旬の食材は「おまかせ」

蕎麦の名店に行ってきた。引っ越せばこのあたりには来なくなるから食べ納めのつもり。家近くなのに最近は足が遠のいていた。年越しそばを2回パスしていたから23年ぶりかもしれない。珍しく並ばずに入れた。さあ、何を注文するか……などと悩むことない。いつもざるそばだ。

食べ納めだから、少々贅沢に旬菜の天盛りざるそばを注文した。この店の天ぷらは手打そばにひけを取らない。メニューに旬菜の定番が書いてある。春にふさわしい次の8種が盛られる。

・ふきのとう
・菜の花
・こごみ
・芽キャベツ
・行者にんにく
・安納芋
・たらの芽
・姫人参

しかし「その日の仕入れにより食材が変わることがあります」と注釈が付いている。春の旬菜は食べ慣れないので、見た目だけでは名と実物が照合できない。いや、見た目だけではなく、口に入れても一致する自信がない。ざるそばより少し遅れて天盛りが運ばれた。

食べ始めてすぐに、定番にないレンコンとタケノコに気づく。さらに、舞茸とアスパラに出合う。この4種が加わって、定番のどの4種が外れたのか。詳しくないうえに衣に包まれているからよくわからない。おそるおそる口に入れて味を噛みしめて何となくわかってきた。

どうやら菜の花、こごみ、たらの芽、姫人参が入荷できなかったようだ。旬のものはある時とない時がある。旬の食材を使う料理やコースが基本「おまかせ」になるのはそのせいかもしれない。「あれを期待していたのに入っていないじゃないか」と難癖をつけない。好き嫌いがないのでおまかせして後悔することがない。

レトロな麺処の品書き

体験的記憶に残る昔のノスタルジックな雰囲気を懐かしむ時、「レトロな」という表現を使う。ぼくの世代ではレトロと言えば平成ではなく、昭和である。戦前も昭和だったが、体験的記憶となると昭和30年代。そこからいつまでをレトロとするか、それは人それぞれだ。

あまり歩かない方向に5分、年季の入った麺処に初入店した。調理場に白髪の後期(?)高齢者の店主がいるのみで、ワンオペ店のように見えた。注文を聞いてお茶を出す。ほとんどの品書きがセットなので、調理場には出汁の鍋、茹で湯の鍋、飯物めしものの具鍋など数種類の鍋に火が入っている。

この店のそばは、つなぎを使わないそば粉だけの生蕎麦きそばではない。生蕎麦の茹で時間は長くなるので忙しいランチタイムには向かない。細くて白い更科のなまそばである。早ければ2分未満で茹で上がる。食べ終わる頃には麺が延びてゆるくなる。

ワンオペにしてはちょっと品書きが多過ぎはしないか。しかも、大半が飯物と麺のセットだ。客が10人も入ると手際よくさばけるのかと心配してしまう。この店のセットは、麺処の常で、丼が普通サイズでそれに小さなそばかうどんが付く。麺は温でも冷でもよい。

しかし、この店は丼ものも麺も小さめの「ミニ・ミニセット」も出す。ハイカラ丼、玉子丼、木の葉丼、他人丼、親子丼、カツ丼の各種飯物もミニサイズだ。親子丼と温かいそばのセットを注文した。後から来た客のほとんどがこのミニ・ミニセットを指名していた。

どう見てもミニとミニの組み合わせに見えない。どちらもほぼレギュラーだ。それに、かけそばのはずの麺がほとんどわかめそばである。サイズはレギュラー、料金がミニ、レトロで良心的な店。食事を終える頃、常連と店主のやりとりが聞こえた。相方が体調が悪くて休みとか。普段は夫婦二人で切り盛りしている店なのである。

後日再訪。テキパキと注文を取って配膳する相方と調理に専念する店主。客さばきと手さばきがお見事だった。この日も飯物は親子丼。麺がゆるいそばは好まないので、温かいうどんにした。そばが売りのはずだが、うどんのほうがうまいと正直な感想。前回は店主一人だったから、そばを茹で過ぎたのだろうと斟酌しんしゃくすることにした。

シニアたちの晩餐会

数年前から、オフィスの読書室に手製の料理を持ち込んでワインの飲み比べテイスティングの会をしている。大学の24学年の後輩たちがメンバー。集まるのは56名だが、用意するワインは4種類。シニアにしてはグラス4杯はやや飲み過ぎかもしれない。

