古代の健啖家たち

恒例の古本の初買い。置き場のことを考えれば慎まねばならないのだが、7冊買ってしまった。飲み食いが活発になる年末年始にぴったりの一冊は『シーザーの晩餐 西洋古代飲食綺譚』。実に凄まじい本である。

シーザーにまつわるエピソードなどわずかだが、巧妙に題名を選んだものだ。「古代の晩餐」よりはよほど読む気がそそられる。ともあれ、この本は古代ローマ人の食習慣と古代ギリシア人の食生活をかなり深く掘り下げている。

これまでにこの種の本を何冊か読んでいるが、一般庶民の食生活よりも富裕層の健啖ぶりに紙数が割かれる。そのほうが読者は度肝を抜かれる。ローマ人が饗宴で食べていたものを一覧すると、美食とゲテモノが交錯しているのがわかる。珍奇なる食と言うべきか。

ローマ人は今の日本人と同じく、タレのかかった鰻の蒲焼やマグロを食べていた。牡蠣も養殖して生食していたこともわかっている。肉類や昆虫はほぼ何でも食べていた。クジャク、カタツムリ、ヤマネ、ガチョウのフォアグラ、イヌ、ネズミ、セミ、イナゴ、アオムシ、イノシシ、シカ、ウサギ、タヌキ、ゾウ、ライオン、ラクダ……列挙したらきりがない。


牛肉よりは豚肉を好んだ。一度に一頭しか産まない牛よりは豚のほうが安く手に入ったからだ。醤油もちゃんとあった。しょっつるのような、「ガルム」と呼ばれる魚醤がそれ。調味料のレベルは料理のレベルに等しい。当時手に入るかぎりの食材と調味料で美味珍味を追求したのだが、食性の広さは現代の比ではなかったように思われる。

宴会と言えば、「卵に始まりリンゴに終わる」というのが常識だった。卵料理だけで20くらいあり、鶏卵のみならず、クジャクの卵も使った。卵の次にはレタス、オリーブ、ざくろ、桃を銀の皿に盛り付け、そこにヤマネの丸焼きを乗せる。蜂蜜とカラシがまぶしてあったそうだ。次いで、蟹、大海老、ザリガニの肉団子等々。以上が第1のコース、つまり饗宴の序章なのだから開いた口がふさがらない。ふさがらない口へと料理が次から次へと運ばれる。

ところで、ヤマネはリスやネズミのような小動物だ。これを人工的に繁殖させていたのだから、ローマ人の健啖には欠かせない珍味だった。素焼きの壺の中で数匹を飼う。運動不足の状態にしてクルミやドングリをしこたま与えて肥らせた。ヤマネという響きだけでも異様だが、今でもその食習慣が引き継がれている地域があるらしい。

ローマ人が食べた珍味で経験した食材が二つある。一つはザリガニ。広島産の養殖ザリガニをフランス料理で経験した。もう一つはフィレンツェのレストランで注文したコロッケ。肉には豚の乳房のミンチが使われていた。言われなければ素材が何かはわからない。おそらく、ローマ人も同じだったろう。彼らは食材の「名前」を食べていたのである。そして、たぶん、現代のぼくらも名前によって味覚を確かめている。

男の作法「知性」

池波正太郎『男の作法』の書評、最後は知性と生き方のことをアラカルト風に。

本とメモ  企画術や仕事術の話をした後に、受講生から読書の方法についてよく聞かれる。義務教育で教えられていないから、いい歳になって他人に聞く。「好きなものを好きなだけ読んで自分流の読書をすればいい」と伝える。そっけない返事だが、それ以上でもそれ以下でもない。読むべき本を推薦するなどもってのほかである。

「本を読むのは千差万別ですよ。あらゆるものを読んでますよ。(……)本をたくさん読んでいくうちにね、おのずから読みかたというものが会得できるんですよ。」

この通りであり、これしかない。ぼくの経験から言うと、十代・二十代のある時期に二、三年間手当り次第に数百冊を読めばだいたいわかってくる。やがて趣味や仕事が明確に絞られるようになると、何をどう読むべきかがおのずから見えてくる。読書の質を云々する前に、かなりの冊数を読破せねばならない。中年には手遅れで申し訳ない処方箋だが……。

