個人的体験としての読書観

『必読書考』と題して書いたことがある。その一文の最後を次のように締めくくった。

人それぞれに読みたいと直感する本があるように、人それぞれに必要に応じて読まざるをえない必読書があり、人それぞれに他人に紹介したい推薦書がある。(……)万人が読みたいと思う本などが存在しないように、万人が読まねばならない必読書や推薦書を最大公約数化できるはずがないのである。必読書に振り回されて読書ノイローゼを患うのは馬鹿げている。どこかの偉い人が薦める本などはしばし棚上げして、読みたいと思う本を読めばいい。そして、権威に頼らずにそういう本を見つけるには、足繁く書店や図書館に通って自ら〈読書縁〉なるものを結ぶしかないのである。

きわめて個人的な体験から生まれた読書観であり、誰にでも当てはまるわけではない。この読書観ゆえに、本の読み方については助言することはあるが、読むべき本を推奨することはめったにない。稀に「お勧めの本は?」と聞かれるが、よほどのことがないかぎり勧めたりしない。「最近読んだ本で印象に残っているのは何々」と言うことはあっても、それを推薦しているわけではない。

先月古書店で『本なんて! 作家と本をめぐる52話』という本を見つけた。この種のエッセイ集は一話が数ページで書かれているので、空き時間に「点の読書」をするには向いている。この一冊に浅田次郎の「読むこと書くこと」というエッセイが収められている。「職業がら読み書きはむろん大好きであるけれど、しいてどちらかと自問すれば前者であろうと思う」と言い放つ。

読書は愉しいが、「読みたい」が「読まねばならない」に転じる時があり、その瞬間から苦痛を感じる。浅田次郎は毎日午後2時から6時までの4時間を読書に充て、栞を挟まずに一気呵成に一冊を読むのを習慣としているらしい。一日に一冊の書物を読み続けるのは、さほど難しくないと言ってのける。年に365冊である。ぼくの場合、年に365冊以上読んだのは28歳前後の2年間のみ。千冊以上読んだと思うが、決して愉しい「千冊行」ではなかった。


たとえば、10歳から本格的に週に一冊読み続けて、還暦でようやく2,500冊に到達する。生涯これだけの本をふつうは読めない。ところで、先月の行政職員の研修時に、前列に座る数人に年に何冊の本を読むか聞いてみた。だいたい3冊から5冊だった。残りの受講生全員にそんなものかと尋ねれば、おおむね頷いていた。想像以上に少ないのである。月に一冊ならよく読んでいるほうに属するのだ。月に一冊とは年に12冊。半世紀で600冊である。ほとんどの人は千冊を読まずに生涯を終える。

こう考えると、安直なハウツー本やノウハウ本を読書遍歴の中に残すわけにはいかないと気づく。浅田次郎は言う。

思うに、あらゆる書物中の役立たずの最たるものは、いわゆる「ノウハウ本」であろう。自己啓発法だの成功術だの生活の知恵だの、つまり目先の悩みを解消しようとする類いの書物ほど無益なものはない。そもそも人生を活字から学ぼうとすること自体が横着だからである。

一見速成的に役立ちそうな本を追い求めずに、想像力を働かせてくれるような本を読むべきだと同感する。年に数冊しか読まない平均的読書人ならなおさらではないか。

件の研修後に一人の熱心な受講生が「どんな本を読めばいいのでしょうか?」と聞いてきた。冒頭で書いたように、共通の必読書などないと考えて推薦などしない主義のぼくだが、話を聞けば、読書に関して自分なりの考えを持つほど本を読んでおらず、しかも指南も受けてこなかった。同情に値する。と言うわけで、彼が独自の読書観を培う一助になればとの思いから数冊推奨したのである。言うまでもなく、例外的対応だった。その数冊から離陸して早々に個人的体験を積んでもらえればと思う。

本とコーヒー

一昨日書いた文中では「コーヒーと本」と書いた。今日は「本とコーヒー」と並びが変わった。たまたまそうなっただけで、特に意味はない。

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ハードワークが続いて少々疲れたとしても、陽射しを浴びながら歩けば移り変わる景色が、視覚から別の感覚に変化して身体の隅々に滲み込んでくる。その後に本とコーヒーがあれば言うことはない。もっとも今のような時期に陽射しを浴びるのは危険このうえないが……。

