心と言葉と

漢字の「言葉」を使うことはめったにない。若い頃に何かの拍子に刷り込まれてしまったのか、言葉と書くと「ことのは」という響きとともに情念が勝るように感じてしまう。思惑に反して文脈の情念が強くなりそうな時、「ことば」と書き表わすか、いっそのこと「言語」と言い換えるようにしている。ここでは敢えて漢字の「言葉」を使う。理由は簡単で、近くの寺院の今月前半の標語「心病むとき言葉が乱れる」を引用して文を綴るからである。実物は達筆でふるわれていたが、ここでは文意に則して書体に「ゆらぎ」を加えてみた。

心病むとき言葉が乱れる

命題の形をとる標語である。命題には証明がつきもので、こういう形式に出くわすたびに真偽のほどをチェックしたくなる。命題「AならばBである」の是非を考え始めたものの、行き詰まったり堂々巡りしたりして判然としない時に、いい方法がある。命題の対偶から眺め直して検討するのである。「AならばBである」の対偶は「BでないならばAではない」だ。したがって、「心病むとき言葉が乱れる」の対偶は「言葉が乱れていないとき心は病んでいない」である。命題が真ならその対偶も真という論理法則があるので、対偶が真なら命題も真ということになる。

ところで、命題の証明に先立って術語の定義を明確にしなければならない。法律ではないが、証明にあたって気配りすべき暗黙の約束事だ。現場ではなく机上で物事を考えるなら、個々の語の意味を疎かにしてはいけない。しかし、この標語では定義すべきキーワードは「心」、「病む」、「言葉」、「乱れる」と手強いものばかり。しかも、短文命題であるから、用語の意味を明らかにすることと命題を証明することがほぼ同じになってしまいそうである。と言うわけで、回りくどく書いてきたが、対偶や定義から考えるのを諦めて、標語通り素直に「心が病む⇒言葉が乱れる」を検証することにした。


〔心病む〕
心とは厄介な概念である。心がどこにあるかについてはいろんな見解がある。「きみ、心の問題だよ」と言って胸のあたりを指差す人がいるが、そこにあるだろうと想像できるのは乳房か心臓である。まさか〈乳房イコール心〉や〈心臓イコール心〉はありそうもない。しかし、もしその人が指差しもせずに「心はね……」と言うなら、この心のありかはいったいどこなのだろうか。現在、最も有力なのは〈心イコール脳〉であり、ぼくも同意する。心とは脳の神経機能や作用の内的現象的な捉え方(表現)という見方だ。したがって、心病むというのは、脳の神経機能や作用が健全でない状態を意味する。

〔言葉が乱れる〕
脳が演出した心がそんな状態にあったとしても、もしきちんと書かれた原稿を棒読みしていれば、一応言葉は乱れていないように聞こえる。では、きちんと書かれたとは何か。それは、規範文法上不適切な言葉の使い方や誤用が見当たらないということだ。だが、寺院の今月の標語が規範文法に照らして言葉の乱れを指摘しているはずもない。おそらくもっと単純な辻褄の合わない言葉遣いや論理療法的な意味での思考表現のズレに近いと思われる。つまり、言っていることが考えや現実に一致していない場合のことである。こんな場合、言葉は曖昧になり、極端になり、過激になり、粗野になり、乱暴になる。

〔心と言葉〕
心を脳だとすれば――そして、それが健常でないならば――感じることや考えること、さらには現実を観察し認識するなどの処理は困難になる。言語はそんな処理に欠かせないから、言葉の用い方にも乱れが生じる。言語を司る脳が病んでいるのなら、言語を乱れなく司ることができなくなるのは当然である。ここに到って、「心病むとき言葉が乱れる」は類語反復であることが分かる。ついでに対偶である「言葉が乱れていないとき心は病んでいない」に戻ってみよう。常識的には成り立っていそうだが、一つ条件を付けなければならない。それは、その言葉が誰かに強制されたものではなく、自発的に用いられていることだ。この条件が担保されるなら、この類語反復標語はどうやら真らしいと言えるだろう。

最後になって書くのも気が引けるが、心が病んでいるとか言葉が乱れているとかを判断し指摘するのは、自分自身ではなく、他人である。そう判断し指摘する他人が「心病み言葉が乱れている人」ならば、心や言葉のありようについて、ぼくたちはその真相をどのように知ることができるのだろうか。

「斜語録」の愉しみ

手帳サイズのノートに「採集したことば」を記録している。そんなメモがノートの約5分の1 を占める。ほとんどがおもしろおかしい表現や変な日本語、時々粋な言い回し。単純に愉しいから続いている習慣だ。ごく稀だが、たった一つの単語や一文を取り込むだけなのに目からウロコが落ちることがあり、大袈裟な言い方をすると、思考の地場が動くことさえある。仕事柄、新しいコンセプトを新しい表現で包み込まねばならないから、造語やネーミングのメモもかなりある。一部のメモを元に、昨年4月までは本ブログで〈語句の断章〉と題して20編を書き下ろした。

