匿名から実名へ

個性の時代などと言うが、名も無き存在として身を潜めているのも一つの生き方だ。また、多様性の時代とも言うが、画一的にその他大勢に紛れておくのは楽かもしれない。大衆の時代が終焉したらしいことに気づいている、しかし、いざ個性的存在を自覚して生きていくとなると、それ相応の覚悟がいる。自分らしくありたいと言いながら、そして、それが許される環境にありながら、願いが叶わぬ選択肢のほうに傾くのも人の性である。

たとえ個性と自由が担保されるようになっても、習性は易々と変わるものではない。長いものに巻かれ、大樹の陰に寄り、小異を捨てて大同に就いておけば無難だからだ。こうして、何がしかの意見を持つ者でも、類は類を呼んで、十人一色のやるせなさに耐えて生きる道を選ぶ。「所詮サラリーマンですから」とタテマエで笑い飛ばしているうちに、それが習い性になってホンネになってしまう。買い手のつかない魂を売っているような図である。

やっとのことで口を開いて意見を述べるかと思いきや、あれこれと「条件」が付く。意見の精度を期しての条件ならそれもいいだろう。しかし、ほとんどの条件はリスク回避、わが身を守るためである。そんな条件付きの意見に強度と本気が備わっているはずもなく、おいそれと与するわけにはいかない。会議が茶番に終わるのはおおむねこのせいだ。


立場上、仕事柄、分相応という逃げ道がいつも用意されている。立場上言を差し控え、仕事柄言うべきことを言わず、しかし、分相応にだけ言い回しておくなどは、体裁のいい言い訳にすぎない。意見の適用範囲を制限するような物言いに頻繁に出くわすたびに、会議に出たことを大いに後悔する。意見の多様性を求めたはずの議論の場が、式次第優先の手打ちの会と化す。本来、意見とは穏やかならず、極論的な意味合いが強い。立場、仕事、分などの諸条件を差し置いて、また列席の面々との力関係に左右されずに、唱えられるものでなければならない。

意見に肩書が求められるケースもある。専門分野のテーマならその道の専門性の程度が少なからず問われる。しかし、一度専門分野から離れれば、一個人が述べる意見に肩書は不要である。肩書が不要だからと言って、匿名でいいというわけではない。意見は実名によって示されなければならない。芸術作品に作者不詳はあっても、意見に仮名や無名はない。大量の匿名性の情報や意見が流される今日、意見の身元証明のすべは実名以外にはないのである。

公的な入札コンペの民間審査員として招かれることが多い。審査結果に到るプロセスは誰にでも公開され、「岡野勝志」の名前が審査員一覧に出る。「匿名の審査員数名による結果」などと発表されたら、入札業者は結果を受容しがたいだろう。審査員の資質の証である肩書も重要だが、それ以上に実名であることに意味がある。

匿名ブログの的を射た意見よりも、実名の的を外した意見に耳を傾けたい。道徳教科書の、「にちようびのさんぽみち」の店がパン屋から和菓子に変えられた。文科省の誰の検定意見だったのか。パン屋が「伝統と文化の尊重、国や郷土を愛する態度に照らして不適切」だと意見した人物を、一人であろうと複数であろうと、実名で公表すべきだ。この検定意見には大いに異論があるのだが、相手が匿名であってみれば、いくらこっちが実名で頑張ってものれんに腕押しなのである。

断編残簡の日々

書くことについて気まぐれに考えて、本ブログでも拙文をしたためてきた。たとえば、二年前の1,000回の節目として投稿した書いて考えるなどがその一例。その中で、「拙く書くとは即ち拙く考える事である。書かなければ何も解らぬから書くのである」という小林秀雄の一文を紹介した。未だ拙く書くことしかできないぼくは、考えも拙いということになる。異論はない。しかし、それでもなお書き続けてきた。まさに「書かなければ何も解らぬから」書いてきた。

書くことによって――少なくとも書かずにいるよりは――自分が何を考えているのかに気づきやすい。腕組みして沈思黙考したり軽薄気味に喋ったりしている時の考えはおぼろげで、自分の考えのくせに摑みどころがない。ところが、書けば少しは明快になってくれる。書きながら、そうか、自分の考えていること、言いたいことはこういうことだったのかと、書く前よりも書いた後に考えの輪郭が濃くなっていることがある。

