曲解と虚偽の一般化

昨日のブログで「典型的な牽強付会けんきょうふかいの例を斬る」と意気込んだ。念のために、インターネットも含めていろいろ調べてみたら、「その例」をしっかりと斬っておられる方が少なくないのを知って驚いた。正確に言うと、引用されるその権威者および実験内容に批判的な意見は少なく、ほとんどの批判は「引用に関しての曲解と虚偽の一般化」に向けられていた。おおむねぼくの意見も一致する。

多数派だからホッと一安心などという「長いものに巻かれろ」のスタンスはぼくの性に合わない。世間の誰がどのように唱えていようと、ぼくはある種の確信と良識的な見方によって、権威を引用してこじつける狡猾さを指摘しようと思っていた。その例とは、アルバート・メラビアン博士が実験を通じて導いた〈メラビアンの法則〉の都合のいい解釈のことだ。

マナー、コミュニケーション、コーチング、ファシリテーションなどを専門とする複数の講師が、メラビアンの法則を曲解してジェスチャーや表情の優位性を強調する一方で、言語を見下すような発言をしたのを何度か目撃している。この法則は、一対一のインターパーソナル・コミュニケーションに限定して、話し手が聞き手にどんな影響を与えたかを実験して導かれたものである。

実験によって、影響に占める割合は、表情やジェスチャーが55%、声のトーンや大きさが38%、話す内容が7%ということがわかった。こう説明して、講師たちは「ことばはわずか7%しか伝わらない。コミュニケーションにおいてことばは非力なのだ」というような趣旨を、さも真理のごとく説く。これは、目に余るほどのひどい一般化なのであり、メラビアン博士を冒涜するものである。もちろん、こんな虚偽に対して免疫のない、無防備で純朴な受講生はものの見事に説得される。そして、講師によって引き続きおこなわれる、取って付けたような身振りやマナーや表情の模範例に見入ることになるのである。


アルバート・メラビアン博士自身は、ちゃんと次のように断っている(要旨。原文は英語)。

この法則は「感情や態度が発する言行不一致のメッセージ」についての研究結果に基づく。実験の結果、「好感度の合計=言語的好感度7%+音声的好感度38%+表情的好感度58%」ということがわかった。但し、これは言語的・非言語的メッセージの相対的重要性に関する公式であって、あくまでも「感情と態度のコミュニケーション実験」から導かれたものだ。ゆえに、伝達者が感情または態度について語っていない場合には、この公式は当てはまらない。
*inconsistentを「言行不一致」と意訳した)

ぼくも曲解しないように気をつけて書くが、下線部から、言語的メッセージを伝えることを目的としたコミュニケーション実験ではないということがわかる。だから、回覧板には適用しない。読書にも適用しない。会議や対話にも当てはまらない。携帯電話で「明日の夕方5時に渋谷でお会いしましょう」という簡単なメッセージも対象外だ。要するに、ほとんどの伝達・意見交換場面には法則が当てはまらないのだ。ある種の顔の表情とジェスチャーを伴って単発のことばを発した場合のみ有効という、きわめて特殊なシチュエーションを想定した実験なのである。たとえば、コワモテのお兄さんがどんなにやさしいことば遣いをしてきても、顔ばっかりが気になってことばが耳にはいらないというような場合など。

もし本気でコミュニケーションに果たす言語の役割が7%だと信じているのなら、講師はずっと顔と身振りで思いを伝えればよろしい。それで93%通じるのだから楽勝だ。パワーポイントやテキストも作らなくていいではないか。いや、そんな皮肉っぽい批判をするのが本意ではない。言語理性の危機が叫ばれ、ボキャブラリー貧困に喘ぐこの社会をよく凝視し、「言語7%説」が日常化するのを案じて、「これはいかん、もっと言語の比重を高めなければ」と一念発起するのが教育者ではないか。

