感性と理性

はじめに。よくテーマになる「感性か理性か?」ではなく、「感性理性」。「と」に意味がある。

感覚で認識し、論理で伝える  感性も感覚も一括りにして感性と呼び、理性も悟性も一括りにして理性と呼ぶことにしておく。さて、感性や直観で何事かがひらめいたとしても、それは個人の内なる話である。感性で受けとめた印象や認識は、他者に向けて語り書く時は、印象や認識を論理に転換しなければならない。論理的に考えるから論理的に語り書くことができるわけではない。むしろ、論理的に語ろう、論理的に書こうと努めるからこそ、論理的思考が様になってくる。

論理を身に付けるための出発点は、多分に漠然とした思いである。その漠然とした思いを試行錯誤しながら相手に伝え、分かってもらおうと意識してようやく論理が構築される。一人ではいかんともしがたい。他者を意識しなければ論理に出番などはない。言い換えれば、コミュニケーションの工夫が思考に論理を授けるのである。

客観的ルールで考える習性  この世界にある事物は、ぼくたちの関心や視点に応じて多様な意味を伴って現れる。にもかかわらず、学習や経験を通じて、無意識のうちに「しかるべき客観的観点」が強要される。十人十色の十人一色化という現象だ。

客観的ルールとは定説であり、常識や通念である。ある時、人々が一堂に会して取り決めたわけではない。一般的な結婚式では、知人や友人がはずむ祝儀には全国津々浦々ほぼ3万円が包まれる。根拠はない。主観的に見つめ直して、たとえば4万円にするとか18,000円にするには勇気がいる。

客観的ルールに従っていれば楽だ。いちいち面倒くさく考えなくても済む。但し、ルールに従ってさえいれば、世界を手の内に入れることができると思うのは錯覚にすぎない。

認識から思考へ  左手で対象をキャッチして、それを右手に持ち替え、握り直して誰かに投げる。左手が感じることの作用、右手が考えることの作用。感性と理性の関係、役割の分担はこれに近いと考えられていた。花を見て感じる。自分一人ならもうそれで十分で、ことばにすることもない。しかし、花について考え誰かに伝えようとすれば、概念化が必要になる。カント以前の合理論では、花という誰にとっても同じ客観的存在があって、それを主観的に認識するという考え方だった。

しかし、カントは「対象は知りえない」と言い出して、見方を変えた。コペルニクス的転回と呼ばれるほどの変化だった。花という対象は、人それぞれの認識によってのみ現れると考えたのである。人の主観の枠組みに花という対象のほうが従うという逆転の発想だ。

感性と理性、そして、直観と論理  高度な論理処理をしなくても、感性と直観だけで十分に経験知は積み重ねられる。ある職業分野ではもちろん、すべての仕事の一部は、そのような感性と直観だけの諸感覚だけで対処できている。しかし、いったん言語や概念を用いようとすれば、理性的かつ論理的に考えることは不可避になる。

現実問題として、「経験知となる感性・直観」と「思考源となる理性・論理」は、明確に分別されるのではなく、往ったり来たりを繰り返す。だから、「私は感性人間です」「直観だけで生きています」などと広言するのはよろしくない。人は行き当たりばったりで対象を捉えているのみならず、理性と論理で主観的に認識しているのだから。

門と閂

幸福と不幸は正反対なので、今が幸福か不幸かは誰にだってわかりそうなものだが、実は必ずしもそうではない。望む幸福と招かざる不幸を見分けるのは案外難しい。幸せになるつもりでやっていたことが、不幸せへとまっしぐらだったということがある。

対立概念が入り混じるのは常。晴れているのに雨が降る狐の嫁入り。甘辛い料理も味が混じっている。痛いけれど気持いいというのもある。だから、幸福と不幸が混じっても何ら不思議はない。いや、ずっと幸福、ずっと不幸のほうがむしろ稀かもしれない。それが証拠に、不幸中の幸いという言い回しもある。

「天は、(……)幸福の中にいくらかの不幸を混ぜるのが常」(シャルル・ペロー)

