サッチャー元首相とディベート

討論.jpgジョークにもなっているように、サッチャー元英国首相の傑出したディベート能力は神をも泣かせてしまうと誉めそやされた。首相在位期間は1979年~1990年、11年という長きに及んだ。この間のわが国の首相は、大平正芳、鈴木善幸、中曽根康弘、竹下登、宇野宗佑、海部俊樹の六人の顔ぶれであった。

四半世紀近く前のサッチャー・海部の両首脳の会談は印象的だった。企業や行政でディベートに注目が集まり始めた頃であり、その数年後からひっきりなしに研修依頼を受けて全国を飛び回ることになった。会談の要旨をぼくなりにまとめたものをディベートの教材として使った時期もある。亡くなったサッチャー女史を偲ぶと同時に、わが国のリーダーの論拠不足を肝に銘じるために紹介しておこうと思う。
 

 その会談は海部首相が二つの論点を切り出して始まった(傍線は岡野)。
 
〈論点Ⅰ〉 戦後日本の基本は自由と民主主義であった。われわれは英国を手本としていろいろと努力してきた。これは世界の流れの中で正しい選択である。
〈論点Ⅱ〉 サミットでも協議は経済面・政治面で重要であった。われわれは今後とも協力し、いろんな問題を処理していきたい。
 
傍線部のような、現象や事実の上位概念把握だけでは世界を相手に説得不十分である。論拠はどこにも出てこず、ただ「思い」を語っているにすぎない。二つの論点に接合してサッチャー首相が語る。
 
〈論点Ⅰに対して〉 日本の技術は優秀である。なぜなら、日本企業は消費者の需要動向を洞察し、新しい技術を生産に直結しているからである。英国はこうした日本企業の進出を歓迎する。
〈論点Ⅱに対して〉 保護主義の圧力がある中で、サミットは自由貿易体制の維持に有益であった。
 
意見に論拠が内蔵されている。海部の上位概念ないしは総論を、下位へと落として具体的である。海部の二つの論点に物足りないサッチャーは三つのポイントから成る論点Ⅲ「日英関係」を持ち出す。
 
〈論点Ⅲ‐1〉 酒税の改正に感謝するものの、ウイスキーの類似品を懸念している。
〈論点Ⅲ‐2〉 東京証券取引所の会員権解放の早期解決を要請したい。
〈論点Ⅲ‐3〉 航空問題は人的交流を増やすため規制緩和が望ましい。
 
自分が言及しなかった論点に海部は逐一対応しなければならない。さあ、どう言ったか。
 
1〉 懸念される必要がないよう努力したい。
2〉 できるだけ早期に解決するよう引き続き努力したい。
3〉 解消の方向に向かっていると思う。
 
嘆かわしいと言うほかない。〈1〉と〈2〉のいずれも努力という逃げ。努力で解決するなら話は簡単だ。努力ということばは肩すかしである。〈3〉などはまるで天気予報士のようではないか。ぶち切れたくなるほどの無責任ぶりなのだが、サッチャーは冷静であり、英国流のシニカルなトーンで切り返した。
 
2〉 今回で四人目の首相になるので、早期結論を期待する。
3〉 一般的な規制緩和について、さらに事務レベルで話し合いたい。
「あなたの前任者三人にも同じようなことを要求してきたが、進展しなかった。何人替われば気がすむの?」という声が聞こえてくる。「事務レベルでの話し合い」とは、「あなたではダメ。もっと具体的に解決策を出してもらわないと」という意味なのだろう。
 

 結局、海部のせいで期待したような論戦には到らなかった。それはわが国の弁論術スピーチチャンピオンと鉄の女の論争ディベート能力の格の違いによるものだった。打てど響かぬどころか、のれんに腕押しの会談ではさぞかし物足りなかっただろう。まるで他人事のような海部首相の情けなさだけがクローズアップされたのである。やれスピーチだやれ感性だとほざく前に、世界に通じる言語理性を鍛えなければ日本人の生きる道はない。グローバル化した現在でも、世界に通じるディベート能力はいまだ道険しだ。

