そうであり、必ずしもそうではない

どんな意見に対しても、社会にはイエスがありノーがありうる。また、ある意見に対して一個の人間の内でも「そうだ」と「必ずしもそうではない」が拮抗し、イエスともノーとも結論できないことがある。「そうである」と「必ずしもそうではない」を往ったり来たりしているあいだは、たぶん少しは考えているのだろう。

「(……)人がその偉大さを示すのは、一つの極端にいることによってではなく、両極端に同時に届き、その中間を満たすことによってである」(パスカル『パンセ』三五三)


「考えろ、考えろ、たとえ一秒の何分の一ぐらいの時間しか残されていないとしても。考えることだけが唯一の希望だ」(ジョージ・オーウェル『1984』)

外食に出掛けたら、何を食べるかよく考えた時ほどおいしくいただける。食べることは人生の重要案件であるから、よく考えるにこしたことはない。しかし、何も考えずに行き当たりばったりでもうまいものに出合えることがある。食に関しては考えることだけが唯一の希望ではなさそうだ。考えに考えて絶望することだってあるのだから。

「上手に勝ち、上手に負ける。上手に勝つとは、相手を傷つけず相手に恨みを持たせず、相手が潔く負けを受容して納得すること。上手に負けるとは、わざと負けたり早々に投げたり諦めたりするのではなく、精一杯戦って負けることである」(拙文、20111月)

十年前に書いた文章だが、今も勝ち負けに下手であったり下品であったりしてはいけないと思う。とは言うものの、「精一杯戦って負ける」ことを上手と呼んでいいものか。だいいち、「精一杯」かどうかを判断するのは自分を除いて他にない。「精一杯戦って負けたのだから仕方がない」は自己正当化のための言い訳になる。

「(本を選ぶにあたって)自分の身に付いた関心から選ぶのがいい(……)自分の内側からの欲求=好みを強烈にもつことがどうしても必要であり、そうすることなくしては、現在のこの書物の洪水、情報の氾濫から身をまもること、いやそれに積極的に立ち向かうことは難しい」(中村雄二郎『読書のドラマトゥルギー』)

読みたい本も読まざるをえない本も含めていろんな本を読んできた。ぼくのような歳になったら読まねばならない本や無理に読まされる本などはもうほとんどない。好奇心の赴くまま、書店や古書店で縁を感じて手に入れて読むばかりである。しかし、好みや欲求に応じて限られたジャンルの本ばかり読んでいると飽きがくる。時々、まったく知識のない本に立ち向かっておかないと知がなまぬるくなる。

「頑張ってください」

他人が使っているとほとんど何も意図せずに抜け抜けと言うものだと思うが、他に何も言うことがない時、「頑張ってください」はとても便利である。使わないように気をつけているが、つい使っている自分がいる。しかし、励ましのつもりが、残酷でひどいことばと化すことがある。そして、ぼくの経験上、「頑張ってください」と伝えた相手が頑張ったためしはほとんどないのだ。

シャンプーとリンス

この時期理髪店に行くと、シャンプーもトニックも涼感メントールを使ってくれる。すっきり爽やかな気分になって店を出る。但し、効果は長続きしない。灼熱の空気の中をしばらく歩いているうちに頭と額から汗が滲み出る。

「シャンプーとリンス」という題名ではあるが、記憶と検索にまつわるエピソードを書く。先日、シャワーを浴びシャンプーをしている最中に「ブログでシャンプーということばを使ったことがあったかなあ?」とふと思ったのである。書いた覚えはあるが、どんな内容かまったく思い出せない。

こんな時、手帳で探し当てるにはエネルギーを要するが、ブログなら記憶にないことを一発検索できる。検索窓に「シャンプー」と入力したら1件がヒットした。1件のみである。次のような文章を7年半前に書いている。

「理髪店に行くと、何かが変わる」という一文を読んだことがある。たしか、「まずヘアスタイルが変わり気分が変わる」ようなことが書いてあった。そして、「もしかすると、魂が変わり、ひょっとすると、髪型だけではなく顔も変わるかもしれない」というようなことが続いた。しかし、現実に変わるのは髪型と気分だけで、それ以外は変わらない。変わると思うのは妄想である……と書いてあったような気がする。理髪店は妄想の時間を提供してくれる。だから、最後にシャンプーで妄想を洗い流す……

