一本気な自販機

自販機は便利である。ここまで生活に溶け込んでしまった現在、ある日突然一斉撤去されたら不自由このうえない。あればありがたいではなく、無ければ困る存在になってしまった。だが、罪過もある。デリカシーに乏しい画一的なデザイン。一隅に数台が居並ぶと街の景観を著しく損ねる。それに、硬貨とモノが交換される動作は、いかにもワンパターンで無機的だ。

デザインに見所があり、景観の邪魔にならず、親しみやすく機械動作してくれるなら大目に見てもいい。そんな自販機に、つい最近出合った。屋外ではなく店内に設置された、かつての機械の良さを残す一台。久々に機械のかいがいしさに感応した。あのガチャガチャに似て、人と機械がフレンドリーだった頃の名残をとどめている。使い方がすぐに呑み込めない。硬貨投入から商品を受け取るまで少々時間を要したが、なかなか味のある機械だった。

その自販機はピーナツやオリーブなど、ワインのおつまみ缶専用である。高さ6.5センチ、直径5センチほどのごく小さな缶だ。この店ではワインの自販機もあって、好きなだけ量り売りしてくれる。一本買うには手が届かない高級ワインをグラス半分とか4分の1の量で味見できる。ワインを試飲する客はおつまみも欲しくなり、この機械に向かう。まず左から百円硬貨を一枚、右からもう一枚を同時に投入する。硬貨を入れたら、おもむろにアナログっぽいダイヤルを回す。軽く回すだけでは反応しない。しっかりと回し切るとピーナツの缶がガーンと落ちてくる。センサーなど付いていないから、動作はぎこちない。


自動販売機はモノを売る。モノでなければ、切符のような価値を売る。いずれにせよ、販売装置である。では、自動とは何か? ここが解釈の岐路になる。自動だからと言って、何から何まで機械がやってくれるわけではない。この機械の場合、縦割りに商品が分類されていて、本体をぐるっと回して欲しい商品を正面に持ってこなければならない。コインを入れ、ダイヤルを回し、落ちてきた缶を身をかがめて取り出さねばならない。機械がやっているのは硬貨を確認して缶を落とすだけである。それでも、これは自販機だ。ちなみに、英語ではわざわざ自動などとは言わない。単に“vending machine”(販売機)だ。自動とは、機械の動作のことではなく、無人という意味なのである。

自販機の第一号機には諸説ある。『自動販売機の文化史』(鷹巣力著)によると、2000年前の古代エジプトに原型があったという。アレキサンドリアの神殿内に取り付けられた聖水自販機がそれだ。上部の口から装置の中に硬貨を入れると受け皿に落ちる。重みで受け皿が傾きテコが作動し、水の注ぎ口のふたが開いて聖水が出てくる仕掛けである。起源を近代に求めるなら、元祖は英国の切手・収入印紙自販機(1857年)とされる。これは世界初の特許自販機だが、実用に供されたかどうかは不明。

前掲書は2003年に書かれたが、その当時も現在もわが国の自販機の普及台数はおおむね500万台をキープしている。自販機利用人口を1億人とすれば、20人に一台の割合。日本全国至る所に備わっていて不思議はない。むしろ、自販機のない場所を探すほうが難しい。飛行機内では見たことがない。無人島や刑務所にもないだろう。他にない場所はどこだろう……と想像し、皇居が思い浮かんだが、天皇皇后両陛下が利用しているイメージはまったく湧かない。「ない!」と結論を出す前に、調べてみた。なんと皇居内に自販機があるのだ。宮内庁の食堂の牛乳の自販機がそれ。牛乳は御料牧場製で、お値段は一瓶60円という格安である。一般人はよほどのことがないかぎり出入りできないから、まず賞味機会には恵まれない。

無機的な文明装置としてではなく、プリミティブな文化的機械としての自販機。モノを手にするまでの過程がアナログ的で、動作が少々不器用。そんな一本気な自販機が街中ではなく屋内で待ち受けているのなら、拒絶する理由はない。

新聞という旧聞

月極で新聞を配達してもらっている。わざわざ配達してもらうのだから読むことにしている。記事によって、ざっと目を通したり、しっかり読んだり、気になるものは切り抜いたり。周囲では月極購読者は半数にも満たない。二十代、三十代世代には新聞をまったく読まない人も少なくない。彼らの情報源はネットやテレビだ。時たま「月極などしなくても、必要や興味に応じてコンビニでそのつど買えばいいではないか」と思うことがある。たしかにニュースだけをかいつまむなら紙媒体以外のもので十分にまかなえる。

新聞は発行部数も購読世帯数も漸減しているが、2016年の一般紙の購読世帯比率を知ってちょっと驚いた。今も全世帯のおよそ70パーセントが新聞を月極で取っているのだ。もちろんどれほど読んでいるかは定かでない。長年の癖で月極購読しているだけで、読んでいるのは世帯主一人、家族の他の面々はたまにテレビ欄を見るだけかもしれない。ともあれ、新聞は案外しぶとく粘っているという印象を受ける。

