食欲の秋に思う

食欲の秋、実際に食欲は増進するのだろうか。そして、摂取食事量も他の季節よりも増えるのだろうか。食材が豊富に出回るこの季節、みんなせっせと食べているのだろうか。いや、そうとはかぎらない。食欲の秋に食欲不振に陥る残念な人もいるはずである。

事実をどれだけ反映しているのかわからないが、“Amore, cantare, mangiare”(アモーレ、カンターレ、マンジャーレ)はイタリア人を象徴する三大動詞と言われる。「恋する、歌う、食べる」。彼らが惚れっぽいのは映画を観ていればうなずける。歌うのはゴンドラの漕ぎ手やレストランの流しの歌手を見て知っているが、猫も杓子も歌うカラオケ文化のわが国に比べたらさほどでもないような気がする。

ボンルパわいん家2

食欲旺盛な大食漢ぶりは日本人がイタリア人を凌いでいると断言できる。かつてフルコースという概念に振り回され、日本人観光客はヨーロッパに出掛けると、前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザートをまめに注文した。もちろん、イタリアでも前菜、第一の皿(パスタ類)、第二の皿(魚料理・肉料理)、デザートというカテゴリーは今もある。ぼくもそんなふうに生真面目に全品注文したことがある。実際のところ、ハウスワインの安いのとつまみとパスタだけ、またはサラダとピザだけという現地の客が多い。日本人観光客のようにハムとチーズの前菜、パスタ、肉料理、デザートとコーヒーなどは例外と言ってもよい。


閑話休題――。時はまさに天高く馬肥ゆる秋である。食欲旺盛になって体重を増やすのは馬のみにあらず。ぼくたちも、豊富な食材や美酒にそそのかされ、気が緩んでしまうとつい鯨飲馬食しがちである。ぼくのささやかな知識の中には、秋の食欲旺盛ぶりにちなむ外国語の諺や格言はない。但し、食べることと恋することに関しては、イタリア語に次のような常套句がある。

Chi non mangia ha già mangiato, oppure è innamorato.
(食事の進まない者は、今しがた食べた者か、恋する者である)

大食いを除けば連食・・などはできない。したがって、今しがた食べた者の食事が進まないのは当然。では、恋する者は食事が進まないか。これには異論が出るだろう。「恋して、歌って、食べる」がイタリア人の特質ならば、恋と食は仲違なかたがいしない。それどころか、恋心が食を旺盛にすることもありうる。

おそらくここで言う恋とは叶わぬ片想いの恋か、すでに失恋間近の、成就しそうにない恋なのに違いない。フォークとナイフを動かしている割には、口の中に食べ物をあまり運んでいないうわの空状態。そのような恋ならば、食欲どころか勤労意欲も遊興欲も活発にならないだろう。恋以外の何がしかのストレスも食欲減退の要因だと言われるが、この歳になっても未だに食欲不振に陥ったことのないぼくには無縁な話である。しかし、このことは食欲の秋にはかなり大きなリスクを秘めることになる。

類推の多様性

孔雀

気の遠くなるような未来のXXXXXX年、ある男が化石を発掘する。骨ばかりの化石。実は、その化石はぼくらのよく知る孔雀なのだが、孔雀はすでに絶滅しているので彼は孔雀について何も知らない。しかし、果敢にも元の姿を再現しようとする。彼はぼくたちが知っている孔雀の羽根の鮮やかな色模様を再現できるだろうか。

幸い、彼は何種類かの鳥を知っているので、化石が鳥らしいことを類推する。そして、彼の知っている鳥類の羽根や色を参考にして孔雀を類推する。もし彼がカラスから類推すれば、孔雀は黒い鳥として再現されるだろう。もし彼が白鳥から類推すれば、孔雀は白い鳥として再現されるだろう。派手な衣装を身にまとう小林幸子や美川憲一のような孔雀は再現されないような気がする。