オカノの法則 「講義中、居眠りをする受講生に対しては、言語・音声・表情のすべてのメッセージ効果がゼロになる。」

オカノの法則 「パワーポイントのプレゼンテーションにおいて、掲示資料と口頭説明が合わないとき、人々は掲示資料に集中し、耳から入ってくる説明を聞き流す。」

都合よく感性に逃げる

十数年前になるだろうか、二部構成の講演会で、ぼくが第二部、「偉い先生」が第一部ということがあった。本来ぼくが前座だったのだろうが、先生の都合で入れ替わった。礼儀かもしれないと思って、先生の第一部を聞かせてもらった。「ことば・・・じゃない、こころ・・・なんだ」が趣旨で、要するに「理屈じゃなくて感性」という話である。ちなみに、ぼくのテーマは対照的なディベートであった。

どんな主張をしてもいいと思う。けれども、「偉い先生」なんだから、理由なり論拠は付け足しておくべきだろう。講演中、ぼくの素朴な「なんでそう言えるんだろう?」という疑問は一度も解けなかった。「理屈じゃなくて感性」という理由なき主張は、「理屈を言いながらも感性的であることができるのでは……」と考える聴衆に道理を説いていない。しかも、先生、いつの間にかことばと理屈をチャンポンにしてしまった。さらに、先生、「ことばじゃない、こころなんだ」というメッセージをことばで伝えているのだ。ことばと感性を二項対立的にとらえていること自体が理屈ではないのか、とぼくなんかは考えてしまう。

「ことば vs 感性」というふうに対立の構図に置きたがるのが感性派に多いのも妙である。どっちを欠いても人間味がなくなるのでは? とぼくは問いたい。ことばが先で感性が後か、感性が先でことばが後か――大した論拠もないくせに拙速に「感性」に軍配を上げないでいただきたい。なぜなら、ことばのない動物に感性があるのかどうかは証明しえないし、彼らに聞くわけにはいかない。明白なのは、ことばを使う人間だけに感性という概念が用いられているという事実だ。つまり、ことばを切り離して感性だけを単独で考察するわけにはいかないのである。ましてや、優劣論であるはずもない。少なくとも、「ことばじゃない、こころなんだ!」という趣旨の講演会に来ている人は、ことばを自宅に置いてきて感性だけで聞いているわけではない。


一昨日、高浜虚子の『俳句の作りよう』を通読した。俳句は「感じたことをことばに変える」ものなのか。ここで言う「感じたこと」はもはや感性というよりも「感覚」というニュアンスに近いのかもしれないが、では、感覚が先にあってことばが後で生まれるのか。ぼくの俳句経験は浅いし、どんな流派があるのかも知らないが、俳句において「言語か感性か」などと迫ることに意味はないと思う。俳句を「添削と推敲の文学」とぼくは考えているが、ことばと感性は「和して重層的な味」を出すのだろう。感じるのとことばにするのは同時かつ一体なのではないか。虚子はその本の冒頭で次のように言っている。

「俳句を作ってみたいという考えがありながら、さてどういうふうにして手をつけ始めたらいいのか判らぬためについにその機会無しに過ぎる人がよほどあるようであります。私はそういうことを話す人にはいつも、何でもいいから十七文字を並べてごらんなさい。とお答えするのであります。」

素直に解釈すれば、ことばを十七文字並べることを、理屈ではなく、一種感性的に扱っているように思える。むしろ、「何かを感じようとすること」のほうを作為的で理屈っぽい所作として暗に示してはいないか。ことばを感性的に取り扱うこともできるし、感性をいかにも理屈っぽくこねまわすこともできる。

一番情けないと思うのは、ことばの使い手であり、ことばを使って話したり書いたりしている人たちが、ことばを感性の下位に位置させて平然としていることである。「ことばはウソをついたりごまかしたりする」などと主張する人もいるが、このとき感性だって同じことをするのを棚に上げている。このように都合よく主張を正当化していくと、やがて権威の引用をも歪曲してしまう。と、ここまで書いてきて、そうだ、あのエビデンスの濫用を取り上げなくてはいけないと正義感が頭をもたげてきた。明日、典型的な牽強付会の例を斬る。 

イタリア紀行50 「コロッセオまたは巨大物」

ローマⅧ

もう二世紀も前のことである。17861111日の夕方、ゲーテはコロッセオにやって来た。ローマに着いてから約10日後。オーストリアとイタリア国境を越えてイタリアの旅に就いてから、ちょうど二ヵ月が過ぎていた。