13ヵ月ほどが開いた。「3月あたりどうですか?」と、ワイン会主宰のぼくに声が掛かった。「オフィス退出の準備で忙しい状況なので、ワインをセレクトしたり手料理を準備したりするのは難しいが、イタリアンかフレンチでの外食ワイン会なら」と告げた。

店と料理で悩んでいたが、コロナ前までよく利用していた近場のレストランを思い出す。フレンチ主体の欧風料理の店、灯台下暗しだった。無理を言って定休日に開けてもらい、一昨晩地元大阪と神戸がそれぞれ2人、名古屋と東京から各1人の6人が集まった。32席ある店を6人で貸し切るという厚かましい贅沢ぶり。


すべてシェフにお任せした。ワインは、発泡酒がスペインのカヴァ、1本目の赤はドイツのピノノワール、白はフランスのシャルドネ、2本目の赤はフランスのメルロー。以上4種。アミューズ、前菜の盛り合わせ、スープ、魚料理、デザート、エスプレッソのコースで、2時間半を越す晩餐会になった。

フランス料理の名称は長い。食材名と調理法と(場合によっては)産地までが含まれる。説明や薀蓄が必須であるが、傾聴しても覚えることは容易ではない。特に、料理の写真を撮って安心し、そして歳のせいもあって、料理の名前がおろそかになる。二晩過ぎた今日、記憶を辿った。だいたい覚えているが、あやふやな点はAIに写真を見せて類推してもらった。

フォアグラのブリュレ アミューズにフォアグラとは驚いた。表面を加熱してキャラメルを焦がし、バターに見立てたフォアグラを熱々のシナモントーストに塗る。
オードブルヴァリエ ムース仕立ての半熟卵(中央)、その上から右回りに、鰯のエスカベッシュ、鯖のエスカベッシュ、キングサーモン、和牛・鴨・鶏のロースト、四万十豚のハム見立て。
チュイル・ド・フロマージュ(カリカリチーズ)と鯛のすり身と大根のアッサンブラージュ、蛸のラグーソース添え
デザートの盛り合わせ クレームブリュレ(焼きプリン)、ストロベリーのジェラート、ガトー・オ・ショコラ

料理の色彩と記憶

先日、複数の店とメニューをチェックしていた。いろんな会の幹事をしているが、別に直近に集まりがあるからというわけではない。西洋料理店の定番のコースメニューにも目を通したが、以前ほど魅力を感じなくなった。

結婚式以外で洋食コース料理を最後に食べたのはもう10年以上も前。どんなコースだったかはうろ覚えだが、ノートに書いていたので一部思い出した(ノートにはいろんなことを書くが、料理のことや名称は今も割とマメに記録する)。招待されたその日のコースは下記の内容だった。

アミューズ:アボカドとビーツのスープ仕立て、エビのトッピング
前菜:鯛の昆布じめカルパッチョ
スープ:シーフードのミネストローネ
パスタ:鶏肉のペンネ、チーズ風味
魚料理:スズキのポワレ
肉料理:牛肉ロースのステーキ
デザート/コーヒー

こうしてメニューを見てみると、基本はイタリアンの店だったようだ。イタリアンにフレンチが少々入っている感じ。

招待なのでお値段はわからない。申し訳ないが、料理の見た目も味もあまり記憶にない。だいたいこの種の宴席では会話が多いので料理への意識が薄くなる。ホテルレストランなのだが、ドレスコードも緩かったし、格式ばったところもなかった。

一番印象に残っているのが、最初に出てきたアミューズの「アボカドとビーツのスープ仕立て」だ。目立つ色や記憶に残りやすい色については様々な見解があるが、ぼくの場合、赤と赤茶色に注意を引かれる。

トマトの赤、トウガラシ、スイーツならイチゴやベリー。ボロネーゼのソース、焼肉とつけだれの赤茶色。食後にも記憶の余韻が残る色彩だ。あの日のビーツのスープがどんな味だったかあまり覚えていないが、血液のような色の印象だけは今も残っている。

