四百字のアフォリズム

帯に「この一冊 余白はあなたのために! 現代日本のすぐれた知性がそれぞれ400字の中に圧縮されています」と書いてある。書名は『街頭の断想』(共同通信社発行、1983年)。表紙にはAPHORISM(アフォリズム)の文字がデザインされている。

錚々たる56人×400文字である。「アフォリズム=80年代へ・街頭の断想パンセ」というタイトルのもとに1980年9月から1983年4月まで綴られた。まず12名分が地下鉄千代田線「明治神宮前駅」のプラットフォームに掲示された。次いで、残りの著者分が新宿センタービル地下1階「水の広場」の4本の柱に順次掲示されていった。ちょっと考えにくい公開方法だ。

巻頭で本書への思いを書いた中村雄二郎は、56人の400文字の文章が〈アフォリズム〉だと言う。しかし、普段訳される「警句」や「箴言」というもったいぶった表現から受ける印象ではなく、「簡潔な圧縮された形で表現された人生・社会・文化などに関する見解」という広くて深い意味を感じさせる定義である(と、中村雄二郎はアフォリズムを捉えている)。

ここで引く一例選びに悩んだ末、作曲家、武満徹の400字アフォリズムを選ぶことにした。難解だが、じっくり文章を追ううちに刺すように響いてきたからである。「電話」と題された一文。

 窓を開ける。陽光ひかりが溢れる。変哲もない一日が始まる。この区切りもない棒状の文脈に、不意に電話のベルが不規則な律動リズムを付け加える。黒いビニール・コードで被覆された線ラインの覚束なげな接触を通して齎らされるものは、確かな死の告知である。
 陽光ひかりで満たされた部屋に、真空の亀裂が太陽の黒点のように存在しはじめる。
 だが、生に韻律をあたえるのは、実はこのような、不意の電話であるのだ。
 静寂が支配する部屋に、感覚では把え難い超越的な意識の海が、光の飛沫となって充溢するのを感じる。
 この世界に、この部屋に、死によって明瞭に縁どられた生の形容かたちである私は、電話の声に耳を傾ける。


ツイッターの140文字以内では「線状の思い」を書くのは難しいと考えて、ブログで平均1,000文字を費やしていろいろと書いてきた。しかし、線はある程度表現できても、断線あり脱線ありで、未だにベストの文字数を割り出しあぐねている。本書は刺激になった。メッセージと表現の凝縮、ひいては意図された自在なアフォリズムの語りかけが、懐かしい「四百字詰原稿用紙」の響きを新たにしてくれた。おそらく400字は子どもの頃から刷り込まれてきた基本形なのだ。

抜き書き録〈2022/04号〉

木にもあらず草にもあらぬ竹のよの端はしにわが身はなりぬべらなり
(『古今和歌集 』詠み人知らず)

「木でもないし、草でもない竹。わが身は、その節と節の間の中身のない端切れのようになってしまった」という意。空洞にもいいところがあるから、そこまで嘆かなくてもいいのに。それにしても、素材としての竹の力強さと柔軟さが生み出す造形美は他に類を見ない。その竹を木や草と呼ぶことにはたしかに抵抗がある。林に残ったままでも、切り出されて細工を施されても、竹は竹だ。

舌はキエフまでも連れて行く。
(『世界の故事名言ことわざ』)

ロシア正教の総本山だったキエフはよく知られていた。そこを目指す者は、道を知らずとも、出合う人に訊ねながら行けば無事に着けたのである。「舌」はことばや会話の比喩。某侵略軍がキエフに行けなかったのは不幸中の幸い。

徐々に空間を埋めていく快感は誰しも少なからず体験していることだろう。コレクションなども、すべて集め尽くさないと気が済まなくなる。一種の隙間恐怖症だ。
(松田行正『眼の冒険――デザインの道具箱』)

ジグゾーパズル熱もコンプリート願望も隙間恐怖症である。そう言えば、本棚が一段空いていたりするとぼくは落ち着かなくなり、古本を買ってきては並べる。オフィスの観葉植物も、置き場所を埋めていくうちに50鉢になった。そうか、病気だったのか。

唯一の証拠は、自分の骨身に沁み込んだ直感的な無言の異議申し立て、つまりは、今の生活状況の耐えがたいものであり、前はそうではなかったに違いないという本能的な感覚より他にない。
(ジョージ・オーウェル『一九八四年』)