この円形劇場を眺めると、他のものがすべて小さく見えてくる。その像を心の中に留めることができないほど、コロッセオは大きい。離れてみると、小さかったような記憶がよみがえるのに、またそこへ戻ってみると、今度はなおいっそう大きく見えてくる。

ゲーテは『イタリア紀行』の中でこんなふうにコロッセオを語る。およそ一年後にも訪れることになるのだが、そのときも「コロッセオは、ぼくにとっては依然として壮大なものである」と語っている。

コロッセオは西暦72年から8年の歳月をかけて建設された円形競技場だ(闘技場でもあり劇場でもあった)。長径が188メートルで短径が156メートル。収容観客数5万人というのだから、「コロッセオは大きい」というゲーテは正しい。現代人のように高層ビルやスタジアムを見尽くしているのとは違い、200年以上も前のゲーテを襲った巨大感は途方もなかっただろう。少なくともぼくが受ける印象の何倍も圧倒されたに違いない。

コロッセオ(Colosseo)は遺跡となった競技場の固有名詞だが、実はこの名前、「巨大な物や像」を意味する“colosso”に由来する。形容詞“colossale”などは、ずばり「とてつもなく大きい」である。映画『グラディエーター』では、この巨大競技場での剣闘士対猛獣、剣闘士対剣闘士の血生臭いシーンが描かれた。ローマでキリスト教が公認されてからは、やがて見世物は禁止される。この時代、放置されたこのような建造物は、ほぼ例外なく建築資材として他用途に転用された。コロッセオの欠損部分は石材が持ち去られた名残りである。

四度目の正直でコロッセオの内部を見学した。それまでの三回は、ツアーの長蛇の列を見るたびに入場が億劫になった。「競技場内の遺跡は何度もテレビで見ているし、まあいいか」と変な具合に納得したりもしていた。しかし、強雨のその日、並ぶ人々の列は長くはなかった。先頭から20番目くらいである。雨という条件の悪さはあるが、だからこそ入場できる、今日を逃せば二度とチャンスはない、と決心した。「この雨が遺跡に古(いにしえ)の情感を添えてくれるかもしれない」と、すでに悪天候を礼賛すらしていた。

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コロッセオ全景のつもりが、近づきすぎたために全景は収まらない。
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やや遠景のコロッセオ。濡れた壁色のせいで以前見た印象とは異なる。
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ローマ発祥の地とされるパラティーノの丘から展望するコロッセオ。

笑えない話の後始末

笑いをとらねばならないのはお笑い芸人だけではない。笑いでメシを食うプロと、そうではないアマ。比較すれば、前者が厳しいと誰もが言うかもしれない。ところがどっこい、アマチュア間の笑いがらみのシーンは想像以上に過酷なのである。テレビのお笑い番組を見ればわかるが、プロには逃げ道が用意されている。「受けない」のを売りにする芸人。「すべる」のを期待してもらえる芸人。空気を凍らせてしまっても、助け舟を出す同業者もいる。

言うまでもなく、売れる芸人もいれば売れない芸人もいる。序列のある業界だから、スターもいればアマチュア以下もいる。人気はどう転ぶかわからない。明日は我が身だ。売れなくなっても、「売れない」のを売る手だってある。親しい仲間は救いの手を差し伸べてくれるかもしれない。まあ、さしたる業界通でもないぼくの推測なのだが、「同病相憐む」のことわりがそこでは生きているようだ。

講演の冒頭でジョークを仕掛けたある講師。絶対に受けると確信しての「つかみ」であった。はやる気持をなだめながらも、内心おもしろくてしかたがない。演壇に上がる前から自分自身が笑いを押し殺さねばならない状況である。講師紹介があって、拍手で迎えられて演台に向かう。つかみの効果を最大化するには余計な挨拶は無用、寸法を測ったように計算通りにジョークで端緒を開いた……。だが、クスッとも笑い声が起こらない。会場の笑いと同時に破顔一笑しようと目論んでいた講師の顔だけが、笑う直前のスタンバイモードで引きつったまま。聴衆は時に残酷である。


