人口爆発!

ぼくが生まれ、小学低学年時代を送った1950年代、日本の人口は世界5位だった。社会科で教わった中国、インド、アメリカ、ソ連、日本という順位をよく覚えている。現在に至るまで、上位の三国は変わっていない。ソビエト連邦が解体してからはインドネシアがずっと4位。ブラジル、パキスタン、バングラデシュ、ナイジェリアなどが追い越し、日本は現在10位である。ランキングマニアはどう言うか知らないが、ぼくはこの数字を見てすごいと思っている。FIFAのランクより上だ。

初めて「人口爆発」を耳にしたときは物騒な表現だと感じたものの、人間の数など一気に増えるものではない、仕掛けた爆弾が爆発するのとはわけが違うという受け止め方だった。ところが、産業革命の頃からではなく、有史以来からのグラフを見てみると、「右肩上がり」などは悠長な表現であることがわかる。ぼくの生まれた1950年代から急激に垂直と言ってもいいほどの方向に向かい始めているのだ。

そして、ついにと言うべきか、予想通りと言うべきか、わずかこの半世紀で2倍以上に膨らんだ人口が、20111031日に記念すべき70億人に達したのである。少子化の懸念が強いわが国にしても昭和初期から見れば倍増している。予測では780年後にはその水準に戻るらしいが、それでも現在のフランス、イギリス、イタリアなどと同じ6,000万人前後だ。そうなる頃、これらの国の人口はさらに減少しているはずである。


西暦1800年の頃の世界人口は10億人だったそうだ。二百年で7倍である。紀元前、人口が1 億人増えるのに要したのは2500年。ところが、今では10億人増えるのにわずか12年という爆発ぶりである。人類が70億人をカウントした翌日の111日の午前8時、すでに25万人近くが増えていた。人口増加とは「誕生者-死亡者」であるから、実際はもっと大勢の赤ん坊が生まれていることになる。

文化の日の昨日の午前8時には70億にプラス61万人だった。その翌日の今日の午前中に見たら、80万人を超えていた。明朝には100万人を超えているはずである。関心がおありなら、http://arkot.com/jinkou/を覗かれるといい。〈世界人口時計〉なるものだ。その時々の心理によるが、刻々と増えていく数値を見ていると不思議な気分になってくる。また、何事かを考えようとしている自分に気づく。

なお、人ではなく、お金が湯水にように流されていく刻一刻を体感したければ、こちらの〈日本借金時計〉。馬鹿らしさを通りすぎて笑ってしまうだろう。http://debt.blogp.jp/

苦情の語調

十日前に焼鳥屋の日替りランチを食べた。ランチの話題はふつう味云々ということになるのだろうが、そうではない。もう一度書くが、食べたのは日替りランチである。カラアゲ定食ではない。ぼくと知人男性の二人で行った。知人はカラアゲが好物である。その日替りランチを注文した。鶏のカラアゲ、豚肉とオクラの炒めもの(スパゲッティ添え)、コロッケの三品がワンプレート。これに小鉢一品。もちろん、ご飯と味噌汁とお新香もついている。以上がプロット。

ぼくたちの23分後に入店してきた男性3人が隣のテーブルにつき、同じ日替りを注文した。しかし、ランチは彼らに先に配膳された。時間差なくサーブされる可能性があるので、まあいい。これくらいのことで文句は言わない。言わないでよかった、ほどなくして日替りが来たから。しかし、持って来たのは一人前のみ。ぼくの前に置いた。同じものを頼んだのだから、当然すぐに来ると思い、「じゃあ、お先」とゆっくり食べ始めた。

だが、待つこと数分、あと一人分が来ない。「よし、ここで一言しておくか」と思ったちょうどその時に来た。女性店員は知人の前にランチを置いてそそくさと去る。その盛り付けを見て呆れた。キャベツの上にカラアゲが寂しそうにポツンと1個ではないか。ぼくのは3個だ。メニューの日替りランチの内訳の一つ目にカラアゲと書いてある。味噌汁の多少ならともかく、カラアゲの個数を人によって変えてはいけないだろう。これで三度目、店員を呼びつけようとしたら、知人がぼくの殺気を感じたのか、「あ、自分で言います」とつぶやいたので、任せた。