天はなぜそうするのか。人をいつも満足させるのに疲れるからだという。天に幸福を授けてもらおうと甘えている者はいくばくかの不幸も覚悟しなければならない。そのいくばくかは天のさじ加減なので、不幸の割合のほうが多くても文句は言えない。


先日仕事で赴いたビルの一角に、杉と松と鉄を素材にした展示作品を見つけた。『幸福の門1』と題されている(チェ・ソクホ作)。

幸福の門にはかんぬきがかかっている。門を施錠するために横に棒を一本通す。すると、かんぬきになる。かんぬきは「閂」と書く。よくできた漢字である。

門から幸福側に入るにはかんぬきを外さねばならない。しかし、かんぬきは門の内側に付けられているから、正しくは「外してもらわねばならない」。門外の人間にはかんぬきは外せないのである。では、お願いする幸福の門の門番とは誰なのか。それが、ペロー流に言えば「天」ということになるのだろう。

ところで、門の外が不幸で、門の内側が幸福という考え方は、幸不幸が混在する現実に反している。幸福というのは、ある心的状態を現わすことばであり概念である。どこかに存在しているわけではない。不幸側にいて勝手にかんぬきをかけている人もいる。かんぬきを外して門を開けたら幸せになれるのに、かんぬきを外さない。おそらく門も閂も外界にあるのではなくて、自分の内にある。この作品をしばらく鑑賞しながら、人がなかなか幸せになれない理由が少しわかったような気がした。

過剰なグローバリズム

「世界に開かれる」などと言うが、摑みどころのないのが世界であってみれば、いったいどこに開かれると言うのだろうか。グローバル化の前は長らく国際化という表現が使われてきた。「国際の」や「国際的」はインターナショナル(international)の訳だから、二国間でも国際、数ヵ国でも国際だ。たとえば国際関係と言う時、国は不特定多数の匿名ではなかった。名のある国との関係を意味していたはずである。

幕末から維新の時代、日本は世界に開かれた。当時、世界とは世界の隅々という意味ではなく、イギリスでありアメリカでありドイツであった。日本は政治、経済、教育、技術をそれぞれの国の方法や制度に倣ったのである。江戸時代以前は朝鮮、中国、ポルトガル、オランダの各国と「国際関係」にあった。概念的な世界ではなく、具体的な国々に開かれていたのである。

時代を経て関係は複雑を極め、国際と呼ぶにしても、国はおびただしい。したがって、いちいち国名を挙げることはなく、抽象的で一般的な表現になってしまった。そして、ついにグローバルになる。文字通り地球的なのだから、さらに個々の国の存在感は希薄になった。いったいグローバル化とは何だろう。日本企業のグローバル化、グローバルな視点、人々のグローバル感覚……ますます摑みどころがなくなったような気がする。


閉じた社会よりも開かれた社会のほうが未来が明るそうに見える。窓のない部屋よりは窓のある部屋のほうが開放的であり、開放感は自由と希望の可能性を約束してくれそうだ。だから、たとえば「暗黒の中世」に終止符が打たれ、近世以降、近代、現代と国々は世界に開かれてきた。ところが、異種の価値に寛容であり続けようとしても、度量には限度がある。昨今の保守主義、反移民などの流れを見ていると、国も組織も人もグローバリズムが手に負えなくなったかのようである。

鎖国から開国へ、一国から外国へ。誤解を恐れずに言えば、開国や外国指向は、自力で補えない部分を他力に依存することでもある。自力でやりくりするのも容易ではないが、その自力と他力の兼ね合いにはいっそう心を砕かねばならない。経済の基盤を輸出に頼り過ぎても輸入に頼り過ぎてもうまくいかない。グローバル化に適応すべく机上で立てる概念戦略と、諸々の人々や国々が入り混じる国境なき一つのステージでの実態は同じではないのである。

