舗道と銀杏

「いちょう」でも「ぎんなん」でもローマ字入力すれば、「銀杏」が出てくる。漢字で表わすと読み手が戸惑う。ここでは銀杏は「ぎんなん」のつもり。樹木のほうは「イチョウ」と表記する。

生まれてから二十歳過ぎまで大阪市民。その後は少々転々した後に二年ほど大阪市に住み、もう一度転出。大阪市民として定住を決めたのは十年前だ。市民生活は人生の半分ということになる。自慢できるほど大阪のことをよく知っているわけではない。大阪市のシンボルと定められている木がサクラ、花がパンジーであることを知ったのは十年前に引っ越してからだ。イチョウ並木の印象が強く、それまではイチョウが大阪のシンボルだと思っていた。

イチョウの木には雌雄の別がある。雌のイチョウの木に銀杏の実がる。この時期になると、銀杏の実が路上に落ちる。すべての木の下に落ちているわけではないので、雄と雌がバランスよく植わっているのだろう。ぼくの住まいの近くに大通りがあり、御堂筋ほどではないが、イチョウ並木の形が整い、まずまず様になっている。木は土の植え込みから伸びている。ところが、植え込みは舗道と車道の間のわずかなスペースのみ。大半の銀杏は舗道と車道に落ちる。


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落ちた銀杏の上を人が歩き、車が通る。落ちた直後の銀杏はやわらかい。踏んづけられた銀杏はペシャンコに潰れる。それが舗道のブロックやタイルの目地に刷り込まれ、あの銀杏独特の匂いが通勤路にたちこめることになる。匂いだけならまだいい。雨が降ってもきれいさっぱりと流されることもなく、半月、一ヵ月もの間、舗道は見た目に心地よくない状態が続く。人がどんどん歩いて靴底にくっつけて取り去るのを待つしかない。

銀杏落下が終われば、次は黄葉である。おびただしい枯葉が辺り一面に散乱する。土の上に敷き詰められるのなら放置しておけばいい。しかし、アスファルトや舗道の葉は人の作業が入らないかぎりなくならない。突風が吹いても、消えてなくならない。どこかへ落ち場を変えるだけである。

樹木は都会の喧騒をやわらげてくれる。しかし、樹上の緑があれば事足りるわけではない。樹木には土の受け皿を用意したいものである。アスファルトや舗道との棲み分けは可能だろう。銀杏の歩道を抜き足差し足で歩くのは優雅ではない。このことを銀杏のせいだけにするわけにはいかない。都市計画では取るに足りない話に違いないが、景観というのは一つの小事が大事を台無しにしかねないのである。

日常、新なり

故事成語に「日々にあらたなり」というのがある。しかし、「日常、新なり」などはない。今しがたふと思いついて、書いてみただけだ。

使い古されたはずの〈日常〉ということばが気に入っている。日常、それは必ずしも私事だけで染められたものではない。つまり、必ずしも公務や仕事と無縁の日々のことではない。日常とは、来る日も来る日も繰り返される、人生における大半の日々のことである。日常にはおおむね決まりきったルーティーンがある。よほどのことがないかぎり、枠組みは変わらない。

同じような日常を生き続けられるのは、ささやかながらも、何事かが新たになり何事かを新たにできるからだ。日常を生きるのに、政治家のように「未来」を十八回、「世界一」を八回も口にすることはない。日常には未来はなく、今があるばかり。世界一もなく、暮らす街中の狭い視野の中で今日の最善を求めるばかり。日常では未だ見ぬものは存在しないし、何が一番で何がビリかという順位の概念が威張ることもない。

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さほど変化しない日常だが、それを取り巻く環境のほうは、対照的に激しく新陳代謝を繰り返す。事物もことばも陳腐化する。百貨店、大衆食堂などは装置としても名辞としても劣化して久しい。廃れたものはにわかに別の何かによって取って代わられる。しかし、使い込まれて陳腐化してもいいはずなのに、感覚をリフレッシュしてくれる概念がある。街や風景や暮らしがそうだ。街や風景や暮らしは趣を変えるにもかかわらず、これらを象徴することばは色褪せることはなく、日々新たに響いてくる。