「フェイクだ、信用できない」と他人がほざこうとも、自分自身が――自分の肉体が――何もかも知っているのだ。ぼく自身とぼく自身の差異の感覚が、ぼくが信じてやまない証拠である。

「汝がうちに汝の心あり、また汝がまわりにかくも多くの星と花と鳥あるとき、何の故ゆえの書物ぞや」というアシジの聖者の言葉が時として美しく思われる(……)
(
桑原武夫「書物について」; 日本の名随筆『古書』より)

アシジを訪れたことがある。2001年3月のこと。この地で13世紀にカトリック教会を開いた修道士、聖フランチェスコへのオマージュだった。本や読書の前に、自分を見よ、自分を取り巻く自然に気づこう……このイタリアの守護聖人がそう告げている。漫然と本を読んでいる場合ではないと思うことが、時々ある。

語句の断章(32)観察

使用頻度の高い語句には認識の油断が生じる。「観察」もそんな語句だ。観察ということばを使う時、「○○を観察する」というふうに注意は対象に向く。しかし、観察者自身のこと、たとえば観察者の立ち位置などには注意が向かず、また意識も薄い。

『新明解国語辞典』によれば、観察とは「そのものがどうなるか、どういう状態であるかありのままの姿を、注意して見ること」。「ありのまま」とは何だろう? 念のために「ありのまま」の項を見ると、「何の粉飾もせず、実情のままであること」と書いてある。今度は「実情のまま」がよくわからない。

新明解は「観察眼」も取り上げていて、「うっかり見のがすようなところをも、見落とすことなく正しく見る力」と説明している。この「正しく見る」がまた、悩ましい。

ありのまま、実情のまま、正しく見る……こう言い放つのは簡単だが、いま目の前にあるコーヒーカップをどう観察すればありのままに見たことになるのか。あるいは、このコーヒーの味をどう感じた時に本来の味として正しく飲めたことになるのか。

「テーブルの上に3個のリンゴがある」と言えば、実情のまま観察しているかのように思える。しかし、それは数字の「3個」についての正しさであって、テーブルやリンゴについてはありのまま、実情のまま、正しく見ているという保証はない。現実と観察の間には誤差があるのだ。誤差とは個人差であり、個性の違いにほかならない。ゆえに、対象は観察者によって変わる。

対象を観察したデータは、観察時の視線の角度や光によって変化する。何よりも観察者自身の存在がデータを変えてしまう。観察環境がつねに一定などということはありえない。

ところで、桜の標本木を決め、つぼみの状態を毎日観察して開花を宣言をする習わしがある。気象や植物の科学に基づいているとは言いいがたい。標本とされた桜は任意に選ばれたのであり、観察者がチェックして「桜が咲いた」と解釈し「開花しました」と表現しているにすぎない。開花の観察と宣言とは、科学的と言うよりも文学的と言うべきではないか。

創作小劇場『四月馬鹿』

 四月一日。わたしは陽気に誘われて散歩に出掛けた。足の向くまま歩いているうちに公園に来た。初めての公園だ。ベンチに腰掛けて子どもたちの遊ぶ様子を眺める。少し離れた所に一人でいる小さな男の子を見つけた。そわそわしていて、一見困っているようだった。ゆっくりと男の子の方へ向かった。

 「どうかしたのかい? おじさんに言ってごらん」
 男の子は半泣きになっていた。
 「おうちのカギをなくしちゃった。ポケットに入ってたカギ」
 「それは大変だ。おじさんが一緒に探してあげよう」

 その瞬間だった。背後に大勢の人の気配を感じて振り向いた。大人たち、若者たち、子どもたち十数人が立っている。少し異様な雰囲気だった。わたしは慌てることなく言った。
 「いったい何だね、あなたたち?」
 リーダー格の大人の一人がわたしとカギをなくした男の子の間に割って入った。
 「さっき『おじさん』と二度おっしゃいましたね?」
 「おじさんと二度? どういうことかな?」
 「『おじさんに言ってごらん』と言い、続けて『おじさんが一緒に探してあげよう』と告げられた」
 カギをなくした小さな男の子は、いつの間にか大勢側に立っていた。何かが変だとわたしは気づいた。
 