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『カフェの扉を開ける100の理由』という本がある。理由を100も付けられないし探せもしないが、たった一つでいいから理由はそのつどあるほうがいい。日常茶飯事だけれど、カフェの扉を開ける行為を無意識にしてはいけないと思うから。

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ブックカフェには業界なりのきちんとしたコンセプトがあるのを最近知った。

たくさんの本に囲まれ、カフェでゆっくりした時間を過ごす。(……)
「コーヒーを飲んでほっとする。落ち着いた空間で好きな本を読めたら……。」
「本好きな人が集まる場所で、本を中心としたコミュニケーションがとれたら……。」
ブックカフェは、そんな思いをかなえる空間であり、カフェと本屋が合体したお店のことです。
(西日本ブックカフェ協会)

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本とコーヒーは異種だが、見事に融合する。本とコーヒーが同じテーブルに並ぶひととき。死んでもいいとまでは思わないが、さらなる至福への強欲が一時的に抑制される。満たされることに謙虚になれる。

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オフィスに作ったブックカフェ風スペース“Spin_off”の一角。
本とコーヒーのための演出を凝らしたメルシー(パリ)。

最近オフィスにブックカフェ風のスペースを開設した。ここに収蔵した数千冊はほとんどがぼく個人所蔵の古本である。買った新刊書が経年で古くなったのが半分、古書店で買ってきた古本が半分。パリ滞在中に何度か足を運んだメルシーも古本カフェだった。

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珈琲色には古本が合う。十数人入ると満席になる程度の狭いスペースだが、正式に公開していないにもかかわらず、ちょくちょく来客がある。コーヒーはお出しできるが、喫茶専門店ではないしお代もいただかない。ここでは「本とコーヒー」は「本、よろしければコーヒー」という趣を演出している。

昭和の見聞

昭和の六十有余年を風呂敷一包みにくるんで、「はい、昭和とは何々でございます」と片付けられる一言は思いつかない。カオスとエネルギーに満ち満ちた百面相の昭和だ、結局、「昭和とは……昭和でございます」と言うことになるだろう。

昭和30年代の中頃までは、戦後と呼ぶにふさわしい風情や風俗がまだ残っていた。そこには戦前も投影されていた。昭和20年代の生まれだが、戦後まもなくの頃の記憶があるはずもなく、昭和の記憶と言えば、30年以降に限られる。しかし、目撃も体験もしていないが、いろいろと耳にしてきたからバーチャル体験だけは積んでいる。

大正時代についても同じ。聞いたり読んだりしただけなのに、イメージだけが勝手に培われている。そして、昭和30年代は、後に続く40年代との隔たりが大きく、むしろ戦前や大正時代の延長のような気がするのである。


山積みされた古書均一コーナーに武井武雄の画文集『戦後気侭画帳きままがちょう』を見つけた。「昭和二十年より二十四年まで」と副題にあり、その数年間の典型的な風情や風俗の絵が何百も描かれ、それぞれに文が添えられている。聞き覚えのある話は多々、30年代に入っても続いたはずの見覚えのある光景も少なくない。珈琲の話、煙草の話、駅や電車の話……。とりわけ風呂屋の話がおもしろく、懐かしく思い出した。

風呂屋の盗難は謂わば日常茶飯事になっているが この女性 下着まで持っていかれて 裸で道中もならず うちへも帰れない。番台のおかみ 止むなく男物の浴衣を貸して帰す。さて これを一見した亭主 甚だおだやかでない。すったもんだの内ゲバの揚句 翌日二人で風呂屋へ行ったら 万事解決、これにて一件落着したとさ めでたしめでたし

一糸纏わず背中をこっちに向けて恥じらう女性の絵。足元には空っぽの籠。そう、昔は鍵のかかるロッカーなどなく、脱いだものを籠に入れた。風呂から上がったら下着が盗まれていたという話は、母や近所のおばさんたちからよく聞かされた。覗きは今と同じく男の仕業だったが、下着泥棒は男ではなかった。女が自分用に盗んだのである。

和える編集

一口に「情報を統すべる」と言ってみるが、背負う荷は軽くはない。性分ゆえか、小難しく「知の統合」などと表現するものの、この言い回しに満足しているわけではない。統合とは「すべる」と「あわせる」、要するにまとめて集めることだ。無作為的な寄せ集めで功を奏することも稀にあるが、いつも無作為に頼るわけにはいかない。統合作業には、編集の「編」に近い意図が働いているような気がする。

