読み書きは断章で㊦

『読み書きは断章』の続き。㊤で「暑中お見舞い」と書いたので、㊦の今回は「夏でもマスク、残暑お見舞い申し上げます」。

休日は「窮日きゅうじつ  ハッピーマンデー、海の日、山の日などと、休日歓迎ムードが盛り上がっていた数年前。翻って、休み多くして困窮している知り合いが増えてきた今日この頃。とりわけ今年の夏は休日の過ごし方が難しい。昼は自宅で素麺か町内で蕎麦、夜も近場でビールと予算相応のつまみがよろしいようで。

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ボケないようにと無理してまで脳トレに励むのはネガティブな生き方。ボケて何が悪いんだと居直るのがポジティブな生き方。ネガティブに対してポジティブはつねに優勢である。

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2019年秋のギャグ予言  「食材相場はね、相対的に肉安にくやす魚高うおだかで動きますよ。だから、秋刀魚は今が買いだよ、お客さん」。

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繰り返し  繰り返しはマンネリズムと油断を生む。同時に、繰り返しは熟練をもたらす。マンネリズムと油断につながらないように、繰り返しながらも少しずつ何かを変えるのがいい。それが緊張感と新鮮味を担保してくれる。つまり、繰り返しは、同じことを繰り返さないことによって成り立つ「ジレンマ的修行」である。

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ないないづくし  なじみの店がない(消えた)。財布の中に現金がない(キャッシュレス時代に突入)。他人に会わない(ソーシャルディスタンス)。喋らない(マスクで雄弁・駄弁を封印)。祭りがない(屋台が出ない)。無料の団扇が手に入らない。厚化粧の着物びととすれ違わない。そうそう、わがオフィスでは工事でエレベーターが動かない。なお、まったく心当たりがないが、オフィスに着いたらフェイスタオルがない。

読み書きは断章で㊤

暑中お見舞い申し上げます。読んでくださる方々のために軽い断章。粘りを欠く自分のためにも短い断章。

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大阪発――最低気温が最高  最低なのに最高? すぐには呑み込めなかった。811日(火曜日)の最低気温はほぼ30℃。これは137年前に観測が始まって以来最高気温の記録らしい。一日の最高気温と最低気温が同じではなく、かろうじて数℃差があることにほっとしている自分。

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ガラス一枚  あっちは灼熱、こっちは涼感。ガラス一枚で隔てられる二つの世界。今こっちにいる幸せは、後にあっちにいる不幸を倍増させる。

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『越境する線画』@国立国際美術館  入口に掲示されたイントロ文――

紙のうえに線を引く(……)絵画や彫刻のようなジャンルにはなりえません。構想のため、備忘のため、練習のため、確認のため、等々と、線描は伝統的に「完成」以前の準備段階とみなされてきたからです。

これと同じことが「メモ」にも言えそう。絵画や彫刻の前段階が線画なら、文になる前の未成熟の文字は点メモだ。後世の人たちがメモを集めて『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』を編集した。本人が作品になることを想定していたはずがない。
メモには、決して完成形ではない、中途半端なイメージがまつわりつくが、いつかどこかでメモそのものが完結した文芸のジャンルになるかもしれない。

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餅は餅屋  これが口癖の先輩がいた。ずっと餅。「馬は馬方」とか「蛇の道は蛇」とかに言い換えない。ところで、同じ漢字が二度出てくる慣用句、当たり前のことを言っているにすぎない。いくらでもできる。米は米屋、魚は魚屋、蟻の道は蟻……。「悪人は悪い人」のような同語反復に近い。
同じ漢字を二回使うならもう少し工夫して遊びたい。作ってみた。「人の麺じゃなく、人の米が食いたい」。

不味と美味を隔てるもの

食べることについて語れるのは、具体的な〈実践知〉がいくらか備わっているからだろう。ほんとうのところは、「生きること」について堂々と語りたいのだが、日々生きているくせにつかみづらく手に負えない。と言うことで、食べることは生きることの一部であると考え、食べることを語って生きることを語ったことにしてしまおうという魂胆である。