以前読んだ本のうろ覚えの話を再現した文章である。妄想多き人にはシャンプーをおすすめしたい。


シャンプーとくれば、次はリンスである。シャンプーのことは書いても、リンスはたぶん書いていないと半ば確信して、これも検索してみた。驚いた。1件だったシャンプーに対して、リンスは3件ヒットしたのである。リンスのことを3回も書いたとはにわかに信じがたかった。1件目は次の文章である。

(……)カフェやレストランは四季の節目単位で模様替えしているかのようである。しばらく足を踏み入れないと、迷宮(ラビリンス)のさすらい人になりかねない。

意味内容まで精査せずに、文字づらだけを探し出すのが検索。ラビリンスの「リンス」を拾った。リンス違いである。シャンプーで妄想を流した後は、リンスしてさまようのか。

2件目と3件目は同じ。なんと「ガソリンスタンド」である。ガソリンスタンドからリンスを拾うとは、PC検索ならではの「ぎなた読み」である。

と言うわけで、本家のリンスについては一度も書いてないことがわかったが、今回のこの記事の公開後、早速検索に引っ掛かることになる。

言いがかりや文句ばかり

想像以上に事態が長引いている。コロナである。もはやご丁寧に「新型コロナ」などと言わなくていい。すでに第5波と言うから、長引くという表現は生ぬるい。まだ感染拡大傾向にあるなら「こじれてしまっている」と言うべきか。厄介だが、個人で対処できることは限られている。

現実を受け止めるしかないが、受け止め方や反応はいろいろ、人もいろいろ。淡々と日々を送る人、じっと辛抱している人、開き直っている人、自暴自棄になっている人、ストレスをため込んでいる人、苛々を文句に換える人……。

この人、変わったなあと思う場面が増えた。これまでは温厚だったのに、相手不特定のまま言いがかりをつけたり文句を垂れたりするようになった人。何事にもハハハと笑い飛ばしたり大らかに処していたのに、今はSNSでもメールでも過激に吠えまくる人。わずか23行の言いがかりや文句だから、解決案も理由も特に書かれていない。

ステイホームでひきこもるのもストレスがたまる。仕事がキャンセルになる、延期になるのも当たり前。さっき電話があって、再来週の出張が10月以降に延びた。自分の思うようにならない。この機会に暮らしや生き方の見直しをしてみるのも一つの解決策である。一方、一部の人たちは、以前なら見過ごせた些事に不平をこぼし不満を募らせる。不平、不満は「不機嫌」と化し、やがて「不賛成」へと高じ、仮想敵と対立する。公開の場のクレーマーはたちが悪い。


本ブログに『世相批評』というカテゴリーを設けているが、理由付きの批評をしようと思ったら数行では無理で、経験的には少なくとも千字を要する。数行の世相批評ではモラルを欠くし、ことばを選ぶ余裕がない。ストレス解消のための自分勝手な言いがかりだけで終わる。それを主義主張だと思っているから、揚げ足を取っていちゃもんをつけ始めると止まらない。

ある種の素直な諦観がないと現状は曇って見えてしまう。企画研修でも一番難しいのは現状分析だ。企画初心者の分析のほとんどは現象面への文句に近い。現状の原因解明はかなりアバウトである。そんな思いつきのような分析からは解決策が出てくるはずもなく、仮に出てきたとしてもその出来は推して知るべしだ。と言うわけで、言いがかりや文句のメッセージが目に止まった瞬間、脳内シュレッダーで裁断している。

素人の評論は玄人の評論と違うべきであり、違うがゆえに素人の批評が意味を持つ。評論をなりわいとする批評家と違って、ぼくたちアマチュアの世相批評は言う人・書く人も聴く人・読む人も楽しまなくてはならない。言語的に過激になりがちなところをちょっと我慢して、ユーモアや愉快の味付けをしてみるのだ。

知人とのやりとりを元に本稿を書いたが、ユーモアや愉快の味付けができなかった。反省している。千字以上費やしても批評は容易ではない。

私的ニューズペーパー事情

新聞を購読する世帯がどんどん減っている。ここ数年特に顕著だ。購読者が減れば発行部数が減る。ちなみに、2020年の発行部数は2017年に比べて700万部も減少した。部数だけで価値を評価すべきではないが、他のメディアに比べて新聞への情報依存率が低くなったのは明らかである。