知の糧をどこから手に入れるかと若者に問えば、インターネットと答える人たちが多い。その数は新聞・雑誌・テレビを情報源としている人たちを上回る。他に? と聞くと、ある人たちは「本」だと言い、別の人たちは「人」だと言う。人というのは、雑談や対話にほかならない。いずれにせよ、彼らは現実にどのように対峙しているのか。現実のどこをどんな方法で見ているのか。

現実の観察に出番が少ない。たとえば街歩きはどうなっているのか。ぼくの経験上、体験を踏まえない知識は中途半端であり、リアルと言うよりは架空に近い。「あの街は観光客で賑わうハイセンスな街だ」という情報は、自らの体験を通じてはじめて実感となるわけで、そういうことが書かれた文章を読んだだけでは実践の知にはなりえない。街、風景、暮らしの、「日常、新なるさま」は、歩いて佇んでわかるものだ。歩いて佇まなければ語る資格がない、と言っているのではない。歩いて佇まなければ想像に頼るしかないという意味だ。

誰もがどこかの街で暮らしている。暮らすという体験の中で街の情報を汲み取っている。体験は個人的であり主観的である。だから、そんな体験的情報は例外かも知れず、本や対話やその他諸々の媒体から得る「客観的情報」に比べて見劣りする……こんな意見があるが、気にすることはない。街で暮らし風景を眺めることに客観性を持ち込むのは野暮だ。世間が感じるように感じなくてもいいのが日常の特権なのである。

直線と曲線

じっとして動かない立体物の形状をじっと見る。たとえば彫刻やオブジェ。たいていの形状には直線と曲線の両方が備わっている。部分部分でそれぞれの線が機能的な役割を果たしていると、ものは魅力的に見える。直線と曲線、どっちが優れているかなどという問いは成り立たない。

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平面上で直線と曲線を対比させてみる。直線はわかりやすい。定規があれば、かなりの精度で直線が引ける。曲線は少々御しがたく、フリーハンドでは望み通りの軌跡を描けない。曲線が引けるテンプレート定規もあるが、型に嵌まった線では面白味に欠ける。

しかし、それはそれ。平面上に引かれた線は、直線であれ曲線であれ、立体物に感じた時と同じように、それぞれが機能していれば美しく思える。直線だけで構成された硬派なコンポジションもいいし、曲線ばかりの柔らかなパターンもいい。

直線と曲線を動的に眺めてみる。ある物体が高速で直線的に動く様子に心が動く。ところが、直角の動きをさせてみると、いきなりぎこちなくなる。それに比べれば、直角にアールをつけて動く曲線はスムーズで優雅だ。曲線には直線にない、「遊び、溜め、包み」がある。


直線的に動くものは実直かもしれないが、軽はずみで粗削りな一面もある。いま、ぼくは人のことを語ろうとしている。真夏の出張帰りのある日、新幹線の窓際に座り、新大阪まで隣りの席が空いていてくれと願っていた。願いは次の停車駅で取り下げられた。小柄な中年男が隣りに座った。衝撃を吸収せずにドスーンと座り、座席前のテーブルをいきなりバターンと手前に倒し、バッグからビールとつまみをガバッと取り出し、テーブルの上にバシャッと叩きつけんばかりの勢いで置いた。

男の直線的な動作を描いていると擬態語が足りなくなった。リクライニングシートはガガーンと倒れ、腰を浮かせて座り直せばゴンゴンと振動が伝わってきたし、雑誌はカクカクとした軌跡でテーブルの上にバサッ。関節の造りが不出来なあやつり人形のようだった。直線的な動きとはこれほどまでに不器用で粗忽なのか……と呆れ果てたのである。

を遊び、間を溜め、間を包むように、つまり、曲線的に動作するように心掛けているつもりだが、傍目にもそう映っているという自信はない。自分の粗忽で不器用な動きにはなかなか気づきにくい。なぜ気づかないかと言えば、心の機微のほうが先に雑になっているからだ。直線人間の数が曲線人間を大きく上回っているのが、当世の人口動態的特徴である。

