アート感覚

自然を切り取り縮図化して再生すれば街や庭園や諸々の造形物になる。創作の根底には自然に学び模倣する精神がありそうだ。一見非自然的に見える作品であっても、じっくりと鑑賞すればどこかに自然の形状や摂理が潜んでいることに気づく。刀剣にも土器にも、あるいは幕の内弁当にすら、自然を感知する時がある。

サグラダファミリアも自然からのインスピレーションだという。アントニ・ガウディは、「美しい形は構造的に安定している。構造は自然から学ばなければならない。自然の中にこそ最高の形が存在しているではないか」と信念を語っている。

アートという創作に携わる人たちは、程度の差こそあれ、自然に対して畏敬の念を抱く。そういう念がぼくたちの目に映ることがある。同時に、自然への対抗意識も見え隠れする。慎み深く敬虔になることと負けず嫌いが相反的に創作意欲を支えている。アートは勝負魂と無縁ではないと想像すると愉快だ。

超一流の芸術家や工芸家らのきめ細やかさと凝りようにはいつも驚嘆する。自然を師匠として崇めながらも、師匠を追い越して暗黙知に磨きをかけて恩返しをしようとする精神性を窺い知る。これは人工知能(AI)と人間が対置する図に似ている。人間から得た教師データを頻繁かつ大量に反芻し、挙句の果ては自らディープラーニングしてしまう人工知能。アーティストは自然に対して、人工知能と同じことをやってのけようとしているのかもしれない。


プラトンによれば、線には長さはあるが、太さも厚みもない。紙に引いた線はぼくの目に見えるが、それは真の線ではない。線は観念的な別次元である〈イデア界〉にしか存在しない。線を引いているのは、イデア界とは異なる現実世界に生きる人間の苦肉の策、もしくは方便にすぎない。点も同様である。点には位置はあるが、長さも太さも厚みもない。要するに、線も点もイデア的には見えざるもの。見えないものによって長さと位置を示す、ゆえに観念的なのである。

スーパーリアリズムのイラストを見て、「これなら写真でいいのではないか」と言った人がいる。そうではない。スーパーリアリズムに線を描き加えることはできるが、写真で線に見えているのは実は線ではない。写真の被写体は自然や都市や人や道具などであり、これらの被写体にふちマージンはあっても、線はないのだ。もし線が見えたのなら、それはすでに手を施された線らしきものであって、正真正銘の線ではない。

レオナルド・ダ・ヴィンチも自然界に線はないと考えた。そして、〈スフマート〉というぼかし・・・の描写技法を編み出したことはよく知られている。自然界の山や海がそうであるように、色彩の層を上塗りしてグラデーション効果を表現する。輪郭を示すのに、線を引かず、形状を認識させる工夫である。

線を引く画材をライナーと言う。以前、ライナーで輪郭をかたどらずに、いきなり絵具で面を描いたことがある。腕前の問題もあるが、ぼかしと言うよりもぼんやりした一枚になってしまった。ボローニャのホテルに滞在した折りに描いたロビーの絵。捨てずに記念に取ってある。

新聞の対価

二ヵ月前に「新聞という旧聞」で書いた通り、新聞を定期購読している。毎月4,037円の新聞代を払って、いったい何を対価として得ているのだろうかと思うことがある。記事のほとんどは無料のメディアでも読める。だから、対価は情報だけではなさそうだ。紙に印刷されたものが自分にとって不可欠ならまだしも、必ずしもそうでもない。長年の一つの習慣、別の言い方をすれば、疑義を挟まない惰性なのではないか。

朝刊のページ数を30面としよう。そのうちテレビ・ラジオ欄の2面を差し引いた28面の編集コンテンツをざっと眺めてみた。約半分のスペースの13面分が広告で占められている。広告はインターネットが登場する前とはすっかり様変わりした。かつては一流企業が全面広告を大々的に掲載していた。人材募集案内もかなり多かったが、今はほとんど見当たらない。名になじみのない企業の商品や旅行関係の広告ばかりが目立つ。

