極論すると、ひらめかない人の特徴は「マメではない」。もっと正確に言えば、どうでもいいことにはマメで、重要なことにはマメではない。アイデアを求められる場面で思考停止する。考えても堂々巡りして前へ進まない。資料に依存し、資料を丸ごと流用する。語彙も少ないが、少ない語彙をやりくりして表現を工夫しようとしない。話しことばも書きことばもいつも常套句の羅列。そのくせ、自己流にこだわり、決してそこから脱皮しようとしない。
こんなふうにやりこめるとどうにもならない人間に見えてしまうが、程度の差こそあれ、誰にでも共通する傾向だ。ひらめきの悪い頭脳によく効くのは情報編集である。複数の情報を分類したり束ねたりしているうちに、脳の回路が複線化して活発になる。
まず二極、二項で考える 二分類したり二項を対立させたりするのは、創造的と言うよりも論理的な構図である。賛成⇔反対、現実⇔理想、白⇔黒のような対義語 〔注1〕 もそうだが、多様な事象群を二つのカテゴリーだけで括るには本来無理がある。「あなたはごはん派、それともパン派?」と尋ねられても、ごはんとパンの両派であり、またパスタ派でもあるのだから、二者択一を迫られても即答しかねる。二極や二項には古めかしいことばが用いられる。「老―若」や「男―女」のような二項対立で眺める人間観などは相当手垢にまみれているのだ。
だが、さほど創造的でなく型通りのように思える二極思考・二項対立も、着眼次第では新しいコンセプトを生み出してくれることがある。たとえば「ぼくの好きな女性のタイプは二つ」と言えば、ふつうは顔立ちや性格などを思い浮かべる。ところが、「日本人と外国人」というオチがついて意表を衝かれる。「大企業の人材は機関車型と客車型に分かれる」という視点にも二項の表現に目新しさが窺える。
1 自宅やオフィスの電話と対照的な存在として携帯電話が登場した。これによって、従来の電話は「固定電話」と呼ばれるようになる。「固定電話⇔携帯電話」は新しい対義語である。但し、どんな概念にも対義語関係が生まれるわけではない。たとえば味噌汁に対義語はない。誰かがコンソメスープと言ったらしいが、それは違う。それでいいなら、ふかひれスープでもトンコツスープでもいいことになる。
ある人が「味噌汁―アップルパイ」という関係を見つけた。「おふくろの味、わが家の味」という共通項が取り持つ縁である。これは対義語ではなく、「日本人:アメリカ人=味噌汁:アップルパイ」というアナロジーを使った二項対立と言うべきだろう。
コンセプトとアナロジー 二項に着眼した後に複数要素を編集した例がある。キャンペーンを立案するのに要する日数が平均117日というデータがある。アイデアの芽生えから誕生までの期間を懐胎期間の比喩を用いると、「人がアイデアを宿す期間はハイエナとヤギの中間」というコンセプトが生まれる。アイデアの熟成と妊娠のアナロジーだ。ついでに、ネズミから象までの妊娠期間を一覧すると、こんな図ができあがる (参考:デイヴィッド・オグルビー著“Ogilvy on Advertising”)。
具体的な階層への落とし込み 二の次は「三」である。たとえば一日を「午前・午後」と分けたら、次は「朝・昼・晩」という具合。「老若」を「青年・中年・熟年」とするのも三項化。一つの大きな概念なりゴールなりを二分類から三分類に増やすと、低い階層に下りてきて分解された因数が具体的に見えてくる 〔注2〕 。
2 「効果的な説得∋倫理、感性、理性(を通じて)」(アリストテレス)、「料亭の会席料理∋松、竹、梅」、「理想の野球チーム∋走、攻、守」など。
連想の本質 連想は外界と自分がつながっている感覚が強い時に生まれやすい。誰かから聞いた事柄、本で読んだ内容、ふと見かけた文字などの外部情報を、自分の知識と照合させる働きである。それは関連知識の脳内検索作業にほかならない。
ただぼんやりと何かについて思いを巡らせても連想できるわけではない。類似するものや相反するもの、形状や属性、機能や相性を連想するなどして、狙いを絞ってみることも必要なのだ 〔注3〕。
3 ポストイット(付箋紙)から連想したケースを紹介しておく。
* 形状連想→薄い、四角形、紙切れ、パステルカラー、着脱糊、ペラペラ……
* 機能連想→目印、貼る、思い出す、剥がす、覚書、注意、とりあえず、仮止め……
* 相性連想→書籍、書類、文具店、鞄の中、机の角、模造紙、手帳、問題点……
コンセプトのリニューアル 当初違和感があっても、いったん出来上がったコンセプトは、当然ながら徐々になじんでくる。デビュー当時、あの「せんとくん」の風貌とネーミングには強い違和感があったが、今となっては見事なまでにこなれている。考えてみれば、鰻屋の「肝吸」は響きも見た目も快いものではない。しかし、鰻重や鰻丼の脇役を見事に演じている。
二者択一という先入観から脱すれば、折衷や融合 〔注4〕 という方法に気づく。コンセプトの編集によって本来ありえそうもないことが可能になるのである。
4 ざるうどんにするかざるそばにするかで迷ったら、「あいもり」という手がある。うどんとそばが半人前ずつ仲良くざるに盛られて出てくる。そんな麺類一式の店を何軒か知っている。
鉄板ホルモン焼きの屋台で、あと一人前をミノにするかハラミにするかで迷っていたら、隣りの客が「テッチャンとハツで一丁!」と注文した。テッチャン500円でハツ600円なら、550円で二種類をハーフで食べられるのである。早速「ミノとハラミで一丁!」と真似てみた。
鰻屋で「肝吸いか赤だしか」と聞かれ、「赤だしに肝を入れてほしい」と無理を言ったら、「はい、キモアカね」と返ってきた。常連向けの裏メニューがちゃんとあるのだ。手間暇も変わらないので、できないわけがない。