小麦粉から麺類へ

ランチがすべて麺類だった某年某月のある1週間。次のようなラインアップだった。

月曜日、つけ麺。火曜日、上海焼きそば。水曜日、割子わりご蕎麦。木曜日、皿うどん。金曜日、トマトソーススパゲッティ。土曜日、鶏魚介ラーメン。日曜日、肉うどん。

昼に3段の割子蕎麦を注文するとサービスでもう1段付いてくる。

この週の前後の週でも、ビーフン、冷麺、フライ麵などを食べていた。まるで小麦が主食かのような食生活だった。

小麦が麺になるには手間がかかる。まず小麦を粉にして水で溶き、こねて圧して生地状にし、さらによく延ばしよく打ち、適当な長さに切り揃えたり押し出したりして麺が出来上がる。小麦粉を水で溶くと、2つのたんぱく質が結合する。一つは伸びのあるグリアジン、もう一つは弾力のあるグルテニン。結合して形成されるのが粘弾性ねんだんせいの強いグルテンだ。

グルテンに食塩を加えて生地に圧力をかけると、さらに粘りが増して延ばすことができる。こうして、小麦粉はすでに約1万年前に古代メソポタミアでパンに加工されていた。麺ができるのはパンのずっと後である。麺はいつできたのかをいろいろ調べてみた。諸説あり過ぎて素人の手には負えない。

麺の痕跡と思われるものが紀元前中国の遺跡で見つかっている。本格的な麺の歴史は唐の時代らしいが、朝鮮半島経由で日本に伝わったのはそうの時代で、わが国では平安時代と鎌倉時代に当たる。麺には手で延べる方法と手で打つ方法があり、手延べの代表がラーメンと素麺そうめん。手で打つのは板状の生地を作るためで、それを包丁で細さと太さを切り揃えて麺の形にする。うどんと蕎麦はこうして作られる。

押し出し方式という第三の製法がある。パスタの作り方がそれ。パスタの起源や伝来も諸説ある。やっぱり中国からイタリア半島に伝来したというのが一説。いや、東アジアと東南アジアに広まった中国の麺がインドに伝わっていないぞ、インド抜きにしてイタリアまで達するはずがないというのが他説。

イタリア半島にいた(古代ローマ時代前の)エトルリア人由来だろうというのが別説。ぼくはと言えば、中世の時代に中国と交易していたアラビア商人がイタリアに伝えたという説にくみしたい(但し、ポンペイの遺跡にはパスタに似た料理の壁画が発見されている)。以来、パスタは全世界に広まり、パスタは現在500種類以上あると言われている。

麺類の起源は定かでなくても、連続7日間食べてもうまいと思えるほどの恩恵を享受している。どこかのラーメン店が作ったスローガン、たしか「人類はみな麺類」だったと思うが、なるほどと頷ける。

おもしろい食事処

一見いちげんの客として店を選ぶ基準に「味」を置けない。誰かに教えてもらう情報も食べログでの評判も味に関しては半信半疑だ。と言うわけで、入店前に得られる情報は店名、店構え、メニュー/値段だけである。店名は重要だ。そば処なのにカフェのような名前、インドネパール料理なのに漢字の店名はセンスを疑う。メニューに誤植を見つけたらだいたいアウトだ。

月に2度ほど行く中華料理店の地下にインド料理店ができた。オフィスを構えるエリアは欧風カレーもインドカレーもスパイスカレーも激戦区だが、インドネパールカレーの店は徒歩数分以内にすでに5店もある。そのうちの2店はかなりの有名店だ。新規オープンのインド料理店ではいい勝負に持ち込めそうにない。

その店の前を通り掛かった。インド人と高年の女性がチラシを配っている。女性が「ランチいかがですか?」と声を掛けてくる。「今週はカレーを2度食べているので……」と言えば、「カレー以外にもいろいろありますよ」と食い下がる。「ビリヤニは?」と、たぶんあるはずがないと見て、言ってみた。「ビリヤニ、あります! セット900円ですが、100円引かせてもらいますよ」。ま、いいかという感じで店に入った。

いろんな有名店で食べてきた自称ビリヤニ通だから、期待薄の覚悟で注文した。待つ間にチラシをじっくり見たら、こう書いてある。

インド人シェフが腕を振るうスパイス豊かな本格インドカレーと日本の粋を感じる本格和そば(茶そば)。全く違う二つの本格料理を一度に楽しめる新しいスタイルのレストランです。

