2018年の年賀状


変わらぬ事業テーマは「コンセプトとコミュニケーション」。見えざるものを言葉にし、形にするのを使命としている。

発想の源やきっかけはいつの時代になっても書物だと考える。
検索すれば誰もが情報にアクセスできるウェブと違い、書物は透徹の選択眼を求める。差異化とは少数派に属すこと。ゆえに、紙の書籍を読まねばならない。

出版界が厳しい状況に置かれて久しい。ベストセラーとされる十万部超えは年に三百冊程度、発行点数全体の〇・三八パーセントにすぎない。読書人口を一億人とすれば、ベストセラーとは千人のうちわずか一人が読む本。ある意味で希少本なのである。

ほとんどの本は売れない、読まれない。企画されたものの世に出ない原稿も数え切れず。〈架空図書館〉にはおびただしい蔵書が眠る。売れない、世に出ない本には題名や主題の問題があり、著者の動機も独りよがりで、読者層の想定間違いも多い。


『あるもの、ないです』
クラフト・エヴィング商會が著した『ないもの、あります』(ちくま文庫)という渋い本がある。「思う壺」や「転ばぬ先の杖」や「一本槍」など、実在しないものが並ぶ。ないものなのにまるであるような錯覚に陥りそうになる。この本にヒントを得て『あるもの、ないです』を構想した人がいる。しかし、あるものがないのは単に商品の在庫切れのことだと気付いた。今のところ原稿はまだ一枚も書かれていないらしい。

『漫そぞろ働きのすゝめ』
スローライフやスローフードがあるのだから、スローワークがあってもいい。スローウォークの「そぞろ歩き」に倣えば、スローワークはさしずめ「そぞろ働き」だ。ありえないテーマではない。ところが、大半の富裕層や気楽なフリーターはすでにそのように働いているし、少なからぬサラリーマンも日々そぞろ働きを実践している。本書はサボリを奨励することになりはしないかと懸念され、出版が見送られている。

『あなたは犬ではない』
漱石の『吾輩は猫である』の主題と二項対立関係になる小説。著者は漱石の名作が”I Am a Cat”と訳され、原題の吾輩のニュアンスが出ていないことに失望した。将来英語の出版を視野に入れ、自作を訳しやすい表現にすべきだと考え、『あなたは犬ではない』というベタな題名にした。たしかに”You Are Not a Dog”と自動翻訳は完璧である。

『続・花火』
出版界にもパクリや便乗商法がある。本書はミリオンセラーの『火花』にあやかり、しかも「続」をかぶせた。ベストセラーのにわか読者が勝手に続編だと勘違いしそうだ。夏の風物詩をテーマに小説を書くには一工夫必要だが、日本各地の花火大会の写真集なら編めなくもない。万が一売れたら、『続・花火』の後に『花火』が出ることになる。

『私は一着しか服を持たない』
パリの暮らしの知恵から生まれた『フランス人は10着しか服を持たない』という本が話題になったが、10着は多いほうだから「10着しか」という表現はおかしいとケチがついた。そこで、本書は思い切りよく「一着」とした。着た切り雀の話ではない。新しい洗濯表示がわかりにくいため、一着にすれば混乱はないという提言である。結局、服の話ではなく、洗濯の話になってしまった。

『ダジャレ四字熟語集』
生命保険会社が毎年創作四字熟語を募集している。パロディやダジャレは元の熟語を知っているからこそ笑える。所詮、たわいもない言葉遊びであるが、漢字だけに、発音の一致だけでなく見た目も重要。以心伝心は「異心電信」、経済社会が「軽財斜壊」という具合。だが、一作だけ応募するのとは違って、そう簡単に本一冊分創作できるはずもなく、現在「サ行」で苦闘中。

『やっぱり「やっぱり」ではない』
あまり知られていないが、『偽書百選』なる本が文藝春秋から出ている。著者は垣芝折多(おそらく仮名)。所収されている偽書に『もはや「もはや」ではない』がある。この題名がテンプレートとして優れているという。『今度こそ「今度こそ」ではない』、『きっと「きっと」ではない』、『つまり「つまり」ではない』など、まったく苦労せずに題名ができてしまう。