メモについてはさほど熱心ではなく怠け者だと池波は言うが、やったほうがいいと勧める。メモやノートの類いは単なる備忘録ではなく、文字を連ねることによる知の劣化防止だ。覚えようとしなくても、自ら書いた文章を読み返せば記憶が再生される。最近ぼくは覚えることよりも、覚えたことを思い出すことに意義を見出すようになった。「愛読書は?」と聞かれたら、躊躇せずに「ぼくの書いたノートやブログ」と答える。

小道具  若い頃から万年筆に憧れていた。大した稼ぎもないのに、なけなしの金をはたいて買っていた。一本あれば十分なのに、店頭で見るたびに垂涎すいぜんの思いに駆られたものだ。それほど万年筆には愛着があるので常時使うようにしている。だから、次の考えに異論はない。

「万年筆だけは、いくら高級なものを持っていてもいい。(……)そりゃあ万年筆というのは、(……)男の武器だからねえ。(……)高い時計をしてるより、高い万年筆を持っているほうが、そりゃキリッとしますよ。」

時計と万年筆なら万年筆に決まっている。池波の言う「高級」は五万や十万やそれ以上の値段のことだから、誰にでも当てはまるものではない。数千円から十万円超の万年筆を各種持っているが、高級であることと書き味、握り具合、見た目は比例しない。インクや紙や、もっと言えば、字の巧拙も関係する。使わずに見せびらかすだけの高級な万年筆が武器になるはずもない。長年使い込み、しかもよく手入れをしている万年筆が値打ちを漂わせるのである。革の手帳にも同じことが言えると思う。

生き様  

「他人の休日に働き、他人が働いているときに休む……というのが、ぼくの流儀なんだ。」

ぼくがサラリーマンを辞めた理由の一つがこれだった。仕事の中に、ほんの少しでもいいからマイペースと自分流が欲しかった。生き様というのは個人が決めるもの。混雑や群れを避けて一人のプライムタイムを持つのは固有の生き様にとって必然である。

「他人に時間の上において迷惑をかけることは非常に恥ずべきことなんだ。(……)自分は何をやったっていい。だけど他人との接触においては一人の社会人としてふるまわなければならないわけだ。」

その通りである。約束は守るべし。半時間待たされるということは半時間失うことに等しい。不可抗力で約束を破らざるをえなくなったり遅刻したりしても言い訳をせず、詫びて謝るのが作法である。

「現代の若い人たちを見ていて感じることは、(……)プロセスによって自分を鍛えていこうとか、プロセスによって自分がいろんなもんを得ようということがない。」

またまた同意する。結果主義の時代、人はつまらなくなってしまった。プロセスが鍛錬の場でありゴールそのものであるケースは稀ではない。旅などはまさしくそれだろう。旅先よりも旅路そのものに意義がある。

「どんな仕事だって(……)努力だけじゃ駄目なんだ(……)一種のスポーツのように楽しむ。」

一所懸命は愉快だからできるわけであって、愉快のない仕事は長続きしない。仕事にコミットすること自体が楽しくなくてはいけない。ぼくの仕事はワークシェアとあまり縁がなく、たいていのことは自分に始まり自分で完結する。孤独であり厳しいが、自助自力でする仕事の楽しみは格別である。

さて、池波作法のあるものはアンチテーゼ、別のものはアマノジャクのように響くかもしれない。この本が書かれてから四十年以上経った今、無粋にして男気のない男どもがいっそう増えたからにほかならない。

男の作法―「身だしなみ」

池波正太郎『男の作法』。以前書いた書評から、前回の食に続いて、今日は身だしなみ。

「身だしなみとか、おしゃれというのは、男の場合、(……)自分のためにやるんだね。根本的には、自分の気分を引き締めるためですよ。(……)自分自身のために服装をととのえるということが大きな眼目なんだな。」

若い頃に教えられたのはズボンの折り目。学生時代からアイロンがけは自分でしていた。母親に頼んだことは一度もない。実際、ズボンのしわは今も気になる。最近のスーツのズボンはパーマネント加工されていてしわがつきにくく、あまり熱心に手入れしなくなった。

