コンセプトとしてのイルカ

「タカ」と「ワシ」を漢字で書けるか? 書ける人がいて、書けない人がいる。書けないなら、ワードで“taka”“washi”と入力する。「鷹」と「鷲」という漢字に変換される。ちなみに、英語なら“hawk”“eagle”だ。自分は書けないけれど、漢字を示されたら認識できる。
では、写真を見てタカとワシを識別できるか?

コンセプトとしてのイルカ タカ
この鳥の写真には一応タカというキャプションが付されている。しかし、タカもワシもタカ目タカ科だ。両者を比較せずに個体識別するのはかなり難しいらしい。一般的に大型のものをワシと呼ぶのだけれど、一般人だと真剣に観察しても区別はつきにくい。

このことからわかるように、はじめに「野生の生態としてのカテゴリー」があるわけではない。あくまでもコンセプトとしての、人為的な見立てにすぎない。

コンセプトとしてのイルカ イルカ
イルカとクジラという名称がある。イルカもクジラも哺乳綱クジラ目である。階級を一つ下ってマイルカ科に注目すると、ここに追い込み漁の対象となるイルカやクジラがすべて含まれる。体躯の大きさによって、イルカとクジラが分けられる。つまり、人が生み出したコンセプトである。

コンセプトとしてのイルカ 本
『イルカを食べちゃダメですか?』という書物がある。日本の捕鯨文化擁護論である。出版されておよそ五年。イルカを巡る世界世論はまたもや日本への新たな逆風となっっている。

イルカを食べたらダメですか?
イルカを追い込んだらダメですか?
イルカを生け捕りしたらダメですか?
イルカを飼い馴らしたらダメですか?
そして、やがてこうなるだろう。
イルカを見てもダメですか?

☆     ☆     ☆

『噴版  惡魔の辭典』というギャグの定義集がある。そこに【クジラ】という見出しがあり、編著者が定義を試みている。

地球上で最も巨大な生物であり、人類はこれに「食欲」を感ずる一派と、「愛」を感ずる一派に大別される。前者は間もなくこれの養殖を主張しはじめ、後者はこれの国際連合加入を主張しはじめるであろうと言われている。(別役実)

諸外国の人々が、日本人をいじめようと考える際、ひきあいにだすのにもっとも都合のいい動物。(横田順彌)

☆     ☆     ☆

何を食材としてきたか、そして今何を食材にしているのか。かつては人は選ぶことなどできず、風土的条件に支配されてきた。魚が好きだから、肉が好きだからなどという嗜好の前に、魚を、肉を食べざるをえなかった事情があったのである。そして、そういう食習慣が食文化を生み出した。

食文化とは民族固有のコンセプトなのである。どの動物を愛玩するか、または食糧とするか、どの動物を家畜とするか、または野生のまま生かすのか、あるいは見世物にするのかしないのか……。世界標準のものさしが必要なのか、ありうるのか……。重さや長さを測るような簡単な話ではない。

アルファベットスープ

シリア中部の世界遺産パルミラをイスラム過激派組織“IS”が制圧したという。ローマ帝国時代にもかなりの破壊行為が繰り返された地域である。いま再び人の手による崩落の危機に瀕している。

自ら「イスラム国」と名乗り、また他者もそう呼称するのは誤解を招き、イスラム世界にとっては寛容しがたい。そのことに関係諸国もマスメディアも同調してイスラム国(Islamic State)をアルファベットの頭文字で“IS”と表わし「アイエス」と呼ぶようになった。このやむをえない対処によって、ぼくの感覚も変化した。依然として数々の蛮行が繰り返されるにもかかわらず、アイエスと呼び換えることによって、憤りの感情が変容した。対象がぼやけてしまい、無機的かつ中性的になってしまったのである。

ここでシニフィアンとシニフィエを連想する。シニフィアンとは「表わしているもの」。記号表現のことだ。「ペン、pen」という文字の記号であり、音である。シニフィエとは、そのシニフィアンによって「意味されているもの」、すなわち記号の内容である。実際のペンであり、頭に浮かぶペンのイメージである。イスラム国というシニフィアンがアイエスに置き換えられても、シニフィエとしての過激派組織の実体が変わるわけではない。しかし、名は実体のイメージに影響を及ぼす。アイエスはイスラム国のイメージを無味な記号的存在にしてしまった。初めて「アイエス」を耳にする者にとってはマイルドでさえある。

