言論について (3) ロゴスとレトリック

Logos

ラファエロ作『アテナイの学堂』には名立たる賢人らが描かれている。中央のやや左、一番下の階段に腰を下ろして思索するのはヘラクレイトス。人物モデルはミケランジェロと言われている。ヘラクレイトスは古代ギリシアの哲学者で、万物流転でその名を馳せた。万物流転と言うものの、その万物の中にロゴスは含まれていない。ロゴスだけは変化しないのである。

ロゴスを軽視してはいけない。しかし、決して溺れてもいけない。ロゴスを核として発展してきた西洋哲学も論理学も必ずしも普遍的な知ではなく、ギリシア・ヨーロッパ世界の特殊な知に過ぎない。ロゴス中心主義は西洋の知のドグマだが、ロゴス一辺倒で世界や社会の出来事を論じることはできないだろう。このことをわきまえたうえでロゴスを学ぶのが肝要である。

文明開化、富国強兵、殖産興業などを旗印にして、わが国固有の発想(敢えて「思想」とは言わない)を西洋の特殊な知に総替えしたのが明治時代だ。以来一世紀半、日本人はロゴス的な知にどっぷり浸かってきたかのように見える。しかし、ロゴスは物質的な変革には大いに力を貸したが、精神の骨の髄にまでは浸透しなかった。

日本の文化の争うべからざる傾向は、抽象的・体系的・理性的な言葉の秩序を建設することよりも、具体的・非体系的・感情的な人生の特殊な場面に即して、言葉を用いることにあったようである。

加藤周一が『日本文学史序説』で書いたこの文章は、日本人がロゴスに大きく依存しなかったことを物語っている。今日に到ってもなお、この指摘は的外れではない。一見ロゴスに見える花も、鉢植えの中では「ものづくり、移ろい、こころ」というような土壌に根ざしている。

さほど中身のない話でも、話し手の知名度が高ければ、条件反射的にありがたがるような傾向が今もある。「私の知人が癌で亡くなり……」と講師が絶句したら会場のあちこちですすり泣きが起こる。メッセージを聞くのではなく、空気にほだされている。「何事のおはしますかはしらねどもかたじけなさに涙こぼるる」という西行法師の心情に通じる。ロゴスの尺度からすれば、何のことか分からないことに涙は流さない。正しく判断もせず、また批判も加えずに納得する習性は、仮面のロゴスの下の素顔のペルソナなのである。


ロゴスを顕在させる技術がレトリックであり、これも功罪併せ持つ。和歌に代表される日本文学は比喩、枕詞、擬人法などの修辞が豊かである。これらは「ことばの綾」の技術なので、技巧や飾り立てが過ぎると「巧言令色」のそしりを受けかねない。耳に響きのよい美辞麗句を並べるのがレトリックだと勘違いしてはいけない。本来レトリックは説得立証と言論配列を取り扱うものだ。説得立証とは証拠と論拠を立てる方法であり、言論配列とは序言・陳述・証明・蓋然性・概括など弁論の組み立て方のこと、つまり、説得のための表現技術である。しかし、説得は賢慮良識によって自制しなければならない。なぜなら、説得が常識を外れて度を越すと黒を白と言いくるめる詭弁術に化けるからだ。

裁判が広くおこなわれた古代ギリシアでは、利権や自由を守りたいという民衆のニーズがあった。裁判で勝訴するには裁判官や聴衆を説得しなければならない。そこで、プロの弁論家の出番となる。弁論家の中には詭弁を弄するソフィストに転じる者も少なくなかった。時を下って、モンテーニュはレトリックの専門家たちを「口先一つで(……)われわれの判断力をたぶらかし、物事の本質まで変容させるのが彼らの仕事だ」と批判した。ことばが真摯な説得力を持つか詭弁まみれの空言に堕してしまうかは紙一重なのである。

レトリックは表現のファッションになりかねないし、勝ち負けに拘泥すると牽強付会にもつながりかねない。繰り返しになるが、レトリックは聞こえのよいテクニックではなく、説得のための総合的表現技術なのである。ロゴス成分100パーセントでは知に働き過ぎて角が立つ。感性や想像力や倫理観もほどよく配分しなければならない。これを〈レトリックの知〉と呼ぶことにする。

1.与えられた命題をあらゆる側面から考察できる。
2.その命題をその場でただちに論じ答えることができる。
3.命題にふさわしい論点を適切に選び出し組合せて説得力を高めることができる。

イタリアの哲学者ヴィーコは以上の点を指摘した。共通感覚を背景にしたレトリックの知の理想の働きをよく表わしている。教育ディベートの基本的な目的であると言ってもいい。1.の「あらゆる側面」を簡素化すれば、二つの相反する見方、すなわち命題の肯定側と否定側になる。2.は即興性、即時性。豊かな教養と知見を前提にしてこその能力である。そして、3.は先に述べた説得立証と言論配列にほかならない。

投稿者:

アバター画像

proconcept

岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です