ピクトグラム考

コンピュータ画面上で表示されるアイコンはファイルやアプリを図案化したものだ。ファイルやアプリの機能を一目で分かるように工夫しているのだが、意味が伝わる保障はない。アイコンの名称をことばで補足するか、図案が何を意味するのかをあらかじめ利用者に知ってもらわねばならない。マークという記号も概念のイメージであるシンボルも、取り決めた意味を知らなければ、表現される対象を推測するのはむずかしい。xという記号がyを示すというのは約束事であって、そのつどの推測によるものではない。

アイコン、マーク、シンボルのそれぞれのニュアンスは異なるが、ひっくるめて〈ピクトグラム〉と呼ぶことにする。ピクトグラムは絵や図などの視覚記号である。伝えたい対象を文字で表現しようとすれば言語の数だけ表示が必要になるが、視覚記号ならユニバーサル仕様にできるというのが意図だ。しかし、意図はあくまでも意図であって、現実的には万人に伝わるピクトグラムなどはありえない。記号表現とそれが意味する対象の関係は文化と無縁ではない。言語もピクトグラムもローカル色の強いものなのである。

ピクトグラムは一部の特徴を象徴することによって対象を表わそうとする。対象のすべての特徴を表現することはできない。たとえばバターを塗ったトーストのピクトグラムを想像できるだろうか。イチゴジャムならトーストを赤く塗ればいいのか。カラーなら赤い色紙に見える。カラー印刷しないで白黒にすればただのダークグレーの色紙になる。カラーついでに言うと、虹は文化によって認識される色数が異なる。誰もが七色に見えているわけではないのだ。月の表面の模様しかり。わが文化では餅をつくウサギに見える模様が、別の文化では大きなはさみのカニに見え、本を読むおばあさんに見える。どんなに工夫を凝らしても、ピクトグラムが世界の共通記号になることは不可能に思える。


温泉は日本文化固有ではないが、古代から日本人は他の文化とは異なる独特の関わり方をしてきた。その温泉の所在を示すマークにもすっかりなじんでいる。三本のS字状の記号は湯ぶねから立ち上がる湯気を表わす。ところが、それでは都合が悪いということになった。「外国人には温かい料理を出す施設と解釈される恐れがある」というのが経済産業省の弁。想像力を欠いた安易な判断である。「外国人」という一般化が粗っぽい。それに、「温かい料理を出す施設」と言うが、解釈はそれだけではないだろう。

経産省は国際規格案を検討し、併記で表示する方向で検討している。国際規格案というのがこれである。このピクトグラムに変えれば、経産省が想定する「外国人」たちが「温泉のある施設」と解釈してくれるのか。一部はイエス、しかし、残念ながら、別の解釈も生まれる。外国人それぞれの文化的背景が異なるからである。温泉だと分かったうえで混浴と思うかもしれない。温水プールだと思って水着で入るかもしれない。人食い人種が日本観光するのは考えにくいが、彼らなら温かい人肉料理を出す施設と解釈する可能性がある。

日本独自の温泉マークと国際規格の併記は、ますます混乱を招くことを経産省は分かっていない。思惑通り、国際規格案を見て「外国人」が温泉施設であると認識できたとしよう。それでもなお、日本独自の温泉マークのほうは依然として温かい料理を出す店という解釈のままではないか。つまり、併記表示すると、当該施設は必ず温かい料理を出さねばならなくなるのだ。温泉施設のある冷やし中華専門店には適用できない。

もし“Spa”“Hot spring”が万国共通なら、ピクトグラムに頼るまでもなく、英語表記すれば済む。しかし現実は英語表現が誰にでも通じないので、形態ないしは動作を視覚記号化しようとする。一言のことばで意味や対象を伝えることに誰もが日々苦労している。一絵による以心伝心も至難の業であることくらい察しがつく。世界は多種多様の文化で成り立っている。そして、言語も記号も「ゆらぎ」や「ずれ」を特徴としている。ユニバーサルな統一記号には所詮無理がある。一切学習せずにピクトグラムと対象を一致させるのは不可能なのだ。この国では♨が温泉を表わすピクトグラムであることを理解してもらえるように啓発努力をするしかない。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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