☆     ☆     ☆

アルファベットスープ

アルファベットをかたどったビスケットがある。パスタもある。パスタはスープに入れて食べる。これを「アルファベットスープ」と呼び、アルファベット語圏の子どもたちには人気の料理だ。ばらばらの26文字から3文字や4文字で単語を綴ってスプーンに並べる。たわいもない仕草だが、形状がすべて同じ粒パスタとは違って、食べる愉しみが少しは膨らむ。

アルファベットスープと題された小見出しが“Ogilvy on Advertising”に載っていて、著者のデヴィッド・オグルビーが次のように書いている(拙訳)

どんな事情があるにせよ、頭文字で略した社名に変えてはいけない。IBM, ITT, CBS, NBCなどについてはすでによく知られている。しかし、いったいどれだけの人が次の社名にピンとくるだろうか? AC, ADP, AFIA, AIG, AIM, AMP, BBC, CBI, CF, CNA, CPI, CEX, DHL, FMC, GA, GE, GM, GMAC, GMC, GTE, HGA, IM, INA, IU, JVC, MCI, NIB, NCP, NCR, NDS, NEC, NLT, NT, OPIC, TIE, TRW, UBS.   これら37社はこの名で広告を出稿している。一般に浸透するのにどれだけの年月と費用がかかることか。無駄遣いである。

BBC, GE, GM, NECなどはわかる。しかし、他のほとんどは単なるアルファベットの組み合わせに過ぎず、無意味な記号に見えてくる。ぼくの会社の英文名は“ProConcept Institute Corporation”だが、単語のイニシャルを並べると“PCI”になる。固有性が消えて匿名になる。どこにでもありそうな乾いた名前になる。何の会社かわからない。そして、何の会社かわからないアルファベットを正式社名に変更する企業が多いのである。かつて社名を頭文字に略して3文字で綴るのが流行したせいだ。

企業風土も理念も表現できないこのようなアルファベットスープ的な社名は、子どもの気まぐれなお遊びに似て恣意的である。論理が抜け落ちてしまっている。今年に入って何人かのコンサルティング会社の人たちに会ったが、いずれもアルファベットカンパニーであった。何という会社か、まったく覚えていない。親密性がなく記憶に掛かりにくければ関心が薄れる。ISで鈍らされた感度に近いものを覚える。

ここはぼくの場所だ

大きな世界地図を手に入れた。かなり精細に作られている。この一枚をトイレの壁に貼ることにしたわが家は狭いが、トイレの壁面積はまずまずなのである。その地図の、陸地ではなく、大西洋、インド洋、太平洋の海に浮かぶ小さな島々を目で追った。島と島を空想的に巡っていくと、点と点が結ばれ、地図上には引かれていない線が浮かび上がってくる。

Outre-mer_en

フランス領の島々がかなりあるので、インターネットで調べてみたら《フランスの海外県・島々》と題した地図が見つかった。フランス領の島々が他国領の数を凌いでいるように見える。これは新しい発見だ。南太平洋、インド洋、北大西洋のメキシコ湾に仏領の島々が点在している。もちろん、スペイン領の島……イギリス領にアメリカ領の島……オーストラリアやニュージーランドにも島が多い。

大航海時代に遡ってみる。これらの島々の一部は無人島だったかもしれない。しかし、アメリカ大陸発見と同じ経緯も多々あったと推測できる。つまり、航海者や探検家にとっての「発見」であって、たいていの島では原住民が古来住み続けていたはずだ。領土と宣言するに到る過程の血生臭いシーンが浮かぶ。先住権よりもよそ者の横領による占有権がものを言った。「ここはオレの国の島だ!」


と、ここまで書いて、パスカルの警句を思い出した。

ぼくのもの、きみのもの。
「この犬はぼくのだ」と、あの坊やたちが言っていた。
「これは、ぼくが日向ひなたぼっこする場所だ」
――このことばに地上のすべての簒奪さんだつの始まりと縮図がある。

(パスカル『パンセ』295

既得権のある者が領域侵犯者に告げるのではない。簒奪ということばが示すように、のこのこ後からやって来た者が既得権者に対して「そこはオレの場所だ!」と縄張り宣言をして横領したのである。日向ぼっこというたわいもない習慣で終わらないのが強欲な人間の常であり、覇権をねらう国家の魂胆も別のものではない。日向ぼっこの席がベンチ一つ分へ、ベンチの周辺へ、さらには公園、地域へと拡張していく。

