語句の断章(44)「つままれる」

半世紀以上前の話。大阪郊外の国鉄ローカル駅近くに住んでいた伯母おばは踏切を渡るたびに電車の音が聞こえたと言う。それが当たり前ではないかと思って聞き返したら、「それがね、電車が走らない時でも聞こえるのよ」。人を化かすために狸が電車の音を真似ていると伯母は信じていた。

狸の場合は「化かされる」がしっくりくる。「狐に化かされる」もよく見聞きする。実際ぼくも、若かりし頃は狸と狐のどちらにも「かされる」と言うのだと思っていた。ある時、狐には「つままれる」が慣用だと知った。つままれる? 首をひねっても即座に分からず、化かされたような気分になった。

調べてみた。動詞「まむ」は、つまま(ない)、つも(う)、つまみ(ます)、つまむ、つまむ(とき)、つまめ(ば)と活用し、云々……未然形の「つまむ」に受身の助動詞「れる」がくっついて「ままれる」になる、云々……という文法の知識を仕入れた。辞書も調べた。それでもまだ、「狐につままれる」の意味とニュアンスがすっと入ってこなかった。

狸は人を化かしたり騙したりする。狐もそうなのだが、狐の場合は化かされることを「つままれる」と言う。そして、「予期せぬことが起きて、わけが分からなくなってぼんやりとする」という意味をいっそう強く感じさせる。狐は狸よりもしたたかなようなのだ。

狸に化かされるのも狐につままれるのも比喩表現である。ぼくの伯母は実際に狸に化かされたと信じたが、普通は現実にあるはずもないことだと知っていて、「狸に化かされたような」とか「狐につままれたような」とたとえて、ぼんやりとした気分を現わそうとするのである。

なぜ狐には「つままれる」というちょっと手の込んだ言い回しをするのか。調べたが分からなかった。もしかして「狐き」と関係している? 狐には霊があって、それが人にとり憑いて常軌を逸するような言行をさせるという、あの狐憑き。お祓いする祈祷師のばあさんが幼少の頃に同じ町内に住んでいた。さっきあのばあさんを思い浮かべたら、狐には「つままれる」以外の表現はふさわしくないと確信した次第である。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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