本ブログは20086月から始め、先月で丸九年になった。そして今日のこの小文が1,200回目の節目になる。自分が何を書いてきたか、もちろんだいたい覚えている。他人が書いた本を再読したくなるように、自分の書いた文章も読み返したくなる時がある。すぐには見つからないが、検索窓にキーワードを入力し、少々苦労してでも探し当てる。数年ぶりに再会する拙文を読んで、稀になかなかいいことを書いているではないかと自賛することもあるが、書き足りぬ不完全な文章、言わば断編残簡だんぺんざんかんを目の当たりにして道の険しさを知るばかり。もとより完全など目指していないが、何かが欠落している。文のみならず、考えも足りないのである。


一文すら書かずに過ぎゆく日々は、何も気づかず何も考えずに消え入るかのようである。だから、気づいたことはとにかく書く。少考したらそれなりに書く。拙い考えでも、書かないよりはいいだろうと思い、ひとまず拙く書いておく。生きるとは、呼吸して食事して働いて遊ぶなどの行為の寄せ集めでは決してない。生きるとは、他者と交わり、環境や季節や諸事・諸現象を感覚することである。ここに気づきが生まれる。気づくのはぼくであって、それは固有の体験だ。古来、高度な理性の持ち主は、気づきや体験を実に丹念に記してきた。

書く行為は文筆・著作の人たちだけの特権ではない。その気になれば、誰もが書くことができる。日々の感覚的体験を思うがまま書ける。ところが、書く人はいつの時代も少数派だ。だからと言って、少数派の習慣が特殊であり例外であると決めつけて退けるべきではない。誰もが吉田兼好になれるし、そのようになるほうが、おそらく生きることは何倍も愉快になるはずである。自分が何を考えているのかをはっきりさせたいのはもちろんだが、固有の気づきや体験を愉快に思うからこそ、書き続けられるのだろう。

文というのは書き始めてから書き終わるまで、思惑通りに綴れることなどめったにない。書き終えてうまく筋が通っていることもあるが、話があちこちへ飛んで乱れているのが常だ。それでも、何も書かずにぼんやりと考えているのとは大いに違う。文字にしてはじめて、考えと表現の間の落差が見えてくる。文と意を一致させること。ほとんど一致することはないのだが、一致させようとして書くこと、それがすなわち考えの深化につながる。考えていることを書いているのではない、書くから考えることができると実感するのである。

感性と理性

はじめに。よくテーマになる「感性か理性か?」ではなく、「感性理性」。「と」に意味がある。

感覚で認識し、論理で伝える  感性も感覚も一括りにして感性と呼び、理性も悟性も一括りにして理性と呼ぶことにしておく。さて、感性や直観で何事かがひらめいたとしても、それは個人の内なる話である。感性で受けとめた印象や認識は、他者に向けて語り書く時は、印象や認識を論理に転換しなければならない。論理的に考えるから論理的に語り書くことができるわけではない。むしろ、論理的に語ろう、論理的に書こうと努めるからこそ、論理的思考が様になってくる。

論理を身に付けるための出発点は、多分に漠然とした思いである。その漠然とした思いを試行錯誤しながら相手に伝え、分かってもらおうと意識してようやく論理が構築される。一人ではいかんともしがたい。他者を意識しなければ論理に出番などはない。言い換えれば、コミュニケーションの工夫が思考に論理を授けるのである。

客観的ルールで考える習性  この世界にある事物は、ぼくたちの関心や視点に応じて多様な意味を伴って現れる。にもかかわらず、学習や経験を通じて、無意識のうちに「しかるべき客観的観点」が強要される。十人十色の十人一色化という現象だ。

客観的ルールとは定説であり、常識や通念である。ある時、人々が一堂に会して取り決めたわけではない。一般的な結婚式では、知人や友人がはずむ祝儀には全国津々浦々ほぼ3万円が包まれる。根拠はない。主観的に見つめ直して、たとえば4万円にするとか18,000円にするには勇気がいる。

客観的ルールに従っていれば楽だ。いちいち面倒くさく考えなくても済む。但し、ルールに従ってさえいれば、世界を手の内に入れることができると思うのは錯覚にすぎない。

認識から思考へ  左手で対象をキャッチして、それを右手に持ち替え、握り直して誰かに投げる。左手が感じることの作用、右手が考えることの作用。感性と理性の関係、役割の分担はこれに近いと考えられていた。花を見て感じる。自分一人ならもうそれで十分で、ことばにすることもない。しかし、花について考え誰かに伝えようとすれば、概念化が必要になる。カント以前の合理論では、花という誰にとっても同じ客観的存在があって、それを主観的に認識するという考え方だった。

