何をするにしてもパスワードがつきまとう時代になった。煩わしいとつくづく思う。さすがに生年月日や電話番号、身元から類推できそうなアルファベットは使わないが、一種類では危険、また定期的に変更するのが望ましいなどと専門家が言うので、安全強度の高いものにしている。
ところが、そんなことをこまめにしていると煩雑になって覚えられなくなる。忘れないようにと一覧表を作る。一部同じパスワードを流用しているが、一覧表には20いくつかのパスワードが並ぶ。その紙を紛失するとまずいからPCにデータを取っている。パスワードそのものの安全性は確保できていても、すべてのパスワードが漏洩したり誰かの目に触れたりという脆弱性は逆に増す。
ぼくのパスワードのうち最長は23桁である。もう覚えてしまったからいいが、入力には少々手間取る。数字と記号とアルファベットを複雑に組み合わせている。もちろんパスワードは自作。しかし、任意に自作のできない、あてがわれる暗証番号もある。番号だから数字だけ、しかもわずか三桁という危うさ。ダイヤル式郵便ポストがその典型だ。
そもそも暗証というのは、今から何かをおこなおうとする人間が、本人であることのアイデンティティを証明する暗号である。文字であれ数字であれ、装置に記録された符号とあらかじめ本人だけが知っている符号が一致すれば認証され、その先の行為が実行できる。通常は本人のみが知っているのが暗証番号だが、オフィスの郵便ポストの番号はスタッフ全員が知っている。その気になれば、退職した人間が容易にアクセスできる。
郵便ポストのダイヤルの暗証番号はオフィスも自宅も数字が三つ。最初の二つは同じ数字だ。たとえば番号が➌➌➐だとする。オフィスも自宅もこれまた同じく、右へ回して➌に合わせ、さらに右に回してもう一度➌に合わせ、最後に左へ回して➐のところで止める。これで扉が開く。ダイヤル式郵便ポストに切り替わった頃、「↻ ➌ ↻ ➌ ↺ ➐」みたいなメモを書いて出退勤ボードに貼り付けていた。当社はワンフロアー3室を借りているので、三つのポストが割り当てられている。三桁の暗証番号はすべて違うが、どれも最初の二つの数字は同じで、回し方も右右左である。
ずっと律儀に手順通りに操作していたが、ある時、右に回して➌に合わせ、手抜きして左に回して➐に合わせたところ、開いたのである。残りの二つのポストで試したら、どちらも開いた。自宅のも開いた。三桁の数字がゆるい甘いと思っていたが、実際はもっとゆるく甘い二桁――↻ ➌ ↺ ➐――だった。理論上、100回試みれば開くことになる。かなりの回数のように思えるが、ほんの5分もあれば十分だろう。