「オレの、私の、ぼくの、われわれの」という一人称所有格は厄介である。かと言って、「みんなの」と言い換えたところで共有意識が高まるとはかぎらない。その名を持つ政党が崩壊したのは記憶に新しい。人間生来の欲望だろうか、自分のものは自分のものであり続けて欲しい。そして、垣根を一つまたいだところにある誰かのものも、できれば自分のものにしてしまいたい。ギャグめいた常套句、「ぼくのものはぼくのもの、みんなのものもぼくのもの」がこうして生まれる。

小さく威張ることに慣れると、やがてエスカレートして大きく威張るようになる。小さな権利を手に入れれば暴走気味に大きな権利を欲しがるようになる。ぼくの小学生の頃、教室の机は一卓二人掛け。机の中央に線を引く男子がいた。その線を消しゴムが越境すると、「ここはぼくの机だ」と主張した。やがて、「こっちに入ったら返さない」と言い始めた。中央に引く線が引き直され、男子は机上の領土を広げた。これが簒奪の始まりであり縮図であるなら、その後の人生で彼はかなりの数の消しゴムや鉛筆、その他諸々の物品や土地を手に入れたに違いない。

嘘と悪口

この名随筆シリーズの「嘘」を編集するにあたり、八年間かかって五万冊の随筆集を読破した。「嘘」をテーマにした随筆は数少なかった。さらにまた、読んで面白いと感じたものはもっと少なかった。そのためわたしは鬱病となり、リタリン(鬱病の投薬剤)を八百錠のみ、そのため胃潰瘍となって手術を八回した。

これは、日本の名随筆シリーズ『嘘』のあとがきの書き出しである。同書の編集を担当した筒井康隆の文章だ。どうやら嘘っぽい。と言うか、嘘である。嘘について書かれた随筆を集めて一冊の本にすれば、あとがきも嘘で締めくくるのは当然? いやいや、案外まじめにあとがきを書いてしまいそうな気がする。嘘のあとがきはちょっと気づきにくい着想だ。

急ぎ足で歩いていたら見ずに済んでいた。ほんの少し歩を緩めたばかりにその標語が目に入ってしまった。見るだけでは終わらず、そこに書かれている所論しょろんの罠に引っ掛かったかのように、下手な考えを強いられる破目になった。


他人の悪口

「他人の悪口は嘘でも面白く、自分の悪口は本当でも腹が立つ」と書いてある。特に前段が引っ掛かったのである。悪口とは読んで字のごとく「人のことを悪く言うこと」である。たしかに他人を悪く言うのを愉快がる者はいる。しかし、それは本人のいない場での陰口の場合だ。本人に直接悪口を言う時ににこりと笑うことはなく、ほとんど非難や罵倒に近いはずだ。面と向かって非難したり罵倒したりする時は、おもしろいなどとは思わず、たいてい怒り心頭の場合ではないか。

譲歩して、他人の悪口を言うのがおもしろいとする。それでも、なぜここに「嘘でも」と付け足さねばならないのかがわからない。「嘘でも」と言うかぎり「本当である場合は言うに及ばず」を前提としている。「A氏が禿げていてカツラをしている」のが真実だとして、その話を酒の肴にしておもしろがるのは悪口なのか。それが悪口かどうかは、A氏に聞かねばならない。陰で言われていることを知ったA氏が、寛容の人物なら「真実だから悪口じゃないね」と言うかもしれないし、禿げていてカツラを付けていることにコンプレックスを感じているなら「けしからん悪口だ」と憤るかもしれない。けれども、真実でないのなら、それは陰口でも悪口でもなく、ただの嘘である。

つまるところ、「他人の悪口は本当でも嘘でもおもしろく、自分の悪口は本当でも嘘でも腹が立つ」と言いたいのだろう。それなら、「他人の悪口はおもしろく、自分の悪口には腹が立つ」で事足りる。しかし、他人の悪口をおもしろいと思わず、自分の悪口にも腹が立たないぼくには当てはまらない。そこで、「他人の悪口をおもしろがる者は、自分の悪口には腹を立てる」と全文を書き直して、悪口好きな人間の話にしてしまえばいい。いずれにせよ、嘘と悪口の併せ技はちと欲張り過ぎた気がする。もし冒頭の随筆シリーズが『悪口』だとしたら、『嘘』で収録された随筆とはまったく違う作品が編まれたに違いない。嘘と悪口は別物なのである。

