懐かしい味

子どもの頃によく食べたおやつがある。その名もバナナカステラ。ぼくの周囲ではバナナパンとも呼んでいた記憶がある。懐かしい菓子であり、そして、昔ほど目につくわけではないが、今も売られている。「おかしなバナナ」と命名された商品を見つけた。菓子だから「おかしなバナナ」。

バナナカステラの他に、味つけパン、塩パン、蒸しパンなども末裔が生き長らえて昭和の食の風物詩を今も紡ぐ。生地に染み込んでいるのはノスタルジーの味である。

バナナカステラには自己同一性があるなどと言えば、大袈裟に過ぎるだろうか。時代が移り変わり人の味覚が変わっても、バナナカステラかくあるべしという主体性を失っていない点では、そう言えるような気がする。では、その正体はいったい何であったのか、そして今も何であり続けているのか。


たいせつな点だが、バナナカステラは果物のバナナがカステラになったものではない。バナナ味のエッセンスで味つけしたカステラであり、本物のバナナとは関係がない。ぼくにとっては菓子パンの一つだったが、パンよりもカステラが言い得て妙なのは、水分がかなり少ないからである。

カステラには“BANANA”という文字が浮き彫りになっている。エンボス加工である。「おかしなバナナ」のパッケージは「白あん入り」と謳っている。いかにも、白あん(または白あんモドキ)が中に入っている。商品によっては、白あんは文字の“ANAN”のあたりだけで、冒頭の“B”と末尾の“A”になかったりする。端の一口を齧ってもカステラだけということがある。

うまいかと聞かれれば微妙だ。昔と違って、食感のいい美味な菓子は今ならいくらでもある。バナナカステラのポジションは「マズウマ」かもしれない。まずいようでうまい。これは絵の「ヘタウマ」と同じで褒めことばだ。カステラの部分は乾いているので唾液がいっぺんに取られてしまう。そこに白あんが絡んで、ほんの少しだけしっとりする。お茶にも合う。

菓子パンの定番であるアンパン、イチゴジャムパン、クリームパン、メロンパンと比較すると、マイナーな存在と言わざるをえない。しかし、子どもにとっては目新しかった。おそらくバナナそのものが貴重な時代ならではの存在だったのだろう。時折り思い出しては一本賞味してみようと思う。一本食べると、もう一本に手が伸びてしまうのは今も昔も変わらない。

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岡野勝志(おかのかつし) 企画の総合シンクタンク「株式会社プロコンセプト研究所」所長 企画アイディエーター/岡野塾主宰 ヒューマンスキルとコミュニケーションをテーマにしたオリジナルの新講座を開発し、私塾・セミナー・ワークショップ・研修のレクチャラーをつとめる。

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