後ろを通りかかった別の店員を呼び止め、人のいい知人はまだ手をつけていないカラアゲ1個を指差して、「すみません、これちょっと少ないんですけど……」と言った。とても上品だが、こんな文句の言い方では話にならない。間髪を入れずに、「同じランチを注文して、こっちがカラアゲ3個で、今来たのが1個というのはおかしいだろ!?」とぼくが追い打ちをかけた。店員の顔に「しまった」と「どうしよう」が錯綜した表情が浮かんでいる。

結論から言うと、厨房の男性が小皿にカラアゲ2個を持って来て詫びた。「なんでこんなことになるんでしょうね?」と知人は怒る様子もなく、ぼくにつぶやく。「店ぐるみの準確信犯だよ、これは」とぼく。「その時間ごとにおかずの増減が起こるから、グループが違えばおかずの量を調整する。カラアゲが足りなくなって1個にした。その穴埋めのつもりで、きみの豚肉とオクラの量を多めにしたんだろう」。

同じグループだが、何かの拍子に厨房への注文が別扱いになった。運んできた店員は一人客だと思っていたが、二人連れで、しかも先に一人前がサーブされているのに気づいた。だが、カラアゲ1個はやばいと思いながらも、そのまま置いていったに違いない……というようなことを知人に話したら、「ただの凡ミスではないですかね?」と鷹揚である。物分りがよすぎるのも困ったものである。

店員の顔には、「カラアゲ1個はまずいが、ええい、ままよ! 何か言われたらその時はその時」という表情が明らかに浮かんでいた。「きみね、クレームのつけ方が穏やかすぎる。化け物のようなクレーマーになってはいけないが、毅然とした語気の強さを欠いてはいけない」とぼくは知人に言った。「これちょっと少ないんですけど……」はない。学校給食と違うんだから。店を出る頃、店の対応よりも知人の対応にぼくは苛立っていた。

時には見て見ぬふり

バッグが落ちた。「堕ちぶれたバッグ」ではなく、文字通りの「落ちたバッグ」。しかも、他人のバッグ。特急列車に乗ると、膝の前あたり――つまり前席の背面――に網袋がある。上部の口がゴムになっているから、ペットボトルや雑誌をはさんでも落ちてこない。弁当をタテにしてはさむこともある。最近の弁当箱は細かく仕切りられているので、おかずの位置はあまり乱れない。

たいていの特急は通路をはさんで左右が二席ずつ。進行方向に向かって、左から窓側A、通路側B、通路側C、窓側D。その日座ったのはD席だった。しばらくして、二十代前半らしき女性三人組が乗ってきた。二人が通路向こうのA席とB席、そしてもう一人がぼくの隣のC席に座った。最初の数分間、彼女らは通路をはさんで楽しそうに話していたが、通路向こうのどちらかが「私、寝ようっと」と言ってからは静かになった。

ぼくは読書に集中していた。隣の女性(仮にC嬢)はしばらく携帯でメールをしていた。別に携帯ディスプレイを覗き見したわけではない。否応無しにぼくの視界に入ってくる。なにしろ、本の左ページの端とC嬢の右手の距離はほんの30センチほどしかない。突然、C嬢は携帯を閉じて膝の上に置いていたバッグに入れた。そんな動作すらわかってしまう。バッグはマチのない柔らかそうな皮製で、おそらく40×50センチくらいの大きさだ。もう一度書くが、ぼくは何一つ細かく観察などしていない。隣人の動作が勝手に視界に入ってきたのである。


C嬢は前方の網袋に、絶対入り切りそうもないそのバッグを挟んだ。挟んだだけなので、全体の8割ほどがゴムの口の上方にはみ出ている。バッグをそんな状態にしたまま、C嬢はトイレに立った。列車は揺れる。案の定、ほんの10秒も経たないうちにバッグが床に落ちた。ぼくは通路向こうのA嬢とB嬢のほうに目をやったが、二人ともすでに安眠態勢に入っていて、気づくはずもない。

