本読みのモノローグ

たいして本を読んでこなかった人が、一冊の読書入門書を機に読書の魅力に惹かれた。本への意欲が高まり、その後も読書術の本を何冊も読破した。だが、辿り着いた先は読書の方法と推薦図書の長いリストだった。待ち望んでいたのは読みたい本を好きな時に楽しむことだったのに……。

強迫観念に苛まれて、本との付き合いに器用さを欠く。決して他人事ではない。読書は自分流であっていいという立ち位置から軽くつぶやいてみたい。題して、『本読みのモノローグ』

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読書の荷の重さを感じたら、どこかに出掛けて他人の話を聴く状況を想像すればいい。その面倒に比べれば、読書は実に気楽で安上がりな方法ではないか。読書はある種の疑似体験だが、実社会にはめったにない希少な知の僥倖に巡り合うことがある。

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あれもこれもと読みたい本は日に日に膨れ上がる。「慌てて読むことはない、速く読んでも何も残らない」と諦観しておこう。気まぐれに本を手に取り、ゆっくり読むのがいい。著者が時間をかけて書いた本ならなおさらだ。読書は冊数を競うものではない。

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本と読書はイコールではないのに、イコールだと錯覚しがちである。

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読書に「パーセンテージ発想」は厳禁。たとえば「百冊買ったのに、まだ一割しか読んでいない」と嘆いたりすること。残りの九十冊が現時点で未読状態ということにすぎないのに、森羅万象を無限大の分母として知を量ろうとしてしまう愚。分母に気を取られると読書は難行苦行と化す。

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どんな本を読むべきか、いかに読むべきかについて他人の尺度を気にすることはない。本と読書には自由気ままが許されている。かつて禁じられた時代もあったが、今では本と読書に関してはめったなことでは文句を言われないし強制されることもない。

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人物が気に食わないからと言って退席すれば一大事。しかし、本の場合は気に入らなければ閉じれば済む。読むのをやめるという行為も読書体験の内にある。本には読むという選択と読まないという選択が用意されている。

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放蕩三昧の勇気なく、ふてぶてしく無為徒食もできないくせに、日々刻苦精励に努めない。こういう生き方同様に、おおむね人は中途半端に本を読む。それも一つの読み方ではあるが……。

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蔵書は読むことを前提に本棚に収まっているが、出番がない時は読書人の後景として控えている。

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惰性でも読めてしまう本と高度な深読みを迫る本がある。前者の本が役に立つことはめったになく、また、後者の本で身についた思考が必ずしも功を奏すとは限らない。本に恵まれず読書も不調なら、読書の「プチ断食」に挑戦してみよう。これで読書の方法が整い、今までと違う本の世界に覚醒することがある。

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本で学んだことはいつか役に立つだろう――知はそんなアバウトに生まれない。知は勝手に熟成しないのだ。知に別の知を合わせ、つねにメンテナンスよろしく攪拌してやらねばならない。読書は攪拌作用である。攪拌とは混沌であって、秩序ではない。読書とはカオス的体験にほかならない。

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本がある。文章を学んでいるのではない。本を読むとは、書かれたものと自分を照合したり重ね合わせたりすることだ。だから誰が読んでも同じ本などない。読み手の知識・経験が本と葛藤し妥協し融和し、時に決裂する。

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誰にとっても「読むべき本」が世間にあるのだろうか。稀に仕事で読まねばならない本はあるが、原則は好きな本を楽しく読むことに尽きる。世の中には万巻の書があるから、好奇心を広く開いておけば稀に「大当たり」が出る。狭くて小さな読書世界に閉じこもっていると当たりは出ない。

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「理想の読書」という、あるのかないのかわからぬ観念から脱した時に初めて、人は読書の意味を理解するようになる。見て選ぶ、装幀やデザインを味わう、紙の手触りの感覚に喜び、書棚の背表紙を眺める……これらもすべて読書的行為なのである。

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十歳から半世紀にわたって週に一冊読み続けたら還暦で二千五百冊に到達する。堂々たる読書家と言えるだろう。ところが、日本人の平均読書冊数は年に十五、六冊。このペースだと生涯千冊に満たない。たった千冊しか読まないのに、「そんな本」に時間を割いている場合ではない。