しかし、カントは「対象は知りえない」と言い出して、見方を変えた。コペルニクス的転回と呼ばれるほどの変化だった。花という対象は、人それぞれの認識によってのみ現れると考えたのである。人の主観の枠組みに花という対象のほうが従うという逆転の発想だ。

感性と理性、そして、直観と論理  高度な論理処理をしなくても、感性と直観だけで十分に経験知は積み重ねられる。ある職業分野ではもちろん、すべての仕事の一部は、そのような感性と直観だけの諸感覚だけで対処できている。しかし、いったん言語や概念を用いようとすれば、理性的かつ論理的に考えることは不可避になる。

現実問題として、「経験知となる感性・直観」と「思考源となる理性・論理」は、明確に分別されるのではなく、往ったり来たりを繰り返す。だから、「私は感性人間です」「直観だけで生きています」などと広言するのはよろしくない。人は行き当たりばったりで対象を捉えているのみならず、理性と論理で主観的に認識しているのだから。

市場(いちば)の話

日曜日に市場へ出掛け 糸と麻を買ってきた テュラテュラ……
月曜日にお風呂をたいて 火曜日にお風呂へ入り テュラテュラ……
水曜日にあなたとあって 木曜日は送っていった テュラテュラ……
金曜日は糸巻きもせず 土曜日はおしゃべりばかり テュラテュラ……
恋人よこれが私の一週間の仕事です テュラテュラ…… 

ずいぶんスローライフな一週間の過ごし方だ。いや、本人は仕事だと言っている。金曜日に手仕事しようと思って日曜日に買った糸は放置されたまま。風呂は週に一回だけのようだが、月曜日に沸かして火曜日に入ればすっかり冷めているに違いない。水曜日に会った恋人を木曜日に送っていったのだからお泊りだったのだろう(これは楽しいかもしれない)。土曜日の終日のおしゃべりは常人にはできそうもない。うらやましい? いやいや、こんな仕事ぶりで食っていけるとしても、退屈そうである。


リのアパートで10泊したことがある。パリ4区はマレ地区近くの立地で、隣接する12区のバスティーユ市場(Marché Bastille)まで買い出しに行った。地下鉄で二駅、歩いても15分かそこらの距離。二度足を運んで食料をしこたま調達した。バスティーユは常設ではなく、木曜日と日曜日にしか市が立たない。だから、歌詞と同じく「日曜日に市場へ」出掛けたのである。

マルシェは午前7時に始まり、午後3時頃まで商いをしている。野菜、魚介類、肉類、乳製品、香辛料、パン、惣菜、ワイン、花など何でも揃う。店は100軒を下らない。何よりも驚くのが値段である。とにかく安いのだ。特に肉が安い。日本で100グラム800円クラスの上質の赤身が150円かそこらなのだ。野菜もチーズも魚もすべてグラム売り。リーズナブルで良質の食材が手に入れば、アパートでの調理の楽しみも膨らむ。

ところで、「日曜日に市場へでかけ……」の歌詞の市場は「いちば」と読む。試しに「しじょう」と口ずさんでみればいい。拍子抜けするはずだ。「いちば」と呼ぼうが「しじょう」と呼ぼうが、意味は売り買いの場所や形態である。ニュアンスは微妙に違う。「いちば」と言えば、日々の売り買いの場所を想起する。通りに沿って、あるいは囲い込まれた施設内に常設の店が並び、そこに日々の食材や用品を求めて人が集まる。売る人と買う人が出会って、お金と商品を交換する。スーパーと違って、会話があり値段交渉がある。会話は買物の一部、いや、時には主役となる。

市場は日本では「場」という意味合いが強いが、フランス語の“marché”もイタリア語の“mercato”もラテン語の“merce”(商品)に由来する。市場を「しじょう」と呼ぶと、概念性が加わる。あるいは、「いちば」よりも規模が大きくなる。と、ここまで書いて、やっぱり築地市場、豊洲市場のことが頭をよぎる。いずれも「しじょう」と呼ぶ。売り手と買い手の多様性、大規模で特殊な取引形態、取扱い商品の種類の豊富さと量。築地市場は魚食文化を背負う、世界最大級のマルシェだ。国内よりも世界のほうが強くそのことを認証してきた。今日は「いちば」の話だったが、いずれ「しじょう」のこと、築地のことを書いてみたいと思う。