意外に思われるだろうが、人生史上ダントツに不味かったパスタは本場イタリアで食べた一品。ミラノのブエノスアイレス通りから路地へ入った、場末の大衆食堂だ。「おそらく美味うまくない」という直感が働いたが、パリから移動して投宿したばかりのホテルから近く、妥協した。パスタは直感通りの不味まずさだった。茹でおきしていた麺を皿に盛って熱々のトマトソースをかけているのが客席から見えた。しかし、店構えも客層も1960年代のイタリア映画を思わせる雰囲気があり、食べているうちに「愛すべきマズウマ」に変化して救われた。

あれから十数年、つい最近救われないパスタを専門店で注文してしまった。オフィス近くのモールで用事のついでに初入店。あまり時間がなかったので、「本日のおすすめ」を告げられるままに選ぶ。ランチの名は忘れたが、見たままに言えば「芽キャベツとシーフードのレモン風味のスパゲッティ」。きれいに盛り付けられ、見た目は美味そうだった。

不幸にして、口に運ぶごとに不味さがつのった。失望した。パスタも具材も個々には悪くない。具がスパゲッティを、スパゲッティが具を拒否したまま皿に盛ったのが問題なのだ。あくまでも類推だが、別途下味をつけて用意していた芽キャベツとシーフードを、茹でたてのスパゲッティに「載せた」だけのようである。つまり、えていない。

では、和えさえすれば美味くなるのか。いや、そうではない。具材を混ぜることと、具材を和えて味を合わせることは別なのである。芽キャベツという案外難しい食材を使いこなせなかったのかもしれないが、和風パスタという何でも具材に使ってしまうジャンルがあるように、上手に調理すればパスタは具材を選ばない。以前タケノコとベーコンを合せて自作したことがあるが、アルデンテによく合った。

もし芽キャベツが難しいのなら、生のトウモロコシで作るパスタはもっと扱いにくいかもしれない。足繁く通うわけではないが、年に数回寄るお気に入りのイタリアンで、リングイネのパスタを食べた。大胆にも素材はトウモロコシだけ。仕上げに黒胡椒とパルミジャーノのみ。これだけなのに調味の加減とえ具合が絶妙だった。これぞ調和である。不味ふみ美味びみを隔てるものを一つ選ぶとすれば、それは〈和える〉という料理、つまり「理のはかりよう」だと思われる。

七月のレビュー

二月、三月からあっという間の感覚で今日に至る。百数十日を振り返れば、日々微妙な陰影があったし凹凸もあったにもかかわらず、無念なことにコロナが諸々を一括りにしているかのよう。久しぶりに会った知人との共通の話題もそれだけだった。とりわけ七月は独占された。わが日々はコロナだけじゃないぞという証を記録しておかねばならない。


人混みの多い観光地は苦手だが、コロナを逆手に取って――おそらく四半世紀ぶりに――嵐山へ出掛けた。ピーク時の賑わいからすれば、かなりの閑散ぶりだと聞いた。福田美術館の若冲展は要予約の入場制限。気持ちは複雑、しかしゆっくり鑑賞できた。

帰りに天龍寺に寄ってみた。ちょうどよい咲き具合の蓮をテーマに撮ったところ、そぼ降る小雨が描く水紋が粋な演出をしてくれた。

昨年の暑さは凄まじかった。毎日の35℃越えは当たり前、出張先では38℃に苦しめられもした。それに比べれば、今年は過ごしやすかった。エアコンに依存しない、こんな七月はあまり記憶にない。

ふらふらになってから水分補給しても熱中症対策にならないように、へばってからスタミナ食を摂っても間に合わない。八月対策の転ばぬ先の杖はもつ鍋。使ったの小腸のみ。韓国風ではなく和風味。自家製なので〆のうどんは最初から入れる。

地元大阪の公的イベントはほぼすべて中止になった。例年5件ほどの事業プロポーザルの審査員を仰せつかるが、今年はあるはずもないと先読みしていろんな予定を入れていた。ところが、声が掛かった。御堂筋イルミネーションは三密にはならないし、むしろこの状況だからこそ光と輝きで祈り、癒し、励ます格好のイベントになるのではないか……という次第で、急遽開催が決まったのである。