手元に集まった情報をつぶさに眺めていて、要素が似ているとか異種なのに共存するとかいう以上に、ある情報と別の情報の相性の良さを発見することがある。相性。わかったようでわからないが、何がしかの化学反応が起こって、まったく新しい「味」が生まれる。無理に「合わせる」のではなく、勝手に「合う」という感覚。「和あえる」という表現がぴったりくる。ほうれん草のごま和えのような編集。


ちょっと前に『本の大移動』と題して一文を書き、その中でオフィスに設けたブックカフェ風のスペースを紹介した。生涯現役のつもりゆえ、これからどのように仕事と関わっていくかは私生活以上に重みを持つ。必然それは、オフィスをどうするのかというテーマにもつながる。最後の任務になるかどうかはわからないが、仕事場をアイデアと情報の「和あえ場」として、あるいは人と人の和合の場として、オフィスらしくない空間を作り上げたいとずっと思っていた。

本の大移動は道半ばだが、ようやく自宅書斎の蔵書の半分をここに運び込んだ。グリーンやインテリアも少しずつ場になじんできた。有料音楽アプリのカフェミュージックBGMチャンネルを選び、WORK & Jazz Pianoをシャッフルして聴きながら、来月のあれこれを考えペンを走らせた。ペンは期待以上によく動いた。

さっきまで自分の机に向かってキーボードを叩いていたのだが、思うようにはかどらなかった。部屋を変えてくつろいでみた。なかなかいいではないか。マインドと本と音楽とその他もろもろが編集されたかのようである。これも一つの和あえる編集に違いない。相性の良い人たちとの出会いも楽しみである。

本の大移動

できそうにないことはしないという生き方がある。つまり、できることだけを淡々とおこなうということ。別段変わった生き方ではない。たとえば、旅行先で泊まる場所を確保するためにホテルを建設しようなどとは思わない。

他方、今まで経験していないこと、できそうもないことに敢えて挑んでみようという生き方がある。ガーデニングなどまったく縁遠い趣味だったが、ひょんなことから始めてみるなどという類い。もっとも、全く手も足も出ないことになると話は違ってくる。

できないことはしない、いや、できそうもないけれどやってみる。どっちが正しいかなどという話ではないし、二者択一に決める必要もない。状況に応じて、あるいはもっと適当に気分に応じてやるかやらないかが決まってくる。


今はできないけれど、できないからと言ってじっとしていては、いつまで経ってもできるようにならない、ひとつやってみようではないかと気分よく思える時がある。ところが、やってみればできそうなのに、迷っているうちになんだか億劫になってきて、できそうもないという空気に支配される。いや、できないのだと妙なふうに自己説得して「できそうもないからやめておこう」となる。

最近できそうにないことをやってみた。まず大掛かりな書棚をオフィスの一室に作り付けてもらった。かなりの出費になった。そして、大胆なことに、自宅の蔵書約4,000冊をそこにすべて移そうと決心したのである。単なる移動ではない。大移動である。半月以上かけて単行本中心にすでに1,500冊ほど運び込んだ。まだ道半ばだ。まだ単行本500冊、2,000冊近くの新書や文庫が書斎に残っている。

「車を一台出すので手伝いますよ」と言ってくれた人、一人や二人ではない。一度だけお願いして300冊ほど運んでもらった。一気に何千冊というわけにはいかない。すべて並べ終えるまでにダンボールに入れたまま放置することになるからだ。と言う次第で、毎日50冊ずつ自転車で運んでいる。書棚への並べ方にはぼくなりのこだわりがある。一日50冊程度なら小一時間で片付く。気長にあと半月、いや一ヵ月。できそうに思えなかった「一大事」をほぼ一人でせっせと実行中である。

派生の愉しみ

独立してから30年が過ぎた。食べていくだけなら独立することはなかった。ぼくにとって独立は、食べていくことの他に生きることの意味を見い出すことであった。必然、生活のみならず、仕事が愉しめているかどうかが重要になった。そして、したい仕事、できる仕事、すべき仕事の一致を貪欲に求めた。

仕事と学び、新しいことへの好奇心を矛盾なく一体化するよう努めた。この考え方に共感してくれる人たちと様々な勉強会を主宰して今に到っている。創業直後に立ち上げた雑学勉強会〈Plan+Netプランネット〉は、ほとんどのトーク番組がアマチュアによるものであった。次いで、〈関西ディベート交流協会(Kansai Debate League Association)〉を発足させ、その直後にこれら二つの特徴を併せ持つ〈談論風発塾〉を創始した。