門と閂

幸福と不幸は正反対なので、今が幸福か不幸かは誰にだってわかりそうなものだが、実は必ずしもそうではない。望む幸福と招かざる不幸を見分けるのは案外難しい。幸せになるつもりでやっていたことが、不幸せへとまっしぐらだったということがある。

対立概念が入り混じるのは常。晴れているのに雨が降る狐の嫁入り。甘辛い料理も味が混じっている。痛いけれど気持いいというのもある。だから、幸福と不幸が混じっても何ら不思議はない。いや、ずっと幸福、ずっと不幸のほうがむしろ稀かもしれない。それが証拠に、不幸中の幸いという言い回しもある。

「天は、(……)幸福の中にいくらかの不幸を混ぜるのが常」(シャルル・ペロー)

天はなぜそうするのか。人をいつも満足させるのに疲れるからだという。天に幸福を授けてもらおうと甘えている者はいくばくかの不幸も覚悟しなければならない。そのいくばくかは天のさじ加減なので、不幸の割合のほうが多くても文句は言えない。


先日仕事で赴いたビルの一角に、杉と松と鉄を素材にした展示作品を見つけた。『幸福の門1』と題されている(チェ・ソクホ作)。

幸福の門にはかんぬきがかかっている。門を施錠するために横に棒を一本通す。すると、かんぬきになる。かんぬきは「閂」と書く。よくできた漢字である。

門から幸福側に入るにはかんぬきを外さねばならない。しかし、かんぬきは門の内側に付けられているから、正しくは「外してもらわねばならない」。門外の人間にはかんぬきは外せないのである。では、お願いする幸福の門の門番とは誰なのか。それが、ペロー流に言えば「天」ということになるのだろう。

ところで、門の外が不幸で、門の内側が幸福という考え方は、幸不幸が混在する現実に反している。幸福というのは、ある心的状態を現わすことばであり概念である。どこかに存在しているわけではない。不幸側にいて勝手にかんぬきをかけている人もいる。かんぬきを外して門を開けたら幸せになれるのに、かんぬきを外さない。おそらく門も閂も外界にあるのではなくて、自分の内にある。この作品をしばらく鑑賞しながら、人がなかなか幸せになれない理由が少しわかったような気がした。

ある老夫妻

世間から見れば還暦は年寄りになるのだろうが、還暦を迎えたほとんどの人が「まだまだ若い」と自分では思っている。歳を取ったという自覚があっても、中年の仕上げという気分でいる。それが、たとえば後期高齢者の烙印を押される75歳あたりになると、もう老人であることを自認せざるをえなくなる。現役でばりばり頑張っている先輩もいるが、人生を無為に消化しているようにしか見えない人も少なくない。

高齢者はバリエーション豊かである。働き盛りの中高年がある程度類型化できるのに比べると、プロファイリングしにくいほど様々な「種」がいる。地域性も色濃く出る。先日病院で遭遇した老夫妻は後期高齢者の手前あたりと見受けたが、ある意味大阪的であり、また、大阪的でありながらも、そうそうお目にかかれる種ではなかった。実話とコントは同根で、違いがあるとすればギャラがあるかないかだと実感した次第である。


妻が院内の自販機でサプリウォーターを買ってきた。キャップを開けて夫に差し出した。黙って受け取って飲めばいいのに、夫はわがままである。「おれ、味のついた水は嫌いや。普通の冷たい水がええねん。」 そう言うから、飲まないのかと思いきや、ペットボトルをひったくるようにして飲んでいる。一言何か言わないと気が済まないのだ。一口飲んで物言わない。妻も黙っている。二人は向き合わず別々の方向を見ている。

しばらくして、夫の携帯が鳴る。マナーモードの切り替えを知らないから、高齢者の携帯はたいてい呼び出し音が鳴る。応答する声も大きい。「おお、○○か!?」 傍若無人な大声だ。大した話をするわけがない。夫の話を聞くだけで、電話の相手の問いまでわかってしまう。

(相手……)
「今な、病院で診察や。」
(相手……)
「膝に水が溜まっとる。」
(相手……)
「そうや、金も貯めんと膝に水溜めてるんや。」
(相手……)
「金も貯めんと膝に水溜めてどないすんねん!」