ドゥオーモ、広場、街。

最初に訪れたイタリアの都市はミラノだった。ミラノのドゥオーモはその規模において世界最大級である。恥ずかしいことに、あのミラノ大聖堂のことをドゥオーモと呼ぶのだと思っていた。しかし、それも束の間、続いてヴェネツィアを、フィレンツェを訪れるうちに、どこの街にもドゥオーモがあることに気づかされた。

ドゥオーモ(Duomo)はイタリア語で、イタリア各地の街にあって代表的な教会や大聖堂のことを指す。ミラノの他に、これまでぼくが訪れたドゥオーモを指折り数えてみたら、アレッツォ、アッシジ、ボローニャ、オルヴィエート、フィエーゾレ、フェッラーラ、フィレンツェ、レッチェ、ルッカ、ペルージャ、ピサ、サン・ジミニャーノ、シエナ、ヴェネツィア、ヴェローナ、ローマと16もあった。時代は異なるので、建築も初期から晩期のゴシック様式やルネサンス様式などバリエーションに富んでいる。
花の大聖堂+オルヴィエート.jpgのサムネール画像最も気に入っているドゥオーモは、花の大聖堂と呼ばれるフィレンツェのサンタ・マリア・デル・フィオーレだ(写真左)。何度見ても見飽きない。下から見上げたり、立ち位置を変えたり、隣のジョットの鐘楼から眺めてみたり。そのつど表情が変わる。華麗ナンバーワンには、ローマから列車で約1時間、良質の白ワインで有名なオルヴィエートのドゥオーモを指名したい(写真右)。14世紀に建てられた大聖堂で優雅なゴシック様式が特徴だ。

都市について詳しいわけではないが、困った時のレオナルド・ダ・ヴィンチ頼みで少し書いてみたい。ボローニャの地方自治体の一つに「イーモラ(Imola)」という街がある。実は、万能の天才ダ・ヴィンチはこの街を踏査して市街地の設計図を書いている。街を機械的構造に見立てて芸術と技術の調和を具現化しようとしたのである。残されている設計図は曼荼羅絵図のように見えなくもない。
ダ・ヴィンチが生きた1516世紀のルネサンス時代、それまでの中世の都市とは違って、人が暮らす視点から都市を構築しようとする試みが始まった。従来の構図は〈ミクロコスモス(人間)〉と〈マクロコスモス(宇宙)〉であり、あの名画モナリザもそういう見方ができなくもない。ダ・ヴィンチをはじめとする当時の都市デザイナーたちは、ミクロコスモスとマクロコスモスの両方を介在させる、またはつなぐ存在としての都市にまなざしを向けたのである。
それが中間に介在するという意味の〈メディオコスモス〉だ。ずばり都市のことなのだが、小概念で言えば、広場であり教会であった(イタリアの街の主たる広場には必ず教会がある)。ドゥオーモと呼ばれる大聖堂は尖塔が空へと高く伸びる。天へと届けとばかりに伸びて、ミクロ宇宙をマクロ宇宙へとつなごうとしたのである。暗鬱とした中世時代の空気を払拭すべく、都市には古典的なギリシア・ローマ時代のデザインが駆使された。かつての人間味ある精神の模倣であり再生であった。街と広場とドゥオーモをこんなふうに見ていくと、再生であるルネサンスの意味もじんわりとわかるような気がする。

アルゴリズム話法の限界

フローチャート.pngコンピュータの世界では普段着の術語になった〈アルゴリズム〉。一般的にプログラムと呼ばれているのは、このアルゴリズムをコンピュータに指示するものにほかならない。では、アルゴリズムとは何で、どんな役割を果たしているのか。

それは「問題を解決するための手順を定めたもの」である。問題には解答があり、その解答をいつでも手に入れるためにはアルゴリズムが欠かせない。手順を効率的かつ明確にするためにアルゴリズムはフローチャートで表現されることが多い。ある作業と次の工程の作業は矢印でつながれる。この手順さえ追っていけば、解答に辿り着けるというわけだ。都合のよさそうな話だが、「閉じられた世界」では大いに有効なのである。
 