言葉を狩る人たち

毒舌、ツッコミ、からかいも含めて、ことばの揚げ足を取ったり取られたりする場面は日常茶飯事よく現れる。関係の親密度次第では、苦笑で済むはずが嫌悪なムードになることもある。ことばは、だいたい伝わればいいではないかと大雑把な使われ方もするが、他方、神経が磨り減るほど表現のデリカシーに気遣わねばならないこともある。ユーモアやエスプリの味付けに自信がないのなら、危ない橋は渡らないほうがいい。

言葉狩り

講義で「彼の奥さんは……」と言った。悪気のあるはずもない。単なる例文の一つだったから。講義後に主催者側のオブザーバーから注意を受けた。「奥さんという表現はよろしくない」と言うのである。「何と言えばよかったのですか?」と聞けば、「妻です」。「はい、わかりました」と世渡り上手に振る舞っておけばよかったが、そうはいかない。「彼の妻ですか……ぼくの語感ではありえないですね」と、納得がいかないことを伝えた。

この組織での講義はこれが最初で最後となった。そのオブザーバーは内容や文脈には一切関心を示さない、言葉狩り専任の担当者だった。

「奥さん」に不快感を示す人などいないと断言する気はない。しかし、そこに居合わせるすべての人たちの感情をいちいち斟酌していたら何も言えないではないか。「奥さん」という表現は避けるほうがいいと書いてある本を知っているが、これが差別語であるはずもない。そう判断して例文として使ったのである。言葉狩り担当は、組織固有の表現コードによって機械的に単語だけをチェックする。彼らが話者の「意」を汲んだり文脈を考慮したりすることはない。


作家の里見弴に『文章の話』という著書がある。言論の自由がきつく制限されていた戦時中に発行された本だ。トルストイに言及したくだりがある。

トルストイは、「悪行はゆるをべし、されど悪心は悔ゆるを得べからじ」と言っています。(……)ああ、あんなことを言ってしまった、こんなことをしてしまった、という風に悔むのは、おもに言行で、それの基となっている心持の方は、えてして省られないがちです。

舌を滑らせたのは「言」。里見はその言を「しっぽ」、言の元を「頭」に見立てる。しっぽだけ引っ張ったり叩いたりしてもどうしようもないことで、仮に悪しきしっぽだとしても、そのしっぽの動きを指令した頭のほうを見ての是非であるべきだ。悪意か、未必の故意か、あるいは必要あっての意図か……どのような頭がしっぽを動かしたのかを感知しなければならない。判定者に感知する器量が備わっていなければ、しっぽの動きはすべて規制される。悪意ある思想が「彼の奥さん」とぼくに言わしめたと判断されたのなら理不尽である。思想など動いていない。単純な習慣的なものの言い方に過ぎない。繰り返すが、そもそも「彼の奥さん」に悪しきものが見当たらない。

経験を積み重ねていろいろと考えてきたことを――たとえそれが取るに足らないものだとしても――「思想」と呼ぶのなら、思想はことばによって組み立てられている。ことばは思想にして、思想はことばである。だから、ことばが品性を欠き、悪意に満ち、腹いせのように発せられていれば、思想もそんな程度のものだと考えて間違いない。きれいごとだけ上手に並べるずるい頭は逃げ上手にして隠れ上手だから、しっぽではなく頭のほうをよく見ておくことだ。

「多大志向」の反省

「大きいことはいいことだ」。1960年代後半、大手菓子会社が繁栄・発展の時代を謳歌するように大々的に宣伝した。コマーシャルソングは耳にこびりついた。冷静に振り返れば、上滑りの空回りに見える。だが、半世紀後への洞察が足りなかったなどと批判はできない。止まるところを知らない高度成長の線上に64年東京五輪、70年大阪万博、日本列島改造論があって、景気のいい話ばかりが歓迎された。

人間の未来予測は明日明後日のことでも信頼性に乏しい。そのことに気づけばよかったのだが、このまま飛ぶ鳥を落とす勢いが続くものだと誰もが信じて疑わなかった。万博あたりから一部で反省の声もちらほら聞かれるようになる。「モーレツからビューティフルへ」(70年)はその一例かもしれない。しかし、ビューティフルというお面を付けたモーレツの変種だったと思う。それが証拠に、1990年代初めのバブル崩壊までモーレツ感が時代を支配していた。