クールビズが定着して以来、男どもは5月から10月頃までネクタイをしなくなった。男ができるおしゃれは一番目につくネクタイくらいなのに、夏場のおしゃれ機会が失われた。それどころか、年中ノーネクタイで通す業界人やサラリーマンも少なくない。それが個人や企業の主義なら徹底すればいいのに、冠婚葬祭になるとネクタイを着用する。中途半端な主義だ。冠婚葬祭の作法とコードが気になるなら、得意先の作法とコードにも従うべきだが、仕事になると自分のコードで押し通す。世の中にはノーネクタイをだらしないと考える硬派な経営者もいるのだから、気遣う必要がある。

「自分の締めるネクタイを他人まかせにしてるような男じゃだめですよ。」

ぼくは古くなったネクタイを頃合いを見て処分するが、スーツの色に合いそうなものは解体してポケットチーフにしている。それでも常時数十本吊るしてある。ほぼすべて自分で選び買ったものだ。一本3,000~5,000円がほとんど。それ以上払っても質はさほど変わらないことを経験的に学んだ。高級ネクタイの値段の70パーセントはブランド代なのだから。

一本2、3万もするようなネクタイを飲み屋でもらったことはあるが、一度も着用したことがない。誰かにあげた。ネクタイはスーツに合わせて買うもので、ネクタイ単体だけで色がいい、柄がいいなどと言えるものではない。第一、好みというものは他人にはなかなかわからない。

「色の感覚というのを磨いていかなければならない。絵心とまでいかないまでもね。(……)自分に合う基調の色というのを一つ決めなきゃいけない。」

付け加えると、二色でカラーコーディネートしていれば、センスはさておき、一応落ち着いて見える。池波は「ネクタイ、ベルト、靴」の色系統を合わせろとうるさい。この縦三点の色の系統が合ってさえいれば、スーツは薄いベージュや紺やチャコールグレーでもいいと言う。もっとも男の靴とベルトは茶か黒と相場が決まっているから、神経質になるとネクタイも茶か黒になってしまう。正しく言えば、茶系統とその他(紺系統やグレー系統)という感覚である。

「スーツでもっともむずかしいのはストライプなんだ。」

恰幅のよくない日本人にストライプのスーツは向かない、どうしても着たいなら、縞のシャツに縞のネクタイだけは避けろと言う。ストライプのスーツならシャツは無地。ネクタイも無地がよく、せいぜい曲線の地味な柄になる。ストライプもそうだが、チェック柄もこなしにくい。シャツは白で決まりだが、合わせるネクタイが悩ましい。

普段着は難しい。普段着のTPOが多様だからだ。いつ頃からか、洋服に迷ったらスーツを着ることにした。普段着よりもスーツのほうがわかりやすい。スーツがまずまず着こなせればシニアの身だしなみとしては一応合格ではないか。

男の作法―「食」

時代劇を好まないので小説は読んだことがない。作家としてではなく、玄人はだしの画人のほうに関心があった。だから、自筆の挿絵入りエッセイはだいたい読んでいる。先日のこと。雑談の中で作法の話が出た。流れで男の作法にも展開した。「いい本がある」と勧めた直後にふと思い出した。「そうそう、以前まとめた書評があるので、まずそれを読んでみたら」とプリントした。自分でももう一度読み返してみた。

池波正太郎の『男の作法』がそれ。インタビューに応じた語り下ろしで、十年前まで愛読書の一冊だった。何しろ池波正太郎(1923~1990)である。彼の生きた時代の男の作法である。「男というものが、どのように生きて行くかという問題は、結局、その人が生きている時代そのものと切っても切れないかかわりを持っています」と池波は語る。それでもなお、心しておいていい作法がないわけではない。歳相応の「いき」のヒントが見つかるかもしれない。

そば、てんぷら、鮨など食の薀蓄が切れ味よく披露される。

 「そばは二口、三口かんでからのどに入れるのが一番うまい。唐辛子はそばそのものの上に振っておく。」

日本全国にそば処がある。山形の箱そばを食べる際には、ワサビをそばに塗りつけて、つゆにつけずに二、三口食べるのがいいと言われた。そもそもうまいそばはアルデンテだ。そして、噛み過ぎてはまずくなる。中部・関東以北のつゆは濃いからつけ過ぎない、関西では淡泊だからたっぷりつけてもいい。