さて、空想はこのくらいにしておいて、現実に戻る。5500万年前に絶滅したとされる恐竜の化石はめったに全骨発掘されることはない。皮膚もほとんど付着していない。考古学者――正確を期すなら古生物学者――は、現存する爬虫類の色を参考にして推理するらしい。たいての爬虫類は緑色系か茶褐色系なので、恐竜もその系統の色で再現されている。プロントザウルスが緑色で、ティラノザウルスが茶色というのは類推の結果にほかならない。


過去の何事かを類推するには調査が欠かせない。調査では情報を収集する。どれだけの情報を集めるかは、調査者の調査方針や調査設計次第である。しかも、見方によっては情報は無限大、どんなに調べ尽くしても集めた情報は一部に過ぎない。そこから類推するのだから、ピンポイントで何事かを明らかにすることなど夢物語のように思える。だから考古学はロマンなのか。新たな情報が追加されるたびに、類推も変わる。

犯罪捜査に用いられる証拠に未来のものはない。すべて過去の情報源からもたらされるものである。過ぎ去った過去の事実のことごとくを明らかにすることはできない。刑事は、入手した一部の証拠と聴取した一部の証人の記憶に基づく一部の証言を繋ぎ合わせて、犯人を割り出そうとする。あるいは、容疑者の犯行を裏付けようと推理する。

類推(または推理)は空想ではない。経験や知識がなくても空想はできる。空想するのに空想者は責任を負うことはない。類推の最終的な蓋然性は定まらないものの、それは空想と一線を画する。類推は、不足気味の既知情報から、ある事実を演繹的に導出する作業である。既知情報の組み合わせもさることながら、推理者の経験と知識によって結論は異なってくる。もし類推がつねに一定ならば、類推の対象はすでに確定しているに違いない。それを類推などとは呼ばない。多様性こそが類推の特性である。だからこそ、素人にも類推の出番があるのだ。

ジョークの使いどころ

ある高名な国際ジャーナリストが、世界で活躍するジャーナリストに欠かせない条件を語ったことがある。言うまでもなく、筆頭は語学である。三つ目が楽器が弾けることで、これには少し驚いた。語学の力だけでいかんともしがたい場の潤い、空気の緩和にピアノかギターを奏でるといいと言うのである。なるほど。だが、ピアノやギターはどこにでもあるわけではないから、つねに携帯するなら現実味があるのはハーモニカだろう。そう考えて、ぼくはハーモニカの独習に励んだことがある。

そう、ぼくは高校と大学の一時期、国際ジャーナリストに憧れたことがあるのだ。英語ディベートを通じて語学に励んだのも、語学学校で教え研究したのもそんな動機ゆえであった。ところで、3条件の二つ目がジョーク。「ジョークに強くなれ」とは弁論術や人間関係論では古典的セオリーなのである。もちろん、どんなジョークでもいいわけではない。TPOをわきまえなければならない。と言うことは、かなりの在庫を抱えておく必要がある。だから幅広く読んだ。読むだけでは再現できないから、自分流の表現やシナリオに変えて覚えた。実は、ぼくが一番よく読んだ書物のジャンルはジョークやユーモアに関するものだ。

ジョークという芸が身を助けてくれたことがよくある一方で、こけた経験も数知れず。仕込んだネタが予想通りの笑いを誘わなければこれほど惨めなことはない。ジョークは切り出し方、話し方、間の置き方で天と地の差が出る。ぼくのジョークを誰かがそっくりそのまま使っても功を奏するとはかぎらない。けれども、話し手の技術だけでジョークは完結しない。相手の教養や想像力も反映する。これを逆用する。「ジョークを笑えるかどうかであなたがたの教養が試される」と言ってからジョークを放つと、分からなくても分かった振りをしてみんな笑う。見栄っ張りの集団では効果てきめんである。