ところで、あるテーマについて考えていると、結局ことばについて考えていることに気づく。ぼくにはことばに自分の経験と解釈を重ね合わせて思い巡らす傾向があるようだ。本を読んだり、どこかに出掛けて誰かと話をしたりする。そのつど、ことばとことばに関する話を手を加えずに拾い、一部脚色したり仮構したりして書き留める。ある時は真面目に、また別の時にはふざけて(たとえば、権威ある辞書の語釈に異議申し立てしたり)。ノートには在庫がどんどん増える。長文を綴るに値するものはないが、在庫を捌きたいという思いがある。それが〈語句の断章〉だった。

岡野勝志の斜語録

さて、そういう思いを形にするのは簡単だが、〈語句の断章〉に代えて今度は何と呼ぼうか。ビアスにあやかって〈悪魔のランダム辞典〉とでも称するかと考えたが、二番煎じにして短絡的である。それに、必ずしも正統定義に対する逆説定義ばかりでもない。あれこれと思案した挙句、正語録という定立に対する、少々謙遜気味の反定立として〈斜語録しゃごろく〉なる造語に辿り着いた。うん、これはいい、と一人にんまりしている。


古今東西、人はモノを遊び道具とし、モノで遊びに興じてきた。しかし、どんなモノにも負けないほど遊びの対象となり、また遊びのきっかけを提供してきたのが、おそらくことばだろう。ことばで遊んできたのが人類だ。おそらく、モノの融通性に比べて、ことばが圧倒的に万能であり変幻自在に遊べたからと思われる。ことばは多義であり、そこに個人の思い入れも反映されるから、際限なく遊びの想像を広げてくれるのである。

「ことば遊び」という言い方があるが、敢えてそう言わなくてもいい。深遠な思考と切り離した次元でいい、ことばそのものの意味を探ったり軽妙に扱ったりすることが、すでにことばを遊んでいることにほかならない。つまり、日常的にぼくたちが生活や仕事の場面で聞き、読み、語り、書くことばは、ほんの少し斜めに構えて眺めてやるだけで、遊びとして成立してしまう。しかも、斜めに構えることによって、何がしかの複眼視点が得られることになる。

ぼくには、自他ともに認める、ことばの揚げ足を取る性向がある。正確に言うと、証拠や根拠に乏しい意見に与することができない時、その意見を表わしていることばの揚げ足を取るのである。弱者が発することばも対象になるが、その場合は、意見が崩れかけていることに気づかせてあげるためである。当の本人はことばの揚げ足を取られたと思うかもしれないが、あくまでも誠意のつもりである。どうでもいいことであっても、知らん顔せずに、なるべく面倒を見るようにしている。その時は多分に遊び心で揚げ足を取っている。なお、強者に対しては、揚げ足どころか据え足も取ってやるぞと闘志を燃やす。腕力なき者のペンと文によるせめてもの小さな抵抗である。

風景に出合う

造形的な都市から郊外へ足を延ばせば風景に出合う。時には見晴らしのよい展望、時には空へ突き抜けるような構図。観賞する者それぞれの眺望のしかたによって多様な縁取りが生まれる。風景は自然界で芽生えるものであり、風景には自然の調和を感じさせるというニュアンスがまつわりついている。

言うまでもなく、風景は郊外に固有のものではない。行動範囲を日常次元に狭めても、風景の一つや二つは目に入るものだ。それが証拠に「街角の風景」と言うではないか。たとえばそれは、昭和初期に西洋を真似て建てられたビルの一画かもしれないし、新緑と色とりどりの花が協奏する公園かもしれない。さほど努力しなくても、どこにいても風景は視界に入ってくるだろう。そう、自然の要素に乏しい土地にあってもぼくたちは風景を感じるものだ。

『風景の誕生――イタリアの美しき里』(ピエーロ・カンポレージ著)によれば、14世紀から16世紀のイタリアでは人々は野生の自然にほとんど無関心であった。それどころか、嫌悪の念さえ抱いていた。彼らは自然に満ち溢れた風景という概念を持ち合わせていなかったのである。眺める以外に役に立ちそうもない自然の景色などに魅力を覚えなかった。鉱物や作物を産出してくれ、自分たちの暮らしを支えてくれる「有用で力強い土地」こそが美しかったのである。


この歴史考察が正しいなら、自然は人の存在とは無関係に存在するが、風景というものは人の認識次第ということになる。「対象に認識が従うのではなく、認識に対象が従う」というカントの慧眼がここに生きているような気がする。とは言え、やがて当時の人たちは自然を包括して目を楽しませてくれる風景に気づくようになった。いや、風景が概念であるならば、それは発見ではなく、発明と呼ぶべきかもしれない。ともあれ、人は風景に出合った。ある意味で、有用性から安らぎへ、さらには芸術への転回が起こったのだ。神を題材にして宗教画が生まれ、王侯貴族を題材にして人物画が生まれたように、風景を強く意識して風景画が生まれた。風景画は人が風景に出合って生まれた新しいジャンルの絵画だった。