過剰なグローバリズム現象から、ウェブにどっぷり浸かっている人間の姿もあぶり出されてくる。ウェブのグローバル化は経済のそれの比ではない。外部の情報への依存過多になると、自力思考を失う。知のグローバリズムでどのように自他の間の線引きをするかが問われている。知りたいと願い、知らねばならないと強迫観念にとらわれる情報症候群は、すでに1980年代に危惧されていた。当時と違って、定数的要素が減り、変数的要素が累乗的に増えている現在、ぼくたちは大きく開かれた世界に投げ出されてしまった格好だ。泳ぎきる能力はありそうもない。溺れる前に身の丈に応じた知の保守主義策を講じるべきだろう。つまり、情報に依存せず、情報をなかったことにしてしまう知恵である。

人口減少という杞憂

地球規模で見るなら、人口減少よりも人口増加のほうが深刻である。宇宙船地球号の乗客は勢いよく増え続けてきた。「人口爆発!」と題して書いたのが201111月。当時、世界の人口は70億人を突破した。2017年の今日529日午後2時半現在の推計は74200万超だ。この5年半で4億人以上増えたのである。人口増大によって、貧富の差の拡大、温暖化、食糧不足など、近未来に解決困難な不安材料が山積している。

他方、わが国はこれと真逆の現象に直面している。人口減少の恐怖である。某週刊誌の広告に「人口8000万人の国ニッポンで起きること」という特集の見出しがあった。雑誌を買い求めてつぶさに読んではいないが、数行の記事のさわりから伝わってくるのは悲壮感を漂わせる内容だ。「人口が4000万人減ることは、こんなに怖いこと」と不安を煽り立てる。

この記事は去る4月の国立社会保障・人口問題研究所の発表に反応したものだ。推定によれば、2065年の日本の人口は約8800万人で、現在より30パーセント減の水準になるという。現象に歯止めをかける対策を強化するのか、それとも、その水準に落ち込んでもなお生産人口をある程度確保できるような策を講じるのか。少子化対策に進展が望めなければ、人口減少に甘んじながら、あるいは外国人労働力を受け入れながら、経済成長を低速させない工夫を凝らさねばならない。経済を人口という身の程に合わせる覚悟をすれば成行きでいいだろうが、この主張は経済至上主義者からの非難を免れないだろう。


ところで、人口減少と社会の崩壊は異なることをわきまえておくべきだ。半世紀後に8800万に減少しても、その水準は現在のドイツの8200万、フランスとイギリスの6200万を上回る。人口だけで言えば、また、これら三カ国の経済力レベルで妥協するのなら、何の問題もない。週刊誌の記事はまるで一気に人口が4000万人減るような印象を与えているが、半世紀かけて逓減していくのである。激変はしない。指をくわえているだけならともかく、逓減の過程で対策は講じられるはずだ。

人口問題を国家的視点から杞憂しても、対策はつねに概念的かつ総論に終始する。人口と大雑把に言ってしまうから、国家の問題になる。しかし、国家的な影響の前に人々が暮らすまちの行く末を案じるべきだろう。人口が確保できても住民構成が高齢者に偏れば、まちは機能しなくなる。まちの住民構成のうち65歳以上の高齢者が50パーセントを超えると限界集落である。冠婚葬祭などの地域活動はもとより経済的文化的活動が一気に低迷してしまう。

個々のまちから住民が去ってしまうと、仮に国全体の人口が維持できたとしても、日々の経済活動や生活は立ち行かなくなる。人口減少で憂うべきは、国としての経済成長ではなく、人々が――国民としてではなく――市町村民として日々を送る生活のほうなのだ。現在12000万人の多くが大都市に集中し、中山間地域は過疎化して限界集落が増え続けている。国の成長が個々のまちの安定に優先されているかぎり、半世紀後の人口減少対策も絶望的である。

国家の問題の前に地方の問題を扱わねばならない。ぼくたちは国というバーチャルな家に住んでいるのではなく、まちという現実に生きているのである。国の経済成長とは、とりもなおさず、人々が暮らすまちの、常套句を使えば「持続可能な成長」にほかならない。人口が12000万か8800万かということよりも、密度の偏りを是正するのが先決である。住む場所がどこにでもあるのに、まるで砂漠のオアシスに一極集中するような状況のほうが危機的なのだ。人々が地域で暮らせるまちの多様性に半世紀かけて取り組めば、国全体の人口減少などは恐れるに足りない。食糧供給やインフラ整備が追いつかない人口爆発よりは知恵を絞りやすいと思うのである。