『架空人名大辞典』
『世界文学にみる架空地名大事典』(講談社)からヒントを得た本である。架空だと思って人名をせっせと収録したのだが、ほとんどが実名として存在していることを初稿段階で指摘され、企画が頓挫している。

『モノガタリスギテ』
飽和の時代をテーマにした「モノが足り過ぎて」という物語。全文カタカナ表記が奇抜だが、「カタカナ・漢字照合表」を別冊付録にして読みづらさを緩和した。しかし、それなら最初から漢字仮名混じりでよかったのではないか。出版取次が嫌う本である。

『AIに負けない生き方』
人間の仕事が人工知能に脅かされている。勝てないまでも、負けないためのハウツーを網羅したのが本書。第1章「アルゴリズムvsアドリブ」、第2章「ディープラーニングvs軽めの学習」など、人間らしい対抗策を説く。決め手はあとがきだ。「本書通りに実践しても負ける時があります。しかし諦めてはいけません。いざとなればAI搭載機器の電源を切ればいいのです」。

ふと夏目漱石

夏目漱石の函入りの復刻版は書棚の一番下に立ててある。視線を床の方に落としたついでにふと目に入った。久々である。自分で買ったのだから当然覚えている。『道草』『明暗』『心』の三冊セット。

おなじみの三部作は、前期が『三四郎』『それから』『門』、後期が『彼岸過迄』『行人』『こころ』である(復刻版では「心」、その後「こゝろ」と表記され、今は「こころ」のようである)。代表作の『吾輩は猫である』は三部作には入らない。

少年時代に漱石はかなり読んだか読まされたかしたが、半世紀も経つと書名と物語が連動しない。書名は知っている、物語も覚えている、しかし完全一致させるのは容易でない。幼い頃に早熟気味に読んだものは忘れ、直近に読んだものは覚えている。読書とはそういうものだ。

さらに言えば、昔手に取った本のうち、読了したものはあまり覚えておらず、むしろ挫折した本の嫌な記憶だけが残っている。モーパッサンの『女の一生』はうろ覚えだが、スタンダールの『赤と黒』を読んでいて、これから先読むのはやめようと決意した瞬間と話の箇所は覚えている。


さて、漱石である。このブログを始めてから10年と4か月。1,337回書いてきた。検索窓で「夏目漱石」をチェックしたところ一件しかヒットしない。つまり、ぼくが夏目漱石と書いたのは一度きりなのだ。小説のことを書いたのではない。英語教師として二つの類義語の違いを少々ユーモラスに語った場面だ。次のように書いた。

理論上の可能性と現実に起こりうる蓋然性の違い(……)。授業中に“possible”と“probable”の違いを説明した夏目漱石のエピソードがある。「吾輩がここで逆立ちをすることは可能(possible)である。しかし、そんなことをするはずもない(not probable)」。

では、ブログ以外に思い出す漱石がらみのエピソードにどんなものがあるか。脳内検索してみた。そうそう、知人友人宛に出した引越ハガキの文面がおもしろかった。「手伝うなら昼から、メシだけ食うなら夜から」というような内容で、独特のユーモアなのだが、受け取ったら昼に行かざるをえない仕掛けがしてある。

もう一つ。私塾の『愉快コンセプト』の講座だったと思うが、漱石パロディを紹介したことがある。テキストが残っていた。漱石の『草枕』の冒頭とそのパロディを並べて笑ってもらったのを覚えている。

山路を登りながら、こう考えた。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれて、画ができる。
(夏目漱石 『草枕』)

耳をほじくりながら、こう考えた。
理を説けばかどが立つ。情にほだされれば流される。意地になられてはおしまいだ。とかくに女は扱いにくい。
扱いにくさが困じはてると、気安い女へ移りたくなる。どの女も扱いにくいとわかった時、あきらめが生じ、子ができる。
(郡司外史 『膝枕』)

ぼくの記憶の内にある漱石は、小説家ではなくユーモリストのようであり、またユーモリストに格好の材料を提供した人である。

昭和の見聞

昭和の六十有余年を風呂敷一包みにくるんで、「はい、昭和とは何々でございます」と片付けられる一言は思いつかない。カオスとエネルギーに満ち満ちた百面相の昭和だ、結局、「昭和とは……昭和でございます」と言うことになるだろう。