では、一つジョークを披露しよう。あなたは試される。

脚を組む

ある日、学生と教授が雑談していた。熱弁中の先生が脚を組むとズボンの裾が上がり、靴下が目に入った。よく見れば、右足のソックスが青、左足のソックスが赤である。
学生は教授の話が途切れたところで尋ねた。
「先生、色違いのソックスなんて、ずいぶん変わってますねぇ」
問われるのに促されて、教授は左右の足元に目を落とす。
「そうなんだよ、きみ。わたしも変なソックスだと思っているけどね、家にはこれと同じものがもう一足あるんだよ」


さて、冒頭の国際ジャーナリストの話。自他ともに認めるかどうかは知らないが、自分だけの評価に限定すれば、一応ぼくは語学、ジョーク、楽器という、国際ジャーナリストの3条件をある程度満たしたことになる。しかし、二十代前半のその時点でぼくのその職業への憧れは消え失せていた。以来三十有余年を経て今に至る。語学とハーモニカは錆びつかないようにたまに口慣らしする程度だが、ジョークのねたはせっせと仕入れユーモアセンスを磨くことには精進している。よほど相性がいいのだろう。

龍馬との邂逅

熱心に世界史を学んだことはあるが、日本史はかなりなまくらである。国辱呼ばわりされても困る。雑学好みのぼくでも手の回らないテーマは、なじみのテーマよりも圧倒的に多いのである。

とは言うものの、日本史は何度も通史を読んではいる。しかし、たぶん世界史の学びに比べると一本筋を通すことにこだわり過ぎたきらいがある。縄文時代から始まって、古代は飛鳥時代、平安時代と下り、鎌倉時代前になるとエネルギーが切れてくる。今度こそはと挑戦を繰り返したものの、忍耐が続かない。その結果、平安時代までは他の時代に比べてかなり詳しいという、いびつな縁取りの歴史観になってしまった。

おもしろいことに、千年ジャンプした幕末・明治維新には強い関心があって、よく本を読んだものである。十代の終わりから二十代の前半に、幕末マニアの先輩がいたのも縁であった。今となっては詳細はほとんどうろ覚えで、興味を惹かれたエピソードを断片的に記憶しているに過ぎない。坂本龍馬、勝海舟、横井小楠、西郷隆盛……その先輩とは頻繁に談義を楽しんだ。「昭和の龍馬を目指せ」などとよく言われたが、「31歳で暗殺されてはたまらない」などと笑い返していた。


もう40年近く前の話である。その後も、かつての情熱ほどではなかったが、龍馬に関する本や勝海舟の本なども読んでいた。けれども、会社を興してからはぼくのテーマはその時々の時代や仕事にシンクロするようなものばかりとなった。古代ローマやルネサンスや古典文学や哲学とも疎遠になっていった。

龍馬を再び強く意識するようになったのは、ここ数年のこと。縁があって年に二度高知に出張するようになってからである。ただ、一泊二日の制限では自由時間は34時間しかない。龍馬の地に行きながら息吹を肌で感じる機会はほとんどなく残念に思っていた。幸いにして、先週、仕事の前日にまとまった時間が作れた。龍馬生誕の地の碑に佇み、「龍馬がうまれたまち記念館」に足を運び、その近くを流れる鏡川の夕景に身をゆだねて時代を幻想的に遡ってみた。

龍馬と

写真上手ではないが、街角や風景をよく撮る。だが、記念撮影は好まない。海外に出ても自分の写真は一、二枚あればいいほうだ。そのぼくが記念館に再現された和室に靴を脱いで上がり、龍馬とのツーショット、いや姉の乙女も入っての「スリーショット」におさまることにしたのである。初対面とは思えぬ、懐かしさいっぱいの邂逅となった。学びも経験も、気になることはしておかねばならないとの思いを強くした次第である。

ヒーローの話

いろんなジャンルの「ヒーロー列伝」なる本がある。実は、15年前のノートを気まぐれにめくっていたら、そんな小話を綴っていた。と言うわけで、今朝はスポーツの話を書いてみる。