旅も外出もままならない今、ウィズブックス――本との縁――による希望、快癒、愉快、幸福の修復を祈りましょう。
二〇一八年六月に図書室〈スピンオフ〉を開設。試運転を終え、二〇二〇年四月から本格的に本と読書のイベントに取り組む予定でした。疫病流行により計画の中断を余儀なくされましたが、読書会や勉強会で再びお会いできるのを切に願っています。

2021年の年賀状用に書き下ろした原稿を転載しました〉

古本とセレンディピティ

「日本の名随筆」という古いシリーズがある。花、画、道などのテーマについて、錚々たる書き手が綴った文を編集したものだ。全部揃えると120巻になるので、古本屋に出ていたら気に入ったテーマのものだけ買って読んできた。『古書』は別巻20冊のうちの一冊。

古書の売買や収集には、新刊書ではありえないようなエピソードがつきまとう。本書の随筆の一編、松永伍一の『巴里の掘出し物』では苦労して稀覯きこう本を手に入れる話がいろいろ書かれている。セーヌ河畔に出る古本屋台では、なんとレンブラントの銅版画が一枚1,500円ほどで売られていた。著者は意気揚々として18枚を掘り出した。

古書店を営んでいる皆がみな目利きとはかぎらない。レンブラントがどんな画家で作品にどのくらいの値がつくかなど知らず、本や書画を1,000円で手に入れたら1,500円で売って500円儲ければ良しと考える古物商もいる。老舗の、特に日本の古書店では、勘違いでもしないかぎりこんなことはほとんどありえない。チェーン店のBOOK・OFFではたまに初版本の掘出し物が出ていることがある。


同書の『古本綺譚』では月下氷人になった一冊の古本が紹介されている。九州の女性が『君たちはどう生きるか』という本を読み、愛読者ハガキに記入した。ところが、そのハガキを投函するのを忘れて、本の間に挟んだまま後日近所の古本屋に売り払った。その本が回りまわって東京の古本屋で売られ、それをある男性が買った。愛読者ハガキには住所氏名が書いてある。男性が手紙を書き女性が返事を出す。文通が一年続き、二人は結婚した。

この話から20年前の映画『セレンディピティ(serendipity)』を思い出した。「想像外の偶然や発見」のことをセレンディピティと言うが、この映画の題名でそのことばを初めて知った。少々ネタバレになるが、ざっと次のような話である。

クリスマス前のデパートで男女が偶然出会う。お互い惹かれるのだが、それぞれに恋人がいる。もし二人の出会いが運命ならいつかまた会えると考え、女のほうは持っていた古本に、男のほうは5ドル札にそれぞれの連絡先を書く。古本を手放し、5ドル札は買物に使う。数年後、二人はお互いを探し始め、何度もすれ違いを繰り返しながら、ついに男が女の連絡先を書いた古本に出合う。しばらくして、女も男が連絡先を書いた5ドル紙幣に出合う。

アメリカらしい「とんでもストーリー」だ。広い全米で五万と流通する5ドル紙幣の中からたった一枚の札に巡り合うのは不可能だ。セレンディピティの小道具としてはかなり無理がある。しかし、古本なら、それが稀覯本であったり骨董価値が高かったりすると、流通範囲が限られてくるので、自分が売った本を買い戻せるチャンスはゼロではない。

狙いをつけて買った古本がつまらなくて途中で投げ出し、百円均一コーナーからついでに買った古本に夢中になるということはよくある。本命でないところに望外の価値を偶然見つけることもセレンディピティ。もっと言えば、気まぐれに店に立ち寄り、直感だけで手に取って買って読む古本のことごとくがセレンディピティの成せる読書の縁に思えてくる。

読書中に辞書に寄り道

既視感デジャヴが働いてくれると読書にともなう苦痛が少しは和らぐ。「いつぞや読んだような気がする」という感覚が読書への集中を促してくれる。読んでいないかもしれないので、単なる錯覚のこともある。たとえ錯覚であっても、再読しているような気持になれれば儲けものだ。再読には余裕と安心感がある。

読書は愉しいのだが、きつさも付きまとう。内容によっては何時間も何日も集中力を維持し続けられず、こんなにしんどいならいっそのこと中断しようと思うこともある。中断して放置したままにしておくと、挫折して敗北感に苛まれることになる。そうならないように、中断する時はわかったつもりになって読んだことにしておく。