昭和30年代の中頃までは、戦後と呼ぶにふさわしい風情や風俗がまだ残っていた。そこには戦前も投影されていた。昭和20年代の生まれだが、戦後まもなくの頃の記憶があるはずもなく、昭和の記憶と言えば、30年以降に限られる。しかし、目撃も体験もしていないが、いろいろと耳にしてきたからバーチャル体験だけは積んでいる。

大正時代についても同じ。聞いたり読んだりしただけなのに、イメージだけが勝手に培われている。そして、昭和30年代は、後に続く40年代との隔たりが大きく、むしろ戦前や大正時代の延長のような気がするのである。


山積みされた古書均一コーナーに武井武雄の画文集『戦後気侭画帳きままがちょう』を見つけた。「昭和二十年より二十四年まで」と副題にあり、その数年間の典型的な風情や風俗の絵が何百も描かれ、それぞれに文が添えられている。聞き覚えのある話は多々、30年代に入っても続いたはずの見覚えのある光景も少なくない。珈琲の話、煙草の話、駅や電車の話……。とりわけ風呂屋の話がおもしろく、懐かしく思い出した。

風呂屋の盗難は謂わば日常茶飯事になっているが この女性 下着まで持っていかれて 裸で道中もならず うちへも帰れない。番台のおかみ 止むなく男物の浴衣を貸して帰す。さて これを一見した亭主 甚だおだやかでない。すったもんだの内ゲバの揚句 翌日二人で風呂屋へ行ったら 万事解決、これにて一件落着したとさ めでたしめでたし

一糸纏わず背中をこっちに向けて恥じらう女性の絵。足元には空っぽの籠。そう、昔は鍵のかかるロッカーなどなく、脱いだものを籠に入れた。風呂から上がったら下着が盗まれていたという話は、母や近所のおばさんたちからよく聞かされた。覗きは今と同じく男の仕業だったが、下着泥棒は男ではなかった。女が自分用に盗んだのである。

ハンコ売りのおじさん

忘れた頃にやって来るおじさんがいた。大阪の北摂から来ている、と言っていた。来るのは年に一、二度。おじさんは「ハンコ屋です」と言って入って来るのだが、実はハンコ屋ではなくハンコ売りである。おじさんがハンコを彫っているのではない。パンフレットを見せて注文を取るだけである。

いったん会社を創業したらツゲや水牛や象牙の社印や銀行印を作り直すことはまずない。ぼくの会社の印鑑も31年前の創業時のまま。個人にしても、成人はほとんど実印をすでに所有している。認印を除けば、よほどのことがないかぎり実印は一生ものだ。

おじさんはハンコの話にさほど熱心ではなく、むしろ自分が描く絵を見せたがった。誰の目にも素人絵だとわかる代物。色紙に描いた水墨画や達磨図を鞄に入れていて、十数枚取り出して見せる。色紙の裏には2000-とか1500-とかの数字が鉛筆で書かれていて、おじさんは素人なのに売る気満々なのである。


何度も会話を交わしているので、おじさんはぼくが趣味で絵を描くことも消しゴム篆刻をしていることも当然知っている。作品を見せてくれと言うから、オフィスに置いていたのをいくつか見せた。見せればえらく感動するのだが、他人の作品に関心があるはずもない。話をすぐに自作に戻す。

ある日、まったくぼくの趣味に合わない色紙をあげると言い出した。いや、もらうわけにはいかないと返せば、では預けておくと言い換える。要するに、ハンコが売れないご時世に自分の作品を売り込みたいのである。人情に辛い人間ではないから、やむなく色紙を受け取り、裏の数字を見ずに「お小遣い程度で申し訳ないが……」と言って千円を差し出した。おじさん、千円札を躊躇せずに受け取った。

おじさんが最後に来てから十数年になるだろうか。当時七十代半ばだったはずだから、ご存命なら九十前後ということになる。おじさんが残した達磨図はとうの昔に手元から消えている。どう処分したかは覚えていない。マウスを使って十数秒で一筆書きしたのが上の作品だが、こっちのほうがいい味が出ている。