さらに、本を読んで論評し意見交換する〈書評輪講りんこうカフェ〉、お題に対して機知とユーモアを発揮するオンライン投稿サイト〈知遊亭ちゆてい〉、手作り料理とトークの〈釣鐘美食倶楽部〉等々、仕事とは別に――しかし、仕事とまったく無関係ではなく、むしろ仕事から派生した――様々な勉強会を主宰し運営してきた。


これまでの足跡を単なる終活とせず、もうひと踏ん張りして将来に波及するような形で編集したいとかねがね思っていた。幸い、オフィスに一部屋を確保することができた。手狭になった自宅の書斎の蔵書をここに持ち込み、本を読み談論する場とトークショーやミニイベント番組を編集することにしたのである。空間と活動の試みを〈Spin_offスピンオフ〉と命名した。ひとまず趣意を簡単にしたためてみた。

この場からさまざまなテーマのレクチャー、トーク、イベントなどの集いが派生し、共鳴し合って知と体験を紡ぎます。場と機会を求める主宰者が、テーマのジャンルを超えてつながり協同する、それが〈Spin_off〉です。〈Spin_off〉は主宰者と参加者の相互サポートによって成り立ちます。

それぞれの本業や本筋から愉快なことを「派生スピンオフ」させたいと思う。異なるテーマが相互に共鳴し合って、新しいテーマを紡ぐ。何が生まれるかはわからない。わからないからおもしろい。トークやイベントの主宰者、参加希望者はお問い合わせいただきたい。引き続きぼくもいくつかの主宰番組を受け持つ。順次オープニング案内をお送りする予定である。

蔵書と読書の関係

自宅の数千冊の蔵書をどうするかは数年来頭の痛い問題だった。ようやく解決のメドが立った。オフィスの一室を「書斎」兼「公開勉強室」兼「セミナールーム」に改造することにしたのである。現在、別注した書棚の取り付け工事の真っ最中。書棚用の板の数、80枚余り。職人さん二人で丸3日かかる。

言うまでもなく、本の数と読書量は比例しない。ある程度熱心に読書をしている時には本が読書行為の後を追う。しかし、読書習慣がなまくらになってくると、読みもしないくせに本だけを買う行為が先行してしまう。必然読まない本がどんどん増える。本を買うのも読書行為の一部なのだと自分を慰めることになる。

蔵書について考えるとは読書について考えることである。「読書? そんなの、本を読むことに決まっている」と言えれば簡単だが、「定義される用語が定義することばの中に含まれてはいけない」というパスカルの説に従えば、この定義はルールに反するのでアウト。「読」ということばが使われているからだ。とは言え、このような厳密な法則を徹底すると、権威ある辞典類の大半の定義は成り立たなくなってしまう。


読書とは「本の体裁に編集された外部の情報と、自分のアタマの中に蓄えられている内部の知識を照合すること」。ぼくが以前試みた定義だが、生真面目に過ぎるだろうか。この中の「照合」がわかりにくいかもしれない。広辞苑によれば「照らしあわせ確かめること」。えらく差し障りなく定義するものだ。そのくせ、さきほどのパスカルの法則には堂々と反している。

いろいろと考えを巡らしたが、やはり読書している時には本の情報と自分のデータベースを重ねようとしていると思う。重ならないなら、取り付く島がないほど難しくて面倒見の悪い本か、自分のデータベースが貧弱すぎるかのいずれかだ。たいていの書物と読書家の知識は、程度の差こそあれ重なる。重なる部分を確認したり記憶を新たにしたり、本に攻められて一方的に情報を刷り込まれたり、何とか踏ん張って持ち合わせの知識で対抗したり、コラボレーションしたり完全対立したり、好きになったり嫌いになったり……。照合とは、縁の捌き方でもある。

ともあれ、蔵書を収め公開する場は確保できた。しかし、このこと自体はそれ以外に何も意味しない。読書というものは、誰にでも同じ効能を約束してくれないし、読みさえすれば賢くなるというのも間違いだ。他人の頭から何かを学ぶよりも、自らの頭で文章を紡ぐほうがよほど思考の糧になる。書くという習慣の下地あってこその買って読む効能なのである。

比喩と表現と

生命が冬眠から覚めた。いよいよ春本番。年に一度、この時期にルナールの『博物誌』をひも解く。この博物誌は比喩によって動物たちのアイデンティティをあぶり出してくれる。色とりどりの表現で本質を切り取る巧妙さにほとほと感心する。たとえば蛍のことを『博物誌』では次のように描写する。

ほたる
1 何が起こったのだろう? もう夜の九時だというのに、あいつの家にはまだあかりがついている。
2 草に宿った月の光のひとしずく!