自動販売機のしくみもアルゴリズムで説明がつく。硬貨投入口に値段ちょうどの120円を入れ好きな飲み物のボタンを押せば、お釣りが出ないで、缶コーヒーや缶ジュースだけが出てくる。入口と出口だけを見ればとても簡単だが、実はいくつかの変化を前提に複数の作業工程が機械内部で指示されている。たとえば、百円硬貨を二枚入れれば「80円のお釣り」が指示される。このような手順がプログラムされているので、自動販売機はよほどのことがないかぎり、利用者の願望通りの解答を与えてくれるのである。
 

 敢えて極論するが、いろいろなケースの手順がプログラムされていても、決まりきったことの繰り返しだから、プログラム外の変化には対応してくれない。100円しか入れていないのに、1,000円と缶コーヒーは出てこないのである。アルゴリズムとはそんな概念なのだが、これを万能だと勘違いしてコミュニケーションに敷衍して教えようとする暴挙に出くわす。新入社員研修などでは、会話のやりとりに自信のない若者にこのアルゴリズム話法を指南するのである。
 
先日たまたまテレビを見ていたら、ある研修講師が「会話はマイペースではなくユアペースで」と切り出した。これはまあいい。次いで、会話をスムーズにするためには、相手の言ったことばを「オウム返しにせよ」と言う。相手の「昨日久しぶりに焼肉に行ったんだよ」に対して、「へぇ、焼肉に行ったんだ」という具合。メッセージの行方もわからないままに、開口一番に乗っかれというわけである。「2センチもあるような厚切りのタンがおいしくてね」「わぁ、2センチの厚切りタン! すごいなあ」……これをいったいどこまで続けるのか。挨拶やご機嫌伺いのような型通りの会話ならそれでいいが、こんな調子では意見交換や情報交換へと発展する見込みはほとんどない。
 
仮にぼくが焼肉屋で目撃したおかしな一場面をジョークとして語り始めるとしよう。ジョークはある種の物語性の上に成り立つ。一文を発するたびにオウム返しされては話が分断されてしまい、オチまで息がもたない。合いの手を入れずに黙って聴くのがこのときの作法ではないか。反応には旬というものがある。早すぎても遅すぎても会話は流れない。会話を生きたものとして考えるならば、どんな場面でも手順化できるアルゴリズムなど存在するはずがないのである。
 
研修の指導者も受講者も読み切れない変化を嫌って、ハウツーを定式化する傾向が強くなってきた。こんな研修を受けても、実社会で臨機応変に振舞うことなど望めない。ぼくの本業の企画でも解答の定まらないテーマに焦れるあまり、安直なアルゴリズムでその場をしのごうとする人が増えている。型らしきものがないわけではないが、企画とは定まらない解答をひねり出すことだ。機転のきかないアルゴリズムでは話にならない。

お勘定の話

二十代半ばになって自分のお金で飲食して会計し始めた頃、たとえば寿司屋で「おあいそ」などと告げるのが心地よかった記憶がある。このことばには、どう好意的に解釈しても、ちょっと威張った客目線が見え隠れする。

三十過ぎになって「お勘定してください」と言うようになった。こっちのほうがいいと思ったからである。しばらくして、「おあいそ」は店側が発することばであることを知った。「せっかくのお食事のところ、勘定の話で愛想づかしなことですが……」が転じて「おあいそ」になったらしい。「ご馳走さま、お勘定してください」と客が言い、「おあいそですね。ありがとうございます」と店が返す、調子のよいやりとりが定番なのだ。

ところで、お勘定にはぼくたちの想定する以上に間違いが起こる。たとえば、注文していない料理が運ばれてきて、「それ、頼んでいないけど……」「あ、すみません。あちらのテーブルでした」というやりとりの後は要注意だ。会計時には明細をレシートでチェックしておくのがよい。すでに注文が記入されていて、アルバイトの店員が訂正忘れしていることがありうる。これまで何度もそんな経験をした。