自分の前を歩く人が財布を落としたら、その財布を拾って歩み寄り「落ちていましたよ」と言える。しかし、この場合、バッグは落ちたが本人がそこにいない。隣の見知らぬ男がそのバッグを拾い上げて、座席に置くとしよう。戻ってきたC嬢は本を読み耽っているように見えるぼくを怪しむに違いない。最悪は、バッグを手にしているちょうどその時に目撃される場合だ。どんなに正当な理由をつけようとも、言い逃れはできない。

拾って座席に置いてあげても、C嬢が戻ってきたら自分から状況説明するしかない。「あなたが席を離れた後にバッグが床に落ちました。拾って座席に置いておきました」とわざわざ言うのか。ただ隣に座っているだけの、見も知らずの男のそのような言をぼくなら信用しない。要するに、本人不在のこのような状況で落ちたバッグには絶対に触れてはいけないのである。ゆえに、ぼくは見て見ぬふりをして本を読み続けていた。戻ってきたC嬢は落ちているバッグを見て、その後にぼくの横顔を睨んだに違いない。当然バッグの中を丹念にチェックしていた。やむをえない。ぼくだってそうしただろう。

あることを知りながら気づかなかったふりをするのは耐えがたい。だが、これしかすべはなかった。「見て見ぬふり」はけしからんと思っていたが、やむをえない自己防衛なのかもしれない。ぼくの中ではややすっきりしないものが残っているが、「知らなかったくせに気づいていたふりをする」よりはましかもしれない。

ビジュアルインパクト

本を読んでいてすっとアタマに入る文章はビジュアル的だと言える。イメージを促してくれるという理由だけで必ずしもいい文章とは言い切れないが、疲れているときの読書ではありがたい。これに対して、難解な文章はイメージと連動しにくいから、概念を自分で組み立てなければならない。組み立て間違いをするとイメージが完成しないので、さっぱりわからなくなってしまう。だから逆説的に言えば、時々難解な本を読んで頭脳鍛錬する必要があるのだ。

自分で書いたノートにも同じことが言える。なんでこんなにこね回して書いていたのだろうと怪訝に思う箇所に再会する。理解するのに時間がかかる。めげずに「自分が書いた文章じゃないか」と思い直して読んでみても、いっこうに意味が鮮明になってこない。それもそのはず、十年も前の自分はもはや今の自分ではなく、ほぼ他人と呼ぶべき存在なのだから。

そんな昔のノートを読んでいて、気づくことがある。文章で「夕焼けが美しい」と書いてもイメージが湧くとはかぎらない。「青い空に青い海」などと当たり前のように言われても、脳は絵を描いてくれないものである。むしろ、「ご飯に梅干し」と言ってもらうほうが、即座にイメージが浮かんでくる。実物のビジュアルインパクトが強くても、文章化すると平凡になることもあるのだ。どうやら文章のビジュアルインパクトの強弱は話題と強く関わるらしい。


文章で読んだ話にもかかわらず、画像や動画として編集されリアルに再生される。実に不思議である。

そこで懐かしい話題。ぼくのアタマに刷り込まれていて、いつでも物語を再現できる、偽札づくりの話だ。結果的にその達人は逮捕されたのだが、尋常でない手先の器用さに驚嘆した。達人は一万円札を半分に切る。左右半分、上下半分などにカットするのではない。表と裏に切るのである。つまり、0.1ミリほどの厚さの一万円札から「福沢諭吉の表面のみを剥がす」のである。表を剥がせば、一万円札は表と裏に分かれる。

新聞記事でこのくだりを読んでいるとき、ぼくのアタマではカッターナイフ片手に一万円札を剥がそうとしている自分がいた。一緒に万札偽造をしていたのである。次いで達人は、あらかじめ裏面だけをカラーコピーした薄い紙に本物から剥がした表面を貼る。表面をコピーした薄紙には本物の裏面を貼り合わせる。こうして一万円札が二枚に化ける。

あれだけ薄いお札の「表皮」を剥がし、コピーした薄い「台紙」に貼り合わせることができるだろうか。これは芸術的器用さというような次元の話ではなく、超能力的な匠の技を要する。ぼくは想像を馳せながら、この仕事はおそらく日本で一番労力と根気を要する一万円の儲け方だと思った。金箔工芸の分野なら即戦力になるではないか。勝手にぼくのアタマで短編映画になって何度も上映されるほど、この話題はビジュアルインパクトが強い。そして、想像するたびに、適所と適材を間違ってはいけないと痛感するのである。