岐路の決断

人生は大小様々な岐路ばかり。こう言ってみれば、たしかにそうだろう。だからと言って、明けても暮れても清水の舞台から飛び降りるような決断を迫られるわけではない。こと日常に関しては経験の知で軽やかに凌ぐことができ、顔色変えて意を決するような場面はめったにない。

日常の些事をいつも「ハレ」の儀のように重く捉えている知人がいた。いちいち大仰に心を新たにしなければ行為できず、諸事をてきぱきと取り扱えなかった。日常の小さな意思決定に経験や習慣を生かせない。たまに読む書物からは概念ばかり学び、日常をふつうに生きていなかったようなのだ。日常から離れた概念で生きていたら息苦しくなるのは当たり前。相談を持ちかけられ、次のように言ったことがある。

読書して知的になりたい、美術館に行って芸術に触れたいなどときみは言うけれど、知性や芸術心は日常の外で育むものではない。日々の習慣の一部なのではないか。ふだん読書や芸術鑑賞になまくらなきみが一念発起して親しもうとするたびに、命を賭けるような決断をしているのが滑稽だ。知的であることもアート的であることも特別ではない。いくばくかの好奇心と主体性さえあれば、三度の飯の間も、飯と飯の間でもそんな生き方はできる。覚悟なんていらないし、いちいち深呼吸して身構えることもない。日常をしっかり生きていれば、非日常的事態にあっても決断のジレンマに戸惑うことはないはず。

日常から知恵を得ていなければ、ここぞという決断の場面で後悔が先に立つ。その結果、何も決断できなくなる。明日になったら考えようと、モラトリアム人生は続く。


あの時、(こうではなく)あのようにしていたら、自分の人生は別のものになっていただろうと、戻らぬ過去を振り返って悔悛する。今に到ったあの時の選択が「やっぱり間違いだった」と吐露する。それが確信に変われば、これから先の日常は無常となり、自暴自棄と隣り合わせの日々になる。経験と呼べる経験は積めず、習慣と呼べる習慣は形成されない。

あの場面では、今のxではなく、別のyという選択肢がたしかにあった。今のxではなく、別のyを選んでいたら、自分の人生は大いに変わっていただろう……と自責の念に駆られる。しかも、この種の自省においては、選ばなかったyのほうがつねにxよりも優れていたに違いないという信念が支配的になる。なぜ今を肯定的に眺めることができないのか、不思議でならない。

選ばなかったyのほうがよく、選んだxが運悪かったなどという恨み節は、二者択一のくじ引きではよく吐かれる。ところが、人生の岐路というのは、実はxyという二者択一などではない。選んだのはx一つだが、選ばれなかったのはyだけではなく、その他多数なのである。見方を変えれば、おびただしい選択肢からたった一つが選ばれ、その選ばれた一つからその先に無数の選択肢が分岐し、その中からさらに一つが選ばれる……。その繰り返しなのだ。

岐路で選ばれなかったほうがよかったはずというのは幻想にすぎない。今がどうであれ、後悔と反省を延々と続けるくらいなら、あの時選んだ道を歩む自分に必然を見てとるべきだ。今を肯定しなければ始まらない。しかし、あの彼のように、岐路のジレンマに襲われて決断できない自分、モラトリアムに酔う自分を肯定することだけは何としても避けなければならない。

「なぜ」が消える時

“5W1H”が頻繁に強調されてきて、何を語り書くにしても要諦だとされる。いつ(When)、どこで(Where)、誰が(Who)、何を(What)、なぜ(Why)の5つのWと、どのように(How)という1つのH。文章の筋道と意味の精度を高めるには、これらを明確にしなければと強く意識する。しかし、元はと言えば、ニュース記事を書くにあたっての作法であった。5W1Hは事実に関わる。事実をきちんと押さえることが、何を差し置いても、記者の基本の心得だ。表現の巧拙よりも、事実に反しない文章が上等なのである。

同じ事実を扱うにしても、事実と認定するのに手間暇がかかるのが一つある。「なぜ」がそれだ。日時、場所、人物、行為・出来事、方法に比べて、理由や原因には事実に推論の要素が含まれる。