「大きい」の仲間に「大勢」があり「たくさん」がある。まとめて「多大」としておく。さて、多大はいいことなのか……今がよくても先はわからない。そもそも多大への志向性が強くなると、「もっと多大を!」を求めるのが常だ。一度何かがうまくいくと「もっと」へと向かう。小さくていい、少数少量でいいと考える人にとっては、多大を至上命題として掲げる社会は生きづらかった。多大志向が功罪併せ持つことは誰の目にも明らかだった。


重厚長大vs軽薄短小

時が過ぎ、「重厚長大」に代わる「軽薄短小」が待望されるようになる。失われた十年を挽回するのはITやソフトだと信じられた。実際、産業分野では重厚長大企業が苦戦を強いられ、軽薄短小が台頭した一面もある。産業面でも大量生産から多品種少量は必然の流れだった。ところがである。軽薄短小のほうにも色褪せ感が漂っている。

いったん社会にどっしりと腰を下ろしてしまった重厚長大への名残惜しさは容易に消えていない。「じゅうこうちょうだい」の誇らしげで頼もしい語感の後の、「けいはくたんしょう」は心細くひ弱く響いているかのようである。二つの四字熟語間の葛藤、よき思い出と忘れようとする意思の間の二律背反を今も引きずっている。

古き良き時代へのノスタルジーは曲者だ。大きいことやモーレツのウィルスは現代人の生活信条の骨格にまで蔓延している。重厚長大は産業構造の中では影が薄くなったが、マインドのどこかで幻影への憧憬は消えていない。為政者も国民も威勢のよい響きが好きなのだ。響きに合わせて踊ってしまうと、さらなる十年、二十年を失ってしまいそうな気がする。読みもしない重厚長大なおびただしい本に囲まれながら、さてどこから反省を始めようかと思案している。

無個性の助長

かつてのような業容の拡大は望むべくもなく、ここ数年、ぼくの会社ではアルバイトを除いて正社員採用から遠ざかっている。人材募集していた頃も、企画という、わかったようでよくわからない職種柄、採用時に適性を見定めるのが難しかった。あまり期待しなかった人材が活躍することもあれば、大いに期待したのに残念な結果しか残せなかった人もいる。

海外広報に従事していたサラリーマン時代、英語圏のコピーライター採用人事も兼ねたことがある。採用基準はかなりアバウトで、協調性と英文力があるかという点だけだった。日本人に英文力を評価されるのはさぞかし心中穏やかでない応募者もいたに違いない。面接者であるぼくが彼らのように英文を綴れるかと問われれば、さすがにネイティブには適わない。しかし、英文の質とセンスの良し悪しは評価できたので、役目は果たせたと思う。

さて、厚労省が採用面接時の指針を定めている。具体的には次のような情報の聴き取りは控えるべきというガイドラインである。

① 本人に責任がない情報:本籍・出生地に関すること、家族に関すること(職業、続柄、健康、地位、学歴、収入、資産など)、住宅状況に関すること(間取り、部屋数、住宅の種類、近隣の施設など)、生活環境・家庭環境に関すること(女性の結婚・出産などを含む)
② 思想の自由に反する情報:支持政党に関すること、宗教・思想に関すること、人生観・生活信条に関すること、労働組合・学生運動・消費者運動に関すること、購読新聞・購読雑誌・愛読書などに関すること、尊敬する人物に関すること

では、これ以外に何を聞けばいいのかとなると、難しい判断を迫られる。企画適性を見定めるには、言語と雑学への大いなる好奇心やどのような習慣形成に励んでいるかを知らねばならない。①はともかく、②の人生観や生活信条、どんな本を読んでいるかについて尋ねるか、あるいは自分の考えを小文をしたためてもらわないと、まったく採用の判断材料を欠くことになる。


採用面接で「本人の能力・技量に直接関わらない事柄」を尋ねないという指針である。そういう事柄を採否に影響させずに公平無私な評価を下そうとすれば、材料はきわめて少なくなってしまう。趣味についてはヒアリング指針外だが、趣味を一歩突っ込んで聞いていくと人生観や生活信条、思想も垣間見える。いや、しっかりした人物なら、人生観・生活信条・思想あってこその趣味のはずだ。指針では本人の最終学歴に触れることはご法度ではない。どこの大学を出たかが聞けて、愛読書が聞けないのは一種の偏見ではないか。