さらに調べてみると、広告の70パーセントはサプリメントや食品、日用品の通販だった。これは新聞スペース全体の3分の1に相当する。つまり、毎月2,000円分で広告を有料購読し、その大半を欲しくもなく関心もない通販商品の広告につぎ込んでいることになる。広告は読まないので正真正銘の記事だけを2,000円で売ってくれと言いたいところだが、そうもいかない。新聞や雑誌などの定期ものは広告収入なくして成り立たないのだから。


仕事柄、広報紙や情報紙に目を通すようにしている。紙面編集やコンテンツ探しにアイデアを提供したり評価したりする機会もあるので、ポスティングされる地域の情報紙はゴミ箱に即ポイ捨てせずに、まずまず熱心に読む。広告にも目を通す。

大阪市中央区民なので「広報ちゅうおう」は毎月投函される。大阪府の広報紙「府政だより」も届く。他に地域ならではの情報誌「うえまち」がある。すべて無料である。行政の広報紙は広告スペースが小さいから気にならない。「うえまち」は紙面のおよそ60パーセントが広告なのだが、無料配布しながら経営を維持するにはやむをえない。

「うえまち」は月刊で上町台地の地域情報誌という位置付けだ。広告の隙間をぬって地元ゆかりの話題や歴史を辿る読みごたえのある記事も編集している。繰り返すが、無料である。広告を読むためにお金を払っているわけではない。これに比べると、定期購読している新聞から得ている対価のほどはどうなのか。新聞危うしの思いが現実味を帯びてきた。

かと言って、来月から購読を止めると決心できないのは、先にも書いたように、半世紀以上にわたる新聞読みの惰性なのだろう。しかし、一年で5万円弱の購読料を浮かせるべきだといつ思い立つともかぎらない。以前のように美術展の招待チケットを復活させ、藤井聡太四段や北朝鮮ミサイル発射の号外が出た翌朝に、その号外を朝刊に折り込んでくれるなら、思い止まるかもしれない。

ゆるい暗証番号

何をするにしてもパスワードがつきまとう時代になった。煩わしいとつくづく思う。さすがに生年月日や電話番号、身元から類推できそうなアルファベットは使わないが、1種類では危険、また定期的に変更するのが望ましいなどと専門家が言うので、安全強度の高いものにしている。

ところが、そんなことをこまめにしていると煩雑になって覚えられなくなる。忘れないようにと一覧表を作る。一部同じパスワードを流用しているが、一覧表には20いくつかのパスワードが並ぶ。その紙を紛失するとまずいからPCにデータを取っている。パスワードそのものの安全性は確保できていても、すべてのパスワードが漏洩したり誰かの目に触れたりという脆弱性は逆に増す。

ぼくのパスワードのうち最長は23桁である。もう覚えてしまったからいいが、入力には少々手間取る。数字と記号とアルファベットを複雑に組み合わせている。もちろんパスワードは自作。しかし、任意に自作のできない、あてがわれる暗証番号もある。番号だから数字だけ、しかもわずか3桁という危うさ。ダイヤル式郵便ポストがその典型だ。


そもそも暗証というのは、今から何かをおこなおうとする人間が、本人であることのアイデンティティを証明する暗号である。文字であれ数字であれ、装置に記録された符号とあらかじめ本人だけが知っている符号が一致すれば認証され、その先の行為が実行できる。通常は本人のみが知っているのが暗証番号だが、オフィスの郵便ポストの番号はスタッフ全員が知っている。その気になれば、退職した人間が容易にアクセスできる。

郵便ポストのダイヤルの暗証番号はオフィスも自宅も数字が3つ。最初の2つは同じ数字だ。たとえば番号が➌➌➐だとする。オフィスも自宅もこれまた同じく、右へ回してに合わせ、さらに右に回してもう一度に合わせ、最後に左へ回してのところで止める。これで扉が開く。ダイヤル式郵便ポストに切り替わった頃、「↻ ➌ ↻ ➌ ↺ 」みたいなメモを書いて出退勤ボードに貼り付けていた。当社はワンフロアー3室を借りているので、3つのポストが割り当てられている。3桁の暗証番号はすべて違うが、どれも最初の2つの数字は同じで、回し方も右右左である。