 「おじさんと二度言ったことがどうかしましたか?」と訊ねた。
 「誰が見てもあなたはおじいさん・・・・・ですよね。おじいさんなのに自分のことを『おじさん』と呼ぶのは詐称じゃないでしょうか?」
 「詐称とはちょっとひどいな。学歴や名前じゃあるまいし」とわたしは首を傾げた。
 「いえ、それが問題なのですよ。ぼくたちは子どもたちに嘘をついてはいけないとしつけていますから」
 「嘘? それもひどいな」
 「何か正当な理由がおありなら、聞かせていただきます」とリーダー格が言うので、わたしは思うところを語り始めた。

あなたたちからすれば、たしかにわたしは老人に見えるかもしれないし、もしそうならば「おじいさん」なのでしょう。けれどもね、わたしはそこにいる小さな男の子とは初対面ですよ。初対面なのに「おじいさん」と言うと、男の子の祖父みたいな関係になりはしませんか? だから、あの声掛けの場面では、身内じゃない他人、特に小さなお子さんには「おじさん」のほうがいいのじゃないでしょうか?

 「あの場面で、そんなことまで考えて、おじいさんではなく、おじさんと言ったというわけですか?」 リーダー格は軽くため息をついた。
 「そこまで考えたのかと言われれば、うーむ、考えていなかったかもしれない。しかし、『どうかしたのかい? おじいさん・・・・・に言ってごらん』とはわたしには言えない。理由はわからないけれど、わたしにはしっくりこないのですよ」
 「ところで、大変失礼ですが、お名前とお歳を聞かせてもらっていいですか?」とリーダー格が言った。
 「特に名前はないのです。一応『カミ』と呼ばれています。年齢は……ちょっと数えられないです」
 「カミ? 神様のカミ、ですか?」
 「ええ」
 「で、年齢もお分かりにならない?」
 「長く生きてますから」
 「ご冗談を」とリーダー格が言って右腕を挙げて指を鳴らした。取り巻きの全員が笑顔になりクスクスと声を漏らした。
 みんなが一斉に叫んだ、「エイプリルフール!」

 わたしは呆気にとられた。わたしのその表情を見てリーダー格が笑みを浮かべて、「神様、ごめんなさい」と頭を下げた。そして、「ところで、あなたもエイプリルフールごっこですか?」と訊ねた。
 「さっきも言いましたが、わたしは神です。年齢は不詳です」とわたしは言った。そして、「実は、さっき『おじさん』と言ったのは、『神に言ってごらん』と言っても信じてもらえないからです」と、別に言わなくてもいいことまで静かに伝えた。
 みんながまたクスクスと笑い、リーダー格が「はいはい、わかりましたよ。神様」と言って深々と一礼した。

 集団がほどけて、一人減り二人減りして、やがて誰もいなくなり、静寂の公園でわたしは一人取り残された。
 そうか、今日は四月馬鹿だったのか……長く人間界にいるが、見知らぬ人たちにかつがれて小馬鹿にされたのは初めてだ。それにしても、手が込んでいたなあ。わたしが住んでいた神の世界には四月馬鹿という風習がないから、これは希少な体験かもしれない。

 その日の夜、久しぶりに神の世界に帰省した。かなり世代交代していて、見知らぬ若い神々もいた。ありがたいことに小さな宴で温かく迎えてくれた。「人間界でちょっと愉快な体験をしたんだよ」と言って、わたしは話し始めた。熱心に耳を傾けてくれた。話が終わると、みんながにやりと笑った。神の一人が言った、「おじいさん、それ、エイプリルフールでしょ?」

〈完〉

季節も考えも移ろう

よく観察もせずに「季節が移ろう」などと感覚だけでつぶやく。季節が変わろうとしてなかなか変わり切らず、寒さが戻ったと思うと再び温かくなる。これを数回繰り返すこの時期は、毎日毎日が微妙に移ろう。対象を接写的に見ればそのことに気づく。日々流されて生活していると気づかないが、しばし立ち止まることがなかなかできない。

日曜日に園芸店で旭山桜(別名、一才桜)の小さな鉢植えを買い、昨日オフィスに持ってきた。今朝つぼみが赤らんでいた。4月中旬から5月中旬が咲き頃と聞いたが、園芸店では早く咲かないようにたぶん温度調整している。オフィスは園芸店よりも陽射しがよくて暖かいから、早めに開花モードに入ったのかもしれない。