かなり気に入った表現か、あるいは常套句なのか、夫は二度繰り返した。

ディスプレイに番号が出て、ほどなく夫の名前が呼ばれる。ここは循環器内科なので、膝の水とは関係ない。つまり、夫は内臓にもどこか疾患があると思われる。診察を終えて夫妻が出てきた。開口一番、「今日は先生とは漫才にならんかったな、ハハハ。」 待合の人たちに聞こえるように言っている。妻は知らん顔。受付前でも虚勢を張った話しぶりだった。

夫妻は川面が見える窓際へ歩み、ソファーに腰掛けた。二人は黙っている。ぼくの診察番号がディスプレイに出たので席を立った。この先も沈黙が続いたのかどうかは知らない。

夫は普段から携帯以外にものを持たないのだろう。病院でも紙一枚すら手にしていなかった。ここに来るのも会計をするのも、おそらくすべて妻任せ。買物も一人でできない、買物弱者である。但し、携帯を持てば冗談を言い軽口を叩き、面と向かって喋れば強がってみせる。ギャグあり、虚勢あり、病気あり。そして、どこかに視線を向けて黙ると、背中に悲哀が漂う。高齢と折り合いをつけ、晩年を健やかに生きるのは容易ではない。

初耳・初見が減っていく

情報化社会というのは便利なことばである。詳細に立ち入らなくても、情報が溢れるさまや大量の受発信行動をひっくるめることができる。日々の生活や仕事で、情報化社会のことを意識などしない。しかし、知りたいことはもちろん、知らなくていいことまで勝手に聞こえたり見えたりする。ぼくの経験では、1970年代は知りたくてもなかなか情報が手に入らなかった。一般人が頼りにできたのは新聞・雑誌・書物・テレビ。ありとあらゆる媒体を漁っても、ピンポイントで欲しい情報を見つけるのは難しかった。

1989年、リチャード・ワーマンは『情報選択の時代』で次のように語った。原題は“Information Anxiety”。「情報不安」という意味である。

「情報不安症」は、私たちが理解していることと、理解しなくてはならないと思っていることとの乖離が、ますます大きくなるところから生じる。「情報不安症」は、データと知識の間に横たわるブラックホールである。私たちが知りたいことと、あるいは知る必要があることを、情報が伝えてくれないときに「情報不安症」が生まれる。

コンピュータが普及し始めた頃の一つの予見だ。もっとも、コンピュータの有無とは関係なく、人はいつの時代も情報不安症に苛まれてきた。人はDNA的かつ生態的に「知りたがる動物」なのである。知りたい情報が手に入らないとフラストレーションが溜まる。仮に知ったとしても、その理解がはたして正しいのかどうかと不安に思う。やがて、知りたいことを知ったのはいいが、情報が自分の既知を脅かすとわかれば、都合よく情報を切り捨てて、自分が理解できる程度と範囲で折り合いをつけるようになる。


ともあれ、知りたいことのほとんどは調べればわかる時代になった。ぼくたちはありとあらゆる情報源に取り囲まれている。言うまでもなく、知る必要もなく、情熱や好奇心と無縁の情報が無限大と誇張してもいいほど大量に湛えられている。聞き覚えのあること、見覚えのあることはおびただしく、情報に新鮮味を知覚するほうが珍しくなった。

情報をヒントにして捻り出すアイデアも、いつかどこかで聞いたぞ、見たぞという感じがしてならない。企画研修で出てくる提案や入札案件の提案でもめったに初耳・初見に出くわさない。実際のところは初耳・初見なのかもしれない。しかし、情報化現象に晒されてきたぼくたちは既視感に支配されている。聞いた気、見た気になってしまうのだ。

先のリチャード・ワーマンは30数年前にすでに「溢れる情報から価値ある情報へ」と主張し、情報は集める時代から選ぶ時代になると推論した。にもかかわらず、企画提案者は、これでもかとばかりに情報の収集と分析に躍起になる。しかし、そのエネルギーが斬新な初耳・初見のアイデアとしてうまく結実しない。アイデアは陳腐もしくは二番煎じであり、アイデアの表現も常套句の寄せ集めに近い。なぜそうなるのか。結局、提案者は、自分の経験や専門知識でコントロールできないアイデアに不安を抱くと、前例の範囲に落としどころを見つけるからである。