半世紀前、都会と田園の間にはまだ境界はなく、複雑に入り組んでいた。十代まで育った地域は都会だったが、住宅のすぐ隣りにはまだ田んぼがあり草むらがあった。川があり、そこから細い支流が分かれ田んぼのそばに流れ込んでいた。だから幼い頃には蛍を目にした記憶がある。

昨日、商店街で豚の耳を売っていたので一枚買った。細切りにしゴマ油と塩で白ネギと和えて、おいしくいただいた。さて、豚の耳と目をルナールはどう表現したか。

豚
おまえは砂糖大根の葉っぱに似た耳のかげに、黒すぐりの実みたいな小さな目を隠している。

砂糖大根てんさいの葉っぱをよくぞ連想したものだ。黒すぐりとはカシスの実である。言われてみると、なるほどと納得する。アタマの中で絵を描いたら豚の顔になってきた。輪切りにした蓮根を鼻に見立ててくっつければ完璧な豚だ。

カエルは姿を消したが、都会ではカラスは昔よりも今のほうが繁殖している。カエルとカラスにもルナールは比喩を使う。

かえる
青銅の文鎮みたいに、すいれんの広い葉の上にのっかっている。

からす
畝溝うねみぞの上の
アクサン・グラーヴ。

子どもの頃、カエルを餌にしてザリガニを釣って遊んだ。地面に叩きつけて気絶させ、皮を剥ぐ。今思えば残酷きわまりない。カエルには、生き物ではなく、人工的な造形を思う。青銅の文鎮?  たしかにそんなカエルもいた。

カラスの比喩もおもしろい。畝溝で餌を探しているカラスを遠目に見れば、à、è、ùなどのアクセント記号「アクサン・グラーヴ」に見えなくもない。

爬虫類の代表はヘビとトカゲ。ルナールが描写したヘビの表現はあまりにも有名である。

へび
1 長すぎる。
2 子午線の四分の一、そのまた千万分の一。

長いヘビなのに「長すぎる」と言葉少なに言い切ってしまう。続いて、どれだけ長すぎるのかを示すために子午線を出してくる。なぜわざわざ子午線なのか。面倒なので確認の計算はしないが、まあそのくらいの長さなんだろうと妙に納得してしまう。

とかげ
壁 「なんだか背筋がぞくぞくするぞ」
とかげ 「ぼくだよ」

青いとかげ
ペンキ塗りたて、ご用心!

バルセロナはガウディ公園でトカゲの作品を見たことがあるが、あれはモザイクだから、ペンキ塗りたてには見えない。しかし、生きた青トカゲを実際に目にすると、あの青がまだ乾いていないように見える。つまむとペンキが指先につきそうになる。

却下する側、される側

仕事柄、企画書をしたためて企業に提案してきた。入札の場合、競合相手がある。競合に勝ち負けは必然。この30年、勝率は8割を超えているから上々の出来である。それでも2割は負けている。勝ち負けが逆になっていたら、たぶんこの仕事の今はなかった。

企画の規模にもよるが、短くても一週間、長ければ一ヵ月近く案を練って準備をする。不幸にして、却下の憂き目に遭うと心中は穏やかではない。しかも、ほとんどの場合、却下の理由は明かされず、またコンペを勝った競合相手の案の優れた点は知らされない。敗因分析しようにも、他の案がわからないので失望をなだめるすべはない。

昨年の今頃、コンペ参加の依頼があった。得意分野の研修テーマの実施計画だったので、余裕綽々、どんな相手でも勝てると踏んでいた。意に反して、結果は負け。研修会社経由の依頼だったので、プレゼンテーションはその会社がおこなった。案は良かったがプレゼンが下手だったと思うことにして、負けを引きずらないようにした。

入札する側を何度も経験し、また入札審査する側にも立つことも多い。審査し合否を決定する側のほうが気楽である。採用案に対しては評価点が最高点だったことを示し、その理由を型通りに告げればいい。しかし、却下された案にはほとんど却下の理由は示されない。数案のうち一案だけが選ばれるわけだから、却下された他の案には「ダメでした」という結果さえ伝えれば済む。