朝刊で読むニュースの大半はすでに前日のテレビ報道で知っているし、ネットで閲覧してわかっている。迅速な情報伝達という点では新聞は劣っている。新聞は「旧聞」のコンテンツを編集しているにすぎない。それでも購読するのにはワケがある。年配者は紙のほうがなじみやすいというのもその一つ。高い信頼性で事実を報道する強みもある。しかし、今となっては、単純な事実に関して言えば、新聞とテレビとネットに著しい差は見当たらない。敢えて言えば、旧聞の復習という機能が新聞の特性かもしれない。


オフィスではずいぶん以前に一般紙の購読をやめ、長年購読してきた日経も昨年やめた。スタッフ全員がいらないと言ったからである。仕事柄あるほうがいいという理由で週3回発行の日経MJだけかろうじて残っている。自宅で購読している新聞もほんとうにいるのかと、最近よく思う。以前に比べて魅力に乏しくなった気がするのだ。先日、やめる選択を後押しするような文章に出合った。『知的な痴的な教養講座』で開高健は次のように書いている。

新聞というものを、わたしはすでに数十年前からほとんど読まないことにしている。(……)なぜ読まないか、話は簡単である。(……)久しく前から、新聞をつくる人たちが自分は言葉のプロであり、文章を書くことによってメシを食う職業人であるという意識を、徹底的に喪失してしまった。(……)ジャーナリズムとは、文章である。もちろん、事実は伝えなければならない。が、その事実を伝えるにも無限の方法があり、発想があることを、みな忘れてしまった。二足す二は四という文章ばかりである。この退屈さ、凡庸さ、陳腐さ――

そうか、最近の新聞がおもしろくないのは、こういうことなのだとえらく共感した。開高は1989年に59歳で亡くなっている。いつ頃書かれた文章か不明だが、三十数年前にこんなふうに新聞に見切りをつけた。いや、文中「すでに数十年前から」と書いているのだから、少なくとも三十代かそれ以前に新聞を読むのをやめたことになる。なるほど、やめるという手がありそうだと思った。だが、踏みとどまることにした。文章の工夫の退屈、凡庸、陳腐というならネットも変わらないからである。同じ退屈、凡庸、陳腐なら、長年読み続けてきた新聞にもうしばらく寄り添って、読みごたえのある記事の一つや二つを見つけてみようと思い直した。

数年前から記事の切り抜きを再開している。若い頃のように厚紙やスクラップブックに貼り付けたりはせず、一週間分を切り抜いて透明ファイルに挟み、後日再読して傍線を引く。気にとめておきたい記事のさわりはノートに転記して、自分なりの意見を書き込み、記事の一部は仕事に生かし、一部はこのブログで取り上げる。なぜこんな面倒な切り抜きをしているのだろうかと、切り抜きしながら思っている。まじめに理由を挙げるとするなら、コラム記事や旧聞の事実を二度読みして、広く浅く今生きている世間と時代を概観するためということになる。冗談っぽく答えるなら、ハサミを動かしていると、なにかしら達成感が得られるからである。しかし、何が達成されているのかはよくわからない。

働く日々と時間

サラリーマンではなく、また「定形の仕事」があるわけでもない。考えることが仕事に不可欠なので、公私・オンオフを問わず、何をしていても考えるのが習慣になっている。この意味では年中無休である。しかし、会社を運営していれば労働基準を遵守すべく休日を設けるのは当然。心身が休まるかどうかは別にして、正規の休日がぼくにも与えられている。

労働日と休日がどのくらいあるのか比較してみた。年間で仕事をするのは235日、休んでもいいのが130日。昨年の12月と今年の1月の2ヵ月だけに限ると、労働日37日に対して休日が25日である。なんと休日率は40パーセントに達する。三日働いて二日休む計算だ。最近では一日8時間以上働くことはめったにないから、高度成長時代の猛烈な働きぶりとは隔世の感がある。

サラリーマンをしていた1987年までは週に二日休んだ記憶がない。一日の労働時間規定はあったが、めったにその通りに働いて済むことはなく、時間を刻む針は無いに等しかった。複数の職場を転々とした。勤め先はすべて中小・中堅、どこも同じ状態だった。とは言え、大企業や行政の仕事に携わっていたので、一般的な労働事情はよく承知していた。

組織の規模とは無関係に、わが国の人々が働く環境には多分に共通項がある。業績至上主義を目指せば勢い長時間労働を強いられる。上司や同僚と異なる労働観では生きづらく、仮に無理強いがないとしても、はなから定時退社は諦めている。長時間労働やハードワークが忠誠と昇進の踏み絵とされる会社は少なくなかった。