指針で示された事柄に触れないで面接するには、高度でなくてもいいが、特殊なスキルが求められる。調子に乗って舌を滑らせないスキル。すなわち、ありきたりのことを聞く能力。そのありきたりのことが、ぼくには思い浮かばない。仮に指針外の話題を見つけても、話を深めて意見交換していけば、いずれ指針の項目のいずれかに抵触するのは想像に難くない。結局、安全策として常識テストをするか、当社についての所感や仕事に対する思いを聴き取るくらいしかないのである。

ロボット

人の個性は生きてきた環境と思想によって形成されている。そのことを棚上げすれば、応募者はみな無機的で無個性で画一的な存在になる。まさに十人一色。それならロボットを面接するようなものだ。AIロボットのような人材なら、インテリジェンスの高い人を選ぶ。では、そのインテリジェンスの高さをどんな基準で判断すればいいか、これまた悩ましい。どうやら問われているのは面接官の能力のほうではないのか。①と②の指針に怯える無個性な面接官なら、無個性な応募者と型通りに対面して任務終了と相成るだろう。

人間存在とはあらゆる環境・経験・知識・技量などの総体であり、言語によって訴求でき他人に知ってもらえるものである。それらの情報を当面回避したとしても、採用後にも封じ込め続けられるだろうか。きみはどんな本を読んでる? お父さんてどんな人だった? 一番影響を受けた歴史上の人物は? などの会話も交わせない職場なら、AIロボットと協働するほうがよほどましである。もっとも、そのロボットにさえ、生い立ちを隠すために製造メーカー名は刻印されていないかもしれないが……。

英国の印象

イギリス国旗

良きにつけ悪しきにつけ、英国が旬である。喉元を過ぎると旬が終わりそうなので、今が書き頃だ。ぼくの英国と英国人との、きわめて希薄な関わりを体験的になんと了見の狭い見方だ! と指摘されるのを覚悟して綴ってみることにする。

なお、ヨーロッパには7回旅しているが、英国の地には足を踏み入れたことはない。せめてロンドンでもと思い、パリから特急で小旅行を企てたこともあったが、今なお実現していない。もう実現しないかもしれない。

英国での実体験がなく、英国人との接点もたかが知れている。ぼくが一番最初に会った英国人は大学教授だった。「きみは夏に何をしたか?」と聞くから、“I went to the sea this summer.”(今年の夏は海に行きました)というような返事をしたら、彼は“I see.”(なるほど)とうなずいた。言うまでもなく、“sea”“see”のダジャレである。おもしろくなかったし興ざめしかけたが、当の本人は平気だった。

次に縁のあった英国人とは、国際広報の仕事で数年間一緒に働いた。いい人だったが、プライドが強く、またアマノジャクだった。という次第で、ぼくの英国と英国人の印象はほとんど紙に書かれた知識に依る。しかし、文字媒体経由であっても、それもまた体験の変種だと言えるだろう。

『世界ビジネスジョーク集』(おおばともみつ著)は第一章が「EU各国」。「EU参加国の横顔」が最初の見出し。今では28ヵ国が参加しているが、これは2003年頃の話で、当時は15ヵ国だった。ブリュッセルで売られていた絵葉書には各国の国民性を書き添えてあったという。

アイルランド人のように、いつもシラフで、
イギリス人のように料理が上手で、
フランス人のように、いつも謙虚で、
イタリア人のように、秩序正しく、
ドイツ人のように、ユーモアを解し、
オランダ人のように、気前良く、
ベルギー人のように、勤勉で、
デンマーク人のように、思慮深く、
スウェーデン人のように、柔軟で、
フィンランド人のように、おしゃべりで、
スペイン人のように、地味で、
ポルトガル人のように、技術に強く、
オーストリア人のように、忍耐強く、
ルクセンブルク人のように、有名で、
ギリシア人のように、組織化されている。