読書は没頭できるに越したことはない。しかし、不明のことばが連続して出てくると気が散る。それでも、たいていは前後関係で見当をつけて読み進めるようにする。稀に調べずに済ませられない時があり、見開いた本をうつ伏せにして辞書を引き意味を確かめる。この作業が寄り道になり、時には脱線してしまって、読書は長時間中断することになる。


先々週のこと。ある本を読んでいたら「一斑いっぱん」という初見の熟語が出てきた。その本が何であるかはわかっているが、このことばが使われた箇所に印をつけなかったので、本を繰っても探せない。「一斑を述べる」と書いてあったのは覚えている。まだらが一つだから一部という意味だろうと見当をつけたが、気になってしかたがないので辞書を引いた。

辞書には「全体の一部分」と書いてあり、「一斑を述べる」という例文が示されていた。対義語は「全豹ぜんぴょう」と言うらしい。一斑も全豹も古めかしい表現だから捨て置けばいいのに、ここから道草の連鎖が始まった。全豹とは「物事の全体の様子」。「なぜ豹によって言い表すのか」と気になったが、寄り道すると大変なことになりそうなのでやめた。この時点で本に戻るべきだったが、別路線の道に迷いこんでしまった。

「一で始まる二字熟語は一体・・どれくらいあるのか」と気になり始めたのである。元に戻した辞書を再び手に取り、「一」の見出し語からページをめくってみたら延々15ページ以上続いていた。1ページの見出し語を一目・・30とすると、合計450にのぼる。すべての二字熟語に目を通す破目に陥った。

読書を中断して辞書に寄り道するのを習性とか癖だとは思わない。おそらく本読みよりも辞書引きのほうが楽だから、自然とそうなるのだろう。

雑読という〈小窓〉

仕事上でもプライベートでも人と会う機会が減った。会わないので喋ることもない。会って話すからこそ世間とのつながりが意識できる。人に会いもせず話もしなければ自分の社会的存在が希薄になる。テレビはその希薄さを補ってくれそうもない。そこで本を読む。気まぐれの読書時間に〈他〉とのつながりがかろうじて生まれる。雑読ざつどくが社会を垣間見る小窓になっているような気がする。

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同じような内容の本をなぞり読みしてもしかたがない。そんな読書を続けているとマンネリに陥り、むしろ閉塞感が募る。一人だと何をするにしても新しい発想は生まれにくい。発想そのものは変えづらいから、対象を変えてみるのが手っ取り早い。気分と発想の転換には雑学が有用で、雑学の基本はやはり雑読だろうと思う。

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卑しく雑学を身につけようなどと思わないが、雑読の成果はほとんどの場合「ことば」の形を取る。そうか、いろいろ本を読んでいろいろ知るということは言語感性に役立つのか……と思うことがある。浪花節に、客受けをねらってわざわざ笑いを取る、「けれん」ということばがある。「けれんみがない」という表現は知っている。もっと言えば、その用法しか知らない。先日読んだ本には「あの人の芸は基本がけれんだ」というくだりがあった。そうか、けれんはのままで使えるのだとえらく感心した。

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勉強は永続する価値だと信じて疑わない経営者仲間がいる。そんな終わりなき学びに緊張感を抱き続けることはぼくにはできない。学びには常に一区切りをつけるべきであり、その区切りのつけ方に個性が出ると思う。経営者が経営に打ち込む以上に経営の方法を熱心に学んでいるのは、画家が絵筆を使って絵を描かずに絵の描き方ばかり学んでいるのと同じく滑稽な姿ではないか。

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生きねばならないし、支えなければならない人たちもいる。そんな理由から、つい経済中心の仕事と生活に比重が傾いてきたが、経済感覚が人生で支配的にならないように仕事の本は極力読まないようにしてきた。今も仕事と直接関わりのない雑読を心掛けている。問題解決を容易にしてくれそうな、ハウツーとして役に立ちそうな読書を、もう一人の自分が「情けない、見苦しい、美しくない」と批判している。そもそも読書は、効能を急がずに、遠回りを覚悟する行為なのである。