「てんぷら屋に行くときは腹をすかして行って、親の敵にでも会ったように揚げるそばからかぶりつくようにして食べなきゃ。」

強く同意する。てんぷら屋に数人で行って打ち合わせするなどはもってのほかだ。会合には向かない。彼女と二人で行っても話などせず、黙々と揚げたてを食べるべし。

酒やビールを飲みながらてんぷらをつまむのもよくない。お通しを前菜にして酒かビールを先に済ませる。その後はてんぷらに集中するのがいい。食べたらさっと店を後にする。最近はデザートを出す店がちらほらあるが、そんなものはいらない。

鮨屋の作法は何歳になっても難しい。行きつけの店ならいいが、一見だと店の仕切り方と値段が気になる。テーブル席のある店はさほど値が張らない。常連はカウンターに座るから、そういう店ではテーブル席について、 「おつまみ少しとビール。その後に一人前お願いします」と注文すればいいと池波は言う。銀座あたりだと、それでも1万円超になるかもしれないが、それが気に入らないなら銀座に行かなければいいだけの話。

なお、格のある寿司屋は「通ぶる客」を喜ばない。醤油のことをムラサキ、お茶のことをアガリなどと、鮨屋仲間の隠語を客が使うことに異議ありと池波は言う。客が「お茶ください」と言い、店主が「はい、アガリ一丁」が自然である。本来店側のことばである「おあいそ」をぼくは言わない。「お勘定してください」である。

読書という難問

他人が連ねた文字列を読んで意味を解する。実は、驚嘆に値する行為である。もう慣れてしまったから平然とこなしているが、はたして文字に込められた誰かの意図を意味としてあぶり出しているか、かなり怪しく、心細い。読むという行為は人それぞれ、読書論も十人十色。読んだ気になるのも読んだ振りをするのも、とりあえず読了にしておける。

本と読書にまつわる名言を集めたことがある。すべてに納得し実践しようとすれば矛盾にまみれてしまう。ノートからいくつか書き出してみる。

「反論し論破するために読んではならない。信じて丸呑みするためにも読んではならない。話題や論題を見つけるためにも読んではならない。ただ熟考し熟慮するために読むのがいい」
(フランシス・ベーコン)

「君の読む本を言いたまえ。君の人柄を言い当ててみよう」
(ピエール・ド・ラ・ゴルス)

「書物から学ぶよりも、人間から学ぶことのほうが必要である」
(ラ・ロシュフーコー)

「新しい書物の最も不都合な点は、古い書物を読むのを妨げることだ」
(ローラン・ジューベール)

「地上の楽園は、女の胸と馬の背中と書物の中にある」
(アラビアの諺)

一つにまとめると、「読書は考える素材であり……本は人柄を作り……しかし、人から学ぶことが先決で……仮に読書するにしても、新刊書ばかり読んでいると古典を読まなくなり……などと言うものの、書物の中に入ればそこは楽園である……」ということになる。


手に入れる書物には本陣の本と外濠そとぼりの本があるとかねて考えてきた。本のテーマが自分と何らかの関わりがあると判断したり直観したりして買うのが本陣の本、他方、自分との接点を感じることがないままに、好奇心にそそのかされて衝動買いするのが外濠の本である。

夏場に古本屋でまとめ買いした本はすべて外濠だった。たとえば、動物や昆虫に関する本は仕事の守備範囲ではない。しかし、書棚に並ぶその数は十冊や二十冊では済まない。そういう類いの本を意外と読んできたのだ。では、別の日に本陣の本をせっせと買い込んでいるのかと言えば、決してそうではない。本陣がいったい何なのか、ぼくは未だよくわかっていないのだ。冷静に読書人生を振り返れば、何もかもが外濠だったかもしれない。

読書の秋と世間で言う。最近は拾い読みばかりで、熱が入らない。さて、ルノワールの『読書する女』のように読み耽ってみようと書棚から数冊取り出したが、読書への意識が些事への意識を封じることはできるだろうか。

写真とキャプション

編集が行き届いた情報誌では、掲載写真に必ず一行か二行の説明文が付いている。この説明文のことを「キャプション」という。キャプションのない写真が並ぶ誌面は落ち着かない。「ここスペースが空いたね。写真でも入れておくか」とつぶやきながら、本文とあまり関係なさそうな写真を適当に置いたに違いない。

『情報誌の編集』という研修では、写真とキャプションがワンセットであることを強調する。写真あっての本文記事ではない。記事を書いて、しかる後に写真やイラストなどのビジュアル素材を選ぶのである。例外的に写真が起点になって記事を書くことがあるが、写真が希少であり、すでにテーマ性を帯びている場合に限る。