懐かしい味

子どもの頃によく食べたおやつがある。その名もバナナカステラ。ぼくの周囲ではバナナパンとも呼んでいた記憶がある。懐かしい菓子であり、そして、昔ほど目につくわけではないが、今も売られている。「おかしなバナナ」と命名された商品を見つけた。菓子だから「おかしなバナナ」。

バナナカステラの他に、味つけパン、塩パン、蒸しパンなども末裔が生き長らえて昭和の食の風物詩を今も紡ぐ。生地に染み込んでいるのはノスタルジーの味である。

バナナカステラには自己同一性があるなどと言えば、大袈裟に過ぎるだろうか。時代が移り変わり人の味覚が変わっても、バナナカステラかくあるべしという主体性を失っていない点では、そう言えるような気がする。では、その正体はいったい何であったのか、そして今も何であり続けているのか。


たいせつな点だが、バナナカステラは果物のバナナがカステラになったものではない。バナナ味のエッセンスで味つけしたカステラであり、本物のバナナとは関係がない。ぼくにとっては菓子パンの一つだったが、パンよりもカステラが言い得て妙なのは、水分がかなり少ないからである。

カステラには“BANANA”という文字が浮き彫りになっている。エンボス加工である。「おかしなバナナ」のパッケージは「白あん入り」と謳っている。いかにも、白あん(または白あんモドキ)が中に入っている。商品によっては、白あんは文字の“ANAN”のあたりだけで、冒頭の“B”と末尾の“A”になかったりする。端の一口を齧ってもカステラだけということがある。

うまいかと聞かれれば微妙だ。昔と違って、食感のいい美味な菓子は今ならいくらでもある。バナナカステラのポジションは「マズウマ」かもしれない。まずいようでうまい。これは絵の「ヘタウマ」と同じで褒めことばだ。カステラの部分は乾いているので唾液がいっぺんに取られてしまう。そこに白あんが絡んで、ほんの少しだけしっとりする。お茶にも合う。

菓子パンの定番であるアンパン、イチゴジャムパン、クリームパン、メロンパンと比較すると、マイナーな存在と言わざるをえない。しかし、子どもにとっては目新しかった。おそらくバナナそのものが貴重な時代ならではの存在だったのだろう。時折り思い出しては一本賞味してみようと思う。一本食べると、もう一本に手が伸びてしまうのは今も昔も変わらない。

あの時、観戦者も飛んだ

帰宅して夕食時から午後11時頃は、仕事のある平日で一番ほっとする時間帯。話や文字から解放されたら、音楽を聴くかテレビを見るか、ぼんやり考え事をする。テレビはBGMみたいな存在で、テレビを点けたまま音声だけ聞き、食後のコーヒーを啜ったりする。

ここ10日間はかなりスタイルが変わった。変えたのは平昌ピョンチャンの冬季五輪。自ら体験した競技は何一つないが、札幌の冬季五輪から今日に到るまで、熱心に観戦してきた。特にスピードスケートとスキージャンプは欠かさず見てきたし、最近ではカーリングの高度な技とスリリングな展開に強い興味を覚える。自宅にはカーリングのミニチュア遊具も備えてあるくらいだ。

五輪のみならず、サッカーでも野球でもそうだが、録画はつまらない。結果を知らないで見る録画はまだしも、結果を知ってからの録画は話にならない。現場観戦が一番いいだろうが、それが叶わないならせめてライブだ。時差のない今大会はライブ観戦できるから興味は倍増する。と言うわけで、毎夜観戦を楽しんでいる。冬の競技はミスが起こりやすい。ある意味で減点スポーツ的な意味合いがある。だから、ハラハラする場面が多い。


印象に残る冬季大会は1994年リレハンメルだ。スキージャンプ団体は、原田選手の失速に日本じゅうが悲鳴をあげた。観衆も一緒に自分の腹筋に力を入れて1メートルでも先へと足腰を浮かせたが、結果は銀メダルに終わった。

さらに印象的なのがその4年後の長野大会。ラージヒル団体戦の当日、ぼくは講師として大手企業の合宿研修の最中だった。神戸六甲の立派な研修センターでロビーには大型テレビがある。最終ジャンパーの跳躍だけでもライブ観戦したいとの思いから、卑しくもその時間帯を自習させることはできないかと画策していた。