書名の印象

先週末に古本屋に寄った。例によって店頭の50円~100円の格安コーナーをまず品定めする。そこで目についた2冊が向田邦子阿川弘之の本。作家に特に関心があったわけはなく、この2冊が数冊を挟んで置かれており、妙に目立ったのである。「男女」と「大小」という二項を含む本が呼応し合うように誰かが意図的に配したようにも見えた。

『書物としての都市 都市としての書物』
『木のいのち 木のこころ』
『生き方。死に方。』
『教えるヒント 学ぶヒント』
『話を聞かない男、地図が読めない女』
『泣ける話、笑える話』……

上記はこれまでに読んで書棚に置いてある本である。それぞれの書名は二項が対立したりもたれ合ったりする関係として記述されている。この種のタイトルの本は多いか少ないか? どこにでもありそうだが、実はきわめて少ない。オフィスにはざっと7千冊以上の蔵書があるが、10冊にも満たないような気がする。


向田の本は小説・エッセイ集。『男どき 女どき』は世阿弥の『風姿花伝』の「時の間にも、男時、女時とてあるべし」に遡る表現で、「おどき めどき」と読む。男時とは好運に恵まれている時で運がよくつく状況。対して女時は何をしてもうまくいかない時で運が悪い状況。まあ、こういう言い方をした時代があったというに過ぎないから、けしからんなどと怒らず、放念いただきたい。

『大ぼけ 小ぼけ』は体験的エッセイ集で、徳島の景勝地「大歩危おおぼけ小歩危こぼけ」とは特に関係はない。『男どき 女どき』も『大ぼけ 小ぼけ』も、たった二項だけを並べたタイトルなのに、取り上げているテーマの守備範囲がとてつもなく広そうな印象を抱く。ちょうど「西洋・東洋」という二項が全世界を言い表すのに似たような感じである。

ところで、最近の漫才師には共通項の芸名を冠にするのが多い。つまり、それぞれの名が見えないか、冠に従属する形を取る。最近5年のM1王者はマヂカルラブリー、ミルクボーイ、霜降り明星、とろサーモン、銀シャリだ。こういう名前を見聞きするだけでは漫才師かミュージシャンか居酒屋の店名か料理名かよくわからない。昔は二項並立の芸名が多かった。「(横山)やすし(西川)きよし」、「(夢路)いとし(喜味)こいし」、おぼんこぼんなど、すぐに漫才師だとわかった。

二項を「と」でつながないのがいい。書棚に『右脳と左脳』という本があるが、「と」で接続した瞬間、理がまさってしまう。仮に「右脳 左脳」ならば遊び心が優位になる。「右往 左往」とひとひねりもできる。二項並立型の書名には「ちょっとおもしろそう」と感じさせる雰囲気がある。だからと言って、必ずしも売れる本になるとは限らないが……。

談論風発の意気と粋

桂米朝が芸道の名人らと対談する『一芸一談』。特に、藤山寛美とのテンポのよいやりとりにほとほと感心する。対談がほどよくカオス化してことばが響き合い、談論風発を加速する。談論風発の談に「炎」があるのは話が熱を帯びてくるからだ。お互いが意気に感じて話を弾ませる。相手が喜ぶように気を利かす。これが粋な計らいになる。


話し方に粋と不粋があるように、ことば自体にも粋と不粋がある。古いやまとことばだから粋に響くわけではない。話の中身に合っていて語調がよいのが粋だ。たとえば「たか」。売上とか生産などと使うが、今では高だけを単独で使うことはめったにない。米朝の「弟子が入れかわり立ちかわり金借りに来たことがある」という話に続くやりとりに出てくる。

寛美 それはもう返ってきまへんわな。まあまあ返すとこもあったって、まあ返ってきまへんわな。
米朝 そうそう、返す者もあり。
寛美 そやけど、返してもろうたって、貸した時と金の高が違いますわな。
米朝 そういう「高が違う」ということを言うたら、私は藤山寛美と言う人は偉大なる人やなあと思いまんなあ。

仮に借金を返してもらったとしても、貸した時から何十年も経ち、利息もつけていなければ、高が違ってくる。億という仰天するような単位でも十年前の億は今の億とは桁違いなのである。