カレーとナンとサラダと茶そばを一度に楽しむ理由がわからない。まさかまさかのコンセプトに驚く。チラシを裏返して他のメニューを見た。もっと驚いた。

〈パスタ〉ペペロンチーノ、ボロネーゼ、明太子。
〈ピラフ〉ナシゴレン、神戸そばめし、高菜チャーハン
〈そば〉温そば、ざるそば、茶そば

この店でカレーセットやビリヤニを注文してよいのかと検証する前に、チキンビリヤニが出てきた。見た目、バスマティライスにしっかりスパイスの味がついているように見える。スプーンで一口食べた。うん? おかしいぞ、まあまあいけるじゃないか。いや、これはうまい部類に入るかもしれない。ヨーグルトソースのライタもビリヤニによく合う。

おかしい、いや、まずまずおいしい……を繰り返し一皿平らげたら、ぼくを案内した女性とは別の高齢女性が「お口直しのデザートです」と言って、プチかき氷を持ってきた。スパイスまみれの口の中がさっぱりした。

ハズレを覚悟して入店し、「おかしい」と感じ、次に悪くない、いや「おいしい」と思い、勘定を済ませて店を出る頃には「おもしろい」になっていた。ぼくの後に8人の客。このおもしろい食事処に誰かをお連れしたいと思えば再訪もありえるが、何が売りで何がおすすめかがわかりづらい店で、何を注文すればいいか……それが悩ましい。

当世ランチ外食事情

知人とのランチ談議をきっかけにランチ外食について書いてみた。

高級レストランではなく、仕事場近くでの日常の昼食なのに1,000円超えが当たり前になって久しい。メニューの数字を見れば最安が1,200円、上になるとその倍の値付けをする店も少なくない。

当世の物価事情を知っているので、値上げはやむをえないと思うし食事処の苦心に同情もする。しかし、この界隈で30数年間にわたり500円から1,000円未満で昼食してきた。その値段が刷り込まれているから、当世のランチの価格になじめない。たとえば、ミックスフライ定食を数年前に800円で食べていたのに、今では同じメニューが1,300円という変わりようだ。

社会の大勢たいせいが値上げに向かう中、あの手この手で工夫し薄利多売で頑張っている店がある。そういう店には常連がつくから、午前11時半には席が埋まる。会社もランチタイムをフレックスにして社員のサポートをしているように見える。


食事処1:初入店した時は、看板メニューの鶏の唐揚げ定食(950円)を注文した。大きめの唐揚げが6個。食後に仕事があるから、この量はきつい。後日知ったが、唐揚げを1個減らして5個にすれば900円、2個減らして4個にすれば850円にしてくれる。4個でも十分だ。同じ味付けの唐揚げでは飽きるので、竜田揚げ、南蛮などの日替わりも出す。唐揚げ好きなら週2で通える。席数約20、調理1人、ホール兼レジ1人、弁当担当1人。

食事処2:海鮮丼にミニ蕎麦とミニおでんと冷ややっこが付いている。これが680円。他にもロースカツ定食や幕の内など十数種類のランチメニューを提供していて、どれも600円~750円ゾーン。席数約60席、メニューが豊富。厨房はメインが1人、サブが1人。役割を決めていて手際の良さが伝わってくる。ホールとレジで2人。

食事処3:以前刺身定食を食べていたら、後から入って来た隣りのテーブルの客が鰻丼を注文した。運ばれてきた鰻丼が950円と知って驚いた。後日入店して鰻丼を注文した。ボリューム感のある大きさと厚み、肝串が1本付いている。中国産特有のくせをうまく消して調理してある。これは少なく見積もっても2,500円級ではないか。席数約50席、和洋メニューいろいろ。厨房不明、ホール3人。家族経営っぽい。

食事処4:カツとじ定食850円。大きめの汁椀の具だくさん味噌汁に小鉢が2つ。さらに、1145分までに入店すると50円引き。十分に満足できるのでライスのお代わりはしたことがないが、男性客の半数はお代わりをしている。「ライスの大盛りもお代わりも自由」とメニューに書いてある。懐が深い。米の高騰にどう対応しているのだろうか。