 イタリアやフランスに旅するようになってから、わが国との会計の違いがいろいろあることに気づいた。イタリア語では“il conto”(イル・コント)、フランス語では“l’addition”(ラディショォン)と告げるが、席に着いたまま勘定を済ませるのがふつうである。現金であれクレジットカードであれ、テーブル上で支払う。ぼったくられそうになったことはあるが、勘定間違いされたことはない。そもそもレジを見掛けない。なお、バールやカフェにはレジがあるが、ほとんど先払いである。
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【写真はトリップアドバイザー提供】


ひときわユニークな会計をしていたのが、パリの有名レストラン『シャルティエ』だ。数字を書き込んだ紙はレシートではない。エンボスの入った紙製のテーブルクロスである。ウェイターやウェイトレスは注文を受けるのも料理を運ぶのも同一人物で、いくつかのテーブルを担当している。そして、料理を一品ずつ運んでくるたびに、テーブルクロスの端に直接ボールペンで品名と金額を書くのである。まだ出されていない料理と金額は記入されないから、間違いようがない。料理のすぐそばに見えているので、客もいつでもチェックできる。何よりも客が数字をごまかすことも不可能である。

日本ではかなりの高級店でも、客が帰り支度をして勘定書きを手にしてレジへ向かい、そこで機械的な処理を受けて支払う仕組みになっている。食べたり飲んだりする場をレストランと言うが、これは本来「休息の場」という意味だ。客どうしの会話もさることながら、料理人や店員とのやりとりももてなしの一つである。お勘定にも人間味があってもいいと思う。

アッシジのフランチェスコ

Assisi (19).JPGのサムネール画像
教会の広場を包む回廊の一部。

アッシジはローマから北へ列車で2時間前後の所に位置する。ウンブリア州ペルージャ県のコムーネ。コムーネというのは地方行政体で、イタリア独特の概念である。大都市ローマもコムーネなら、人口約25000人のここアッシジもコムーネと呼ばれる。「サンフランチェスコ聖堂と関連遺跡群」は2000年に世界遺産に登録された。その翌年の3月にこの聖地を訪れる機会があった。

修復工事以外に目立った開発が一切ありえない土地柄。緑溢れる平野を抜けた丘陵地帯の小村、その自然の一部を建物が借りている風情である。かなり辺鄙な印象を受ける。だからこそ、聖地と呼ぶにふさわしいと言えるのだろう。コムーネ広場からほどよい距離を歩くと、聖人フランチェスコゆかりのサンフランチェスコ聖堂に着く。聖人はここアッシジで生まれた。


ところで、十数年前にタイムスリップしたのはほかでもない。新ローマ法王フランチェスコ1世の名が、アッシジの聖人フランチェスコにちなむと聞いたからだ。ローマ法王の名として「1世」がつくのだから、歴史と伝統の名跡ではない。それでも、フランチェスコはイタリア男性に多い名前で親しみやすい。アッシジの守護聖人でありイタリアの国の守護聖人でもあるフランチェスコ(1182?-1226年)は裕福な家庭に生まれた。若い頃に放蕩三昧したあげく、神の声を聞いて聖職への道についたと言われる。

聖堂で希少なフレスコ画を見た後、フランチェスコの墓のある地下室へ入った。過酷な修道生活の日々が浮かんでくる。キリスト教や聖書についてまったく無知ではないが、信仰者でないぼくでも敬虔にならざるをえなかった。質素だが、どこまでも続きそうな錯覚に包まれて、教会の回廊をゆっくりと歩いた。

20世紀 vs 21世紀

20世紀vs21世紀.jpg21世紀を間近に控えたある日、当時主宰していた《談論風発塾》の塾生たちに「20世紀と21世紀のキーワード」を対比的に列挙してもらった。全員の語句をぼくの一存で座標に配置したのがこれ。

「シンボリック=象徴的」と「ディスクリプティブ=説明的」を縦軸に、「ポジティブ=肯定的」と「ネガティブ=否定的」を横軸にとってみた。まだ21世紀に入って十余年なので速断は禁物だが、このマトリックスを見ながら、近未来の読みと時代比較の甘さを痛感する。
当時を振り返れば、ぼくも偉ぶるわけにはいかない。五十前ゆえに未熟だったという意味ではない。今も十年という時代区分はおろか、来年のことも見通せたものではない。もっと言えば、先月と今月の動態変化すら比較するのに苦労しているありさまだ。
20世紀はどんな世紀だったのか……。20001129日のノートにぼくはキーワードを連ねている。
 