ずっと律儀に手順通りに操作していたが、ある時、右に回してに合わせ、手抜きして左に回してに合わせたところ、開いたのである。残りの2つのポストで試したら、どちらも開いた。自宅のも開いた。3桁の数字がゆるい甘いと思っていたが、実際はもっとゆるく甘い2――↻ ➌ ↺ ➐――だった。理論上、100回試みれば開くことになる。かなりの回数のように思えるが、ほんの5分もあれば十分だろう。

道案内の比較文化

スマートフォンどころか、インターネットも十分に普及していなかった頃の話。地図で現在地を知り、経路探索が簡単にできる今に比べると隔世の感を禁じ得ない。当時も勉強会をよく主宰しており、初参加者から電話の問い合わせがあった。加えて、仕事柄英文コピーライターを不定期に採用していたので、外国人がよく面接にやってきたものだ。

日本人からの問い合わせに対して、当社の場所を案内する場合の標準的な手順は次の通り。

「今はどちらにおられますか?」
H駅です」
「そこから地下鉄T線に乗ってY駅またはF駅方面の電車に乗り、二つ目のT駅で下車してください。改札を出て地上の4番出口へ。目の前に広い通りがありますので、南方面へ歩いてください。一つ目の角を右へ曲がれば角のビルを含めて三つ目の建物がDビルです。当社はそのビルの5階です」

このように書いてみると、さほど難しくないが、なにしろ電話での案内だ。メモも取らずに覚えるには少々複雑なので、二人に一人は公衆電話からもう一度連絡してきたものである。

あくまでもぼくの経験に限るが、一般的に日本人は目立った建物を頼りにして案内することが多い。「この道をまっすぐ200メートルほど行くと右手に○○病院があります。その病院を越して二つ目の角を左折してしばらく歩くとコンビニがあって……」という具合。もっとも尋ねられた案内人に土地勘がなければ、ここまで具体的には説明できない。東西南北という方角を使うか、それとも左右で示すかも悩ましい。初めての場所では方角はピンとこない。正しい方向に歩けているとすれば、右折や左折のほうがわかりやすい。


「南方向へ大通り沿いに」などと言っても、東西南北がチンプンカンプンだと、行き先の反対方向に歩いてしまう人がいる。道で聞かれる場合は指があるから指し示せる。電話ではそうはいかない。「4番出口を出ると二車線の大通りが走っています。車の進行方向に沿って」などと伝えると正確になる。英語では、決まり文句がある。“Walk along the traffic”(車の走る流れに沿って)。逆なら“Walk against the traffic”(車の走る流れの逆に)である。

英米人のほうがこういう発想に慣れているような気がする。彼らに目ぼしい建物の固有名詞を知らせるのはあまり効果的ではない。病院や郵便局などと具体的な点の位置を教えても、文字が読めなければ意味がない。だから、道程を伝えるほうが理解されやすい。彼らは建物群の一区画を表現する「ブロック」になじんでいるので、何メートルなどと言わなくてもよい。

A地点でBに行きたいと尋ねられるとする。まず、進行方向を指で示して「2ブロック進む」と伝える(青い点線)。この時、角にどんな建物があろうと、その情報を説明に紛れ込ませない。次の道が広いなら、ここで道を渡るように指示する。つまり、「2ブロック進み、道を渡る」。続いて「左折してさらに2ブロック進んで道を渡る」と伝える(黄色い点線)。ここで、「その角がB」と言うのだが、この時点でそのビルの1階が花屋であるかレストランであるかを伝えれば親切だ。