審査会場の1階の、亀がゆっくりと泳ぐフロア・プロジェクションが微笑ましかった。

普段着の半袖のシャツを着ないわけではないが、夏でもシャツは長袖を着ることが多い。特に、冷房の強い電車に乗ったり美術館やカフェで長居したりしそうな時は決まって長袖。袖の長さで温度調整するためだ。

にもかかわらず、珍しく半袖のシャツを買った。生地を裏使いした仕立て。表地はぼくには派手だが、裏地なら着れそうだ。なお、リバーシブルではないので、表地・裏地と言っても意味がない。「さりげなく表地がちらっと見えるのがおしゃれ」と女性店員は言ったが、そのためには二つ三つボタンを外さねばならず、逆にわざとらしくなるのではないか。


昭和家電の思い出

自宅に電気スタンドが二つある。どちらも省エネ対応製品ではない。二つのうち古いほうは、1987年会社創業時のお祝いに電化製品販売店の知人から贈られたもの。首と言うか胴体と言うか、くねくねと上下左右に曲げられるタイプ。当時としては新しかったのだろうか。

何年か前に「大阪くらしの今昔館」で昭和家電を一堂に集めた展示会を観た。家電メーカーの海外販促の仕事を手伝っていた関係で、松下電器(現パナソニック)とシャープの展示館は見学している。昭和家電はおもしろい。実際に使っていたので肌感覚がよみがえる。父親が新しい家電製品に飛びつくタイプだったので、たいていの製品でわが家は町内で一番乗りしていた。

その「今昔館」で買った図録『昭和レトロ家電』を眺める。数ある家電のうち、昭和30年代の白黒テレビ、洗濯機、トースターなどが特に懐かしい。電気冷蔵庫が発売されて重宝したが、その直前までは氷式冷蔵箱を使っていた。毎日氷屋が運んでくる氷を入れて冷やす。電気製品ではないから図録には載っていないが、今にして思えばあの冷蔵箱はレトロ中のレトロだった。


昭和31年、弟が生まれた直後に母親が商店街のガラポンで特賞の玉を出してみせた。景品は洗濯機だった。親族の誰かがリヤカーを借りてきて自宅に運んだ。手動の脱水ローラーがついた初期のものである。「わたしは引きが強い。あの子は運を持ってきた」と母親は自慢していた。

小学校4年の時だったと思うが、海外旅行できるほどの大きなトランクのような重量級の大物がやってきた。母の弟は当時松下電器に勤めていて、画期的な商品の一号機が出たと父親に伝えた。父親がパスするはずがない。何台売られたのか知らないが、かなりの希少品だったことは間違いない。

それは、オープンリール方式のテープレコーダーだった。わが家にやって来てしばらく、ただ声を吹き込んで、それを再生して喜んでいるだけだった。町内の人たちや友達がよくやって来て声を吹き込んでは、自分の声が変な声に聞こえたのでケラケラと笑っていた。ただそれだけ。

みんなが飽きかけた頃から父親が当時習っていた民謡の練習に使い始めた。その後は何年も埃をかぶったが、大学生になったぼくが英語の勉強に使うようになった。テレビの英語番組を録音したのだが、テレビとテープレコーダーを直接つなぐ機能がないので、テレビのスピーカーの前にマイクを置いて、声も音も出さずに録音していた。後で再生すると、英会話シーンの合間に「ご飯、できたよ~」という母親の声が入っていたりした。

昭和家電は微笑ましいノスタルジーだ。

巷で耳にしたつぶやき

リリー・フランキーの『誰も知らない名言集』のあとがきに、あのミスターがイチローに贈った色紙の話が出てくる。色紙にはこう書いてあったらしい。

野性のような鴨になれ
  イチロー君へ  長嶋茂雄

可笑しさが半時間ほど持続した。さすがのミスターである。不可解は名言の必要条件ではないが、見る者聞く者をしばし立ち止まらせ、稀に息を詰まらせ、そして余韻を残す。不可解であることは名言の格を上げるのだ。他意もなくつぶやかれることばはおびただしく、ほとんどが消えていくが、稀に名言や言として記憶に残る。