哲学のすすめⅢ

今でこそEUのお荷物的存在のギリシアだが、古代は思想、芸術、科学、都市、文化、スポーツなど万般において花盛りであった。今から二千数百年前の話である。東洋の古代思想界もギリシア同様に百花繚乱であった。これ以降の人類が、技術に実績を残してきたものの、知的進化、とりわけ人間性の鍛錬においてどれほどのことを成し遂げてきたのか、大いに懐疑しなければならないだろう。試みに東西を代表する哲学者・思想家を生年順に置いてみた。錚々たる顔ぶれをこうして並べてみると、末席のアリストテレスや孟子が若く見えてくるから不思議だ。

ピタゴラス          (前582年~496年)
孔子                   (前552年~479年)
ソクラテス          (前469年~399年)
釈迦                   (前463年~383年)
プラトン              (前427年~347年)
アリストテレス  (前384年~322年)
孟子       (前372年~289年)


哲学 アリストテレス

アリストテレスの『哲学のすすめ』の第四章と第五章では「技術」が一つのキーワードになる。目覚ましく進展する技術を開発当事者が持て余し気味の現代社会。アリストテレスの示唆にヒントがあるかもしれない。

技術によって生じるものはすべて、何かのために生じるのであり、この何かは技術にとっての最善の目的である。これに対して、偶運によって生じるものは、何かのために生じることはない。

最先端技術を駆使したドローンは「何か」のために開発された。その何かは元々攻撃や偵察であった。では、攻撃や偵察は最先端技術の最善の目的であるのか……こんなふうに考えてみる。いや、違う。誰の手でも制御できるように小型化した時点で、善用されるべき目的――普遍的な目的――を明確にすべきだったのである。意義深い目的のために開発されたものであっても、濫用に到れば偶然の産物と化す。偶然の産物に善なるものもあるだろうが、理知が働くことは稀である。アリストテレスは続ける……「技術は自然を補助し、自然がやり残したことを埋め合わせるためにあるのだ」。


第六章と第七章。これまでの繰り返しに近い内容である。もっとも、アリストテレスがこの一冊をこの順で書き下ろしたのではなく、「哲学・知識・知性・善」などを主題として断片メモを後世の人間が編纂したのであるからやむをえない。

「知る能力や知識を持ち合わせること」は必要である。しかし、これは可能性または潜在性のものであって、理知的であると言うには不十分である。「知識を用いること」が真の理知であり、現実性を帯びて顕在してはじめて必要十分となる。たとえば健康を目指して学ぶ健康の知識や摂取するサプリメントは可能性に過ぎない。健康になることそのものがより高位の善なのである。実践の知は読書よりも、また、幸せな現実の生活はインフラよりも、それぞれいっそう善に近く尊いのである。

哲学書を読むことよりも、哲学する日々の生活に意味がある。考えることは特別なものではなく、身近であり愉快であること、衒学的な知を格納するのではなく、生活の知としてユーモアを交えて楽しむこと……こんなふうに『哲学のすすめ』の着地点をぼくなりに定めた次第である。最後にアリストテレスのことばで締めくくっておくことにする。

「哲学することは幸福に深いかかわりをもつ」

「最も支配的なものは卓越性〔理知〕であり、すべてのものの中で最も楽しいものである」

《完》

哲学のすすめⅡ

ルネサンス時代のイタリアの画家ラファエロに『アテナイの学堂』という大作がある。どの人物が誰なのかすべて特定されていないが、ここにはギリシアの哲学者や門弟たちが描かれている。そして、それぞれの人物像にルネサンス当時の著名人がモデルとして対応しているらしい。

2アテナイの学堂(ラファエロ)

絵の中央部分を拡大すると、そこにソクラテス、プラトン、アリストテレスが描かれている。ソクラテスとアリストテレスのモデルは不詳だが、プラトンのモデルはㇾオナルド・ダ・ヴィンチというのが定説だ。興味深いのは、師弟関係にあったプラトンとアリストテレスのポーズである。イデアを哲学の原点に据えたプラトンの右手人差し指が天をついているのに対し、アリストテレスの右手の手のひらは地に向けられている。二人の様子から、「つまるところ、イデアだろ?」というプラトンに、「いや、あくまでも現実です」とアリストテレスが応じているような雰囲気が漂う。