対面している時は以上の要領でいいが、電話での案内になると東西南北は必須になる。地図の助けなしに方角を示すのはかなり煩わしいから、その場合はA地点近くの目ぼしい建物や店を本人に尋ねて立ち位置を確認し、進行方向を示すことになる。決して容易なコミュニケーションではないが、案内者がそこまで詳しくなければ手も足も出ない。「誰かに聞いてください」と説明を放棄したスタッフもいた。

スマートフォンの地図もナビゲーションも便利この上ない。しかし、頭の中で地図を思い浮かべ、必死に適語をまさぐって行き先をピンポイントで伝えるような努力も機会もなくなった今、確実にぼくたちのある種のコミュニケーションは劣化した。具体的な集合場所など伝えずに、「駅に着いたら電話ちょうだい」で済んでしまうのは、はたして喜ぶべき現象なのだろうか。

ポスターのことなど

仕事柄、ショップカードやリーフレットをひとまず持ち帰る。店や商品のコンセプトをどのように打ち出しているか、どんな工夫をしているかをチェックする。この時代、企業や店はウェブ上の広報や販促に注力しているが、それと併行して紙媒体も用意しなければならない。つまり、メディアが多様化した分、コストが増えている。

駅構内に張り巡らされたポスターにも目を引くビジュアルやハッとするコピーがある。しかし、ポスターは持ち帰れないので、気に入ればその場で撮り収める。同じく、看板や案内表示にも目配りする。よくできたのもあるし、脱線気味のB級も少なくない。おもしろ看板やB級看板ばかりを集めたコレクションブックが発行されていて、何冊か持っているが、人にはそれぞれの思いやコンセプトの切り口があるのだと、感心したり溜め息をついたり。

大阪ローカルのテーマパークにひらかたパークがある。通称「ひらパー」。ここのバーチャル園長が、ご当地枚方市出身のあの岡田准一だ。起用されてすでに4。園長就任直後のポスターではおどけた格好をした岡田がこう言ったのである。

ワイがッ ひらパー兄さんでおま!

「大阪らしさ」と「岡田らしくなさ」の絶妙なマリアージュではないか。自分のことを「ワイ」と呼ぶ大阪人は今ではほとんどいないし、いるとしてもごく一部の年配者に限られる。大阪弁の中でも河内系で、枚方は北河内地方に位置する。とどめの「おま」が決断の助動詞だ。普段は耳にしないことばで、若者は使わない。稀に年配の商売人が発することはある。最近耳にしたのは、「この店に酢昆布はありますか?」と尋ねたぼくに、昆布店の爺さんが「酢昆布、おまっせ」。人にもモノにも使えて「ある、いる」の意を持たせる。岡田のポスターは「ぼくがひらパー兄さんです」と河内系大阪弁で言っているのである。


ひらパーは電鉄会社の経営であり、駅構内、車内におびただしいポスターが掲示されている。現在いたる所に目につくのがこのポスターだ。

せや!
逆に、ひらパー。

いやはや、実によく練られていて、深いニュアンスが感じられるではないか。「せや」は「そうだ」の意味だが、思い立ってこう発する前に多少の逡巡の時間が過ぎていたことを思わせる。

夏が近づいてきた。遊びに出掛けたい。山へ海へと遠出したい。あるいは、都会的な喧騒に満ちた遊びの場に飛び込みたい。若者たちはわくわくしている。しかし、小さな文字で「小鳥たちのさえずり、木々のざわめき……」と書いてある。視点を変えて静かなひとときを過ごしてみてはどうだろうと思いを巡らす。

そこで「せや!」と何かに気づく(もうこれだけで十分にローカル的にはおもしろい)。せや! ここ、ひらパーでいいではないか……。特に他の候補が示されたわけでもないのに、若者ことばの「逆に」を逆利用してさらに可笑しさを増す。ひらパー兄さんは、テーマパーク好きの消費者の心理をよく読み解く、かなり達者な語り部なのである。