創業した1987年から90年代中頃までは日曜日に出社するのも珍しくなかった。年がら年中仕事の日々という趣であった。最近までそんな会社や店はいくらでもあったし、今もある。行きつけの中華料理店は数年前まで年中無休だった。しかし、オフィス街で商売をしていても土曜日は平日に比べて客数が激減する。日曜日にはオフィス街の外れに住む家族連れがちらほらある程度。と言うわけで、その中華料理店は日曜日は休業とし、土曜日も夜の予約が入らなければランチ営業だけして午後は店を閉めるようになった。


業績が上がることと仕事の質が上がることは別である。また、仕事量を減らしたからと言って精神衛生上プラスになるわけでもない。仕事量を維持もしくは増やしながら労働時間を短縮するためには、仕事の技術と質を高めスピードアップを図らなければならない。労働時間的なハードワークを改めるには質的なハードワークが大前提になるのである。

心理的負担の大きい、無意味な長時間労働が望ましいはずもない。しかし、そういう働き方をハードワークなどと呼ぶことが古典的なのだ。真の意味でのハードワークとはよい仕事に向けられるものである。労働時間の長さを云々する前に、心配しなければならないことは誰がやっても同じ仕事をしていることではないか。労働時間が短縮されても、仕事における人間の個性が消失してしまったらロボットと同じである。いや、人間は疲れてもロボットは疲れを知らないから、人間のほうが分が悪い。

以前、デヴィッド・オグルビーから次の一文を引用したことがある。

I believe in the Scottish proverb: “Hard work never killed a man.” Men die of boredom, psychological conflict and disease. They do not die of hard work.
(「ハードワークで人が死んだ試しはない」 というスコットランドの諺は正しいと思う。人は退屈と心理的葛藤と病気が原因で死ぬ。ハードワークで人は死なないのだ。)

ハードワークは長時間労働を意味しない。働く時間を減らしても、退屈し葛藤し病めば健康を害するのだ。そろそろハードワークの誤解を解くべきだ。誰かに強制されてがむしゃらに働けば労働時間は増える。しかし、これをハードワークとは言わない。過労・疲弊ばかりで「やりがい」のない仕事ぶりはハードワークとは別物なのである。やりがいのある仕事に人は無我夢中になり、経験を積んで技能を洗練させる。仕事に「忘我的に入っている状態」がハードワークであり、よい仕事をしている証なのである。「入っている状態」とは分別的でないこと、あるいは相反する二つの概念――たとえば仕事量と時間――を超越している状態だ。

ハードワーク無くしてスローライフ無し、である。代わりのきく、誰がやっても同じ程度の仕事をこなし、働く時間だけを短くするのは都合がよすぎる。そんなおいしい仕事はないし、あってはならない。一億総活躍社会の手始めに一億総プレミアムフライデーとは、お楽しみにもほどがある。日本政府及び大企業の発想はいつもこんな具合だ。毎月の最終週の金曜日に定時退社時刻を2時間かそこら早めても問題は解決などしない。毎日をプレミアムデーに変えてしまうような仕事人のハードワークを見つめ直すのが先決である。

時々自虐のすすめ

「あるがままに」などということはほとんど不可能だと思うが、仮にあるがままに現実をすべて受け入れることが可能だとしよう。その時、疑念は生じない。いや、生じさせてはならない。もっとよさそうな現実も想像してはいけない。何も考えず、ずっと今の現実に向き合うのみ。やがて願望も期待も消え去って思考停止状態に陥るだろう。未来の可能性は閉ざされる。翻って、あるがままであることをしばし棚上げしてみる。それは現実に問題――何か変?――を察知することにほかならない。おおよそ変革の発案動機はここから生まれる。発案に便宜上「新しい試み」と名付けておく。

新しい試みは現実の変革を目指す。したがって、そこに弊害が内蔵されているとしても、いきなり未だ見えぬ弊害に神経は使わない。新しい試みを実行した後にはじめて新たな弊害に気づく。気づいて知らん顔すれば、自ら変化を加えた現実をあるがままに受容することになる。それは発案動機に反するから、弊害にはそのつど対処療法を施すことになるだろう。現実の変革、その変革によって生じる新たな弊害、その弊害への対策という企ては、カオスへと向かうエントロピーの法則に似て、とどまる所を知らない。これは、ある種の自虐行為ではないか。

新しい試みに新しい弊害が含まれるというのは、別に稀なことではない。かつて完璧に成された試みがなかったのは、必ず試みの中に弊害の種が内因していたからである。自浄作用は自壊作用を伴う。そして、強引に言えば、自壊作用は何がしかの意志的な自虐作用を誘発する。


現状に対するアンチテーゼを出した勇気を褒めたものの、そのアンチテーゼの抱える新たな弊害を指摘した途端、不機嫌な顔になる。そして、可愛い自分のアイデアを必死に守ろうとする。このようなナルシズムを増長させる理由は何だろう。現状検証という客観的なプロセスを経たことと無関係ではないようだ。独りよがりではないと信じているのである。これでは、あるがままに現実を受容しているテーゼ側と何ら変わらない。