閑話休題。さて、そのアリストテレスの『哲学のすすめ』の第二章と第三章を読解してみよう。第二章は第一章を小さく敷衍する形になっている。次の文章が主題文である。

もし人間が本来多くの能力から合成されてできているとすれば、人間が本性上成し遂げることのできるもののうち、最善のものがつねにその固有の働きであることは明らかだ。たとえば、医者の固有の働きは健康であり、舵手の働きは安全であるように。

どんなに複合的な能力が自分に備わっていても、単なる足し算では話にならない。自分にとって最も重要なコミットメントに独自に働きかけなければならないのである。自分が何業であるかという職分の意識を持ち、理知と賢慮を最高善のために働かせるということだ。「あなたの仕事はどんな善の実現のために存在するのか?」と問われて、一言で即答するのは容易ではない。


第三章では理知を欠くことを嘆く。今の時代に幅をきかせ始めた反知性主義、あるいは現代人が陥りがちな思考停止状態への警告としても読める。2400年前の指摘なのに、色褪せているようには思えない。

たとえ人が一切のものを持っていても、思考する力に欠陥があり病的であるとするなら、その人の生は望ましいものではない。(……) 観照的に哲学すべきである。そしてできるかぎり、知識と知性に則した生を生きるべきである。

いかに専門性の高い技術を身につけたとしても、あるいは人脈や財産に恵まれたとしても、自分の頭で考えていないのなら幸せな人生にはならないという。思考が主体的に生きることを可能にする。その他のすべてのものは思考を核としてはじめて固有の価値になる。「観照」とは聞き慣れないことばだが、「感情的にならずに、あくまでも冷静に人生や自然や美などの抽象概念について思索すること」を意味する。当然、こんなことは面倒だから、人は安易に反応的で受動的な感性にすがりたくなる。「線の思考」よりも「点の思いつき」で生きれば、誰だって幼稚なモラトリアム人間のまま大人になっていくだろう。

考えるということを本を読んだり調べたりすることだと錯覚している人がいる。ぼくの仕事である企画は思考行動以外の何物でもないのに、調査や情報収集だと思っている人がいる。自称「考える人」も、思考というものは独り沈思黙考することだと信じて疑わない。しかし、ぼくたちは腕を組んで独りで考えることなどできないのである。人は対話を通じてよりよく考える。哲学することと対話することは不可分の関係だ。対話不足の職場に思考の広がりや深まりを期待できるはずもない。

人には〈センスス・コムニス〉が備わっている。共通感覚のことである。共通感覚によって人は他者のことを顧慮することができる。自分自身を他者に置き換え、他者を自分に置き換えることができる。これが人間関係の基本だ。このことを踏まえれば、感情的にカリカリせずに理性的に対話することは可能なのである。 

《続く》

哲学のすすめⅠ

「デカンショ」と言えば、デカルト、カント、ショーペンハウエル。哲学青年の間で合言葉になり歌になった時代がある。近代哲学の人気御三家というところか。ギリシア哲学の古典的草分け御三家となると、「ソプラアリ」で異論はあるまい。ソクラテス、プラトン、アリストテレスは「同門の直系三代」である。ソクラテスの本は一冊も読んでいない。読んでいないのはぼくだけではない。誰も読んでいない。なぜなら著作がないからである。ソクラテスの思想についてはプラトンの一連の著作によって知りうるばかりだ。

アリストテレス『哲学のすすめ』

さて、「哲学のすすめ」というタイトルにしたのはぼくの動機ではない。アリストテレスの『哲学のすすめ』について紹介する機会があったので、そのまま流用した次第。どんな哲学の本を読めばいいかと知人に尋ねられ、ぼくが答えていいものかどうかも考慮せず、入門の一冊として紹介したのがこの本だった。二年前に書評会で取り上げた、比較的とっつきやすい一冊のつもりである。但し、買うには及ばないと思い、「ぼくがまとめた文章があるから、これを読んでみたら」と告げて書評を差し出した。

小説を耽読していた反動だと思うが、三十数年前から哲学を読むようになり今もその遍歴が続いている。書かれていることを覚えることにさほど関心はない。では、何のために読むかと言えば、考えるヒントにするためである。あくまでも個人的な読書習慣であって、他人様に哲学書を勧めることはほとんどしない。デカンショのカントが「人は哲学を学ぶことはできず、哲学することを学びうるのみである」と唱えた通り、哲学すること、つまり、知を尊んで考えることに意味を見い出す。アンチエイジングの一手段かもしれない。『哲学のすすめ』の書評をもとに3回に分けて書いてみることにした。