芝居や落語は有形物として残らない。同じ演目でも客との関係はつねに一期一会だという。

米朝 (……)その時その時、その日の芸はその日しか存在しないと思うてますねんで。
寛美 そやけど、寂しおまんな。
米朝 そやから残らしまへん。絵描きさんやとか彫刻家は残りますけど。
寛美 私らの商売は水に指で字を書いているようなもので、書いた時は波紋が残るけども、流れてしまえば消えますわな。
米朝 そうです、そうです。
寛美 わしらはミズスマシみたいなものだっか。

水はじっとせずにつねに流れる。ミズスマシでも何でもついでに流してしまう。流されるものは切なくてはかない。「そんなはかないものだから燃焼できまんのか」と寛美が逆説的に言う。


九十になったぼくの母親は若い頃から「これも時代やなあ」という言い方をしていたし、今も普通に使う。これは、何々時代という時代とは違う用法だ。このことを知っているので、人間と時代を対比する次のやりとりから「不易流行」が垣間見える。

寛美 (……)正岡先生にしたかてね、秩父重剛じゅうごうという人にしたってね、これは思いまへんか、あの方々の小説は今でもやれまっしゃろ。なぜいうたら、人間を書いてある。
米朝 まあね、ほんまにええのおまっせ。
寛美 ねっ。今の作者の書いたのは時代を書いてあるから、時代が変わったらやれないということですわ。
米朝 ああ、あまりにこだわっているさかいね。

今でこそ「時代」は、主に過去の一区切りの年代を指すが、『チコちゃんに叱られる!!』でも出題された通り、時代劇の時代は「新しさ」とか「今」を感じさせるものだった。だから、「時代を書く」とは「現代を書く」ことで、この今だけに通用する話ということになる。ゆえに流行であり特殊。他方、「人間を書く」とは、いつの時代でも使える話で、ゆえに不易であり普遍。

人間と時代という視点はおもしろいし、とても勉強になる。ふと思う。新型コロナや五輪にしても、時代ばかり語っていると将来への布石にならない。人間を論じることを忘れている専門家のなんと多いことか。

打てば響くの妙

桂米朝が聞き手になって、藤山寛美、十三世片岡仁左衛門、三代目旭堂南陵、辻久子ら錚々たる第一人者とざっくばらんに対談したのが、この『一芸一談』という一冊米朝自らが題字をしたためている。

「桂米朝の聞き手芸ききてげいが冴え渡る」と紹介されているように、名人達人ならではの芸道秘話を次から次へと飛び石伝いに引き出していく。談論風発かくあるべしというスリリングな展開で、気がつけば臨場感あふれる語り口に引き込まれている。一番よく知る対談相手は藤山寛美(1929 – 1990)。ベタな大阪弁が弾みっぱなしだ。

よく知ると言っても、面識があったわけではない。今ではお笑い界は吉本がリードしているが、寛美がバリバリ活躍していた半世紀前は吉本と松竹は新喜劇で拮抗していた。芸の腕は松竹のほうが上で、テレビでも新喜劇を見る機会がかなりあったのである。

ところで、もしあのおばちゃん・・・・・・・の言ったことが嘘でなかったら、ぼくは寛美の実母とは面識があったことになる。二十代半ばに住んでいた自宅最寄駅の駅前の、飲み物とスナックも売る、自転車一時預かり所のおばちゃんだ。自転車を預けたことはなかったが、時々ジュースやコーラを買った。今のようなペットボトルではなく瓶入りだから、栓を抜いてもらって店先で飲む。店先で飲めば、会話の一つや二つを交わすようになるものだ。


ある日、店の奥に貼ってある寛美の写真を見つけた。当時おそらく70代前半のおばちゃんに「藤山寛美のファンかいな?」と聞いてみた。おばちゃん、「それはそやけどな、あの子はうちの子なんや」と言うではないか。「ふーん」と声には出さずに「へぇ~」と驚いてみせたが、真偽の確かめようもなければ確かめる気もなく、やがてぼくは引っ越して、そんなエピソードも記憶から消えた。