今のマンションに引っ越した2006年、一番に訪問してきた販売店の新聞を購読することにした。当時はまだ勧誘が活発で、初月無料や美術館チケットの配付などのサービスがあった。新聞にはよく目を通し、公私に役立ちそうな記事はマメに切り抜いて再読したりもした。しかし、34年前からあまり読まなくなった。そして、ついに20195――記念すべき令和元年早々に――購読をやめた。

新聞がないと情報オンチになるかもしれないと危惧したが、この2年、特に困ったことも不便もない。テレビとネットがあればビッグニュースには事欠かない。新聞ならではの小さなエピソードや夕刊にしか載らないようなローカル事情には疎くなったが、一大事ではない。但し、万事がオーケーでもない。ネットで情報渉猟しているうちに、読みたくもない記事に晒され、つい目を通してしまう。


新聞購読をやめてからテレビの情報ではさすがに物足りないと感じることがあり、そのたびに購読再開をちらっと思うこともある。しかし、購読をやめた直後の状況をもう一度思い起こしてみる。新聞のない朝が考えられないと思っていたのに、やめても何も変わらなかった。毎日読むのも記事をクリッピングするのも必要不可欠なルーチンではないこともわかった。

そうこう考えているうちにあることに気づいた。なぜ今まで気づかなかったのかが不思議である。実はマンションの二軒隣のビルの1階にコンビニのLがあるのだ。購読していた時は、寒い朝も慌ただしい朝も8階から玄関横のポストまで取りに行かねばならなかった。しかし、それを13年続けたのだから問題ない。なにしろわがポストからコンビニはわずか30歩なのだから。

コンビニならその日の気分でそのつど毎日、朝日、日経、読売、産経から選べる。場合によってはスポーツ新聞でもいい。読みたいか別に読まなくていいか、朝に決めればいい。あの話を詳しく読みたいという日に買うのでコスパがいいのである。夕刊が読めないことと購読に比べて一部20円ほど高くなることくらい大したことはない。

先月から実践し始め、土、日を含めて週に3回ほど買って読む。先週は土曜日に朝日、日曜日に毎日を買った。早朝にマスクをつけてコンビニに行くのにも慣れた。買うのは新聞だけなので手ぶらで行ってスマホ決済する。毎回「レジ袋はいかがいたしましょうか?」と「レシートはご入用ですか?」と聞かれる。これにはまだ慣れない。

談論風発の意気と粋

桂米朝が芸道の名人らと対談する『一芸一談』。特に、藤山寛美とのテンポのよいやりとりにほとほと感心する。対談がほどよくカオス化してことばが響き合い、談論風発を加速する。談論風発の談に「炎」があるのは話が熱を帯びてくるからだ。お互いが意気に感じて話を弾ませる。相手が喜ぶように気を利かす。これが粋な計らいになる。


話し方に粋と不粋があるように、ことば自体にも粋と不粋がある。古いやまとことばだから粋に響くわけではない。話の中身に合っていて語調がよいのが粋だ。たとえば「たか」。売上とか生産などと使うが、今では高だけを単独で使うことはめったにない。米朝の「弟子が入れかわり立ちかわり金借りに来たことがある」という話に続くやりとりに出てくる。

寛美 それはもう返ってきまへんわな。まあまあ返すとこもあったって、まあ返ってきまへんわな。
米朝 そうそう、返す者もあり。
寛美 そやけど、返してもろうたって、貸した時と金の高が違いますわな。
米朝 そういう「高が違う」ということを言うたら、私は藤山寛美と言う人は偉大なる人やなあと思いまんなあ。

仮に借金を返してもらったとしても、貸した時から何十年も経ち、利息もつけていなければ、高が違ってくる。億という仰天するような単位でも十年前の億は今の億とは桁違いなのである。


芝居や落語は有形物として残らない。同じ演目でも客との関係はつねに一期一会だという。

米朝 (……)その時その時、その日の芸はその日しか存在しないと思うてますねんで。
寛美 そやけど、寂しおまんな。
米朝 そやから残らしまへん。絵描きさんやとか彫刻家は残りますけど。
寛美 私らの商売は水に指で字を書いているようなもので、書いた時は波紋が残るけども、流れてしまえば消えますわな。
米朝 そうです、そうです。
寛美 わしらはミズスマシみたいなものだっか。

水はじっとせずにつねに流れる。ミズスマシでも何でもついでに流してしまう。流されるものは切なくてはかない。「そんなはかないものだから燃焼できまんのか」と寛美が逆説的に言う。