結果的には卑しくならずに済んだ。と言うのも、企業の研修担当課長が「受講生は、研修していても気が入らないでしょう。ぜひ30分ほど休憩してみんなで観戦しませんか?」と申し出てきたのだ。ここで相好を崩すわけにはいかない。ポーカーフェースで「う~ん、やむをえませんね」とぼく。

4年前の雪辱を果たす原田選手のウルトラジャンプ! あの時、観戦者も一緒に飛んだ。全員拍手と感激の嵐、金メダルに酔った。気がつけば、ロビーは他のコースの研修生も含めて観衆で溢れていた。やっぱりライブだ。研修室に戻っても受講生のテンションの余燼はくすぶり続け、研修モードに切り替わらない。その後の研修の調子が失速していったのを覚えている。

2017年の年賀状

当社は本年十二月に創業三十周年を迎える(予定)。
縁と機会に恵まれて今ここに至れたのは感慨深い。他人様から期待されるものがあり、その期待に応える相応の努力を重ねる日々であったと振り返る。
企画と言えば、表現や編集など、どちらかと言えば、手の技が主役だと思われがちだが、わたしたちの使命は考え伝えることであり、新しい発想からの切り口を提供することに尽きる。
その一端を示す仕事の習慣と方法を『いろはカルタ発想辞典』として編集し昨年の年賀状で紹介したところ、一部の読者から反響があり、「ぜひ続編を」という励ましをいただいた。
今年は「いろは」に替えて「一二三」と数にちなむ諺や故事成語などの用語を発展的に解釈してみた。発想上の戒めやヒントを導こうと試みた次第である。

一言以て之を蔽う
〔いちげんもってこれをおおう〕
様々な物事が集まって全体が意味を持つ。言いたいことは山ほどあるのに、本質をわずか一言で表わすには勇気がいる。しかし、多種情報の一元化にコンセプトの一言化は欠かせないのである。

二兎を追う者は
〔にとをおうものは〕 「一兎をも得ず」と続く。同時に二つの物事を狙うと一つの目的さえ叶えられないという戒め。足の速い兎を欲張って二羽追い掛けるから失敗の憂き目に遭う。逃げも隠れもしない二つの関心事なら両得はありうる。二足のわらじも恐れずに履いてみるべきだろう。

読書三到
〔どくしょさんとう〕 本を読む時に心得るべき三か条。声に出して読む口到(こうとう)、すなわち音読。目を見開く「眼到(がんとう)」。心を集中する「心到(しんとう)」。文のリズムを体得し視野角を広げて心を集中する。三到は三昧の境地に通じる。

四面楚歌
〔しめんそか〕 回りが意見の違う者ばかりということはよくある。だからと言って、孤立無援だなどと落胆するには及ばない。逆縁は転じて順縁になるのが常。楚の国の項羽も、自分を取り囲む漢の軍から楚の歌が聞えてきたことにひとまず安堵するべきであった。そこから先を読むから被害妄想に陥ったのである。

五里霧中
〔ごりむちゅう〕 深い霧の中ではつい方角を見失ってしまう。しかし、霧もなく見晴らしがよくても、何が何だか分からないのが今置かれている状況である。先もよく見えない。これが考えるというプロセスにほかならない。そもそも思考はカオスである。混沌ゆえにダイナミズムが生まれるのだ。

双六
〔すごろく〕 思い通りに事が運ばない双六は仕事の比喩である。紀元前ローマの詩人テレンティウスは言った。「人生は双六遊びのようだ。願う目が出ない。だが、偶然出た目を己の力によって生かせばいいのだ」。偶然をチャンスと見れば、「偶察」して望外の功を得るかもしれない。遊びの精神はセレンディピティを育む。

無くて七癖
〔なくてななくせ〕 癖がきっかり七つあるという意味ではない。別に一つでもいい。癖というものは芯まで染みついているから、改めるのが難しい。しかし、すべての癖が悪癖とは限らない。経験を積んだ技能も癖と言えば癖なのだ。ことばで説明できないすぐれた癖、それを「暗黙知」と呼ぶ。