移ろうのは季節ばかりではない。この2年、コロナとウクライナという、人生史上の大きな環境変化に飲み込まれて、これまで確固としていたはずの考えが変わっていたり思いが容易に揺らいだりしていることに気づく。

たとえば「やればできる!」 この励ましは、人を励ますどころか失望させる、けしけらん言い方だと思ってきた。結果としてできなかったら、「きみ、やっていなかったからだよ」と助言者は逃げることができる……欺瞞だ、幻想だ、無責任なひどいことばなどとこきおろしてきた。ところが、この考えが変わったのである。「やってもできないかもしれないが、やっている間は少なくとも怠け者にならずに済むのではないか」と今は思っている。意識的に凡事のルーチンを毎朝しているうちに、ぼくも少しは勤勉になった気がする。そして今、「やればできる!」と言いそうになっている。

「もうちょっとの辛抱だから」という慰めも無責任だと思っていた。「もうちょっと」がいつまでのどの程度の辛抱かよくわからないじゃないか、全然慰めになっていないぞと文句を言った。そうは言うものの、それ以外に選択肢が見当たらない時があることに最近気づくようになった。小さなことをマメに続けることが「もうちょっとの辛抱」なのかもしれない。明日になったらどうする? 「ほんの少しもうちょっとの辛抱」をすればいい。毎日そう自分に言い聞かせることが、あながち空しいことだと思わなくなった。

自分の考えや思いが移ろいつつあることに気づき、そのことを受け入れるようになる時、発想のこわばりとこだわりがほぐされて、ほんの少しだけものがよく見えるような気がする。

脳が感じる季節の移ろい

3月中旬が過ぎ下旬に入ってもまだ肌寒い時間帯がある。家を出る時にちょっと寒いなあと感じるくらいが散歩にはちょうどよく、速足で5、6分歩いているうちに温かくなる。気持ちがいいので、上着を脱いでベンチに腰掛ける。しばらくすると体感温度が下がり始め上着を着直す。こういう動作を繰り返すようになると〈季節時計〉が春の始まりを告げる。

「気温に合わせて着るものを調節しましょう」と気象予報士が言う。しかし、百葉箱の温度計が示す数値とは別の、脳が独自に感応するカレンダーがある。平年よりも暖かいと告げられたサラリーマンが、2月下旬にカッターシャツ一枚で通勤するのはやっぱり異様に見える。何かが変だと感覚が騒ぎ、めまいが起こりそうになる。

気温に合わせてそのつど物理的に衣服を調節するだけではすっきりしない。ぼくたちの脳には暦を言語で分節する季節が刷り込まれているのだ。仮に肌寒い4月の日であっても、わが街では雰囲気も気分もすでに春。冬コートにマフラー、手袋に納得しない自分がいる。気温適応を優先せずに、少々我慢してでも春装束で外出するのが自分に正直ではないか。

逆に、ゴールデンウィークが明けて少々暑くなり始め、気温が25℃を示しても、また世間がクールビズを宣言していたとしても、仕事では春スーツにネクタイがしっくりくる。環境適応だけでは四季の移ろいを感じることはできない。長年脳が記憶してきた二十四節気の顔を立ててこそ歳時記的な暮らし方が楽しめる。


ところで、大阪城の堀端の散歩道から少し逸れた先日、初めて見る光景に出くわした。近づくと碑があり「老人の森」と刻んである。行政から老人扱いされているぼくだが、この表現に季節外れに似た違和感を覚えた。何本も木は植えられている。しかし、どう見ても小さな草むら仕様なのに、なぜ森? おまけに、なぜ老人? 併せて「老人の森」。そのココロは?