アリストテレスの著作はやさしくない。哲学の専門家に向けられた論文や講義草稿の大半は形而上学的な理屈で書かれ、時には閉口し本を閉じてしまいたくなることさえある。一般向けに著された書物はほとんどなく、この一冊が唯一の例外と言ってよい。本書は、前4世紀頃に書かれた断片メモを掻き集めて後年編纂されたもので、原題は『プロトレプティコス』。まるで恐竜の名前のようで、うっかりすると舌を噛みかねない。ギリシア語で「勧告」という意味らしいが、さしずめ「やさしい哲学(知恵への愛)入門」というところだ。

われわれの対話の相手は人間であって、その神的な生の分け前を意のままにできるような方々ではない。だから、この種のすすめの言葉には政治的実践的な生への忠告を混ぜ合せなければならない。

これが第一章の冒頭である。凡人相手に哲学を語るときは、政治や有益な生の過ごし方をからめるべきだと言う。政治をからめたら余計に難しくなるのではないかと危惧するが、現代と違って、この時代のギリシアでは政治が(そして対話が)生活に身近な存在だったのである。では、どんな知識が存在し、どの知識が特に重要だとアリストテレスは説いたのか。

① 生活に便利な知識  vs  その知識を活用する知識
② 奉仕する知識  vs  命令する知識

このように対比した上で、①と②のいずれも下線部のほうに軍配を上げている。①では何が語られているか。生活に便利な知識を、たとえば「料理に関する知識」としてみよう。これは蓄えた知識である。この蓄えた知識を「実際においしい料理に仕上げる知識」こそが重要なのである。後者の知識はもはや「知っている」ではなく、「実践できる」という意味に限りなく近い。②はどうか。提供するだけに止まらない知識、つまり、人に指示し人を動かす知識の優位性である。「主体的で統率的な力を持つ知識」と言ってもいいかもしれない。

アリストテレスによれば、このような実践性にすぐれた知識の内においてのみ真の意味での「善」が存在する。善はアリストテレス哲学の重要なキーワードである。人は理性を発揮して正しく判断しなければならない……そして一切の感情を捨てて冷静に善について思索しなければならない……これを一言化したのが《フロネーシス》なのだろう。理知または賢慮と訳されるこの概念は、幸福と並んで、最高の善と見なされた。アリストテレスにおいては、フロネーシスこそが優れた人物の証だったのである。 

《続く》

ある「否定形の案内文」

ゼノンの論証のパラドックス。現実にありそうもないことを、さもありうるかのように論証する試みである。走ることが遅い者は、速い者よりも前を走っているかぎり、追いつかれず抜かれることはない……なぜなら足の速い者が遅い者がいた時点に着く時には、遅い者はすでにそこから先に行っているからである……というパラドックスがその一つ。

そんなもの一気に追い越せるではないかという反論をしても、ゼノンは言う、「足の速い者が追い越すためには、足の遅い者がすでに通過した地点にまず達しなければならない……しかし、その地点がどこであろうと、足の速い者が着いた時点で、足の遅い者は必ず少しでも先に行っているはずだ」と。

電光掲示板、アキレスと亀

上記のパラドックス物語を競演するのが「アキレスと亀」である。どんなに足の速いアキレスでも、いったんのろまな亀にハンデを与えたら最後、永久に追いつけない。先月関東に出張した折り、そんなゼノンのパラドックスを想起させる文言に出合った。東京駅の山手線ホーム、電光掲示板の電車案内文がそれである。

終点まで快速に抜かれません。

この普通電車は快速に抜かれない、それはちょうど亀がアキレスに抜かれないのと同じである……。まさか。


これは書かれた日本語である。決して声に出してみる日本語ではない。こういう文章を見ると、こう書かざるをえない事情があったのかと穿うがった見方をしてしまう。「終点にはこの電車が先着します」と肯定文で書かないのは、快速以外に別の何かが先着するからだろうか。あるいは、この電車と快速のどちらが早く終点に着くでしょうかというクイズに対する正解発表なのか。つまり、この電車は快速に抜かれないので、終点に着くのはこの電車です、というつもりか。