自然から切り離されて生活するようになっても、風景画は連綿と受け継がれてきた。つまり、現代の都市にあっても人々は脱自然的な風景に日々出合う。かつて中世イタリア人が発想すらしえなかった風景を、ぼくたちは必死になって街の隅々に探そうとしている。探せなければ、観賞者それぞれの見立てによって思いの場所に風景を仮構する。絵心がなければ、カメラを向ける。カメラが手元になければ心ゆくまで佇む。

パリの夕景 4パターン

目を凝らせば、ぼくの住む雑踏でも風景に出合える。しかしながら、街角風景の宝庫と言えば、パリを挙げなければいけない。そこでは都市空間に身を置きながら風景に包まれる至福の時間が過ぎていく。その風景は写生や写真の題材にふさわしい。パリならではのカフェは、あぶり出された風景を心ゆくまで愛でるための文化的な装置なのに違いない。

街と固有名詞

「ところで、そのおいしかった料理って何という名前?」
「ええっと、何だったかなあ。忘れちゃった」

「すみません、この地図の場所に行きたいんですが……」
「常磐町一丁目ですね。ビルの名前は?」
「わからないんです」

現実というのは固有名詞と不可分の関係にある。固有名詞を伴ってはじめて自分の経験として刷り込まれていく。現実から固有名詞を引き算すると、この社会は……この現象は……というふうに語るしかない。そうすると、固有の経験だったものが概念として一般化されることになる。「高度情報化社会」だの「グローバリゼーション」だのと言って考えを片付けた瞬間、経験もことばも現実から浮遊してしまう。

ぼくたちは自分の考えを語ろうとする時、ともすれば固有名詞を封じ込めてしまいがちだ。考えは一般論へ、そしてできれば普遍性へと赴きたがる。その結果、具体的な日常の現実が剥がされるという負の見返り生じる。自らの反省を込めて言うならば、一部の哲学が得意とする形而上学的な語り口になってしまうのである。

考えはある日突然生起してこない。個人的な日常体験や観察が繰り返された上での考えである。そこにレアなままの固有名詞が散りばめられていて何の不都合もない。何よりも、固有名詞が使われているかぎり、多少の歪みはあっても、現実を見ているはずである。匿名のままで済ませて見ているものとは異なる、一度かぎり、その人かぎり、その場かぎりで見えてくるものがある。


理屈っぽいまえがきになったが、街の話を書きたいと思う。

年初にヨーロッパ鉄道紀行なる番組をテレビで観た。スペイン北東部を旅する取材者が「サラゴサに行くのだけれど、見所はどこ?」と尋ねた。地元の女性が間髪を入れず「ヌエストラ・セニョーラ・デル・ピラール聖堂よ」と答えた。見所とは観光客にとっての名所である。しかし、この女性の誇らしげな話しぶりは、住民にとってもかけがえのない聖地と言いたげだった。ちなみに、この聖堂は世界で初めてマリアに捧げられた教会であり、二百年近くの歳月をかけて建てられたゴシック様式が特徴だ。

東京や大阪も固有名詞である。しかし、それだけでは不十分なのだろう。いや、たとえ東京や大阪と呼んでも、もはや都市と呼んでいるに過ぎず、固有性はすでに色褪せている。ようこそ日本へ、ようこそこれこれの都道府県へ……などでは体験的固有名詞になりえない。もっと小さな単位の現実を見なければならないのである。ヨーロッパの街を旅してずいぶん現地の人たちに見所を聞いたが、彼らはほぼ即答した。お気に入りの街自慢があるのだ。そして、自慢のほとんどはその街の教会であり広場。だから、お気に入りは街の総意とも言える定番でもある。

林立するビル群や新しく建てられたランドマークや巨大ショッピングモールが自慢であってはいかにも寂しい。迫りくる国際観光時代を謳歌しようとしても、それらのPRは長続きはせず、やがて飽きられる。第一、どこもかしこも都会化が進み、名所が伝統や歴史などの固有名詞的価値を孤軍奮闘で背負っている状況だ。海外から極東の小さな島国を眺めるとき、平均点の見所が分散しているよりも、これぞと言う見所が一極集中しているほうが街の魅力がわかりやすい。

ピサの見所は? とピサで尋ねたら、全員が「斜塔に決まってるだろ」と口を揃える。それでいい。とは言え、街の愉しみ方は人それぞれ、その見所の周辺に目配りする旅人も出てくる。ぼくもそんな一人。斜塔から目線をずらして近くの広場に佇んだ。

場所の名称を書いたメモが見当たらない。地図で調べたが不詳。スケッチに光景が残っていても、名を知らなければ少しずつ記憶が遠ざかっていく気がしてならない。

Pisa digital processing

Katsushi Okano
Pisa
2007
Color pencils, pastel (image digitally processed in 2015)

「傾聴」が誤解されている

仕事や打ち合わせの場面で相手が虚ろなので、「きみ聴いている?」と尋ねる。相手が「はい、聴いています」と答える。それでも、どうも聴いているようには思えない。親しい間柄なら、問いの一つや二つを投げ掛ければ理解のほどを確かめられる。しかし、初対面の相手やさほど親しくもない相手に対しては、確認質問はおろか、「ぼくの言っていること、聴いていただいていますか?」などと聞くこと自体が失礼だ。だから、聴いている姿勢を示す相手に向かって話し続けるしかない。相手が聴いてくれていると信頼して、ぼくは諄々と話し続ける……。

傾聴?