自分大好きというのは、ある意味であるがままであることよりも性質たちが悪い。そもそも自分などというものはないのかもしれないではないか。にもかかわらず、人は自分を発見して自分が好きになる。もっとも自分の発見は自分がよくわかっていることを担保しない。いや、自分をわからないままに発見した気になったから自分が好きなのかもしれない。

「このアイデアは現実のこんな問題を解決する試み。助言をいただきたい」と言うから、「そのアイデアからは新しい弊害が生まれる」と指摘する。ところが、この指摘が、批判ではなく、非難だと受け止められる。褒める人がいい人で、批判する人がよくない人とレッテルを貼られれば、批判指導する立場のはずなのに弱腰人間と化して無難に褒めのほうを選ぶようになる。自己保身のために他人を褒めているにすぎないのである。

辛口派のぼくは本人のことを考えて批判する。出来がよいと判断しても、いくばくかの皮肉や毒舌をからめて評する。長い目で見れば、ほめ殺しよりはよほどいいと経験的に学んできたからだ。自画自賛がまずいとは思わない。だが、自虐的なジョークの一つも挟みながらでなければならないだろう。

テーゼに対して批判するアンチテーゼ人間は己の変革案に驕ることなく、その案に対しても時々自虐的になることを忘れてはならない。自虐的とは自分いじめであり、高く重ねた積み木を崩すような苦痛を伴う。覚悟が必要だ。もし「時々自虐」が受け入れがたいなら、次善策がある。「日々自省」がそれだ。自省の念を込めて締めくくっておく。

ほんとうに要るのか?

要らないと決めたら処分すれば済む。ある日一念発起して大そうに断捨離を突然決行するまでもない。要・不要を見極めて、暇な折りに少しずつ減らしていけばいいだけの話。と書けば簡単そうに思えるが、当面の必要なものはわかっても、少し先を見通して「要るか要らないか」を判断するのは厄介である。それに、モノの必要価値は、個人だけではなく、家族、会社、公共にも関わることが多い。個人が要らないと言い切っても、家族や会社の誰かが必要とすれば不用品として片付けられない。害獣対策にしても、一気呵成に駆除しないで禁猟区や禁猟期間を定めているのは、自然界の中では人知の及ばない連鎖によって生命が持ちつ持たれつ共生しているからだろう。

「この世に存在するものにはすべて理由がある」という説がある。自然界ではそうかもしれないが、人工物に限れば普遍性に疑問符が付く。誰にとっても無意味で必要性すらまったく感じないのに存在しているものがある。仕入れ過剰で消費期限が過ぎて廃棄される食品にしても、作られた時点では存在理由があったのだろう。わが家にも、必要や願望があって購入されて冷蔵庫に収まっている食品があり、時間が過ぎて捨てざるをえないものがある。買ったのにはわけがあった、しかし、活用されなかった。つまり、別になくてもよかったということになる。

中学生になって初めて手にし、以来半世紀、十数本の万年筆が手元にある。どれにも何度か出番はあった。しかし、お蔵入りせずに済んでいるのは五指にも満たない。なけなしの小遣いをはたいて買ったものも含めて、インクの潤いを与えられない万年筆は今となっては存在理由を失ったかのようだ。但し、それはぼくに対する存在理由である。スペースも取らない道具だから誰かに譲ってあげるという方法で必要性が生まれ復活できる可能性は残っている。


背景の事情はわからない。動機もわからない。また、調べる気もないが、どんな存在理由があり、誰が必要としているのか不明なものがある。建築物に付属して佇み、解せないながらも撤去されずに保存されている無用の長物。かつて赤瀬川原平らの仲間はそんな存在物を「超芸術トマソン」と呼び、盛んに路上観察しては愉快がっていた。最近、週に一度歩く歩道際でそんなトマソンを見つけた。いや、いつも見えていた。正しく言えば、見えてはいたが「なぜ?」と一歩踏み込むような気づきがなかったのである。これがトマソンと呼ぶべき存在だと断定する確証はない。同時に、これがトマソンでないことを示す証拠も理由も見当たらない。少なくともぼくにとっては。

これがその存在である。場所は大阪市中央区。中央大通りと谷町筋の交差点。主要道路である谷町筋と歩道の間に「緩衝ゾーン」のような空間があり、そこに人間の頭部大の石が接着されている。かなりの数である。都会の中に忽然と姿を現わす「石庭」にしては、規則性も情趣も感知できない。車に乗らないので、運転や交通事情にまつわる設置の動機には想像が及ばない。美しい景観のための設えであるはずもない。歩道と道路の間にコンクリートを盛り上げたが、あまりにも殺風景なので、何か造作してみよう……そうだ、石をたくさん置くのがいい、予算も余ったことだし……というふうにしか思えない。