腹八分
〔はらはちぶ〕 少し控えめに食べれば医者いらずなのだが、この八分の見極めが悩ましい。今は七分なのか、それともすでに九分過ぎなのか、的確に判断しづらい。ところで、脳の空きスペースは無尽蔵であるから「満脳」になることはない。くだらない情報以外の知はいくら貪っても問題ない。

九回裏
〔きゅうかいうら〕 勝負決したと思われる九回裏ツーアウト、走者なし。スコアは3対0。ここからヒットと四球でつながって満塁。打席には四番バッターが立つ。アナウンサーは十中八九こう言う、「さあ、わからなくなりました」。九回裏とは後がない終盤だが、諦めるなという場面でもある。

十で神童
〔とおでしんどう〕 二十歳過ぎて只の人になるための過程。晴れの成人の日に凡人になることを誰も望まないから、十で神童や十五で才子になってたまるかと抗う。わが国で十代の天才が生まれにくいのはこのせいである。

十二進法
〔じゅうにしんほう〕 十二よりも十のほうが「ちょうどいい感がある」などと考えてはいけない。十二は古来生活上の重要な分節単位であった。時計も一年も十二を基数としている。両手の指が十本だから、数える時に二つ余ってしっくりこないが、今さら一日を二十時間、一年を十か月に変更できない。一ダースの卵も二個減ることになってしまう。

十五 十六 十七
〔じゅうご じゅうろく じゅうしち〕 ♪ 十五、十六、十七と私の人生暗かった……。大いに遊んだり将来のことを考えたりする最良の高校時代に受験勉強を強いられれば、人生は暗くもなるだろう。夢は夜ひらくなどと若くして退廃してはいけない。

十八番
〔じゅうはちばん(おはこ)〕 昨年、十八歳に選挙権が与えられた。本来この歳あたりで得意な技芸の一つも身につけておくべきだが、二十歳過ぎて何をしたいのかも分からず、勤め先だけを決めたがる若者ばかり。中高年にもいる。「十八番は?」と聞かれてカラオケしか思い浮かばないとは実にお寒い話ではないか。

【あとがき】 十八番をトリとした。十一、十三、十四を欠番にしたことに他意はなく、単にスペース不足のため。欠番があることへの批判はお控え願いたい。

路地のある光景

「ろじ」を露路と表記すれば茶室へと導く通路の意味になる。そんな風情は周辺には見当たらない。だから、路地と書く。裏町の民家と民家の間の狭い通りのことである。

ぼくの住む街は、かつて町家だったと思われる痕跡を今もあちこちに留めている。実際、林立するマンション群の隙間に解体を免れている町家が少なからず点在する。町家ある所、路地も残る。表通りに佇んで路地を覗き、好奇心に促されてそろりそろりと進めば、狭い小道の左右に民家が立ち並ぶ光景に出合う。迷路と呼ぶほどの複雑な構造ではないが、近道だろうと思って入り込んだのはいいが、行き止まりということはよくある。

稀に旧住所を示す標識やブリキ製の看板が板塀に残っているが、路地を路地らしく装っていた小道具の大半は姿を消した。今では自転車やバイクが停めてあったりする。ちょっと奥へ進むと、町家を改造した雑貨店やカフェが出現する。それでも、表通りから眺める遠近感と光と陰翳の微妙な綾は、昔も今も大きく変わらない。


民家の立ち並ぶ表通りを歩けば、ちょうどいい具合に路地が一定のリズムで現れる。家、家、家、家……そして路地……という配置は心地よく、そぞろ歩きしていても飽きることはない。しかし、数カ月も経とうものなら、いくつかの隣り合った町家が壊されて更地になり、路地も消える。翌年になると光景がビルやマンションに一変していることも珍しくない。

ぼくにとっては路地ではない幅広い道なのに、それを路地と呼ぶ人もいる。その人の路地には軽自動車が入ってしまう。車が入ったりすると、もはや路地ではない。路地は人々の日常の生活と歩行を保障する治外法権的な地帯でなければならない。時に、よそ者の通行人も招き入れてくれる。