傾聴ということばを最初に知ったのは討論術の勉強を始めた19歳の頃である。傾聴力という表現で出合った。身近にある辞書で調べてみればいい。傾聴とは「一心に聞くこと」や「熱心に聞くこと」などの語釈ばかりである。もっとひどいのになると、「耳を傾けて聞くこと」とある。わざわざ説明してもらわなくても、「傾聴」という語そのものに「耳を傾ける」という意味があるではないか。それはともかく、傾聴には「まじめに、誠実に」という言外のニュアンスが漂う。傾聴とは、「まじめに一所懸命に聞く」という程度のやわな行為だったのか。

傾聴が誤解されている。言い過ぎだとすれば、都合よく解釈されていると言い換えよう。傾聴が単純に一方的に聞くことだと思っている者は、人の話をまじめな顔をして聞き、時折りうなずく。だが、黙して語らず。相手が話し終わると今度はあたかも攻めに転じるかのように一方的に喋り始める。ここにおいて、聞く側と話す側は暗黙のうちに役割を分担する。一方的なスピーチが交互に足し算され、双方向に交わる対話というシーンは現れない。傾聴だけをことさら強調しても、人と人との対話は成り立たない。傾聴のためには、まず傾聴に値する発言内容が前提となるはずだ。


どうやら傾聴は本来の意味から分岐して、いくつかの新しい意味を持つようになったようである。たとえばカウンセリングにおいては、相手理解による、相手自身の理解促進であり、行動のサポートである。また、傾聴ボランティアにおいては、割り込むことなく最後まで話を聞き、考えを理解し思いを受け止めて共感することである。これらの傾聴は、傾聴する側に吐露する相手を受容する余裕があることを特徴とする。自分に困り事や悩み事があれば人の話など聞いてはいられない。

「誤解されている傾聴」とは、もちろんカウンセリングや傾聴ボランティアのことではない。仕事の場面で、あるいはゆゆしき討論の場面で、聞き上手という美名のもとに傾聴を単に頷くことだとしている姿のことである。傾聴は英語の”critical listening“や”active listening“の翻訳と思われる。敢えて訳さなくても、”listening“は聞き流しなどではなく、それ自体が相手の言っていることを理解しながら聴くという意味である。つまり、「批判的に(フィルターをかけながら)脳を活性化して聴く」ということにほかならない。

相手の話していることを分析し判断しなければ傾聴にならないのである。判断をしたり批判したりしていては、理解に支障を来すではないかという反論がある。しかし、自分に対して発言されていることを白紙状態で受け止めることは、聞き流しに等しいではないか。発言内容を判断し批判するのは対話相手の責任として当然の姿勢なのである。聴くとは自分の考えとの照合作用である。海苔の養殖に「のり粗朶そだ」と呼ばれる木や竹は欠かせない。なければ海苔はまつわりつかないのだ。人の話に対しても「脳の粗朶」がなければ、話は無機的に浮遊するばかりで輪郭を形づくってくれはしない。判断や批判というのはこの粗朶に相当する。粗朶でしっかりと意見を聴く。甘ったるい聴き方をしていては相手に失礼なのである。

「百聞は一見にしかず」なのか?

「百聞は一見にしかず」。聞き上手が褒められるわが国でこの諺は生まれにくかったに違いない。同じことを百回も聞く人は聞き上手に決まっている。この諺は和製ではなく、戦地に赴くことを宣帝に願い出た趙充国将軍の言に由来する(『漢書』)。何度も人から聞くよりも、自分の目で実際に見るほうが確実であるという意味で今も使われる。ここで確実と言うのは「確実に知る」ということ。何かを理解し分かるためには、聴覚よりも視覚のほうがすぐれている、見るは確実に知ることにつながる、と言う教えである。

百聞は一見にしかずか?