「○月○日午後○時、○○町角のコンビニ○○で、住所不定自称フリーター○○は、仲間に店員の注意を引かせて、弁当を二個万引きした。腹が減っていたが弁当を買う金がなかったからと取り調べに答えているという」。

日時、場所、人物、行為、方法は証言によって裏付けることができる。ところが、「腹が減っていたが弁当を買う金がなかった」という理由は本人の言であって、それが確実に唯一の理由または動機であると認定する客観的な証拠はない。本人がそう言ったことは事実であっても、その言が万引きの理由や動機であったかどうかは不明である。現行犯逮捕された者がなぜ万引きしたかは推論の域を出ないというわけだ。


「なぜ」は論理にとって不可欠であるけれども、特に論理立てることもない場面で敢えて問うことはない。なぜと問わないことをなぜと問うべきことと同様に心しておかねばならない。料理屋に行って刺身の盛り合わせを注文したら、連れに「なぜ刺身から?」と聞かれても困る。刺身を食べたい、ただそれだけだ。刺身を食べたいのが刺身を注文した理由というのも何か変である。最近肉食が続いたので、今日あたりは魚にしようと考えていたというのもしっくりこない。「なぜ」が不発になる場面である。

ここぞという時でもないのに「なぜ」を振り回さないほうがいい。いつ、どこで、誰が、何を、どのようにに比べれば、出番が少ないのである。論理思考や議論の技術に馴染んでしまうと、つい理由や原因の分析が癖になる。よく状況を見極めるのが肝要だ。

風景であれ芸術作品であれ、そこに佇んで見ているうちに「なぜ」と問いたくなる不可思議に襲われることがある。答えが出るはずもなく、問うてみようとした自分に戸惑う。木洩れ日の木々の、まあ、ありていに言えば、その美しさの理由を知ってどうなるものでもない。なぜと問おうとしている間は、対象との間に距離を置いていて、わからないことをわかろうと理を動かしている。意味があるはずもないし、無粋な問いである。

しかし、やがて理由を知ろうとすることが空しく、あるいは、知ろうとしても満足のゆく答えが見つかるわけでもないことがわかる。理から離れて対象に向き合っているうちに、同化する瞬間がやってくる。それまで見えなかった、たとえばそれを「美」と呼ぶとすれば、美が神妙な無形物として立ち現れてくる。風物の観賞や作品の鑑賞に言語や理屈を介在させないことは難しい。消えるのを辛抱強く待つしかない。

切り離された一言

法然の「愚にかえる」という一言を文脈から切り離し、なおかつ愚を「おろか」と解釈するとしよう。おろかとは知能の働きがすぐれず、才能が劣っているさまである。「そうか、賢くなくていいんだ、バカでいいんだ」などと自分を慰めては話がおかしくなる。「愚に還る」とは思い込みやとらわれから自分を解放してやることだ。つまらぬ知識や理屈が固定観念の根源であるから、脱知識・脱理屈のことを愚に還ると表現しているのである。今風に言えば、雑念の「リセット」ということになる。

近くの寺に「愚に還れば楽になる」という標語が掲げられていた。つまらぬ知識や理屈を捨てたら楽になる? まあ、そうかもしれない。角張った賢さが考えの偏りの元であるなら、いっそのこと愚に還ろう。すると、素直になれそうな気がする。素直になることと楽になることが同じとは思えないが、ツッコミ場所はそこではない。脱理屈を諭しているのに、「もしあなたが愚に還るならば、あなたは楽になるだろう」などという仮言命題の記述に違和感がある。仮言命題は論理学で扱う形式なのだから。

思想の全体から切り離して一言だけ単独につぶやかれると、愚に還るの「愚」をおろかという意味で理解するだろう。還るというのだから、賢い人に向けられたことばであり、すでに十分におろかなら還りようもないということになる。全体を斟酌せずに部分だけの語釈をしてしまうと読み誤る。