名言が吐かれる場面に出くわすことがあるが、周到に用意され練られたものばかりでつまらない。その場で即興的に発せられた名言というものをほとんど知らない。

名言には説明や経緯が欠落しているものが多い。説明を加えたり経緯を推理したりするのは名言を読んだり聞いたりする側である。名言を吐く者には、結実させたことばに至るいろいろな事情や理由があるのだが、そんなことは書かないし言いもしない。だから、おおむね名言は短くて、唐突で、不可解なつぶやきのようなのだ。


つぶやきが忘れられぬ迷言になった瞬間に何度か立ち会ったことがある。

「やっぱりバナナと卵と納豆だな」

唐突にバナナと卵と納豆である。しかも、けろりと「やっぱり」と言ってのけた。ミスターといい勝負ができる。朝食としてはこれで十分そうだが、発作的に朝食に言及したのかどうかはわからない。ここ何十年も物価上昇していない三品目だと気づいたが、つぶやいたのはぼくではないから、真意は不明のままである。気持ち悪いが、迷言を追及してはいけない。

「キャラメルボーイじゃないんだから」

一回り年上の大学の先輩。自分は常連客なのに、ママは一見さんの面倒ばかり見ている。「ママ、ぼくにも水割り売ってよ・・・・」と、いいオトナが突然甘え声で拗ねてみせた。「あら、気づかずにごめんね、ぼくちゃん。今すぐに作って売ってあげるから」とママ。先輩、さらに甘えてみせた。「ママ、ぼくはキャラメルボーイじゃないんだから」。二人とも芸達者だった。

「松坂は上手に年取ってるなあ。それにひきかえ、吉永は下手に清純だなあ」

雑談中にため息まじりにこれである。意味はわかった。一理あると思う。松坂は慶子であり、加齢しておとぼけができている。吉永は小百合であり、固着したクリーンなイメージから脱皮できないのは気の毒だ。清純というイメージを背負わねばならない品性は……などと分析しかけたが、そんなことはどうでもよい。きみ、なぜ今それを言わねばならなかったのか?

その値段とその欲望

今から約40年前のポーランド。食肉事情が激変した。肉の供給は難しくなり、食料品店の前では肉を求めて何時間も長蛇の列ができる日々。実際に食肉は大幅に値上がりした。しかし、ジョーク的にはそうではなかった。

ある婦人が店から出てきた。取材班がインタビューした。「奥さん、肉の値段はどうでしたか? かなり値上がりしていましたか?」 婦人が答えた。「値上がりなんかしてないわ。だってもの・・がないんだから」。

以上のような話が『食と文化の謎』(マーヴィン・ハリス著)で紹介されていた。なるほど、「もの」があるから値段がつく。それでこその物価だ。ものがないのなら、たしかに値段はつかない。つけようがない。

需要に供給が追いつかないと物価は上昇する。欲しい欲しいと言う人が増えているのに、品薄なのだ。逆に、いつでも手に入るようになると欲望が抑えられ、ものが過剰になり売れにくくなる。すると、物価は下落する。一般論ではこういうことになる。価格が上がると買う気も萎えるものだが、肉食文化にとって肉は必需品であるから、品薄であろうが高かろうが買いに行って並ばねばならない。


6月に鹿児島か宮崎かの国産鰻を買って冷凍しておいた。721日の丑の日はその鰻を家で食べた。ちなみに、丑の日に鰻の売り買いの現場をチェックするべくスーパーを覗いてみた。昨年から稚魚の養殖がうまくいったので、今年は昨年比で12割値下がりして買い求めやすいという。供給が増えれば値段は下がる。少々値が張っても丑の日には食べたい人が多いから、下がればなおさらのこと。売れる。