写真はそれ単独で目の前にポツンと置かれても、逆にイメージが伝わりにくい。トイレに貼ってありそうなカレンダーの写真を、説明もないままに飽きずに見続けることはありえない。絵なら画家の、写真なら写真家の、その一枚のコンセプトなり、込めた作意をことばとして表現すべきだというのが持論である。


昨日、古本を二冊買って会計しようとしたところ、あと一冊買えば安くなると告げられ、もう一度均一コーナーを渉猟し直し、厚さ3センチ、全ページがモノクロ写真の『街の記憶』という写真集を買い足した。ページ番号すらない。よく見ると、写真の下に56ポイントの小さな文字で、“Napoli, Italy 1965”というふうに地名と年号だけが申し訳程度に印刷されている。

ぼくのポリシーに反する本だが、敢えて手に入れることにした。そして、フラッシュカードのようにページをめくり、数百枚もの写真を次から次へと眺めていった。大半がピンと来ない。しかし、ピンと来ないままページを繰り続ける。時折り、実際に旅した街の記憶を甦らせてくれる写真が現れた。しばし凝視する。

一枚の写真に関しては持論は間違っていない。説明のない写真からはエピソードを感じないし、物語性も浮かび上がらない。しかし、これだけの枚数を次から次へと編集した本になると、もはや写真説明に意味がないのではないか。全ページに目を通した後、書かれざる説明文があぶり出されてきた。写真家の『街の記憶』という簡潔なタイトルが、キャプションの役割を果たしている。説明を排除する記憶なのである。

本を読まないという方法

思考の振幅をもう一回りも二回りも広げたい、現状を乗り越えて新たな創意工夫と改革に考える力を生かしたい……この願いに理不尽はない。問題は、それをどう成し遂げるかだ。

考え方が変わった、考えが深まったなど実感はできるだろうが、何が作用したのかを突き止めるのは容易ではない。たとえば、昨日の考えが今日少し深まった、あるいは次の段階に上がったと感じるとする。ぼくの場合、昨日やらなくて今日やってみたことは何かと思い起こす。たとえば、昨日は紙に書かなかったが、今日は書いた……そうそう、自問自答もいくつか試みたなどとビフォー・アフター分析をする。

自問自答を紙に書く行為は思考力強化に即効性を発揮する。とりとめのない思いや考えに「問う」という刺激を与えれば、条件反射的に「答え」を編み出そうとするからだ。腕を組んでぼんやりと思い巡らすよりはよほど脳の働きを後押ししてくれる。行き詰まったら、問うのである。問わずに答えだけが勝手に出てくることはない。

「答えと問いは一体で、答えは問うところにある」(禅語録)、また、「およそ問いが立てられるのであれば、この問いには答えることができる」(ヴィトゲンシュタイン)。禅僧や哲学者でないのなら、しっかりと明文化しておくことだ。


ぼくたちがもっとも依存するのは経験的思考である。言語を通さずに、身体と精神でからめとる固有の経験が考えるベースになる。しかし、経験は偏る。また、何でも経験できるわけではない。だから、不足を他人に依存して補う。対話的思考や交流的思考である。他人とのやりとりや関係によって、思考の受容器は大きくなる。自分にない思考パターンを吸収することができる。

一人の人間の経験などたかが知れている。他人との対話や交流にしても、何百人、何千人を相手にできることはめったにない。経験にも人脈にも限度があるのだ。ここに読書的思考の出番がある。本を読めば、経験外の知識や発想、人脈外の頭脳の力を借りることができる。

本を読むのは荷が重いという人がいる。よく考えてみればいい。どこかに出掛けて何かを経験したり、直接他人と会って意見を交わす面倒に比べれば、実に安上がりで手っ取り早い方法ではないか。本を開いて少々辛抱しながら読み進めれば、望外の知やひらめきに出合う。それは実際の経験以上に価値ある疑似体験になることさえある。

気に入らなければ読み始めた本を途中で閉じるという方法も読書体験の内にある。本を開くのだから閉じることもできる。本には読むと読まないという両方の方法がある。読書でなければ得られない経験があると同時に、惰性でも読めてしまうのが本というもの。読書的思考が功を奏さないこともよくある。そんな時、一ヵ月ほど読書をシャットアウトしてみるのだ。本を読まない日々が続くと、経験と他人だけでは思考の振幅が狭まることがわかってくる。読書断食である。これが読書の方法を整え、それまでとは違う世界に目覚めさせてくれる。