蒼ざめる彼がいた

地下鉄の車内。ぼくの前、一列の座席に6、7人が座っている。そのうちの半数が携帯電話を触っている。車内をざっと見渡せば、34割が画面を見ているようだ。メールかゲームかツイッターかのいずれかに違いない。リベラルに考えるほうなので、マナーがどうのこうのと目くじらを立てない。一人で移動中なら本を読むのも瞑想するのも携帯を操るのも大差はない。

少々残念に思うのは、家族連れなのに、子どもそっちのけでメールに没頭している親の姿。それに、二人でいるのにそれぞれが携帯を眺めているという光景。会話することもないのなら、一緒にいる必要などないだろう。かく言うぼくは、出張で長距離・長時間の車中ではほとんど読書をするか何かを書いている。時々うたたねをし、時々携帯で将棋をする。しかし、アプリの対戦相手であるコンピュータは上級モードでもあまり強くないので、すぐに飽きてしまう。

相談をよく受ける。ぼくから招くことはほとんどなく、たいて相手から相談事があると言ってオフィスにやってくる。ほんの半時間のうちに相手の携帯が二度三度と鳴る。メールの音、着信の音。「ちょっとすみません」と言って部屋を出て応答しても、ぼくは顔色一つ変えないで戻るのを待つ。着信音が鳴り遠慮して応答しなければ「電話に出てくださいよ」と促す。話に熱が入って予定の時間を過ぎると、相手は部屋の時計にちょくちょく目をやる。おそらく次の予定の時間が迫っているのだろう。「今ここに集中できない、気の散る人だなあ」とは思うが、知らん顔している。


電源オフかマナーモードに設定するのを失念して、講演や研修の最中に携帯を鳴らせてしまう人もいる。案外多いもので、三回に一回の割合だろうか。こんな時もポーカーフェースで話し続ける。携帯の音に負けないようにほんの少し地声のボリュームを上げる。と、こんな話を知人にしていたら、その知人もほとんどの場合意に介さないと言う。ぼくも知人も寛容の人なのである。但し、この知人は同一人物に対しては二度までしか許容しないと付け足した。

業者さんの一人で、若手だがなかなか見所のある男がいたらしい。気に入ったので応接室に招き、談話をした。かかってきた電話にその彼はそのつど応対したらしい。知人は別に何とも思わなかったと言う。次に会った時にランチに誘った。その時も一度だけだが、席を立ってレストランの外へ出て電話に応答したようだ。ランチの最中に数分間中座したので、「食事に誘われていながら……」とは思ったが、「まあ、いいか」と思い直した。

後日。いい仕事もしてくれるので、行きつけのちょっと高級感のある小料理店に連れて行った。知人は極力仕事とは関係のない世間話や自分の経験談を肴にした。若い男も料理の三品目くらいまでは問いかけたり身の上話をしたりしたそうだ。しかし、ふいにスマホを取り出して、「すみません、ここは何という店ですか?」と尋ねてツイッターをし始めたというのである。三度目の正直、知人は切れた。「顧客と飯食って会話している時に、携帯に触るな!」と一喝した。状況を飲み込めず、呆然と蒼ざめる彼。

その後の取引関係がどうなったのか知らないが、知人は「過去形」で語っていたので、だいたいの見当はつく。ぼくは同じような場面でこのような一事が万事の行為をめったに取らないが、知人の対応に理不尽を唱えることはできない。いや、むしろ共感する次第である。携帯やスマホが悪いのではない。「心ここにあらず」が目の前の人に失礼なのだ。

エレベーターの話、二題

もう10年近く前の話である。「エレベーターには不思議な法則があるんですよ。ビル内の二基のエレベーターは、たいてい仲良く並んで上下します。若干の差があるにしても、一基が5階、もう一基が6階というふうに動くのです」と知人がつぶやいた。「そんなバカな!」とぼく。「いつもとは言いませんが、だいたいそうなんです。それに……」と言って、もう一つの法則を示した。「1階から乗ろうとしたら、二基のエレベーターがいずれも地下へ向かっているか、7、8階あたりで並んでいます。」