「次に6番線にまいります電車は……」とか「次の列車は……」に慣れているぼくには、「今度6番線にまいります電車は……」や「今度の列車は……」に違和感を覚える。それでも、何度か聞いていればなじめそうなので、「次」か「今度」かどっちがいいかなどとも考えないし、「今度」の揚げ足を取ってやろうなどとも思わない。慣れの問題であるから。

「快速に抜かれません」には生涯慣れることはないだろう。「この電車は○○駅で快速通過待ちをします」と聞いていつも悔しがる乗客への励ましのつもりなのに違いない。「お客さん、いつもいつも後から出る快速を先に行かせてごめんなさい。でも、この電車はね、快速に抜かれませんよ。誇らしく優越感を抱いて終点までどうぞ」というつぶやきに見えてきた。

『出発』とランボー

飛行機雲1

鮮やかに直線を引く飛行機雲を目にした。飛ぶ機体も、背景に青をいただく白という図も何度も見上げてきた。しかし、いつも同じようには見えない。季節の空気で気配は変わるし、しばらく続く残影も気分によって変わる。すべての飛ぶ飛行機は「着陸」を目指す。つまり、ある地点に到着する。高空にある飛行機を見るたびに「どこへ行くのだろう?」と素朴に思う。けれども、すでに離陸したからこそ着陸がある。「どこから来てどこに向かうのだろう?」と想像すれば、出発と到着が一つにつながる。

若かりし頃に読んだアルチュール・ランボーの一篇を連休中にふと思い出した。もちろん、半世紀近く前の詩を丸暗記しているはずもない。だが、偶然とは不思議なもので、この飛行機雲を見上げる直前に、古本屋で懐かしいランボー詩集に巡り合い手に入れていたのである。買ってはいたが、数冊のうちのついでの一冊であり、ページすらめくっていなかった。飛行機雲を見たその場では「離着陸」を連想し、もう一度写真を見てランボーのイリュミナシオンの中の『出発』がよみがえり、そして詩集を買ったことを思い出したのである。早速その一篇を探した。フランス語と日本語の併記で紹介されている。

DÉPART

Assez vu. La vision s’est rencontrée a tous les airs.
Assez eu. Rumeurs des villes, le soir, et au soleil, et toujours.
Assez connu. Les arrêts de la vie. ―― O Rumeurs et Visions!
Départ dans l’affection et le bruit neufs!

出発

いやほど見た。幻はどんな空気にも見つかった。
いやほど手に入れた。夜ごと、町々のざわめき、陽が照っても、いつもかもだ。
いやほど知った。かずかずの生の停滞。 
――おお、ざわめきと幻よ!
新たなる愛情と響きへの出発!


フランス語は話すのは苦手、聴くことはさらに苦手である。苦手なのはほとんど口と耳を使って学習してこなかったからだ。それでも、辞書があれば、英語とイタリア語からの連想も交えて、ある程度は読み取れる。まったく偉そうなことは言えないが、この詩のフランス語はさほど難しくない。しかし、この訳で原詩のニュアンスが伝わっているのだろうか。上田敏ならどんなふうにこなれた日本語で紡いだだろうかと想像した。好奇心から他にどんな訳があるのか調べてみた。『ランボオ』について書いている小林秀雄の訳を見つけた。

見飽きた。夢は、どんな風にでも在る。
持ち飽きた。明けて暮れても、いつみても、街々の喧噪だ。
知り飽きた。差押えをくらった命。――ああ、『たわ言』と『まぼろし』の群れ。
出発だ。新しい情と響きとへ。

これはどうなんだろう。先の訳よりも切れ味があるような気はする。しかし、こうして二つの訳を比較してみると、同一の原詩を訳したとはとても思えないほど感じるものがかけ離れてしまう。もう一つ別の訳がある。

見あきた あるだけのものは もはや見つくした
聞きあきた 夜となく昼となく いつもお定まりの町々の騒がしさ
知りあきた 生命もたびたび差し押さえられた ――ああ やかましい雑音と仇な幻
出発だ 新たな情緒と新しい雑音のうちに

どの訳に最初に出合うかによって詩人に抱く印象が変わる。そして、もし最初に読む訳詩だけしか知らずにいたとしたら、決定的である。詩には小説の翻訳以上に訳者の思いが反映される。詩人と訳者の合作を読んでいるようなものだ。