個人的体験としての読書観

『必読書考』と題して書いたことがある。その一文の最後を次のように締めくくった。

人それぞれに読みたいと直感する本があるように、人それぞれに必要に応じて読まざるをえない必読書があり、人それぞれに他人に紹介したい推薦書がある。(……)万人が読みたいと思う本などが存在しないように、万人が読まねばならない必読書や推薦書を最大公約数化できるはずがないのである。必読書に振り回されて読書ノイローゼを患うのは馬鹿げている。どこかの偉い人が薦める本などはしばし棚上げして、読みたいと思う本を読めばいい。そして、権威に頼らずにそういう本を見つけるには、足繁く書店や図書館に通って自ら〈読書縁〉なるものを結ぶしかないのである。

きわめて個人的な体験から生まれた読書観であり、誰にでも当てはまるわけではない。この読書観ゆえに、本の読み方については助言することはあるが、読むべき本を推奨することはめったにない。稀に「お勧めの本は?」と聞かれるが、よほどのことがないかぎり勧めたりしない。「最近読んだ本で印象に残っているのは何々」と言うことはあっても、それを推薦しているわけではない。

先月古書店で『本なんて! 作家と本をめぐる52話』という本を見つけた。この種のエッセイ集は一話が数ページで書かれているので、空き時間に「点の読書」をするには向いている。この一冊に浅田次郎の「読むこと書くこと」というエッセイが収められている。「職業がら読み書きはむろん大好きであるけれど、しいてどちらかと自問すれば前者であろうと思う」と言い放つ。

読書は愉しいが、「読みたい」が「読まねばならない」に転じる時があり、その瞬間から苦痛を感じる。浅田次郎は毎日午後2時から6時までの4時間を読書に充て、栞を挟まずに一気呵成に一冊を読むのを習慣としているらしい。一日に一冊の書物を読み続けるのは、さほど難しくないと言ってのける。年に365冊である。ぼくの場合、年に365冊以上読んだのは28歳前後の2年間のみ。千冊以上読んだと思うが、決して愉しい「千冊行」ではなかった。


たとえば、10歳から本格的に週に一冊読み続けて、還暦でようやく2,500冊に到達する。生涯これだけの本をふつうは読めない。ところで、先月の行政職員の研修時に、前列に座る数人に年に何冊の本を読むか聞いてみた。だいたい3冊から5冊だった。残りの受講生全員にそんなものかと尋ねれば、おおむね頷いていた。想像以上に少ないのである。月に一冊ならよく読んでいるほうに属するのだ。月に一冊とは年に12冊。半世紀で600冊である。ほとんどの人は千冊を読まずに生涯を終える。

こう考えると、安直なハウツー本やノウハウ本を読書遍歴の中に残すわけにはいかないと気づく。浅田次郎は言う。

思うに、あらゆる書物中の役立たずの最たるものは、いわゆる「ノウハウ本」であろう。自己啓発法だの成功術だの生活の知恵だの、つまり目先の悩みを解消しようとする類いの書物ほど無益なものはない。そもそも人生を活字から学ぼうとすること自体が横着だからである。

一見速成的に役立ちそうな本を追い求めずに、想像力を働かせてくれるような本を読むべきだと同感する。年に数冊しか読まない平均的読書人ならなおさらではないか。

件の研修後に一人の熱心な受講生が「どんな本を読めばいいのでしょうか?」と聞いてきた。冒頭で書いたように、共通の必読書などないと考えて推薦などしない主義のぼくだが、話を聞けば、読書に関して自分なりの考えを持つほど本を読んでおらず、しかも指南も受けてこなかった。同情に値する。と言うわけで、彼が独自の読書観を培う一助になればとの思いから数冊推奨したのである。言うまでもなく、例外的対応だった。その数冊から離陸して早々に個人的体験を積んでもらえればと思う。