「老人の森? さようですか、わたくし、自他ともに認める老人です」とつぶやいて、この森もどきの空間に立ち入ろうとする好奇心は芽生えない。老人と森という、定義不確かな二語が醸し出す不自然なネーミングも落ち着かない。どこの誰が名付けて碑まで建てたのか。碑の裏に回ってみた。社団法人大阪市老人クラブ連合会! 連合会に背筋が寒くなった。

日常と非日常の力学

公園

「おい、どけよ。そこはぼくがいつも座るベンチだ」

パスカルの『パンセ』に「これはぼくが日向ぼっこする場所だ」というくだりがある。先に座っている子に向かって後から来た子が一方的に縄張り宣言をする。パスカルは「この一言に地上のすべての簒奪さんだつの始まりと縮図がある」と言った。

簒奪とは「臣下が帝王の位を奪い取ること」。下剋上っぽい。転じて、後からのこのこやって来た者が既得権者に対して「そこはオレの場所だ!」と言って横取りすることを意味する。ヨーロッパの列国はこんなふうにして植民地を増やした。既得権のある者が領域侵犯者に告げているのではなく、侵犯者が誰の了解も得ずに堂々と所有を宣言するのである。

日常のたわいもないベンチの取り合いが、ベンチの周辺へ、公園全体へ、やがて都市や国にまで拡張していく。子どもがベンチを独り占めする日常と国家が覇権をねらう非日常はつながっている。


学校の教室

「昨日貸してあげた消しゴム、返してよ」
「嫌だ。あの消しゴムはもうぼくのだから」
「あげるなんて言ってないのに」
「貸すだけとも言わなかったぞ」

ぼくのものはぼくのもの。きみのものもぼくのもの。あげたか貸したか(もらったか借りたか)はどうでもいい。一度ぼくが手にしたものは、もうきみのものではなく、ぼくのものなのだ……理不尽だが、弱いほうの子はこの力関係に異議申し立てできなくなってしまう。


街中

半世紀前の話。
「おい、お前ら、金はあるか?」
小学生の男子三人が中学生男子にカツアゲされた。ポケットに手を突っ込まれた一人が数百円を奪われ、その間に二人が別々の方向に逃げた。逃げた一人が追われたが、何とか振り切った。

普段から仲良しの三人は半時間後に「いつもの場所」で落ち合った。いつもの場所とは、同級生の母親がやっているお好み焼き店だ。困った時、とりあえずこの「おばちゃん」の店に行く。着いた時はまだ息が上がっていた。

お好み焼き店
店に入って三人はびっくりした。カツアゲの不良中学生が奥のテーブルでお好み焼きを食べていたのだ。一瞬目が合ったが気づかれなかった。カツアゲされたほうは不良を覚えているが、カツアゲしたほうは一日に数をこなすので相手を覚えない。

三人は「おばちゃん」に目くばせして外に誘い、カツアゲの件を話した。おばちゃんの助言で、一人が店の三軒隣りに住む知り合いの「にいちゃん」の家へ。にいちゃんは中学2年生で、学年一の高身長、体育会系正義の味方。

にいちゃんが来てくれた。店に入りカツアゲ中学生に近づき、相手を立たせた。カツアゲも大きいがにいちゃんはさらに大きい。「さっきのカツアゲの金を返せ」とにいちゃんが睨む。カツアゲはおとなしく奪った金を差し出す。「それ食ったらさっさと出て行け。このあたりをうろうろするな!」とにいちゃんがカツアゲを恫喝した。

こういうケースでは、腕力の有無や身体の大小が少なからず力関係に影響を及ぼす。あるアメリカ人女性は、店や道でよその男に声を掛けられたりからまれたりしたら、とりあえず「うちの主人はあんたより大きいのよ!」と言ってみるそうだ。モンスターペアレンツ撃退策として校長室の前にボブ・サップ級のガードマンを立たせるという案もアメリカ発だ。賢さや美しさよりも動物的な力強さがものを言う。

日常生活レベルの人と人との力関係と非日常レベルの国と国との力関係に特別な差異はない。どんな状況であれ、独りで抗えない理不尽に対して「おばちゃん」や「にいちゃん」や「ボブ・サップ」以外に頼れるものはないのだろうか。

読む前に読む

「飲む前に飲む」というコマーシャルがあった。先に飲むのが二日酔い防止ドリンク、次に飲むのがアルコール。「お酒好きの皆さん、アルコールを飲む前に二日酔い防止ドリンクを飲みましょう」と促すメッセージである。

「飲む前に飲む」が言えるのなら「読む前に読む」も言えそうだ。いきなり本を読まずに、本を開けずに題名と著者名と帯の情報から内容に読みを入れる。「書かれている文字や掲載されている図や写真を理解すること(①)」が読むこと。つまり、読書である。「手掛かりになる情報から意味を察知したり内容を推測したりすること(②)」。これも読むことである。読む前に読むとは、①に先立って②をやっておくことにほかならない。