ひときわ目立つ黒いオブジェには少なくとも意味があるのだろうと思い、じっくり見てみた。ここから道路向かい数十メートルの所に西鶴終焉の碑はあるが、そんな歴史を背負う碑には思えない。銘板は見当たらない。きみ、石だけ適当に並べるだけではいかんだろう……芸術の香りもいるんじゃないか……というような次第で黒いオルフェならぬ黒いオブジェを設置したのか。百歩も譲れないが、数歩譲って斟酌するなら、これは何かのおまじないか、あるいは単なる象徴に違いない。おまじないなら交通安全以外にない。もし象徴なら、いったい何を象徴しているというのか。ともあれ、四捨五入すれば、これはやっぱり超芸術トマソン。しかも、かなり手の込んだ無用の長物である。

前時代的な発想

英語の“great”は多義の形容詞である。大きい、多数の、ふつうでない、偉大な、重要な、著名な、気高い、等々。基本は「大なるさま」を表わす。「右」や「上」を規定するのに、それぞれ「左」と「下」との対比が必要なように、「大」は「小」との兼ね合いで意味を持つ。相反する概念がお互いにもたれ合って成り立っている。

たとえば、あるカボチャを大きいと言えるためには、小さなカボチャを持ち出さねばならない。その大きなカボチャは別のさらに大きなカボチャの出現によって、相対的に小さく見られてしまう。つまり、大きいは小さいと対比されながらも、同時に大きいものどうしの中でも比較されることになる。ふだん何気なく「大きなカボチャ」とか「小さなカボチャ」と言うが、形容詞は個人の感覚で度合が変わる。今さら言うまでもないが、形容詞で意味を正確に伝えるのは至難の技なのである。

そこで気になる常套句がある。米国新大統領お気に入りの“We will make America great again.”がそれだ。「再びアメリカを偉大にしよう」。いま「偉大」と訳したが、先に書いたように、“great”のコアとなる意味は「大きい」である。前後の文脈を度外視するなら、この一文は「アメリカを前のように大きくしようぜ」と訳せなくもない。どんな程度に大きくするのかわからないが、“again”と言うかぎり、同様の大きかった過去があったということだ。

再び、もう一度、前のようにというのは、いったいいつの時代のことなのだろう。「古き良き時代」という表現も出てきたが、まさか西部開拓時代まで遡るはずもない。「大きい」がわかりづらいから、お付き合いして「前時代」とするしかない。少なくとも“again”なのだから、見つめている方向は未来ではなく、いつぞやの過去に決まっている。


型通りの前時代的発想は多様性の時代になじまない。多様性とは様々な尺度を容認するということだ。プロタゴラスが「人間は万物の尺度である」と言った時、人間は個人のことだった。言うまでもなく、物事に対する知覚や価値判断は個人の尺度に委ねられる。カボチャAは大きく、カボチャBは小さいと知覚し判断する際の大小にかくあるべしという基準などない。まさに十人十色の感覚にほかならない。再び、もう一度、前のように大きくと言うのなら、どの頃の状態に戻ればいいのか。“We will make America great again.”という威勢のよいスローガンはそれを具体的に示していない。このスローガン自体がプラスチックワードなのだ。もっともらしく人々を鼓舞しているようだが、実は意味は曖昧で、一部の層を除けば誰ひとりとしてそのイメージを摑めていない。

多様性がいいことづくめでないことは百も承知である。画一的な前時代に比べて多様性の時代に救いがあるとすれば、大なるものばかりがちやほやされないという点だ。大あってよし、小あってよし、人や生き方には、あるいは所有するものには、人それぞれの必要や価値観に見合ったサイズがあっていいのである。みんながビッグに生きなければならず、グレートなものを目指さなければならない時代にはもう懲りているはずではないか。

故事由来の「大は小を兼ねる」は、大きいものは小さいものの代用になることを意味する。一般化に堪えない命題である。日常をよく見ればわかる。ぼくたちは小さいものなら上手に扱うが、大きいものの使い道には手を焼く。大きいものは、役に立ちそうでいて、実際はお荷物になることのほうが多い。大が小を兼ねる状況や場面を否定しないが、コストがかかりエネルギーを浪費する。総じて言えば、大は小を兼ねづらいのだ。それどころか、大は小を排除しかねない。大はさらなる大を求め、人間の手ではいかんともしがたい連鎖反応を起こして際限なく肥大化する。いや、あの“great”はそんな物量的かつ形態的な大きさではなく、崇高な偉大なのだ、と理屈をこねるかもしれない。しかし、多様性は明らかに排除されているから、かつて生きた悪しき前時代の発想への逆戻りと言わざるをえないのである。

過剰だが豊饒ではない

話をしたりものを書いたりする時、ちょうどよい程度というのが難しい。後で振り返れば過剰になっている。不足を戒めるゆえの過剰である。もちろん「過ぎたるはなお及ばざるが如し」の教えも重々心得ている。しかし、長年にわたる習い性ゆえ過剰側に傾く。そんな人間だが、今時の情報の過剰ぶりは見るに堪えない。見るに見かねて嘆いては多弁を弄することになり、過剰の連鎖が続く。