『まことに残念ですが……』という本がある。「不朽の名作への不採用通知160選」という副題が付いている。現在超名作とされている錚々たる小説が、書かれた当初は出版社に拒絶されていた。その不採用の旨を作家に送った手紙が収録された本だ。

「まことに残念ですが、アメリカの読者は中国のことなど一切興味がありません。」

『大地』を書いたパール・バックはこのように告げられた。本のタイトルとなった、「まことに残念ですが……」とあるだけでもまだましなほうである。

アンネ・フランクの『アンネの日記』の場合はこうだ。

「この少女は、作品を単なる“好奇心”以上のレベルに高めるための、特別な観察力や感受性に欠けているように思われます。」

『タイム・マシン』でH.G.ウェルズは次のようにこき下ろされた。

「(……)たいして将来性のない、マイナーな作家だ。この作品は、一般読者には、おもしろくなく、科学的知識のある者にはもの足りない。」

却下する側の気楽さが窺え、却下された側のやるせない思いが伝わってくる。人が他人を評価するとはこういうことなのである。ある人間の評価と世間一般の評価が同じであるはずもない。諾否を決める評価者が人それぞれの基準を持っているのは当然のことである。

しかし、今から見れば理不尽かつ滑稽な断り状だとしても、これらの不採用通知には理由が書いてあった。理由があれば、それを読んで絶望すると同時に、立ち上がる勇気の種も手に入れることができるかもしれない。“No!”の言いっ放しで済ませている当世コンペ実施側の良識と応募者への敬意はどうなっているのか。切に問う次第である。

学学

読書の方法について、図書館の活用法について、あるいは文章の綴り方や推敲のやり方について、きちんと教わったり学んだりしたことがあるか? コミュニケーションすることについて――そのために必要な読み書きの技能について――国語の授業はいったいどれほど有効なヒントを与えてくれたのか? 

しかも、こうしたリテラシー一般に関して、誰かが教えてくれないのなら、自分で試行錯誤して技能を身につけようと一念発起した人がどれほどいるだろうか? ほとんど誰もがそれぞれの生きている「ことばの環境」の中で成り行きのやり方で、さほど工夫もせずにやりくりしてきたにすぎないと思われる。「学ぶことについての学び」と真剣に向き合ったことなどまずないのである。

学び方の学びのことを、ぼくは〈学学まなびがく〉と命名して、社会人に遅まきながらも実践するように推奨してきた。本ブログでも『学び学でリテラシーアップ』と題して書いたこともある。リテラシーとはおおむね「読み書きの技能」である。しかし、読み書きの技能は読み書きだけを目的としない。言語を高度に運用するために、ひいては思考力を高めるために、読み書きの効用を再考すべきだと思う。


何事であれ、最も成果を生みやすい習慣ほど地味である。但し、並大抵ではない継続と集中を要する。自分の仕事でそれが想像しにくければ、好きなスポーツの一流選手の練習ぶりを見ればわかりやすい。ありていに言えば「コツコツとハードワークをこなしている」。自分の仕事がそれを必要としないのなら、程度はたかが知れている。もっともリテラシーのことなど放っておくという生き方の選択肢はあるかもしれない。

しかし、リテラシーを放置していては言語生活は豊かにならない。たいていの大人はことばを第二の天性として鍛錬することに怠慢になっている。実は、ぼくたちが抱える諸問題の大半はリテラシーの強化によって解決することができるのだ。仕事上の業務や課題はある意味で言語的なのである。うまくいかない理由のほとんどがリテラシーの機能不全に関わっている。

自然流ではいかんともしがたいのである。本を読みながら、ノートを書きながら考えるという習慣を意識的に続けないかぎりリテラシーは高度にならないし、それどころか、加齢によって劣化するばかり。どうすれば上手に学べるかという方法を教わるか、もし教われそうにないのなら自ら編み出さねばならない。

日々揮発していきそうな諸々をノートに綴ってみる。本に書いてあることを覚えようなどとせずに、何度も読んで自分の知識や経験と刷り合わせる。気に入った文章を音読しながら意味や主題を考える。こういう習慣の繰り返しによって、語感が鋭敏になり構文が作れるようになり、やがて思いとことばがつながってくる。リテラシーの強化は練習に比例する。驚くようなノウハウの練習ではない。一日三度の食事のように、普通の行いを集中して継続するだけである。