効率とスピードアップを意識した読書法には速読、併読、拾い読みなどがある。しかし、もっとも効率がいいのは、ページを繰らずに読む「不読法」だ。古本をよく買うようになって、この不読法を時々実践している。たいていの古本屋の店頭や入口付近には均一コーナーが設けられ、そこには100円~300円程度で値付けされた古本が並べられている(時には乱雑に積まれている)。丹念に漁ってみると掘出し物が見つかることがある。

低価格なので、題名と著者名を見て「よさそうだ」と直感すれば、立ち読みせずに買う。そんなふうにして十数分で5冊ほど、多い日だと10冊ほど手に入れる。仮にハズレでも値段が値段だからガッカリ感は小さい。単行本を8冊買ったのが先週。一昨日、下記の3冊をいつでも手が届くところに置いた。そして、読む前に読んでみた。

『ビフテキと茶碗蒸し 体験的日米文化比較論』 

〈読む前の読み〉この本にはいろいろな「米国的なものと日本的なもの」を対比した小文が収められているに違いない。「ビフテキと茶碗蒸し」はその代表例であり、対比のインパクトが強いゆえに題名に選ばれた。なぜそう言えるのか。ビフテキと茶碗蒸しについての比較文化を200ページ以上論うことなどできないからだ。せいぜい5ページしか書けない。飲食比較なら他に「アップルパイと味噌汁」が考えられる。おふくろの味という共通点がある。装いなら「ジーンズと袴」についても書かれているかもしれない。体験的とあるので「カウボーイとサムライ」の記述はたぶんない。

『スイスの使用説明書』 

〈読む前の読み〉スイス好きのための、スイスの文化、歴史、風土、慣習などを、おそらく観光案内的に記した本である。永世中立の一章も、たぶんある。「使用説明」に深い意味はないと思う。『もっと知りたいスイスのこと』や『スイス通になるための手ほどき』でもよかった。編集会議で誰かが「ちょっと風変わりな題名にしよう」と提案したに違いない。その誰かはたぶん前日にスイス製のアーミーナイフかフォンデュ用の鍋を買い、その使用説明書を読んだのだろう。

『じつは、わたくしこういうものです』 

〈読む前の読み〉もうかなり長い時間考えているが、何が書かれているのかほとんど見当がつかない。「わたくし」というのが何かの見立てかとも思ったが、そこから先が読めない。クラフトエヴィング商會の本は『おかしな本棚』『ないもの、あります』『すぐそこの遠い場所』など読んでいるが、すべて独自性の強い不思議で愉快な本ばかりである。したがって、本書もそういう色合いのものだと想像がつく。この「わたくし」は著者のことではないだろう。著者の知名度が必ずしも高いわけではないから、自分のことについて一冊の本で告白しても、読者は「よっ、待ってました」と小躍りして買うとは思えない。「様々なわたくし」が登場するオムニバスストーリーというのが精一杯の読みであるが、まったく自信がない。

牛乳への道と作法

先週書いた『簡単そうなのに、うまくいかない』の続編。続編なのに『牛乳への道と作法』と題名を変更したのは、牛乳の蓋や封を外す今昔の苦労話にテーマを絞ったからである。数ある本の中からたまたま劇作家の宮沢章夫のエッセイを思い出した。

宮沢章夫には『牛乳の作法』と題した著書がある。また『牛への道』というエッセイ集もある。ずいぶん前にどちらも読んだ。愉快な本である。両作品のタイトルを合体させた『牛乳への道と作法』を思いつき、今から書こうとしているエピソードにぴったりだと判断した。パクリではなく、ある種のオマージュである。


閑話休題。牛乳瓶には戦前から20数年前まで紙製の蓋が使われていた。今では牛乳瓶の蓋はポリキャップだ。なぜこうなったかと言うと、紙のキャップが「伝統的に誰にとっても開けにくかった」からである。蓋に小さなツメを付けて開けやすくした改良品も出たが、紙ゆえに牛乳がにじむとか一度開けたら保存しにくいという問題が残ったままだった。