九十になったぼくの母親は若い頃から「これも時代やなあ」という言い方をしていたし、今も普通に使う。これは、何々時代という時代とは違う用法だ。このことを知っているので、人間と時代を対比する次のやりとりから「不易流行」が垣間見える。

寛美 (……)正岡先生にしたかてね、秩父重剛じゅうごうという人にしたってね、これは思いまへんか、あの方々の小説は今でもやれまっしゃろ。なぜいうたら、人間を書いてある。
米朝 まあね、ほんまにええのおまっせ。
寛美 ねっ。今の作者の書いたのは時代を書いてあるから、時代が変わったらやれないということですわ。
米朝 ああ、あまりにこだわっているさかいね。

今でこそ「時代」は、主に過去の一区切りの年代を指すが、『チコちゃんに叱られる!!』でも出題された通り、時代劇の時代は「新しさ」とか「今」を感じさせるものだった。だから、「時代を書く」とは「現代を書く」ことで、この今だけに通用する話ということになる。ゆえに流行であり特殊。他方、「人間を書く」とは、いつの時代でも使える話で、ゆえに不易であり普遍。

人間と時代という視点はおもしろいし、とても勉強になる。ふと思う。新型コロナや五輪にしても、時代ばかり語っていると将来への布石にならない。人間を論じることを忘れている専門家のなんと多いことか。

打てば響くの妙

桂米朝が聞き手になって、藤山寛美、十三世片岡仁左衛門、三代目旭堂南陵、辻久子ら錚々たる第一人者とざっくばらんに対談したのが、この『一芸一談』という一冊米朝自らが題字をしたためている。

「桂米朝の聞き手芸ききてげいが冴え渡る」と紹介されているように、名人達人ならではの芸道秘話を次から次へと飛び石伝いに引き出していく。談論風発かくあるべしというスリリングな展開で、気がつけば臨場感あふれる語り口に引き込まれている。一番よく知る対談相手は藤山寛美(1929 – 1990)。ベタな大阪弁が弾みっぱなしだ。

よく知ると言っても、面識があったわけではない。今ではお笑い界は吉本がリードしているが、寛美がバリバリ活躍していた半世紀前は吉本と松竹は新喜劇で拮抗していた。芸の腕は松竹のほうが上で、テレビでも新喜劇を見る機会がかなりあったのである。

ところで、もしあのおばちゃん・・・・・・・の言ったことが嘘でなかったら、ぼくは寛美の実母とは面識があったことになる。二十代半ばに住んでいた自宅最寄駅の駅前の、飲み物とスナックも売る、自転車一時預かり所のおばちゃんだ。自転車を預けたことはなかったが、時々ジュースやコーラを買った。今のようなペットボトルではなく瓶入りだから、栓を抜いてもらって店先で飲む。店先で飲めば、会話の一つや二つを交わすようになるものだ。


ある日、店の奥に貼ってある寛美の写真を見つけた。当時おそらく70代前半のおばちゃんに「藤山寛美のファンかいな?」と聞いてみた。おばちゃん、「それはそやけどな、あの子はうちの子なんや」と言うではないか。「ふーん」と声には出さずに「へぇ~」と驚いてみせたが、真偽の確かめようもなければ確かめる気もなく、やがてぼくは引っ越して、そんなエピソードも記憶から消えた。

本書に寛美が語る次のくだりがある。ちなみに寛美の父親も役者だ。文中の「新町」というのは現在の西区の四ツ橋あたりにあった歓楽街である。

「(うちのおやじが)芝居が終わってブラブラ遊んでたら新町で子供を抱えたおなごがお茶屋してる。後家はんだ。一緒になった。これが私の母親だ。」

寛美は大阪市西区生まれ。ここを読んだ時、何十年ぶりかであのおばちゃんの顔が浮かんだ。おばちゃんの自称「寛美の実の母」が急に真実味を帯びてきたのである。そう言えば、寛美はおばちゃんに似ていたような気がしてきた。

ともあれ、米朝と寛美の対談だけでも60ページほどあり、濃い話が満載。ミズスマシとか「人間と時代」とか、愉快にして啓発される。次の機会に続編を書いてみようと思う。

説教や訓示の中身

オフィスの近くのあの寺が、月替わりの標語を掲示。今月は「心配するな あわてるな」という微妙なメッセージ。はたして不特定多数の通行人にはどんなふうに響くのだろうか。