技と芸があるからか、仕込みと仕掛けがいいからか、それとも単に聴衆に恵まれ続けたからなのか……理由はよくわからないが、ぼくが会場を凍らせたことはかつて一度もない。期待したほど笑ってもらえなかったことはあるものの、大すべりした経験はない。講師業においても、笑いは本題と同程度に重要になってきた。そこにはリスクもある。「笑えない話」の責任は、もちろんその話をした人間にある。そして、万が一のための保険をかけるのを忘れては、消沈した空気の後始末は不可能である。

どんな保険か? ややハイブローにジョークを設定しておくのである。こうしておけば、笑いが起こらなかったとき、一部の聴衆が「笑えないのは自分の能力とセンスの問題ではないか」と懐疑してくれる。さらに、誰よりも高尚なジョークを解せるという自信家が何人かいるものなので、少数ではあるが、見栄を張ってそこかしこで笑い声を発してくれる。こうなると、笑わなかった聴衆たちもやや遅れ気味に同調するように笑い始める。ジョークを終えてから数秒という不自然な時間差が生じるのはやむをえないが、これはこれで場が沈んでしまうことはない。


昨夜読んでいた英書にこんなジョークがあった。

若い新婚さんがアパートに引っ越してきた。食堂の壁紙を張り替えることにした。同じ広さの食堂がある隣人宅へ行き、尋ねた。
「壁紙を張り替えたとき、お宅では壁紙のロールを何本買いましたか?」
7本ですよ」と隣人は答えた。 

新婚夫婦は高級な壁紙を7本買い、張り始めた。ところが、4本目のロールを使い切った時点なのに食堂の壁紙作業が終わってしまった。二人は隣人の所へ行き、不機嫌をあらわにしてこう言った。
「お宅の助言通りにしたら3本も残ってしまいましたよ!」
隣人は言った。「やっぱり……。あなたのところでも、そうなっちゃいましたか」


笑える話? 笑えない話? どっちだっただろうか。もし笑えない話だったら、その責任は、読者、ぼく、それとも原書の著者? もし笑えたのなら、その手柄は原書の著者、訳したぼく、それとも読者? ジョークを笑うのはむずかしい。ジョークのネタを仕入れて披露するのはさらにむずかしい。一番安全なジョークの伝え方は文字である。笑いが不発のときに後始末を取らなくて済むからだ。

【注】余計なお世話だが、「何ロール使いましたか?」とは聞いていない。「何ロール買いましたか?」と聞かれたから「7本」と答えた。ジョークの説明ほど野暮で無粋なものはない。  

直観は有力な方法か

「直感」と「直観」という表記を使い分けるのはやさしくない。正しく言うと、これは表記の問題ではなく、そもそも意味が違っている。意味が違うから、わざわざ二つの用語がある。ぼくなりには使い分けているつもりだが、人それぞれ。読み方、聞き方は一様ではない。

ぼくなりの使い分け。「直感」の場合は、「直」を「ぐに」と解釈する。つまり、「直ぐに感じる」。現象なり兆候を見て、瞬時に感覚的に何かを見つける――これが直感。他方、「直観」は哲学用語でもある。こちらの「直」は「じかに」ととらえる。観察や経験の積み重ねにより、何かの本質を直接的に理解すること――これが直観。直感を「ひらめき」と言い換えてもさしつかえないが、意地悪く「思いつき」と呼ぶこともできる。直観は、ひらめきでもなく思いつきでもない。

もう一つ付け加えると、直感で気づいたことはいくつかの選択肢からポンと飛び出してきたのではなく、それ自体独立したものだ。だから、「なぜ?」と問われると理詰めでは答えられない。「何となく」と返すしかない。「直感ですが、Aはどうですか?」に対して、「他に何かない?」と聞いても、BCを吟味した上でのAという選択ではないので、聞き返された人も途方に暮れる。


他方、直観には観察や経験を通じて培われた暗黙知が働く。直観で決めたことには、直観で決めなかったことが対比される。直観にはなにがしかの選択がともなう。複数の選択肢からもっとも本質的なAを取り上げている。直観で選んだAにオンのスイッチが入り、その他の選択肢BCDEにはスイッチが入らずオフのままなのだ。では、その直観作業ではBCDEも実際に検討したのか。いや、検討などしていない。暗黙知が機能するので、検討対象から外しておけるのである。