英語では“Seeing is believing.”がこれに相当することになっている。「なっている」というのも変だが、そう書かなかったら英語のテストで誤答とされたから、しっくりいかないけれども、そう答えるしかなかった。しかし、どう考えても、「百聞は一見にしかず」と同じではない。英文は聞くことについては言及しておらず、「見ることは信じること」と言っているだけであり、見ることの確かさについても保障してなどいない。「見たら信じられるか?」と聞かれて、ぼくは即答できない。幻覚には見落とし、見損じがあるからだ。

見ること――この目ではっきりと見ること――は、はたして物事が確かに分かることなのか。しかも、「一度見る」だけで十分なのか。自分自身のこと、周囲にいる知り合いのことを思い浮かべてみればいい。一度見ることが百回聞くよりも優るのは常ではない。人次第、正確に言えば、理解力次第である。ある人が一度だけ聞いて分かるのに、別の誰かは百回聞いても、そして百回見てもさっぱり理解しないことなどはよくある。ぼく自身、一度聞いて分かることもあるし、何度聞いても分からないことがある。ならば、聞くのをやめて、見たら分かるか。いやいや、一回見て分かることもあれば何度見ても分からないことは、聞くのと同じ程度に起こる。


この諺に異議を唱える諺がある。「心ここにらざれば、視れども見えず」がそれだ。心ここに在るとは集中力だ。集中力を欠いてぼんやりと見ているだけでは何も見えてこないだろう。ロダンの、「私は毎日この空を見ていると思っていた。だが、ある日、はじめてそれを見たのだった」という述懐には、ある時、突然集中のギアが入った印象がうかがえる。

「我々の感覚は見ていても、見えていないのである。ノートル・ダム正面玄関のロザース〔薔薇窓〕辺の石の壁面の美しさは、見ていても多くの場合、我々には見えていないのである。窓の間の壁面の美しさを何十何百とある建物の中に気がつくようになって、或る日ふとノートル・ダムを眺める時、今まで見えていなかったものが、突然見えるようになって来るのである」
(森有正 『遠ざかるノートル・ダム』)

あるものが見えるためには場数が必要である。同時に見る対象の付帯状況に身を置き、対象と一つにならねばならない。野次馬のように、対象と自分を切り離されたものとして凝視しても易々とは見えてこない。なぜなら、ものは外からのみ見るのではなく、そのものの内面からも見えるからである。内面から見えるとは、感覚を研ぎ澄まして想像力を働かせるということだ。それなら、見ることに限った話ではない。聞くことには、音によって視覚を補おうとする想像が蠢く可能性がある。

見るにせよ聞くにせよ、対象が鮮明に確実に分かるためにはある程度の時間をかける必要がある。一度や二度で分かろうなどとは調子が良すぎるのだ。ロダンにしても森有正にしても、何回も何日も熟知に至る時間を費やした。もちろん、何事かを即座に直観的に分かることもある。しかし、百聞して分からぬことはおそらく一見しても容易ではない。視覚の聴覚に対する優位性をかたくなに信じる向きもあるが、ぼくはエッシャーのだまし絵を鑑賞して以来視覚を過信しなくなったし、身近では、毎日の散歩道で日々新しい視覚的体験に驚いている。人は、聞いているようで聞いていないし、見ているようで見ていないのである。だからこそ、全身を耳にしてことばを傾聴し、全身を目にして対象を注視しなければならない。

旅程点描

リヨン~シャンベリー~トリノ

20136月に書いた粗っぽい旅程表がある。一年後、同じ旅程に手を加えた。この旅程を思いついた時のことをよく覚えている。旅に対するある種のマンネリズムが消えたような気がして新鮮だった。そして今、またそのことを思い出し、机上で、脳内で、旅を組み立てている。それは「パリ~リヨン~シャンベリー~トリノ」の鉄道の旅である。

関空からエールフランスでパリに行く。パリに数日間滞在する。知っている通りやメトロやカフェに親しみ、新しい発見を楽しむ。荷物をまとめてアパートを後にし、パリ・リヨン駅からローヌのリヨンへ向かう。リヨンは人口165万人、パリに次ぐフランス第二の都市だ。パリから高速列車TGVテジェヴェでおよそ2時間。見所の多い街だから3泊は必要だろう。

パリは近代と現代を代表する都市だが、リヨンには古代や中世の足跡がある。ローマ帝国の時代から交易拠点として様々な物資がここに集められた。絹織物で名高いが、心惹かれるのは絹ではなく、リヨンのもう一つの顔「美食の街」のほうだ。

パリからリヨンに入ってくるTGVはリヨン・ペラーシュ駅に着く。そこから数百メートル北へ歩くとベルクール広場に至る。そこには『星の王子さま』でおなじみサンテジュグベリの像が建つ。レストランで賑わう地区も近いから、ホテルはその辺りが便利だ。翌日は広場のメトロ駅からソーヌ川の対岸のヴィユー・リヨン駅へ。そこからケーブルカーで上がればフルヴィエールの丘。展望台からは旧市街地、二つの川、新市街地が一望できるという。眺望を楽しんだら旧市街へ。ここはイタリアルネサンス様式の建築が目白押しである。