ぼくはと言えば、心配したりあわてたりする時もあるが、この前を通り掛かった時の精神状態はすこぶる健やかで落ち着いていたので、「はいはい、さようでございますか」と見流すだけだった。先のことを心配ばかりして拙速気味に動いている時だったなら重く受け止めたかもしれない。

いろいろと気遣いし、早めに行動する人たちは良識のある少数派だと思われる。「心配するな あわてるな」とお説教したところで、彼らには当てはまらない。心配を気遣いと言い換え、あわてるを早めの行動と言い換えれば、「気遣いするな 早めに動くな」と言っているわけだ。こんな戒めが書かれていたら少々違和感を覚えるだろう。


「きみ、少しは気を遣ったらどうなんだ、自分事のように心配してくれよ……よくもそんなにのんびり構えられるもんだな……やみくもに慌てろなどとは言わないが、のんびりしすぎじゃないか……」 ぼくの知るかぎり、こんなふうに言ってやりたい者のほうが多数だ。「心配しろ あわてろ」と強くは言わないが、「もうちょっと心配しよう ほんの少し急ごう」のほうが当てはまるケースが多いのだ。

いやいや、説教や訓示は必ずしもよくあることを取り上げたり多数派に向けられたりするとはかぎらない。痴漢をする者は少数派だが、大阪では「痴漢はアカン」という標語が掲示されている。「手を触れるべからず」や「撮影禁止」なども百や千に一つの不届き者に向けられた注意書きである。

当然ながら、自分には当てはまらない、自分には関係のない説教や訓示の中身がある。それが大書されて頻繁に貼り出されていると快く思わない。標語には、「ゴミを捨てるな」と「ゴミを拾おう」のような、禁止系と推奨系の二つがある。きれいな場所なのに「ゴミを捨てるな」とか「芝生に入るな」という禁止文句ばかり見せられるとがっかりする。「ゴミを拾おう」とか「街をきれいに」もわざわざ有言化してもらうには及ばない。

ふれあい広場やふれあいカフェは標語の形を取っていないが、「広場でふれあおう」「カフェでふれあおう」という説教・訓示の流れを汲んでいる。正直言って、ネーミングが安易で陳腐だし、余計なお世話だと思う。

朝の連続ハプニング

ドタバタと言うほどではない、小さなハプニング。小さくても一瞬ドキッとした。朝9時前、オフィスでのルーチンに取り掛かる前、コーヒーを淹れる際に起きたちょっとした出来事。

この小事を書こうとしたものの、使い慣れたはずのコーヒーメーカーの部位の名称を正確にわきまえているかどうか、少々怪しい。コーヒーは飲むが自分では淹れない人に、カタカナの名称がはたして伝わるか。あまり自信がない。

とりあえず、ドリッパーとサーバーは必須用語。ペーパーフィルターを敷いて挽いたコーヒー豆の粉を入れる箇所が「ドリッパー」……タンクの水が熱されてこのドリッパーの所を通り、抽出されたコーヒーを受けるのがガラス製の容器で、「サーバー」という……こう描写しても、コーヒーメーカーの図がないとよくわからない。


さて、何が起こったのか? いや、何を起こしたのかと言うべきか。コーヒーメーカーでいつものように濃い目のアイスコーヒーを作るつもりで、ドリップケースにペーパーフィルターを敷いてコーヒーを4杯分入れた。ドリップケースホルダーがケースから外れて、コーヒーの粉が半分以上散乱した。初めてのことである。対処法は一つ、慌てず騒がず掃除機で吸い取るしかない。

気を取り直して、なぜ外れたかわからないドリップケースとホルダーをしっかりと装着し直し、あらためて新しいペーパーフィルターを敷き、コーヒーの粉も入れ直した。水の量を確認してスイッチオン。できるまでの間、席に戻って書類に必要事項を記入し始める。

12分した頃、水がこぼれる音がするので、コーヒーメーカーの所に駆け寄れば、掃除のために外したサーバーをセットし忘れていて、できたての熱いコーヒーがだだ洩れしている。今度はさすがに慌てた。電源をオフにし、キッチンペーパーを何枚も使ってこぼれたコーヒーを拭き取る。床にぽたぽたと落ちる寸前に気づいたのが不幸中の幸いだった。

朝から掃除と拭き取りにおよそ半時間。こんなことでもなければ、いつも使っているコーヒーメーカーのメンテも置いてある周辺の清掃もしない。「逆縁転じて順縁」と受け止めることにし、三度目の正直を目指す。遠回りをしたおかげで、美味なるアイスコーヒーができた。