負けて銀、勝って銅

オリンピックや世界選手権では、それぞれのスポーツが独自の方法で金、銀、銅を決める。どの競技でも金メダリストは試合直後も表彰台でも歓喜している。ところが、敗者復活のある柔道やレスリングでは、悲喜こもごもの表彰式が見られる。金か銀を決着する優勝決定戦があり、銅かメダル無しを決める三位決定戦があるからである。

一回戦や二回戦の敗者は復活してももはや金、銀は取れない。よくて銅メダルである。三位決定戦には復活した敗者が出場することがある。金メダルを争う二人は準決勝を勝ち抜いている。銅メダルを競う三位決定戦の二人よりはおおむね力上位であり、現実に負けなしでファイナルに進んできた。

しかし、どうだろう。銀メダリストは最後に負け、銅メダリストは最後に勝っている。前者は試合後も表彰台でも敗北感を押し殺してうなだれている。後者は、一度負けた悔しさは尾を引くものの、敗者復活で拾われ、勝って銅メダルなのだから、涙にまみれることは稀である。銀メダリストは大会においてはヒーローの一人でありながら、ワンランク下の銅よりも辛い表彰式を迎える。

ヒーローインタビュー

ヒーローインタビュー

野球ではいわゆるお立ち台の光景。マイク片手にインタビューアーがヒーローを待ち受けて台上へと促す。そして、満員の聴衆の歓声と拍手が止むのにタイミングを合わせて精一杯マイクで声を響かせる。

「ホーソーセキ~、ホーソーセキ~」 ほら出た。必ず二度言う。実況中継を担当していた放送席に強く語り掛けるのである。元はと言えば、放送席の方が視聴者に向かって「では、ヒーローインタビューです」とマイクを現場に譲っているにもかかわらず。呼び掛けるべきは、放送席ではなく、球場を埋め尽くしたファンなり視聴者ではないか。

大したことを聞くわけではない。「いいピッチングでした!」か「見事なホームランでした!」と投げ掛ける程度である。「あの場面では何を考えてバッターボックスに入ったのですか?」に対しては、選手も「思い切り振って行こうと思っていました」くらいの答えしかない。外人選手の場合は通訳をはさむ。通訳は質問も感想もかなりアバウトに訳す。

それにしても、ヒーローへの質問が月並みである。それに対するヒーローの応じ方も月並みである。月並みなやりとりがヒーローを凡人にしてしまう。何よりも聞かされるぼくたちが気恥ずかしさを覚える。ヒーローの扱いに関してもっと勉強してもらう必要があるだろう。

日曜日のオムニバス

いつもテーマを意識して文章を書く。キーボードを叩き始めた今、特に明快なテーマはない。テーマはないが、動機はある。動機がなければ誰も文章など綴ろうとは思わない。ふと、先週の日曜日を振り返ってみることにした。そして、タイトルの欄に「オムニバス」と書き込んだ。

オムニバスと言えば『昨日・今日・明日』である。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの伊仏合作映画。初めてオムニバスということばを知った。「乗り合い馬車」という意味。転じて、いろんな断片話を組み合わせて一本にする物語の手法として使われるようになった。そうそう、そんな形式で今書こうとしている。余談になるが、この二人の名優の『ひまわり』はやっぱりいい映画だったと思う。

ムクドリたちの朝

その日曜日の朝はムクドリに始まった。ムクドリの一般的な生態などよく知らない。ぼくの知るムクドリ――つまり近場に棲息するムクドリ――は、いつも縄張り争いをしていて気性が激しい。ビルの空気孔を奪い合う。あなの数は限られているからそうなるのだ。向こう側のビルからぼくのマンションを見たら、同じような争奪合戦が見えるのかもしれない。