リヨンの後はアルプスで国境を越えて未踏の地トリノへ。かつてのサヴォイア公国の中心である。そこで数日間過ごす。街の顔サン・カルロ広場近くにまずまずのホテルを見つけているが、場合によってはアパートという手もある。メルカートへ買い出しに行って朝と昼は自炊。夜は出歩いてサヴォイア料理を堪能する。トリノはフレンチ風カフェが有名だ。そこでビチェリンを飲もう。コーヒーとチョコレートをバランスよく混ぜ合わせた飲み物である。トリノと言えばピエモンテ、ピエモンテと言えばワインの王様バローロである。バローロと相性のいい前菜には事欠かない。一番の楽しみは名物の手焼きグリッシーニ。折れやすいから土産には向かない。

リヨンからトリノへは4時間か5時間……これでおしまいになりかけた。しかし、時刻表から地図に目を転じたら、シャンベリーという地名に気づく。サヴォワ県の都市である。このサヴォワとトリノのサヴォイアの起源が同じなのだ。フランス語とイタリア語読みの違い。かつてサヴォイア家は、トリノのあるピエモンテとシャンベリー一帯と隣接するスイスの一部を支配していた。シャンベリーに衝動的な魅力を覚える。何も知らないのがいいかもしれない。アルプスの山あいの街で一晩を過ごすのも悪くない。

トリノの後は空路。パリはシャルル・ド・ゴール空港経由で関空へと戻ってくる。およそ半月の旅程である。今月に入ってこの旅程をもう一度なぞり、いろいろと下調べもした。机上であり脳内の旅でありながら、少しずつ現地に迫っているのがわかる。空気が匂っている。通りを歩き街角に佇んでいる。メニューを眺め料理を口に運んでいる。建物の中にいるし、鉄道駅で切符を買っているし、車窓から景色を眺めている。疑似体験以上と言えるかもしれない。だが、だいたいこんなふうに旅程をスケッチして楽しんだ時ほど、リアルな旅は遠ざかるものである。

議論についての問答

議論に絶対に負けない法

『議論に絶対負けない法』という本がある。「絶対負けない」からと言って「絶対勝つ」わけではない。「引き分け」は負けないことであるから、連戦互角であってもかまわない。ここで話題にしたいのは「絶対」というものが、数学世界ならともかく、議論の世界にありうるかという点だ。「議論が上手になる方法」なら絶対という約束ではない。しかし、「絶対負けない」と言い切ってしまっては一つの例外も許されない。この種の本は議論に勝つ――あるいは五分に持ち込む――テクニックを指南しているが、はたして有効なのだろうか。


「こういう類の本って、ある程度役に立つのですか?」

「ちょっとずるいけれど、本によりけりと言うしかないね。でも、ディベートを何十年も指導してきたぼくの経験からすると、こと議論に関しては有効と言えるかもしれない気がする。なぜって、議論の巧拙は技術に関わることが多いからね。それよりも何よりも、どんな議論をするかによると思うんだ」

「へぇ。Aというテーマの議論には役立ち、Bというテーマの議論だとあまり役立たない、というようなことですか?」

「いやいや、議論のテーマのことじゃなくて、場のことさ。議論には大きく二種類の場があるんだ。当事者どうして決着をつける交渉という場と、第三者が判定を下す裁きの場。交渉には勝ち負けがつきものだけれど、同時に〈WIN-WIN〉や〈LOSE-LOSE〉などというのもある。交渉では利害をぶつけ合いながら、理想の着地点を目指すわけ。どちらも自分の言い分がある程度叶って満足することもあるし、どちらも不満足だけど手を打つという場合もある。交渉が成立してもいろんな結末があるんだね。もっとも決裂のほうが常ではあるけれど……。いずれにせよ、当事者どうしでは勝った、負けた、引き分けたという雰囲気は分かるものなんだ。裁判やアカデミックディベートのように第三者が議論を裁く場合には、判定結果と当事者の思惑が異なることがよくある。自分で勝ちを確信しても、あんたの負け! と言われるからね」

「では、当事者どうしで決着する交渉において、この『議論に絶対負けない法』などという本に期待してもいいんですね?」

「さっきも言ったように、知らないよりも知っているほうがいいという点で、そして、あくまでも議論を技術としてとらえるなら、ある程度有効だと思うね。但し、その当事者二人が仮にこの本をよく読んで交渉に臨むとしよう。著者は『絶対負けない』と言っているのだから、勝ち負けがあってはいけないはず。互角でなければならない。しかし、そんなことは稀で、ふつうは一方が勝ち、他方が負ける。なぜ勝ち負けが生じるかと言えば、こんなことは当たり前のことだけど、二人の読者が持ち合わせている知識や経験、場数が差になるわけさ」