路地は暮らしやすさのバロメーターなのではないか。その街に住んでよし、歩いてよし。それはまた、街を小さく区分してちょうどよい戸数、ちょうどよい人数で共同生活する上での知恵のようにも思える。というふうに、懐かしく好意的に見るのだが、半時間ほど歩いてもなかなか子どもたちが遊ぶ姿にはお目にかからない。路地の奥まった家々ではひとりぽっちでゲームに興じているに違いない。路地の面影はかろうじて留めていても、人々のライフスタイルは様変わりしたのである。

2016年の年賀状

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かつてカルタ遊びは正月の風物詩の一つとして人気があった。百人一首にいろはカルタ。庶民は特に後者に親しみ、「犬も歩けば棒に当たる」などの読み上げに反応してはカルタ取りに興じた。

古今東西、一枚一枚のカルタに印された文言は処世訓でもあった。生きる上での教訓には二様あって、一つは善き言行のすすめ、いま一つは悪しき言行の戒めである。目上の人間から諭されると素直には聞きづらい道徳色の強い諺や教えも、ゲームとして親しんでいるうちにすっと頭に入り覚えたのだろう。

さて、企画を志す者の心得集を考えていた折り、ふといろはカルタが浮かんだ。正月に間に合うよう執筆編集に努め、遊び感覚を備えたわが国初の『いろはカルタ発想辞典』がついに完成した。知的作業や構想に悩む方々のヒントになれば幸いである。 


い  一を知って十を考えよ
一を聞いて十を知るでは不十分。考えに到らぬ知は功が少ない。

ろ  論も証拠も
証拠に論拠が伴わなければ、手抜きしている印象が強くなる。

は  話し上手が聞き上手
聞き上手だけでは場はもたない。

に  逃げては事は片付かない
整理整頓や問題解決は保守とは無縁の、攻める闘いである。

ほ  惚れたテーマに三度は挑め
何事も回を重ねてよくなるもの。諦める前に三回試してみよう。

へ  ペンはキーボードより強し
文字盤を叩いても頭への刺激は小さい。書けば脳が鋭く響く。

と  当意即妙がほんとうの力
想定外の事情が生じれば、備えあっても憂うことがある。

ち  地をよく見て図を描く
図の上手下手は前提や条件に合っているかどうかで決まる。

り  理屈が付いてこその値打ち
ぽつんと置かれただけのモノは価値を自ら語ることができない。

ぬ  ヌーヴォー万能にあらず
新しさが常にいいわけではない。

る  類は集まってバカになる
同類・同質は進化に逆行する。

を (……)

わ  わが主観に溺れるなかれ
客観でなく主観で考えていい。ただ、絶対としてはいけない。

か  カタカナ語に偏見持つな
大量の外国語がカタカナ日本語になった。使わねば不便である。

よ  よく語りよく書けて一人前
プロフェッショナルはアウトプット型言語行動を顕在化させる。

た  棚から出さぬ本はレンガ
読まぬ本はかさばって高くつく。

れ  礼儀過ぎて誠意足りぬ
社交辞令人間は心ここにあらず、仕事のできる者もあまりいない。

そ  それあれこれでごまかすな
危機管理するなら代名詞追放。

つ つまらぬ空想もネタになる
たいていのグッドアイデアは元々小馬鹿にされた経緯をもつ。

ね 猫の手よりも自分の脳みそ
猫は傍にいない時があるが、脳みそはいつも頭の中にあるはず。

な 習って慣れれば習慣となる
習うのは一瞬、だが慣れるには年単位の歳月を要する。

ら 楽と苦はワンセット
楽の後に苦でもなく苦の後に楽でもなく、二つは表裏一体。

む  無理と道理は紙一重
たった一枚の紙で無理な話も道理あるシナリオに変わる。

う  売り言葉に誠意を込めよ
買い手にホンネで約束し、その約束を果たすことが信用を得る。

ゐ  (……)