本書に寛美が語る次のくだりがある。ちなみに寛美の父親も役者だ。文中の「新町」というのは現在の西区の四ツ橋あたりにあった歓楽街である。

「(うちのおやじが)芝居が終わってブラブラ遊んでたら新町で子供を抱えたおなごがお茶屋してる。後家はんだ。一緒になった。これが私の母親だ。」

寛美は大阪市西区生まれ。ここを読んだ時、何十年ぶりかであのおばちゃんの顔が浮かんだ。おばちゃんの自称「寛美の実の母」が急に真実味を帯びてきたのである。そう言えば、寛美はおばちゃんに似ていたような気がしてきた。

ともあれ、米朝と寛美の対談だけでも60ページほどあり、濃い話が満載。ミズスマシとか「人間と時代」とか、愉快にして啓発される。次の機会に続編を書いてみようと思う。

読書のきっかけとつながり

二十代の一時期に手当たり次第に本を読んだことがある。一時期と言っても一年かそこらの短期間だった。狙いの定まらない読書をずっと続けるには、行き当たりばったりが許されるだけのあり余る時間が必要だ。暇があるのは貴族か無職だが、幸か不幸か、一年かそこらのうち半年ほど仕事に就いていなかった。だからいろいろ読めた。

ほとんどの人は何かのきっかけで本を手に取る。偶然がきっかけになることもあるが、そればかりになると手当たり次第と同じことになる。たいていの場合、かねてから興味があったとか誰かに勧められたとか仕事上の動機とかがきっかけになっているはずだ。

415日はレオナルド・ダ・ヴィンチの誕生日だった。ひょんなことからそのことを思い出した。お釈迦様の誕生日が48日、その一週間後がレオナルド・ダ・ヴィンチの誕生日だということを思い出したのである。


お釈迦様とレオナルド・ダ・ヴィンチがつながり、本棚に数あるダ・ヴィンチ関連書のうちこの一冊、ポール・ヴァレリーの『レオナルド・ダ・ヴィンチの方法』を手に取った。そして、また別のことを思い出したのである。この本はほとんどダ・ヴィンチのことについて書いていない。以前読みかけたものの思惑が外れて、つまらなくなってやめたのを思い出した。

きっかけからつながりが生まれたにもかかわらず、この本は途中で挫折した。読書にはよくあることだ。読書は愉しみであると同時に、本の中身次第では苦痛にもなりうる。何かのきっかけでもなければ、一生涯読むことのない本がある。読んでよかった、読まなきゃよかった、どうでもよかった……読後感もいろいろである。

ぼくを読書家と勘違いしている人から「何かおすすめの本はないですか?」とよく聞かれる。当たり前のことだが、自分が読んで満足した本を他人が気に入る確率はかなり低い。ミリオンセラーの本であっても、その数字は全読書人口を1億とした場合、わずかに1パーセントにすぎない。したがって、ぼくは本をどなたにも推薦しない。すすめた本が苦痛と退屈のきっかけになる可能性が大きいからである。

本にとって都合の悪いこと

「対象への愛に支障を来す存在は対象の敵である」と言えるのかどうか。ちょっと面倒だが、こんなことを考えさせられる本に出合ってしまった。『書物の敵』(ウィリアム・ブレイズ著)という本である。

まず「書物への愛」について考えてみた。すぐに一筋縄ではいかないことがわかった。単に読書好きと言うだけでは片付かない。所蔵好き、装幀好き、書斎好き、書店・図書館好き、本の歴史好き、そしてぼくのような背表紙眺め好き……。本にまつわる何々好きなどいくらでもある。

古本屋でこの本の背表紙に目が止まった時点で、書物と敵という組み合わせに新鮮味を覚えた。そして手に取った時点で、書物の敵はぼくの敵でもあることを認めたような気になった。普段はここで表紙を開けて目次に目を通してページを繰るのだが、そうしなかった。「本の敵とは何か」を、この本を読む前に推測してみようと思ったのである。


書物に危機を与えたり破滅させたりするもの。書物イコール読書ではないから、読書を妨げる騒音や読書を遠ざける怠慢は敵ではない……。

物理的存在としての本にダメージを与えるものは何か。人間もダメージを受ける自然災害だ。とりわけ水害や過度の湿気。湿気が多いと本の紙魚シミがわく。人間が原因となる人災も敵になる。本の良さは紙だと思うが、その良さが弱点になる。火災に見舞われたら跡形もない……。