土佐料理店の観察日記

高知への出張は毎年23回、十数年続いた。一昨年手を引き、土佐料理とも縁がなくなっていた。徒歩圏内に土佐料理の専門店があると聞いた。夕方に出掛けるエリアではないので、午後5時から営業のこの店に気がつかなかった。戻りガツオ気分の先月中旬に行ってみた。

土佐・・料理店の観察日記・・、略して『土佐日記』。料理、客の様子などを綴ってみる。


まずは瓶ビール。注文したのは赤星だったが、出て来たのはスーパードライ。これは小さな残念ポイントだ。たたきは本場同様の藁焼き。予定通り戻りガツオの塩たたきを注文。ニンニクのスライスの代わりに「ぬた」を乗せる。続いてブリの刺身、ハランボ(カツオのトロ)、アオサ海苔の天ぷら、ウツボの唐揚げ、シュウマイ。〆に土佐巻き。注文過多。

1カ月後、午後5時半に予約して行く。すでに席の半数が埋まっていた。注文した赤星が注文通りに出てきた。グラスに注ぎ一口、お通しを口に運ぶ。斜め後ろに欧米風の中年カップルがいる。アオサの天ぷらを食べている。「大丈夫?」などという心配は無用。昔と違って、外国人観光客はぼくら以上によく下調べしている。

この日は、お通しを除いて3品と決めていた。カツオのたたきと他の料理を天秤にかけながら料理を選択。第1回戦は「カツオのたたきvsブリ刺し」。ブリ刺しは前回も賞味し、この日も「これからが旬だ」と自分に言い聞かせた。結果、ブリの勝ち。こんなに贅沢にカットしていいのかと思うほどの厚みだった。

2回戦は「負けたカツオのたたきvsハランボの炙り」。カツオ対決だが、経験値の豊富なカツオのたたきに比べると、まだ数回しか実食していないハランボに食指が動いて、カツオのたたきは2連敗。

第3回戦は「連敗中のカツオのたたきvsウツボのたたき」。たたき合いするまでもなく、ウツボに軍配を上げた。こうして、食べ慣れたカツオのたたきはわが偏見によって3連敗し、この日はお呼びがかからなかった。

カウンターの角の一人客の女性は、メニューを見ては一品を注文し、そのつど違う日本酒を合わせる。ぼくが来店する前からいたので、少なくとも5種類の料理に5種類の日本酒を合わせたと思われる。箸運びとグラスの手さばきがこなれている。逞しい。

昼に過食していたので、ぼくはここでお勘定の合図。左手に座っていた若い英語圏のカップルと目が合う。ブリの藁焼きを指差して「ベリーグッド」と、(店主でもない)ぼくに言う。「それはグッドチョイスだ」とぼくも言う。「その種の魚を食べる観光客はあまり見かけない」と言ったら、「彼女はカリフォルニア出身なので魚貝が好きなんだ」と彼氏が言う。この二人も和食の事前調査が万全だったようである。

年内にもう一度来てみようと思う。他の好敵手である四万十ポークや地鶏の土佐ジローとの勝負にカツオのたたきは勝利できるだろうか。

イカとタコの食べ物考

『物語 食の文化 美味い話、味な知識』(北岡正三郎著)に次のくだりがある。(㊟ルビは岡野)

イカ(烏賊)は味が淡く甘味があり、脂気が少なくさっぱりしている。(……)イカはま、煮る、揚げる、焼く、漬ける、干す、いぶす、裂くなどあらゆる調理に向く。(……)イカは鮮度落ちが早いので、生食はごく最近まで水揚げ地近くに限られていたが、今は山奥でもいかそうめんが膳に上る。タコ(蛸)は欧米では悪魔の魚として食べないといわれるが、イタリア南部、ギリシア、スペインなどでは食べる。(……)

一部省略したが、イカとタコの記述する視点が異なっており、しかもイカのほうがタコよりも詳しい。勝手な解釈をするなら、タコに対するイカの優位性を感じさせる。ところで、イタリアでもスペインでもイカ料理は食べたが、タコ料理は食べていない。テレビでも見たし人からも聞いたが、ポルトガルのタコ料理がかなりうまいらしい。

本やインターネットの料理レシピを調べると、イカとタコを同時に・・・使う料理がおびただしく紹介されていて、正直驚いた。二つの具材を一緒に炊き込んだり、カルパッチョにしたり、揚げたり、アヒージョやパエリアにしたり……と何十ものレシピが出てくる。どのレシピも強引に併せている印象を受けた。