中途半端な賢さゆえに苦しみを抱え込むということはよくあることだ。余計なことを考えなければもっと簡単に解決できたかもしれないのに、生半可に知力があるばかりに遠回りをして苦悶する。だから、手っ取り早くバカになってしまえばいい。しかし、「きみ、もっとバカになりなさい」と諭しても、「もう十分にバカなんだけどなあ」と返されれば、やはりバカやおろかの解釈が一筋縄ではいかないことに気づく。賢くても――いや、賢いがゆえに――バカやおろかになれるし、なろうとすればいいのだ、という意味である。しかし、意味がわかったとしても安堵してはいけない。人生を超然と生きていくならそれでいいが、仕事もしなければならない、日々生活も送らねばならないのである。「愚→賢」というもう一つのスイッチの切り替えなくしては協働も共生もうまくいかない。


理屈や知識ではなく、計らいのない愚者の知恵で人は救われることがある……小賢しいエゴを捨ててバカになろう……そうすることで潔くなれ幸せになれる……。はたしてつねにこの教えに従うだけでいいのか。思い込みやとらわれから解放されるだけが、実社会を生きる人間のゴールではない。本気で愚に還ってしまえば楽どころが、仕事も生活もままならないのである。

ずっと賢者、ずっと愚者は、いずれも愚者である。時々愚者になる賢者、時々賢者になる愚者は、いずれも賢者である。「愚に還れば楽になる」などと普遍的命題で断定するのではなく、「時々」と言ってしまうほうが、思い込みやとらわれから救われるだろう。愚と賢の折り合いをつけるとするなら、「考えてもしかたのないことは考えず、考えるに値することだけを考える」というところに落ち着くような気がする。

「愚」とは本来考えの足りないさまである。決して褒めことばではない。しかし、状況に応じて時々わざと考えの足りない状態に切り替える。それが愚に還ること。頭だけを働かせないように意識すること、つべこべ言わずに動いてみること、と言い換えてもいいかもしれない。ところで、愚の「禺」は大きな頭の猿という意味らしい。そこに「心」がくっついて、頭ばかりでかくて猿のように劣った心の持ち主を表わすようになった。愚の成り立ちそのものが偏見にまみれている。

ともあれ、全体の本意から切り離された一言、一行、一文の取り扱いは要注意である。格言、諺、スローガンしかり。特に「愚に還れば楽になる」を額面通りに解釈してバカを謳歌しそうな人に対しては単発引用して示してはいけない。

「らしさ」の研究

便利にして曖昧極まる表現に「らしさ」がある。「この作品には彼らしさがよく出ている」とか「京都らしさを満喫した旅だった」というような使い方をする。「Xらしさ」と言うかぎりは、本人はXの特徴や性質がわかっているつもりだろう。しかも、特徴や性質が一般的だと考えているから他人に対しても「らしさ」を使う。なにげなく使う「Xらしさ」のXの特徴や性質に本人は何らかの基準を設けている。輪郭不明瞭なその基準が誰にでも通用すると思っている。

彼の最新作を鑑賞した。「この作品には彼らしさがよく出ている」と評した。評者は彼の最大公約数的な作風を知っているつもりだ。なおかつ、最新作が作風に合致していることを認知しなければならない。もし「らしさ」がなければ、評者は「作風が変わった」などと言うに違いない。ところで、「らしさ」という表現を使うからには相手に通じなければならない。相手が彼について何も知らなければピンと来ない。また、仮に彼について知っているとしても、基準が違えば相手は「いったいこの作品のどこが彼らしいんだ」と訝る。男らしさ、女らしさ、京都らしさ、春らしさ……。実は、通じているようで通じていない。うなずいても曖昧の壁を越えていない。

「らしさ」の背後には「別のらしくないもの」が想定される必要がある。「シマウマらしさ」は馬らしくなく、ラバらしくなく、ロバらしくないことを前提にしている。では、シマウマと馬とラバとロバそれぞれの「らしさ」とは何か。差異をはっきりさせるためには、それぞれの特徴や性質について知らねばならない。しかし、誰もがそんな知識を持ち合わせているはずがない。思考実験してみればすぐわかる。いくつかのサングラスを用意してみよう。そして、シマウマに似合うサングラスを一つ選んでみよう。サングラスをかけさせたシマウマを見て「シマウマらしさが出ている」と言い得るか。言い得たとしても、馬、ラバ、ロバにない、シマウマ固有のらしさであると確信が持てるか。


