池波正太郎『男の作法』。以前書いた書評から、前回の食に続いて、今日は身だしなみ。
「身だしなみとか、おしゃれというのは、男の場合、(……)自分のためにやるんだね。根本的には、自分の気分を引き締めるためですよ。(……)自分自身のために服装をととのえるということが大きな眼目なんだな。」
若い頃に教えられたのはズボンの折り目。学生時代からアイロンがけは自分でしていた。母親に頼んだことは一度もない。実際、ズボンのしわは今も気になる。最近のスーツのズボンはパーマネント加工されていてしわがつきにくく、あまり熱心に手入れしなくなった。
クールビズが定着して以来、男どもは5月から10月頃までネクタイをしなくなった。男ができるおしゃれは一番目につくネクタイくらいなのに、夏場のおしゃれ機会が失われた。それどころか、年中ノーネクタイで通す業界人やサラリーマンも少なくない。それが個人や企業の主義なら徹底すればいいのに、冠婚葬祭になるとネクタイを着用する。中途半端な主義だ。冠婚葬祭の作法とコードが気になるなら、得意先の作法とコードにも従うべきだが、仕事になると自分のコードで押し通す。世の中にはノーネクタイをだらしないと考える硬派な経営者もいるのだから、気遣う必要がある。
「自分の締めるネクタイを他人まかせにしてるような男じゃだめですよ。」
ぼくは古くなったネクタイを頃合いを見て処分するが、スーツの色に合いそうなものは解体してポケットチーフにしている。それでも常時数十本吊るしてある。ほぼすべて自分で選び買ったものだ。一本3,000~5,000円がほとんど。それ以上払っても質はさほど変わらないことを経験的に学んだ。高級ネクタイの値段の70パーセントはブランド代なのだから。
一本2、3万もするようなネクタイを飲み屋でもらったことはあるが、一度も着用したことがない。誰かにあげた。ネクタイはスーツに合わせて買うもので、ネクタイ単体だけで色がいい、柄がいいなどと言えるものではない。第一、好みというものは他人にはなかなかわからない。
「色の感覚というのを磨いていかなければならない。絵心とまでいかないまでもね。(……)自分に合う基調の色というのを一つ決めなきゃいけない。」
付け加えると、二色でカラーコーディネートしていれば、センスはさておき、一応落ち着いて見える。池波は「ネクタイ、ベルト、靴」の色系統を合わせろとうるさい。この縦三点の色の系統が合ってさえいれば、スーツは薄いベージュや紺やチャコールグレーでもいいと言う。もっとも男の靴とベルトは茶か黒と相場が決まっているから、神経質になるとネクタイも茶か黒になってしまう。正しく言えば、茶系統とその他(紺系統やグレー系統)という感覚である。
「スーツでもっともむずかしいのはストライプなんだ。」
恰幅のよくない日本人にストライプのスーツは向かない、どうしても着たいなら、縞のシャツに縞のネクタイだけは避けろと言う。ストライプのスーツならシャツは無地。ネクタイも無地がよく、せいぜい曲線の地味な柄になる。ストライプもそうだが、チェック柄もこなしにくい。シャツは白で決まりだが、合わせるネクタイが悩ましい。
普段着は難しい。普段着のTPOが多様だからだ。いつ頃からか、洋服に迷ったらスーツを着ることにした。普段着よりもスーツのほうがわかりやすい。スーツがまずまず着こなせればシニアの身だしなみとしては一応合格ではないか。