過剰なグローバリズム

「世界に開かれる」などと言うが、摑みどころのないのが世界であってみれば、いったいどこに開かれると言うのだろうか。グローバル化の前は長らく国際化という表現が使われてきた。「国際の」や「国際的」はインターナショナル(international)の訳だから、二国間でも国際、数ヵ国でも国際だ。たとえば国際関係と言う時、国は不特定多数の匿名ではなかった。名のある国との関係を意味していたはずである。

幕末から維新の時代、日本は世界に開かれた。当時、世界とは世界の隅々という意味ではなく、イギリスでありアメリカでありドイツであった。日本は政治、経済、教育、技術をそれぞれの国の方法や制度に倣ったのである。江戸時代以前は朝鮮、中国、ポルトガル、オランダの各国と「国際関係」にあった。概念的な世界ではなく、具体的な国々に開かれていたのである。

時代を経て関係は複雑を極め、国際と呼ぶにしても、国はおびただしい。したがって、いちいち国名を挙げることはなく、抽象的で一般的な表現になってしまった。そして、ついにグローバルになる。文字通り地球的なのだから、さらに個々の国の存在感は希薄になった。いったいグローバル化とは何だろう。日本企業のグローバル化、グローバルな視点、人々のグローバル感覚……ますます摑みどころがなくなったような気がする。


閉じた社会よりも開かれた社会のほうが未来が明るそうに見える。窓のない部屋よりは窓のある部屋のほうが開放的であり、開放感は自由と希望の可能性を約束してくれそうだ。だから、たとえば「暗黒の中世」に終止符が打たれ、近世以降、近代、現代と国々は世界に開かれてきた。ところが、異種の価値に寛容であり続けようとしても、度量には限度がある。昨今の保守主義、反移民などの流れを見ていると、国も組織も人もグローバリズムが手に負えなくなったかのようである。

鎖国から開国へ、一国から外国へ。誤解を恐れずに言えば、開国や外国指向は、自力で補えない部分を他力に依存することでもある。自力でやりくりするのも容易ではないが、その自力と他力の兼ね合いにはいっそう心を砕かねばならない。経済の基盤を輸出に頼り過ぎても輸入に頼り過ぎてもうまくいかない。グローバル化に適応すべく机上で立てる概念戦略と、諸々の人々や国々が入り混じる国境なき一つのステージでの実態は同じではないのである。

過剰なグローバリズム現象から、ウェブにどっぷり浸かっている人間の姿もあぶり出されてくる。ウェブのグローバル化は経済のそれの比ではない。外部の情報への依存過多になると、自力思考を失う。知のグローバリズムでどのように自他の間の線引きをするかが問われている。知りたいと願い、知らねばならないと強迫観念にとらわれる情報症候群は、すでに1980年代に危惧されていた。当時と違って、定数的要素が減り、変数的要素が累乗的に増えている現在、ぼくたちは大きく開かれた世界に投げ出されてしまった格好だ。泳ぎきる能力はありそうもない。溺れる前に身の丈に応じた知の保守主義策を講じるべきだろう。つまり、情報に依存せず、情報をなかったことにしてしまう知恵である。

様々な一節

相変わらず雑読ばかりしている。十数ページほど読むと別の本に手を伸ばし、その本の適当な場所を開けて何ページかめくる。こんなことを繰り返す。飛び石を伝うような読み方。ネットサーフィンならぬブックサーフィンだ。この一週間古書店で買い求めた数冊を昨日もそんなふうに読んでいた。本は生真面目に1ページ目から読むべきものとされているが、それは一つの読み方にすぎない。小説を例外として、かく読むべしという観念に縛られる理由はない。自分に気まぐれを許して好きなところから読み始めればいい。偶然開けるページの断章の中の一節が少考のきっかけになることがある。

📖 『パリの手記Ⅱ 城そして象徴』 辻邦生 (p50

自分のなかの危険の兆候を、僕は一種の物憂さの中に見いだす。僕は「他人の眼」の中であまりに暮しすぎたし、どうすることもできない習性を負わされているが、それにしても最近とみに顕著になった物憂さは、僕を、すべてのものへの関心から、引きはなしてしまう。僕には、一貫して、何かをやり通す気力がなくなった。