牛乳瓶の口に寸分の隙間なくぴったりと嵌まっている紙の蓋を開けるのは一苦労だった。指先で蓋の端っこをつまめないから、小さい子らは押した。押すと蓋の半分が瓶の中に入り込み、反動で牛乳のしぶきが飛び出る。70年代、あの蓋は押すものだと思っていたと友人のアメリカ人は言った。彼には押してもダメなら引いてみよという知恵が湧かなかった。

一家にはあの蓋を取るためだけに爪を長く伸ばした婆ちゃんや母ちゃんがいたものだ。そんな時代がしばらく続いたあと、月極で配達してもらっていた家に、ある日、アイスピックの子分のような、蓋を針の先で突いて持ち上げる小道具が配られた。そう、蓋開けとか蓋外しとかピックなどと適当に呼ばれた「アレ」だ。アレは正式名称がないまま、誰にも気づかれずに姿を消した。牛乳にありつく道と作法が一気に変わったからである。

ポリキャップの牛乳瓶は残っているが、主流は紙パックになった。開ける所作が「針を刺して蓋を外す」から「接着された封を左右に引き離す」へと変わった。当初、便利になったと紙パックを歓迎した消費者がかなりいた。他方、面食らった消費者も少なくなかった。すっかりポピュラーになった今でも、ハードルの高さに困惑する消費者がいて、たとえば、あの〈開け口➠〉と反対側の封の違いを学習できずにいる。

彼らを嗤わらうことができるだろうか。某乳業のホームページでは「牛乳パックの正しい開け方」を次のように指南している。

1.親指を開け口の奥まで差し込む。
2.開け口を手前にして両手で左右に十分広げる。
3.左右いっぱい屋根につく位置までしっかり押しつける。
4.親指と人差し指を両端にあてて注ぎ口が飛び出るまで徐々に手前に引く。

難解な文章である。特に、3.の「屋根」、4.の「注ぎ口が飛び出る」のイメージが湧きにくい。手順通り、文字通りに進めても無事に開け口が開けられない人が相変わらずいるのだ。同情を禁じ得ない。「牛乳パックの正しい開け方」が掲載されていること自体、紙パックを開けるのも難しいとメーカー側が確信している証拠である。

簡単そうなのに、うまくいかない

被おおってあるものを外し封や蓋を開けて中のものを取り出す。毎日とは言わないが、このように手先を使う場面は少なくない。外して開けて取り出すという一連の動きがスムーズに流れれば気分がいい。逆に、少しでも滞って所作がぎこちなくなるとイライラする。手先は器用なほうだと思うが、些事で時々不器用を演じてしまうことがある。


乾電池が4個または2個、フィルムでパックして売られている。単3電池の4個パックは両手で持って2個ずつ分離するように真ん中で折れば、フィルムが簡単に破れる。ところが、一回り小さい単4電池の、しかも2個パックになると、同じ要領で試みても1個ずつに分離しづらい。力が伝わりにくくフィルムがなかなか破れてくれないのだ。単4電池の2個パックのフィルム破り、侮るべからず。爪を当てて切ろうとしてもうまく行かず、結局ハサミを持ち出してくることになる。

かけうどんをテイクアウトする。熱々のダシとうどんだから、オフィスに戻ると発泡スチロールの鉢にプラスチックの蓋がぴったり吸着している。蓋のツメをつまんで持ち上げても鉢もいっしょに付いてくる。不用意に力を入れ過ぎると蓋が思い切り開いて、熱いダシがこぼれ散り、「熱っ!」 年配のバイトのおばさんが手際よく蓋をしたのだから、理屈上はその逆の作業をすれば手際よく開けられるはずなのに。火傷を免れたとしても、うどんといっしょに敗北感も味わう。

古本屋で背表紙を眺め、題名がよさそうなら手に取ってみる。それが函入りの上製本だったりする。本をチェックすべく函から取り出す。たいてい函と本の間にはほどよい「遊び」があるので、背に近い溝をつかんで取り出すことができる。右手で函を持ち左手のてのひらにトントンと当てれば、たいていの本は滑り出してくる。
しかし、函の内寸と本がぴったり合っているものがある。
本が函にキレイに収まるという超絶技巧ゆえに、指先が背表紙のどこにもかからないのである。必死に取り出そうとトントンしてみてもびくともしない。見られたら怪しまれるほど、本との格闘がますます派手な動きになっていく。こんな本を買うと読む前から苦労する。そう自分に言い聞かせて元の本棚に戻す。