「たちはたらく」

「たちはたらく」とあれば、「たちは/たらく」とか「たちはた/らく」とか「たち/はた/らく」ではなく、たいてい「たち/はたらく」と読む。では、この「たち」の漢字はどうか。これも、達、舘、質、太刀などとひねることはなく、おそらくシンプルに「立ち」と想像して、「たちはたらく」を「立ち働く」と突き止めるはずである。

この「立ち働く」ということばが読んでいた本に出てきた。自ら使ったことはない。どこかで見たような気がしないでもないが、めったにお目にかかれない表現だ。この立ち・・が「立っている」という意味でないことはわかる。その場にじっと立っているだけでは稼ぎにならない仕事もある。「小まめに働く様子」が浮かぶ。念のために辞書を引いてみた。

『新明解国語辞典』

「立ち」は接頭辞である。これが付く動詞は少なくないが、「身体的に立つ」という意味を持つのはわずかである。「立ち――」は「実際に――する」というニュアンスを感じさせる。


「あの人は立会人のくせにずっと座っていた」などといういちゃもんは成り立たない。立会人の仕事は終始立つことではない。席に座っていても立ち会うことができる。実際にその場にいることが重要で、立っているか座っているかは問題ではない。バーチャルではなくリアルに臨場することが立会人の果たす使命である。

「立ちまさる」という表現もある。単に「優れている」とは違う。「立ち」は、その後に続く行動・行為の一途いちずさを強調する。何もかもが勝っているのだ。断然で圧倒的で決定的な勝りようであり、その立場は現実には覆りそうもない。大きくリードした九回裏に易々と逆転されることもない。

立ち至る、立ち返る、立ち向かう……いろんな表現がある。「立ち至る」は、「重大な局面に立ち至った」と使うように、予測ではなく、現実になる状況を示す。「立ち返る」は、体操の技ではなく、もと居た所や出発点に戻る意にほかならない。敵に立ち向かうのなら、覚悟して本気で掛かっていかねばならない。ある方角に赴くという意味の「向かう」とは一線を画しているのだ。

ことばから離れない

他人ひとと直接会って冗談を言い合えない日々が続いて早や一年半。ジョークもギャグもおもしろく感じなくなった。普通の会話すらできなくなって、いろんな意味で余裕をなくしてしまったようだ。新型コロナという「ドキュメンタリーな時代」では、とりわけ失語症に気をつけないといけない。

仕事柄、ことばを文字として読んだり書いたりする機会は今もある。それで何とか生活が維持できている。激減したのは、聴覚器官が捉える、生の声による音の波だ。そして、聴く以上にごぶさたしているのが目の前の相手に対する発声。話の内容や相手に応じた、ちょうどよい距離感の喋りがほとんどできていない。おそらく勘が鈍っている。

コロナ以降、取引している銀行からの電話が多くなった。訪問しづらくなったので、あの手この手で話を持ち掛けてくる。飛び込みセールスならぬ、飛び込み営業電話も増えた。受話器に0120050の表示が出る。人事・採用、ネット回線、証券、投資などの売り込みで、「お忙しいところすみません。こちら株式会社何々……」という紋切型トークで始まる。「あいにく代表も担当者もテレワークで不在でして、私、留守番しているだけです」と言うと、素直に引き下がる。なお、用のない相手は「お断り番号」として登録するので、二度と掛かってこない。

愚痴を言っても詮無いことなので、言語が劣化しないように他者に依存せずに自力でできる工夫を始めた。まず、読書量を増やした。そしてマメに辞書を引いている。辞書を引いたら見出し語に青鉛筆で線を引く。その見出し語の前後の見出し語にもしばし目を配る。使っている辞書は『新明解国語辞典』の第八版。今年発行された新版だ。線を引くことで、ページ内の滞留時間が長くなった。ことば感覚の劣化阻止に少しは役立っているかもしれない。

ことばから離れると、必然コミュニケーション量が減る。他人と会わないから共食もしなくなる。孤食の寂しさに苛まれる人たちが増えていると聞く。書店で『孤食と共食のあいだ――縁食論』なる本を見つけた。孤食はつらい。かと言って、いつも共食では気が休まらない。別居と同居のそれぞれに長短があるように、孤食と共食にもそれぞれ功罪がある。「おお、久しぶり。時間ある? 軽くメシでもどう?」という、縁食の復活を切に願う。