「ありえない想定だと叱られそうですが、この本で習得した知識も同じ、他の知識や経験、場数もすべて同じと考えたら、どうなるんでしょう?」

「そうすると、声の大きい方やコワモテや余裕のある方が勝つかもしれない……」

「いえいえ、もう何もかもすべてが同じ条件を備えた二人が、同じ理解度でこの本を読み、交渉のテーブルに就けば……と仮定すれば?」

「となると、その二人は完璧に同一人物ということになるね。つまり、きみが仮定しているのは、自分と自分が議論したらどうなるかってことだ。きみがXYという二者択一の岐路に立つ時のことを考えてみたらいい。XYは同時に叶わない。そう、引き分けはない。Xを選べばYを捨てる、Yを選べばXを捨てる。一人議論の挙句、X支持のきみかY支持のきみのどちらかの意見が通り、他方が却下される。きみは勝利し、同時に敗北する。XYを選んだ瞬間、きみは議論に関して自ら判定を下したのだよ。そして、ここがたいせつなのだけれど、その判定をするためにはもはやきみは一人二役の当事者であり続けることはできない。すでに冷静な第三者になっていなくてはならないんだ」

「ちょっと頭が混乱してきました……」

「話を出発点に戻して、以上の話を整理してみよう。必勝テクニック系の議論の本は、技術的には有効である。しかし、勝敗などとは無関係ということだよ。そもそも議論というのは勝ち負けに意味があるのではない。議論をするという時点で、よい議論をすることが重要であり、なぜよい議論が重要なのかと言えば、より精度の高い意思決定をするためなんだ。議論の技術というのは自分のレベルを上げるためにある。相手がこうだからああだからなどというのは副次的なものさ。もっと言えば、人は言語によってものを考える、ものを考えるときに沈思黙考するよりは、声に出して議論するほうがうんと本質が鮮明になる。ぼくたちは議論を勝ち負けの道具のように思い、そして、この種の本に振り回されるけれど、言語の精度を高め、本質理解をするために議論の場というのは欠くべからざるもの、というわけなんだよ」

「議論は交わすものであって、勝つためのものではないということか……」

「そう、よりよく議論を交わすこと。それでもなお、結果は勝ったり負けたりだから。勝つための議論を志すよりも、よりよい議論を志すほうがうんと度量の大きい人物になれるとぼくは思うね」

苦労話、または不幸自慢

私の人生は苦労ばかり……

自分自身の苦労話をテーマに講演する人がいる。著名人にもいるし無名な人にもいる。ぼくの知人にもいる。誰の経験にも喜怒哀楽があり、一言で括り切れない凹凸があり精神的なひだがあるはずだ。「私の人生は苦労の連続だった」などと言って片付くものではない。おそらくいいこともあったはずなのに、苦労話のみを取り上げて教訓やセオリーを導く。苦労話と来れば、お決まりネタは生い立ちや人間関係や病気や金策など。しかも、たいてい悲劇として脚色される。

桂米朝が亡くなった直後、「落語家として師匠のどんな教えを受け継いでいきたいか」と聞かれ、弟子の桂ざこばが次のように語っている。

ぼくが小学校一年で親父を亡くしてアルバイトをした話をすると、「苦労したんやな」と言ってくださったんです。「でもな、世間にはもっと苦労した人がいる。あんまり、苦労を自慢話にしたらあかん」とおっしゃったのが心に残っています……。

こんな失敗や苦労をした、それを糧にして私は生き延びてきて今日に至っている……という話の展開だが、講師として迎えられるくらいなのだから、今は苦労を脱出しているに違いない。にもかかわらず、苦労話を売りにして活躍している講師が少なくない。義理で何度かその類の講演を聴いたことがあるが、教訓として記憶に残るものはほとんどなかった。そもそも成功か失敗かを問わず、ぼくは自分のキャリアにも他人のキャリアにもあまり興味がない。自分の過去を振り返り苦労を吐露するのはある種のノスタルジーだ。そんな哀愁ドラマは一人芝居していればいいのである。


「苦労を自慢話にしたらあかん」のは見苦しいからであるが、何よりもまず、生き方として粋ではないのである。もし苦労話をするのなら、喜劇仕立てにしてもらいたい。そもそも苦労とは、困難に直面して必死にもがき肉体的・精神的に多大な労力を費やすことだ。どんな困難か、いかに必死だったか、どれほどの多大な労力かは人それぞれ。世間的には苦労と呼べないほどのことなのに大仰に扱って涙ながらに語るか、他人から見ればのっぴきならない苦労を苦労だと思わずユーモアで自戒するか……ぼくは後者を粋な生き方だと見立てているが、残念なことに前者の話のほうが受けがいい。

ついでに辞書で「苦労話」を引いてみたら、「いかに自分が苦労してきたのかを、その経験とは何の関係もない他人に語ること。不幸自慢とも言う」とある。的を射た定義である。「個人的な苦労話をヒントにしていただければ幸いです」というスタンスの苦労人もいるだろうが、苦労話はほとんどの場合、本人の述懐に終始し、聴衆へ橋が架からない。ゆえに、聴いておしまい。余韻はめったに翌日まで残らない。いくばくかの感動を覚えるのは、自分に重ね合わせるからではなく、話に瞬間的に感情移入してしまうからにほかならない。苦労体験を積んで世事や人情に通じている「苦労人の話」と、己の責任で厄介事に巻き込まれた「運の悪い人の苦労話」との線引きをしておくべきである。