の  ノーの数だけ精度が上がる
ノーは検証やチェックの別名。

お  思いを言葉にする一工夫
ピンポイントの表現が見つかるまでは粘り腰で考えに考え抜く。

く  苦しい時の紙頼み
腕を組んでも苦悶は増すだけ。素直に紙に書いてみるのが正解。

や  やればできるは甘い慰め
ここ一番頑張っても普段できている以上の成果は生まれにくい。

ま  待つだけの身に果報なし
果報は寝て待て? その他力精神、厚かましいにもほどがある。

け  芸は仕事の自然調味料
技術や経験だけで仕事に味は出ない。芸、遊び、ユーモアも少々。

ふ  不思議がるほどにひらめく
なぜ、どのようにという問いが立てば答え探しの眺望が広がる。

こ  コンセプトはひねり出す
コンセプトはどこにもない。想いを貫いてひねり出すものである。

え  絵に描いた餅は脳を満たす
食べる前にイメージを浮かべる。実用に先立つ想像が必要だ。

て  出る杭だから気づかれる
出ない杭は存在しないに等しい。

あ  開けてびっくりポンな本
手に取らなかった読まず嫌いの本に望外の掘り出しヒントあり。

さ  三人寄っても知恵湧かず
三人の頭数が必要と思う時点で、三人は凡人の可能性大である。

き  企画に勇気と異端発想を
時代は新しい企画を待望している。前例の真似事に出番はない。

ゆ  ゆうべの思いを今朝へと繋ぐ
アイデアは睡眠中に途切れる。線にして温めて孵化したい。

め  目は時に真、時に偽を見る
百聞より一見と言われるが、目は案外偏見が好きなようだ。

み  ミラクル頼みは仕事の敵
コツコツするのが仕事。やっていること以上の成果は生まれない。

し  知るとおこなうは大違い
知る段階に達するのは多数。知ってから先に進むのは少数。

ゑ  (……)

ひ  他人あってこその人間関係
関係の中心に自分を置いてもいいのは神と幼児だけである。

も  モラトリアムの付け回し
仕事を先送りするグズのツケはまじめな仲間が背負わされる。

せ  拙速は巧遅に勝る
ウマオソよりもヘタハヤ。下手でもいいから、まずは機敏な動作。

す  好きは最強の動力源
いつでもどこでも自家発電。石油も原子力も太陽光もいらない。

ん  (……)


【あとがき】 すべての諺や名言に反証例があるように、ここに紹介した教えも絶対ではない。実践効果がなかったとしても、異議申し立てはご遠慮願います。

七月の風物の記憶

七月が終わる。振り返ってみると足早に過ぎた一ヵ月だった。逃げるのは二月だけ、去るのは三月だけに限らなくなった。ぼく固有の感覚なのか、それとも誰にも働いている感覚なのか。

昨日まで企画の指導をしていた。「昭和ノスタルジー」をテーマにした班があった。寂れた駅前をシニアの便宜を図るために再活性化しようとする案。紫煙くゆらす喫茶店や雑居ビル一階の食いもん横丁などの雑談をしているうちに、昭和と暑い七月固有の風物が重なり始めていた。ぼくの記憶の在庫棚には各種風物・歳時が並んでいる。金魚や西瓜はすっと取り出せるが、正確には八月の暦に記される風物である。


思い出さなくてもいいのに、つい思い出してしまうのが忌まわしい蚊にまつわる体験だ。マンションの高層階まではやって来ないので、最近は蚊に食われることはほとんどない。しかし、子どもの頃は蚊に吸われ放題だった。梅雨明けの頃から、蚊は大量に発生した。年寄りたちはそれを「蚊が湧く」と表現した。

蚊取り線香
蚊取り線香(絵:岡野勝志)

蚊を「追いやる」のがかつての線香だったらしい。しかし、線香の火が消えて煙が出なくなれば蚊は戻ってくる。湧くようにいるのだから、追いやってもきりがない。蚊はやっつけるべき憎き存在となり、線香には「蚊取り」という攻撃性が加わった。

子どもはある時から火を点つけたがるようになる。花火に着火して持ちたがる。蚊取り線香もしかり。便利な使い切りライターがなかった時代、徳用マッチを擦った。手際が悪いとうまく火が点かず、二本目のマッチを取り出した。

蚊取り線香は大した発明である。渦巻きの美学の凝縮形と言っても大げさではない。火種が曲線的に動き、緑から灰色に色が変わり、灰色が下に落ちる。蚊はしばし逃亡している。蚊を追い払いやっつけるはずの煙を自分が大量に嗅いで吸いながら、渦巻きに見入って飽きない。蚊取り線香の煙の向こうには、もちろん蚊帳が吊ってあった。