情報が欲しいと願って労力を費やし、導かれたアイデアの処遇に戸惑う。情報不安症とアイデア不安症の複合症候群に見舞われたら、もはや新しいものは生まれにくいだろう。情報化社会の情報不感症のツケは大きいのである。ダイエットよろしく、一度どこかで自分を取り巻く情報源を枯渇させてみる必要がある。情報が枯渇すると、自力で考えざるをえない。そして、自力思考こそが、情報量優位のコピペ人間や左から右へのシェア人間から自分を差異化する唯一の道なのである。

夏の匂い

夏特有のステレオタイプな匂いがありそうだ。街から離れたら、潮が匂い、樹木が芳香を放つ。その気になれば、日光も風もアスファルトも匂う。汗が匂うのは言うまでもない。鰻のかば焼きが匂い、蚊取り線香が匂う。視力だけと思われがちな既視感だが、本来は「感じたような気のする感覚」だ。嗅覚にも当てはまる。

今日、イタリアンブレンドのコーヒー豆をエスプレッソ用に細かく挽いてもらった。挽き始めた瞬間、閉じ込められていた香りが解放されて辺りに広がる。横を通る女性がつぶやいた、「わ、いい匂い」。ぼくの注文の品だが、香りは独り占めしない。どうぞご自由に、嗅ぎ放題ですから。

嗅いでいるつもりはないが漂ってくる匂いがある。その匂いは二つに分かれる。逃げたくなるほど閉口する匂いと、自主的に嗅いでみたくなる快い匂いである。前者の匂いは「におい」とも書く。後者の匂いは「香り」とも呼ぶ。

くすのきの成分を抽出したアロマミストを使っていて、出張時にも持って行く。フェイスシートよりも手軽だ。と言うか、汗を拭く用途と違い、ミストは気分転換のため。駅のホームで数分待った後に新幹線に乗り込む。首筋にワンプッシュすると、ほのかな森の香りと冷感で安らぐ。深呼吸して積極的に嗅ぐ。


ぼくの住む街には川があり運河がある。数キロメートル先には港もある。夏になると、昼間に温められた水面から湿気が立ち上がり、微風が特有の匂いを運んでくる。かすかに生臭い潮の匂い、藻のある池で澱んでいるような水の匂い。水際からかなり離れていてもそんな具合である。夜更けて温度が下がり、匂いはやっと緩和される。

川と運河の他に古い町家も方々に残っている。そぞろ歩きすれば、いくつもの路地を左右に眺めることになる。路地からは、寒い時期には感覚できない匂いが夏になると漂い始める。決してかぐわしい匂いではないが、悪臭でもない。日焼けした畳のような匂い、虫と草の青臭い匂い、地面が土だった時代の湿気た匂い……どれもこれも、嗅ぎ覚えのある懐かしい匂いだ。

夏は匂いの季節なのだろう。入り混じる各種の匂いに困惑されてはいけない。濃く味付けした食材を焼けば特有の生温い臭気を退治できる。夏場の鰻や肉がうまいのはそのせいかもしれない。

着眼発想のヒント

あるテーマについて企画をするとしよう。まずはテーマの切り口である「コンセプトの置き場」を見つけることが基本になる。たとえば料理というテーマなら、調理人、季節、素材、味付け、器具、レシピ、その他諸々の切り口がある。コンセプトは概念と訳されるが、発想という意味合いが強い。ちなみに、概念の「概」はおもむきであり全体をならすこと。かいつまめば、文字通り「おおむね」になる。

着眼発想に到るには二つの思考作用が働く。一つは、経験と知識に裏打ちされた「瞬発力」のようなもの。ある一つの理想を願望と不足感によって起動させる。緻密な分析によるものではない。瞬発力とはひらめきだ。もう一つは、経験と知識に新しい情報を取り込んで融合させ、じっくりと時間をかける「熟成」させる。ある種の粘り強いやり方だ。熟成とは、しばし主観に控えてもらって待つという忍耐の言い換えである。

瞬発力と熟成は、許容されるタイムリミットとテーマによって使い分ける。長期的な企画であっても、出発点はおおむね瞬発力を発揮することになる。瞬発力の質がその後の構想のありようを決定づける。問題分析、原因探し、分類などの定常処理を急がず、「あったらいい、できたらいい」という願望を拙速気味に形にしてみるのだ。スピードは着眼発想の初期段階では絶対的な要件なのである。