以上、いろんな顔を持つ統合体、それがEUというわけだが、自虐的な逆説がおもしろい。イギリス人は「料理が上手!」というおふざけだが、今回の包丁さばきはどうだったのか。


独習で使っていた中級の英語読本で“An Englishman’s house is his castle.”(イギリス人にとって家は城塞である)という諺を覚えた。堅固な城塞に引きこもっていたほうがよかったのか。今回の一件に関して、元々加盟したのが間違いだったという論評もある。同じ教本にはコーヒーハウスの話も載っていた。英国と言えばティーではないのかと不思議に思ったのを覚えている。先日古本屋で『コーヒー・ハウス』という、18世紀ロンドンの都市生活史をテーマにした本を見つけた。ハウスでの談論は政治、経済、文化に影響を与えたという。本と出合った翌日、EU離脱のニュースが伝わってきた。コーヒーをよく味わい熟慮して判断した結果だったのか。

英国人と英国社会についてG・ミケシュが書いた『没落のすすめ――「英国病」讃歌』を興味深く読んだのが1978年。ずいぶん啓発されたが、それでもなお、イギリスはよく分からない存在だった。なにしろ、イギリス、英国、UK、ブリテン、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド……と、何がどうなっているのか、なぜ呼び名がいろいろあるのかなど、基本のところで不可解なものがこびり付いていた。英国はぼくの仕切りではヨーロッパに入っていない。ヨーロッパに関する本は数え切れないほど読んだが、英国については上記のミケシュも含めて数冊。他には、ローワン・アトキンソンの『ミスタービーン』と独り舞台のDVDを何度か観た程度……。親近感があると思っていたのは錯覚で、実は、ずっと遠い存在だったというのが偽らざる体験的印象なのである。

野球部に入部するには丸坊主にしないといけないのに、一人だけ長髪のまま部活動をしていた。監督もコーチも気を遣っていた。バントの指示が出ても無視して打ったり、打てのサインなのに見送ったり……。そして、ついに退部届を提出した。丸坊主になるのを恐れたからではない。たぶん、元々野球が好きではなかったのだろう。

メディア雑感

人間という〈小宇宙ミクロコスモス〉があり、天空には〈大宇宙マクロコスモス〉がある。小宇宙と大宇宙は気が遠くなるほど離れている。両者をつないでいるのが都市であり、具体的には広場や教会というのが中世ヨーロッパの考えであった。正確に覚えていないが、レオナルド・ダ・ヴィンチに関する本にそんなことが書かれていた。教会の屋根が尖塔になっているのは下界を少しでも宇宙に近づけるためだった、などと想像すればおもしろい。

街や広場や教会が人間と宇宙を媒介しているのであれば、れっきとしたメディアである。メディアとは本来そういう意味だった。「人間はDNAをリレーするメディアである」という発想がある。生命の主役は人間ではなくDNAであり、人間はDNAの運び屋に過ぎないいうことだ。主客が逆転しているのだが、奇を衒っているどころか、もっともらしく思える。そう、蝶が花粉を媒介する生き物であるように、人間もまたメディアを演じているのだ。

知らないことは知っていることよりも、比較するのがバカバカしいほど、そして「1」と類比してもいいほど膨大である。にもかかわらず、「これはいつか見たぞ、聞いたぞ、読んだぞ」という気がすることが多い今日この頃だ。テレビの番組もニュースも、拾い読みする本のくだりも、既視感デジャヴをもよおしているとは思えないほど、経験が「既に見た、既に読んだ」とつぶやいている。メディアとコンテンツが多様化したら、もっと目新しいものに遭遇してもいいはずなのに、どれもこれもが似通っていて、既知や既読と重なったり、知識から容易に想像できる範囲に収まっている。


実際、民放テレビから受ける見覚え感と見慣れた感は度を越してしまった。視聴率を追い求めればタレントの顔ぶれは決まるだろう。番組構成もパターン化するだろう。こんな手っ取り早い方法がデジャヴ番組を増やしている。いや、既視感ではなく、実際に見せられているのだ。新聞の最終面のテレビ番組表は、連日連夜再放送番組リストの様相を呈している。これを一年365日続けるのであるから、もはやマンネリズム不感症候群にかかっているのは間違いない。