しかし、ちょっと待てよ。それならば、たまに行く近所の鰻屋も今年は値下げするべきではないか。ところが、値下げどころか、あの鰻屋は上うな丼2,800円を3,200円に「値上げ」したのだ。需要と供給の一般的なセオリーでは説明がつかない荒技をかけたのである。

鰻という市場をスーパーマーケット的なマクロでとらえれば、需給の法則はある程度成り立つ。けれども、件の鰻屋の主人と客であるぼくの一対一の関係においては、そんな法則は当てはまらない。値上がりしても通いたい消費者がおり、値上げしなければやっていけない商売人がいる。それぞれに事情がある。コロナで席数削減の折り、400円の値上げはある種のテーブルチャージなのだろう。

この季節の歳時

自宅の蔵書のほとんどをオフィスに運び込んでから2年が過ぎた。にもかかわらず、ほとんど本のない自宅の書斎で、時々がらんとした本棚に手を伸ばそうとすることがある。身についた習慣は条件反射的だ。

今月の初旬も自宅にはない一冊の本を探しかけた。金田一春彦著『ことばの歳時記』がそれ。かつて愛読していたこの本は、オフィスに移してから手にもせず捲りもせず。七月三日の日に、オフィスの書棚からさっと取り出した。どこに置いてあるかはわかっていたから。

前日の二日が「半夏生はんげしょう」で、翌日の四日が「雨男」。ことばの歳時記をヒントにして書き始めるには申し分のない見出しが立っている。ところが、三日のその日のことばは「お中元」だった。半夏生や夏男に比べると現実的である。やや物足りなかったが、お中元のことなどあまりよく知らないではないか。


昔、年寄りたちが「うらぼん」と言っていた。盂蘭盆うらぼんと書く。中元はその行事だ。正月十五日を上元じょうげん、十月十五日を下元かげんとして祝った。では、七月十五日あたりに佳節かせつとして中元を祝おうということになった。それが事の起こりらしい。

お中元と言えば贈り物。贈り物は歳時によって名を変える。正月には「お年玉」と呼び、年末には「お歳暮」という。病人を訪ねる時は手に「お見舞い」であり、別れる人には「餞別」を手渡す。どこかに行けば「お土産」を手にして帰ってくる。『ことばの歳時記』によれば、お土産を人にあげる時は「贈り物」と言い、自分がもらうお土産のことを「到来物とうらいもの」と言ったそうだ。初耳である。

オフィスでの打ち合わせを慎んでいるので、来客が少なく、したがって例年に比べて「到来物」を直接いただけない日々が続く。それでも、律儀な方々からのお中元が宅配でやって来る。この時世だけに、かたじけなさに涙こぼるる心境だが、受領印を押すたびに口元は緩む。そうそう、今日は珍しく直接いただいた。それは「到来」だった。

自重と自制の日々

「自粛」。この文字をこれほど頻繁に目にしたのはおそらく初めて。これで書けなかったら「チコちゃんに叱られる!」

遠出したり外食したりするのを慎もうとの要請を機に、生活や仕事のこと、ものの考え方や見方、他人との付き合い方――ついでに、他人にとっての自分の不要不急度も――見直してみた。自粛が一段落した後に続いたのが「自省」の日々だった。

自粛じしゅく】自分の言動に対する反省に基づき、自分から進んで慎むこと。
自省じせい】自分の言動を静かに反省し、自ら責めるようにあれこれと検討を加えること。

『新明解』にあたってみたら、上記のようなニュアンスの違いがあった。しかし、語釈文の前段がほぼ同じ。後段の相違も明快ではないが、自省が反省の類語であることはわかる。

自粛し自省していると、他人と会わなくなり、会わなければことばを交わす機会もない。昨年新聞の月極購読をやめたので、世間の動向はテレビのニュースか時折り覗くネットで知る程度。あまり刺激を受けないので、本ブログでも極言しなくなったし、必死に持論をこね回すこともなくなった。自粛と自省から「自重と自制」へシフトしているような気がする。同じく『新明解』から自重と自制について。