スポーツであれ将棋や囲碁であれ、プロフェッショナルは「ありそうもないこと、おそらくなさそうなこと」をわざわざ思索して排除しなくても、「勝手に」除外できるようになっている。その結果、押し出され式にあることを直観的に選ぶ。その直観によって選択したことが、だいたい理にかなった行動や手になっているものなのだ。

行動パターンや手の内が豊富だからこそ直観が可能になる。本質を洞察するためには、観察や経験の絶対量が欠かせない。もし直観したことに問題があっても、暗黙知には別の選択肢が蓄えられているから、論理的検証をしたり再選択したりすることもできる。プロフェッショナル度とすぐれた直観力はほぼ比例する。ゆえに、直観は単なる一つの方法などではなく、きわめて有力な方法になりえるのである。

企画に言霊が宿る時

別に内緒にしていたわけではないが、何を隠そう、昨今リピートの多い研修は「企画」である。主催する側によって名称は変わる。「企画力研修」というストレートなものから、「企画能力向上研修」「企画提案力研修」「企画書作成研修」「政策企画力研修」などバリエーションは豊富である。もともと「スーパー企画発想術」と名付けていた二日間プログラムで、学習の基本軸は「発想>企画>企画書」。つまり、企画書に先立って企画があり、企画に先立って発想があるという考え方。その発想の拠り所は日々の変化への感受性である。

企画とは好ましい変化をつくることであり、その作戦をシナリオ化することと言えるだろう。何から何への変化かと言うと、Before(使用前)からAfter(使用後)への変化である。使用するのは企画という処方箋。つまり、さらに詳しく言えば、企画とは、現状の問題なり不満を解決・解消して、より理想的な状況を生み出す方策なのだ。こんなわかりきった(つもりの)企画という用語をわざわざ辞書で引くことはないだろうが、念のために手元の『新明解』を調べてみた。正直驚いた。「新しい事業・イベントなどを計画すること。また、その事業・イベント。プラン」とある。これはかなり偏見の入った定義である。まるで企画という仕事を広告代理店の代名詞のように扱っているではないか。

企画をしてみようという動機の背景には、まず何を企画するかというテーマへの着眼がある。そして、そのテーマ領域内の、ある具体的な事柄をよく観察していると、何だか問題がありそうだ、と気づく。いや、必ずしもゆゆしき問題でなくてもよい。ちょっとした気掛かりでもいいのだ。もしプラスの変化を起こすことができたら、きっと今よりもよくなるだろう――こうして方策を編み出そうとする。着眼力、観察力、発想力、分析力、情報力、立案力、解決力、構想力、構成力……数えあげたらキリがないほど、「〇〇力」の長いリストが連なる。


こんな多彩な能力の持ち主はスーパーマン? そうかもしれない。一言で片付けられるほど企画力は簡単ではない。だが、つかみどころのなさそうな企画力ではあるが、つまるところ、その最終価値を決めるのは「言語力」を除いて他にはない。コンセプトだの因果関係だのアイデアだのと言ってみても、下手な表現や説明に時間がかかっては企画の中身がさっぱり伝わらないのである。もっと言えば、新しくて効果的な提案がそこにあるのなら、使い古した陳腐なことば遣いに満足してはいけない。「固有であり旬であること」を表現したいのなら、「新しいワインは新しい皮袋に」入れなければならないのだ。

言語力が企画の価値を決定づける。もっと極端な例を挙げれば、タイトルが企画の表現形式をも規定してしまう。話は先週の研修。あるグループが順調に企画を進めていき、企画の終盤に『涼しい夏の過ごし方』というタイトルに辿り着いた。現状分析も悪くなく、「暑い夏→涼しい夏」という変化を可能にする詳細なプログラムをきちんと提示していた。しかし、総じて平凡な印象を受けた。「新しいワインを古い皮袋に」入れてしまったのである。