エレベーターに意思があるはずもない。左側と右側の二基が結託しているとも思えない、また、いつ何人の客がどの階でボタンを押して乗ってくるのかをエレベーターが予知する必要などない……と適当に聞き流しておいた。しかし、その直後からエレベーターを利用するたびに知人の法則をつい思い出すようになった。そして、驚いたことに、ほとんどの場合、彼の法則が当てはまっていたのである。

しかし、意識してから数日も経たないうちに法則は心理的なものであることがわかった。少し待って乗る時や1階にちょうどエレベーターが止まっている時、ぼくたちは苛立たないし、二基のエレベーターの現在位置に注意を向けない。但し、1階から乗る時にエレベーターがちょうど1階に止まっている確率は低い。ゆえに待つ。待っているあいだに目線が二基のエレベーターの位置ランプに向く。たまに二基が並んでいたりすると、「一方が上層階、他方が下層階になるようにすればいいのに……」と少し苛立つ。以上が事の次第である。すぐに乗れない時の心理を法則化しているにすぎない。


よく利用していたJR駅にエレベーターがあった。地上階と改札口を単純に行き来するだけのエレベーターである。途中階はない。きわめてのろまな動きをするので、おそらく階段を利用するほうが早い。

ご丁寧にもこのエレベーターは音声アナウンスする。地上階で乗り「閉ボタン」を押すと、「ドアが閉まります」と女の声で告げてドアが閉まる。のろまなこいつはなかなか動かないが、利用者はエレベーターが自動的に改札口に向かうはずなので、しばし待つ。すると、再び女の声でこいつが言う、「行き先ボタンを押してください」。

「おい、他に行くあてでもあるのか? 行き先は決まってるだろ!」と条件反射してしまう。ボタンを押した瞬間、ドアを閉めてさっさと2階の改札口へ向けて出発すればいいではないか。恥ずかしながら、もしかして改札口以外に行き先のオプションがあるのだろうかと、ぼくはエレベーター内のありとあらゆる表示をチェックしたことがある。今はこの駅を利用していないが、「このマニュアル女!」と擬人化して苛立っている利用者がいるに違いない。

公開される偏差値

情報公開の時代である。ぼくが関わる領域では、行政職員の研修講師として市民に公開されることがある。簡単なプロフィールと研修タイムテーブル、研修のねらいなどがPDFになっている。やがてこのような公開情報が加速すると、ランキングや通信簿が掲載されても不思議ではない。そんなに下手くそではないと自負しているので怯えはないが、時給報酬が丸裸にされてはたまらない。

二年前にロサンゼルス近郊のコストコに行き、レジで勘定を済ませた。目の前の壁に大きな貼り紙がしてある。「会員サービス優秀従業員一覧」がそれだ。レジで処理する個数、スピード、ミスの少なさなどに基づいてランキングを毎日更新して発表しているのである。

Costco.jpgランキング上位ならいいが、実名で下位に名を連ねるとさぞかしつらいだろう。レジで名札を見れば、その社員がどんな成績か一目瞭然である。アメとムチという表現があるが、上位者にとってもこの成績発表はアメとは思えない。明日はわが身、誰にとってもムチなのではないか。

日本で大手のウェアハウスやメガマーケットに出掛けることはないので、類例があるのかどうか知らない。仮にあるとしても全名簿の全成績はちょっと考えにくい。あったとしても、おそらく上位数名の表彰にかぎられるのではないか。

☆     ☆     ☆

そんなふうに思っていたが、3月上旬にデジタルカメラの新機種を求めて家電量販店に行ったところ、貼り出されている通信簿を見つけたのである。携帯電話会社の一角、「お客様サービス満足度ランキング」と題して1位から17位までの全員が発表されている。お目当てはデジカメだったが、この機会を逃してはならぬとばかりに、スマートフォンに興味を示す振りをして近づいた。説明を担当してくれた三十代半ばの男性はスマートに説明してくれた。少しマイペースに過ぎる話しぶりだったが、まずまずの満足度。後でランクを見たら4位だった。