テレビは有力メディアとして新聞の番組欄を独占してきた。新聞も新聞だ。今もなおテレビを中心にメディアを捉えている。ぼくの周囲の三十代はほとんど新聞購読しておらず、またテレビもろくに見なくなっていると言うのに。新聞の番組欄にYouTubeの人気動画が紹介されたり、ここ一週間のネット検索キーワードがジャンル別に並んでも決して不思議でない時代になった。メディア界ではすでにテレビは主役ではない。その時々の有力なメディアの人気コンテンツが番組欄を彩ってもいいはずだ。

新聞切抜き

ここまで書いている途中で時代錯誤に気づいている。新聞の番組表にテレビ以外の各種メディアコンテンツを掲載すること自体が現実味を欠く。十分に承知している。縦横無尽とまではいかないが、歳の割にはモバイルやPCなどのITツールをよく活用しているが、ぼくのメディアは今も新聞と本であり続けている。本は未読のままでも、いずれ読めばいいと気楽だが、新聞を読まないと一日が終わらない。腐っても新聞なのだ。主な情報源が新聞の切り抜きであるのは実に奇妙な伝統的習慣と言わざるをえない。

雑談を学ぶ? そんなバカな!

雑

雑〉にはおおむね二つの意味がある。

一つは、粗野に近い意味で、細かい注意が行き届かないさまを表わす。「仕事が雑だな」と指摘されたら、マメさが足りないとか出来が悪いと言われているのに等しい。もう一つは、ある尺度に基づくと分類しづらく、仮に分類できるにしても取るに足らないという判断から「その他」や「基準外」の扱いを受けるもの。このようにカテゴリーに収まらないのが普通だが、時にはカテゴリーをまたぐこともあり、その点では異種混淆の趣を感じさせる。

明確な帰属先を持たない、二つ目の意味の〈雑〉に並々ならぬ愛着がある。雑学、雑感、雑食、雑書、雑文などのまとまりの無さはレアで原始的で野性的であり、はっきりと定義され分類された学問、思考、食事、書物、文章などよりも創発の可能性を湛えている。とりわけ、ぼくは雑談にことのほか熱心である。議論の精度や明快性を重んじるディベートの学びと指導に力を入れてきたが、何を隠そう、実は、不定形で摑みどころのない雑談こそがぼくの本場所と思っている。雑談なのだから、目的も意味もない。しかし、そこに想定外の談論風発が巻き起こることがある。

さて、その雑談だ。雑談に悩む人が多いという話を聞いた。ふと読んだ新聞記事でも、雑談が人材育成や研修の対象になっていると知って、腰を抜かすほど驚いた。新聞記事にも書いてあったが、そもそも雑談とは「中身のない」話である。これが言い過ぎなら、「中身にこだわらない」と言い換えよう。雑談に目論見などない。意識しなくても、勝手に雑談になるのである。ちょうど雑草と同じ。手を加えなくても、雑草はたくましく生え成長する。


新聞記事には雑談力研修を受けた受講生のことばが載っていた。

「何を話せばよいか不安だったが天気の話でいいと分かり楽になった」。

何という感想! 話すことが特になければ、無理にではなく、自然に天気の話をするものだ。雑談入門として天気の話でいいんだよと励まされてほっとするとは嘆かわしい。雑談に方法やテーマを持ち込んだ瞬間、それはもはや雑談ではなくなっている。それを対話とか議論と言うのである。雑談が雑談として値打ちがあるのは、そこに意識が働かず、気がついたらそうなっているからなのだ。

何でも研修できるわけではない。科学やシステムを持ち込むのは、雑談が一般化できると錯覚し、なおかつ仕事に役立つなどという不純な動機を前提にしているからである。好き嫌いを問わず、仕事上のプレゼンテーションや会議はやらざるをえない。こういう類いのものには一般化できそうな技術がいくらかはある。雑談は中身ではなく「場と他人との波長」なのだ。相手が気に入らなければ雑談は成立しないし、たわいもない話題に興味を示せないなら、無理して場に座することもないのである。

