創作小劇場『中華料理、一喜一憂』

〈プロローグ:私と中華料理〉

私は幼少の頃から中華そばや餃子になじみ、酢豚の定食を好んで食べた。学生時代には、ライスと相性のよい濃い味のレバニラ炒めや肉団子をよく注文した。私の食生活は中華料理とともにあった。私は中国人ではない。だが、中華料理に目がなく、一日三食すべてが中華でも大歓迎する口なのである。

〈Ⅰ 私流の格付け〉

私が今住む街は中華街ではない。だが、中華料理店が競い合う激戦区だ。正確に数えたことはないが、歩いて五分圏内に十店は下らないはず。圏外にも出てあちこちの店を食べ歩きし、料理別に味比べをしてきた。炒飯はA飯店がおいしく、五目そばはB園が抜きんでており……麻婆豆腐はC家自慢の売りで、D閣はどれも普通だが回鍋肉だけはとてもよい……値段高めだが八宝菜ならE軒で決まり青椒肉絲チンジャオロースはF門の味付けが一番……という具合に格付けができている。

〈Ⅱ 一喜一憂〉

そもそも嗜好というものは、気に入れば入るほど高じてくるもの。逆に、好みの料理が期待外れだったりすると後々まで口惜しさが尾を引く。料理そのものだけでなく、料理を提供する店員や店の雰囲気や皿一枚や箸一膳にも良し悪しがつきまとう。「一喜一憂」は中華料理店の専売ではないが、中華料理店でよく経験するのである。

〈Ⅲ 具材の多少〉

店ごとの料理の格付けがかなりできてきたので、がっかりする味に出合うことはめったにない。しかし、味付けに不満はなくても、具材の多少とバランスに一喜一憂することがある。ある日のとある店で指名した私の昼ご飯は「豚肉ときくらげの卵炒め」であった。

以前、別の店で注文した天津麺の、麺とスープをすべて覆い尽くして器から溢れんばかりの卵にも驚いたが、この卵炒めはそれといい勝負ができるほど圧倒的な量の卵を使っていた。卵の下には甘みのある脂身の豚肉が埋もれていた。町中華、侮れない。

これだけですでに十分な「一喜」なのだろうが、食すのは他でもないこの私だ。遺憾ながら、四字熟語の残り二文字を受け持つ「一憂」について触れなければならない。復習しておこう。私が注文した料理は「豚肉ときくらげ・・・・の卵炒め」である。漢字で「木耳」と書かれていたら読めない、あの黒いキノコ。それが他の具と比べるとかなり控えめなのだ。きくらげ愛食家としてはっきり言っておくが、豚肉と卵は半分の量にしてもらってもよかったのである。きくらげを重ね積みして料理が黒く見えるほど溢れさせる心遣いがほしかった。

〈Ⅳ テーブル〉

新型コロナ以降、中華料理店では一人客なのに四人席テーブルに案内されることがあった。こんな空間的贅沢にすっかり慣れた三年間。ところが、今年の連休明け頃から知らぬ客との相席を強いられるようになった。テーブルのこちら側に私一人、斜め向かいに一人の客ならまだいい。先日は私一人に対して三人組が配席された。憂いを通り越して拷問状態になった。テーブルは三人組の会話に支配され、注文した油淋鶏ユーリンチーの味をほとんど覚えていない。

テーブルの上に透明のマットが敷かれている店がある。そこに自前の各種リーフレットを挟んである。「食べ放題3,980円の夜の宴会メニュー」、季節限定の「柚子焼酎」、昼席では注文できない「前菜三種盛り」、イチオシなのか自信作なのか、唐突に「麻婆茄子」。カラフルなリーフレットが何枚も敷き詰められたテーブル。そこに注文した八宝菜の一皿が置かれて、料理はまったくえなかったのである。

〈エピローグ:デザート〉

中華定食4種と週替わりサービス2種を用意している店。すべての食事に杏仁豆腐が付いてくる。杏仁豆腐と言うよりも、缶詰から取り出した寒天のような代物である。半数以上の客が手を付けない。ある日、どうしたことか、見た目本物の杏仁豆腐に替わっていた。うまい! 一流ホテル級の味に私は満悦至極だった。その半月後にも入店した。どうしたことか、杏仁豆腐は元の寒天のような代物に戻っていた。別に驚きも落胆もしなかった。中華料理店にはよくあることだし、何よりもデザートはサービスのつもりなので、私流の格付け対象にしないことにしている。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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