言語の世紀。混沌の世紀。高速の世紀。欲望の世紀。状況の世紀。新文明の世紀。文化敗北の世紀。虚構の世紀。アルファベットの世紀。もめごとの世紀。高密度の世紀。ストレスの世紀。疎外の世紀。概念の世紀。リトマス試験紙の世紀。ハツカネズミの世紀。左脳の世紀。マゾの世紀。詐欺師の世紀。地球危機の世紀。プラマイゼロの世紀。
塾生のキーワードに首を傾げたように、ここにも浮足立った術語が挙がっている。それでも、それぞれの語句には百年間をマクロに振り返って凝縮させようとした理由がなかったわけではない。

キーワードを並べ立てたあと、次のような大胆だが、向こう見ずな一文も書いている。
 
20世紀は「左脳支配」の世紀であった。19世紀までのアナログ的(右脳的)歴史が一気にデジタル化したのである。今やすべての現象と活動は「0」と「1」で解析され表現される。デジタルとは結果主義・効率主義であり、刹那的である。偏差値教育に代表されるように、左脳人間が学歴で幅をきかせた時代であった。
21世紀は「異種脳分業」の世紀になるだろう。従来の右脳、左脳、間脳などに加えて、ロボット脳、芸脳、無脳、その他新種の脳が分業し棲み分けていく。そう、仕事のみならず、アタマの使い方も分業化してしまうのである。それゆえに、裏返しとして、右脳と左脳をバランスよく使える人間へのニーズが高まるだろう。
いくつになっても、過去の推理推論には恥ずかしさがつきまとう。未来予測はノストラダムスのように差し障りなくしておくのがよさそうだ。ぼくたちも専門家の卓見や洞察力に軽はずみに乗らないほうがいいのだろう。
 
先のノート、さらに次の二つの段落が続く。
 
20世紀は「人差し指」の世紀でもあった。電話、スイッチ、パネル、家電製品など、ありとあらゆるものがワンタッチ駆動化されたので、人差し指が大いに活躍した。この指は、文字通り、人に指図もして組織の階層を作り、他人を非難するためにも活躍した。
21世紀は今のところ「親指」の世紀になりそうだ。携帯電話のメールが登場して、一気に親指が活躍し始めた。親指姫がそこらじゅうにたむろしている。彼らはエレベーターのボタンをも親指で押し、スイッチのオン・オフにも親指を使いかねない。そして、このことは「器用」から「不器用」への変化でもある。英語で“all thumbs”(すべて親指)といのは「不器用」という意味だ。
このメモのわずか数年後、スマートフォンが普及し始め、ぼくの親指論はもろくも崩れた。また人差し指が復活し、前世紀の活躍をしのぐ勢いである。
 
20世紀 vs 21世紀」というテーマで書いたが、十年ちょっと前の分析・洞察への自己批判であり反省であった。済んだことではあるし、誰かに実害を与えたわけでもない。けれども、済んだことだからこそさっさと水に流さず、おごりたかぶりを戒めるために時々赤面してみるべきだと思うのである。人というものは先を読めない、いや、過去すらまとめ切れないことを時々確認するために。

ニュアンス違い、読み違い、聞き間違い

2013 じごぜん牡蠣.jpg牡蠣のむき身を2.5キログラム取り寄せ客人も招いて堪能しようと目論んだ。「牡蠣づくし」と招待メールに書いて、ふと戸惑う。「牡蠣三昧」と書くのとはどう違うのだろう。「づくし」と「三昧」はまるで類語として相互代替的に用いられるようだが、手元の類語辞典では別の項目に収まっている。旅行代理店や温泉旅館のパンフレットには、「づくし」もあれば「三昧」もある。蟹づくしvs蟹三昧、松茸づくしvs松茸三昧など、拮抗している。