自重じちょう】(品位を保つように)自分の言動を慎むこと。
自制じせい】むき出しにしたくなる自分の感情や欲望を抑えること。


大半は人畜無害だが、SNSという「自由メディア」らしき場では自重と自制がなりをひそめる投稿も少なくない。デリカシーに脇目もふらず、とにかく度を越して威勢よく吠える。吠えた自分の声に鼓舞されていっそうテンションが上がる。やがて持論が正論顔をして仮想敵への批判に向けられる。

言ったもん勝ちの様相を呈するのだが、おおむね言ったもん負けか言ったもんが消えて終わる。気が作動すると品位を保てなくなる。品位は無視できない。ショート・・・・メッセージの発信だからといって、絡的であったり気であったりしてはいけないのである。

世相批評の基本は、怒ったり吠えたりすることではなく、呆れたり苦笑したりすることだろう。呆れたり苦笑したりしている時のほうが世相がよく見えるものだし、それぞれが正しいと考えている彼我の立場も認識しやすい。

憎き権威や体制に火炎瓶を放り投げるような弁舌ではどうにもならないのだ。そもそも何でもアンチとか体制という概念がとうの昔に陳腐化している。そんなものにいつまでも食らいついて批判するのを常としていたら、それこそ己でない何か別の存在に知らず知らずのうちに変えられていくのではないか。と言うわけで、自重と自制の日々。

隙間の時間に二字熟語遊び

仕事が予定通りに進まないとストレスがたまる。無駄な時間もできる。ところが、無駄な時間を「隙間の時間」と言い換えれば、逆縁転じて順縁となる。隙間の時間は「ちょっとした時間」なので、物語性のある読書には向かない。AIソフトと早指し将棋一局ならちょうどよい。そして、今日のこの、相変わらずの二字熟語遊びも隙間向きである。

二字熟語アイコン#9

【中年と年中】
(例)元日に「中年」だと認識されたら、その年の大晦日も依然として「中年」だろう。そう、中年は「年中」中年なのである。

青年や老年は何となく見当がつくが、中年ほど曖昧な概念はない。壮年というのもわかりづらいが、30代~40代の働き盛りだと承知している。いや、40代の後半になれば中年と呼ぶべきか。手元にある辞書を数冊調べてみた。「50代半ば~60代前期」「40歳前後~50代」「青年と老年の中間の年代」。ますます混乱している。

【相手と手相】
(例)その占い師はろくに「相手」の顔を見ずに、ただひたすら手のひらだけを凝視して「手相」に性格と人生を見るのだった。

手相とは手のひらに刻まれた線であり、線が織りなす模様である。手のひらを見ると他人の運勢を告げたくなる人がいて、俗に占い師と呼ばれる。自分の手相でも誰の手相でも占えるらしいが、職業にするなら、わざわざやって来る客という相手の手のひらを見なければならない。

【奇数と数奇】
(例)「数奇」な運命を背負っている数字ではないのに、「奇数」を見ると、それがただ2で割り切れないという理由だけで落ち着かなくなる連中がいる。

どういうわけか知らないが、人間は81220だと落ち着き、91317を見ると心がざわつくらしい。奇数は数奇な何か――不運や不幸やかんばしくない転変――を連想させるのか。数奇の奇を「寄」に変えて「数寄すき」にすると粋で風流になるのだが……。

【始終と終始】
(例)「始終」と「終始」の意味は基本的に違うが、「いつも」とか「常に」という意味の重なりがある。

「一部始終」とは言うが、一部終始とは言わない。始終は最初から最後までのいろいろなコンテンツとそれらの流れを示す。他方、「終始一貫」とは言うが、始終一貫とは言わない。終始は最初の状態が最後までずっと貫き通されることである。
赤➔白➔黒➔青……と色の種類や変化を順番通りに示せば始終、ずっと赤➔赤なら終始。多色の始終、終始の一色である。


シリーズ〈二字熟語遊び〉は二字の漢字「〇△」を「△〇」としても別の漢字が成立する熟語遊び。大きく意味が変わらない場合もあれば、まったく異なった意味になる場合がある。その類似と差異を例文によってあぶり出して寸評しようという試み。なお、熟語なので固有名詞は除外。