今さらながらという問いを立ててみる。「なぜ情報の編集は明快でなければならないのか?」
情報編集には「自分が分かること」と「他人が分かること」の二つのねらいがあり、自分が分かることには他人が分かるよう工夫することが含まれる。一人で沈思黙考しているから、自分さえ分かればいいというわけにはいかない。明快性は自分の内だけに止まらないのである。
何かを明快にして理解しようとすれば、その何かを誰かに伝えてみればいい。うまくコミュニケーションできれば、ある程度分かっている、つまり明快になっていると言える。もともと知識は明快であることを本領とした。曖昧な知識を知識と呼んではいけないのである〔注1〕。 物事をよく理解するための方法に「言い換え」がある。辞書の定義も言い換えの一つだ。元の表現のパラフレーズ、概念の再ポジショニングと呼んでもいい〔注2〕。
1 ラテン語の“Scientia potentia est.”は「知は力なり」を意味する。ベーコンはそう強く主張した。“Scientia”(スキエンツィア)とは知識のことである。イタリア語では“scienza”(シェンツァ)という語に変化して使われている。ヨーロッパの中世から近世の時代、知識は作品化され言語化されることによってさらに深く明快になるものだと考えられていた。
2 ソムリエということばが導入された頃、ワイン鑑定士や利きワインの専門家などという言い換えがおこなわれた。次に、それだけではなく、「レストランでお客の相談に応じて料理に合ったワインを選び提供する仕事」という意味を含ませるためには、簡潔に言い換えるのが難しく、結局、原語をそのまま使うほうが明快ではないかと考えるようになる。こうして、今では「お米のソムリエ」や「お菓子のソムリエ」などという使い方も一般的になった。
情報の違いが価値の違い 手紙からメールへ、商店街から通販へ、画一から多様性へと、日常の諸々が変遷し、物理的な実体の差異は微差になり、情報の質と量の差異のほうが著しくなった。ワインの味の差は分かりにくいが、名称や蔵のブランドの差異なら認識しやすい。
極論すると、60点の物理的品質を80点の情報訴求力でカバーすることができる反面、90点の物質的品質であっても50点の情報訴求力で値打ちを下げてしまうこともありうるのである。言うまでもなく、顔や体型や表情は差異である。しかし、その人の名やブランドがそれ以上の差異化効果〔注3〕をもたらすようになった。
3 「情報は差異である」と文化人類学者のグレゴリー・ベイトソンは力説した。
つかみとしてのラベル 情報の「短文化」もしくは「一言ラベル化」がすっかり定着している。ツイッターしかり、名言・格言のスポット的引用もよく見かけるようになった。文脈を伴わないワンメッセージが堂々と一人歩きすれば、長文で物事を理解させようとする努力が空しく見えてくる。つかみはコンテンツよりも強し、なのである。
作家ドナルド・バーセルミは、理解可能な文章の体裁を持つそれまでの小説の作法に対して、細切れの不可解な文章を脱論理的に構築した。彼の「断片だけがわたしの信頼する唯一の形式」という言は、文学の内のみならず、そこかしこの情報伝達行動で現実味を帯びてきた。ある意味で、スティーブ・ジョブズが訴えた“Connect the dots.”(点を結べ)の対極的思想とも言える。
カテゴリーの刷新 見方によっては、情報はつねに他の情報と「結合されている」と同時に、他の情報から「分割されている」と言うことができそうだ。対角線をどこに引くか、区切りの境界をどこに置くかによってカテゴリーは変わる。カテゴリーが変われば必然意味が変化する。ゆえに、カテゴリーの命名は重要である。情報はある種の表現であり、情報力とは表現力にほかならない。ラベルの貼り替えやインデックスの更新の成否が情報価値のアップダウンにつながる。
過剰なまでの反復 「もういい加減にしてほしい」と思いたくなるほど、分かり切った同じメッセージを繰り返すことを「リダンダンシー」〔注4〕 という。コマーシャルなどはその典型だが、街を歩いていて目に止まるコンビニの看板やお笑い芸人のギャグもくどい。くどさにはマイナスの一面もある。他方、リダンダンシーのプラス効果は侮れない。
混沌とした情報化社会では露出と反復は不可欠だ。「昨日連絡しておいた」とか「二度確認した」程度の情報発信では、簡単に埋もれてしまう。毎日の朝礼やノートや体操も「継続は力なり」というリダンダンシーの一種と言えるだろう。そして、情報を編集する際には、情報を掘り下げずとも、少々くどいくらいの繰り返しが明快性につながることがある。
4 シャノンの情報理論(1948年)は、「情報の内容が秩序正しく伝達されるためには、ランダムな混沌の中を進んだほうがよい。そのためには、情報の中に敢えてリダンダンシーを加えておくべきだ」と教えている。