「自分らしさ」というのはパーソナリティだ。「自分らしく生きていく」という人がいるが、自分のことをわかって言っているとは思えない。「ぼくらしいだろ?」と言えば、誰かが「いやいや、きみらしくないよ」と返す。自画像と他者が描く像が異なっている。本人も他人もその本人のパーソナリティがわかっているわけではないのだ。つまり、彼らしさにしても京都らしさにしても、個人的な見方にほかならない。彼についての、京都についての一般的な基準など一度も申し合わせたことなどないのである。

男らしさ、女らしさのステレオタイプ。おおよそわかっているつもりでも、性向をつぶさに言い表わすのはやさしくない。男と女を二項対立させてみれば少しは属性らしきものが立ち上がってくるが、「らしさ」はどこまで行っても曖昧世界から抜け出せない。「Xらしいなあ。なぜかって? だってらしいんだもの」というトートロジーに陥るばかり。らしさに正しい・間違いはない。ただそう見える、そう感じる、そう思うという主観だ。だから、誰かに「その意見はらしくないですね」と言われても、ムキになってはいけない。

そんな曖昧な「らしさ」だが、個人的な仮想のステレオタイプのくせに一つの絶対的な基準にまで昇格することがある。東京らしい五輪や大阪らしい万博という表現には、まるで「確固とした基準」があるかのようである。プラトンのイデア論は最たる例だろう。真なるものはイデアである。イデアは見えない(あるかどうかもわからない)。実際に見えている現実は便宜上の「イデアらしさ」に過ぎない。ぼくはイデアのぼくに近づこうと「らしさ」に磨きをかける。街はイデアの街を目指して「らしさ」を醸成する。しかし、ぼくや街のイデアが何であるかは誰にもわからないのである。

シンクロニシティ考

〈シンクロニシティ〉は共時性と訳される。偶察力を意味する〈セレンディピティ〉と同様、偶然の現象に関わる概念だ。別々の場所でよく似た複数の現象が起こることがある。現象間にしかるべき因果関係が認められないのに、そこに偶然の一致を感じてしまう。同時生起に理由はない。だが、結びつけて意味を見い出したいと思うのである。

「心に思っていることが、外界にあらわれる共時性は、我々の日常生活にしばしば起こっている」(F.D.ピート『シンクロニシティ』)

思いの現象化も共時性なら、たとえば、初めて訪れた街で「なんとなくカレーライスを食べたい」と思っていたら、すぐ角にカレーの店の看板が見えたなどというのも一種のシンクロニシティと言えるだろう。

「昨日のランチはカレーライスだった」と言えば、居合わせた人が「あ、偶然、私もそうでしたよ」と反応する。よくあることだが、カレーライスのような珍しくもない料理にまつわる偶然をシンクロニシティと呼ぶのは安売りになる。せめて鯨のさえずりの刺身のような希少食材でないと、偶然の一致に驚かない。思いの現象化、異なる場所での複数の現象、複数の人間の経験などが共時することは珍しくない。しかし、わざわざシンクロニシティという術語を持ち出すのであれば、驚嘆に値するありえない確率事象でないといけないだろう。


類似性の強い出来事が離れた場所でほぼ同時期に起こる。F.D.ピートの言うように「日常生活にしばしば起こっている」のだが、起こっていることに不思議を感じなければいちいち気に留めない。その出来事の蓋然性がきわめて低いからこそシンクロニシティに注目するのである。因果関係とは別の原理が偶然の出来事の中に働いたのではないかと仮説を立てたくなり、シンクロニシティを解き明かしたいと願えば、研究の対象になる。

シンクロニシティの最たる例は電話の発明だ。電話はグラハム・ベルが発明し、1876214日に特許が出願された。実は、その2時間後にイライシャ・グレーという人物が、ベルの原理とは異なる仕組みの電話の特許を出願していた。ベルとグレーに交流はない。まったく別の原理で、別の場所で電話という新しい装置の開発をおこなっていたという次第だ。今年のバレンタインデーの日のランチに二人の人間が、別の場所で別の動機でカレーライスを食べたというのとはわけが違うのである。

