函入り上製本を手に取る

昨日、「いつもの古書店」に寄った。以前は頻繁に、そして大量に買い込んでいたが、本棚が飽和状態になっているため最近は買い控えをしている。ひいきにして大枚をはたいてきた古本屋はついに冷やかす場所になった。

店頭にぎっしりと並べられた中に『旅人』という、文庫サイズの詩集を見つけた。初耳の詩人/歌人の有本芳水ほうすい。拾い読みした。表現の奇をてらわず、場面に素直に感応して素直にすっと入って来るうたを綴っている。薄っぺらな文庫本だから、まあいいか。買うことにした。50円。申し訳なく思う値付けである。

古本屋では150円や100円の文庫本が売られ、新品時は高価だったはずの単行本ですら10500円で平積みされるセールもある。単行本は場所を取るし携行して読むのも不便だが、持ってけ泥棒のような値が付けられた掘出し物をよく買ったものだ。

上記の6冊などはどれもはこ入りの上製本。読了した本もあれば、拾い読みしたまま放置している本もある。まったく開きもせずに本棚に置いたままの本もある。ただし、買ったままで読んでいない本でも、何度か手に取ることがある。装丁を楽しむためだ。

古本屋で売られている函入りの本には、函がかなり劣化したものと新品同様のものがある。前者はよく読まれた本であり、後者は贅を尽くして装丁したもののあまり売れず、新古本として並んでいる本である(さもなければ、売りさばいた人がとても丁寧に扱っていた)。

函入りの本を頻繁に手に取って函から本を引っ張り出していると、本も函の角も傷む。本の蒐集マニアは何度も何度も本を函から出したりしない。ぼくは蒐集マニアではないので、古本屋で買った函入り上製本をさほど丁寧に扱わないが、大半の図書館のように購入時に函を捨てたりはしない。

本は立ち読みするもの、買うか買わないか逡巡するもの、買って読むもの、買って本棚に入れるもの、途中で読むのをやめるもの、まったく読まずに放置するもの。忘れていけないのは、本はデザイン商品だということ。装丁もカバーも函も本を構成する要素なのである。