何かにつけて注意書きやくどい説明が必要になった。説明箇所を読んでもらわねばならぬ、誤解があってはいけないなどの理由から、注意書きへと誘導する注意書きが補足されたりする。目を通させるための工夫を凝らせば、文章はどんどん増える。商品まわりの説明はこうして膨らみ続ける。文芸にもある。ちょっと良識を働かせれば、そのエッセイがパロディないしは冗談だとわかるのだが、「ふざけるのもいい加減にしろ!」とクレームをつける者が出てくる。触らぬクレーマーに祟りなしであるから、「この本の内容はフィクションでありパロディ仕立てになっておりますのでご了承ください」と断り書きを入れる。過剰な情報が作品を台無しにする。

「心から出たことばは心に響く」と誰かが書き、それだけを書いて後を続けない。こんなふうに一文だけをぽつんと置かれると、「なるほど」と頷けないし易々と諭されない。「心から出る」などということがまずわからない。短い文章だが呪文なのである。情報不足ゆえに悟ったかのように見えるこんな文章を見ると、黙ってやり過ごせない。戦闘意欲が湧いてつい饒舌気味に検証してみたくなる。他方、「千年ロマンへと想いをはせ、海の幸、山の幸、自然豊かな宇佐のチカラの恵みを未来へと紡ぎ広める条例」の過剰には疲労感を覚えて口を閉じる。大分県宇佐市の日本一長い条例名である。結局、「千年ロマン宇佐条例」などと略されることになるのだろう。


プリントアウトした資料を年末に処分し、必要なものは整理して残す。特に物持ちがいい人間ではないが、処分したワープロの遺影のような印刷資料は念のために残してある。残された資料に新たな書類が加わるから、毎年同程度の作業をすることになる。過剰なまでに情報と接し、過剰なまでに文章を綴った過去をそこに見る。しかし、どれほどの役に立ったのか。そのつど役に立ったと思っていても、記憶は薄れあるいは消滅し、ただ判読不能な足跡だけが残る。

研修があるたびにテキストを用意する。知恵を絞って書き何度も編集するからテキストの内容はほぼ記憶再生できる。テキストと同じフォルダーには受講生のアンケートも綴じてある。彼らのうち、いったいどれだけの人たちが研修の断片だけでも覚えているだろうか。「大変満足」に✔を印し、詳しく感想を書いたその人が書いた感想を覚えているとは思えない。情報化社会では、情報が溢れるのみならず、過剰に垂れ流しされている。昨日、溜まっていた新聞のクリッピングに23時間費やしたが、知の豊饒とは程遠い、惰性的習慣に思えてきた。

この拙文は〈世相批評〉というカテゴリーに属するが、実は「自己批評」である。今年も例年同様に、自らが情報発信源となって数百枚以上の雑文を書き、ほぼ同数のテキストを編集し、ほぼ同数のパワーポイントスライドを作成した。書いたばかりではなく、過剰に話した。情報の受信はどうか。こんな比ではないから驚く。どちらかと言うと、おぞましい驚きである。

跡形も残らない情報に晒され、コントロール不能な冊数の本も手に入れた一年。どれほどの知の新陳代謝があったのか。買い求めたままの未読の本、読みかけたまま放置した本が背後霊のようにプレッシャーをかけてくる。漠然と何とかしなければならないと焦るだけではなく、具体的な工夫を凝らさねばならないと思う。近影写真を填め込んで決意の証とし、誓いを立てることにした。

ピクトグラム考

コンピュータ画面上で表示されるアイコンはファイルやアプリを図案化したものだ。ファイルやアプリの機能を一目で分かるように工夫しているのだが、意味が伝わる保障はない。アイコンの名称をことばで補足するか、図案が何を意味するのかをあらかじめ利用者に知ってもらわねばならない。マークという記号も概念のイメージであるシンボルも、取り決めた意味を知らなければ、表現される対象を推測するのはむずかしい。xという記号がyを示すというのは約束事であって、そのつどの推測によるものではない。

アイコン、マーク、シンボルのそれぞれのニュアンスは異なるが、ひっくるめて〈ピクトグラム〉と呼ぶことにする。ピクトグラムは絵や図などの視覚記号である。伝えたい対象を文字で表現しようとすれば言語の数だけ表示が必要になるが、視覚記号ならユニバーサル仕様にできるというのが意図だ。しかし、意図はあくまでも意図であって、現実的には万人に伝わるピクトグラムなどはありえない。記号表現とそれが意味する対象の関係は文化と無縁ではない。言語もピクトグラムもローカル色の強いものなのである。

ピクトグラムは一部の特徴を象徴することによって対象を表わそうとする。対象のすべての特徴を表現することはできない。たとえばバターを塗ったトーストのピクトグラムを想像できるだろうか。イチゴジャムならトーストを赤く塗ればいいのか。カラーなら赤い色紙に見える。カラー印刷しないで白黒にすればただのダークグレーの色紙になる。カラーついでに言うと、虹は文化によって認識される色数が異なる。誰もが七色に見えているわけではないのだ。月の表面の模様しかり。わが文化では餅をつくウサギに見える模様が、別の文化では大きなはさみのカニに見え、本を読むおばあさんに見える。どんなに工夫を凝らしても、ピクトグラムが世界の共通記号になることは不可能に思える。