精神的存在としての本の敵は思想弾圧であり、それに付随して頻繁に焚書がおこなわれた。これも火である。焼き尽くされなくても、厳しい検閲によって禁書にされれば書物の存在は危うくなるし、人々は読書機会を失う……。

書物の敵として読者の知性の低さも忘れてはいけない。書物はありとあらゆることに関して、様々な知的レベルで編まれ出版されるのが健全だ。苦労せずに読める、売れそうな本ばかりが求められれば、本の文化は広がらないしテーマもジャンルも偏ってしまう。本が存続するためには多様性が不可欠ではないか……。

こんなふうに思い巡らしてから、本を開け目次を見た。第一章から第十章までの見出しは次の通り。

火の暴威、水の脅威、ガスと熱気の悪行、埃と粗略の結果、無知と偏狭の罪、紙魚の襲撃、害獣と害虫の饗宴、製本屋の暴虐、蒐集家の身勝手、召使と子供の狼藉

火と水と無知と紙魚以外はまったく見当もつかなかったし、かなり違和感を覚えた。気になる箇所だけざっと読んでみたら、なるほど安っぽい製本にすれば劣化が早い、また、蒐集した本の題扉とびらを好き勝手に切り取れば希少本が失われることになる。それにしても表現や時代感覚がしっくりこない。奥付を見たら、原書“The Enemies of Books”1896年にロンドンで発行とある。この本を買ったことに後悔はないが、今から買おうとする本の目次と奥付くらいには目を通しておくのがいいと思う。

どこに向かうのか?

著者ニコラス・ウェイド、英国人科学ジャーナリスト。題名『5万年前 このとき人類の壮大な旅が始まった』。帯には次のように書かれている。

あなたの祖先は、5万年前にアフリカ大陸を脱出した150人あまりの集団のなかにいた。[ヒトゲノムが紐解く、人類史の驚くべき事実〕

この本が発行されたのは14年前。5万年を語るうえで14取るに足らないが、実はこの十数年に限っても人類誕生から今に到る真実の解明はかなり進んだようだ。とは言え、大筋に関してこの一冊の価値が低められるわけではない。『サピエンス全史㊤㊦』を昨年読んだ流れで、本書を十何年ぶりかで再読してみた。

以前は、〈起源〉を解き明かそうとする、人類の誕生やホモサピエンスの出自などの本を好奇心の赴くままに、ずいぶん読んだ。起源についての真実は誰にもわからないし、著者も「アダムとイブに限らず、人類の起源にまつわるさまざまな物語は神話である」と言う。しかし、「ほぼ真なること」ならかなり解明されてきたとも言えそうだ。

ある意味で、日本人はどこからやって来たか、どういう系統から枝分かれしたのかなどよりも、5万年前の現生人類の出アフリカのほうが明らかなのではないか。エチオピアあたりから小規模集団が出発して紅海を渡り、海に沿って狩猟採集しながら東へ西へと散らばり、やがて世界のあちこちで定住するようになった……云々。「世界は一家、人類はみな兄弟」というスローガンはあながち間違いではなかった。


ダーウィンはまず『種の起源』(1859年)を書き、その後『人間の由来』(1871年)を書いた。歴史を遡って物事の原初や起こりに達するのが〈起源〉。素人にとっては起源よりも〈由来〉の方が関心が持続する。誕生したホモサピエンスがその後どのように枝分かれし、言語が分化し、体躯も見た目も多様化して今に到ったのか……こっちの謎解きを由来が受け持つ。

人類は今も進化し続けているというのが著者の持論だが、他方、進化は5万年前に終わった――つまり、5万年前の先祖と現在の人類は何も変わっていない――という主張もある。何を以て進化と呼ぶか次第だろう。類人猿からヒトへの何百万年をかけた進化を思えば、なるほど、出アフリカから現在までの5万年の進化などは微々たるものかもしれない。

地球の歴史46億年を1年のカレンダーに見立てて何かと類比する手法がある。元日に誕生した地球が今除夜の鐘を聞いているという設定だ。では、ホモサピエンスはこのカレンダーのどのあたりで誕生したのか? 大晦日の今日、午後115420秒に生まれた。今から540秒前のオギャーである。

ホモサピエンス。さて、これから先はどこに向かうのか?