ぼくも他人の眼の中で暮らすことがあったが、これほど重度の物憂さに苛まれたことはないし、無関心や無気力な自分と激しく闘ったことはない。何度もきつい場面に遭遇したが、どこかで考えることをやめる安全装置が働いたように思う。パリなどに長く住むと、日本の特殊性と現実の生活との葛藤を肌で感じるのだろうか。

📖 『食卓は人を詩人にする』 山縣弘幸 (p110

唇は小さくあけて
舌のおさじで食べる
接吻という名のアイスクリーム
(堀口大學)

うまく表現するものである。アイスクリームがエロティシズムに化けた。官能的とも呼ぶべき食べ物がある。たとえばマドレーヌについて、「その襞につつまれてあんなに豊満な肉感をもっていたお菓子のあの小さな貝殻の形」とプルーストが書いているらしい。かなりきわどい描写だ。ところで、さらに100ページ先には牡蠣の話が出てくる。大食漢バルザックは生牡蠣を百個食べた。それだけで終わらず、仔羊のカツレツ12枚、仔鴨の蕪添え一羽、やまうずらのロースト二羽、舌平目のノルマンド・ソース一皿……などを平らげたという。食は暴力的でもある。

📖 『ホモ・モルタリス 生命と過剰 第二部』 丸山圭三郎 (p35

…… 死の不安に怯える動物ホモ・モルタリス(死すべきヒト) ……
本能とは異なるコトバによって〈死〉をイメージ化し、死の不安と恐怖をもつ唯一の動物であるという意味では「人間だけが死ぬ動物」(ド・ヴァーレンス)かも知れない。しかし、同時に、「人間は死への自覚をもって自らを不死たらしめる」(ハイデガー)動物でもあろう。

人間は肉体的に滅んで死す。不安や恐怖に怯えて死す。他の動物と違って、死ぬことを知っているからである。しかし、不安も恐怖も捨て切って死を自覚すればどうだろう。それでも肉体は滅ぶ。だが、概念的には死なない。死と不死を分け隔てるのは覚悟なのか。

📖 『ヴェネツィア的生活』 角井典子 (p40

昔々、アラビアの山羊飼いが、赤い木の実を食べ跳びはねている山羊を見つけた。手がつけられず困り果て、近くのイスラムの修道院へ相談に。導師はその実を調べ、生で食べてみると、これがひどい味。そこで試しに煎じて飲むと、苦い味は風変わり。

この導師が、『コーヒールンバ』の出だし、♪ 昔アラブのえらいお坊さんが……の「えらいお坊さん」と同一人物かどうかはわからない。ともあれ、コーヒーとアラブには密接な関係があったのはよく知られた事実である。「カフェなしでは生きられない」という断章からの一節だが、ヴェネツィアのみならずイタリアではどの街でも、カフェなしでは生きられないという趣が強い。ぼくの今のカフェ習慣は多分にイタリアの旅で影響を受けたと思われる。

退屈な社交辞令

社交辞令そのものに別段忌まわしい意味はない。他人と付き合う上で社交辞令が不要だなどと言うつもりもない。しかし、下手をすれば心にもない舌先三寸になりかねず、度を越すと逆に礼を失するの患いを免れない。儀礼ばかりではなく、口には適度にまことのことばを語らせなければならない。

丁重であることと社交辞令的であることは同じではない。違いは説明しづらく、これはもう感じるしかない。丁重であっても友好的な空気を醸し出すことはできる。社交辞令はバカ丁寧かつ事務的であり、よそよそしさを匂わせる。丁重さと親愛の情や思いは相反しないが、社交辞令攻めに合うと親しさも本心も感じられなくなる。