モール内の書店をぶらついた。数社の図書目録をピックアップする。当然無料。めったに行かない棚の前を通りかかる。目に飛び込んできたのが『太宰は女である』という書名。手に取らずに内心つぶやく、「その通りだ」。十代・二十代で近代・現代文学全集に収められていた小説はほとんど読んだ。だから『斜陽』や『人間失格』など太宰治の作品も読んでいる。女性に熱心な読者が多いのもわからないでもない。ぼくは無駄な時間を潰したと思っている。「太宰は女だったのか……そうかもしれない」と繰り返す。

「ビストロソウル」という、コンセプトのよくわからない韓国居酒屋がある。ドアに手書きポスターが貼ってあり、「キムチ、お持ち帰りできま~す!!」と書かれている。「できま~す」というゆる~い表現にダブル感嘆符(別名「二つ雨だれ」)がミスマッチなのである。店に入ったことはないが、ハートマークでよいのではないか。

彼は理性があるのに理性を発揮できないで苦しんでいる。彼は常識と良識の違いを知らない。常識というのは世間一般に属するものである。世間だから、納得するしないにかかわらず、気にしなければならない。良識とは人としての理性に基づくものである。常識に迎合するのではなく、己の理性と良識に自信を持てばいいのだ……こんなメールを送った。

二十代の終わりに一年間無職だった。その頃に書いた短編小説がどっさりと出てきた。数編読んでみたが、まあ普通の文才と言わざるをえない。大半が未完である。根気がなかった。

尺度の限界

茶の本

岡倉天心は英語で『茶の本』を書いた。学生時代に読んだのは日本語版である。原文が英文だとはにわかに信じがたかった。後年英文で読んでもう一度驚いた。日本固有の概念や表現がものの見事にアルファベットで伝わってきたからである。新渡戸稲造の『武士道』にも鈴木大拙の『禅』にも同じ驚きを覚えた。いずれも日本語から英文への翻訳ではなく、原文が英語で書かれたのである。その『茶の本』に次の一節がある。

おのれに存する偉大なるものの小を感ずることのできない人は、他人に存する小なるものの偉大を見逃しがちである。一般の西洋人は、茶の湯を見て、東洋の珍奇、稚気をなしている千百の奇癖のまたの例に過ぎないと思って、袖の下で笑っているだろう。

自分は一流大学を卒業した、一流企業に勤めている、これこれのキャリアがある、何々分野の権威である、何よりも有名である……そう、自他ともに認める「偉大」なのだ。こう胸を張っても、それがいったいどれほどの意味を持つのか、と謙虚に問えるだろうか。偉大と言ってもたかが知れている、そんなものはちっぽけであると思えるか。自分の大は何があろうとも大であり、他人の小はどこまで行っても小であると見てしまうのが人のさが。この習性は洋の東西を問わず、優位を感じている側に顕著に見られる。


ぼくたちはパリの国際度量衡局のメートル原器に基づいて定規やメジャーを作り、「同じ尺度」で長さを計測している。しかし、数値化不能なものや価値の認識のしかたや判断は人それぞれである。個人はそれぞれの尺度を持っている。だからこそ、同じ花を見て、ある者は美しいと感じ、別の者は美しいと感じない。これを一言化したのが、「人間は万物の尺度」(プロタゴラスである。ここでの人間は個人というほどの意味だ。だからこそ、異論が生まれる。異論を無理に統一すれば人間の集合体の中でひずみが生まれる。もし一つにしなければならないのなら、話し合うしかない。これを議論とかディベートと呼んだのである。

企画を指導していていつも感じることがある。自分の企画したものを「これでいいのか、正しいのだろうか」と不安になる人たちが少なからずいる。彼らは「世間の尺度」、ひいては「偉い人や権威の尺度」が気になってしかたがない。そんな尺度で測られてたまるもんかという威勢のいい若者はめったにいないし、もしいたとしても、世間からは寸法違いだと見放されてしまう。