こうなると最下位チェックをしてみたくなる。名前はSだ。ちょうどいいタイミングでスマートフォンにちなむイベントが始まった。三十人近い客が説明役のコンパニオンを囲む。客の群れの周辺には数名のスタッフがスタンバイしている。コンパニオンの説明をそっちのけで、少しずつ場所を移動して最下位のSを探しあてた。「ちょっといいですか」と声を掛け、「別会社の携帯を法人契約しているのだけれど、たとえばナンバーポータビリティで法人契約のままスマートフォンに切り替えられますか?」と尋ねた。でっち上げの質問ではなく、現実に関心のあった質問である。

とても人あたりのいい表情のSは「ちょっとお待ちください」と言って走り出し、先輩風のスタッフと一言二言交わしてから戻ってきた。4位に比べればたどたどしい話しぶりだが、悪くはない。次いで別の質問をしたら、明快ではないものの答えが戻ってきた。「なるほどね」と言ってぼくが黙っていると、Sも笑みを浮かべて黙っている。次なる質問を待っているのである。その後もぼくがリードする形でやりとりをした。この彼が最下位とは、さぞかし他のスタッフの水準は高いのだろうと推測した。もしかすると、これはSという標準クラスをわざと最下位に置いた戦略ではないのかと思ったりした。

帰路、冷静に振り返ってみた。はたしてSは合格か不合格か? 二者択一ならやっぱり不合格なのである。最下位になるかどうかは客全体の総評で決まるだろうが、ぼくの評定は失格だった。自ら問いかけのできない顧客に対してSはおそらく非力に違いない。顔の表情や話の上手下手などどうでもいい。接客担当者は何よりもまず、自らコミュニケーションをリードしなければならない。問いのないところに分け入るタイミングと話題づくりにおいてSは何もしなかった。あれから3ヵ月が過ぎた。さて、順位が下がりようのないSのランキングはどうなっただろうか。もしかすると、名前が消えているかもしれない。

「みんなやっている」

「みんな」とは「みな」のこと。みなさんや皆様のように「さん」や「様」をつけるのならいいが、単独で「皆」は使いにくい。「皆の者」や天皇陛下の「皆の幸せ」などを連想するからである。「みな」と言えるような立場ではない、と思ってしまう。いきおい誰もが「みんな」という言い方をするようになった。「みんな」イコール「すべての人」。誰もかも。ぼくもあなたも彼も彼女も。複数にすれば、ぼくたちもあなたたちも彼らも。「みな」が「みんな」に変わるような変化は専門的には〈撥音はつおん化〉と呼ばれる。

みんなと言えば、古くは「赤信号 みんなで渡れば 怖くない」(ビートたけし)。歩行者による信号無視は始末が悪いが、大勢なら大胆にやってしまっても罪に問われにくいというふてぶてしい心理か。みんなが集まることによって、強がることができる。シェルター効果もある。自分一人でありながら、全体でもある便利さ。英語の“everybody”もそう。単数扱いながら、この語は複数の人々を念頭に置いている。あの「みんなの党」にも同じようなニュアンスを感じてしまう。

だいぶ前になるが、大阪の路上駐車違反をテーマにした総理府の広報ビデオがよく流れていた。買物から停めていた車に戻ってきたおばちゃんに警察官が違法駐車のチケットを切る。速攻の条件反射でおばちゃんが、詭弁を並べてまくしたてるのである。そのセリフが「みんなやってるやんか! 私だけちゃうやん!」だった。「みんなやっているでしょ! 私だけじゃないわ!」という標準語に翻訳しておく。


この一件だけを例外として認めさせないぞという力が「みんな」には備わっていそうだ。口実にもなるし自己正当化にもなる。しかも、説明もせず理由も示さずに説得する力も秘めている。「こちらの商品ですね、皆さん、よく買われていますよ」「こちらの料理は当店人気ナンバーワンです」(これ、すなわち「みんなの御用達」)、「どなたも、これをお土産にされています」……こんな常套句に騙されてなるものかと思いながらも、気がつけば、みんな買っている、みんな食べている、みんな土産にしてしまっている。

『世界の日本人ジョーク集』(早坂隆)という本から、一つジョークを紹介しよう。

ある豪華客船が航海の最中に沈みだした。船長は乗客たちに速やかに船から脱出して海に飛び込むように、指示しなければならなかった。船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。

