チャーリー・ブラウン)

よく言ってくれた、チャーリー。その通り。何の根拠もないのに、明日になれば今日よりもよくなると信じている人がいる。今日がダメだった、でも明日があるさと思い直して励まされるとはお人好しにもほどがある。チャーリーは覚めた目で昨日、今日、明日を見ている。今日の次にもう一度昨日がやって来たら、後悔と反省をした分、少しはましにやり直せるかもという気になる。