温泉は日本文化固有ではないが、古代から日本人は他の文化とは異なる独特の関わり方をしてきた。その温泉の所在を示すマークにもすっかりなじんでいる。三本のS字状の記号は湯ぶねから立ち上がる湯気を表わす。ところが、それでは都合が悪いということになった。「外国人には温かい料理を出す施設と解釈される恐れがある」というのが経済産業省の弁。想像力を欠いた安易な判断である。「外国人」という一般化が粗っぽい。それに、「温かい料理を出す施設」と言うが、解釈はそれだけではないだろう。

経産省は国際規格案を検討し、併記で表示する方向で検討している。国際規格案というのがこれである。このピクトグラムに変えれば、経産省が想定する「外国人」たちが「温泉のある施設」と解釈してくれるのか。一部はイエス、しかし、残念ながら、別の解釈も生まれる。外国人それぞれの文化的背景が異なるからである。温泉だと分かったうえで混浴と思うかもしれない。温水プールだと思って水着で入るかもしれない。人食い人種が日本観光するのは考えにくいが、彼らなら温かい人肉料理を出す施設と解釈する可能性がある。

日本独自の温泉マークと国際規格の併記は、ますます混乱を招くことを経産省は分かっていない。思惑通り、国際規格案を見て「外国人」が温泉施設であると認識できたとしよう。それでもなお、日本独自の温泉マークのほうは依然として温かい料理を出す店という解釈のままではないか。つまり、併記表示すると、当該施設は必ず温かい料理を出さねばならなくなるのだ。温泉施設のある冷やし中華専門店には適用できない。

もし“Spa”“Hot spring”が万国共通なら、ピクトグラムに頼るまでもなく、英語表記すれば済む。しかし現実は英語表現が誰にでも通じないので、形態ないしは動作を視覚記号化しようとする。一言のことばで意味や対象を伝えることに誰もが日々苦労している。一絵による以心伝心も至難の業であることくらい察しがつく。世界は多種多様の文化で成り立っている。そして、言語も記号も「ゆらぎ」や「ずれ」を特徴としている。ユニバーサルな統一記号には所詮無理がある。一切学習せずにピクトグラムと対象を一致させるのは不可能なのだ。この国では♨が温泉を表わすピクトグラムであることを理解してもらえるように啓発努力をするしかない。

悲しき食品

自分で調理するにせよ店で食べるにせよ、一人の食事で食べものを残したことはない。好き嫌いがまったくないからでもあるが、食べられる分しか作らないし注文しないからである。しかし、数人または団体での食事となると、料理は残ってしまう。食べられた量よりも多い食べ残しは悲惨な残骸と化す。これをMOTTAINAIもったいない“の精神で使ったりすると、横流しだ、使いまわしだと批判される。ゆえに捨てる。

直近のデータによると、わが国の食品廃棄量は年間1,900万トンとのことである(2,700万トンという数字をはじき出している調査もある)。何かと比較しなければ、この数字がどの程度なのかを想像するのはむずかしい。さらに、この数字とは別に、まだ食べられる消費期限・賞味期限内なのに捨てられている、いわゆる「食品ロス」が500万~900万トンと推定されている。要するに、捨てられる食品の総量は2,500万~3,000万トンという数字に達するらしいのである。

こんなふうに数字を挙げられて、「すごい」と驚いたり「ひどい」と嘆いたりできるはずもない。力士の体重150キログラムなら、「そうか、自分の倍くらいか」などと類推できるが、なにしろ1,000万トン単位の重量である。想像の範囲には収まらない。重量だからわかりにくいと思うのなら、金額換算してみればどうか。実際、換算されたデータがある。総額100兆円を超すそうである。百万円や一千万円、頑張れば、あの強奪事件の3億円くらいまでなら何とかついて行けそうだが、兆までは無理である。


大きな数字というのは、左から右へとやり過ごされる幻想だとつくづく思う。しかし、わが国の食品事情をもっとわかりやすく嘆き悲しむ手立ては、ある。まず、「食べられるのに捨てている」という事実がひどいのである。何百グラムでも何万トンでも関係ない。次に、わが国の食料自給率はカロリーベースで39%であり、残りを海外から輸入している。上記で示した食品廃棄物の数字は、輸入食料の半分に相当する。つまり、海外から買い付けておいて、その半分を捨てている勘定になる。これはかなりひどい。

ひどさを痛感するとどめは、食品廃棄の総額がほぼ東京都のGDPに匹敵するという事実だ。東京都の年間総生産が灰燼に帰し水泡に帰しているのである。東京を一国に見立てれば、GDPランキングで世界の16位になる。以前、世界ランク54位のニュージーランドのGDPがウォーレン・バフェットとビル・ゲイツの総資産の合計と同じと聞いてたまげたことがあるが、わが国の食品廃棄の実情には腰を抜かしそうになる。