ある日突然着眼発想力が身につくような奇跡を期待しないほうがいい。万が一僥倖があるとすれば、アイデアを出そうと格闘してきたエネルギーが飽和状態になって閾値を越える瞬間だ。何百回か何千回に一度、「あ、何かが変わった」と体感することがある。

インプットの大半はルーティン作業であり、忍耐強く当たり前のことを続ける習慣である。習慣が恒常的になると努力という意識がやがて消える。しかし、インプットするだけでは知は動いてくれない。なぜなら、情報を取り込むインプットの経路とアイデアを表出させるアウトプットの経路が同じではないからだ。インプットの頻度と質に劣らないほど、書いたり雑談したりの日頃のアウトプットに励まねばならない。

着眼発想するその先に、それを形にする企画がある。企画とはよくできたことばだ。「画を企む」仕事である。画というイメージは構想であり、アイデアやコンセプトを拠り所とする。どこかで見たことのある画であってはならず、初見でありハッとする新鮮味があってこその画である。画は言語化されてはじめて姿を現わす。脳に指差して「こんな感じ」と言っても伝わらない。もしアイデアもコンセプトも的確にことばにできないのなら、瞬発力も熟成も未だ道半ばだと自覚すべきだろう。

知の一元化と統合

なぜ情報をファイリングするのか。ファイルを雑然とさせておくよりも、振り分けるほうが便利だと心得ているからだ。しかし、分ければ分けるほど、個々のファイルから必要な情報を取り出して統合するのには手間がかかる。ファイルや情報群の個々には相容れない価値が存在するが、ファイルを多元化してしまうと便利の代償として機会損失も発生する。同種ばかりを集める分類だけでは統合したことにはならない。なぜなら、清濁併せ呑んで新しい気づきを得るからこその統合だからである。同種ではなく、異種情報の統合にこそ意味がある。

同じ功罪相半ばするなら、不便を受け入れて機会を膨らますべきだと考え、知の一元化を実践してきた。一元化とは、一見無関係でばらばらになっているものを一まとめにしておくことである。脳はファイルらしきものに依存せず、記憶の断片をすべて一元化している。それと同じような機能を日々の知的生産でやってみる。一元化するだけなら、EvernoteDropboxのような共有フォルダーを活用すればいい。しかし、この種の便利なツールも情報やアイデアを勝手に統合してくれはしない。ごった煮状態のような一元化が意味を持つまでには時間はかかるが、やがてそれが統合につながるからである。

そこで、一冊のアナログノートの出番だ。1ページに1情報を記録する。ページには「一言化」したインデックスを付けておく。一元化に一言化は欠かせない。他人から聞いた話、本から引用した一文・一節、メモや気づいたアイデアもすべて一冊に一元化する。こうしてページが埋まっていく。時折りページを繰り記憶を新たにする。裏面にメモを書き加えて更新する。ファイリングされていないから、脈絡なくあちこちのページへジャンプする。一見、時代遅れの不器用なやり方のようだが、脳の働きのダイナミズムに限りなく近い知の作業をノート上で可視化できるのだ。


このノートを〈脳図ノート〉と名付けている。脳の出張所となる、知の一元化の作業場である。とにかく情報をあちこちに置かないようにする。すべての知りえた情報、アイデア、考えごとをこの一冊のノートに集めておく。当然カテゴリーをまたぐ。雑然としても気にしない。ファイリングしないことが一元化の絶対条件なのだから。

ノート習慣の日々。ノートは書きっ放しではほとんど意味がない。ページをめくって、複数ページに書かれた内容をランダムに攪拌する。これを繰り返しているうちに、脳が動き知の磁場が変わってくる。過去と現在の自分が出合うような感覚が生まれてくる。ノートに書く文章は未来の自分へのメッセージである。固有名詞も使って具体的に描写しておけば、その時々の気づきや見え方が彷彿とする。一年365日、見るもの考えることは同じでも、同じ感じ方の日はない。

「引き出しが多い」という言い方があるが、この考え方は陳腐だ。引き出しとは整理されたファイルである。ファイルの多さは過去形の博学の証左であるかもしれないが、統合的な知を約束してくれはしない。引き出しの数もラベルの精度も情報の量も、活用という段になるとかえって重荷になる。引き出しは頻繁に開けなければならない。それなら、最初から引き出しのない一冊のノートに一元化しておけば済む話である。