仮に『灼熱の夏と闘う!』としていればどうだったか。同じ企画内容が、タイトルの強さに見合った表現形式になったのではないか。ハウツーの説明に終わった『涼しい夏の過ごし方』に比べて、『灼熱の……』には企画者の意志が込められ、「夏との対決」の様子を実況生中継するような迫力を醸し出せたのではないだろうか。いや、もちろん企画者にはそれぞれの性格があるから、必ずしもそうなるわけではない。だが、その性格要因を差し引いても、命名が企画内容の表現形式にもたらす影響は想像以上に大きい。

ちなみに、「コンテンツ→タイトル」という帰納型よりも「タイトル→コンテンツ」という演繹型のほうが、メリハリのきいたダイナミックな企画になる可能性が大きい。これは、数百ものグループの企画実習の指導・評価経験から導かれた揺るぎない法則である。できたモノや企画に名前を付けるのではない。名前という一種のゴールや概念に向けてモノや企画をデザインする――このほうが言霊が企画に宿りやすいのだ。

リアルとバーチャルの逆転

駅のコンコースなどにある小さな書店を想像してほしい。規模は小さいが大手書店が出店している。そこでは文庫にしても新書にしてもビジネスパーソンに向けた売れ筋の本と新刊本が平積みになっていたりする。あとは店頭に雑誌類を買い求めやすく並べてあったりする。昨日、そんな書店をいくつか覗く機会があって、気づいたことがある。高度情報化社会などと相変わらず世に喧伝されているにもかかわらず、表題に「情報」ということばを含む本がほとんど見当たらないのである。

大きな書店のITコーナーへと出向けば、おそらく話は別なのだろう。しかし、ノンカテゴリーの一般書のタイトルから、もしかして情報というキーワードがきれいさっぱり消えようとしているのではないかと思えなくもない。もしそうだとしたら、ちょっと待てよ、今月の私塾の大阪講座のテーマは『情報の手法』なのだ。ぼくは情報の読み方・選び方・使い方・結び方をいつも気に止めながら仕事をしているのである。そして、なんだかんだと情報をうまくこなす趣向を凝らしているのである。こんなことは、もはや時代遅れなのではないか。

情報と言えば、「希少」と「貴重」によって修飾される概念に思えるような時代があった。その頃の若き証人だったぼくの世代には特有の情報観がある? そうかもしれない。それを否定することはできない。今となっては、いちいち情報などということばを振り回さなくても、そこらじゅうを飛び交っている。バーチャル空間の情報が、日常茶飯事の情報のやりとりを凌駕してしまっているのは間違いない。いや、すでにwebでの情報がリアルで、ぼくたちがアナログ的に操作している「微量情報」こそがバーチャル化あるいはバーチャル視されているのかもしれない。


初めてグランドキャニオンに旅した女子大生たちが、実物を見て「わぁ~、絵葉書みたい!」と叫んだという。この話を何かで読んだ20年程前、すでに絵葉書がリアルで眼前のグランドキャニオンがバーチャルになって逆転してしまっていたのか。かつて間接的に見たものが目の前の実景を支配している? その意識はいったい……何がなんだかわからない、まるで映画『マトリックス』のよう。いや、この類比の仕方すらが、適切なのかどうかも判然としなくなってくる。

そう言えば、ぼく自身の中でもリアルとバーチャルの逆転体験が起こることがある。たとえば、世界遺産のテレビ番組で高画質な映像を見る。その遺産をローマのコロッセオだとしよう。ハイビジョン映像は周囲をくまなく舐め、遠近微妙に調整しながら、人間の眼では体感しえない光景をあたかも実像のごとく映し出す。カメラの目線が俯瞰になれば、鳥にはなれないぼくたちの視力・視界・視線を無力化するように、上空からのパノラマが広がる。

そんな映像を何度も何度も視聴して、実際にローマに旅立ってコロッセオに対面する。あのアングルはどうすれば得られるのか。あの一番上の色褪せた外壁はどこから見るのか。ましてや、あの上空からの雄大な競技場跡の全貌はヘリコプターをチャーターしないかぎり拝むことはできない。眼前にしているコロッセオに失望しているのではない。がっかり感などもさらさらない。しかし、自力では見ることができない映像のほうがリアルで、いま自分が体験していることがバーチャルに思えてくる。見えないイデアが真で、実際に見えているものが偽のような感覚……。プラトンは正しかったのか。