苦労人の話に耳を傾けるのを拒否しない。だが、苦労や努力の意味を理解せず、世間の人々がふつうに経験している程度の困難を、まるで自分一人の専売特許のように語る苦労話には辟易する。「あなた、苦労話以外にも語るに足る経験がおありなはずなのに……」と言いたくもなる。いや、一度だけ語るのならいい。誰を対象にしてもどこで話そうとも、苦労話が十八番おはこになっているのである。いつまでも苦労話の再現をするのではなく、苦労話を葬ることこそが近未来への展望につながるのではないか。話し手も話し手だが、苦労話の愛聴家もほどほどにしておくべきである。

ことばの揚げ足取り

コミュニケーションは意味を共有することである。わかりやすく言えば、発信者が伝えようとしたメッセージの意味が受信者によって理解されること。もちろん、伝えるにはそれなりの技術が必要であり、理解するためにはそれなりの〈参照の枠組み〉が備わっていなければならない。残念なことに、コミュニケーションという人間の根幹的活動は、いのちに関わるにもかかわらず、いつも十分に機能してくれるわけではない。表現をよく練って伝えたつもりが、思いのほか伝わらないのである。

公園のお願い(注意書き)

身近におもしろい例があった。遊び心で揚げ足を取ってみよう。標識はいきなり「お願い」という見出しで始まる。お願いとは誰かに丁寧に依頼する表現だ。はたしてここで伝えたいことはお願いなのか。お願いなのに、三行目に「禁止します」と強気に転じたのは、文を書いているうちに気が変わったのか。しかし、二つ目の文章は「ください」で締めくくっており、これはどうやらお願いのようである。

ここは公園である。お願いしている当局は「ここが公園である」ことを人々が分かっているという前提に立っている。さもなければ、サッカーやゴルフ、野球などが「いつでもどこでも誰にでも周囲に迷惑をかける球技」ということになる。言いたいことは、「公園でのサッカー、ゴルフ、野球などが迷惑である」ということだ。迷惑という表現はやや甘く響くが、「危険」とまで言い切る英断はできなかったようである。


さて、「サッカーやゴルフ、野球など」の「など」が曲者である。読み手たちの良識に甘えていることは明らかである。なぜなら、「など」に先立つ具体例(ここでは三つのスポーツ)から、読み手が他の禁止されるかもしれない球技を類推しなければならないからだ。周囲に迷惑となる球技はいくらでもあるだろうが、三つだけ挙げて「その他は常識的なご想像にお任せします」ということなのである。おそらくラグビーはダメだろう、ドッジボールもダメだろう、しかし、バドミントンはどうなのかとちょっと迷う。実際、この公園ではゲートボールは許されている(と言うか、推奨されてさえいる)。棒を用いるという点では野球に近く、硬い球を転がすという点ではゴルフに近いにもかかわらず。

二つ目の文章では「など」が消える。ずばり「犬」であり、犬だけに言及している。あなたたちが鎖を外して放し飼いするのは犬しかないでしょ、と決めつけている。羊や牛のことは伝達者の念頭にない。当局にとっては牧畜対象の動物などまったく想定外である。ひねくれ者はライオンやハイエナなら放し飼いしてもいいと解釈するかもしれないが、当局にとっては獰猛な動物などは論外なのである。「犬など」と書く必要をまったく感じなかったのは、公園で散歩をするのは人間と犬と相場が決まっているからだ。

周囲、球技、放し飼いには漢字が使われているが、迷惑は「めいわく」とひらがなで、鎖は「クサリ」とカタカナで、それぞれ表記されている。この標識の文章を読みこなすには小学校低学年の国語力では無理だろうから、おそろく小学校高学年以上を対象にしている。迷惑と鎖という漢字を読めないのではないかと危惧したのだろう。一つの配慮ではある。但し、日本語だけの表示であるから、お願いの趣旨を理解してもらう相手に外国人が含まれないのは言うまでもない。


ことばは難しい。一人で呟いたり詩歌を紡いでいる分にはなんとか扱えるが、誰かに意図や意味を伝えようとギアチェンジしたとたん、別の発想や表現や構造が必要になってくる。何から何まで伝えようとすれば、意に反して同語反復や疎通不全を招いてしまうのである。細やかなニュアンスを捨てて大意のみを伝えきるという覚悟がいる。だが、「公園内では球技禁止。動物の放し飼い禁止」と贅肉を削ぎ落として表現しても、言外の例外候補が無数に残る。球を使わないスポーツなら許容され、鎖にさえつないでいれば象を連れ込んでもいいのか……という具合に。

ことばの揚げ足を取り意味を逆手に取るのは詭弁である。注意書きなどは詭弁の前では非力なのである。コミュニケーションの協調原理は発信者側に強い負荷をかける。だからこそ、受信側に対してもメッセージ理解への協調努力を求めなければならない。つまり、「言及していない事柄が許容されているわけではない」ことぐらいわきまえるべきなのである。