ところで、現象の証人であるぼくたちは、何をもって珍しい共時性に気づくのか。現象と現象、出来事と出来事を擦り合わせる以外に、それが「カレーライス」であり「電話」であるという符号の一致が起こっている。カレーライスという思いのことばに対して、忽然と現れる店をカレー店と認めることばの一致が不可欠なのである。ベルとグレーの発明した装置の一致もさることながら、出願書類中の電話ということばの一致によってシンクロニシティが確認される。現象と現象を、思いと現象を結びつける言語の働きにも注目しなければならない。

ダ・ヴィンチからガウディへ

2011年のノート3冊のうち1冊を捲っていたら、最初のほうのページにレオナルド・ダ・ヴィンチの、最後のほうのページにアントニ・ガウディのことばの引用を見つけた。そして、あれこれと考えを巡らしてみたのである。

数日前、食後に入店したカフェの壁の一部が鏡だった。その鏡に掛け時計が映っていた。鏡は実像の左右を反転させて虚像を映し出す。暗号の解読ほど手間取らないが、反転時計の長針と短針の位置関係にやや戸惑う。しかし、これが文字になると判読にさらなる時間を要する。漢字ならまだしも、アルファベットで書かれた文章には辟易する。

左右反転の鏡面アルファベットで手記を綴ったのがレオナルド・ダ・ヴィンチだ。鏡面文字で書いた謎をひも解いてみよう……などとは思わなかったが、久々に手持ちの本を拾い読みしてみた。この写真の手記はイタリア語で書かれた鏡面文字である。イタリア語も他の欧米語も左から右へと横書きされる。この左右反転文字は右から左へと書かれている。右端が揃っていて左端が不揃いだから、右端が行頭だということがわかる。

ダ・ヴィンチは手記のほとんどをこんなふうに書いている。しかし、左から右へと通常の体裁で書いた自筆がないわけではない。それがこれだ。ミラノのスフォルツァ公に自分を起用してくれと陳情した「売り込みの手紙」。さすがに鏡面文字は意味伝達して訴求するには適さない。常識を心得て、読みやすい文字でしたためたのだろう。鏡面文字の身上書を提出していたら、間違いなく書類選考で落とされたに違いない。


ダ・ヴィンチの手記に意味難解な一節がある。

「感性は地上のものである。理性は観照するとき感性の外に立つ」

感性には主観が入り込む。だから生活の場である地上では感性が主役となる。これに対して、理性は観照する。主観を交えることなく冷静に観察するから、個人的な事情から離れて物事の意味が明らかになってくる。感性の外は天空が開けている場所だ。そこから理性が全体の何もかもを俯瞰している……この一文からこんなイメージが湧いてくる。

アントニ・ガウディも感性と理性を対比している。

「われわれ地中海人の力である想像の優越性は、感情と理性の釣り合いが取れているところにある」

これはラテン系のスペイン人とは違うカタルーニャ人のプライドを示している。ガウディは感情(または感性)が豊穣であることを必ずしも好ましいと考えていなかった。ダ・ヴィンチ同様に、ガウディもまた理性という天空からの俯瞰、あるいは自然を眺望することを拠り所にしていた。「自然は偉大な教科書である」ということばがそれを現わしている。サグラダファミリアは自然の模倣である。そして、自然を切り取ったハサミ、それが理性だったのである。

自然と調和する、あるいは自然の中に人間との調和的な要素や「模範解答」を求める。この作業は感性の仕業と言うよりも、きわめて理知的な行為なのである。人がありとあらゆる経験と知識を駆使しなければ、自然から教えを乞うことはできないし、自然を取り込んで人工物として再現することはできないだろう。人工物のほとんどは自然の模倣であり、よく模倣された人工物に対しては自然のほうがそれに調和するようになる。サグラダファミリアは自然の姿と写像関係にあって、自然の鏡像として眺めることができるかもしれない。