リアルとバーチャルの逆転現象をある程度認めざるをえない。だが、旅の光景に関するかぎり、ぼくたちに適わないのは「構図体験」だけである。たしかに鳥瞰図には太刀打ちできない。高速で光景の中を走り抜けることも無理である。しかし、どうだろう、テレビで見る映像が絶対にできないことがある。映像は、光景を目の当たりにしている自分をそこに含めることができないのだ。旅に出る。その場所に行く。それは自分自身が光景の一部になることを実感することなのである。リアル体験がバーチャル体験に屈しない唯一の方法は、対象に近づくことなのかもしれない

イタリア紀行49 「街歩きオムニバス」

ローマⅦ

コロッセオにアッピア街道、ジャニコロの丘……。ローマ滞在記はまだ数回は続く。ここで一息入れて、これまでのローマでのぼくの足跡を未公開写真で紹介することにしたい。橋、丘、広場……朝、昼、夜……オムニバス風の一日仕立てにして綴ってみた。

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城側から見た、テヴェレ川に架かるサンタンジェロ橋。コピーだがベルニーニの天使像が歩行専用の橋に情緒を添える。
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夕暮れ時のヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世橋。同名の通りがヴァチカンからヴェネチア広場、テルミニ駅へと続く。
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ローマ市内にある七つの丘のうち一番高いクイリナーレの丘からの街並み。ローマ時代から続く歴史のある住宅地区。
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ヴァチカン近くの市場の肉屋。羊肉を買おうとしたら「半身しか売れない」。さすがにそんなには食べられない。
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オープンカフェとバール。バールの入口には年配の常連客がたむろして会話を愉しんでいる。
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ヴェネチア広場はふだんから交通量が多く、おまけに地下鉄C線の工事中。それでも観光馬車は悠然とゆっくり駆け巡る。
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ヴィットリオ・エマヌエーレⅡ世記念堂上手のカンピドーリオの丘の広場。ミケランジェロの設計。俯瞰で見れば白のラインが織り成す紋様が異彩を放つ。
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ナポレオンⅠ世広場から臨むポポロ広場とフラミニオ門方面。中央に建つオベリスクは三千年以上前にエジプトで造形された。道標に十分な36.5メートルの高さがある。この広場は、北からローマにやって来る巡礼者の「税関」の役割を果たしていた。
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丘の多いローマだから、市内を一望するスポットには事欠かないが、ピンチョの丘からの眺望はなかなかのものである。もっと広角のパノラマなら、ここにポポロ広場も含めることができる。直線距離にして2キロメートル強、ヴァチカンのクーポラが威風堂々と鎮座している。

知ると知らぬは紙一重

先週「なかったことにする話」を書いてから、しばらくして「ちょっと待てよ。もしかして誤解されているのではないか」という思いがよぎった。実は、何かをなかったことにする裏側には、何かを重宝がるという状況があることを言いそびれてしまったのである。たとえば、「なかったことにした情報」の対極には「偶然出合った情報」がある。ぼくたちは、日々膨大な量の情報をなかったことにし、ごくわずかな情報だけに巡り合っている。

出張でホテルに泊まる。チェックイン時にフロントで「朝刊をお入れしますが、ご希望の新聞はございますか?」と聞かれることがある。ぼくの場合、自宅やオフィスで購読しているのと違う新聞を指名する。一昨日の夜もそう聞かれたので、ある新聞を指名し、その朝刊が昨日の朝にドアの隙間から室内に届いていた。そこにおもしろい記事を見つけた。そして、ふと思ったのだ、「今日自宅にいたら、この情報に出合わなかったんだなあ」と。

こんな時、情報との縁を感じる。いや、そう感じるように「赤い糸」をってみる。この一期一会の瞬間、大海を成すようなその他の情報はどうでもよくなる。もちろん、こんな感覚は次から次へと読書をしている時には湧き上がってこない。仕事で情報を追いかけねばならないときは知に対して貪欲になっているから、情報の希少性が低くなってしまっている。やや情報枯渇感があるからこそ、一つの情報に縁を感じるのだ。欲張ってはいけない。情報を欲張りすぎても、つまるところ、個々の情報の価値が薄まるだけなのだろう。