ここで、どちらが正しいかなどという追究をしても始まらないが、いったいどんなニュアンスの違いがあるのか興味津々になってきた。こうなると、今宵の牡蠣を食べる前に「気持ちの整理」をつけたくなるのがぼくの癖だ。

「花づくし」はあっても「桜づくし」とはあまり言わないはず。概念として、花にはいろんな種類があり、それらをことごとく並べ上げるのが「づくし」。類の一つに桜があり、その場合は「桜三昧」のほうがいいのではないかというのがぼくの推論。冬の「味覚づくし」を絞り込んでいくと「蟹三昧」になる。
では、牡蠣の場合はどうか。貝類に対して牡蠣はすでに一つの類なのであるから、「牡蠣三昧」になる。牡蠣だけに集中して他の貝類には見向きもしないさまだ。もし「づくし」にしたいのなら、「貝づくし」と言うべきなのだろう。いろんな貝類を堪能するといニュアンスだ。今宵は「牡蠣三昧」と呼ぶべきだという結論に落ち着いた。
 

 先日、ある人が「邁進まいしん」と書いていたのを、ぼくが早とちりして「遭難そうなん」と読み違えた。もちろん、文脈を追っているから、すぐに読み違いだと気づいたが、この両者、似ていなくもない。別のときに、ぼくが「徒弟とてい」と書いたら、誰かが「従弟いとこ」と読み違えた。たとえば「あの先生には徒弟はいなかった」などという文章では、「いとこ」と読んでしまっても意味が通ってしまう。
同様に、「この時期、昼下がりの紅茶を堪能するのも悪くない」という文中の紅茶を「紅葉こうよう」と読んでも、これまた意味に支障をきたさない。じっくり読めば、「茶」と「葉」を間違えようもないが、「茶葉」という表現もあることだし、スキャンするように目を流したりすれば、起こりうる読み違いではある。
 
こんしゅういよいよオープン」というアナウンスを夏場に耳にしたことがある。春なら「今週」と理解しただろうが、暑さにうんざりしている身だから気分は秋を待望している。だから、ぼくは「今秋」と聞き間違った。このケースでは、責められるべきはぼくではなくアナウンスのほうである。では、今週をどのように表現すべきであったのか。生アナウンスでなく、録音して毎日流すのなら、「今週○曜日」と言うしかないのだろう。同音異義語や類似する漢字がおびただしいのがわが日本語のおもしろさ。同時に意思疎通不全の原因でもある。

テレビコマーシャル考

television commercial.jpg今もマーケティングの企画をしたりコピーを書いたりもする。かつては広告の仕事をしたことがあるので、少しは制作の裏事情もわかっている。デフォルメはやむをえないが、ウソをついてはいけない。このことは心得ておくべきことだ。

とは言うものの、この「ウソ」の解釈がむずかしい。ありもしないストーリーづくりをしても商品の特徴を偽らなければウソにはならない。時には過剰演出もあるだろうが、それもウソではない。小説のことを「虚構フィクション」と呼んで「虚偽」とは言わないように、広告における虚構性をウソと決めつけるわけにはいかないのである。しかし、ウソではなくてもノンフィクションだと胸を張れるかと問えば、やっぱりフィクションも混じることを否めない。テレビコマーシャルはフィクションとノンフィクションのはざまで揺れ動く。
あることを誇大に強調し、別のことを語らないというのも、たかだか15秒枠で訴求せねばならないテレビコマーシャルの宿命である。「歯医者さんが薦めるPCクリニカ」というのがあったが、どこの歯医者さんかは不明である。もしかすると適当な歯医者さんかもしれないし、第一人者の歯医者さんかもしれない。「やっぱりDHCだね」と言われても、何が「やっぱり」なのかわからない。売上ナンバーワン即納得でもないからだ。

何度見てもぼくが苦笑いするのが、「う~がい、手洗い、にんにく卵黄~」である。健康の三点セット? たしかにそんなふうに聞こえる。そして、「 ばあちゃんの言う通り」と続く。ばあちゃんは年中うがいをして手洗いをしてにんにく卵黄を一日何粒かを目安に飲む。そのことをばあちゃんは孫たちに教えているようだ。孫の年齢にしてにんにく卵黄というのも不思議だが、「ばあちゃんの言う通り」というくらいだから、もしかすると愛用しているのかもしれない。極めつけは「 あ~あ、ばあちゃんにゃかなわない」だ。もうお手上げなほど、ばあちゃんは偉いのである。つまり、にんにく卵黄も偉いということだ。フィクションかノンフィクションか……わからない。