本とコーヒー

一昨日書いた文中では「コーヒーと本」と書いた。今日は「本とコーヒー」と並びが変わった。たまたまそうなっただけで、特に意味はない。

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ハードワークが続いて少々疲れたとしても、陽射しを浴びながら歩けば移り変わる景色が、視覚から別の感覚に変化して身体の隅々に滲み込んでくる。その後に本とコーヒーがあれば言うことはない。もっとも今のような時期に陽射しを浴びるのは危険このうえないが……。

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『カフェの扉を開ける100の理由』という本がある。理由を100も付けられないし探せもしないが、たった一つでいいから理由はそのつどあるほうがいい。日常茶飯事だけれど、カフェの扉を開ける行為を無意識にしてはいけないと思うから。

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ブックカフェには業界なりのきちんとしたコンセプトがあるのを最近知った。

たくさんの本に囲まれ、カフェでゆっくりした時間を過ごす。(……)
「コーヒーを飲んでほっとする。落ち着いた空間で好きな本を読めたら……。」
「本好きな人が集まる場所で、本を中心としたコミュニケーションがとれたら……。」
ブックカフェは、そんな思いをかなえる空間であり、カフェと本屋が合体したお店のことです。
(西日本ブックカフェ協会)

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本とコーヒーは異種だが、見事に融合する。本とコーヒーが同じテーブルに並ぶひととき。死んでもいいとまでは思わないが、さらなる至福への強欲が一時的に抑制される。満たされることに謙虚になれる。

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オフィスに作ったブックカフェ風スペース“Spin_off”の一角。
本とコーヒーのための演出を凝らしたメルシー(パリ)。

最近オフィスにブックカフェ風のスペースを開設した。ここに収蔵した数千冊はほとんどがぼく個人所蔵の古本である。買った新刊書が経年で古くなったのが半分、古書店で買ってきた古本が半分。パリ滞在中に何度か足を運んだメルシーも古本カフェだった。

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珈琲色には古本が合う。十数人入ると満席になる程度の狭いスペースだが、正式に公開していないにもかかわらず、ちょくちょく来客がある。コーヒーはお出しできるが、喫茶専門店ではないしお代もいただかない。ここでは「本とコーヒー」は「本、よろしければコーヒー」という趣を演出している。

昭和の見聞

昭和の六十有余年を風呂敷一包みにくるんで、「はい、昭和とは何々でございます」と片付けられる一言は思いつかない。カオスとエネルギーに満ち満ちた百面相の昭和だ、結局、「昭和とは……昭和でございます」と言うことになるだろう。

昭和30年代の中頃までは、戦後と呼ぶにふさわしい風情や風俗がまだ残っていた。そこには戦前も投影されていた。昭和20年代の生まれだが、戦後まもなくの頃の記憶があるはずもなく、昭和の記憶と言えば、30年以降に限られる。しかし、目撃も体験もしていないが、いろいろと耳にしてきたからバーチャル体験だけは積んでいる。

大正時代についても同じ。聞いたり読んだりしただけなのに、イメージだけが勝手に培われている。そして、昭和30年代は、後に続く40年代との隔たりが大きく、むしろ戦前や大正時代の延長のような気がするのである。


山積みされた古書均一コーナーに武井武雄の画文集『戦後気侭画帳きままがちょう』を見つけた。「昭和二十年より二十四年まで」と副題にあり、その数年間の典型的な風情や風俗の絵が何百も描かれ、それぞれに文が添えられている。聞き覚えのある話は多々、30年代に入っても続いたはずの見覚えのある光景も少なくない。珈琲の話、煙草の話、駅や電車の話……。とりわけ風呂屋の話がおもしろく、懐かしく思い出した。

風呂屋の盗難は謂わば日常茶飯事になっているが この女性 下着まで持っていかれて 裸で道中もならず うちへも帰れない。番台のおかみ 止むなく男物の浴衣を貸して帰す。さて これを一見した亭主 甚だおだやかでない。すったもんだの内ゲバの揚句 翌日二人で風呂屋へ行ったら 万事解決、これにて一件落着したとさ めでたしめでたし

一糸纏わず背中をこっちに向けて恥じらう女性の絵。足元には空っぽの籠。そう、昔は鍵のかかるロッカーなどなく、脱いだものを籠に入れた。風呂から上がったら下着が盗まれていたという話は、母や近所のおばさんたちからよく聞かされた。覗きは今と同じく男の仕業だったが、下着泥棒は男ではなかった。女が自分用に盗んだのである。