〈雑〉をもう一度噛みしめることにしよう。誰も意識して雑事に手を染めようとしない。気がついたら、とりとめのない用事が重なり、それをこなしている。雑学にしても、それを究めようとすること自体が不自然だ。雑学など最初から存在しない。気の向くまま学んだ結果、既存の体系の足跡を認めることができなかったが、後日または後年、雑学が身についていたことがわかる。何を雑談するか、どうすれば相手との距離が縮まって人間関係がよくなるかを学んでいる人間から仕掛けられる雑談、そこに和気藹藹と談論風発が起こることはありえないのである。

しっくりこない時

ずっと以前から「適材」という表現に違和感を抱いている。辞書的には「ある仕事に適した才能を持つ人」で、この字義に特に不満はない。しかし、仕事や場所のことに触れずに、ぽつんと適材とは言えないのではないか。「~に適した人材」という意味だから、「~」が特定されてはじめて適材が明らかになるはずだ。だから、人材と任務・地位を組み合わせたセット表現、「適材適所」が慣用句として使われる。それでもなお、魚の小骨が喉に引っ掛かっているような気分がぬぐえない。

場所が先にあり、その場所で適切に何事かを成すための基準があって、その基準を満たすから、「場所に適した材」が決まってくるのだろう。これは人材と仕事に限った話ではない。素材とテーマのマッチングにも同じことが言える。テーマがあって素材が決まるのである。たとえば、あるカフェの雰囲気づくりというテーマに合ったインテリア、絵、音楽をどうするかと、ふつうは考える。一般的に、カフェに演歌、居酒屋にクラシック音楽だと適材適所とは言えない。

以前ランチによく通った、誰が見ても明らかなイタリア料理店があった。この店のオーナーはルパン三世の熱烈な愛好者で、蒐集したフィギュアを店に飾っていた。つまり、彼が好きな「適材」がまず存在した。それが場にふさわしいかどうかにはまったく意を注いでいなかった。「イタリアンぽくないね」というぼくの指摘に、彼は「好きなんですよ」と返答してけろりとしていた。BGMがいつもボサノバなので、「カンツォーネのほうがよくない?」と言えば、「うちは地中海料理なんで」とおざなりな回答。手打ちパスタとニョッキが自慢ならイタリアンではないか。よろしい、地中海料理だと認めよう。それでも、ボサノバを流す理由にはならない。つまり、彼はルパン三世とボサノバが好きで、それらの素材が客が感じる場の雰囲気に合うかどうかにまったく配慮していなかったのである。


 挿入曲

先日、「世界遺産への旅」というような題名のテレビ番組を観ていた。挿入曲――映像の背景に流れる音楽――は、聞き覚えがあるどころか、とてもなじみ深く、すでにぼくなりのイメージが強く刷り込まれている曲だった。それがまったくふさわしくなかったのである。音楽担当者は、シーンとは関係なく、番組でこの曲を使ってやろうと決めていたに違いない。

それはチベットの修行僧が登場するシーンだった。そこに映画『ひまわり』の主題曲が流れたのだ。このような、特定の物語のために作曲された曲は背負っているものが固有である。別の物語の別のシーンに流用するのは難しい。案の定、主題曲が『ひまわり』のシーンを浮かび上がらせてしまった。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニがチベット僧を消し去ったのである。無難に軽めのクラシック音楽かイージーリスニング系の音楽にしておくほうが、たぶん適材だった。

音楽の効果には技術以上のセンスとジャンルを超えた知識が求められる。番組や映画の映像がよくても、また、物語性が豊かでも、音楽が適材適所失格なら作品が台無しになることさえある。同様のことは、ナレーションの文章表現とナレーターの口調にも言える。カジュアルな番組なのに、肩肘張った口調で自分ひとりで昂揚し、視聴者を置き去りにしていることがある。

挿入曲もナレーションも番組の主題や映像シーンに溶け込んでいなければ居心地が悪く、しっくりこない。もっとも楽曲や語り口には人それぞれの好みがあるから、TPOに応じた「最適な音楽」があるはずもない。また、最適を求めるほどのわがままを言うつもりもない。しかし、主題に見合った適材を探せないのなら、下手に自分の好みや個性を主張せずに、ホテルのロビーで流されるような差し障りのない環境音楽にしておけばいいのである。