たぶん11月頃から流れ始めたコマーシャルがある。元テニスプレーヤーの杉山愛を起用した歯磨きシュミテクトだ。一部始終のせりふをここに書かないが、「歯がしみる、知覚過敏にいい」云々という内容。それはそれでいい。実証もされているのだろう。ところが、コマーシャルの最後に、懸命に宣伝したはずの杉山愛が「すぐにでも使ってみたいと思います」と言うではないか。おいおい、あなたはまだ使ってないの!? とツッコミを入れざるをえない。
コマーシャルに起用された本人が使ってから宣伝してもらいたいものである。大衆的なヘアカラーを訴求する大物女性タレントが白髪が目立たないなどとおっしゃるが、たぶん本人は自分で染めているはずがない。セレブな美容院でもっと高価なもので染めてもらっているに違いないのである。あの知覚過敏歯磨きのコマーシャル、すでに流れてから3ヵ月以上になると思うが、杉山愛はまだ「すぐにでも使ってみたい」と言っている。今使い始めても、もはや「すぐに」ではないだろう。

“Retrospect”という発想

インドの切手.JPGタイトルの“Retrospect”は「回想」とか「回顧」であって、どうひねって解釈してもそこから「発想」という意味などは出てこない。けれども、発想にしても何かを前提にしているはずではないか。何かを起点にして新しいことを考えるのが発想ならば、その何かに過去を振り返ることがあってもいいだろう。回想を「時を越えた脳内情報のシャッフル作業」ととらえてみたい。

机の引き出しから使用済みの切手が出てきた。すべてインドの切手だ。自分のものだから、もちろんどのようにして手に入れたか覚えている。時は大阪万博が開かれた1970年、ぼくは大学一年だった。英語研究部に所属した直後から万博会場に足を運び、パビリオンのコンパニオンに強引に話しかけて英会話の武者修行をしようと思い立った。結果的には、開催期間中に18回も訪れたのである。
ある日、チリのパビリオンに入館した。その際に話しかけたコンパニオンはインド人女性だった。彼女の父親はチリのインド大使館員であり、彼女もチリに在住していた。応募して受かり大阪万博会場に派遣されたのである。ところで、初対面の外国人と特段のテーマもなく話しかけて会話を続けるのは決して簡単ではない。話などすぐに尽きてしまう。だから、月並みだが、趣味について聞く。彼女の趣味は切手蒐集だった。ぼくの切手蒐集は中学一年に始まって数年で終わっていたが、しっかりコレクションをしていたので、次回訪れるときに交換しようと申し出ておいた。

切手蒐集の経験があればわかるが、ぼくの中高生時代、わが国ではシート単位で買う人が多かった。そして、未使用のほうが使用済みよりも価値が高いのが常識である。ところが、ぼくが彼女からもらったインドの切手はすべて消印のある使用済みであった。ガンジーやネールの顔は見慣れていたが、その他のものはすべてなじみのない絵柄。まっさらな切手を差し出し、汚れた切手を受け取ったとき、正直言ってガッカリだった。そして、おもしろいことに、彼女にとっては未使用切手にはほとんど価値がなかったのである。第三者から見れば、苦笑いしながらの切手交換光景だったに違いない。
万博も閉会した後日、もらった切手を眺めながら考えていた……ぼくのコレクションしている切手は発行枚数が劇的に増えた東京オリンピック以後のものである、どこででも買えるだろうし誰でも持ちうるものである、だが、彼女からもらった切手はインドの家族や知人からチリに住んでいる彼女に送られてきた世界に一つの手紙に貼られスタンプを押された固有のものである……そうでなくて、彼女が買い求めて収集したものだとしても、彼女はお金持ちの令嬢である、もしかすると目の飛び出るような価値の切手かもしれない……こんなことを思い、手元に残し、40年間取っておいたのである。
懐かしい切手にまつわる体験を回想しているうちに、高度成長期の日本、生活、事変が甦る。知らず知らずのうちに、今の自分、今の日本と当時の自分、当時の日本を比較している。一冊や二冊の新書を読むのとはわけが違う質と量で、ぼくは過去を読んでいる。そして、そうすることが明日への洞察に相当力を発揮するのではないかと思うのである。回想は発想の一つなのだろう。そして、点の寄せ集めにしか思えない小さな体験が一つの線に変化していく手応えを感じる。