アメリカ人には「飛び込めばあなたは英雄ですよ」

イギリス人には「飛び込めばあなたは紳士です」

ドイツ人には「飛び込むのがこの船の規則となっています」

イタリア人には「飛び込むと女性にもてますよ」

フランス人には「飛び込まないでください」

日本人には「みんな・・・飛び込んでますよ」

今では知る人ぞ知るジョークになった。それぞれの国民性が見事にワンポイントで表されている。ヒーロー、紳士の心得、規則遵守、もてる男、アマノジャクが米英独伊仏でそれぞれ象徴されている。そして、日本人と「みんな」の相性の良さ! 「自分でも特定の誰かでもなく、みんなに従う日本人」は、世界の人たちの目に滑稽に映っているのだ。「みんな」は日本人に対して〈不特定多数の匿名的権威〉という確固たるポジションを築いているようである。

いつもルネサンス

軽薄は論外だが、ざっくばらんな会話を慎まねばならない雰囲気がそこかしこにある。めったに神妙にならない彼や彼女にとってはいい機会になっている。つねにふざけるのもつねに生真面目であるのも窮屈だ。ぼくたちは笑ったり泣いたりし、はしゃいだりがっかりする。喜怒哀楽とはとてもよくできた熟語である。

悩める「彼」に今朝一番にメールを送った。「自然に突き放され見捨てられ、呆然とするしかない災害の地。復興不可能と思われるこの状況から、人々は自浄し始め、やがて自立する。過去の歴史で、それができなかった時代は一度もない。人間は立ち上がれるようになっている」という書き出し。このあと数十行書いて送信をクリックした。「どんな状況にあっても人はまだまだ救われている」というぼくの信念を届けた。

ふと古代遺跡ポンペイを思い出す。都市構造、政治形態、生活様式などどれを取っても、近代の街とほとんど変わらぬ先進都市だったイタリア南部のポンペイ。紀元6225日、激しい地震が襲った。一般にはこの地震と同時にポンペイが埋もれたと思われているが、そうではない。ポンペイは大打撃を受けたが、着実に再生・復興に尽力していた。ポンペイが消失するのはこの17年後、紀元79824日である。ヴェスヴィオ火山が火柱を吹き上げ、火砕流がまたたく間に街ごと舐め尽くした。千数百年間、ポンペイは後世に知られざる存在となった。9年前のちょうど今頃、ぼくはポンペイの遺跡に佇んでデジャヴのように郷愁を覚えた。


千数百年も経ってしまえば、もはや再建に未練などない。あの遺跡はタイムカプセルから取り出された二千年前の街の姿そのものである。文明の度合いはさておき、人々の文化的生活は古今東西ほとんど変わっていない。いや、むしろ自然との調和的暮らしぶりということになれば、現代人は古代人に大いに学ぶべきだろう。巨大都市を構築するのが文明的進化である。環境にとって人類にとって、その収支決算をしてみるべきではないか。

とても幼稚で単純だが、文明と文化にはぼくなりに意味区分をつけている。前者は公的で土建的、自然利用である。人類と自然の闘いでもある。後者は私的で土壌的で自然共生的である。文明的であるとは超大なまでに発展的に生きることであり、文化的であるとはゆっくりと持続可能的に生きることである。繁栄の上に胡座をかくと人は文明的に生きようとする。時々文化的生活を思い出すのがいい。車に乗らずに歩く――ただこれだけでいい。

〈ルネサンス〉とは過去の単純な再現ではない。物的な意味合いよりも精神性・文化性が強いこのことばは、すぐれたものの進化的な刷新をも意味している。古代ギリシア・ローマの芸術と文芸の精神を引き継ぎながら、その単純再現だけにとどまらず、創生へと向かったのが本家ルネサンスだった。今日は昨日の、そして過去のルネサンスの日である。明日は今日までのルネサンス。日々ルネサンス。こう思うだけで毎日ワクワクする。こんな調子だから、青二才と揶揄されるのも納得がいく。