他人に対して誠実であろうとすれば本心を語ればいいわけで、過剰なまでの社交辞令で相手を慮るには及ばない。もとより社交辞令は気遣いの本質とは似て非なるもの。人間関係において相手に敬意を表し、力上位を認めることは重要だが、社交辞令的になる必要はなく、丁重にお付き合いすれば済むことだ。自分に自信がない、仕事に物足りなさを自覚する、したがって不足分を社交辞令で補うという魂胆が見え隠れする。


社交辞令はずばり空言くうげんである。発する者はこちらの話をろくに聞いていない。話の内容よりも語気や調子に合わせているだけ。言っても言わなくても、人間関係の大勢に影響はない。

講演会に講師として招かれた時のことだ。「先生におかれましては、ご多忙中にもかかわらず、また足元の悪い中、遠路お越しいただき、貴重なお話をしていただけるとのこと、まことに感謝に堪えません」と司会者がぼくをねぎらった。ぼくは内心つぶやく。多忙なら来ないし、小雨で足元は悪くないし、電車に乗って地下街を歩いたから雨で困らなかったし、遠路と言われても、大阪から京都まで小一時間もかかってないし、それに、まだ話をしていないから貴重な内容かどうかわからないだろうし……。

いや、単刀直入に本題に入る前のアイスブレーク効果として社交辞令に出番があると言う人もいる。また、議論や対話の過熱をやわらげる潤滑油になるという意見もある。しかし、時間のムダを省きスムーズに事を進めたいのなら、余計な前置きを割愛して早々に本題に入るのが筋ではないか。百歩譲るにしても、社交辞令はその先にある何がしかの話のために必要なのだ。ところが、その話がそもそも存在していない。何も伝えるべきことがないから、沈黙の時間が社交辞令で穴埋めされるのである。

ぼくたちはことばで現実を生きている。ことばは扱いにくい。しかし、扱いにくさを克服して、事の本質をことばでえぐろうとする。社交辞令に依存するからまっとうな言語力が身につかないのだ。コミュニケーションで空気を弄んでいる暇はない。たとえ雑談であっても、定型文や陳腐な表現ばかりの会話でいつまでもごまかしは効かないのである。「きみ、いったい何を言いたいのか?」と言いたくもない質問を切り出さねばならない。

その場しのぎのためのことば、あるいは小手先の技として使われることばは不幸である。ことばの不幸は人の不幸でもある。いつも同じことばを形式的に使うのは想像力の貧しさであり、その貧しさは人の精神の貧しさでもある。相手を匿名ではなく、固有名詞を持つ人間として待遇しようとするのなら、人間関係のことばに真剣に向き合うべきだろう。

カフェにて

賑わっているカフェ。カウンターで注文の際に「店内は大変混み合っておりますので、先にお席の確保をお願いします」と言われることがある。促されるまま、注文を後回しにして席を探す。予約札があるわけではないから、自分の席のしるしになるものを置くしかない。たいていはハンカチ。ハンカチがなければノート。「命と同じくらい大切なノート」と広く宣言しているにしては、不用意に置くものである。

カフェ賑わい空席わずか 片隅のテーブルのノートは自分のしるし /  岡野勝志

確保したテーブルに注文したコーヒーを自分で運ぶ。隣りの男性はテーブルに所狭しと書類や本を広げ、パソコンに向かっている。彼はトイレに立つ。すべて置きっ放し。おまけに、上着も椅子にかけたまま。なかなか戻ってこない。こっちがドキドキしてしまう。彼の陣取った場所はしるしだらけ。しかし、それは席外しの証でもある。この国の人々の安全安心ボケ、ここに極まる。


街歩きの途中で一休みする。公園のベンチに腰掛けるのもいいが、喫茶店を探してコーヒーにありつくのが愉しみの一つ。チェーン店が一杯200円か250円でまずまずのコーヒーを提供する時代だ、年季の入ったマスターが仕切っている喫茶店の倍額のコーヒーが引けを取るはずがない。しかし、稀にハズレがある。昨日がそうだった。ハズレの後に帰宅して真っ先にすること。お祓いではない。自分でエスプレッソを淹れて飲み直し。