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捨てるために食品を輸入し、捨てるために食品を加工しているようなものである。もし10個作って売るために11個が必然で、1個が「間引き」扱いされるのならやむをえない。この程度の売れ残りや期限切れには理解を示そう。しかし、最上流に位置する大手企業の、計画通りにならない作り過ぎこそが元凶なのだ。元凶はけろっとしてちゃんと儲けている。横流しや使いまわしも低俗だが、そうさせているのはいったい誰なのかを見極めておかねばならない。

残りものの食品が廃棄物という名に変わるのは、社会が効率やシステムを優先する文明指向だからである。文明というのは厄介で、後戻りを許さない。不法な横流しは論外として、「食品→廃棄→再食品化」に何の問題もない。これこそが本来の食文化の姿ではなかったか。しかし、作り過ぎは食文化の文明化にほかならない。グルメ大国だの食の宝庫だのと言ってみても、単に腹八分目の節度と美学を放棄してしまっただけの話ではないか。解決策は一つしかない。廃棄してもなお利益が生み出される構造を消費者が幇助しないことだ。上手に無駄なく食べることが「悲しき食品」を救い、無駄を作って上手に儲ける食文化の敵を追放するのである。

こんなはずじゃなかった……

民主主義が完全だとは思わない。その完全でない民主主義社会の意思決定方法である裁判や選挙が完全だとも思わない。しかし、不完全な民主主義に代わるオプションが発明されるまでは、裁判や選挙の結果が己の意に反したとしても、潔く受け入れるしかない。アメリカの次期大統領がドナルド・トランプに決まった。反対派は怒りや怨念を早々に鎮めて、今後はしっかりと働きぶりを検証し、必要に応じて批判するのがいい。何を決めるにせよ、思惑が外れた側は言う、「こんなはずじゃなかった……。」

四か月前の本ブログで『思惑外れ』と題して書いた。最後の段落を次のように締めくくった。

トマトジュースやスーツから政治経済に至るまで、思惑は外れるもの。慎重な意思決定や自信たっぷりの洞察力の程をよくわきまえておくべきだろう。

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素人が三人寄って文殊の知恵になるのなら、エリートや専門家が何人も集まれば超文殊の知恵になると思ってしまう。しかし、買いかぶりは禁物である。新国立競技場や豊洲市場の顛末は、専門性に罠や陥穽がつきものであることを示した。専門家もメディアの見解や推理もたかが知れているのである。

「ひどい連中が撤退していった結果、一番ひどいのが残った」とニューヨーク市民に皮肉られたトランプ。反知性主義者を諷刺的な戯画にしたら、あのような人物、あのような話し方・ことば遣いになるのだろうとぼくも思っていた。その反知性主義の権化が勝った。得票率を見れば、アメリカ人の半数が支持したのである。既存体系における知性の象徴、ヒラリー・クリントンと互角の評価を受けたことを素直に認めざるをえない。


「トランプが大統領とは情けない」と嘆くなかれ。その情けないトランプに敗北したクリントンはさらに情けない存在になったのだ。ところで、トランプを反知性主義者だとぼくは書いた。そのトランプが大統領になったのは、アメリカが反知性の風土へとシフトしている兆しの証だろうか。必ずしもそうとは言えない。反知性派だと胸を張る中に知性派がいたりして、知性と反知性に明確な線引きができないのである。「クリントン=知性」に立ち向かうには、反知性という対抗スタンスは戦略的に必然であった。多分にそのように演じたはずである。だから、既存の知性にうんざりした知性派なら「隠れトランプ」になった。つまり、トランプ支持者でありながら、支持者であることを明かさなかった人たちである。

タイガースの話で盛り上がっている時に、その場にジャイアンツファンが居合わせているとしよう。賢明な人なら話に適当に順応してその場をやり過ごすだろう。大阪にはそんな「隠れジャイアンツ」が少なからずいるのだが、めったなことではファンであることを明かさない。会議の席上にしても同じことが起こっている。人は時に自論を露わにする一方で、場の状況を見ながら自論を隠す。どんな職場でもホンネとタテマエが入り混じり、何がホンネで何がタテマエかは、実はわからなくなっている。

1960年のジョン・F・ケネディ(民主党) vs リチャード・ニクソン(共和党)がもっとも古いぼくの記憶である。以来、米国大統領選挙を十数回「観戦」してきた。2000年のジョージ・W・ブッシュ(共和党) vs アル・ゴア(民主党)は史上稀に見る、獲得選挙人数「271 vs 266」という大接戦で、速報から目が離せなかった。今年の選挙はそれに劣らないスリリングな展開、結果となった。

負けた候補者に投票した市民はつぶやく、「こんなはずじゃなかった……」。そう、選挙のみならず、人生、いつも何かにつけて「こんなはずじゃなかった」という思いは生じるのだ。「こんなはずじゃなかった」が案外多いのだから、負けていつまでもむのではなく、頭を切り替えるのが一つの身の処し方なのである。