ランボーの署名が残っている。その直筆に幼さを感じる。それはそうだろう、37歳で生涯を終えたランボーが詩作したのは156歳からのわずか数年間だけだったのだから。誰もが認める早熟の天才。そのサインの筆跡が示す通りの幼さを見せながらも、ランボーは奇跡的に現れて、「不思議な人間厭嫌の光を放ってフランス文学の大空を掠めた(……)」(小林秀雄)、そして、不気味な空気を詩編に残して、彼は消えた……。

早逝の詩人ゆえ当然寡作である。全詩を読み尽くすのに、念には念を入れて仏和で味読したとしても、一日あれば十分である。ぼくらの世代のちょっとした文学青年なら十代か二十代前半に読んでいる。とうの昔のことだからすでに本を処分しているかもしれない。ぼくもそんな一人だ。半世紀近くを経て偶然手元にあり、今ページが繰られる。そう、あの飛行機雲から『出発』を思い出した偶然の成せる業である。ところで、最近の若い人たちはランボーを読むのだろうか。

洋画の原題とその邦題

「ゴールデンウィーク」なる和製英語。類推の域を出ないが、このことばはぼくが気づく前から存在していたようである。むしろ、大型連休のほうが後々になって耳に入ってきたような気がする。そのゴールデンウィーク真っ只中である。毎年この時期はどこにも出掛けない。たいてい冬服から春夏服への衣替えをしているか室内の模様替えをしている。二日間そんなふうに過ごし、隙間に読書をしたりしていたが、退屈してきたので映画館に出掛けることにした。午前940分始まり、一日一回の上映のみなので、朝8時半に自宅を出た。

間奏曲はパリで

フランス映画『間奏曲はパリで』。ここで作品紹介するつもりはない。特に映画マニアでもないから俳優のことはよく知らない。仮に作品がハズレだったとしてもすでにシニア割引の特権を持つから、さほど後悔することはない。鑑賞しての印象は、後悔どころか、かなり満足して映画館を後にした。特にパリを舞台にした後半の1時間には見覚えのある光景が多く、懐かしく記憶を辿ることができた。

ところで、原題は”La Ritournelle“である。この単語はぼくの仏和辞典(白水社)には見当たらない。これに近い単語がイタリア語にあるのを思い出し、伊和辞典で調べてみたら“ritornèllo”だった。音楽では「リフレイン」という意味で使われる。この語が外来語としてフランスで使われるのだとしても、間奏曲という意味に転じるはずはない。伊和辞典の二つ目の意味は「決まり文句」。リフレインとは繰り返しのことだからうなずける。


決まりきった日常生活にふと倦怠を感じた主人公の五十代女性。彼女が田舎からパリに出るのを寄り道ととらえ、二日間息抜きする様子を生活の幕間に流れる間奏曲になぞらえた……音楽が一つの伏線になっていることもあり、この邦題に決まった、とぼくは勝手に想像している。だが、元々は「リフレイン」のことだから、息抜きよりも「来る日も来る日も決まりきった作業の繰り返し」という点が主題なのだろう。

題名は興行の成否にも影響するし、名作として残るためにはそれなりの表現の格も重要なのに違いない。原題の文言に忠実であろうとするか、作品の主題を生かす工夫をするか、邦題の表現づくりは大いに悩む仕事であると想像できる。過去の洋画の題名をいくつか思い出す。

“Taxi Driver”は『タクシードライバー』、“Love in the Afternoon”は『昼下がりの情事』。いずれも原題に忠実な邦題である。

『俺たちに明日はない』は原題“Bonnie and Clyde”からかけ離れている。ボニーとクライドの名前が消えた。

数年前に観たフランス映画『オーケストラ』の原題は“Le Concert”。コンサートとオーケストラは正確には違うが、これはオーケストラのほうが作品に合っていたと思う。

イタリア映画“Il Papa di Giovanna”は、直訳すると「ジョヴァンナのパパ」だ。これが『ボローニャの夕暮れ』に化けた。

最近観たイギリス映画に“Le Week-End”がある。これだけだと週末にどこに行くかわからない。邦題は『ウィークエンドはパリで』となり、今朝の映画の題名によく似ている。いずれの原題にもない「パリ」を邦題に入れて女性ファンを増やそうという狙いに違いない。実際の旅でも映画の舞台でもパリの吸引力は強い。