体験とこだわり

こだわりは「拘り」と書く。漢語的に表現すると「拘泥こうでい」。近年このことばは、たとえば職人らの固有の思い入れを良好なニュアンスで使うようになった。スープにこだわるラーメン店、秘伝と称してタレにこだわる鰻屋、卵の鮮度にこだわるパティシエなど、とりわけ食材の品質やレシピに関してよく用いられる。

以前、生パスタにこだわるイタリア食堂のオーナーシェフがいた。ところが、場違いなアニメのフィギュアが飾ってあって、「店に合わないねぇ」とつぶやくと、「でも、好きなんですよ」と強いこだわりを示した。生パスタへのこだわりはぼくにも便益があるが、フィギュアは趣味のわがままな発露に過ぎない。このタイプに「こんな雰囲気じゃ足が遠のくよ」と冗談の一つでもこぼすと、「じゃあ、来なくていいですよ」と言いかねない。実際、軽めの皮肉だったのに、彼はぼくに対してあらわに不快感を示した。当然ぼくも不快だから、行かなくなった。

こだわりとは、他人から見ればどうでもいいことに自分一人だけがとらわれ、そのことを自画自賛よろしく過大に評価することだ。いいだろう、ここは一つ譲るとする。それでも、自慢を秘めておくのがプロフェッショナルではないか。こだわりについて長々と薀蓄してもらうには及ばないし、それなくして物事が成り立たないかのように吹聴するのは滑稽である。


ビニール傘.jpg

取るに足らないこと、たとえばビニール傘にこだわる男がいる。仮にNと呼んでおく。ある雨の日、彼とカフェに行った。カレーランチを注文したあと、Nが小さなテーブルの角にビニール傘の柄を掛けているのに気づいた。カレーがテーブルに運ばれ、テーブルが狭くなる。傘もぶら下がっているから余計狭苦しい。案の定、柄が滑って床に傘が倒れた。「きみ、傘立てに置きなさいよ」とぼくは諭した。「傘立てに置くと持って行かれるんです。過去に何度もあったんですよ」と言いながら、Nは気の進まない顔をして傘立てに持って行った。
 
別の日。また同じカフェに行った。大雨だった。この前のことがあるから、Nは入口で渋々傘立てにビニール傘を入れた。食後お勘定に立ち、ぼくが自分の傘を手に取った直後、Nは「あ~あ、やられた」とつぶやいた。その情けないつぶやきは自分にではなく、明らかにぼくに向けられていた。「だから、テーブルの手元に置くことにしているんですよ」と言いたげだ。
 
「きみ、ビニール傘なんてみんなでシェアしているようなもんだから、自分のを持って行かれたら、別のを持って行けばいいじゃないか」とぼくは言った。こんな大雨の日に手ぶらで来る人などいない、だから、ビニール傘を間違えても足りなくなることはないんだ……そこまで執着するなら、自分の傘にシルシを付けるか名前を書いておけばいい……と言いながら、こう言わねばならない自分がちょっと情けなくなった。
 
Nはビジネス上の大事にはあまり引っ掛かることはなく、むしろパーソナルな些事のほうに強くこだわる。長い人生で傘を間違えられたのは二、三度に過ぎないだろう。それでも、確率のきわめて低い体験が刷り込まれて、みっともないこだわりを露わにしてしまう。些細なことに囚われたりこだわったりしていては人間そのものが小さくなる。百や千に一つの、そんなつまらぬ体験などさっさとリセットしてしまえばいいのだ。