初めて入る店の気配は店名と店構えから判断するしかない。まあいいのではないかと直感して入った。昭和レトロだが、インテリアも照明も悪くない。とびきりうまいのを淹れてくれそうな雰囲気のマスター。待つこと56分。コーヒーを一口すすった瞬間、レトロな喫茶店は「場末の茶店さてん」へと転落した。

ああ、レトロな構えにほだされた

注文したのはブレンドなのに

出てきた一杯はアメリカン

香りのない超薄味のアメリカン

砂糖入れなきゃ飲めやしない

自分の勘の悪さが情けない

『涙――Made in tears』を思い出す

♪ メッキだらけのケバい茶店……と

中島みゆき調で口ずさんでみるか

コーヒー運は悪くないのに……

威張っているような砂糖壺を睨み

420円を放り出すように置いてきた

文章読本のこと

十代から日本文学と世界文学を問わず実によく小説を読んだ。三十代半ばでばったり小説を読むのをやめて、数ページで話が完結する雑文を読むようになった。たとえば浅田次郎の小説はほとんど読まないが、エッセイ集はよく読んだ。

若い頃、小説を読みながら、文体や文章術にも興味を覚えた。名立たる小説家が『文章読本』を書いている。谷崎潤一郎、三島由紀夫、中村真一郎、丸谷才一、井上ひさしの読本には目を通した。文章読本と言うと、文章の読み方の技術のように思われがちだが、それだけではない。むしろ、文章の書き方のための読本という色合いが強い。

料理について、おいしい、安全な、清潔な、健康によい、盛り付けがきれいなどの形容ができるように、文章についても様々な評がありうる。上手な、わかりやすい、表現豊かな、正確な、などである。これらは書かれた文章に対して読み手が感じる印象だ。詩であれ小説であれ論文であれ、文章を書くのは伝えるためである。書き手の軸足が表現に置かれることもあるが、意味を明らかにして読み手に伝えるために書くのが基本である。


このところ、永井龍男の雑文をまとめて読んでいる。永井の文章は飾り気があるわけでもなく、鮮やかな表現を纏っているわけでもないが、固有名詞が多く描写も精細であるものの、読みやすい。読みやすいのは、イメージが正確に文章になっているからだろう。たとえば次の一文は、花を愛でる人たちの体験の一部を肩代わりするかのように綴られている。

桜の花の美しさは、花の数の多いことにあるが、いじめられずに、伸びのび育った木は、枝々に打ち重ねたように花を咲かせ、空を、星を、全身でおおってしまうのである。(「花のいのち」、『雑文集 ネクタイの幅』より)

同じ雑文集には「正確な文章」というエッセイが収められている。そこで、永井は「うまい文章」の「うまい」を否定する。そして、次のように断言するのである。

文章の目的は、うまいことにあるのではなく、「正確」な表現でなければならない。(……) 文章は、文章自体でなり立つのではなく、その人の思想、感情の表現として、はじめて形をなすのである。(……) (正確な文章を書く)秘訣は、文章にあるのではなく、表現したい思想なり感情を、しっかりとつかむことにある。(……) 正確な文章を書こうとするところから、文章に対する苦心がはじまり、開眼もまたそこを通してより他に道はない。

個々のことばの表現は踊っているが、単なる寄せ集めに過ぎず、まったく筋を伝えていない文章がある。何を伝えようとしているのかさっぱりわからない。なぜなら、書いている本人がわかっていないからだ。どんなジャンルの文章であれ、書くという行為はどこまで行ってもコミュニケーションである。それは意味を伝えるということだ。文章の上手下手の判断は他人に任せればよい。雑文を書くぼく自身、「上手に書きました」と言って読んでもらう自信はまったくない。しかし、「正確に文章を書く努力」こそが書き手ができる唯一の責任だと思う。この意味で、永井龍男の考え方に強く共感するのである。