経験不足だと思うが、イカとタコが同じ器に盛られるのはチラシ寿司かにぎりの盛り合わせしか知らない。イカとタコは「対立」の関係ではないが、かと言って「協調」の関係でもないような気がする。イカとタコは対立も協調も相互補完もせず、優劣を競うこともなく、それぞれが独立性を保っている。たこ焼きのタコをイカでは代替できないし、イカソーメンが売り切れてもタコソーメンでは補えない。イカはイカであり、タコはタコであり、それぞれ固有の存在である。

イカは好物だが、タコも互角。これまで食べてきた料理を思い浮かべて列挙してみた。

【イカ料理】 関西風イカ焼き(チヂミに近い);いか飯;イカリング/フリット/イカ天;塩辛;イカと大根/里芋の煮もの;イカソーメン;活きづくり;イカ墨パスタ;カラマーリ(ガーリック風味の唐揚げ);スルメ/燻製;刺身/にぎり;カルパッチョ;イカとセロリの中華炒め、etc.
【タコ料理】 たこ焼き;ぶつ切り炒め/
ゆでダコの辛味炒め;おでん;たこ飯;カルパッチョ;唐揚げ;タコ酢;マリネ;パエリア;たこ煎餅;刺身/にぎり;サンナッチ(韓国料理のおどり食い)、etc.

どちらも魚でも貝でもなく、個性的な軟体動物なので料理に一部共通点はある。しかし、イカをタコに、タコをイカに変えると違う料理になってしまう。

盆休みの間に、イカならでは料理、タコならではの一品を食す機会があった。それぞれが食材の特徴をかなり上手に引き出した海鮮料理だと思う。

イカと野菜の葱油炒め(中華料理)
薄切り水ダコのカルパッチョ(イタリア料理)

旧盆の仕事とランチ処探し

当社の得意先もそうだが、大企業の多くは810日㈯から18日㈰まで9連休を取っている。これに有給休暇を組み合わせれば12連続や半月ほども休みが取れる。海外へ出るなら長期休暇はありがたい。実際、スタッフが大勢いた頃は、春や秋に2年に一度のペースで半月ほど休ませてもらっていた。

遠出の予定を立てないので、夏場に長期で休むのは苦手だ。飛び石のほうがありがたい。今年も2日休んで、3日出て、3日休むという具合。出社の3日が13日~15日のドンピシャの旧盆になる。創業以来30有余年、夏は旅に出ていない。大勢の旅行客に出くわすのを避けて、旧盆の時期はなるべく仕事をするように調整してきた。

この時期、オフィス周辺は人が激減する。オフィスには電話がかからない、メールが来ない。フレックスタイムにしているので、一人の時もある。仕事の合間に読書したり文章をしたためたり、モールで買物をしたり、リラックスして瞑想したりと、マイペースな時間を謳歌する。

旧盆時の出社には一つの悩み事がある。行きつけの食事処が軒並み休みを取るのである。コンビニ弁当は買わない主義なので、営業している店を近場で探す。めったに行かない店でも一見でもやむをえない。今日もどこで食べるかと心当たりをイメージしていたら、炎天下を歩かずに済む隣のビルのラーメンが浮かんだ。

新規オープンしてから早や2年の人気店だが、入店はわずか2回。開店の11時半前に行けば、すでに7人が入店していた。定員11席の10番目。昨日か一昨日かにユーチューバーが発信して、少しバズったらしく、正午頃には店の前に10人くらい並んでいた。

ニンニクと背脂と鷹の爪がふんだんに入った濃厚スープ。さすがに最近はこの種のラーメンは控えているが、この店オリジナルの太い縮れ麵は評価できる。「無料のモヤシ増しされますか?」 何も考えずにハイとうなずく。注文後の待ち時間と食事時間合わせて35分。ラーメン1杯にしては結構時間がかかった。4コマ漫画風に紹介する。

約15分待って運ばれてきた。ようやく実食スタート。
モヤシをさばくのに5分、麺に到達。スープの全貌は見えない。
さらに5分食べ続ける。麺と具にからむ濃厚スープ。3口ほど飲む。
穴あきレンゲで具を平らげる。危険な濃厚スープはほとんど残す。