世界は偉人たちの水準で生きることはできない。

『金枝篇』を著わした社会人類学者ジェームズ・フレーザーのことばだ。こんな話をしながら随所で権威を引くとは複雑な気分である。ともあれ、世界にはいろんな人間がいる。千差万別の認識のしかたがある。偉人の尺度は参考にはさせてもらうけれど、呪縛されるわけにはいかない。ちっぽけかもしれないが、ぼくにはぼくの生き方、考え方、仕事の方法という都合があるのだ。

つかみとオチの現実性

たとえまじめなテーマの講演でも、聴きに来る人は講演者のキャラクターに応じて笑える場面を期待する。かつてぼくは全国区であったが、今は主として西日本。講演や研修の半数は関西を中心におこなっている。ぼくを知る聴衆が多い大阪の講演会では、特に「つかみとオチ」にユーモアを期待される。意外かもしれないが、「おもしろい講師」というのがぼくの評判なのである。

話すべきことを話し終え、時間が迫ってくれば簡単な締めの一言で結ぶ。ある講演会でのこと。ふつうに講演を終えた後に勉強会の親しいメンバーがやって来て、「先生、今日の話にオチはなかったですね」と言われたことがある。「きみ、毎度毎度オチを考えているわけでもないよ。オチは勝手につくこともある。でも、そう易々とオチは生まれないからね」と答えておいた。

落語にオチはつきものだ。効果的にしゃれたことばで話を締めくくる。「下げ」とも言う。落語ではオチは仕組まれている。ぼくは落語家ではないから、オチを仕込むわけではない。その日の話の成り行きでオチがうまくつくこともある。きちんとしたストーリーを丸暗記して講演しているのではなく、テーマとコンテンツを盛り込みながらも、ほぼアドリブで話すから計算などほとんどしていないのである。


オチに比べたら、冒頭で勝負が決まるつかみのほうが仕込みやすい。その日の聴衆のことを少し意識すれば可能である。いずれにせよ、話をせよと招かれたのであるから、ぼくには主題がある。つかみやオチが輝いて主題が精細を欠けば本末転倒だ。つかみやオチのことばかり考えるのは「よそ見」に等しい。裏返せば、つかみやオチは意識して創作する類のものなのである。しかし、作意が見え透いてしまうと不自然になる。そうなるくらいなら、当たり外れがあっても臨機応変につかみとオチが生まれるほうがいい。繰り返すが、噺家ではないから、起承転結の「起」でつかみ「結」でオチをつけるノルマはぼくにはない。

夢

ぼくのことはさておき、一般的には現実世界で何かを語るには作意が欠かせない。現実に比べたら、夢の世界は唐突である。つかみもオチもない。いきなり不自然に始まり不自然に終わる。脈絡はない。計算もない。起承転結などデタラメである。だからこそ、夢には現実にないおもしろみや意外性があるのだろう。

現実には始まりの合図があり、終わりの区切りがある。講演でも会合でも式次第がある。どんなにカジュアルなセミナーと言えども、いま始まった、いま終わったということがわかる。劈頭へきとう掉尾ちょうびを飾る挨拶はたいてい退屈なものと相場が決まっている。

つかみもオチもなく、テーマはあって無きがごとし、意表をつく断片の話のコラージュ、寄り道あり脱線あり、それでも聴き終わったら、ガツンと衝撃があって脳裡に焼きつく。夢を見ているかのように錯覚させるような講演をしてみたいと目論んでいる。かなりいい歳だからそれも許されるはず。しかし、無秩序な夢物語でさえ、現実的に構成しなければならないことに気づきもしている。

石に矢の立つためしありやなしや

「意志あれば道開く」とか「願望は実現する」などとよく言われる。イタリア語にも次のような格言がある。

Volere è potere. (意志は能力である)

能力を「あることを実現する力」と見なしてもいい。さて、理屈っぽく考えると、意志という「一因」によって道が開けそうもないし、ただ願い望むだけで事がうまく実現するはずもない。では、意志・願望を持つことと何事かが可能になることの間にはまったく因果関係などないのか。それは、よくわからない。