自然の摂理に思うこと

世の中の事件や動きに同期して書くことはあまりないけれども、今回ばかりは無言で居続けるわけにはいかない。

311日午後246分、大阪のオフィス。座っている椅子が誰かにゆっくりと揺さぶられるように動いた。次いでビルそのものが横に揺れ始めた。立ち上がって別室へ行く。立っているだけで、脳が眩暈めまいの症状を訴え始めている。大阪にいても感じるその後の余震は数回。ぼくは少々の揺れにも過敏な体質なので、日曜日の今も目の奥が重く、船酔いしたような感覚が残っている。

しばらくしてからテレビをつけると、大津波が大小の船をまるでプラモデルを扱うように岸壁に放り上げていた。怒涛の海水が街を襲っている。その凄まじさをしのぐような猛スピードで今度は水が引いていく。おぞましい、戦慄すべき光景。偶然だが、『方丈記』を再読しようと思って一週間前にダンボールから出したところだった。

行く川の流れは絶えずして、しかも もとの水にあらず。淀みに浮ぶ うたかたは、かつ消えかつ結びて、久しく止まる事なし。世の中にある人と住家と、またかくの如し。

この有名な出だしから数段後に次の文章が現れる。

おびただしき大地震おおないふること侍りき。そのさま世の常ならず。山崩れて、川をうずみ、海はかたぶきて、陸地くがちをひたせり。土さけて、水湧き出で、いはお割れて、谷にまろび入る。渚こぐ船は、浪にたゞよひ、道行く馬は、足の立處をまどはす。都のほとりには、在々所々ざいざいしょしょ、堂舍塔廟たふべう、一つとして全からず。或は崩れ、或は倒れぬ。ちり灰立ち上りて、盛んなる煙の如し。地の動き、家の破るゝ音、いかづちに異ならず。家の中に居れば、忽ちにひしげんとなす。走り出づれば、地割れ裂く。翼なければ空をも飛ぶべからず。龍ならばや雲にも登らむ。おそれの中におそるべかりけるは、たゞ地震ないなりけりとこそ覺え侍りしか。

元暦の大地震(1185年)の様子である。山紫水明の四季折々の風情に旬の食材の恵みと、ぼくたちはこの風土に育まれてきた。同時に、この国土特有の自然の振る舞い――人から見れば災害――を、いつの時代も覚悟せねばならない。八百年前の鴨長明の文体は古めかしいが、描写された自然の猛威は今もまったく同じである。


11日に帰宅すると自宅の電話に留守電が入っていた。安否を気遣うアメリカからの声だった。彼らにすれば、カリフォルニア州と同じ面積の日本だから、東北地方と大阪の距離感などあまりない。実際、その通りで、この国の地震を都道府県別に色分けしている場合ではない。すべての災害は自分の災害と認識すべきだ。一つの自治体や行政機関がまるごと壊滅する現実を突きつけられたかぎり、市町村主体の災害対策を再考せねばならない。

昨晩からずっと考えている。誰かが言った、「この世に神も仏もいないのか!?」 どうやらいないようだ。醒めた口調で言っているのではない。鹿児島に向かった一月末のあの日、直前に噴火した新燃岳の巨大な噴煙の真横を飛行機で飛んだ。あのとき、46億年前に誕生した地球の中でマグマがまだ燃え続けているエネルギーをあらためて思い知った。神仏さえも抗えない自然の力。

この世界に存在するもの・存在関係があるものは、自然、自然と生命、人間どうしの三つなのだろう。そして、忘れてならないのは、人間がこの世界を支配などしていないという真理である。人間は自然の摂理に従って生きる諸々の生命体の一つにすぎない。そして、自然はほとんどの場合、人間にありとあらゆるものを与えてよく面倒を見てくれるのである。しかし、摂理の一つとして「自然は振る舞う」。振る舞いは天罰でもなければ、人を裁くものでもない。ただ摂理である。自然のルールの中では、人間どうしが知恵を出し合って生きていくほかない。

一面だけでなく、新聞のほぼ全紙面には凝視するのがつらい大きな見出しが並ぶ。テレビの災害報道もしばらく続くだろう。知人はみな無事だったが、それとは別に、さっき耳にした万人単位の行方不明の報道に気も力も抜けてしまった。それでもなお、アメリカの新聞が見出しに書いた“sturdy”の一語に救われ励まされる。厳しい自然の振る舞いをも受容してきたぼくたちを「不屈」と形容しているのである。