一昨日新幹線で読んだ本の一節――「言葉をないがしろにすれば、そのしっぺ返しがくるのは当然 (……) 貧しい仕方でしか言葉と接触しなければ、『ボキャ貧』になるのは当たり前」。これがぼくの持論と波長が合ったので下線を引いておいた。

8月と9月に私塾で「ことば」を取り上げるので、上記の一節は身に沁みる。特別な努力を払わなくても、誰もがことばをそこそこ操れる。これが、まずいことになる。何とか使えてしまうから、ことばをなめてしまうのである。それはともかく、このことをずっと考えながら、昨日の夕方に書店に立ち寄り、ことば論とは無縁の、ふと手に取った一冊の本の、これまたふとめくったページの小見出しに「言葉の不思議な力」を見つけてしまったら、縁の糸が真っ赤に染まるのもやむをえない。立ち読みせずに買って、いま手元にある(縁で巡り合ったが、何度も読み返せるのでもはや一期一会ではないが)。

隣りの一冊を適当に繰ってみたら別の情報が目に飛び込んできたのだろう。もしかすると、そこにも別の縁があったのかもしれない。新聞にせよ本にせよ、ある情報を知るか知らぬかは、文字通り紙一重だ。間違いなく言えることは、知りえた情報は存在したのだが、知りえなかった情報はなかったことにするしかない。なかったことにする潔さが、紙一重で知りえた情報を生かすことになる。個々人における知の集積は、気の遠くなるような無知を後景にした、ほんのささやかな前景にすぎない。縁の情報がその前景に色を添えてくれる。

打たれ強い無難主義

先週末の私塾のテーマは『解決の手法』。そのテキストの第2話「現実、理想、解決型思考」の冒頭を次のように書き始めている。

漠然と考えたり意識が弱かったりすると、問題に気づくことなく、無難に日々を過ごしてしまう。ゆえに、そういう人は問題解決の経験が少ないため、方法を変えることもない。現代人は目先にとらわれた、単発で短期的な思考に偏重している。時代を象徴する新しい問題や状況に対して、人間らしく対応することができない。(後略)

迅速に意思決定をしたり問題解決をしたりするのは「ある種の戦闘」だと思う。もちろん戦闘には規模とリスクの大小はある。たとえば、洋服のボタンが一つ取れた程度の「マイナスの変化」を迅速な意思決定の対象とし、なおかつその変化を「ゆゆしき問題」と見なしてタックルすることはない。だが、理不尽なクレームを突きつけられたりしたら本能的に戦うべきだろうし、負けないための戦術も練らねばならない。意思決定から逃げてペンディングにしても問題は勝手に解けてはくれない。


巣立ちをして社会に飛び出すのを躊躇したり遅らせる人たちをモラトリアム人間と呼んだ時代があった(1970年代後半)。この頃に大学生をしていた連中がいま五十歳前後である。彼らがモラトリアム世代と呼ばれたフシもあったが、わが国ではいつの時代のどの世代でもモラトリアムは多数派を占めている。ぼくよりほんの三歳ほど上の団塊の世代にだってモラトリアム人間が大勢いる。世代ごとに特徴はあるのだが、日本人には無難主義の精神が備わっており、その精神はすべての世代に浸透している。

企画研修で演習をおこなう。現実離れをしてもいいから、思い切った企画案(問題解決案)を期待するが、十中八九無難に終わる。やさしいテーマと難しいテーマがあれば、ほぼ全員が前者を選ぶ。問題と向き合わない、睨み合いしない、したがって戦うことはない。まるで「かくあらねばならないという絶対的な知の法則」に支配されているかのようだ。

学校時代に一つの正解を求めなければならない難問に苦しめられたために、実社会では〈アポリア〉という、解決不可能に思える超難問を避けようとする。あらゆる妙案も打たれ強い無難主義の前では無力の烙印を押されてしまう。誰もが無難であることに気づいていないから、その無意識の強さは鉄板のごとしだ。「マイナスの変化」にプラスのエネルギーを注いでやっとプラスマイナスゼロなのに、無難主義はマイナスの大半を受容してしまう。その変化の次なる変化は次世代へと先送りされる。