意志があって強く願えば何でも可能になる、とは思えない。「精神一到何事か成らざらん」と言うけれど、二者対抗型の競技などにあっては双方が強くそう考えている。それでもどちらかが勝ち他方が負ける。サッカー国際親善試合の冒頭でキャスターが「絶対に負けられない試合がある!」と叫んでも、負ける時は負ける。相手にとってもその試合は絶対に負けられない試合なのである。絶対と強がっても、絶対はない。


おおよそダメなものはダメなのである。しかし、「ダメ」と信じ込んでいることに常識の穴や見落としがあるかもしれない。ダメと思っていること自体が錯覚である場合、別の機会にさらりとうまくいく僥倖に巡り合う可能性を否定できない。

意志があっても、ふつうは石に矢は立たない。ところが、石に割れ目があった、あるいは想像以上にもろい石であったというのであれば、矢が立つかもしれないのである。石は硬いから、それよりもやわらかいものを通さないという固定観念。石と矢の関係にはその固定観念が当てはまらないことがありうる。

グーがチョキに負ける

では、チョキはグーに勝てるだろうか。意志強くして、かつ勝ちたいという願望を極限に高めても、チョキではグーに勝てない。大人のチョキで威嚇しても幼児のグーに勝てないのである。意志や願望にかかわらず、ルールによって制限されているかぎり実現の可能性はゼロである。石に矢の立つためしがあるのは石に矢を立ててはいけないというルールがないからである。チョキはグーに負けるというルールのもとでは、チョキでグーに勝とうとする意志も願望も無力である。

白紙の状態

tabula rasa

ジョン・ロックの哲学をはじめとする諸々の事柄を書きだすとキリがないので、〈タブラ・ラサ〉というラテン語を出発点とし、そこから思いつくことを少し広げてみたい。

タブラ・ラサ(tabula rasa)。それは「文字が消された書板しょばん」のことである。何も書かれていない板、つまり、白紙と考えればよい。したがって、「これは白紙です」と言うつもりで、白紙にタブラ・ラサと書いてしまうと、この紙はもはやタブラ・ラサではなくなる。

白紙などどこにでもある。はじめから何も書いていない紙もそうだし、鉛筆で何やら書かれていた紙だが、ついさっき消しゴムで消したのなら、それも白紙である。「答案用紙を白紙で出す」などと言うが、答案用紙にはあらかじめ設問が書かれているからすでに白紙ではない。ぼくがここで言う白紙の状態とは認識論的な意味合いである。つまり、外界の印象を何も受けていない心の状態のことを表わす。


このことばを知ったのはディベート選手を卒業して、審査員に転じてからである。肯定側と否定側に分かれて議論する両者のいずれにも、議論が始まる前にくみしてはいけないのは当然の姿勢だ。偏見なき視点と言ってもいい。己の思惑や知識や価値観をすべてゼロにしてこそ、フェアな審査倫理がスタンバイする。白紙状態というのはこういうことである。

与えられた情報だけで判断する。情報が入ってくる前まで、対象となるものについての一切の知識を考慮の外に追い出す。知っていても知らないことにする。しかし、である。白紙はどこにでもあるが、脳内は真っ白ではなく書き込みだらけだから、すべてを消し去るのは並大抵ではない。いや、そもそもそんなことが可能なのだろうか。

当事者としてではなく、客観的に・・・・判断を下す者も人の子である。判断する立場にあるということは、判断される者よりも知識も経験も豊富であるに違いない。それらをゼロにして判断することが、それらを活用して判断するよりも公平であるという保証はない。少なくともぼくにとって白紙化はありえない。だが、白紙の状態に近づこうと努めることはできる。そして、それでよいのだと思う。タブラ・ラサとは公平精神を発揮するとの誓いにほかならない。